ポケットモンスターインフィニティ

















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第三章 新たな仲間、まもる為の強さ
第26話 脱走集団、紛れた幸運
 207番道路を抜けて、スギルシティ。自然とともに暮らす緑豊かな街並みで、街の至る所からポケモンが顔を覗かせる。
 歩いていたら地面からディグダが顔を出し、畑を耕す農夫はゴーリキーと一緒に働いている。道端の木ではイトマルが糸を垂らして背中を見せてくる。

「良い街だな、ポケモン達がいきいきしてる」
「そうだね、ゾロアもなんだか嬉しそうだよ」

 やはり自然が多いというのは自分達も空気が綺麗で気持ちいいのだが、それ以上にポケモン達にとっては嬉しいらしい。恐らく体の芯に野性が刻み付けられていて、だから自然に惹かれているのだろう。
 メェークルもダルマッカもコアルヒーもいつにも増して浮かれた様子で、足並みが軽いのが見て取れる。

「はは、楽しそうだなメェークル」

 なんて話しかけながら歩いていると、突然道端で地面をつついていたマメパト達が飛び立った。歌いながら隣を行進していたディグダの群れも突然地面に隠れてしまう。

「なんだ……?」

 不審を抱いていると、突然地面が小刻みに揺れ始めた。地震かとも思ったがすぐに違うと分かった、同時に蹄が地面を踏み鳴らすような音が聞こえたからだ。その正体は程無くして現れた、猛然とこちらに向かってくるのはケンタロスだ。

「みんな避けろ!」

 四人と四匹が飛んで避けると、その真ん中を一匹のケンタロスが通り過ぎた。
 ……どうやらただのケンタロスではないらしい、平均的な体躯よりも一回り程大きく、天を貫くような立派に湾曲した傷だらけの角、全身には多くの戦いを潜り抜けてきたことが窺える大小様々な傷の跡が付いている。
 恐らく群れの主と言ったところだろう、その背中を分析しながら見送っていると今度は先程より小さい、それでも地響きを起こすくらいには力強い足音が。

「どうなってるんだ……?」

 あの群れの主のような雄々しいケンタロスとは別個体の、新たなケンタロスがオレ達に向かって角を掲げて迫って来ていた。

「いや、今は迎え撃つ! メェークル、リーフブレード!」
「いけぇココドラ!」

 何故街中にあんな凶暴なケンタロスが二匹もいるのか、しかし考えている暇は無い。メェークルが角に光を帯びて構えた瞬間、目の前に鋼鉄の体が飛び出した。
 ココドラはその鉄壁の防御力と小柄な割りに重たい身体を生かして必死で相手の突進を食い止める。

「よお雑魚ども、このレンジ様が助けてやったんだ、感謝しな」

 続けて黒革のジャンバーの彼、レンジが相変わらず偉そうに現れた。

「……ありがとう」

 オレ達が実際止められなかったかどうかは置いておいて、腹立たしいが一応助けてもらったのは事実だ。頭を下げると彼はふんぞり返って得意そうに鼻を鳴らしてからココドラとケンタロスに向き直った。

「ココドラ、ばかぢからだ!」

 ココドラが身を屈め勢い良く突進を決めると、三倍以上も高さがあるケンタロスの脚が地を離れて、一直線に吹き飛んだ。

「効果は抜群だ、いけスーパーボール!」

 勢い良く投じた青いボールは見事ケンタロスに命中、やや抵抗を見せられたものの無事捕獲には成功した。
 レンジはスーパーボールを拾い上げると高く掲げてポーズを決め、それからカバンに乱雑に放り込んだ。

