第39話 挑戦、格闘王の命題
アラゴタウン。この街ではトレーナーやかくとうタイプのポケモンが何かしらの形で鍛えているのが見受けられ……それはやはり、ジムリーダーも同様のようだ。
「……お主、挑戦者か」
深紅の鉢巻、空手胴着に黒帯を締めている。筋骨逞しい、彫りの深い短髪の男性がバトルフィールドの向かいで振り返った。"チョウジ"、このアラゴタウンのジムリーダーであり、見た目の通りのかくとうタイプの使い手と聞く。
凛々しい眉の下では力強い、くっきりとした瞳が飢えた獣がようやく獲物を目にした時のように煌々とぎらついている。
向かい合うジュンヤは思わず気迫に息を呑むが、戦う前から負けるわけにはいかない、と自分の精一杯の厳めしい顔でのことを睨み返した。
「……フ、肩の力を抜け。そう気張っていては出せる力も出せなくなる」
「……は、はい! チョウジさん! 深呼吸深呼吸……」
チョウジのもっともな助言に、必死に張り合おうとしていた自分が恥ずかしくなる。ジュンヤは握っていたゴーゴートの角から手を離して大きく両手を広げて深く息を吸い込んだ。
すーっ、はーっ……。……よし、これで少しは大丈夫だろう。
オレ達のやることは今までと同じだ。大切なものを守る為に強くなる、その為にオレ達は……このジム戦にも勝利する!
「時に挑戦者よ、ジュンヤと言ったか……。お主は何故力を求める、その瞳に宿る強い決意……並々ならぬ想いを秘めているな」
「……オレは、オレ達は強くならなければいけないんです。もう逃げ出さない為に、今度こそオレ達の力で大切なものを守るために」
「……成程、守る為か。以前訪れた挑戦者とは相反するな」
「以前訪れた挑戦者……どんなトレーナーでしたか?」
まさか、と胸が緊張を伴い高鳴った。
「うむ、恐ろしく強いトレーナーだった。瞳には黒く鋭い刃のごとき意志を湛え、自分から容易く勝利を奪い取っていった。奴は言っていた、強さを求めるのは生きて己の意志を成し遂げる為だとな」
己の意志を成し遂げる、か。……なあ、その挑戦者ってのはお前なんだろ、ツルギ。お前は一体何を背負っているんだ、どうしてそこまで強さを求めているんだよ? どうすればそんなに……強くなれるんだよ……?
「これまで自分は様々な挑戦者を見てきた。仲間を信じて夢追う者、臆病ながらも必死に己を奮い闘う者、禁欲的で厳格に振る舞い夢へと歩む者などその分性格も多かったが……自分に勝つ程の者は皆あるものを共通して持っていた」
「……ポケモンとの信頼、ですか」
「否、信頼ではなく力による繋がりも多く居た。あるもの、それは……この闘いの中で見つけるがいい!」
「……分かりました。だったらなおさら、オレ達は負けられません」
ツルギが容易く勝利を収めたという相手に負けるようでは到底彼には敵わない。ツルギの利己的な強さに対してオレ達の"絆の力"の強さを示す為には……以前彼と約束したことだ、「オレは仲間と一緒にお前に勝って、ポケモンリーグに優勝する」その言葉を現実のものとしなければならない。
信頼でも単純な力でもない、強い者が携えているもの……この闘いで見付け出してみせる、そしてオレ達は必ず勝つ!
「行きますよチョウジさん、絶対に負けません!」
「……何がそこまでお主の意志を掻き立てたか……面白い。先程よりも瞳が強く萌えている、楽しませてくれそうだ」
ジュンヤとチョウジが向かい合って己の腰に手を伸ばし、紅白二色の球体を掴み取った。
大切なものを守る為に強くなる、ツルギ達に追い付いて……あいつらに勝利する。
「その為にオレ達は、必ずこのジム戦にも勝ってみせる! 行け、ヒノヤコマ!」
「良かろう、我とてジムリーダー! そう簡単には越えられん! 行くのだニョロボンよ!」
……ニョロボン、タイプはみず・かくとう。だったらここは!
