ポケットモンスターインフィニティ



















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第五章 強さの意味は
第38話 相見える闘士
「ライチュウ、電撃を放つことだけに集中するんだ!」

 バトルコート。
 橙のふくよかな体は仁王のごとく背筋を伸ばして胸を張り、足を肩幅に開いて力強く立っている。そして言われるがままに目を閉じただ頬だけに神経を集中させた。
 空気中では埃か何かが焼けているのだろう、焦げ臭い匂いが漂ってくる。 少し気になるが……それでも鼻をひくつかせたりはしないで頬に意識を向け続けなければ。

「……いいぞ、その意気だ。行け! ボルテッカー!」

 指示が切り替わった、頬に傾けた意識は途切れさせずに目を見開いて前脚を踏み出す。そしてどんどん脚を踏み出しながら加速していき……。

「……ダメか」

 脚に意識が向かいすぎて頬から放たれる電気が弱まっていく。そして標的であるゴーゴートへと辿り着く時には既にただの突進へと成り下がってしまい……当然容易く弾き返される。

「困ったな……。まさか実戦であの時みたいなことをやるわけにもいかないし」

 あの時、それはゲンガーを捕まえる時のことだ。どうしても他の技では倒せそうになかった為に、とっさの思い付きで思いきりライチュウを放り投げる。それならば勢いはついているので電気を放つだけで良かったが……実戦ではそもそもライチュウを投げるなんて反則すれすれの行為だろう。ならばやはり自力で使えるようになるしかないのだ。

「何か良い方法は無いものかな……」

 うまく集中力を保てる方法は無いだろうか……。考えても滝行や座禅など、何に影響されたか現実的なのか分からないものばかりが脳裏を過ってしまう。

「……いったん休もうよジュンヤ! あんまり根詰めると行き詰まっちゃうよ」
「……そうだな、休憩にしようか」
「うん! おつかれさま、ジュンヤ。ライチュウもゴーゴートも。ゲンガー、見学してみてどうだった?」

 ノドカがオレにスポーツ飲料と濡れタオルを手渡して来た、そしてゴーゴート達にも水とポフレを配って観戦用のベンチに座っていたゲンガーの隣に腰を下ろす。

「……えへへ。なんて言ってるか、よくわかんないや」
「周りが少し怖いけど、頑張った! ……とかか?」

 ゲンガーが少したじろぎながらも必死に話すが、彼女は理解が出来ずに首を傾げる。それでも必死に周囲を指差したりライチュウを見たりとジェスチャーしてくれたので、オレが半ば当てずっぽうな気持ちで言うと彼は勢いよく頷いた。

「そうか、ゲンガーもよく頑張ったな、お疲れ様」

 と紫の頭に手を置いて優しく撫でると彼は最初は肩を跳ねさせたが、次第に落ち着き受け入れてくれた。
 ボルテッカー、か。……きっとライチュウは一つのことに集中しやすい性分なのだろう、同時に二つの作業を行うことに慣れさせられればいいんだけどな。

「やあジュンヤ、ノドカ。不躾で悪いけれど、今使っていないのならここを借りていいかい?」

 この声はソウスケ。振り返ると、彼はヒヒダルマだけではなく、足元にこれまでの旅では見たことのないポケモンを連れている。
 黒いまろ眉毛に人間で言うなら功夫服を来たような緩やかなシルエット、腰を落として腕を付き出した出で立ち。

『コジョフー。ぶじゅつポケモン。
技を繰りだすスピードが自慢。たとえパワーは低くても手数の多さでカバーする』
「走り込みをしている時に出会ったんだ。まずはコジョフーの実力を見たい、ワシボン、彼の相手を頼めるかい。指示を出されずに戦うことに慣れている君なら相手役に適任だと思うんだ」

