ポケットモンスターインフィニティ



















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第三章 新たな仲間、まもる為の強さ
第27話 鋼鉄激突、不撓を胸に
 町内を走り回ったり水田に落ちたり、ケンタロスを何匹も捕まえたりと今日はいつにも増して忙しい一日だった。こんな日くらいは特訓を休むことにしよう。

「なんて甘いことを言っていたら、一生掛かっても届かない。みんな出てこい!」

 現に今日もツルギに目の前で力を見せ付けられたのだ。彼は誇ることもなく終始無言だったが、きっとケンタロスを大量捕獲していたのも彼だろう。
 高いポケモンのレベル、捕獲のスキル。そんなものを目の当たりにしたのに落ち着いていられるはずがない、彼の遠すぎる踵に指先を掠めるにはひたすら登り続けるのみだ。いや、彼だけじゃない、オルビス団幹部達にもだ。
 一気に四つのモンスターボールを投げて、一斉にポケモン達が姿を現す。これで元から出ているメェークルを合わせて五匹全てのポケモンが揃った。

「サイホーン、お前はまず見学からだ。準備はいいな、行くぞ!」

 四匹が構え、一斉に動き出した。オレは彼ら全員に指示を出して一人で擬似的なダブルバトルを演出する。
 同時に指示を出して戦わせる、それはポケモン達に実戦同様の経験値を与えるとともに自身の判断力を養ってくれる。父さんがかつて教えてくれた特訓方法、それがオレ達のやり方だ。
 しかし人には人に合った特訓がある、もちろんノドカ達のトレーニング内容はオレ達と違う。
 ノドカは技の練度を上げる為にひたすら同じ技を打ち込み続けているようだ。なんでもポケモン達は皆攻撃力があまり高くないため、技の威力でそれを補う。しかし大技にはそれだけ不安定な命中率や反動が付き物だ、そのデメリットを少しでも克服するため鍛えているらしい。
 レイはゾロアと一緒にどこかへ行ってしまった、なんでもこれも企業秘密とのことだ。
 そして、ソウスケは……。



「一二、一二。どうしたワシボン、君だけ遅れているじゃないか」

 走る速度は少しも緩めず振り返り、ダルマッカ達に遅れを取るワシボンに注意を促すと彼はムキになったのか一気に僕の前へと飛び出してきた。
 どれだけ負けず嫌いなんだ、と思わず笑いそうになるのを堪えて「それでいい」と正面に向き直り、ソウスケは掛け声を再開する。
 今僕らが行っているのは走り込みだ、昨日は拳立てと拳の打ち込み、腹筋などを行い上半身を鍛えたので今日焦点を当てるのは下半身。
 僕はこのように普段肉体を重点的に鍛えている。もちろんジュンヤのような実戦的訓練もノドカ達のような短所を補う為の訓練も間違っているとは思わない、だけどやはり僕は基礎がなにより大事だと思っている。
 ポケモンバトルにおける基礎、それはもちろん肉体だ。いくら経験値があってもいくら技が鍛えられていても身体が出来ていなければ意味が無い、そして僕らはまだその上限まで辿り着いていない。

「少し調子を上げようか、準備運動にそんなに時間は掛けられないからね」

 まずは肩慣らしに(足だけど)この街を一周する。それから少し筋肉を冷まして、次はダッシュや縄飛び、階段登りだ。今日は少し多めに鍛えておきたい、やはり足腰は最も大切なのだから。

 ……途中に給水を挟みながら走り続けていると、公園が見えてきた。滑り台やブランコなど、昔ジュンヤ達と遊んだ懐かしい遊具と一つのテントが街灯の仄かな明るさの光に照らされている。

「登り棒か、懐かしいな、ジュンヤとどっちがより高く登れるか競ったっけ」

 ノドカは下の方で危ないから降りてって泣きそうな声で言ってたっけか。
 まあ結局勝ったのはメェークルとダルマッカで、僕らはずるいって文句を言ったんだ。本当に懐かしいよ、今でも昨日のことのように思い出せる。