『ピンポンパンポーン。ノコリ、二十六ヒキデス』

 突然空から謎の放送が。見上げると首にトランシーバーをぶら下げたポッポが羽ばたいている。

「どうだ、これがおれ様の力だ! やっぱりおれはつええんだよ、あんなスカした野郎に負けるはずがねえんだ!」

 一人高らかに勝利の雄叫びを上げるレンジ。その相棒ココドラはというと、己の主にいたたまれない眼差しを向けていたが、本人はそれに気付かず高笑いを続けていた。

「……けど、なんでケンタロスが」
「ハッ、知らねえのかよ。今この街では」
「それはミーが説明しマース」

 やはり謎だ、口元に手を当て思考に耽ろうとしていたが、高めの男性の声で自分の世界に没入する間も無く現実世界に引き戻されてしまった。
 男性は長身で、鮮やかな紅の燕尾服を着こなしている。髪は紫がかった色素の薄い長髪で、彫りの深い顔立ちだ。

「私はペール、よろしくお願いしマース」

 ……彼はイッシュやカロス圏の出身なのだろうか、語尾が伸びた独特な発音をしている。
 まあだからといって差し支えがあるわけでもない、オレ達も自己紹介をして話を進める。

「この街には500円でポケモンを捕まえ放題という夢の商業施設、サファリゾーンがあるのデスガ……」

 どうやらこの街では、今催しの真っ最中らしい。なんでもこの街のサファリゾーンでも一番人気、気性が荒く力強いケンタロス達三十匹を街中に放ち、参加者達はケンタロスを捕まえ放題というもののようだ。
 現在捕獲されたのは計四匹。レンジはもう二匹捕まえた、と自慢げに話している。
 オレもそうだけどソウスケもこういうの好きじゃないよな、と隣を見ると、案の定レンジに対して喧嘩を売る時のようにガンを飛ばしていた。

「あの、ペールさん、それは本当に予定していた催しなのでしょうか?」

 そんな彼らのことは気にも留めずに、レイがペールさんに質問をする。

「いえ、大した意味はないんです。ただボクはそんなイベント聞いたことがないなって気になって、訊ねただけなので」

 ただ訊ねただけ、そう言いながらレイはハンチングのつばを軽く下げ、目を鋭く細めて攻撃的な視線を投げつけている。

「……ホホホ、これは隠せそうにありまセンね。良いですよ、話しまショー」

 ……最近サファリゾーンがオルビス団と名乗る集団に突然襲撃され、撃退には成功したのだがその戦いの影響で堅牢な柵に歪みが生まれてしまったようだ。
 それのせいで元々気性が荒いケンタロス達の突撃に柵が耐え切れなくなってしまったのだろう、今朝群れの主である身体の大きなケンタロスが柵を突き破り、雪崩れ込むように他のケンタロス達、そしてどさくさ紛れに一匹のラッキーも脱走したらしい。
 脱走牛の数は計三十匹、しかし街の住民の不安を煽らない為に急遽イベントという形にして、事件を安全が確保出来るまでは隠蔽しようとした……とのことだ。

『ピンポンパンポーン。ノコリ、二十一匹デス』

 ……さっき二十六匹だったのに一気に減ったな、同時に五匹捕獲なんて余程腕が立つ人物なのだろう。オレが感心しているうちにも話が進んでいく。

「なるほど、そしてその尻拭いにボク達を」
「ええ、そうなりマスね。あなた方さえ良ければ、街の人々とポケモン達を守る為参加してほしいのデースが……」
「おいおい待てよペールさん。事情は分かった、おれがいればこんなやつらは」

