ポケットモンスターインフィニティ



















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第二章 迫り来る脅威
第12話 猛禽の勇
 ここは204番道路。踏み鳴らされた土の脇には背の高い草が茂っており、相も変わらず高く昇る日にはほとほと嫌気が差してくる。
 そんな一見何の変哲も無い普通の道路だが、先程バトルをした少年からある噂を聞いた。
『この204番道路には、すごく強い鳥ポケモンがいるらしいぜ。君なら捕まえられんじゃないか』
 ……すごく強い鳥ポケモン。他の人にも噂を当たってみると、なんでもそのポケモンはとても好戦的ですぐに戦いを挑んでくるらしい。
 そんなポケモンは、
「……すごく捕まえたい!」
 と衝動に駆られたソウスケは燃えている。ジュンヤも興味を惹かれてはいるのだが、既にひこうタイプのポケモンが仲間に居る為捕まえよう、とまでは思わない。
「さあ、どこかな。早く出て来てくれ」
「わりいけど、てめえらには渡さねえぜ」
 意気揚々と辺りを見回すソウスケとダルマッカに突然声を掛けたのは……。
「レンジ!?」
 自称エリートトレーナーで、ジュンヤにバトルを挑んで敗れ去ってしまった傲岸不遜な彼だった。
「おれは件の鳥ポケモンを捕まえて……。ジュンヤ! 絶対次こそてめえに勝つ!」
「いいや、レンジには出来ないね。なぜなら……そいつを捕まえるのはソウスケだからだ!」
 そこは「それでも負けない」とか言いなよ。そうソウスケが心の中で突っ込みを入れていたら、レンジの刃先が突然こちらに向いたのが分かった。
「上等だ。だったらお前、ソウスケ! どっちが先に捕まえられるか勝負と行こうじゃねえか!」
 ジュンヤに責める視線を送れば、彼はすがすがしい程に白を切って口笛を吹いている。これは頼りにならないな……。
「……その勝負を受けるつもりは無い。だけど、鳥ポケモンを捕まえるのは僕だ」
 ポケモンを捕まえる速さを競うなんて、ポケモンに失礼な真似をするつもりは毛頭無い。けれどバトル好きな性格なんて親近感が湧いて、どうしても仲間にしたいのは確かなことだ。
「ハッ、臆病だな。そう言ってられるのも今のうちだ、必ずおれが捕まえててめえらに吠え面かかせてやる! 行くぜ……ゲームスタート!」
 彼は尊大に己の自信を誇示した後に勝手に受けてもいない勝負の開始を告げると、善は急げと走り去ってしまった……。
「……よし、行くぞみんな!」
「がんばろう、ソウスケ!」
 なんで僕以上にジュンヤとノドカが張り切っているのだろうか……。
「あ……、ああ」
 突っ込みたかったが、自分よりも他人のことで張り切る彼らなのだから、と自己完結した。



 鳥ポケモンならば、やはり高所に居るのが定石だろうか。道端の木々に目を向けてみるが、それらしいポケモンは見つからない。
「いないなあ……」
「……もしかしたら、高いとこには居ないんじゃないか?」
 頭を悩ませる僕に、ジュンヤが助言のようなものを投げかけてきた。
「ほら、戦いが好きな鳥ポケモンなんだろ? だったら地上で戦う相手を探してるかもって」
「なるほど」
 言われてみればそうかもしれない。納得して頷いていると、彼は次にポケモン図解をいじりだした。どうしたのだろう、とみていると、彼は一匹のポケモンを見せてきた。
「多分、こいつだと思うぜ」
 その姿は、顔と首元を白い羽毛に覆われ、頭に羽根飾りを一枚着けている。
「ワシボン。ひなワシポケモン。
 大きな相手に立ち向かうのは勇敢ではなく無謀だから。でもそうして鍛え強くなる」
 他にも、強い相手にも見境なく戦いを挑む、とも書いてある。
 ……確かに、噂と今図鑑が読み上げた説明は合致している。
「さすがはジュンヤだね、君の知識には恐れ入るよ」
「へへ、一応育て屋の息子だからな!」