「……おっと、いけないな。僕としたことが注意散漫になっていたよ」

 僕の数歩先の所でダルマッカ達が手を振っている、ワシボンに至っては僕を馬鹿にしたように笑っていた。
 危ないな、感傷に浸る余り走る足を緩めてしまっていたらしい。いつものように集中しなければ、自分達は今走り込みをしている最中なのだ。
 名残惜しくて最後にもう一度だけ視線を公園に戻して、相棒達に追い付こうと速度を上げた。

「……って、テント?」

 三歩進んでから、思わず二歩下がる。
 視線は再び公園の中の一角に向いて、やはりそこには布の三角錐が張られていた。
 なぜ公園にテントが……。まさか生活に困窮している住人か、もしそうだとしたら食事に困ってはいないだろうか。
 引き返して、公園に足を踏み入れると自分の存在を主張するようわざと足音を大きくしてテントに近寄る。

「もし、誰か」

 入口のファスナーは閉められている、もう眠りに就いているのかな。
 ……まあよく考えたら単なる旅人の可能性だってある、ならば僕が首を挟むのはお節介なのかもしれない。これ以上踏み込むのは止めて特訓を続けよう。
 振り返ると、一人の少年が腕を組みなから不機嫌そうに眉間に皺を寄せて立っていた。

「んだよ、おれのテントになんか用かよ」

 彼はやはりどこか傲った雰囲気で、しかし開口一番から攻撃的な声色を含んでいるあたり、機嫌が良くないのだろうか。……いや、それは表情から容易く察せられることだったか。

「レンジ、何故君がここに。ポケモンセンターの部屋はまだ余っているというのに」

 周囲の状況から考えても彼がこのテントの主であることは疑いようがない、しかし旅をしているポケモントレーナーならばセンターに無料で宿泊可能だ。
 だというのに何故部屋が埋まっていないにも関わらず彼は野宿しているのだろうか、ソウスケが疑問を直接ぶつけるとやはり気分悪そうに口を尖らせる。

「てめえらが邪魔だからだよ、これでいいか」
「え、別に僕らは何もするつもりはないよ」
「居るだけで不愉快なんだよ、万一にも顔を合わせたくなかったからな。ま、結局てめえの面を見ちまったが」

 ……なるほど、僕らは相当嫌われているみたいだな。しかしなぜ、と思ったが思い当たることが一つあった。

「次やればジュンヤなんて倒せんだよ、相性良くて運良く勝てただけで調子に乗りやがって。いや、あいつだけじゃねえ、いけ好かねえツルギの野郎も対策さえ怠らなければぶっ飛ばせるはずだ……!」
「だったら対策してバトルすればいいじゃないか」
「したかったのにジュンヤに邪魔されたんだよ! おれは勝たなきゃならねえ、なのに! あー、思い出すだけで腹ん中がむかむかしてきた!」

 頭をわしゃわしゃと掻きむしって唐突に叫ぶ彼に、ソウスケは言葉が出なかった。

「……だけど驚いたな、君も対策を考えているとは」
「たりめえだろ、知ってる相手に無策で挑むような馬鹿はスクールにも居ねえよ」
「……なるほど、ジュンヤに負け、レイに負け、ツルギにだって負けたばかりなのに勝てると思っているその自信は対策を前提としているからなんだね!」
「……おい、ふざけんなよてめえ。何が言いてえんだ?」
「あ、いや、誤解しないでくれ、僕は君が努力をするような人間とは思っていなかったから今本当に感心したんだよ」
「……よーく分かったぜ、てめえら御一行はよほどおれを怒らせたいみてえだな」

 僕が素直な言葉にレンジは怒りを露に眉間に皺寄せる。……確かに彼の言う通りだ、今のは相当失礼極まりない無神経な発言だったと内省する。

「すまない、謝るよ。ところでどうかな、これから一緒に特訓するのは。『こんなんじゃヒーローになれるわけがない』と以前君も言ってたろう、努力を怠らず継続し続ければ勝利の女神もきっと微笑んでくれるさ」
「努力、ねえ……」