 レンジが何か言っているが無視だ、その要請の答えは考えるまでもない。

「はい、もちろん! いいよなソウスケ」
「ああ、そういうことなら僕らも手伝うよ」

 オレ達に出来ることがあるのなら、やらない理由はどこにも無い。事情が事情だ、彼も納得してくれている。

「……けっ、でしゃばりやがって」

 ……レンジは面白くなさそうにしているが、少しでも早く全てのケンタロスを捕まえるには人手が多い方がいいに決まっている。

「まあいい、この機会にてめえらグズに教えてやんよ。本気のおれの捕獲タクティクスがどれだけ優れてっかをな」

 四人で固まるよりも、分かれた方がいいだろう。オレ達は顔を見合わせ互いの意思を確認するように頷くと別々の方向へと走り出した。

「っておい、人の話を聞けってんだ!」
「ホッホッホ……。ご愁傷さまデース……」

 真面目に聞いたところで罵倒に腹を立てるだけなのに取り合ってやる義理はない。
 レンジの叫びは虚しく響き渡っめ、ペールさんが同情しながら肩をポンポンと叩いた。



 ……張り切って走り出したのはいいけど、思えばどこにケンタロスがいるのか
知らないから探す方法が無い。

「うーん、こういう時は……」

 頭の上にちょこんと座るコアルヒーを掴んで抱き上げ、顔を見合わせた。コアルヒーは不思議そうに小首を傾げている。

「……うん、歩いてたらきっと見つかるよね! 私、負けない!」

 コアルヒーのとぼけた顔を見ていたら、なんだかそんな気がしてきた。再び頭の上に彼女を乗せて歩いていると……。

「……あれ、なんだろっか?」

 道の先から、白い紡錘形の何かが不規則な軌道でコロコロコロコロ転がってくる。そしてそれは私のブーツの爪先にぶつかってようやく静止した。

「……なにかなぁ、これ。タマゴみたいな形してるね」

 拾い上げてみると、中身が詰まっているのか意外に重たい。「なんだろうね」とそれを地面においてしゃがみ込んで、コアルヒーと観察してみるがなにもない。もちろん撫でてもさらさらしててさわり心地がいいだけで反応は無いし……もしかすると、暖めてみるとか? ……さすがにそれはないよね、ポケモンのタマゴには見えないし。

「うーん……」

 だめ、さっぱりわからない。しかたないから割れないように道の端っこに置いておいて、ケンタロス探しを続けよう!
 タマゴを持ち上げて立ち上がると。

「え?」

 顔を上げると、タマゴみたいな体形に薄桃色の肌のポケモンが私に向かって必死の形相で全力疾走していた。あのポケモンはきっとラッキーだと思う。
 茫然としているとラッキーの体が前のめりになり宙に浮いた。そして直後に腹部に鋭い衝撃が突き刺さり、私の足は地面を離れて、視界に入る景色は目まぐるしく移り替わっていく……。

 ……ラッキーは焦りと困惑とを入り混ぜながら、何度も何度も申し訳なさそうに頭を下げてくる。……ラッキーの突進をみぞおちに受けて倒れて頭を打ち、涙が出るくらい、というかしばらく声も出せず、呻きながら泣いてしまうほどに痛かったのは紛れもない事実。
 だけど向こうも攻撃しようと思ったわけじゃなく、ただ転んでしまっただけみたい。それなら私はたんこぶができたとはいえ一応お互い無事なんだから責める理由は無い。タマゴをラッキーに返すと、謝罪のつもりか新しくお腹の半月型の袋から取り出した違うタマゴをくれた。
 そして私がタマゴを鞄に入れるのを見届けると、ラッキーは一つの山場を乗りきった後みたいに安心しきってゆったり歩いていく。私はそのまあるい背中を見送って……。

「……って、ラッキー!?」
「ラッキー。たまごポケモン。
 1にちに いくつか たまごを うむ。そのタマゴは栄養満点でものすごく美味しいらしい」

 ポケモン図鑑で確認しても間違いない。そうだ、忘れていた。捕まえるべきなのはケンタロス三十匹だけではない、後一匹居た。
 非常に希少で、このエイヘイ地方においてはサファリゾーンでしか生息を確認されていないという。捕まえた者に幸運をもたらすと言われるポケモン、ラッキー。