 そう、ジュンヤの両親はポケモンを預かり、本来のトレーナーの代理で育てる「育て屋」という家業を営んでいた。そしてジュンヤは両親と別居していたが、学校の長期休暇などを利用してしばしば両親に会いに行き様々なポケモンと触れ合っていた。
 またその体験だけでなく両親の仕事を助ける為の自学もあり、知識は同年代の誰よりも優れていたのだ。
「懐かしいなあ、昔オレがワシボンにご飯をあげようとしたらいきなり襲いかかってきて、泣いちゃったっけか」
「あはは、それは怖いね〜。私も泣くかも」
「かもじゃない! あれは本当に、怖かった……」
「ジュンヤ、ワシボンに会っても泣かないでくれよ」
「なっ、泣くわけないだろ!? さすがにもう子どもじゃないんだからさ!」
 身を抱えて震える彼を茶化すと、彼は恥ずかしさからかやや紅潮しながら否定した。
 ……と、思い出話はここまでだ。さすがにそろそろ探し始めないとレンジに捕まえられる恐れがある。

 ……しばらくの間草むらを掻き分け辺りを探し回る。時にはジグザグマの尻尾を踏んで追いかけ回されたり、ダルマッカが勢い余って草むらに火を放ってしまって慌てて鎮火したりと色々あったが、それでも見つかる気配が見えて来ない。
「……居ないな」
 さすがに少し疲れてきた。額を伝う汗を拭って、鞄から水筒を取り出してぐいっと一気に乾いた喉に潤いを与える。
「あ、見て見てジュンヤ! あそこでピジョンとキャタピーが遊んでるよ!」
「いや、あれは……。み、見ちゃダメだノドカ!」
「え、なんで?」
 ……全く、二人は何をやってるんだか。
「……それにしても、本当に推定ワシボンは見つからないな。もしかしたら、高所で戦いの合間の休息を取っているのか……?」
 ぺしぺし。頭に乗りながら額を叩いてみる、が気付かれない……。
「いや、でもそれにしたって見つからないにも程がある。……まさか、もう誰かに捕まえられたということは無いよね……?」
 バシバシ! 今度は先ほどよりも強く叩いてみたら、
「……あ、なんだいダルマッカ?」
 ようやく自分のことに気付いてくれたみたいだ。
「……ごめん、考えごとをしていて気が付かなかったよ」
 彼は昔からそういうところがある、今更怒る気にもなれない。肩をすくめてから、先ほど気づいたものを見てもらおうとその方向を指差した。
「……なんだろう、火花が散っている様子が見える」
 あれはきっと、何者かが交戦しているのだろう。
「ありがとうダルマッカ、行ってみよう!」
「あ、待てよソウスケ!」
 戦闘は草むらの中で行われていて見えない、急いでそこへと駆け寄った。
 果たしてそこで戦っていたのはシシコとレンジと、顔と首元を白い羽毛に覆われ、頭に羽根飾りを一つ着けている、……ワシボンだった。
「シシコ、ハイパーボイスだっ!」
 ワシボンがシシコの背中を鷲掴みにして飛翔する。そしてシシコが指示された技を使う前に急降下して地面に彼を叩きつける。
「これは、フリーフォール……」
 ジュンヤが呟いた、その技の名を。
 ハラハラと砂が舞い、陥没した地面にはシシコが伸びて埋まっていた。
「……嘘だろ、ありえねぇよ」
 レンジが膝を着いて、呆然としながらシシコをモンスターボールに戻した。
 彼はうなだれたまま微動だにしない。それはまさに「目の前が真っ暗になった」、そう言わんばかりの光景だった。
「……くそっ!!」
 怒号とともにレンジは強く地面を殴りつけた。辺りが一触即発の緊張に包まれる。
「……気を付けろ、あいつの攻撃力はたけーぞ」
 だが当の本人はそんな空気をものともせずおもむろに立ち上がり、そう言い残して俯きながら去っていった……。
 ワシボンを見れば、もはやレンジに見向きもせずに、次の標的……僕ら三人の誰と戦うかをしげしげと品定めしている。
 ……なるほど、興味があるのは目の前の戦いだけ、か。素晴らしいじゃないか!
