ポケットモンスターインフィニティ - 第三章 新たな仲間、まもる為の強さ
第21話 まもるという夢、足りないものは
 206番道路。ここではマラカシティの近代化とは打って変わって、緑豊かな道が続いている。
 高く繁る葉の隙間からは時折珍しいタブンネなどが顔を覗かせ、敷き詰められた草の絨毯を挟むように真っ直ぐ列を成す木々の柱からは虫ポケモンが糸を伸ばして垂れている。また見上げた青空では流れる白雲と降り注ぐ太陽光線を背景に、鳥ポケモンが立派な翼を広げて雄々しく飛翔していた。
「さすが、色んなポケモンが居るね! 腕が鳴るよ!」
 レイは袖を捲って腕をぶんぶんと回し、足元ではゾロアが元気よく鳴いている。
 腕が鳴るって、もしかして……。
「なあ、まさかここに居るポケモン全種類捕まえる……とかじゃないよな」
「うん! そのまさかだよ!」
「えぇっ!?」
 思わずノドカも叫んでしまう。そりゃあ驚くよ、この道路一面の全種類って……!
「ああ、そういえばまだ言ってなかったね。ボクには、ね。夢があるんだ……」
「夢……か」
「……うん」
 夢、それは旅に出る多くのポケモントレーナーが持っているものだ。レイは横顔に深く、濃い陰を落として……。それでも瞳に一条の光を閃かせて、穏やかに頷いた。
「ボクは、少しでも多くのものを護りたい。だからその為に、一種類でも……いや、出来ることなら全ての種類のポケモンを、ボクは捕まえたいんだ」
 語気を強めて語るその夢には、しかしその裏には憚られる何かがあるようだ。
「ボクは自分の行動に間違いが無いって信じてる、じゃないと挫けてしまいそうだから。でもね、時々思うことがあるんだ。護る為にやっているボクの行動は正しいのか、このまま進んで本当に良いのか、って……」
 何を思い浮かべたのか、まるで辛酸を嘗めさせられたかのような苦渋を深く眉間に刻み込むレイがどんなことを体験してきたのかオレにはさっぱり分からない。だけど……。
「……分かるよ、その気持ち」
 オレだって似たようなものだ。……オレの夢は、ポケモンマスター。大切なものを失わない為の守る強さが欲しくて、オレとメェークルは子どもの頃から鍛え続けてきた。
 だけど旅に出て、色んなポケモントレーナーとバトルして……オレ達は現実を思い知らされた。ツルギに敗北し、エドガーに圧倒され、……今の自分では何も為すことが出来ないのだ、と……。
 レイの複雑な笑顔は、オレにも思い当たるところがある。理想と現実の齟齬は時に致命的で……深く鋭く、楔を打ち込まれてしまうことさえある。それでも諦められめ切れず、夢に囚われた者が見せるのがその笑顔、なのかもしれない……。
「オレは大切なものを守りたい。だけど、今のままでいいのか。オレは自分のままで、理想を実現出来るのか……。そう、悩む時があるんだ」
 陽光が流れ雲に遮られて、辺りは薄く影に染まる。
「……だけど悩んでる暇なんて無い、そんなことをしている内に大切ななにかを取り逃しちゃう。そうだよね、ジュンヤくん!」
 レイが微笑み、再び光が辺りを照らした。その言葉に頷いて、オレもメェークルも気合いを入れ直す。
「よーっし! じゃあ張り切って捕まえるか!」



 まるで流浪の侍の如く。笠を被った一匹が腕を伸ばして、的確に対象であるオニドリルの胸へと拳を叩き込んだ。その一撃は本来なら相手を既に戦闘不能へと追い込む程の威力なのだが……目的の為にわざと加減し、瀕死寸前に留めさせている。
「さあキノガッサ、続けてキノコのほうしだ!」
 そう、そのポケモンはキノガッサ。彼は笠を揺らして胞子を振り撒き、吸い込んでしまったオニドリルは途端に眠ってしまう。
「行くよ、ハイパーボール!」
 そしてレイは下半分は白、上半分は黒地に黄色くHの文字が塗られたハイパーボールを投げた。
 オニドリルを吸い込んだその球は抵抗を受けて僅かに揺れるが、やがてそれを嘲笑うかのようにカチリ、と音を鳴らして静止した。
「本当、よくハイパーボールをそんな何個も持ってるな……」
「ボクの夢には欠かせないからね、道具にだって気を遣ってるのさ」
