第20話 共闘、不良達から取り戻せ
ボク達は今、ある種の危機的状況に立たされている。
目の前にはポンパドール……まあいわゆるリーゼントの髪型の男二人組が立ち塞がっている。いわゆる不良と呼ばれる人種だ。それだけならボクとジュンヤくんで容易く追い払えるんだけど……問題は人質ならぬポケ質がいることなんだよね。
「ええか、痛い目に遭いたくなかったら黙ってこっから消えーや!」
どうやら路地裏に迷いこんでしまった子ども達が運悪く不良に目を付けられたみたいで、悲鳴を聞いてジュンヤくんとボクが駆け付けた時には既にこうなってしまっていたんだ。
「や、やめろ! おれのマイナンになにするつもりだ!」
「わたしのプラスルにひどいことしないで……!」
ボクとジュンヤくんの後ろで子ども達が叫ぶ。それでも不良二人は応じることなく、スピアーの槍の先をたびたびプラスルとマイナンの喉元に突き付けいつでも手は下せる、と執拗にアピールして見せている。
「くそっ、卑怯なやつらだな……!」
流石のジュンヤくんもポケモンを盾にされては身動き出来ないようだ。腰に伸ばした手を下ろして歯ぎしりするばかり。
「もし通報なんてしちまえば、こいつらの命はねえぜ?」
……これだから困るんだよね。ただ卑怯なだけでも苛立つっていうのに、無駄に威勢までいいんだからさ。
「キミ達も少しは自分の身を心配した方がいいよ。反撃された時のことを考えてないみたいでしょ」
とはいえボクだって鬼じゃない。聞き入れてもらえるとは思ってないけど……一応忠告だけはしてあげることにした。
「んだてめえは! あんまうっせえと……」
「はいはい、静かにするから落ち着こうよ!」
苛立ってつい挑発的な言動になってしまった、反省しながら口を塞ぐ。
「いいか、俺らが見えなくなるまでそこを動くんじゃねえぞ」
彼らはそう言って慎重に後退り、角に辿り着くと一気に走り出した。
「プラスル!!」
「マイナン!!」
「待って二人とも!」
子ども達が追いかけようとしたのを静止して、モンスターボールを彼らに見せる。
「大丈夫だよ、やつらは今ボクの相棒が追ってくれているから。キミ達のポケモンは必ず取り返すし、隠れ家だって突き止めてくれるよ!」
そう、実は悲鳴が聞こえた時にゾロアには万が一を想定して別行動を頼んでいたのだ。そして今はあの不良どもを追跡してくれている。
「ゾロアが居ないと思ったら、レイ、いつの間に……」
一方のジュンヤくんはせっかくメェークルを連れていたのに、やつらの脅迫に屈してモンスターボールに戻さざるをえなくなっていた。
「フフ、ジュンヤくんももう少し用心しないと」
……本当はさっきスピアーを不意打ちして倒しても良かったんだけど、他に誘拐されたポケモンがいる可能性を考えるとやつらの住処を突き止めておきたかった。だから今は、癪だけど泳がせておかないと。
「とりあえずボクの相棒が帰ってくるまで、休んでようか」
公園、子ども二人はベンチに腰掛けてボクとジュンヤくんはその前に立っている。
「それでこのメェークルがいわなだれでやっつけたんだ!」
今は少しでも不安を晴らさせてあげようと、ジュンヤくんにメェークルを隣に控えさせて自分の武勇伝を語ってもらっているところだ。
「ジュンヤ兄ちゃんすげえ! 悪党をやっつけるなんてヒーローじゃん!」
今興奮気味に反応したのはカズキくん。水色の半袖に短パン、短髪で元気いっぱい! といった雰囲気の男の子。マイナンのトレーナーだ。
「そう、ジュンヤくんは実は人知れず巨悪と戦う正義のヒーローなのさ! だから彼に任せれば大丈夫だよ!」
「お、お前なあ! あんまり誇張し過ぎるなよ……」
と照れ臭そうに笑いながらも満更ではないようだ。彼もメェークルも頬を緩ませ、少女が口元をほころばせる。
「ジュンヤさんに任せれば、きっと安心ですね」
「カホちゃんまで……! オレはそんな大した人間じゃないよ」
カホちゃん、それが少女の名前だ。彼女はピンクの長袖にスカート、ポニーテール。カズキくんに比べると少し大人しそうな女の子。プラスルのトレーナー。
どうやら二人はこの街に住む双子らしい。今日も元気に街を遊び回っていたら、最近街並みが似たような風景ばかりになってよく分からなくなり、路地裏に迷いこんでしまったようだ。
