暗闇より


















小説トップ
81〜90
84.マッサージ屋さん
 スカイハイにはリラクゼーション施設が多くあり、お金さえあればポケモンだけで利用もできる。
 元気のないシャン太を食事に誘うことに成功したゲイシャは、この機会にとマッサージ屋さんを紹介した。アロママッサージもやっているという看板に、シャン太が興味を示したためだ。
 
「ゲイシャ様、今日は特に凝ってらっしゃいますね」

 マッサージ師がほどよい力加減で指圧していく。ゲイシャは常連なので、マッサージ師の方も慣れたものだ。カーテンで仕切られた隣のベッドでは、シャン太もマッサージを受けている。

「シャン太様、アロマはこちらでよろしいですか?」
「リ〜……」

 シャン太のふにゃふにゃした鳴き声が聞こえてきて、ゲイシャの耳がぴくんと動いた。普段の緊張した声や楚々とした声とはまったく違う、戸惑いがちの、疲れの溶け出した声だ。かすかに柑橘系のアロマも香ってきた――ゆずの爽やかな香りに、シャン太が嬉しそうに鳴く。

「柚のアロマには、心身のリラックス効果があります。お耳の方、失礼致しますね」
「リ!?」

 ぴくん、と驚く声。ゲイシャの耳がぴくぴく動くが、頭は微動だにしない。カーテン向こうのマッサージ師が優しく耳をマッサージしているらしく、そわそわとくすぐったそうな笑い混じりの声が上がった。

「さぁ、力を抜いて……人間だけでなく、ポケモンの耳にも様々なツボがございます」
「リリ……リ……」

 じっと動かないゲイシャの背中を、マッサージ師は指圧しながら言った。「ゲイシャ様」「――!」今存在に気がついたと言わんばかりに、びしっと尻尾が持ち上がる。そろりと視線を向けたゲイシャに、にっこりと、満面の笑顔でマッサージ師はアロマの小瓶を差し出した。

「お揃いにされますか?」

 目にもとまらぬ速さで尻尾が小瓶を奪い取り、マッサージ師の胸に押し返した。ゲイシャが全身の毛を逆立てて首を横に振ると、マッサージ師は肩を竦めて小瓶を戻した。

( 2021/09/17(金) 23:36 )