ポケットモンスターインフィニティ



















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第二章 迫り来る脅威
第11話 真紅は翼を羽ばたかせ
 ここラリマタウンは穏やかな街だ。暖かく降り注ぐ日差しの下で木々が瑞々しく萌え、長閑な風が優しく吹き抜けている。
 そんな街で先ほどバトルし、見事勝利したジュンヤは、たった今ポケモン達にお菓子をあげていたところだ。
「はい、イーブイは終わり!」
 メェークルとイーブイにはお菓子をあげ終えた、後はヤヤコマをだ。
「ヤヤコマ、ポフィン行くぞ!」
 ヤヤコマが好きなのは辛いポロックだ、ケースから取り出したそれを放り投げるとヤヤコマはクチバシで迎え撃つが、キャッチに失敗してクチバシに弾かれ地面に落ちてしまった。
「ご、ごめん、はいヤヤコマ」
 慌てて新しいのを取り出して差し出すが、ヤヤコマはそれを拒否して落ちたポロックを拾い上げジュンヤに投げる。
「こっちが食べたいのか?」
 と尋ねるが、ヤヤコマは首を横に振る。
「きっと、さっき取れなかったのが悔しいんじゃないかな」
 横からソウスケが言ってきて、ヤヤコマもおもむろに頷いてみせた。
「……結構いじっぱりだなヤヤコマ。分かった、じゃあもう一回行くか?」
 当然、そう言わんばかりの鳴き声が返ってきた。
「よし、行くぞ!」
 ……しばらくして、何度かの失敗を経てようやくヤヤコマのポロックキャッチが成功した。まったく、よくやるよお前は。
 一度成功したら満足したのか、それからは普通に食べ始めた。
「お前も終わり!」
 ポロックをあげ過ぎるのは健康に良くない。当然不満は出て来たがそこで打ち切って、ヤヤコマを手の平に乗せる。
「じゃあ、これからもメェークルのことをよろしくな。お前のスピードで支えてやってくれよ」
 ヤヤコマとメェークルは顔を見合わせ、二匹は確かに頷き合ってみせた。
「……ありがとう、一緒にがんばろうぜ」
 ヤヤコマは再び勢い良く頷いた。彼の意気込みをしっかり受け止めて、ボールに戻そうとしたが……。
「君、ヤヤコマを戻すのは待ってもらっていいかな」
 背後から、突然声を掛けられた。
「……あの、誰ですか?」
 振り返れば、一人の青年が立っている。彼はブロンドの髪で、凛々しい瞳は蒼く澄んでいる。男らしく眉毛は太めで、もみあげが少し長い。
 緑のチュニックで腰には太い革のベルトを巻いていて、籠手にブーツと今にもファンタジーな世界で冒険に出そうな格好だ。
「ぼくはルーク、お前達のことはスタンから聞いてるよ」
 その言葉に心底驚かされた。まさかスタンさんと知り合いとは、というかスタンさんがオレ達のことを話してくれているなんて!?
 それは嬉しいことだったが、それより……。
「ヤヤコマがどうかしたんですか?」
 尋ねると彼は思い出したように「ああ」と言ってから続けた。
「お前のヤヤコマ、ぼくが見るに『はやてのつばさ』の素質があるぜ!」
 ……。
「……はやてのつばさ?」
 その言葉は、オレ達を困惑させた。