 レンジは半笑いしながら憎々しげに言葉を噛み締め、かと思えば突然糸を断たれた傀儡のように項垂れる。

「どうしたんだい、レンジ……」
「……んだよ」

 その呟きに聞き返す猶予、僕には与えられなかった。

「分かってんだよ、んなこたあよお! 努力は夢へと続く何よりの道、おれはそう教わってきた、なんも疑ってなかった! 事実おれはスクールじゃ負けなかったからなあ。だけどよ、外に出てみたらどうだ……?」
 始めは叫ぶように荒々しく発せられていたその声は、しかしじょじょに力を失い最後は消え入るように弱まっていく。

「ああそうだてめえの言う通りだよ、おれはあいつらに勝てなかった。しかもツルギとレイには手傷を負わせることすら叶わずな」
「それでも、弛まぬ努力はいずれ実を結ぶはずさ」

 ソウスケのその言葉を皮切りに、彼はとうとう爆ぜてしまう。頭に血が昇って紅潮した顔は、何を思うか酷く歪んでいた。

「うるせえよ! もう聞き飽きたんだよんな綺麗事は! おれだって自分の精一杯で鍛練を続けて来た、だけど結果なんて出やしねえ!」

 その叫びは悲痛で、どこか泣くのを堪えている子どものようにも見えた。
 だけど抑えきれないのは僕とて同じ、ここで彼を肯定するのはそのまま自分を諦めることにも繋がってしまう。

「だったら結果が出るまでやればいいじゃないか! 諦めない限り可能性に終わりはないんだ!」
「……いい加減うぜえぞ、耳障りなんだよ!」
「僕のことならどう罵っても構わない。だけど自分で自分の限界を決めるのはやめるんだ、そんなことをしても何にもならないじゃないか!」
「うぜえっつってんだよ!」

 そして彼は腰に手を伸ばすと感情に任せて荒々しくモンスターボールを掴み取り、腕を伸ばして突き出した。

「おい、バトルしろよ。人にそこまで言うからにはてめえはよほど強えんだろうなあ」

 ……ここで引くわけにはいかない、引いてしまえば自分を誤魔化すことになってしまう。

「分かった、そのバトル受けて立とうじゃないか」

 対して僕もポケモン達を皆モンスターボールに戻して、相棒のそれをレンジに向かって突き出した。



「最初に言っておくよ。僕らは自分を諦めるようなポケモントレーナーに易々と勝利を譲るつもりはない」
「いいぜ、見せてもらおうじゃねえか、てめえの努力の成果とやらを」
「行けっ、ダルマッカ!」
「ココドラ、てめえだ!」

 蛍光灯が名の表す通りの薄明かりを落とす公園の一角、バトルフィールドで向かい合ったソウスケとレンジは同時にポケモンをボールから解き放った。
 互いに睨み合い、しかし堪え性の無い僕らはほとんど同時に指示を飛ばした。

「ダルマッカ、ほのおのパンチ!」
「ココドラ、とっしん!」

 炎を纏わせた両腕を軽く払ってダルマッカは走り出す、迎え撃つココドラはその固い頭を翳して駆け出した。間もなく二つの技がぶつかり合い、わずかな拮抗を見せてから派手な火花を上げて互いに飛び退さる。

「がんせきふうじで動きを縛れ!」
「ニトロチャージで撹乱するんだ!」

 頭上からいくつもの大岩が降り注き、右に左に逃げ場の無い包囲が始まるがそれでも火炎袋の火力を上げることで機動力を上昇させ、間一髪で凌いでいく。だがそれでもやはり限界はある、目の前の落石に脚を止めた直後に頭上に姿を現した大岩、もはや回避に移れる程の余裕は与えられていなかった。