「そういやレイ兄ちゃんはどうなんだ、やっぱり悪の組織を相手に戦ったりしたの!?」
「アハハ、期待外れかもしれないけどボクは対峙したことはないんだ」
「なーんだ、つまんねえの」
「カズキ、そんなこと言っちゃダメよ。ごめんなさい、レイさん……」
「いいよ全然、ボクは気にしてないからさ!」
まあ確かにヒーローに憧れる男の子からしたら、ボクみたいな人間はあまり面白いとは思えないよね。
茶化してきたジュンヤくんに笑顔で相づちを返して、再び彼に話の矛先を戻す。
「えーっと、後……あ、そうだあれもあった!」
話題に困ったのか、彼は少し唸ってからようやく捻り出した。……武勇伝を語ることを提案したのはボクだけど、カズキくんとカホちゃんが元気を取り戻してくれて良かった。
後はゾロアが帰ってきたら、あの不良どもからポケモンを取り戻すだけだ。
ボク達がアイスを奢って食べさせたりしながら話し込んでいると、ゾロアが戻ってきた。どうやら彼らのアジトを突き止めたようだ。
「よし、それじゃあ行こうぜレイ」
カズキくんとカホちゃんにはポケモンセンターで待機していてもらう、行くのはボク達二人だけだ。
ボクとしては人手が多いに越したことはないからノドカちゃんとソウスケくんにも手伝ってほしかったんだけど、ジュンヤくんに二人を巻き込みたくない、と断られちゃった。
勿論ジュンヤくんもそれで相手の人数が多くて返り討ち、なんて御免みたいで、相手の数次第で呼ぶことを検討してくれるらしいけどね。
「……だけど、どうしてその人達はポケモンをさらったりしたんだろう」
ゾロアの先導で歩く中、ジュンヤくんが悲しそうな声で呟いた。
「いや、でももし事情があったとしてもポケモンをさらうのはやっぱり良くないよな」
なんて自己解決をしてメェークルの角を強く握って。やれやれ、キミは優しいな。それに甘くてお人好しだ。
確かに今回は理由があるかもしれない、"あのこと"を考えるとその可能性は十分にある。だけどいつもそうとは限らない、ただ自分の為だけに奪うやつだって中にはいるんだ。
「よし、一緒にポケモンを取り戻そうぜ! レイ!」
「うん、頑張ろうか」
……ま、キミもそんなこと本当は分かっているだろうけどね。それでもそうじゃないと信じようとしているからこそのお人好しなんだから。
「どんどん街から外れてくね……」
既に住宅も目に見えて数が減ってきている、それでも歩き続けていると工場が見えてきた。辺りには錆びたドラム缶などが散乱していて、雑草が生い茂っている。小汚なくて見るからに廃れているが、だからこそ隠れ家には持ってこいなのだろう。
「ゾロア、あそこ?」
ボクの問い掛けに足元で頷いてくれた、ジュンヤくんと顔を見合わせ中を覗き込む。
「なんじゃ、こんなんやっこさんと同じやないか!」
ほとんど何も無い、隅にドラム缶が数個転がっているだけの廃れきった工場内。
禿げた頭にレスラーのような程良い肉付き、親玉らしき男がドスの聞いた声で叫び、「おう、トレーナーに返したれや!」とモンスターボールを先程の不良二人に投げつけた。
ここに居るのはその三人だけ、他に仲間は居ないようだ。
「……もしかしたら、根はそこまで悪いやつらじゃないのかもな。……雰囲気すごく怖いけど」
「かもね、いらないからってボールを投げ捨てたりしないだけまだ良心はあるよ」
なんて推測をしながらしばらく様子を伺っているが彼らは寂しげになにかを話していたり、突然怒鳴ったりするだけで他の仲間が現れる気配は一向に見えてこない。
待ちくたびれたのか、メェークルとゾロアに至っては後ろの方で楽しそうに遊んでいる。
「三人みたいだね、これならいけるよ」
「ずいぶん強気だな。……まあ、行くしかないのは事実だけどさ」
ジュンヤくんはふぅっ、と息を吐きながら帽子をかぶり直している。昔と変わらない、彼が気合いを入れる時のクセだ。
「でもまずは話してみてからだ。それで駄目だったらバトルだな」
その為にもあまり彼らを刺激してはいけない、少しでも警戒を薄れさせる為に相棒はモンスターボールに戻すことにした。
一応もう一度背後を、中を確認して他に誰もいないことを確認してから開きっぱなしの廃工場に足を踏み入れた。