 どうやら「はやてのつばさ」というのはヤヤコマの隠れ特性であり、技術の一つらしい。なんでもひこうタイプの技の練度を極限まで高め、圧倒的速度で戦いを制するバトルスタイル……みたいだ。
 ヤヤコマ、ヒノヤコマ、その進化系のファイアローの系列のポケモンには、その「はやてのつばさ」の特性を持ったものが極稀に居るようだ。
 そしてオレとレンジのバトルを見てオレのヤヤコマにも素質があると見抜いたらしく、才能の芽が花開かないのは不憫だと声をかけてきたそうだ。
「ヤヤコマ、つつく!」
 この街の道場はどうやらルークの祖父が経営しているらしい。壁は白く塗られており、屋根は瓦が張られている。木造家屋のその道場の庭でオレ達は特訓していた。
 ノドカは縁側でこの街の名物の蜂蜜を使ったケーキを片手に特訓を見物しており、ソウスケは道場内で門下生と修行に励んでいる。
 そして修行の内容はというと、ヤミカラスが10匹、脚で的を持って空を飛び回っている。その全てを30秒以内に壊す、というものなのだが……。
「や、ヤヤコマ?!」
 ヤミカラス同士の感覚は十数メートル程だ。一つの的に掛けられる時間は最大でも3秒、ミスなど許されない。だが、ヤヤコマがクチバシを突き出すが、的を砕けず弾かれてしまった。
「やっぱり威力不足か……」
 ルークが苦い声色で呟いた。……やっぱり。それは、どういうことだろうか。
「……いくら攻撃力があったところで、技の威力が低ければ話にならない。今的を割れなかったのは、それが原因だ」
 尋ねると、そんな答えが帰って来た。
「……威力不足」
 確かに、それは薄々感じていた。つつくはひこうタイプの技の中でも最低クラスの威力だ、これまでは他の技を使うことでなんとか誤魔化せてきたが、とうとう問題が浮き彫りとなってしまった。
「悪いが、特訓は一度中断させてもらう」
 オレもそれには従うしかない。はやてのつばさの練習は一度打ち切りとなった。
 そしてルークが歩み寄ってくる。
「本当はブレイブバードを教えてやりたいが、ファイアローにならないと覚えられない。だから代わりにつばめがえしを教えよう」
 そう言って、ルークさんのファイアローにつばめがえしを実演してもらった。
 ファイアローが低空飛行で接近し急上昇、案山子を斜め下から翼で袈裟斬りした。あまりの速度に捉えきれず何度もやり直してもらい、ようやくそれを把握出来た。
 コツは、一番は翼を広げた時姿勢が一直線のラインを描くことが大事らしい。少しでも歪んでしまえば威力が下がってしまうようだ。
 次に切り上げる時の急上昇。スラッシュのように斜めに切り上げるが、この時正確に相手の目の前を通り過ぎ翼の芯を当てなければ、やはり威力に影響するらしい。
 というわけで早速試してみるが……。
「行くぞヤヤコマ、つばめがえし!」
 ヤヤコマが翼を広げ、
「駄目だ、翼の先までしっかり力を入れて張り詰めて!」
 早速ダメ出しを食らってしまった……。
 まずは姿勢の練習からだ。完成までまだ遠い、気を入れて頑張らないとな!



 やはり田舎町だけあって既に辺りは寝静まり、灯り一つも無くなっている。頼れる光源は月明かりのみだ。
 夜天の金色が照らす下で、ジュンヤとヤヤコマは庭に立っていた。
「……後は、切り上げだけなのに」
 とりあえずつばめがえしの第一段階、姿勢についてはものに出来た。これで切り上げさえマスター出来れば、つばめがえしを習得出来る。
「ヤヤコマ、つばめがえし!」
 低空飛行で案山子に接近したヤヤコマは45度に急上昇、翼を思いきり叩きつける。だが案山子に与える威力が足りずにこちらが弾かれてしまった。
「もう一度だ、つばめがえし!」
 再びヤヤコマが低空を滑る。そして旋回して上昇、切り上げようとしたが、タイミングが遅く案山子に顔面衝突してしまった。
「ヤヤコマ、大丈夫か!?」
 ……もうこの技を繰り返すのは何度目になるだろう。今日だけで数え切れない程つばめがえしを繰り返しているが、未だ一度も成功していない。
「……もう休むか? そろそろ疲れただろ、ヤヤコマ」
 慌てて駆け寄り、抱き上げた。ヤヤコマの技のキレも集中力も落ちてきた、中断を提案したが。
 ヤヤコマはぶんぶん首を横に振って、抱えた腕から抜け出した。そして翼を広げて案山子を睨んでいる。
「じゃあ、お菓子を食べて一度休憩して。頭を落ち着けてから、再開しようか」
「ノドカ……」
 いつから見ていたのだろうか。気付いたら縁側にいたノドカが立ち上がり、お菓子の箱を持って駆け寄ってきた。
 それなら、とヤヤコマも納得したらしくノドカの肩に飛び乗った。
 それから少しして、オレ達は特訓を再開した。夜は静かに更けていく……。