「僕はソウスケ、ラルドタウン出身のポケモンマスターを目指すトレーナーだ!」
 頭に乗っていたダルマッカを下ろして、名乗りを上げる。
「君の噂を聞いて探したよ。頼む、僕のポケモンとバトルして僕らが勝ったら仲間になってくれ!」
 ポケモンマスター、その単語を聞いた途端ワシボンの目の色が変わった。ワシボンは頷いた、刹那の逡巡も見せることなく。
「……ふふ、君ならそう言ってくれると思っていたよ」
 流石は戦闘好きのポケモンだ、期待通りの気性につい笑みが零れてしまう。
「じゃあ……行くよ」
 僕は喜びを隠しきれないままに腰に手を伸ばして、モンスターボールを掴んだ。
「ヨーテリー、君に任せた!」
 そしてそれを構えて勢い良く投じた。紅白の球は一筋の軌跡を描いて宙で裂ける。
 現れた四足の彼は、閃光を振り払い身構えた。

 ワシボンは勢い良く地を蹴り、早速攻めてきた。
「地面にこおりのキバだ!」
 対してこちらは大地に牙を突き立て氷壁を作り出す。
 その直後ワシボンはそれを思いきり蹴り砕いてみせたが、ヨーテリーの姿は見当たらない。
「ヨーテリー、こおりのキバ!」
 それはジュンヤとのバトルでも用いた戦法だ。地面の中からその技を使うことで相手の脚を凍結させる。
 だがワシボンをそう簡単には嵌められないらしい。彼は足下の温度変化を機敏に感じ取ったのか地面に脚を突っ込み、ヨーテリーの顔面を掴んで地面から引きずり出してしまった。
「やるね……!」
 ワシボンはヨーテリーを掴んだままとともに空高くへと舞い上がり、急降下して相手を背中から地面に叩きつけた。
「逃がすな、こおりのキバ!」
 だが背中に走る痛みが、フリーフォールのダメージが大きく起き上がれない。
「ヨーテリー、大丈夫か!?」
 彼は慌てて持たせられていたオボンのみを口に含んで回復、起き上がるが時既に遅くワシボンは距離を取って待機していた。
「……すごい力だ、これは侮れないぞ」
 オボンのみを持たせていたのが幸いだった、もし違う道具を持たせていたら……。持ち物が上手く機能し、難を逃れたこと。また相手が確かに強敵であること。その二つにえもいわれぬ興奮を覚えながら、改めて戦いに意識を集中させる。
「レンジの言う通り、あの攻撃力は危険みたいだ。だから、まずはそれを奪う!」
 反撃の機会を逃してしまったのは痛いが、これから巻き返せば良いだけの話だ。先の展開予想を頭の中で整えて、次なる指示を出していく。
「ヨーテリー、あまえる!」
 ワシボンは再び接近して来ているが、ヨーテリーがそれをかわいらしくつぶらな瞳で見つめると、彼には無意識のうちに油断が生じてしまう。そしてそれは攻撃力を大幅に低下させた。
「続けてこおりのキバ!」
 ヨーテリーが牙を剥き出しに飛びかかるが、ワシボンはその顎を蹴り上げ今度は腹を掴んで飛び上がる。
 それでも先ほどとは違いこの技が使える、必死に相手にこおりのキバで噛みつくとワシボンは思わずヨーテリーを離してしまった。
「……よし、あまえるが効いているみたいだ」
 とはいえ高所からの落下はやはり堪える、転がって受け身を取っても傷は身体に蓄積された。だがやはり威力は一度目に比べれば随分低くなっている、それは身を以て感じられた。
 ワシボンも、もはやフリーフォールは頼りにならないと感じたらしい。身を低くして次の攻撃に備えている。
「さあ、行くぞヨーテリー! こおりのキバ!」
 二匹が地を蹴り、一気に距離が詰められる。そして互いに身体一つ分の距離になると冷気を纏った牙を、鋭い脚の爪を振りかざした。
「……あれはブレイククロー、まずいぞ!」
 ジュンヤが叫ぶ。一瞬ワシボンの動作が先を取った、振りかざされた牙より早く爪撃がヨーテリーを切り裂いた。