 ……コジョフーとワシボンが組手をしている最中、ソウスケからコジョフーと出会った経緯を聞いた。
 どうやらコジョフーは、いや、コジョフーだけではなくこの街に住んでいる野良ポケモン達は得てして強さを希求するらしい。この街にはかくとうタイプのポケモンがとても多い、強さを求めるのは戦士として血に刻み込まれた宿命だろうか。
 そしてここからが肝心だ、ソウスケが住民やコジョフー自身に聞いて照合した話である。この街では野良ポケモン達による手合わせやいさかいなど、何らかの理由による闘いが絶えないようだ。それはコジョフーとて例外ではない、特に彼は最近あるポケモンと闘う頻度がやけに高かったと聞く。……もっとも、結果に関しては触れられたくないらしいが。

「……コジョフーの沽券に関わるから詳しくは言えないけれど、僕は彼にとても共感してね、無粋かもしれないがどうしても手伝いたくなったのさ」
「そうか……それなら詮索はしないよ。オレ達はポケモン達を遊ばせてくるぜ、ポケモン達のストレス発散も大切なトレーナーの仕事だからな」
「ああ、いってらっしゃい」

 ジュンヤとノドカ、ゴーゴートを始めとしたポケモン達はバトルコートを去っていく。その背中を見送ってからソウスケはワシボン達へと向き直った。



「ワシボンもコジョフーも励んでいるが、流石にワシボンが優勢か……」

 振り下ろされる爪撃にコジョフーは防戦一方だ、どうやら力で押されるのは弱いらしい。

「どうしたコジョフー、そんなことでは君の望む勝利を掴めないぞ!」

 ソウスケの一声を以てしても彼の心に火を灯すことは出来なかったようだ。戦況が変わることはなく、防戦一方のまま、最後は爪撃に対してたじろぎを見せてしまいワシボンに下された。

「……コジョフー、敗北は明日の勝利だ、一度の負けを気に病むことはない。けれど……」

 そう、常勝無敗の人などいないのだから敗北自体は必要以上に気に病んでいてもしかたがない。それよりも僕が気になったのは、彼が勝負の決する寸前に不自然にたじろいでいたことだ。

「君の覚えている技はきあいだま、とんぼがえり、はっけい。そして……とびひざげりだ。何故最後に君はたじろいだ? 確かにとびひざげりには外した時のデメリットがある、けれど当てられれば戦況を逆転させることも不可能ではなかったはずだよ」

 ポケモン図鑑を開いて再確認しながら、ソウスケは多少の呆れと憐憫を込めながら四つ目の技を口にする。
 コジョフーは閉口した。目をしどろもどろと泳がせ、しかし何も答えることが出来ずに俯いてしまう。

「……自覚は無しか、ならば僕が教えよう。君は恐れているんだ、とびひざげりを使うことを」

 ……それは今目を逸らしたところでいずれは向き合わなければならない課題だ。己の弱さを認めることは難しいかもしれないが……認めなければ本当の意味では前進出来ない。
 彼は虚を突かれたように肩を跳ねさせ、必死に首を横に振って否定しようとするが……次第に威勢を失っていき、最後には認めざるを得まい、と弱々しく頷く。

「……良くできたねコジョフー、すごいよ。では始めようか、とびひざげりを当てるための訓練を」

 ……ジュンヤには特に言う理由も無い為に話さなかったが、期限は三日後だ。あるポケモンは……コジョフーが負け続けて来た相手であるダゲキは三日後に武者修行の旅に出るらしい。
 それまでに完成しなければならない、越えなければならない。とびひざげりを、それを使う恐怖心を。

「……そうだ、始める前に一つだけ。僕は周囲から恐れを知らない男だと思われているけれど、誰にだって怖いものはある。僕は敗北が怖い、ポケモン達の技を訓練の一貫として受け止めることがあるが、それも痛みを考えると恐ろしくなる時がある。恐怖心を払うことなんて出来ないと思っている、だけど僕が折れないのは……恐れを上回る胸の高鳴りや興奮が心にあるからだ」

