暗闇より


















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21〜30
26.嘘と欲望の街
 ゴルトが刺された、と連絡があったのは昨日のこと。愛人の一人のポケモンに攻撃され重症を負った、と。部下は病院の受付で、ツキネの使いだと身分証明書を見せた。告げられた部屋番号をノックする。入れ、と予想よりも張りのある声が返ってきた。

「失礼します」
「待ちくたびれたぜ」

 ベッド上でひらりと怪我人が手を振る。「体調はいかがですか」広い個室は一見すると、ただのホテルルームにしか見えないくらいに整えられていた。部屋に備え付けの品の良いテーブルと椅子では、スリーパーが優雅に珈琲を飲みながらポケモン雑誌を眺めている。

「明後日には退院だな。やっこさんはどうだ」
「悔しがっています」

 ゴルトが肩を竦めて笑った。「あぁ、本当に惜しかった。あとほんのすこーし、運が足りなかったな」傷は深かったが、紙一重で致命傷ではなかった。一瞬反応が遅れていればあの世行きだったと続ける。
 
「不意を打たれたのは何年ぶりだろうな。大したもんだよ」
「どのようなポケモンだったのですか?」
「ヌケニンだ」

 生きているのか死んでいるのかも分からない、抜け殻のようなポケモン、ヌケニン。気配が一切なく、物音ひとつ立てず、意思があるのかも不明瞭だが――ひとたび指示を与えられれば、羽根を動かすことなく命令を遂行する。目を細め、ゴルトは犬歯を剥き出しにして告げた。「テッカニンの仇、だとよ」
 愛人の年齢から逆算するに、彼女がトレーナーの時分はゴルトがジムリーダーだった時期と重なっている。挑戦権の入手方法は今も昔も変わらない。
 ――ポケモンの取引が禁止になったのは、ツキネの時世からだ。

「虫ポケモンの寿命は短いですから、間に合わなかったのかも知れませんね」
「ヌケニンの寿命はどんなもんだろうな」
「さぁ――もしかしたら、我々より長いかも知れません」

 カジノに沈んだトレーナーは他にもいる。「かもしれんな」とゴルトは喉奥で笑った。

( 2021/06/20(日) 12:45 )