 ハイパーボール、それは市販されているボールの中では最も高価で優れた捕獲性能を誇るものだ。先程もそうだったが、話を聞けばどうやら彼は大抵のポケモンをそれで捕獲しているらしい。
 そしてキノガッサはハイパーボールに入っていたがそれは捕獲用に借りたポケモンであり、自分の手持ちは分かりやすいようにとモンスターボールに入れているようだ。
「そう言えば、今はどれくらいポケモンを捕まえたんだ」
 オレが今20種類くらいは捕まえているから、全種類コンプリートを目指すレイなら50前後が妥当かな。
「そうだね、大体350種くらいかな」
「……ええっ、かなり捕まえてるな!?」
 それは予想よりもあまりに多過ぎだ。そんなのオレがいくつか地方を回ってようやく指先が触れるかどうかの桁違いな数字で、自分の型に嵌めた予想がいかにちっぽけだったかを思い知らされてしまった。
「仲間達の協力のおかげだよ、ボク一人じゃあ到底これだけ多くのポケモンを捕まえることは出来なかった。それにその過程で共に励む仲間を増やしたりも出来たしね、良かったよ」
「そうか、仲間か……」
 なるほど、確かにそれならあれだけの膨大な捕獲数も納得が行く。当然のことだが人手が多ければ多い程捕まえられる数も多くなる、だから決してオレが駄目なわけじゃあないんだよな!
「けどいいな、そういうの。夢の為に努力して、志を一緒にする仲間が増えていくのってすごく楽しそうだよ」
「うん、たまに辛いことはあるけど楽しいんだよ! 特に捕獲の難しいポケモンを捕まえた時の快感は堪らないね、ボールから出して互いの戦いを讃え合う時なんかも……」
 とそこまで熱く語ってから彼はハッとなって口を塞いだ。
「ご、ごめんねいきなり語り出しちゃって……! 思わず……」
 どうやら自省しているようだ、恥じたように頬を染めながら顔を背け、頭を掻いて苦笑している。
「はは、いや、今もレイが元気にやってることが分かって良かったよ。そうだ、お前の夢、良ければオレにも手伝わせてくれないか?」
 隣でメェークルも、オレに同調して頷いている。彼も親友の助けになりたいらしい。
「え、嫌かな」
「なんでだよ!?」
 まさか断られるとは思わなかった。人手は多い方が良いに決まっているのに、どうして? 不思議に感じて首を傾げていると、彼は握り拳をオレに向かって突きだしてきた。
「ジュンヤくんにはジュンヤくんの夢があるじゃないか、ボクなんかにうつつを抜いていたら置いてかれちゃうよ!」
 なんて言いながらウインクを決めちゃって。……そうか、オレがレイのことを想っているみたいに、レイもオレのことを想ってくれていたんだな。
「そうだな、オレが悪かったよ、忘れてくれ」
 レイの言う通りだ、わずかもよそ見をしている暇は無い。それはオレ自身がよく分かっていることじゃないか。
「アハハ、もう覚えてないよ」
 白銀の髪を風に遊ばれながら、パタパタと手を振る彼は冗談めかして笑っている。ゾロアも肩の上で追従して頷く。その顔は昔と変わらぬ無邪気な笑顔で……だけどオレの何倍も、今の彼の表情は大人びたものに見えた。



 ジュンヤはレイくんと二人で行動、だから必然的に私とソウスケの二人で動くことになる。いや、別に二人一緒の必要はないんだけど、やっぱり一人より二人の方が楽しいからソウスケにお願いしちゃった。
「うそっ、チュリネ!? もしかして急所に当たっちゃった!?」
「こら、先走るなワシボン! あ、あー……ごり押しで行けちゃうんだ……」
 今の私達は絶賛奮闘中、そして絶賛空回り中です。慌ててチュリネに駆け寄っていいキズぐすりを使う私を心配そうに見つめるコアルヒーと、困って何も言えなくなっているソウスケを苦笑しながら眺めるダルマッカ。
 足元から向けられる相棒の視線は、私達に地味に傷を追わせてくる。もっと精進しなければ、ということを嫌でも思い知らされた。
「あーあ、せっかくもう少しで捕まえられそうだったのに。あんなところで急所に当たるなんてずるいよー」
 結局私の捕まえようとしていたポケモンはチュリネを回復させている間に逃げてしまって、今の私はとほほな気分を少しでも晴れさせる為に不満を隣の彼にぶつけていた。
