暗闇より


















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81〜90
86.お化粧
 まさかもう一度、女装することになろうとは。
 ボルトが「お前ら≠ヘアイドルになるんだよ」と言った瞬間、嫌な予感はしたのだ。「待ってください。俺は関係ないですよね?」必死で逃げようとするソラの襟首を掴み、ボルトは隣の部屋に連れ込んだ。鏡に化粧道具に衣装がずらり。待っていたスタイリストと軽やかに挨拶を交して言った。

「旅は道連れ。世は情け。袖すり合うも多生の縁。同じ立場に立ってこその友情。美しいな?」
「リクは友達じゃな――ヒッ」

 太い腕が肩に回った。ニヤニヤとした顔が近づく。

「おやおや? ははぁ、そう……トモダチじゃない。そりゃあ残念。だが見たとこ小僧Aは、女装が苦手と見える。違うか?」

 むしろ得意な男などいるのだろうか? 口元まででかかった言葉を飲み込んだ。

「羞恥に震える小僧A。実に可哀想だ。しかしそこに現れる謎の女子。あるときは助け、あるときは華麗なバトルを見せつける。その正体は……なんと親友のソラ少年であった! 素晴らしい友情にむせび泣くだろうな?」
「本音はどうですか」
「両方突っ込んだ方が面白い」

 ゲラゲラとボルトが笑うが、ソラは冷たい視線を返した。

「そう睨むな。参加者でないと出入り出来ない場所もあるしな。ステージ上でバトルの手ほどきでもしてやったらどうだ?」
「貴方が許可をくだされば良いのでは?」

 関係者の証明となるものをもらえれば、わざわざ参加する必要はない。言っても無駄だと思いつつ、ソラは食い下がった。ボルトは化粧箱からリップグロスを手に取り、慣れた動作でソラの顎を持ち上げた。
 
「男が二人いて、片方だけ女装するのは、不公平だろう」

 唇にグロスを滑らせる。艶めかしく輝く唇から、地の底を這いずるような声が漏れた。

「……分かりました。参加します」

( 2021/09/17(金) 23:42 )