 エイヘイ地方の中心に鎮座する険しい連山。その影から、先ほど太陽が顔を出してきた。
 朝だ。清々しい空気に包まれながら、オレとルークさんは道場の庭に立っていた。
 空では的を持ったヤミカラスが飛んでいる。そして後ろでは、ノドカ達が見守ってくれている。
「準備はいいな、ジュンヤ」
「はい、ばっちりです!」
 屈伸、伸脚などは済ませてある。何も恐れることは無い。
「じゃあ……出て来いヒノヤコマ!」
 高くにモンスターボールを放り投げ、赤い閃光が弾け散る。
 現れたのはヒノヤコマ、ヤヤコマの進化系だ。真紅の頭部に灰色の身体。漆黒の翼の先と目の縁取りは黄色く、尻尾は矢の尾羽に酷似している。
「ヤヤコマ、進化したのか」
「おう、かっこいいだろ!」
 ソウスケが感心したようにつぶやき、振り向いて笑顔を返した。
 ……昨日はあの後もしばらく特訓を続け、辺りが明るくなり始めた頃ようやくつばめがえしを成功させることが出来た。
 そしてオレとヤヤコマ、ノドカで感動を分かち合って抱き合ったその時、ヤヤコマを青白い光が包んだ。
 進化の光。見る間にその姿は変貌し、今のヒノヤコマへと進化を遂げたのだ。
「レディ……ゴー!」
「行くぞヒノヤコマ、つばめがえし!」
 制限時間は30秒しか無いんだ、一瞬だって無駄には出来ない。
 思いきり地面を蹴ったヒノヤコマはその勢いで飛翔した。
 ヤミカラスの斜め下を取って急上昇、的に思いきり翼を叩きつける。
「……よし!」
 翼は的の中心に命中、的は粉々に砕け散った。
 まだ的は残っている。二個、三個と連続で破壊していく。
 好調だ、この調子なら……!
「いいぞヒノヤコマ!」
 旋回して六つ目、七つ目も破壊!
 そして八つ目も破壊! ……には到らなかった。翼は的の中心からわずかに逸れ、ヒビが走る程度に留まっている。
「……まだだ! 的を蹴って反動を付けろ!」
 それでも諦めない。そして脚で八つ目、その勢いで下方の九つ目の的を破壊、最後に上空の十個も……!
「ヒノヤコマ、行けぇっ!」
 弾き出された矢が、最後の的も確かに捉えた。
 的が粉々に砕け散り、全ての的を破壊し尽くした。
「ルークさん、時間は!?」
 確かに一度ミスしてしまったがすぐにリカバリー出来た。これならきっと……!
「32.15秒だ」
 ……え?
「そんな……!」
 足元に戻ってきたヒノヤコマは、その言葉で一気にうなだれてしまった。オレも悔しくて思わず拳を握り締めてしまう。
「……まあ初めてにしてはかなり上出来だ。この調子で……」
 まるでルークの言葉を遮るかのように、高い電子音が鳴り響いた。携帯電話の音だ、その持ち主はルーク。
「スタンか、どうした」
 ルークさんが電話に出た。……電話の相手はスタンさんか。しかしどうしたのだろう。
「……分かった、すぐ行く。悪いジュンヤ、ぼくは用事が出来た」
「え」
「後は実践で鍛えれば大丈夫さ、サヨナラだ!」
 そしてルークさんはファイアローに跨がり、彼方に去ってしまった。
「……ありがとうヒノヤコマ、惜しかったな。これからも頑張ろうぜ」
「じゃあ掃除して次の街に行こうか」
「そうだね」
 特訓中断に落ち込んでいるヒノヤコマを励ましボールに戻す。それから掃除を終え、道場の人達に御礼を言ってからオレ達はラリマタウンを発った。

せろん ( 2015/03/17(火) 11:02 )