 コジョフーは僕の言いたいことを理解したのかしていないのか、静かに頷いた。……よし、確かに命中させられるように練習あるのみだ。

「行くぞコジョフー! まずは僕に向かってとびひざげりだ!」

 何故とびひざげりが当たらないのか、理解するには実際に対峙するのが一番だ。彼は困惑を露にしながらも膝を構えて飛びかかってくる。
 ……正直、気持ちは分かるよ。僕も自分がポケモンだとしたら、技を自分に向かって撃てなんて言われたら困るからね。



 ……三日後、路地裏では二匹のポケモンが向かい合っていた。ダゲキとコジョフー、その対峙を見つめるのはソウスケとヒヒダルマだ。

「……負け続けてきた相手への最後の挑戦、か」

 僕の独り言にヒヒダルマが反応した。なんでもない、集中しよう、と彼の肩を軽く叩いたが……ヒヒダルマは僕の相棒だ、恐らく同じことを想っていることだろう。
 僕らとジュンヤ達も似たような関係だ。何度も挑み続け、何度も敗北し、結局こうして旅立ってからもまだ僕らは彼らに追い付いていない。それは……時に僕らの不安を煽り、自分と相棒の胸に抱く想いに疑念を投げ掛けてくる。

「……始まったよ、ヒヒダルマ」

 先に仕掛けたのはダゲキだ、一気に間合いを詰めてその脇腹に鋭く足を蹴り込む。コジョフーは素直に反応して受け止めようとしたが甘かった、一瞬で足が引かれて脇腹から頭へと高さを変え、そのまま頭を蹴り飛ばす。

「……なるほど、最初からフェイントを狙っていたのか」

 ソウスケが感心している間にも戦いは進む。
 コジョフーは受け身を取ってあっという間に懐に潜り込み、拳を叩き込む。しかし一撃では鍛え上げられた鋼の肉体に傷を負わせることなど敵わない、連続で殴り付け、あわやダゲキに鳩尾を蹴り込まれるかというところで軽やかに跳躍して彼と距離を取った。
 足りない力を補う連続攻撃、とんぼがえりによるヒット&アウェイ、コジョフーもやはりなかなかやるな。
 しかし離れたと思ってもすぐにダゲキは目の前に現れ、二連続の正拳突き。コジョフーは半身を切ってそれをかわし足払いするが相手は四股を踏んで持ちこたえ、勢い良く上段蹴りを放ってくる。
 だがダゲキの蹴りに合わせて思い切り肘打ちをして脛にダメージを負わせ、同時に反撃の正拳突きをコジョフーも食らってしまった。

「……お互いに譲らないな」

 それから何度も何度も互いの拳を、脚をぶつけ合う。肉体と肉体が激突する音が数え切れない程響き、飛び散る汗は足元を染める。
 時には足払いを挟み、時にはブラフやフェイントで揺さぶりを掛けながらも一進一退の攻防を繰り広げ……。速さで攻めるコジョフーと力で迎え撃つダゲキ、二匹は有効打を出せないままに息が荒くなり次第に肩での呼吸も大きくなる。
 ……ジリ貧の勝負が動き出したのはしばらくしてからだ。いくら攻めても攻め切れないことに業を煮やしたのかコジョフーが跳躍し、勢いに任せて飛び蹴りをしてしまう。

「……何をやっているんだコジョフーは! 気持ちは分かるが、冷静さを欠いては終わりじゃないか!」

 ソウスケが焦りと苛立ちで叫ぶ、その言葉で我に帰ったようだが……既に飛び出してしまった勢いは抑えられない。風を切り、力任せに突き出された足はダゲキの左腕に防がれ払いのけられてしまった。
 そして、しっかりと腰を落として捻りをつけた熱い正拳が顔面にめり込み吹き飛ばされる。
 ……コジョフーは膝から崩れ落ちる、それでも戦いは終わらない。頭上に影が落ちてきて、ダゲキが見下ろしていた。そして岩盤をも砕く程の威力を持つ手刀が振り下ろされ、倒れているコジョフーは歯を食い縛りそれを見上げて……片膝を立てて意を決す。
 一瞬身を屈めて全身の力を足に集中。肩から胸にかけてを手刀で切り裂かれながらも最大限まで溜めた力を解き放ち、まるでバネのように凄まじい勢いで飛び上がる。ダゲキも流石に想定外だったのだろう、鳩尾にコジョフーの全力を込めたとびひざげりを受け、山なりに宙を舞った。