「ニョロボン、ハイドロポンプッ!」
「戻れヒノヤコマ! お前だゴーゴート!」
モンスターボールから赤い閃光が迸る、ヒノヤコマが吸い込まれて消えていく。代わりに踊り出たのはゴーゴートだ、激流を浴びながらも堪えていないかのように涼やかな顔で立ち尽くしている。
「良いぞゴーゴート!」
ゴーゴートは蔓で取り出したリンゴの芯、"たべのこし"を頬張り首もとに茂る葉の中へと戻して身構える。
「リーフブレード!」
「迎え撃てッ、かわらわりッ!」
湾曲した漆黒の角へ深緑の光を纏わせる、眩く煌めく光刃が振り下ろされて、ニョロボンは拳を突き出し迎撃したが容易く弾かれ、切り裂かれる寸前に身をかわす。
「れいとうビームッ!」
「まもるだ!」
反撃だ、ニョロボンの腹部に瞬間的に冷気が集束し、光線と化して放たれる。くさタイプを持つ彼にはその技は効果抜群だ、だがそう易々と食らう筈がない。
深緑の光が展開し眼前で結晶化する、それは身を守る盾のごとく難なく冷気を弾き散らした。
「オレのゴーゴートは強いですよ、そう簡単にはやられません」
「……のようだな。ならばハイドロポンプッ!」
「効きません! 切り裂け、リーフブレードだ!」
全身に再び激流が浴びせかけられ飛沫が舞い、しかし効果は今一つ、怯むことなく光刃を振りかざしニョロボンの胴を袈裟切りにした。
この技は相当堪える筈だ、しかしニョロボンは不吉に目元を歪め……ジュンヤはゴーゴートに警戒を促す。
「分かっているな、ニョロボンよ。れいとうビームッ!」
「……跳ぶんだゴーゴート!」
「まもる」を使ってはいけない、根拠なんてどこにもないがオレの直感がそう警告していた。ゴーゴートは疑うことなくすかさず跳躍した、そして足下では……冷気の光線が地面に向かって放射されており、先ほどのハイドロポンプで巻き散った水滴を巻き込んで巨大な氷柱を形成している。
「……危なかった、あのままあそこで『まもる』を使っていたら周囲を氷付けにされて身動きが取れなくなっていたかもしれない」
「ふむ、よくぞ反応してみせた。流石にジムバッジを四つ集めているだけの実力は備えているようだな」
冷や汗を拭って息を飲む。だが……未だ危機を逃れられてはいないことに直後ジュンヤは気付かされた。
ゴーゴートが着地の際にまごついてしまう、不審を抱いて足下をよく見ると、蹄の一部に霜が張り氷が張り付いてしまっている。
「しまっ……!」
「やれ、れいとうビームッ!」
「……っ、まもるだっ!」
迎撃しては冷気が飛び散り事態が悪化するのは明白だ、かといってまもるを使っても外堀を埋められてしまうだろう。回避するのが最善だが……足に張り付いた氷片の影響で恐らくそれは叶わない。
苦渋の選択だ、深緑の光を半球状に展開し……それを覆うかのように、周囲の地面や空気が音を立てて凍結していく。
光盾が柔らかな光子となって大気へ舞い散り、自分を囲む氷柱に流石のゴーゴートも身じろぎを隠せない中戦いは進む。
「まだだ、氷を砕け!」
前後を見ようが左右に目を向けようが景色は変わらない、氷の檻。そこに一穴を穿ってわずかでも形勢を変えようと試みるが……。
「上空へハイドロポンプ、続けてれいとうビームだ」
狙いは明白だ。ゴーゴートの図上で激流が飛沫を散らし、しかし続けざまに放たれた冷気によってそのひとつひとつが明確な威力を持った氷刃へと凝固して身動きの取れないゴーゴートへと降り注いでいく。
擬似的な「つららおとし」と言ったところか、食らってしまえばただではすまないが……。
「……行けるな、ゴーゴート!」
相棒の意思を確認する、彼も既に腹を据えているようだ。
ここで「まもる」が成功したとしてそれは無為な一時凌ぎに過ぎない、運良く避けられたところで恐らくジリ貧に持ち込まれてしまう。ならば攻勢に転じる道が最善だ、二人の中に躊躇は無かった。
