ポケットモンスターインフィニティ
















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第五章 強さの意味は
第35.5話 邂逅、或いは階
 鮮烈なる刃が独りでに宙を舞う。白銀に輝くその軌跡が閃くと、歯向かうなどという愚行に走る愚か者達は瞬きの間に沈んでいった。

「……相変わらず数だけは多いな、鬱陶しい」

 振り返れば、背後にも何人ものオルビス団戦闘員。皆が一様に気性が荒いことを省みると恐らく幹部の一人、アイクの部下だろう。

「ギルガルド、シャドーボール」

 所詮相手は取るに足らない端役であり、何の価値も無い末端の枝葉だ。以前は憎んでいたが……今となっては憎悪どころか、最早苛つきすらも湧いてこない。
 作業染みた屑の処理に臙脂のトレーナーを羽織った少年は、ツルギは溜め息混じりに指示を飛ばした。
 ギルガルド、 おうけんポケモンと呼ばれ、歴代の王が連れていたと言われており、黄金の刃を持つ剣と黄金の盾、二つが対になってこのポケモンを為している。
  剣と共に携えられている円形の盾に紫紺のエネルギーが集められ、それが球形を成して放たれると戦闘員達を一掃していく。
 数瞬間過ぎた時には、皆がまるで平伏しているかのように無様に倒れている。
 その中心で、ツルギはギルガルドをボールに戻しながら再び大きな溜め息を吐いた。



 幹部のアイクは既に撤退してしまったようだ。どれだけ派手に暴れていたかは知らないが街は余程凄惨な有り様で、一種の天災に見舞われたかのような酷い光景だ。
 先程まで起きていた襲撃にすっかり静まり返った空虚な街中を、しかしツルギは辺りの風景など気にも留めず、眉間に皺寄せながら不機嫌そうに大股で歩いていた。

「……何が絆の力だ、下らない」

 彼が今頭に浮かべているのはオルビス団でもエドガーでもない。以前戦い、彼に最大限の屈辱を与えた少年ジュンヤのことだ。

「ビブラーバを倒した、だと。敗者の分際で舐めた口を」

 ビブラーバは紛れもなく俺と共に道を歩み続けた、何より信頼に足る俺の力だ。単純な強さだけならば最終進化に達していない為に他に見劣りをしてしまうが、それでも十分な強さを備えている。
 そんな俺の力が、あんな甘えた信条の奴にたった一度とはいえ土を付けられてしまったのは……正直相当に腹立たしい。

「だが何より苛つくのは……そんな戯れ言をほざくような奴に遅れを取った俺自身だ」

 絆の力なんて意味を為さない、重要なのはポケモン自身の能力だ。それは今まで何度も目の当たりにし、そして思い知らせて来たことだ。
  だのにあの時、奴との闘いでは相討ちなどという胸糞悪い結果で終わってしまった。よりにもよってあいつが対戦相手であり、バトル開始時点では進化前のメェークルであったにも関わらず、だ。
 こんなことがあってはならない、あるはずがない。だが確かに現実で自身に起きたこと、自分の力不足を改めて認めざるを得ない不愉快極まりない展開。

「……っ、本当に鬱陶しいやつだな」

 少しでも苛立ちを晴らす為に自身の手の平を思いきり殴り付けると、痛みで頭が冷えてきた。
 ……そうだ、俺が奴に遅れを取ってしまったのは事実だ。ならば今まで以上に鍛えるしかない、ここで苛立ちを抱えていたままで前進など出来る筈が無いのだから。

「……で、何の用だ」

 己の苛立ちに区切りを付けたところで、先程から俺に弱々しい視線を送り続けて来た存在に威圧的な呼び掛けをする。

「……あ、えっと、その」

 振り返り、少し待っていると崩れたビルの影から一人の少女が挙動不審な動きでおずおずと現れた。
 濡れた烏の羽を思わせる漆塗りの長髪、質素な純白のワンピース。随分と小柄で華奢な彼女からは儚げな雰囲気が漂っている。

「わ、わたしは、その、サヤって……いいます。あの、えっと……」

 黒く大きな瞳に薄い唇、やや頬は膨らみ鼻筋の通った瓜実顔。見た目は十一、二歳程で相応の幼さを残している少女だが……先程から曇ってばかりだ、一体何が言いたい?

