暗闇より


















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71〜80
72.酒と温泉
 シラユキタウン。
 万年雪が降り積もるシラミネ山にあり、温泉が有名である。シラミネ山の奥には屈強なポケモンも多く潜んでいる為、ヒナタも修行を兼ねて良く顔を出している。

「ヒナタ! お前酒弱いんだって本当か!?」

 温泉宿に泊まっていたヒナタの肩を掴んだのは、目の覚めるような美人であった。古く、薄暗い廊下の中では、あまりの美しさに妖じみてさえ見える。白磁の肌に朱を引いたような唇、桜色の長い髪に瞳を縁取る長い睫――一目で恋に落ちてしまいそうな美人が酒瓶片手に言い、ヒナタは口元をヒクッとさせた。

「弱いんじゃねーって。なんでか飲むと記憶が飛ぶだけだ!」
「ハァ? じゃあ強いのか?」
「分からん」
「……んんっ! だったら試すしかねーな!」

 パシッ! と美人が膝を叩き、折良く廊下を曲がってきた女中を呼び止めた。
 
「ちょっと悪い。一番でかい露天風呂に酒を何種類か持ってきてくれ。勘定はコイツで」
「はぁ。……ヒナタさんにですか?」

 女中がヒナタをチラリと見た。「勘定くらい構わねーけど、お前本当に温泉で酒飲むの好きだな」「俺の生きがいだからな!」美人がガッツポーズを決めて立ち上がった。鼻歌混じりにヒナタの服を掴む。
 
「そうと決まりゃあ脱いだ脱いだァ!」
「おお! ……此処で脱いで良いのか?」
「駄目です」

 女中が気を遠くしながら突っ込んだ。ガハハと美人が笑う。「細かい細かい! 漢はいつでも裸一貫!」女中が言った。「ジムリーダー、お願いですから脱衣所で脱いでください……」

「お前寒くねーの?」

 ヒナタが美人の服を――正確には、腰に巻いたタオル一枚と、もろ出しの筋肉を見て言った。美人改めシラユキタウン・ジムリーダーは酒瓶の底をヒナタに向け、堂々と言い放つ。

「コイツを飲めばあら不思議。あっという間にポッカポカって寸法よ」
「はぁ〜なるほど……」
「まぁ血管拡張作用で一時的に温かくなるだけで、後はどんどん冷えていくけどな」
「おい」

( 2021/08/08(日) 11:16 )