「リーフブレード!」
漆黒の角に光を纏い、粒子煌めく光剣が眼前を阻む氷壁を一瞬にして切り崩す。そして背中に鋭く突き刺さり続ける氷柱や氷塊に痛みで顔を歪ませながらも前身し、その輝刃を以てニョロボンを一閃の下に切り伏せた。
「ニョロボン、戦闘不能!」
「よし、やったな。お疲れ様、ありがとうゴーゴート!」
ニョロボンはよろけてから仰向けに倒れ込んで気絶した、審判が下りチョウジの労いの中赤い閃光に飲み込まれ消えていく。
ジュンヤもゴーゴートを労い、しかし先ほどの戦いのダメージは大きいだろう、と一度ポケモンを交替することにする。
頷いてジュンヤの隣に戻って来たゴーゴートに角を握ることで改めて感謝の気持ちを伝え、彼とチョウジは紅白球を構える。
「ゆけ……ヘラクロス!」
「次はお前だ、ヒノヤコマ!」
疾風の翼を携えた緋色の隼が強く羽ばたく、対するは背中を甲冑のごとく堅固な甲殻に包まれたカブトムシ。刺又状の角を振りかざし、腰を落として力強く構えている。
「……まずは様子見だ、上昇しろ!」
相手のヘラクロスはむし・ひこうタイプだ、ヒノヤコマがタイプ上では圧倒的な優位に立っているのは火を見るよりも明らかだ。だからこそ思わず疑ってしまう、何故ならこれまで戦ってきたジムリーダーの多くは苦手なタイプへの対策を怠っておらず、それはこのチョウジさんとて例外では無い筈だからだ。
「ヘラクロス、カウンターだッ!」
ほぼ同時に指示が飛ばされた、やはりそうだ、恐らく持ち物は体力が満タンの時に必ず瀕死の寸前で耐えることが出来る「きあいのタスキ」。そして狙いは耐えてからのカウンター。
「下手にワンショットキルを狙えば返り討ちに遭う、かと言ってヘラクロスの火力の高さを考えると交替もリスクが大きいな……」
「迷っている暇など与えぬ! ヘラクロスよ、ストーンエッジでヒノヤコマの翼を穿て!」
頭の中でどう試合を展開させても良い方向に考えられない、ジュンヤが攻めあぐねている間にもバトルは人を待たずに動き出す。
ヘラクロスが強く地面を叩きつけると、大地が牙を剥くかの如く岩が鋭く突き上げた。それだけならば回避は容易だったのだが、ヘラクロスは自身で隆起させた岩を蹴り砕いて巨礫の弾丸に変え飛ばしてくる。
「しまっ……!」
間一髪、ヒノヤコマが翼を翻して高く飛翔し、自らの飛行速度と小回りを活かして次々飛び来る岩石を危ういながらも回避していく。
一息つくのはまだ早い、回避に集中するあまり周囲が見えていなかった。気付けば眼前でヘラクロスが息巻いている。
「……っ、つばめがえし!」
慌てて攻めに転じるが、急拵えの一撃というのはせんないものだ。元々の体勢もあってヒノヤコマの翼による切り払いは芯で捉えることが出来ず、「つばめがえし」は芯を当てなければ大幅に威力が落ちてしまう技、相手の堅固な甲殻には傷をつけることすら叶わなかった。
そして返しの一撃はあまりにも強烈。思いきり振りかぶった角で叩き落とされ、地面に激突したと同時に「ストーンエッジッ!」と突き上げた岩の牙に翼を貫かれてしまった。
「……ヒノヤコマ」
それでもヒノヤコマは立ち上がる。口から火の粉を吐きながら傷付いた翼で羽ばたいて、ジュンヤを振り返って力強く翻った。
「ありがとうヒノヤコマ、それはまだ戦えるってことだよな。……そうだな、行こう」
そうだ、何をためらっていたんだオレは。ヒノヤコマの特性は"はやてのつばさ"、トレーナーのオレがこんな有り様じゃあ彼に名前負けさせてしまうじゃあないか。
たとえ相手の手の内が分かっていてもそれを一手で突破出来ないのなら……。真剣勝負に迷っている暇など無い、燃える思いの丈をぶつけて次に繋げていけばいい!