「ワシボンの特性は“ちからずく”、追加効果を持つ技は、その効果が無効になるかわりに威力が上昇するんだ……!」
 ヨーテリーはその一撃で地に臥して起き上がらない。ブレイククローはただでさえフリーフォールより威力が高い、その上ちからずくによる補正の乗った一撃には耐えられなかったのだろう。
「ヨーテリー……」
 ソウスケがぽつりと名前を呟いた。ジュンヤがその顔を伺うと、……彼は、笑っていた。
「君はまだ戦える。おかしいよね、根拠は無いのにそんな気がするんだ。」
 ヨーテリーは未だに瞼を伏せて倒れている、どう見ても戦闘不能だ。それでも彼は、瞳を燃やしながら言葉を続けていく。
「君なら必ず立ち上がれるさ。僕は君を信じているよ、もし僕の言葉が届いているなら立つんだ、ヨーテリー!」
 彼から焦りは感じられない、極めて冷静に吐き出される一言一言には不思議とこちらまでその気にさせられた。
 そしてヨーテリーの身体が、青白い光に包まれた。
「これは……!」
 ソウスケが喜びを隠しきれずに笑みを浮かべる、ワシボンは驚愕しながらそれを見つめる。
「進化の光……!」
 蒼白の光は徐々に形を変えていき、その光子が舞い散る中でやがて姿を定めて弾け散った。
 光を払って立ち上がったそのポケモンはヨーテリーの面影を残しながらも体躯が一回り大きくなっており、顔立ちは渋みを増して背中を黒い毛に覆われている。
「ハーデリア。ちゅうけんポケモン。
 トレーナーを助けながら他の ポケモンの世話もする、とても忠実なポケモン」
 ソウスケが翳したポケモン図鑑が説明を読み上げる。これがヨーテリーの進化系、ハーデリア。ジュンヤのヒノヤコマ同様進化して生まれ変わった新たな姿だ。
「信頼に応えてくれてありがとうヨーテリー、……いや、ハーデリア。君なら必ず勝てる、行こう!」
 進化して立ち上がった相手に困惑を浮かべながらも、やはり戦いが続くのが楽しいのかワシボンも嬉しげに笑っている。
「ハーデリア、こおりのキバ!」
 対してワシボンは鋭い爪で、ブレイククローで迎え撃つ。だが進化して攻撃力も上がったハーデリアに攻撃の下がっているワシボンが敵うはずがなかった。
 その爪撃など容易く前脚で弾き返して、こおりのキバで噛みつき投げ飛ばした。
 ワシボンは起き上がらない、しばらく待っても倒れたままだ。……つまり、戦闘不能だ。



 勝負はハーデリアの勝利で終わった、ワシボンにオボンのみを食べさせて回復を待っていると皆が見守る中彼はようやく瞼を開いた。
「大丈夫かい、ワシボン」
 心配しながらその顔色を覗き込むが、彼はそれが居心地悪かったのか弾かれるようにソウスケの腕の中から抜け出した。それでも逃げることはせずに、訴えるようにソウスケを見つめている。
「そうか、そういう約束だったよね。ありがとうワシボン、僕達が勝利したから一緒に来てくれるんだね」
 ワシボンは戦う前と同様迷い無く頷いてみせた、意志も覚悟も決まっているらしい。
「じゃあ……。行くんだ、モンスターボール!」
 軽く彼の額にぶつかった球は境界で二つに割れ、赤い閃光がワシボンを包んだ。
 光を飲み込み閉じたそのボールは、何度か揺れを繰り返して静止した。
「うん、ワシボンを捕まえたぞ!」
 モンスターボールを拾い上げ、その中のワシボンと顔を見合わせる。
「これで僕と君は仲間だ。これから一緒に頑張ろう、ポケモンマスターになるために」
 ワシボンは快く返事をしてくれた。
「よし、行こうかジュンヤ、ノドカ」
 彼はワシボンのボールをベルトにセットして振り返り、歩き出す。
 ジュンヤとノドカも、彼にワシボン捕獲への祝いの言葉を送りながら彼に続いた。

■筆者メッセージ
私情で更新が遅れてしまいました、申し訳ございません。
せろん ( 2015/03/24(火) 02:33 )