「待ってラッキー、ごめんね、私はあなたをゲットしなきゃいけないの! お願いコアルヒー、ぼうふう!」

 頭からコアルヒーが飛び降りて、早速攻撃を仕掛ける。暴風を巻きおこすが、ラッキーは大して動じることなく振り返った。

「うそ……。ぜんぜん効いて……ない? ……そ、それならなみのり!」

 ってダメだよ、トレーナーの私が焦ってちゃポケモンにまで不安が伝わっちゃうって前にジュンヤも言ってたじゃない!
 気合いを入れ直す為両頬を平手で叩いて、なるべく焦りを悟られないように声を張って指示を出した。
 そう、今度は命中の高い技だ。ぼうふうはしっかり当たったように見えたけど、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。今度は確実に当てられる自信のあるこの技で勝負!
 足元から噴出した激流がラッキーのタマゴみたいな体を飲み込んで……水が引いた時には相手すっかり元気そうな顔で立っていた。

「……って、やっぱり効いてないよねぇこれ!?」

 ラッキーは全く動じず、平気そうな顔でお腹の袋からタマゴを取りだし、悠長にそれを頬張り始めた。タマゴは図鑑にあるように余程美味しいのだろう、ラッキーは幸せそうに表情を緩めている。

「うう、うらやましい……。じゃない、どうしよう……」

 ……こんな時、頼りになるのはやはりジュンヤだ。彼はポケモンに対して造詣がある、彼ならどうして技が全く効いていないのかきっとすぐ教えてくれるに違いない。
 分からないことがあったら聞いてくれっていつもジュンヤも言っている。コアルヒーに指示を出す傍ら、汗ばんだ手でパーカーのポケットから赤くて角のない携帯電話を取り出して、開いた。



 低く固い衝突音が辺りに響く。だが展開された光の盾はわずかの揺らぎを見せない、集積された光子は相手の角の一撃を防ぐと分解されて霧散した。

「メェークル、かわらわりだ!」

 小柄な体躯を生かして脇腹に潜り込み、頭突きを叩き込む。相手はケンタロスだ、効果は抜群、すかさずモンスターボールを投げつける。

「よし、ケンタロス捕獲完了!」
『ピンポンパンポーン。ノコリ、十七ヒキデス』

 ポッポが首に提げているトランシーバーから発せられた声が頭上から降ってくる。
 これでオレとメェークルもようやくケンタロスを捕まえられた、きっとソウスケとレイ、レンジも既に捕まえていることだろう。
 ……だが、不安なのはノドカ達だ。

「ノドカもコアルヒーもちょっと……いや、結構抜けてるところがあるからな。もしかして電話とかメール来てたりして……」

 とズボンのポケットから青くて角張ったシンプルな携帯電話を取り出して画面を確認してみるが、ノドカからの連絡何も来ていない。来ているのは広告とレイからの自撮り写メくらいだ。

「……頼りが無いのは元気の証。昔母さんが言っていたけど……」

 それでもノドカ達のことが心配になってしまうのはオレが過保護なだけだろうか。立ち止まって彼女に電話するかどうかを悩んでいたら、メェークルに尻を小突かれた。

「そうだな、ノドカ達だってポケモントレーナーなんだ、大丈夫だよな。悪いメェークル、ケンタロスを探そうか」

 そうだ、きっとノドカだって今ポケモン達と頑張って順調に行っているんだよな。なのにオレが電話したら水を差すことになるかもしれないし、なによりノドカに失礼だろう。
 それでもケンタロスの凶暴性を考えるとやっぱり不安に……ってやめだやめ、考えていてもきりがない。
 雑念を追い出すように頭を振って、メェークルの頭をぐしゃぐしゃ撫でてから角を掴んで歩き出す。

「けど、ラッキーも脱走したんだよな」

 ラッキー、その希少さ故に捕まえた者は幸せになると言われているほどだ。希少なポケモン、か。そういえば……。

「なあ、メェークル。"あいつ"は今、どうしてるのかな……」

 希少で思い出した、九年前に父さんと母さんが保護した"あいつ"はラッキーが比ではないほどとてつもなく珍しいポケモンだった。しかしあの仮面の男の襲撃の後、ラピスタウン、オレの両親が育て屋を営んでいた街に赴くことが無かった為にレイ同様二度と会うことはなかった。

