ポケットモンスターインフィニティ
















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第五章 強さの意味は
第37話 似通う想い
 新たな街、アラゴタウン。ここではどうやら腕自慢のトレーナーが多く集まっているらしい。
 ジム戦に備えてかそれとも単なる鍛練か、タンクトップで大柄の男性やジャージ姿の女性など、多くの人が相棒のポケモンと一緒に走り込みに勤しんでいる。
 街自体もなかなかにイカした造りになっており、多く立ち並ぶガラス張りの建物の中では人々が重量上げや懸垂など筋トレに勤しむ人間が頻繁に見受けられる。

「こ、これは……!」

 道路は綺麗に整備されており街路樹も丁寧に植えられているが……どこを見てもかしこを見ても筋トレが目に入ってしまい、流石に威容に気圧されてしまう。

「むさ苦しい……な」
「……うん。悪い意味で息が詰まりそうだよぉ……」

 ジュンヤとノドカがお互い顔を見合わせて苦い顔をする。それはこの街の凄まじさもそうだが、何より……。

「ああ、素晴らしいね、僕も早速高揚してきたよ」

 隣でソウスケとヒヒダルマが相当この街の雰囲気に同調していることだ。余程嬉しいのか脚だけではない、体まで弾んでしまっている。

「なあソウスケ」
「行こうヒヒダルマ、どちらが先にポケモンセンターへ到着するか競おうじゃないか!」
「お、おい、待てよ! ……あー、行っちゃったか」

 ソウスケとヒヒダルマが筋トレが好きなのは分かっている、相変わらずすぎて最早何より納得が先行してしまう。
 オレ達も顔を見合わせて、しかたなく二人の後を追うことにした。



 バトルコート。……ここでもやはり筋肉が煌めく汗を撒き散らしながら、己の鍛え上げた肉体を余すことなくふんだんにぶつけ合っていた。ちなみにソウスケは現在スポーツジムへ出向くとやらで不在だ。
 ……本当によくやるよ、流石はソウスケとヒヒダルマだ。アイク戦でも聞けば大敗を喫したというのに、それを気に病むどころか「あんなに凄まじく強いポケモンが居るんだ、僕らもあれ程の高みへ登り詰める為に精進せねば」と自身の燃料として意気込んでいた。
 ……それにしても、気のせいだろうか。なんだか……、すごく汗臭いように感じるのは。

「うひゃー……すごい光景だよー……」
「……ああ、ここまで来ると最早壮観だな。筋肉の躍動が眩しいぜ……」

 ここに居る人物は皆こんな様子なのだろう……半ば諦めながら見渡してみると、コートの一角に人だかりが出来ていた。どうやらバトルの観戦のようだが……その渦中の一人を見てオレとノドカは驚いた。

「ラルトス、おねがい……です」
「カポエラー!?」

 少女が言うと、緑のおかっぱ、そのポケモンの瞳が青白く輝き、実体化した念波が易々とカポエラーを打ち倒してしまったのだ。
 今の技はサイコショックだ、指示を出したようには見えなかったが……。

「カポエラー、戦闘不能! 勝者、サヤ!」
「やりましたね、ラルトス。これでまた少し……強くなれました」

 濡れたヤミカラスの羽みたいに真っ黒な腰まで届く長髪、質素な白いワンピース。華奢で小柄な彼女はサヤというらしい。人だかりが解散し、彼女が一息ついた頃を見計らってノドカが声を掛けに行った。

「ねえねえ、あなたサヤちゃんって言うのよね」
「……! は、はい……」

 彼女は少し臆病なようだ、ノドカが声を掛けると肩を跳ねさせ、そしておずおずと見上げてくる。

「私はノドカ、よろしくね!」

 ノドカの声に合わせて頭に乗っていたコアルヒーも羽を振り上げる。サヤはそれに驚いたようだったが、すぐに薄い唇を綻ばせた。

「この子は」
「え、ええと……よろしくおねがいします、ノドカさん、コアルヒー」
「あれ? ……うん、よろしくね!」

 ……ん? サヤちゃん、ノドカが紹介する前にもう名前を知っているみたいだったけど……元々コアルヒーを知っていたのかな。
 彼女がコアルヒーを撫でると、余程気持ち良いのか目を細めて喉を鳴らし始めた。彼女もそれを目を細めながら優しく見つめている、彼女自信も優しい性格なのだろう。

