65.恋に恋するお年頃
「おはようヒナタ様! やだもう今日も綺麗だねってやだー!!!!!」
大声で、少女は抱き枕に向かって話しかけていた。
異様な部屋であった。
壁という壁にはポスターが貼り尽くされ、本棚には公式戦のバトル記録のDVDとアルバムがずらりと並ぶ。ベッドサイドの写真立ての中には一人の男が収まっており、その脇にはまったく同じ人物を模したであろうぬいぐるみが座っている。
少女が話しかけているのはそのどれでもなく、抱き枕であった。プリントされている男の名はラチナ地方チャンピオン――ヒナタ。20代前半。独身。
若くて独り身で地位と実力があってオマケにそこそこ顔もよくて性格も良いときてるせいか、若い女性から人気が高い。少女もそんなファンの一人である。
――が、自分はただのいちファンではない。彼女はそう思っている。
パン、と前掛けを伸ばし、気合いを入れて腰に巻く。厨房で早朝仕込みに入るため、でろでろに溶けきっていた顔を仕事用に引き締めた。準備が整えば、塩まんじゅう≠フのぼりをあげる。
昼を少し過ぎた頃、赤い髪の青年――ヒナタが店に入ってきた。
「こんにちは、ヒナタさん!」
「おー、元気そーだな。カイトのとこ行くから、塩まんじゅう80個くらい包んでくれ」
「はい! まいど!」
にっこりと応対し、手早く塩まんじゅうを包む。
小さな塩湖の町、ソルトタウン。名物の塩まんじゅうはチャンピオン御用達と評判である。アルバイトに入ったのは偶然であったが、もはや運命だと彼女は信じている。
塩まんじゅうを手にすると、あんがとなーとヒナタが店を出て行った。
扉が閉った瞬間、彼女は崩れ落ちた。
「……っはー……き、っきききききき緊張したー……」
真っ赤な顔でうずくまり、呟く。
ヒナタの事を隅々まで知っていると自負する彼女ではあったが――想いが届く日は、まだまだ遠そうだった。