「さあ、潰れちまいな!」
「お断りさ! 避けれないなら正面突破するまでだ、かわらわりで砕くんだ!」

 脚を折り曲げ、その反動を受けてバネのように力強く跳躍する。そして大岩を全力で殴り付けると、岩は途端に亀裂が走って盛大に弾けた。

「……っ、凌ぎ切りやがったか、はりきり野郎が」
「よせよ、そう褒めないでくれ、照れるじゃないか」
「ハ、口の減らねえ奴だな。……ったく、イラッとくるぜ」

 舞い散る破片を眺めながら互いに憎まれ口を叩き合い、しかし瞬間勝負は再び動き出す。

「次は僕らのターンだ、懐に潜り込め!」

 体内で燃え盛っていた炎も落ち着いて速度は元に戻ってしまう。それでも素早さの差は歴然、距離を詰めるのは容易だった。

「かわらわりだ!」
「させねえよ。とっしんで技を潰せ!」

 拳を振り上げた瞬間銅像のように重く佇んでいたその鋼鉄の身体が急発進して、その全身をまともに食らってしまったダルマッカはほぼ反射で出した防御の為の左腕もろとも吹き飛ばされてしまう。

「けれどとっしんは諸刃の剣だ、君のココドラも反動ダメージを受けてもらうよ!」
「そいつはどうかな」

 ココドラを見ると、まるで反動などないかのように澄ました顔を見せ付けられる。

「そうか、そのココドラの特性はいしあたま」

 ココドラの特性は二つある。一つは一撃では倒れず、一撃必殺も無効にしてしまう"がんじょう"。そしてもう一つがとっしんやもろはのずつきなど、反動を受ける技のダメージをゼロにしてしまう"いしあたま"だ。

「なるほど、思えば最初のとっしんでも反動を受けた様子は無かったね」
「気付くのがおせーな。どうした、てめえのターンはもう終わりかよ」
「いいや、まだまださ。いわなだれ!」

 さすがははがねといわの二タイプを併せ持つだけはある、無闇な接近はやはり危険らしい。ここは遠距離技で一度様子見を……。

「それがどうした、構わねえ、とっしんで突っ込め!」

 明らかに直撃しているような重く固い音と感覚はある、にも関わらず件の鋼鉄の塊は微塵も臆さず、降り注ぐ岩の雨をもろともせずに走り抜ける。相手はその圧倒的防御力をフルに生かして絶え間無く攻めてくる、正面突破だけで勝利するのは難しいかもしれない。

「それなら回り込むんだ!」
「だろうな、させると思ってんのかよ! じしんだ!」

 正面から突き進むのが困難なら回り道をすればいい、火炎袋も温まってきた今ならそれが出来る。だが、そんな目論みは叶えられなかった。

「跳んでくれ!」

 背後に回り込むのを見越して先手を打たれた、衝撃の波が円状に広がり、寸前で回避を間に合わせるが間一髪だった。

「ちょこまかとうっおとしいな、逃げるしか出来ねえのかよ! がんせきふうじ!」
「……そうだ、岩を蹴って反撃してくれ、かわらわり!」

 頭上から岩が降り注ぐ、空中に居てはさすがのダルマッカも避けられない。だから避けるのは諦める。

「っ……、言った途端に攻めてきやがったか!」

 以前ジュンヤにやられたことだ、降り注ぐ岩を逆に利用しての反撃。頭上に落下した岩にタイミングを合わせて思いきり脚を突き出し、蹴りつけてその反動で急接近、鋼鉄の額を砕かんと意気込みながら全力で殴り付けた。甲高く耳が痛くなる音とともに火花が散り、しかしココドラは確かに目を見開いてダルマッカを睨む。

「さすがの防御力だ、まさか今の一撃を耐えるなんてね……!」
「当たり前だ、耐えられねえならわざと食らったりしねえよ」

 ……わざと? そうか、僕とダルマッカはまんまとレンジの罠に嵌められて、つまり互いに技を外さない距離までおびき寄せられてしまったわけか……!