「けれど、僕は捕獲ではなく回復を優先したのは間違っていなかったと思うよ。ポケモンを逃したことは残念だけど、それ以上に大切なものを失わずに済んだんだ、お釣りが来てもいいくらいさ」
「……うん」
 そんなことを言われてしまってはもはや愚痴なんて零せるはずもなかった。ソウスケのそういうところは、すごくずるいと思います。
「それに……僕なんかワシボンに一度も指示を聞かせることが出来ずに相手を倒してしまったしね……」
 哀愁漂う彼の呟きからは、夏なのに木枯らしが吹くようなもの悲しさを感じた気がした。
 そう、彼は先程ポケモンを捕まえるつもりだったのだが、ワシボンの必要以上の追撃……つまり戦闘不能に追い込んでしまったことで捕獲出来なくなってしまったのだ。
 ソウスケ……やっぱり気にしてるよね。言うことを聞かせられないなんてポケモントレーナー失格だ……って、前にも寂しそうに言ってたし。
「……きっとだいじょうぶよ。気合い! で一緒にがんばろう?」
「君はまた懐かしいものを……。勿論さ、心でも実力でもワシボンに僕のことを真に認めさせるまで、諦めるつもりはないよ」
 さすがはソウスケ……。昔からそうだけど、諦めない気持ちに関しては人一倍……ううん、二倍も三倍も強い。
「私も見習わないと……!」
 ジュンヤの強さも、ソウスケの諦めない気持ちも、今の私にはどちらも足りないことは自覚している。
 だけどただ自覚するだけでは意味がない、実際に行動を起こして身に付ける必要があるのだから。
「ジュンヤ、ソウスケ! 私もコアルヒー達も、がんばるからね!」
 私の言葉にシンクロしてくれるコアルヒー。ソウスケはジュンヤが近くにいるのだと勘違いして辺りを見渡したから、今のはただの意気込みだ、と謝っておいた。
 うん、そうと決まれば早速行動!
 今度こそポケモンを捕まえてみせる、と辺りを見回す。コアルヒーも捜索に協力してくれるようだ、高く飛び上がって空を旋回しながら地上を見渡してくれている。
 とはいえやはりそう簡単には見つからないようだ、しばらく歩き回ってみても大して成果が得られず……。
「もう疲れた……」
 なんて弱音を吐きかけて、慌てて首を払ってそんな考えをふるい落とした。再びやる気を出して一歩を踏み出し、硬い芯の入ったゴムを踏みつけるような奇妙な感触、そしてなにかの悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。
「え……、なにっ?」
 戸惑っていると全身が突然静電気を凄く強くしたみたいな痺れに襲われて、倒れてしまう。
「ノドカ、大丈夫かい?!」
 ソウスケが叫ぶ。
「あ、あうう……」
 なんでいきなり……。なんて己の不運を嘆く間も無く気付いた、先程踏んだのはポケモンのしっぽだったのだと。
 まともな働きを失いかけた頭を必死に起こして半身を持ち上げると、足先でこちらに背を向け草むらの中を走り出した桃色の影が見えた。
「ち、チュリネ、お願い……」
 それは不運でもあり、また幸運でもあった。なんとか指をモンスターボールの開閉スイッチまで伸ばすことに成功して、彼女を中から解き放つ。
 赤い光は桃色の影の進路を塞ぐように塊を形成し、一匹のポケモンを具現させた。
「モココ。わたげポケモン。
 電気を通さない地肌はゴムのように つるつるだが体毛は電気をためやすい 」
 桃色の影の正体はモココだったようだ。進化前のメリープの頃には全身を覆っていた毛が進化により首元と頭のみになっている。それは全身がゴムのような皮膚となり体毛の性質も変化したからだ。
「チュリネ、エナジーボール!」
 駆け寄ってきたソウスケに肩を借りて、またコアルヒーにはパーカーのフード部分を引っ張ってもらいながら起き上がって、図鑑をかざしてから指示を出す。
 自然のエネルギーを集めた深緑の光弾を前に、稲妻を走らせて迎え撃つと、二つは互いのエネルギーで炸裂した。
「今のは10まんボルト……?」
「恐らくそうだろうね」
 その衝撃で辺りの草むらが散ってしまい、図らずも草に擬態していたチュリネが露呈することで、モココは突然攻撃を仕掛けてきたその正体に気付いたようだ。
「……そうだ!」
 これは使えるかもしれない、だが一度距離を取って隠れなければ。