「た、助けてくれて、ありがとう……ございます……」
「知らん、失せろ」
「えっ……? あの、その……」
「俺にお前を助けた覚えはない。思うのは勝手だが付き纏うな」

 言いながら腰に左手を伸ばして紅白の球を、モンスターボールを軽く弾いて地面に落とす。中から現れたのは湾曲した角、首元に剛毛を携えた一匹の雄牛。

「……え?」
「ケンタロス、ストーンエッジ」

 蹄を踏み鳴らして嘶くと突然地面が隆起して、牙の如く尖った岩が刃の鋭さと弾丸の威力を伴い突き上げた。
 怯えるサヤの背後で野太く無様な男達の叫びが響き渡る、彼女は気付いていなかったのか困惑と共に振り返り、目を見開いた。
 投げ出されて倒れ伏すオルビス団員とポケモン達にサヤは不快を感じたらしく顔をしかめたが、それでも起き上がらない相手が心配なのかおずおずと様子を窺っている。

「随分優しいな。先に仕掛けようとしたのは奴らだ、加減はしておいたが……仮に死んでいたとしても自業自得だろう」
「……けどやっぱり、しんぱい、です」

 ……なんだこいつは。自分が殺されかけたのに相手の心配をするなんて、余程温室育ちみたいだな。
 まあいい、俺には関係の無いことだ。もうこんな街に用は無い、早く次の街へ……。

「……お前、何がしたい」

 無言でケンタロスをボールに戻して踵を返し、歩き出そうとしていたら少女に袖を掴んで引き止められた。

「……あの、その、また、助けてくれましたね……。ありがとう……ございます」
「先程も言っただろう、助けた覚えは無いと。失せろ」
「でも……あなたはやさしい人です。よ、よければ……わたしもつれていってください……」

 鬱陶しい。腕を払って突き飛ばし、再び歩き始めるが……また俺の袖を掴んで来た。

「お、おねがいします……。わたし、がんばりますから……」
「断る、足手まといだ」
「……でも」
「渋るな、鬱陶しいんだよ」

 もう取り合うことはない、袖をこいつから引き剥がして、背中に弱々しい声を何度も浴びながら三度歩き出した。



 ……あれからしばらく歩き続けた。黄昏を伴い蔓延していた橙の空も次第に闇に呑まれていき、夜行性の生物が瞳をぎらつかせながら獲物を物色し始める。

「やれ、フーディン」

 頭上に迫っていた、俺を狙う不躾な輩にお仕置きをする。
 フーディンの狐のような細長い目が蒼く輝くと、俺の首元まで伸びていた触手が静止した。そしてそのまま静止し続け……やがて新たな捕食者に狙われたそいつは、闇の中へと消えていった。

「哀れな奴だ、身の程を弁えないからより強い者の餌食になる」

 もっともそれは俺にも言えることだ。オルビス団幹部エドガー、俺は奴に二度もの敗北をし、そのどちらも奴自身に救われている。奴に殺意があれば既に俺は死んでいただろう。
 ……奴は一体何がしたい? 十三年前の爆発事故……公的には多くの犠牲者を出した世紀の悲劇と言われているが、あれは意図的なものである。何者かが何らかの目的で故意に爆発を起こし、エドガーは率先して逃げ惑う人々を始末していた。主任のリュウザキ ミツノブ……俺の父上も、母上も奴の手に掛かった。
 十三年前は言わずもがな、直近でもボケモンの力による記憶操作用いて丹念に証拠を握り潰していく程に用心深かった奴が、何故俺を二度も見逃した? 二度目の邂逅時に落としていったハードカバーの本……読んでみたがあれは父上の日記だ、何故あれが処分されていない?
 一見すると単なる親バカ育児日記だが最後のページには"彼"なる者を危惧する内容が隠されている。あれは残っていたら不利益な筈だろう。
 ……いや、こんな答えの出ない自問自答を続けていても無駄なだけだ。俺は奴を許すつもりはない、ならば俺の成すべきは……強くなることだ。ただ強さだけを求め続ける、これまでもそうだった、奴らを……オルビス団を叩き潰す為に。
 意識を自身から世界に戻すと、途端に思いだしてしまった。俺を先程から見つめ続けていた、鬱陶しい眼差しの存在に。

