61.ここはビシッと
オレはアルバイターのイサメ。やむにやまれぬ事情があり(といっても客にうっかりキレて殴ってしまった結果、即日解雇を言い渡されただけだが)、アルバイトで日銭を稼いで生活している男だ。
そして今はスロットを回している男だ。
今お前は、「日銭アルバイターの癖にスロットだぁ?」と思った事だろうが、話は最後まで聞いて欲しい。決して勝算なくしてスロットを回している訳ではない。5日前は2万も勝った。そっから昨日まではちょいと調子が悪くて負け越してるが、そろそろ当たりが来る頃だと踏んでいる。その証拠に、今回っているこの筐体で、テセウスが2体揃っている。最後のテセウスを狙ってボタンを睨む。
「よし、いまだ!」
ガシャン! と筐体が大きく揺れた。反対側の客が蹴ったのだ。スロットはテセウスではなく炎の石で止まった。おいざっけんなよ! わんわんと泣く声が反対側から聞こえる――昨日からいるバシャーモだ。たびたび筐体を蹴っている迷惑野郎。イライラしながらスロットを再開すると、バシャーモが席を立った気配がした。そのままどっか行っちまえ!
だがそのまま、近くをうろうろきょろきょろし始める。いったい何を探してるのやら。横目にしていると、床に落ちたチップを拾い集めていた。げげっ! こいつ、落ちたチップでスロットやってんのか! バシャーモはそれからも、せっせと拾ったチップでスロットを回した。ウッなんて惨めな奴……。
オレはだんだん、こいつが可哀想に思えてきた。このままいけば、奴は筐体を破壊して出禁を喰らうだろう。だがイライラの結果、取り返しのつかない事をしてしまう後悔をオレはよく知っている。誰かがビシッと言ってやらねば……。
バシャーモが再び筐体を蹴った。オレは使命感に駆られ、すかさず声をあげる。
「うるせーぞバシャーモ!!」