暗闇より


















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71〜80
76.愛?
「かーさんととーさんって、どっちが強いの?」

 ホウエンリーグ・エキシビジョンマッチを家族で観ている真っ最中の問いかけだった。テーブルの夕食は既に食べ終わり、リクは椅子の上にあぐらをかき、父親はお茶を飲みながらおつまみを食べていた。下戸なのだ。反対に母親は拳を握ってバトルの趨勢を見守っていた。テーブル上には飲みかけの缶チューハイが放っておかれている。

「どうしたんだ、急に」

 父親がリクの方を向いた。母親は今まさに技を畳みかけている真っ最中の試合に夢中で聞いていない。

「戦ってるところ見たことないし。やっぱりかーさんの方が強いの?」
「そりゃあそうだよ。母さんはエリートトレーナーだったからな」
「どれくらい強いの?」
「ホウエンリーグのベスト4に残ったことがある」
「とーさんはどんなもん?」
「父さんは予選敗退かな……ははは……」
「笑ってる場合じゃないだろ。もっと頑張れよ!」
「お父さんはそのままで良いのよ」

 夢中になっていた筈の母親が言った。CMに入ったらしい。

「弱いから良いの」
「強い方が良いに決まってるじゃん」
「ちがーう。お父さんより強い人から付き合ってって言われたこともあるけど、絶対に嫌。私より強かったらときめくより前にぶっ倒さなきゃって思っちゃうもん。私より強い奴はライバルなの。お父さんはぜーったい私にバトルで勝てないから良いの。大好き。好き! 愛してる〜!!」

 ほんのりと赤い顔で投げキッスを放ち始めた母親に、父親が照れ笑いを浮かべた。

「もしかして酔ってるのかい?」
「うん」
「まだテレビ観る?」
「観る!!」
「かーさんもう寝てこいよ」
「観るもーん。リクだって今に私の気持ちが分かるわよ。ポケモン持ったら絶対に分かる。ふふふ」

 ぐしゃぐしゃと母親がリクの髪の毛をかき回した。ポケモンをもらえる誕生日まであと少し。「上掛け持ってくるよ」父親が席を立つと、CMが終わってエキシビジョンマッチの続きが始まった。

( 2021/08/08(日) 11:18 )