ポケットモンスターインフィニティ
















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第四章 迫る決戦の時
第32話 旅の回想
 煌々と燃える橙の灯火は、思わしくない色を浮かべるジュンヤの頬を熱に染め上げ明るく照らす。
「追憶の洞」を出た後のオレ達は疲労もあってその日のうちに次の街へと辿り着くことが出来ずに、テントを張って野宿となってしまった。
 既に日付を跨いでいるが、洞窟を出た後に夜まで寝込んでいた為未だ眠気は息を潜めており、その上追憶の洞の最深部で見た謎の男のこともあって胸が落ち着かない為に、今はこうして焚き火に当たって静かな時間を過ごしている。

「……甘くておいしいな」

 流石にもう、謎の男を見た瞬間に感じた、まるで全身がプレスにゆっくり押し潰されていくような威圧感、絡み付いてくる恐怖は流石に既に影を潜めている。
 アルミのコップを口元へ運び、湯気が立ち、表面に薄く膜の張られた暖かい牛乳を少量口に含んで甘味を味わう。昔から、眠れぬ夜には時折こうしてホットミルクをつくって飲んでいた。
 今となってはもはや過去の話となるが、オレが育て屋の手伝いが立ち行かず、落ち込んだりふてくされたりしている時には決まって母さんが砂糖を何杯も入れた甘いホットミルクを持ってきてくれた。そしてオレの隣でただ座って、気が済むまでずっと愚痴を聞いてくれていた。
 暖かい想い出は今でも深く心に刻み付けられており、だからこそ今でも心が騒ぐ夜にはホットミルクを飲むと、なんだかそのことを思い出して落ち着けるような気がするのだ。

「……こうしていると、色々なことを思い出すな」

 隣で丸まって眠るメェークルの背を優しく撫でていたら、何の夢を見ているのか分からないが何やら寝言をいいながらむずむずと脚を動かし始めた。
 ……オレ達が大切なものを守る為の力を、最強を目指して歩み始めた旅路ももうすぐ折り返し地点を曲がる。思えばこれまで本当に色々なことがあった。

「旅立つ前から、爺ちゃんはオレ達のことをすごく心配していたなあ」

 もっとも、それも無理はない。親の多忙の為にずっとオレの親代わりとして面倒を見ていてくれたのは爺ちゃんだし、九年前に父さんと母さんを失ったのだから、もうこれ以上家族を失いたくないと心配性になったのだろう。

「ようやくポケモン図鑑をもらえる日が来たっていうのに、ノドカは相変わらず慌ただしかったし」

 思い出すだけで笑いそうになる。時間ギリギリに研究所に飛び込んてきたノドカは慌てふためいて図鑑が残っているかを聞いてきた。
 でも、それはいつも通りのことだった。昔から朝起きれなくてオレが起こしに行ってたし、学校でのポケモンの相性や道具に関する宿題もオレやソウスケが手伝わないと悲惨だったし、朝時間が無くて食べ損ねたパンを学校に持ち込んで怒られたり、よりにもよって調理実習で砂糖と塩を間違えたり、他にもノドカの逸話は数え上げればキリが無い。……まあオレも朝起きるのは苦手だから、起こしに行ったせいで二人で遅刻なんてざらだったけど。
 だけどそんな彼女も旅に出てからは少しずつ変わっていった。 最近はしっかり自分で朝起きているし、ポケモンバトルだって助言も無しにジム戦に辛くも勝利が出来る程には強くなっている。
 ……今でもおっちょこちょいだったりマイペースなところは何一つ変わっていないけど、そこはノドカの愛嬌だ。

「201番道路ではヤヤコマを捕まえたんだったな」

 あの時には本当に驚いた。旅に出る前から強くなろうと必死に鍛え続けて色々な人とバトルして来たけど、あんなに速いポケモンは見たことがなかったのだ。
 後から知ったことだけど、その速さの秘密が「はやてのつばさ」という隠れ特性だとは思わなかったよ。

「ブラドスシティではソウスケとバトルしたけど、相変わらずあいつは強かったよ。それに、すごく楽しそうに闘ってた」

 ソウスケは昔からそうだった。誰よりもポケモンバトルが大好きで、誰よりも諦めが悪かった。オレが近所に住んでいるのをいいことに毎日勝負を挑んで来たし、いつもオレが勝つけどそれでも諦めなんて微塵も感じさせず、ダルマッカと一緒にすごく楽しそうにバトルをしていた。大人にさえ見境なく挑戦して、何度負けても立ち上がって腕自慢の大人に勝利したことだってある。

「この前はオレ達が何とか勝てたけど……次にバトルした時にはどうなるか分からないから、気を抜けないな」

 なんて、これもソウスケとのバトルの後にはいつも思っていることだ。次に闘う時には前より強くなっている、それは今だって変わらない。更に今はソウスケにも手持ちが増えており、正直に言うと勝てる自信は持っていない。だからこそ、オレ達も鍛練を怠るわけにはいかないのだ。彼にも誰にも負けない為にも。