「サヤちゃんはまだ小さいのにすごい強いんだね〜!」
「え、えっと……。ありがとう、ございます」
「ううん。ところで周りには誰もいないけど……あなた達は一人で旅をしてるの?」

 確かにノドカの言う通りだ。言われてみると、彼女の保護者らしき人物は見当たらない。かといってこんな華奢な女の子がこの街に住んでいるとも思えないし……。
 不安になり始めたところで、サヤちゃんは首を振って否定した。

「そっか、じゃあ安心ね」
「……はい! とてもつよくて……たよりになる人、です」

 ……一緒に旅をしてる人はすごくサヤちゃんに頼られているみたいだ、その人の話になった途端、先程と比べてだが饒舌になって語り始めた。

「今はポケモンジムにちょうせんしていて……わたしも見たかったんです。けど、"たんれんにせんねんしろ"……っておこられちゃった、です……」
「け、結構厳しいんだなその人……」
「……でもきっと、わたしに早く強くなってほしかったんだ、って思います。わたしとラルトスも、あの人のために……強くなりたい、です」
「……私も分かるな、その気持ち」

 私が同意するとサヤちゃんははにかんだ、こちらも微笑み返して距離を取り、腰に手を伸ばして一つの提案をする。

「ねえサヤちゃん、私とポケモンバトルしようよ」

 私はサヤちゃんの気持ちはよくわかる、大切な人の助けになりたい……それは私も同じだ。私をいつも助けてくれる、ジュンヤの為に、私は強くなりたい。コアルヒー達と一緒にジュンヤ達の足手まといにならないくらいに強くなって、私たちの為に必死に食いしばっている彼を隣で支えてあげていたい。

「私たちも強くなりたいんだ、大切な人を支えるために。だからね……いっしょに強くなれたらいいなって思ったんだ」

 ノドカがサヤの華奢な肩に手を置いた、コアルヒーがラルトスの肩に翼を添えた。二人と二匹が見つめ合い、サヤはしばし視線を俊巡させた後に頷いた。

「お願いします……ノドカさん、コアルヒー」
「私たちこそよろしくね。サヤちゃん、ラルトス」

 二人がバトルフィールドの端と端に立って向かい合う。お互い瞳に燃やしているのは闘志ではなく硬い意思、何かを見据えてその場所に立って構えている。

「いくよコアルヒー! まずはなみのり!」
「ラルトス、マジカルシャイン……です」

 先手必勝、ノドカが攻勢を仕掛けるが、ラルトスが現出させた小型の太陽が高波を蒸発させてその飛沫を無力に変えていく。
 ……まさかなみのりを相殺してしまうなんて、あのマジカルシャインはなかなかの威力みたいだな。

「じゃあこんなのどう? あまごいよ!」
「……やるな、ノドカ」

 コアルヒーが翼を広げると室内だというのに頭上に黒雲が渦巻き始めた。ポツ、ポツ、と雫がそこから降り落ちて、次第に勢いを増していく。
 技の威力が足りないなら上げればいい、そしてぼうふうを使う際にも必中となる恩恵を受けられる。
 相手は恐らくサイコショックが最高火力、これで戦いを有利に……。

「アンコール、お願いします」
「コアルヒー、もう一度なみのりよ! ……ってあれ!?」

 ……有利に進められる、ジュンヤがそう思ったのも束の間。ラルトスが降りだした雨粒を拍手で出迎えるとコアルヒーは照れたように再び勢い良く翼を広げる。
 今コアルヒーが使ったのはなみのりではなくあまごいだ、それは先程ラルトスが使った"アンコール"の影響。

「アンコール、このわざはたしか……!」
「ああ、しばらくの間同じ技しか出せなくなる効果だ。まずいぞノドカ!」

 せめて攻撃技であったならば展開も変わっていたことだろう。今使えるのは補助技であるあまごいのみ、まさに手も足も出すことが出来なくなってしまった状態だ。

「次は、サイコショック」
「だ、だめっ……!」

 馬鹿の一つ覚えのように降り続く豪雨の中無意味なあまごいを繰り返すコアルヒーに、実体化した念波の弾丸の群れが雨粒を弾き散らしながら襲い掛かった。
 あらゆる方向から打たれたコアルヒーは、それでも倒れることなくあまごいを続けてしまう。

「もう一度……です。ラルトス」

 サヤとラルトスの攻撃が止むことはない、相手がまだ倒れないのを見て再び指示を出し、瞳を輝かせながら腕を掲げて、念波に打たれている中でようやくコアルヒーが正常な状態に戻ったのが確認出来た。気付いたように目を見開いて、ラルトスのことを睨み付ける。

「……やったぁ! ここからは私達のターンよ!」

 未だに雨が止む気配ない、これならば攻勢に出られる!