「何者じゃ!」
スキンヘッドが腕を突きだして、安っぽい発砲音が鳴ったと思ったらボクとジュンヤくんの間をBB弾が通り過ぎた。
「う、うおわっ?!」
当たるはずもないし今さら遅いのにのにジュンヤくんは慌てて身を逸らして、外れたと分かると安堵の溜め息を漏らした。
「落ち着きなよジュンヤくん、当たったところでしょせんエアガンなんだからさ。ねえ、そこのスキンヘッドの人」
「え、そうなのか!? レイ、良く分かったな!」
「いや、さすがに分からない方がおかしいよ」
「なっ……! 言ったなお前!」
「アハハ、だって事実だし!」
……さて、あのスキンヘッドさんはっと。
彼はつまらなそうに舌を鳴らしながらエアガンを投げ捨てている。……うん、これで優位に立たれることはなさそうだ。
「てめえさっきのやつらじゃねえか!」
不良二人は光栄なことにボク達の顔を覚えていてくれたみたいだ。眉間に山をつくる彼らに「やあ」と笑顔を送っておこう。
「オレはジュンヤ、こっちはレイ。オレ達は戦いにきたわけじゃない、お前達に聞きたいことがあるんだ!」
「わりいがわしらに答えることはねえさ。あんさんらは腕に自信があるんじゃろ? おう野郎ども、軽く揉んだれや!」
「なんでそうなるんだよっ……!」
やれやれ、喧嘩っぱやいな。ジュンヤくんが情けなくうろたえちゃってるじゃないか。
不良達がポケモン、ヤンチャムとメグロコを繰り出したのを見てからようやくバトルに意識を移せたジュンヤくんがピカチュウを繰り出して、最後にボクがマリルリを出す。
「さっさと倒しちゃおうか! ジュンヤくん、任せたよ!」
相手は不良らしくあくタイプと、力押しで来るのかかくとうタイプのポケモンを繰り出してきた。だけどこれはすごく戦いやすい対戦カードだ。
「ああ、ピカチュウ!」
形式はダブルバトルとほとんど同じ、ピカチュウの覚えている技、相手のポケモンを考えればやることは決まっているよね!
「ピカチュウ、メグロコにねこだまし!」
ピカチュウが駆け抜け相手の眼前でパン、と強く前足を叩き合わせるとメグロコは突然のことに思わず怯んでしまう。
ヤンチャムはその隙を逃がさずピカチュウに背後から拳を振りかざしたが、そんなことは予測通りだ。
「じゃれつく!」
彼の背中はボク達が守る、二匹の間に割って入って渾身の力でヤンチャムにじゃれついた。
特性"ちからもち"で更にフェアリータイプを持つマリルリのじゃれつかれれば、かくとうタイプであるヤンチャムはひとたまりもない。マリルリの無垢な攻撃を前に、膝から崩れ落ちていく。
「っべぇ! こいつらまじっべぇよ!」
ヤンチャムのトレーナーの方の不良がよく分からない言葉を連呼しながら、倒れた彼をモンスターボールに戻した。さあ、後一体だ。
「マリルリ、アクアジェット!」
ようやく怯みから開放されたばかりのところ悪いけど、メグロコには早速マリルリの先制攻撃を食らってもらった。
「メグロコ、かみつく!」
水を纏った突進をまともに受けながらも、相手はまだ立ち上がる。
「させないぜ、かわらわり!」
更に相手は無駄な抵抗を見せようとしていたが、素早さではピカチュウが勝っている。
牙をかざして飛びかかるメグロコの頭に思いきり拳を叩き込むと、最早耐えられるはずがなかった。
あっという間に二体を沈めたボク達に、不良二人は情けなく尻餅を付いて震えている。
「まったく、オレ達は戦いにきたわけじゃないってのに」
「さて、後はスキンヘッドさんだよ。キミはポケモンを出さないの?」
彼は部下二人が倒されたというのに、まだ後ろの方でどっしりと構えている。だからそんな質問をぶつけてみたら……。
「ぐぅっ……」
突然、まるで腹に拳を叩き込まれたみたいに苦しそうな表情を浮かべてから呻き、かと思えばいきなり叫びだした。
「な、なあ、大丈夫かよ!?」
心配して駆け寄るジュンヤくんに対してそれでも彼はしばらく唸っていたが、ようやく言葉を絞り出して言った。
「……いないんじゃあ」
「え?」
「わしのポケモンは……奪われちまった。オルビス団ちゅうやつらにな」
それは予想通りの返答で、ボクは心の中で「やっぱりね」と呟いた。