「始めてのジム戦は、危なかった……。メェークルもヤヤコマもすごく頑張ってくれて、どっちかが居なかったら絶対に勝てないバトルだったぜ」

 思い返せば終始危うくて、今でも思わず冷や汗が頬を伝っていると錯覚してしまいそうになる程だ。トロピウスを倒すのもメェークルが無茶してくれなければ不可能だったし、キャモメもヤヤコマの補助が無ければ倒させなかった。二匹の頑張りがあったからこそ手にすることの出来た貴重な勝利だ。
 だからこそ、スカイバッジを手に入れた時の感動は今でも昨日のように思い出せる。あの瞬間を忘れることなど、絶対出来やしないだろう。

「……これまで本当に、色々なことがあった」

 イーブイ捕獲、ヤヤコマの修行にピカチュウ大捜索、洋館探索、レイとの再会などなど様々だ。
 どれかが欠けていれば今のオレは無かった、みんなが居たから、多くの体験をしたからここまでオレとして歩いてこれたんだ。

「もちろん楽しいことも沢山あったけど、……それだけじゃない」

 再びホットミルクを口に運ぶと少し冷めてしまっていた。だが、温め直す程でも無いだろう、とコップを置いて夜空を見上げる。
 空を覆う濃紺の天蓋には色とりどりに輝くラメが散らばめられているが、灰色の雲が幕のように掛かって空の一部を隠してしまっていた。

「……始めて辿り着いた街、ネフラシティでオレとツルギはバトルしたんだ」

 これまで生きてきた中でもとても衝撃的で、決して忘れられない出会いだろう。今でも鮮明に思い出せる、彼の強さを、非道さを。ヤヤコマのおかげで何とかポチエナを倒すことが出来たが、彼の相棒であろうポケモン、ナックラーには二匹がかりでも歯がたたなかった。
 ヤヤコマは消耗が激しかったこともあり一瞬で捩じ伏せられ、メェークルは相性が良く万全の状態であったにも関わらず容易く攻撃をあしらわれ、一撃の下に沈められてしまった。……そこまでなら、多少問題のある言動が見られただけだった。だが……問題は、その後だ……!
 あいつは自分の為に猛毒にも耐えて戦ってくれたポチエナを、弱いから、なんていう理由だけで逃がしてしまったのだ。
 ポケモンは人間とともに時には闘い、時には励まし合い、支え合いながら生きてきた大切な相棒だ。少なくとも捕獲しておきながらそんな下らない理由で逃がしていいような、道具同然の存在では決して無い。
 なのに、あいつは逃がされるポケモンの気持ちを「どうでもいい」の一言で切り捨てた。その後のコーラルシティでの三度目となる再会の時にも、「ポケモンを自分の力としか見ていない人間もいる」「俺も含まれるな」と平然と言い放った。
 あいつは、ツルギは確かに強い。だけどあいつのことを認めることはできない。
 あいつだけじゃない、ポケモンを道具としか思っていない人々が集う組織……オルビス団だってそうだ。平然とポケモンを傷付け、人とポケモンを切り離し、奪い、自分の力としてしまう。そんな行いを許していいはずがない、だからオレとメェークルは、もっと強くならないといけないんだ。

「……オレ達はもっと強くなってやる。見てろよツルギ……! 絶対にお前に勝って、ポケモンリーグに優勝してやるからな!」

 ……日頃の癖となってしまっているために、気付けばメェークルの角を握り締めてしまっていたみたいだ。少し気だるげに首を起こしたメェークルがまだ意識を朦朧とさせながらもオレの気持ちに共鳴して頷いてくれている。

「ああ、分かってる、あれだけツルギに大見栄を切ったんだから優勝しないと格好がつかないよな」

 なんて冗談めかしながら顔を見合わせ、二人で困ったように苦笑を浮かべるが、……オレ達がなんとしてもあいつに勝たなければならないのは本当だ。
 戦って勝てる強さ、ポケモンバトルというのはそれだけを求める競技などでは決してない。勝ち負けだけじゃない、人とポケモンが信頼し合い、互いの心を一つに通わせるのもその意義の一つなのだ。それなのに、ツルギは弱いという理由だけで逃がされる側の気持ちを考えようともしていない。
 ポケモンバトルも一つの競技だ、ストイックに強さを求めるのが間違っているとは言わないが、それとポケモンへの酷い扱いは話が別だ。

「だから、オレ達があいつに勝って見返すんだ。単純な力だけが強さじゃないって、証明しなきゃいけないんだ」

 強さのみを求め手持ちの淘汰を行うなんて間違っている。強いとか弱いとか勝つとか負けるとか、それ以上に大事なものが信頼だ。信じていれば、信じ続ける力があれば、ポケモンは必ず応えてくれる。
 オレが誰より尊敬している人も……父さんも、そう言っていた。人とポケモンは互いに寄り添い合いながら進化の道を歩み続けてきた、それはいつまでも変わらない。自分の相棒に寄り添い、助け合い、信じ続けること。それがポケモントレーナーに必要な何よりの力なのだと。
 ……ツルギは「力こそが正義」そう言わんばかりに強力なポケモンを揃えており、生半可なポケモンでは太刀打ち出来やしないだろう。だけどオレ達は負けるわけにはいかない。信じ続けるオレ達の力で、どんな強い相手にだって、ツルギ達にだって必ず勝利してみせる。

「……勝たなきゃならないんだ、ツルギにだけは、絶対に!」

 腰に右手を伸ばしてモンスターボールを掴み取り、力の限り強く握り締めて夜空に掲げて見せ付ける。……その手の先に、わずかな震えを帯びながら。

せろん ( 2015/08/19(水) 02:04 )