「この旅で"あいつ"に会えるといいな……」
『ピンポンパンポーン。ノコリ、十二ヒキデス』

 もし"あいつ"が、仮面の男に捕まえられてしまったのだとしたら。そこまで嫌な考えを浮かべてしまったところで放送が入った。……この思考は中断しよう、今答えが出るはずはないのだから。

「それにしても、また五匹同時に捕獲か、しかも捕獲のペースもかなり早い。一体誰が……」

 ……そういえば、この街に来る途中にツルギと会ったとノドカが言っていた。あいつもオレ達と同じ方向に旅をしているならこの街に居てもおかしくはない。

「……急ごうメェークル。ケンタロスを一匹でも多く捕まえるんだ」

 ツルギに捕まったら、またあのポチエナみたいに傷つけられるかもしれない。それはなんとしても避けたい、ならば先に捕まえればいいだけだ。
 歩き出していた足は自然と早まり、やがてオレ達は小走りになって駆け出していた。



 何度攻撃しても手応えはさっぱり得られない。それどころか相手が未だ無傷な気さえしてくる。ラッキーはまさか特性が「ふしぎなまもり」とでも言うのだろうか、いやそんなはずはない。

 結局ジュンヤには電話をしないで、通話ボタンを押す寸前で踏みとどまった。それは彼に聞いてはいけないと思ったからだ。
 ジュンヤのことを信頼していないわけではない、むしろ聞けばなぜ技が効かないか、どう対処すれば良いかの的確な答えを与えてくれることだろう。だからこそ、あえて電話するのをやめたのだ。

「……コアルヒー、戻って!」

 足元にコアルヒーが歩いてくる。
 もう何度もなみのりやぼうふう、れいとうビームを食らわせてみた。雨を降らせて威力を上げてもまるで効き目がない。
 こういう時はジュンヤに頼るのが一番早く確実だけど、自分とポケモンの力で乗り越えなければならない。誰かがいなければ戦えないようでは一人で何も出来なくなってしまう、自分自身も鍛えられないからだ。

「行ってドレディア! エナジーボール!」

 自然の力を集めた深緑の光球がラッキーに直撃する、しかしやはり相手は動じずにお腹の袋から取り出したタマゴを頬張った。

「……まただ。またあのタマゴを食べてる」

 思えば、一度も手応えが得られなかったわけではない。あまごいからのぼうふうを連続で食らわせた時は相手も混乱して、自分を傷つけていた。そしてその隙に連続でなみのりを畳み掛けた際、確かにラッキーは怯んでいた。
 結局その後取り出したタマゴを食べるとすっかり元気になったのだが……。まさか、あのタマゴがラッキーが倒れない秘訣なのではないか。

「ねえコアルヒー、これを食べてみて」

 鞄から先程ラッキー自身にもらったタマゴを取り出して、コアルヒーに食べてもらった。するとコアルヒーはあまりの美味しさに気の抜ける声を澪して顔もしまりがなくなり……戦闘で受けたダメージがすっかり回復してしまっていた。

「……やっぱり、そうなんだね」

 おかしいと思っていた、ラッキーは何度確実に攻撃を当てられる隙が出来たにも関わらず攻めることはせず、攻撃を何回か食らった後はタマゴを食べるのがパターンとなっていた。
 ラッキーだってただの的じゃない、度々攻撃してきていたから敵意は十分あるはずなのに、技の合間に何の意味も無く食事するのは不自然すぎる。
 だが、今コアルヒーにタマゴを食べてもらってようやく理解できた。あのタマゴはポケモンを回復させる力を持っており、だからラッキーは自分で食べて体力を回復していたのだろう。