「ヒノヤコマ! つばめがえしだ!」
風がジュンヤの頬を撫でた。ヒノヤコマは火の粉を振り払い高く飛翔し、疾風を纏った翼で空を駆け抜けるとヘラクロスの腹部を袈裟切りにする。
今度は芯を当てられたようだ、ヘラクロスは大きくのけ反り「きあいのタスキ」は無惨に千切れ……。
「"カウンター"だッ! ヘラクロス!」
刺又の角が鈍く閃き、全体重と己の痛みを乗せた、凄まじく重い報復の一撃がヒノヤコマの小さな体に突き刺さる。瞬間彼は吹き飛ばされ、痛々しくえげつない音を伴いジュンヤの背後の壁に埋まってしまった。
「ヒノヤコマ、戦闘不能!」
「……本当にありがとうヒノヤコマ、よく頑張ってくれたな」
壁から剥がれ落ちたヒノヤコマに駆け寄り抱き上げると、彼はやりきった、そう言わんばかりに微笑みを浮かべて瞼を伏せた。
……ああ、分かったぜヒノヤコマ。きあいのタスキが千切れたってことは相手ももう瀕死寸前なんだ。お前の思いを繋げてみせる、このポケモンで決めてやる!
「任せたぞ、サイホーン!」
モンスターボールから紅色の閃光が迸る。現れたのは全身を硬質の皮膚に覆われ、岩塊と見紛う巨体を誇るサイホーン。
鼻息荒くヘラクロスを睨み、既に臨戦体勢は整っているようだ。
「相手はきあいのタスキを消費している、あと一撃与えられれば倒せるはずだ。行け、ロックブラスト!」
「温いわ、インファイトで砕け!」
一撃さえ当たればいい、全てを凌ぎきるのは流石のヘラクロスでも難しいだろう。そんな目論見で連続攻撃を仕掛けたが、相手は二発、三発と放たれる岩石を次々拳で脚でと砕きながら眼前まで接近してきてしまう。
「ヘラクロスよ、ストーンエッジだッ!」
そして地面を強く殴り付けることで大地の牙を隆起させ、大した傷こそ負わなかったものの打ち上げられて宙に投げ出されてしまう。
「……っ、まずい!」
「逃さん、メガホーンッ!」
空中に居ては身動きが取れない、猛烈な勢いを伴う一撃に打ち落とされて地面に叩きつけられてしまう。
「追い詰められてもこの威力、流石はヘラクロスだな」
「追撃だ! もう一度メガホーン!」
サイホーンは高い防御を誇る代わりに瞬発力には欠けている。反撃の隙を与えず攻めようとしたのだろうが……ヘラクロスが着地し、角を振りかざした時には既に標的の姿はそこから消えてしまっていた。そして気付けば彼の背後に背後にサイホーンが回り込んでいる。
「……ッ、疾い!」
「ヘラクロスからさっきメガホーンを食らった時に、サイホーンはロックカットを発動していたんです。今度こそ決めてくれ! ロックブラスト!」
振り返った時にはもう遅い。硬い甲殻を岩の威力が貫通し、効果は今一つ、しかし既に酷く消耗していた為に耐えることなど出来はしなかった。
「ヘラクロス、戦闘不能!」
「よし、やったなサイホーン! 流石のスピードだ、何より意表を突いてるぞ!」
駆け寄って彼の岩の皮膚を抱き締める。サイホーンもそれを受け入れジュンヤに頬を擦りつけて……。
「……なっ、なんだ!?」
二人で触れ合っていたその瞬間、サイホーンの全身から青白い光が溢れ出した。
「これは……進化の光だな!」
四足だったサイホーンの体が徐々に変態を始めていく。まずは前脚が長く伸びて腕へと機能を変え、次に後脚が発達し、胴体が伸びて太く逞しい尻尾が現れる。
光が晴れ、立っていたのは二足歩行の怪獣だ。溶岩の熱さすら感じず大砲でも傷付かない頑強な皮膚を持ち、ドリルのように力強く回転している角はダイヤモンドの原石すら砕くという。圧倒的な火力と耐久、それがサイドンの象徴とも言える強力な武器だ。
『サイドン。ドリルポケモン。
進化して後ろ足だけで立つようになった。角で突かれると岩石にも穴が空いてしまう』
「うひゃ〜、すごいねぇ! ……ねえソウスケ、今でもドリルは男の子のロマンなの?」
「……ああ! 少なくとも僕の中では、いつまでもロマンであり続けるよ!」
「うふふ、変わらないねソウスケは」
観客席でポケモン図鑑をかざして感心していたノドカは、ふと思い付いたのか隣に座るソウスケに尋ねる。彼がいい笑顔を浮かべてそう答えると、ノドカは安心したように胸を撫で下ろした。
「……このポケモンで自分は最後だ。カイリキーよ、大将としての力を存分に奮えい!」
チョウジの最後の一匹はカイリキーだ。筋骨隆々の屈強な肉体、黄金に輝くチャンピオンベルト。二秒で千発のパンチを放てる程に鍛え上げられた四本の腕を携えし格闘王。