 相手は赤や緑など、様々な色の入り混じった不思議な光線を発射してきた。
「リーフストーム!」
 だが、その技ごと相手を飲み込む。尖葉の嵐は極彩色の光を切り裂き、更にモココさえをも吹き飛ばした。
「今よ、草むらの中に隠れて!」
 そして相手が起き上がるまでの時間を利用して、禿げた地面から深く茂る草の中に身を潜める。
「……うん、いい感じ」
 これでパッと見ても分からない、辛うじてトレーナーの私が草の形の違いが見えるだけだ。今はモココから見ると右斜め前に距離を離して立っている。
「エナジーボール!」
 そこから光弾を放ち、すぐに別の場所へと移動する。リーフストームの反動で今特攻はがくっと下がってしまっている、真横に払われた右腕で容易く弾かれてしまったがその技で気を引いている隙に今度はモココの右手の延長線上に忍ぶことが出来た。
「もう一度エナジーボール!」
 更に今度はその技で作り出した隙で目の前に躍り出る。
「行って!」
 威力が下がった今、攻撃を確実に当てる為には接近しなければならない。だが、そこまで近付いたのは失敗だとすぐに思い知らされた。
 モココの首元の毛が光ったかと思うと辺りに撒き散らされる、そしてそれに触れたチュリネはまるででんじはを食らったような痺れに動きを止めてしまう。
「そんな……」
 モココが口を開き、エネルギーを溜める。しかし体が痺れて動けず、攻撃を中断させられなかった。
 極彩色の線がチュリネを遠くに押し出し、ノドカの足元まで飛ばされたその姿を見る。効果抜群の技だ、下手したら一撃で……!
 チュリネは草むらに埋もれたまま動かない、しかしモココはそれに気付かず、どこかに潜んでいると勘違いして気を抜かずに周囲に警戒を巡らせていた。
「……お願い、チュリネ。立って……!」
 瞳を伏せて、半ば祈るように呼び掛けると草むらが揺れた。そしてピコリと頭の葉っぱが飛び出して……チュリネが起き上がったのだと分かった。
 やった、まだ倒れてない! それに相手もまだチュリネの場所には気付いていない、これなら行けるかもしれない!
「チュリネ、モココの右斜め前にくさむすび」
 相手に聞こえないよう小さな声で指示を出す、それはモココには決して当たらないがだからこそ意味があるのだ。
 指示した位置で草が揺れる、それはもちろんくさむすびの影響だ。だがモココはチュリネが動いたと勘違いしてそこへ電気を放った。
 10まんボルトが草を焼き払うが、当然そこにチュリネの姿は無い。モココはそれに驚いて目を見開き、慌てて辺りを見回し始める。
 うん、モココはすっかり騙されてくれたみたい。……行ける!
 だけどあえてしばらく間を置いて、モココの疑心暗鬼を強めていく。
 ……少し強めの風が吹き、草が揺れた。仕掛けるならば今しかない!
「今よ!」
 くさむすび。相手の背後の草むらを風で揺れる他よりも大きく揺らす。
 モココは確信を得たようだ、敵は後ろに居ると。電気を溜めた毛を振り撒きながら振り返り、つまりノドカとチュリネに背を向けて、これまでで一番太い極彩色の光線を放った。
 光線が草原を穿っていく、これで自分を脅かす敵を倒したはずだ。そう一息吐いて、強張っていた肩を下ろしたモココの背後にはチュリネが放った深緑の光弾が迫っていた。
 それにモココが気付いた時には、もうその背中に光弾が当たっていた。
「……やった、うん!」
 モココがとうとう崩れ落ち、しかしまだ倒れない、と膝を立てて起き上がろうとしていた。
「行って、モンスターボール!」
 そんな絶好の機会を見逃すわけにはいかない。勢い良く投じたところで恐らく外すだろう、急いで駆け出して直接額にモンスターボールを命中させた。
 ボールは抵抗を表すように幾度も揺れ、しかしややもすれば諦めを現したかのように静止した。
「やった、モココをゲットしたよ!」
 ついに捕獲に成功した、それを拾い上げてチュリネに駆け寄る。
「ありがとね、お疲れさまチュリネ!」
 と労い、次はボールからモココを出して回復してあげる。
 ……ようやく私も、これで手持ちは四匹。ジュンヤとソウスケに、少しは近付けるといいな……。

せろん ( 2015/05/08(金) 01:09 )