暗闇より


















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61〜70
70.物忘れじいさん
 ミナモシティには、技忘れじいさんと呼ばれる人物がいる。御年74歳。かくしゃくとしてはいるが、本人の物忘れも激しい。繰り返される同じ話のループに「本当にこのジジイが秘伝技さえ忘れさせる達人なのかよ」と疑いたくなるが、腕は確かであった。有名な好々爺なので、街のほとんどの人間と顔見知りである。だからじいさんの方も、突然尋ねてきたリクに驚きもせず、茶と菓子を出した。

「どした」
「じいちゃんってポケモンの技だったらなんでも忘れさせられるって本当か?」
「ああ、はいはい。どのポケモンだ。ハートのウロコはあるかね」
「秘伝技でもだよな。どうやって忘れさせるんだ?」
「どうだったかな……ポケモンを見たら分かると思うんだが」

 リクはポケモンを連れてきていなかった。じいさんが首を傾げると、リクがポケットからハートのウロコを取りだした。5・6枚はあった。

「技じゃなくて、記憶は消せないかな」
「記憶かね……記憶……?」
「オレに関する記憶だけ消すことって出来る?」
「どうして?」

 リクの視線が手元を彷徨った。

「……みんな、オレがバトルしなくなったから、どうしたんだって、訊いてくるから……みんなオレのことなんて忘れてくれないかなって……。なぁ、ポケモンの技を忘れさせられるんだったら、記憶だって忘れさせられるんじゃないか? やり方さえ教えてくれれば、迷惑なんてかけないから、頼むよ」
「……それは、出来ない」

 じいさんは穏やかに答えた。そっか、とリクは肩を落としたが、納得している様子であった。ダメ元での問いかけだったのだろう。「変な事訊きました。ごめんなさい」席を立ったリクをじいさんが呼び止めた。「お菓子を持って行きなさい」リクが一切手をつけなかったお菓子を手渡した。

「……わしはよく、自分の名前もよく忘れるし、人の顔も忘れるんだが」

 リクが訝しげにじいさんを見た。

「良かったら、また会いに来てくれないかね」
「……うん」

( 2021/08/08(日) 11:13 )