「確かに相手は強い、だけどオレ達は負けないさ。そうだろサイホーン……サイドン!」
確かめるようなジュンヤの言葉にサイドンも腕を握り締めて頷く。
「行くぞ、回り込め!」
彼は意気揚々と指示を飛ばし、サイドンもそれに応えて脚を踏み出す。その瞬間ジュンヤは気付いてしまった、己の判断が誤りだったということに。
「む、先程よりも遅いな。やれぃカイリキーッ!」
「……っ、受け止めろ!」
サイドンが大股に脚を動かして駆け出す、しかしその速度はヘラクロス戦で見せたそれと比べると明らかに鈍くなってしまっていた。
そうなると捉えるのは容易いものだ、猛然と迫り来るカイリキーの拳を突き出した腕で受け止めて、追撃が来る前に跳躍して距離を取る。
「ど、どういうこと? サイドンはサイホーンの進化系だよね、まさか進化したら遅くなっちゃうの!?」
観客席でノドカが叫ぶ。だけど、理由はそうじゃない。サイドンに進化したことで素早さ自体は上がっているのだから。
………サイドンは進化するまでずっと四足歩行だったのだ、恐らく二足歩行への不慣れが鈍化の原因なのだろう。
「くっ……、一度戻ってくれサイドン!
任せたぞゴーゴート!」
「カイリキー、ほのおのパンチッ!」
ポケモン交替をして現れたのは相棒のゴーゴートだ、しかし登場と共に降り下ろされた炎の拳に頬を打たれ、全身がたちまち炎上してしまう。
「やけどか……! だけどまだまだ戦えるぞ、リーフブレード!」
「受け止めよッ!」
黒角に深緑の粒子を纏わせる、それは光刃を形成して薙ぎ払われるが……カイリキーの腕に容易く掴み取られてしまう。
「だったらかわらわりだ!」
ならばと前脚を突き出して蹴り掛かるがそれも他の腕に掴まれる。成す術無くなり睨み付けると、更に別の腕からほのおのパンチが繰り出される。
「まもるで防御しろ!」
全身から弾き飛ばすように勢いをつけて光を展開する。そして結晶化した盾をカイリキーに思いきり叩きつけ、防御と同時に角や前脚を掴んでいた他の腕をも無理やり引き剥がすことに成功した。と同時に全身が高く燃え上がる。
「……厄介だな」
やけどでじょじょに体力が削られていく、そうなると必然的に長期戦が不可能となってしまう。しかしそれより厄介なのがやけどの追加効果だ、痛みで攻撃力が大幅に低下してしまい、そのせいで先程もそうだったが技をことごとく防がれてしまうのだ。
「こんな局面を想定していて良かったよ。ゴーゴート、エナジーボール! 打ち上げろ!」
以前現れた幹部のアイク、あいつからソウスケ達を守る際にノドカのドレディアにエナジーボールで応援してもらったが……。それを一人でも行えることが出来ればバトルでも役に立つんじゃないか? そう思ってジム戦に挑む前に技を変えたのが功を奏した。
空高く深緑のエネルギー球が飛んでいったが、やがて宙で山なりを描いてゴーゴートの元へと落下してきた。
「……成る程、あのエナジーボールを殴り飛ばせ! カイリキー、ほのおのパンチ!」
「ああ、そう来ると思ったぜ。カイリキーに向かってリーフブレードだ!」
ゴーゴートの特性はそうしょくだ、くさタイプの技を受けると攻撃力が上昇する。落ちてきたエナジーボールを無視してしまえばゴーゴートの強化は避けられない、当然相手は阻止をしに来るが……その隙を狙い打つ。
カイリキーは高く跳躍して深緑の光球を彼方へ殴り飛ばす、しかしそれは大きな隙を晒すに等しい行為だ。ゴーゴートも追い掛けて跳躍し、隙だらけの背中に一太刀を食らわせることの成功をした。
「まだだ! エナジーボール!」
更に追撃、切りつけられてのけ反ったところに深緑の光球を放ったが……。
「……っ、ほのおのパンチだ! カイリキー!」
とうとう相手も痺れを切らしたようだ、猛然と腕を振り上げながら駆け抜けて、光球の直撃を気にも留めずにゴーゴートへ反逆の拳を叩き付けた。
更に全身がやけどの追加効果で炎上してしまう、流石にゴーゴートでも堪え切れない。足先からよろけて崩れ落ち、ついに意識を失い倒れてしまった。
「ゴーゴート、戦闘不能!」
「ありがとなゴーゴート、オレ達は必ず勝つ。お前は安心して、ゆっくり休んでくれ」
紅い閃光が、安らぎに包まれたゴーゴートの体を飲み込んでいく。
……本当はゴーゴートで倒したかったのだが、事ここに至っては是非もない。未だ慣れない体というのは不安だが……お前と必ず勝利を手に入れるぞ!