「もろはのずつきで吹き飛びな!」

 まさに命を懸けて放つ大技、頭に全身爪先のエネルギーまでをも集中させて放つその技にはそれだけ大きな反動が付き纏う。

「……っ、だ、ダルマッカ!?」

 小規模な爆発が起こったのかと錯覚してしまう、それほどの威力だった。眩く輝くエネルギーが何条もの光となって辺りにでたらめに撒き散らされて、直後耳をつんざく激しい轟音が襲いかかる。
 これがその技、"もろはのずつき"の威力。

「ぐっ……!」

 無論そんな技を食らってただで済むはずがない、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、少しでも衝撃を和らげようと飛び込んだ僕のお腹に衝突してもなお勢いは収まらない。腰を据えていた僕すら押し込んでダルマッカは数メートル程突き進んだだろう。
 地面には長い二本の線が引かれ、その終点にはソウスケの足がある。

「おいおい馬鹿か、なにやってんだてめえ! 死ぬ気かよアホが、責任取れねえぞ!」
「……だ、大丈夫さ、これくらい、ダルマッカの痛みに比べたら……!」

 ……なんて強がり言いながらも、うずくまってなかなか立ち上がることが出来ない。腹に受けた衝撃は元よりかなりのものであることは覚悟出来ていたが、その痛みは想像を容易く凌駕する程だった。
 走り込みの前に食べたものが逆流しかけた、それでもお腹を押さえ痛みを堪えながらなんとか片膝をついて、立ち上がる。

「大丈夫かい、ダルマッカ……。さあ、立つんだ」

 声が掠れてしまいそうになり、慌てて取り繕って張り上げる。だけど僕の隣で倒れるその丸い体は、未だに地に伏したまま動かない。

「しかし呆気ねえな、これがてめえの言う努力の成果かよ、情けねえ。必死こいて修行してもこの程度なら、やっぱり努力なんて大した意味はねえんだな……」

 彼はどこか落胆した様子で自嘲気味に口角を吊り上げ、弱々しい笑顔を浮かべてみせた。

「一時凌ぎと不意打ちで必死こいて攻撃を通しても、元が弱いやつじゃあ意味がねえ。大事なのはやっぱ素の能力の高さだ、このバトルでよーく分かったぜ」
「……確かに、君の言う通りかもしれない……!速さだけでは君の鉄壁を崩せなかった、だけど力だけが全てじゃない、努力だって……無駄じゃ、ない! 塵も積もれば……山と、なるんだ!」

 痛みを堪えながら必死に声をひりだして、己と相棒の持論を声高く叫ぶ。レンジは深いため息とともに肩をすくめ、僕とダルマッカを睨み付けた。

「いい加減にしろ、もう諦めろよ、ダルマッカも倒れてる。結局てめえが体を張ったのも無駄だったんだよ」
「……それは、どうかな。ダルマッカは、確かに今は倒れている……。だけど、必ず、起き上がるさ……。僕が、信じている限りはね……!」

 僕らは諦めない、ダルマッカが諦めそうになったら僕が励まし、僕が諦めそうになったらダルマッカに励まされ。そうして一緒に育ってきた相棒が、こんな程度で倒れるはずがないんだ!

「なわきゃねえだろ、もろはのずつきに直撃して立てるはずが……!」

 ソウスケ達を半分哀れみ、半分敵意を込めた瞳で見つめていたレンジが目を丸くして、声を失った。
 来たか、と期待を胸に僕も彼に視線を落とすと、確かにダルマッカの手のひらが地面を押している。

「なっ……」
「……いいぞ、ダルマッカ。さすがは僕の相棒だ!」

 ダルマッカがまだ戦える、その事実だけで僕の痛みも和らいでくる、少しはましになってきた。
 ダルマッカは手足を引っ込めて起き上がると、勢い良く腕を突きだして跳び跳ねた。