「それにきっとあまり技の効き目がないのは、特防が高いからなんだよね」

 先程思い出したのだが、昔ジュンヤとソウスケと一緒に見たポケモンバトルの動画でハピナスが相手のだいもんじやりゅうせいぐんなどを涼しい顔で耐えてかみなりやふぶきを食らわせていた。
 その時に実況が言っていたのだが、ハピナスは体力と特防の高さがなによりの売りらしい。ただ特殊技を連発するだけでは突破するのは至難の技のようだ。

「だけど、あなたなら行けるよドレディア。ちょうのまい!」

 何の考えも無しに威力の低い技を連発していてはすぐに回復されてしまい、無駄撃ちとなる。なら、一撃で大ダメージを与えればいいだけの話だ。
 ドレディアが神秘的な舞を美しく軽やかに踊り、その足跡には蝶の羽から零れ落ちる鱗粉のような煌めく粒子が舞っていた。

「まだよ、もう一度ちょうのまい!」

 ラッキーはいつ攻撃が来るか、緊張しながら構えている。だけどまだまだ攻めるつもりはない、私はまだ五回のちょうのまいを残しているのだから。
 能力が上がるのは六段階まで、二度目のちょうのまいも妨害されずに特攻・特妨・素早さが上昇する。

 ……そして六度目の舞が終わり、その頃にはドレディアは活力に満ち溢れ、もはや誰にも止められない程に能力が上昇していた。

「この一撃で決めよう、ドレディア! エナジーボール!」

 ドレディアは再び両腕を前方に突きだし、辺りの自然から力を集め始めると深緑の光球は遠慮を知らないかのように問答無用でエネルギーを増大させていく。やがて元の数倍程にも膨れ上がって強く眩く輝きながら放たれると、意識を保つことすら至難となる強烈な光がラッキーを飲み込んだ。

「今よ、モンスターボール!」

 私はノーコンだから外れるかも、なんてその時は頭に無かった。ただ隙を逃さず捕まえなければ、と勢いに任せてモンスターボールを投げたのだが……。
 一度は倒れたが必死で起き上がってきたラッキーの足元に、先程彼女が投げたボールが前のめりになって落下する。それは地面にぶつかり跳ね返って、見事お腹の袋に命中した。

「……当たっ、た?」

 ボールは開閉スイッチを点滅させながら何度か揺れていたが、しばらくすると静止した。おそるおそる忍び寄って見たものの、突然ボールを突き破って出てくるようには思えない。

「……やった、ラッキーをゲットしたよ!」

 ボールを拾って高々掲げて、足元ではコアルヒーとドレディアが嬉しそうに跳び跳ねる。初めての自力でのゲット、これも二匹のおかげだ。二匹に何度もお礼を言って頭や喉などを撫でて労ってから、ドレディアをモンスターボールに戻した。



 遮るものは何も無い、一直線の畦道。辺りを黄昏色に染める沈みかけた夕日を背景に、一匹のポケモンが天高く嘶いていた。

「いったたた……。大丈夫か、メェークル」

 水田に尻餅を付きながらオレの腹の上で倒れる相棒に声を掛けると、メェークルは無事らしい、顔を上げてオレの頬を舐めてくれた。良かった、それだけで吹き飛ばされたメェークルを受け止めて水田に落ちただけの価値はあったというものだ。

「だけど、どうやってあいつを止めよう……」

 オレ達を落とした張本人、力強く逞しいその勇姿を見上げる。
 全身に傷跡を残した、体躯の大きい群れの主のケンタロス。もう既に二十九匹は捕獲された、このケンタロスがまだ捕獲されていない最後の一匹となる
 ケンタロスはまだ戦い足りないのだろう、己の三又の尻尾を自身に強く叩きつけて闘争心を活性化させている。更に蹄で何度も地面を打ち鳴らし、鼻息を荒くさせて臨戦体制だ。