「……うざい、目障りなんだよ。親の所に帰れ」

 昼間も俺に付きまとってきた、白い衣装の少女。あの街からは随分遠ざかっている筈だがまだ居るとは、余程しつこいな。

「……わたし、かぞくはいません。いてくれるのは……この子、だけです……」

 言いながら少女は自分の足元を見た。赤い角に緑のおかっぱ、白い衣装。きもちポケモンのラルトスか……。

「……ならば親族でも何でもいい、身寄りがあるだろう、帰れ」
「……えっと、その。すみません、できません……。わたし、にげてきたんです……」
「逃げてきた?」

 ……どうやら、この少女は単なる迷子というわけではないらしい。

「あの、わたし、ポケモンとくらしてきました……。でも、村がわるい人たちにおそわれて……」

 ポケモンと暮らしてきた……ということはこいつは捨て子か何かか? ……まあなんでもいい、俺には関係の無いことだ。

「それからわたし、たくさん歩いて……だけどどうすればいいか分からなくて……」
「で、俺に付き纏っているのか」
「はい、いっしょにつれていって……ほしいです……」
「しつこい、断ると言っているだろう。何故そこまで俺に固執する」

 物分かりの悪い奴だな、と仕方が無く動き続けていた脚を止めて振り返る。こいつは一瞬怯えたように震えたが、しかし何を安心したのか深く息を吐いた。
 ……なんだその反応、気持ち悪い。

「そ、その……。な、なんだかあなたは……わたしとにてる、そんな気がしたので……」
「そうか、それは気のせいだ」
「ま、まってください……!」
「……黙れ、鬱陶しいんだよ!」

 踵を返そうとしたが俺の腕にしがみついてきた、苛つきを払うように腕を薙いで、……その時始めて、彼女をしっかりと見た。
 ……黒い瞳は弱々しく潤んでいた、だがその芯は揺らぐこと無く煌々と漆黒を湛えている。手や足など、白く柔らかな肌には無数の傷が残っており、それはラルトスも同じだ。特にラルトスは主人のこの少女を守る為に必死だったのか生傷が絶えた様子は見えない。
 ……似ている。ただ一人と一匹だけであの"爆発事故"を生き残った、俺とナックラーの目に。

「す、すみま、せん……」
「……いいだろう、来い」

 今度こそ踵を返して歩き始める。……だが、足音が聞こえてこない。

「……もう一度だけ言ってやる、お前が俺に着いてくるのを許す。……二度は言わんぞ、後は好きにしろ」

 自身でも思い出せない程長らく口にしていなかった慈悲の言葉、それを出した途端にぱたぱた喜びに満ちた軽い足音が聞こえてきた。

「……やっぱりあなたは、やさしい、です。あの、わたしは……サヤって言います。あなたの名前も、おしえてほしい、です」
「……ツルギだ」

 ……何故俺はこんな鬱陶しい奴に自身を重ねてしまった、何故慈悲なんかを掛けてしまった。考えれば考える程に俺自身に嫌悪感が湧いてくる。

「これからよろしくおねがいします、ツルギ。わたし……ラルトスといっしょにがんばります」
「覚えておけ、足を引っ張るようならその瞬間お前を見限る。……いいな、サヤ」
「……は、はい!」

 ……まあいい、鍛えれば戦力になり得る可能性もある。最悪こいつは手持ちのストックか捨て駒にでも使えばいいだけだ。
 振り返る気も起きないが……やけに軽く弾んだ足取りから、サヤが余程喜んでいるのが理解出来た。

せろん ( 2015/10/20(火) 19:54 )