「嘘だろ……。まだ倒れない、だと……!?」

 ダルマッカは笑顔を浮かべてこちらを振り返る、僕もつられて思わず笑顔になっていた。

「君とココドラのおかげだよ、君達が追い込んでくれたから戦えるんだ。こんな逆境だからこそ燃えるんだ、だから僕らは何度だって立ち上がれるのさ! 行こう、……ダルマッカ!」
「……うぜえな、来るなら来いよ! 返り討ちにしてやるまでだ!」

 ……この一撃で、決めてみせる。大きく息を吸い込んで、吐き出した。

「行け、ダルマッカ! ほのおのパンチだッ!!」

 追い詰められた痛みで、喜びで昂るダルマッカの闘志は高く激しく燃え盛る。そして呼応して彼の火炎袋は極めて熱くなっている。それは自身の機動力にも直結し、まさに爆発的な速さ、姿を視界に捉えることすら困難な一瞬でダルマッカはココドラに詰め寄って、速度が上乗せされた灼熱の拳が鋼鉄の体を殴り飛ばした。

「……まだだ! おれ達も負けられねえんだよ! ココドラ、もう一度もろはのずつきだ!」

 一呼吸の間を置いて、レンジが指示を飛ばす。ココドラが後退りながらも踏み留まって、それを受けて構えた瞬間、全身が突然炎上した。

「……まさか、追加効果のやけどか……!」

 炎に包まれながらもなお技を繰り出そうとする、しかし火傷の痛みに意識を焦がされ、ついに指示が叶うことはなかった。ココドラの全身を包む炎は更に勢いを増し、もともと高温に弱い鋼鉄の体は熱暴走を起こした末に横倒れとなった。しかしそれだけでは終わらなかった、ダルマッカも後を追うように仰向けに倒れる。

「……っ、胸糞悪いな、相討ちかよ」
「いいや、それは違うよ」

 不愉快を露に舌を鳴らす彼のその言葉を、真正面から切り伏せる。

「……おい、いやまさか、なあ、嘘だろ」

 流石に二度目ともなると彼もおおよその見当がついていたようだ。

「嘘じゃないさ、なあ、ダルマッカ」

 ダルマッカの手足が再び引っ込み、コロン、と立ち上がると腕と足を突きだした。そして誇らしげな顔で返事をする。

「見たかい、レンジ。諦めない心を持つ者は、必ず最後に勝利するんだ」
「……ダルマッカが立ち上がった、だがココドラは依然倒れたままだ。っつーことは」

 二匹を見比べると一目瞭然だ、倒れたまま起き上がらないココドラと、最後に立ち上がったダルマッカ。

「……そう、僕とダルマッカの勝利だ」

 その宣言を最後に、バトルフィールドからココドラが姿を消した。モンスターボールから放たれた閃光に飲み込まれ、光の残滓も間もなく塵となって消えた。

「くだらねえ、暑苦しい根性論かざしやがって」
「だけど勝ちは勝ち、だろう?」
「敗北はおれのアイデンティティーに関わる、が、めんどくせえから認めてやるよ。ソウスケ
、ダルマッカ、今回はてめえらの勝利だ。……これでいいだろ」

 言いながらレンジは踵を返して、僕らに背を向ける。

「どこに行くつもりだい、レンジ」
「てめえには関係ねーだろ。……走り込みだよ、もうこれ以上てめえの顔は見たくねえからな」

 そしてレンジは呼び止める間もなく走り出してしまった。

「……ダルマッカ、君は疲れたろう、モンスターボールに戻って休んでいてくれ。さあハーデリア、ワシボン、レアコイル、出てこい! 走り込みを再開しよう!」

 レンジもやる気を出しているようだ、次に闘う時も負けないように、もっともっと鍛えなければ!
 ソウスケも踵を返して振り返り、もうレンジ達のことは頭の片隅へと追いやってしまう。そうして雑念を捨てて目の前のことへと集中し、仲間達と一緒にレンジと反対方向の道へと走り出した。


せろん ( 2015/06/23(火) 21:50 )