スキンヘッド……彼の名前はマサツグと言うらしい。彼はオレとレイの後押しを受け、二つのモンスターボールを持ってポケモンセンターにやってきた。
カズキとカホちゃんはマサツグに怯えてノドカとソウスケの後ろに隠れるが、「大丈夫だよ」と優しく語りかけると少し警戒を解いてくれてオレ達の前に出てきてくれた。
「あー、その、なんじゃ……」
「情けないなー、ほらマサツグ」
恐ろしいものを見る目で見上げてくる子ども達に、彼は情けなく縮こまってしまっている。だからその無駄に大きな肩をバシっと叩いて、喝を入れてやった。
マサツグもようやく決心出来たらしい、屈んでカズキとカホちゃんに目線を合わせて、二つのモンスターボールを差し出した。
「うちのもんがわりいことしちまった、ごめんな。わしから出来ることはなんもねえが、ポケモンだけでも返させてくれや」
「……あ、ありがとうございます」
子ども達は引き気味だけど、それを素直に受け取ってすぐに中からポケモンを解き放った。
「おかえり、マイナン!」
「プラスル、無事でよかった!」
赤い光を振り払って主に飛び付く二匹、マサツグはそれを寂しげに見つめていたが、ややもすると踵を返してポケモンセンターを出た。
だけど、彼のことを放ってはおけない。子ども達のことをノドカに頼んで、オレはそれを追いかけた。
「……なあ、他には拐ったポケモンは居ないんだよな」
「おう、居たらわしがとっくにあいつらをシメとるわ」
「そうか……」
日が沈みかけ、それでもまだ熱の残るアスファルトを二人で歩く。
どうやら彼はオルビス団に大事なポケモンを奪われ、もう何日も失意に沈んでいたらしい。そして部下の不良二人はそんな様子を見ていられなかったのか、代わりとしてカズキ達から奪ったポケモンを連れてきたようだ。
だがポケモンと引き離される悲しみを知っている彼だから、そのことを怒鳴った……のが、廃工場突入前にオレ達の聞いた怒声である。
「……なあ、マサツグ」
「なんじゃ」
オレは、やっぱり許せない……! 悪事を働くオルビス団を……ポケモンと人との絆を引き裂く、あいつらを!
「お前のポケモンは……いや、やつらが人から拐ったポケモン達は、オレ達が必ず取り返してみせる! だからお前も」
「……はは、もうええ。あいつのことは……不慮の事故に遭っちまった思うて、諦めとるわ……」
夕陽に照らされ、彼は寂しげに笑う。しかしその言葉には、まったく生気が感じられず……彼が本当にポケモンを愛しているのだということが痛いほどに伝わってくる。
「何が良いんだよ……! お前は諦めてても……そいつはどうなんだ! 今でもお前ともう一度会える日を待ってるはずじゃないのか!」
思わず街中だというのに叫んでしまったが、幸いにも周りの人々は距離を取るだけで大して気には留めなかったらしい。
「……分かっとるわ」
彼の発言を真っ向から否定すると、彼は膝を突いて俯いた。そしてオレにすがり付いて、悲痛な声で叫んだ。
「だったらわしゃどうすりゃいいんじゃ! いくらあんさんらが強い言うたって、出来るわけないじゃろ!」
「オレ達だけじゃない。チャンピオンのスタンさんだって、オルビス団と戦ってるんだ」
「チャンピオンが……?」
「チャンピオン」その言葉を聞いた瞬間マサツグは希望を手に入れたかのように瞳に光が差してオレを見上げてくる。
「ああ、この前も発電所を制圧したやつらを一人で撃退したらしいぜ!」
「そうか、チャンピオンが……!」
彼は目元を何度も擦ってから立ち上がり、笑顔を浮かべてオレの肩に手を置いた。
「だったら、きっと返ってくるはずじゃ。取り乱してわりいな、ジュンヤ」
「気にするなよ。それよりチャンピオンのスタンさんが動いてるんだ、だからお前もいつかポケモンが帰ってくる日を信じて待っていてほしい」
「おう! まじに世話かけちまったな、んじゃもう行くわ!」
「お、おい、どこ行くんだよ!」
「あいつが帰ってきた時の為に、部屋をバリバリに仕上げとかねえと!」
なんて意気揚々とマサツグは駆け出していった。……もう先程までの悲哀を帯びたスキンヘッドはどこにも居ない、無事に彼の希望を取り戻せたことに安心して、オレもポケモンセンターに戻ることにした。