74.憧れにさよなら
「あんたそそっかしいからねぇ。財布とトレーナーカードだけは絶対に無くさないようにね!」
「わーかったかった! 行ってきまーす!」
10歳の誕生日を終え、旅立ちを迎えた。新しいリュックサックを見せびらかすように街を歩く。見慣れた街が、旅立ち初日というだけで新鮮に見えてくる。さっそく121番道路からヒマワキシティを目指そうとしかけ――足が、止まった。
「……出てこい、キャモメ!」
「クェ!」
キャモメに名前を告げると、すぐに了解して飛んでいき、戻ってきた。「クェッ!」キャモメの後を追いかけて、オレは駆けだした。
港に着くと埠頭に座っている後ろ姿が見えた。黒髪にジャージの少年。頭にはリーシャンが乗っかっている。
「リク!」
少年――リクが振り返った。ぼんやりした目は、かつての輝いていた瞳とは似ても似つかない。息を整えて言った。
「オレさ、今日が旅立ちなんだ」
リクはまた、海を眺め始めた。「なんかないのかよ」鬱陶しそうな目を向けたリクに更、続けて言った。
「お前は行かないのかよ」
わずかに目が見開かれ、逸らされた。リーシャンが申し訳なさそうに頭を下げた。
そんなものはいらない。それよりもっと、欲しい言葉があった。
「オレ、お前なんかよりずっと強くなるつもりだから」
ウミとかいう奴がいなくなって、リクは変わってしまった。
「後から慌てて旅に出たって、お前が追いつけないくらい凄いトレーナーになってやる」
前はもっと目が輝いていて、強くて、オレは全然勝てなくて。
「その時になって焦ったって遅いんだからな!!」
こんな風じゃなかった。
オレの憧れだったんだ。
「……気をつけて行ってこいよ」
リクはそう言った。ずっと海を眺めていた。拒絶する背中に、拳を握った。
「……行くぞ、キャモメ」
「クェ」
明るくて、強くて、勇気があって、憧れだったリク≠ヘ、もういない。
121番道路への道を振り向かずに歩き続ける。
――ぽろっと、涙がこぼれ落ちた。