「んだよ使えねえな、結局てめえらも負けてんじゃねえかバーカ」
「うるさいな、人のこと言えないだろレンジ」
「ハ、それがなんだってんだよ。てめえがやられたのも事実じゃねえか!」
「……まあ」

 オレの隣りで晴れ晴れとした表情で嫌みを吐いてくるのはレンジだ。彼も先程ケンタロスに挑んで負け、弾き飛ばされたココドラに直撃して水田に落とされたのだ。
 どうやら相手のケンタロスは相当の実力者らしい、レンジのココドラとオレのメェークルとの連戦を物ともしていない辺り力だけでなく体力も有り余っているだろう。
 だが、いつまでもここで座っているわけにはいかない。なんとかしてあのケンタロスを止めなければ、いずれ被害が出てしまうかもしれないからだ。
 尻や足が濡れている不快感に眉間に皺寄せながら立ち上がり、他のモンスターボールを構えた。その時、畦道の先から一人の少年が歩いてきた。
 臙脂のトレーナーを羽織った少年、ツルギだ。

「あ、てめえこの前の! ここで会ったが百年目、おれと闘え!」
「出てこい、ローブシン」

 レンジがココドラをモンスターボールに戻して立ち上がり吠えるが、ツルギは意に介さずケンタロスと正面から向かい合ってモンスターボールを放り投げた。
 中から出てきたのはローブシン、重たそうなコンクリートを太い腕で杖のように支えている。
 ケンタロスは溜まりに溜まった闘争心を解き放ち、弾かれるように走り出した。

「受け止めろ」

 ローブシンは一歩も動かず、コンクリート柱を放して両腕を突きだして構えている。間もなく夕陽に照らされた二つの影が、重たい衝撃音とともに重なった。
 やはりいくら力自慢のローブシンと言えども、全体重を乗せたケンタロスの突進は相当厳しいらしい。角を掴んで堪えるものの、徐々に後退りしている。

「何をやっている、早く投げ飛ばせ」

 だがツルギが苛立たしげに言葉を送ると、途端に状況が一変する。ローブシンの腕の筋肉が膨れ上がり、完全にケンタロスの勢いを殺すとその九十キロ超の巨体を少しずつ持ち上げ始め、とうとう横に倒してしまった。

「それでいい。ドレインパンチだ」

 そして相手が起き上がる間も与えず巨大な拳をケンタロスの顔面に叩き込む。

「続けてマッハパンチ」

 更に二度目の攻撃も決まったのを見届けるとツルギがモンスターボールを投げた。
 ボールはたった一度揺れたが、それだけで静止してしまう。ツルギはそれを壁のような顔で拾い上げると無言でローブシンをボールに戻し、その長髪を風に遊ばれながら畦道の向こうへ歩いて行ってしまった。

『ピンポンパンポーン。ノコリ0匹、コレニテイベントヲシュウリョウシマース』

 ……これは表向きはただ捕まえ放題というだけのイベントだ、表彰などがあるわけではない。これで全員解散となる。

「この野郎、待ちやがれ! おれと闘え!」
「待てよレンジ、まずはポケモンの回復をしてあげろよ」
「放せ!」
「駄目だ、今の状態で戦ってお前が勝てるはずないだろ!」

 レンジがポケモン達を省みず彼の後を追いかけようとする、それを腕を掴んで止めると彼は暴れ始めた。それでもなお離さずにいると、彼は不愉快そうに腕を払ってオレに罵声を浴びせ、ツルギの進行方向とは反対へと歩き始めた。

「なあ、どこに行くんだ?」
「うるせえな、てめえには関係ねえだろ。……ポケモンセンターだよ、てめえのせいであの野郎が行っちまったからな」

 それ以上お互い言葉を交わさなかった。オレはしばらくレンジの背中を見送って、それからシャワーズの吐く水で服を洗ってノドカ達と合流した。

せろん ( 2015/06/14(日) 17:26 )