「コアルヒー、なみのり!」

 意気揚々と指示を出したノドカに、不満を振り払うかのように翼を広げるコアルヒーに対してサヤは……。

「ラルトス、アンコールです」

 再びアンコールを指示。最後に使った技はあまごいだった、つまり再びコアルヒーはあまごいに束縛されてしまう。

「……んもーっ! さすがにやだよーっ!」
「す、すみません…! で、でも……真剣勝負、なので……」
「わ、私こそいきなり叫んでごめんねサヤちゃん……!」

 疲れたように叫ぶノドカとコアルヒーにサヤは肩を跳ねさせるが、おずおずと見上げて謝るとノドカも恥じらいと罪悪感を感じながら頭を下げ返す。そしてバトルを再開するが……やはり、コアルヒーは無意味なあまごいを繰り返すばかりで何も出来ない。

「サイコショック」
「……コアルヒー!?」

 三度目のサイコショックがコアルヒーの全身に降り掛かる。豪雨の中でその細やかな羽毛が舞い散り、ついに体力が限界に近いのか、よろけて大雨に今も汚くぬかるんでしまっている地面へと倒れ込んでしまう。

「お願いコアルヒー、立って! まだチャンスは残ってるよ!」
「……終わり、です。ラルトス、サイコショック」

 顎を突き出すコアルヒーへ実体化した念波の塊が急接近する。そして頭上で一度静止して目標を捉えると、標的へ向かって念弾が一斉砲撃されてしまった。

「うそ……コアルヒー!?」

 サイコショックの衝撃で土煙が舞い上がってしまったが、降り止まない雨にたちまち掻き消される。そしてラルトスの見つめた先の地面には泥に塗れたコアルヒーが倒れて……。

「……いません。それに、まだ雨がやみません……」

 サヤとラルトスが怪訝を浮かべた、辺りを見渡してみてもコアルヒーはどこにも居ない。一体どこに、まさか……!?
 勢いを衰えさせずに落下する雨粒に目を細めながら彼女達が見上げると、いた、コアルヒー!
 空に渦巻く漆黒の雲を背負いながら、泥塗れになりながらも確かに天井付近で羽ばたいている。

「私のコアルヒーにはね、しめったいわっていう道具を持たせてたんだ。この道具には雨が降り続く時間が長くなるっていう効果があるの」
「……でも、まだアンコールは解けていません。攻撃ができなければ、雨がふっていても……!」
「えへへ、それはどうかな? 私は言ったよ、まだチャンスは残ってるって! コアルヒー、ぼうふう!」
「……!」

 サヤが目を見開いた。
 これまで自身を捕らえていた呪縛から解き放たれたコアルヒーは、意気を取り戻したように強く翼を羽ばたかせた。
 強烈な風と乗せられた水滴がラルトスの小さな体を包み込み、立つことすら叶わない激しい暴風に飲み込まれていく。
 それでもまだ相手は倒れないようだ、風が止むとラルトスは白い体を泥だらけにしながらも必死に腕を立てて、膝をぬかるんだ地面について必死な様子で起き上がった。

「……ラルトス! 行ってください、サイコショック、です!」

 この攻撃が通ってしまえばコアルヒーは倒れてしまう。だが、不思議と諦める気持ちにはなれなかったし不安なんて期待の前では些細なものだった。
 何故だか半ばの安堵を帯びながらラルトスを見ると……技を発動しようと瞳を輝かせたが、何を思うかそれを中断して自ら地面に頭を打ち付け始めた。