「……とびひざげりが決まった」

 ダゲキに負け続けた悔しさ、見下ろしてくる彼への屈辱。必ず勝つという強い意思と執念。それが恐れを上回ったのだろう。この局面でとびひざげりを当てることに成功し……そして全力を使い疲れ果てたのか、再びコジョフーは膝から崩れ落ちた。
 ……同時に、ダゲキが胸を抑えながらも立ち上がった。コジョフーはそれに衝撃を受け、しかし静かに瞳を伏せて笑みを浮かべると……闘志の炎は静かに燃え尽き、意識は沈んでいった。

「……最後に立っていたのはダゲキだ。コジョフー対ダゲキ、この勝負、ダゲキの勝利!」

 ソウスケの下した審判にダゲキは安堵し、意識を失ったコジョフーの手を取り固く握り締めると僕に頭を下げて満身創痍の体を引きずりながらどこかへ立ち去っていった。
 ……ダゲキはこれから旅に出るのだろう。広い世界を回り、己を限界まで鍛え続け、限界を越えて強くなる為に。

「そして、それは……」

 彼だけではない、僕達も、多くのポケモントレーナーは同様に更なる高みを目指してこれからも歩き続ける。
 ソウスケはコジョフーを背負い、夕陽が影を落とす路地裏を笑顔を浮かべながら歩き始めた。



「……負けてしまったね。気分はどうだい、コジョフー?」

 コジョフーは回復が終わってすっかり元気を取り戻した、もう何事もなかったかのように動けるだろう。ポケモンセンターの目の前で投げ付けられたソウスケの問い掛けに、彼は勢いのあるサムズアップを返した。

「ああ、そうだね。負けてもそれが終わりじゃあない。君は全力を出し切って敗北した、その事実を誰も責められやしない。これから大切なのは、結果をどう受け止めて明日の自分に繋げるか。少なくとも僕は……そう思っているよ。」

 コジョフーもそれに頷き返し、ソウスケにお礼を言うかのように頭を下げた。

「いや、僕こそありがとう、君と出会えて本当に良かった。君の熱心に励む姿に僕は勇気付けられた、おかげで……僕は間違っていないはずだ、そう思えたよ」

 何故礼を言われるのかよく分からない、そんな顔をしているが僕からしたら言うだけの理由があるのだ。肩を軽く叩いて「気にしないで」とおどけて笑う。

「ところでコジョフー、君はこれからどうするんだい? ライバルのダゲキが旅立ったようだけれど……」

 君も旅立つのかい? そうソウスケが言葉を続けようとしたのを遮りコジョフーは足元で再び頭を下げた。

「……それは、僕と一緒に旅に出たいという解釈でいいのかな」

 当然だ、そう言わんばかりの力強い眼差しで頷いてみせた。
 ……全く、コジョフー、君というヤツは。嬉しいことを言ってくれるな、僕も君と一緒に闘いたかったんだ。

「じゃあ行くんだ、モンスターボール!」

 コジョフーの額に紅白の球体がぶつかり、その姿は赤い光に飲み込まれていく。数回揺れたがやがて収まり、カチッと音を立てて静止した。

「うん、コジョフーを捕まえたぞ! これからもよろしく、共に励んで行こう!」

 モンスターボールを覗き込むと、中ではコジョフーが頷いた。
 ……これで僕の手持ちもついに六匹、これから僕達の旅は更に賑やかになることだろう。そして、やがては……。
 自分の未来を想像して微笑むソウスケにコジョフーも同調したのだろう、彼もこれから主となるソウスケに笑顔を返し、二人で想像を現実に変える為に強く頷き合った。

■筆者メッセージ
更新遅くなってすみません……
せろん ( 2015/12/11(金) 14:28 )