「最後だ、オレ達は絶対に勝ってみせます!」
そうチョウジに宣言をして帽子を一度被り直す。そして気付けば肩に力が張られていた、深呼吸をしてそれをほぐし……ジュンヤは勢い良くモンスターボールを投擲した。
「行け! サイドン!」
……もうオレ達は迷わない、迷っていたら勝機を逃してしまう。慣れない体で速度が落ちてしまうのならば慣れるまで速さに頼らなければいいだけのこと。
「行くぞ新技、アームハンマーだ!」
「迎え撃て、クロスチョップ!」
右腕を遠心力に乗せて思いきり突き出す、しかし相手も二本の腕を交差させた手刀で受け止める。威力は互角だ、ならばもう一度!
「左腕でアームハンマー!」
「ならば残り二本の腕でクロスチョップ!」
今度は釘を打つときのように頭目掛けて豪快に腕を振り落とす、それも残った腕によって止められてしまう。だがお互いに一歩も引けを取るつもりは無い、意地を込めて全体重を拳に乗せて、力の限りでせめぎあう。
「……サイドン、行けぇっ!」
意地と意地とのぶつかり合い、全力の鍔迫り合いを制したのはサイドンだ。ゴーゴート戦のダメージが今になって響いたのだろう、僅かに痛みに顔を歪めてほんの一瞬力が緩んだその瞬間に、勝敗は決した。
「まだだ! とどめのつのドリル!」
振り抜かれた拳により怯んだところへ高速回転をする角が突き刺さる。
一撃必殺、その威力は凄まじい。直撃したカイリキーは盛大に吹き飛ばされ、壁に激突をして辺りが陥没し。……やがてゆっくり剥がれると、膝から崩れ落ちてその場に倒れ込んだ。
「……カイリキー、戦闘不能! よって勝者ジュンヤ!」
「……よおし、やったぜ! サイドン、みんな!」
サイドンがドスドス駆け寄ってくる、ボールの中からゴーゴートとヒノヤコマが飛び出してくる。
皆がジュンヤにわちゃわちゃとじゃれついてくる為誰から撫でればいいかも分からない、とりあえず最後に決めてくれたサイドンの頭を撫でて、次にヒノヤコマとゴーゴートを右手左手で力いっぱい撫で回した。
「……お主にはもう見えているようだな、強者が携えしものの正体が」
「……なんとなく、ですけど分かった気がします。あなたのおかげです、ありがとうございますチョウジさん」
このバトル……自分を信じて、迷わずに戦わなければ勝利は掴めなかった。きっとオレ達がそう気付けるように彼は戦いを進めてくれていたんだ、感謝の気持ちと同時に彼の実力への感動も湧いてくる。
「これがこのアラゴジムに勝利した証、マッスルバッジだ。受け取るがいい」
「……本当にありがとうございます、チョウジさん」
手渡されたのは小さな金属の腕。九の字に曲がって筋肉の強調されたそれがゆっくりオレの手へと渡り、その存在の意味を確かに受け取る。
「……やったぜ! マッスルバッジを入手したぞ!」
オレが金属の腕を高く掲げて三匹もそれに追従する。これで手に入れたジムバッジは五つ目だ、残り三つで八個が揃う。
このバッジの意味を……迷わぬ強さをこれからも持ち続けてみせる。そう胸に誓って、ジュンヤ達はアラゴジムを後にした。