「ら、ラルトス……?」
「これがぼうふうの追加効果、混乱だよ! これで終わりよ! コアルヒー、なみのり!」

 戸惑うサヤを尻目にコアルヒーが着地して、豪雨の中で飛沫を散らしながら雄々しく翼を翻した。そして泥濘んだ地面から水柱が吹き出し、襲い掛かる怒濤の高波となって自傷を続けるラルトスを飲み込んでいった……。

「……ら、ラルトス!?」

 降り注ぐ雨粒はじょじょに勢いを衰えさせ、やがて黒雲はどこかへ消えていく。
 波は静かに引いていく、そして晴れ渡った泥濘のフィールドに立っていたのはコアルヒーのみだった。ラルトスは倒れている、起き上がる気配を一切見せない。

「……ラルトス、戦闘不能! 勝者、ノドカ!」
「……やったあ! 私たち、勝てたんだよ! コアルヒー!」

 靴が泥だらけになるのも関わらず、泥を跳ねさせながらフィールドに入るノドカ。コアルヒーも同様にノドカに駆け寄り、その柔らかな胸へと飛び込み抱き合った。

「そっか、アンコールが解けたのは、あまごいができなくなったから……。……おつかれさまです、ラルトス。休んでくださいね。また、次……がんばりましょう」

 ポケモンの技には使用できる数に限りがある、そしてその回数が無くなればアンコールはとけてしまう。……だからノドカさんは、あきらめなかったんですね。
 コアルヒーと笑顔で抱き合うノドカを見つめながら、サヤは自分の未熟さを恥じてラルトスの眠るモンスターボールを握り締めた。

「……な、なになにっ?」

 ノドカの胸の中でコアルヒーが光った、蒼白の光を散らしながら次第にその影を変え始めた。
 翼が広がり、くちばしが伸び……体躯も大きくなっていく。そうして変貌を遂げた後に光が晴れ、新たな姿が現れた。

『スワンナ。しらとりポケモン。
優雅なみかけによらず翼で力強く羽ばたき、数千キロ飛び続けられる』

 白く美しい柔らかな羽毛、黄色く長いくちばし。切れ長の目で胸元はコアルヒー時代の名残か青い羽根に覆われている。

「……コアルヒー、ううん、スワンナ! おめでとう、進化したんだね!」
「おめでとう……ございます」

 大きくなったスワンナのしなやかな首に抱きついて頭を撫でていると、サヤが駆け寄ってきた。彼女もスワンナから離れてサヤとしっかり向かい合う。

「サヤちゃん! ううん、私こそありがとう。あなたのおかげでスワンナは進化出来たんだから」
「……いいえ、わたしももっとべんきょうしないとです。きょうはありがとうございました。……次は、負けません」
「私たちだって負けないよ! これからもがんばろうね!」
「……はい。ありがとう、ございます!」

 柔らかな手と小さな手で二人は固く握手を交わした。

「大切な人の助けになるために!」
「はい、がんばりましょうね!」

お互い確かに見つめ合い、自分達の想いを確認した後名残惜しそうにしながらも二人はその手をほどいて離れた。

「……じゃあ、わたしはもういきますね。あの人が……待っているかもなので」
「じゃあねサヤちゃん! ラルトスにも元気でねって伝えて!」

 最後に一礼するとサヤはバトルコートを後にした。

「……ほんとにありがとう、スワンナ。あなたのおかげで私たちは勝って、進化できたんだよね。よくがんばったね、おつかれさま。……これからもいっしょに、がんばろうね!」

 スワンナはノドカに頬擦りしながらその言葉に頷いた。
 残されたノドカはスワンナとしばらく触れ合っていたが、やがて自分達が泥だらけなことを思い出したらしい。互いの姿を見てはにかみながら、しかしやはりこのままでは困るのか「お風呂に入らないと!」と彼女までバトルコートを去ってしまった。

「……よし」

 ただ一人残されたジュンヤは、モンスターボールを高く投げてライチュウとサイホーンを解き放った。

「やるぞライチュウ、サイホーン! ボルテッカーの練習だ!」

 未だにライチュウは走りながら電気を放つことには慣れないらしい、どうしても途中で途切れてしまうが、それでもなんとか覚えなければ。
 ノドカとサヤがバトルを繰り広げた泥だらけのバトルフィールドで、ライチュウとサイホーンは向かい合った。


せろん ( 2015/11/18(水) 15:55 )