第09話 悪の組織オルビス団
ソウスケとノドカのポケモンジム挑戦も終わり、三人はブラドスシティを発った。
203番道路、ブラドスシティと新たな街ラリマタウンとを繋ぐ道路。そこでは特筆すべきことは起こらず、到着したのはラリマタウン。
長閑な陽光が降り注ぐ、穏やかな気候の街だ。
白く塗られた土壁の家屋が点在し、道も舗装が為されておらず、踏み分け道の姿を保っている。
「……ぽかぽかだねー」
そんな田舎町のうららかな陽気に共鳴するかのように、ノドカが呑気な声を漏らしている。
ジュンヤは「だな」と一言返してポケモンセンターに向かう。
この街にはポケモンジムは無い。なので特にすることも無く散歩をしているが……。
「……うん、そろそろ帰ろうか」
街の中央にはドーム状の建物、その中に市場があり、そこで買い物は済ませ、その後昼食にカボチャを模した建物でパンプキンスープを召し上がった。
その後は街を見物することにしてカボチャ畑や風車に感嘆し、またトレーナーズスクールなどもあったが、さすがに学校に入るわけにもいかず他も軽く見物して満足した。
まだこの街にあるという道場を訪れてはいないが、日も落ちて暗くなってきた為ポケモンセンターに戻ることにした。
そして帰路を辿っている最中……。
「……なんだ?」
突然、何かの叫び声が天を貫いた。
「行こう、みんな」
現時点ではなにがあったか分かるはずも無いが、それでも誰かが助けを求めているなら行くしかないだろう。メェークルやノドカ達も賛同して一斉に駆け出した。
声の聞こえた方角へ進み続けていると、どんどん街から遠ざかる。
不信を感じながらも走り続けていると、とうとう町外れまで来てしまった。
「つ、疲れたぁ……」
「あれ、ここら辺だと思ったんだけどな……」
あまり運動を得意としないノドカは、しばらく走り続けた為に既に後ろで疲れ果ててしまっている。
大丈夫かノドカ、と声を掛けてから辺りを見回していると、足に何かがぶつかった。
見下ろすと、一匹のポケモンが倒れている。
長い耳に、箒の先のような形の尻尾。全身を茶色の体毛に包まれたこのポケモンは……。
「……イーブイ」
「本当かい?」
「い、イーブイ!?」
ジュンヤがそれを抱き上げると、二人が慌てて覗き込んできた。
「どうして、こんな……」
傷だらけなんだ……。
抱き上げられたイーブイは既に意識を失ってしまっているらしく、抵抗もせずにぐったりしている。
その姿を見れば元々きめ細やかで滑らかだったであろう体毛は酷く痛んでおり、そしてその一部が赤く染まっていたりと、何らかの出来事で傷を負っていることを如実に示していた。
「それは彼らに聞くのが早そうだよ」
ソウスケに言われて振り返ると、同じ服を来た六人が統率の取れた動きで迫って来ていた。
彼らは黒を基調とした詰め襟の制服で、胸元には赤い輪が描かれている。
「お前達、一体なんなんだ」
「我らは」
「我々はオルビス団だ。そのイーブイをこちらに渡してもらおう」
その集団の構成員の一人が名乗ろうとしたのを遮り、別の構成員が名乗りを上げた。
「お前達がオルビス団か……!」
確かに噂と服装は一致するが、まさかその集団に早速遭遇してしまうとは。驚きを必死に抑えながら、慎重に背後にイーブイを下ろして腰のボールに手を伸ばす。
「嫌だ、って言ったら……?」
イーブイの傷の原因はおそらくこいつらだ、もし大人しく引き渡せばなにをされるか分からない。だがこの人数相手に逃げ切れるとは思えない、ならば立ち向かう他道は無い。
「ならば力ずくで奪い返すのみ。ゆけ、ズバット」
先ほど台詞を遮られた団員と、残された五人のうち一人を除いた四人が一斉にポケモンを繰り出してきた。
「させるか、イーブイは渡さない! 出て来いヤヤコマ!」
ジュンヤが既にボールから出ているメェークルとともにそれを迎え撃ち、遅れて残された一人の構成員と、ノドカ、ソウスケもポケモンを繰り出した。
「先走るな、統率が乱れる」
「失礼しました」
最後にポケモンを繰り出した団員が、他の五人に注意を飛ばす。どうやら彼が司令官的な役割を務めているようだ。
「ノドカ、ソウスケ、二人ずついけるか?」
「任せて!」
「勿論さ」
ジュンヤ達の六体と、オルビス団構成員達のポケモン六体とが向かい合って並んでいる。つまりポケモンの数は同じ六体ずつだ。
隣の二人に訪ねると、快い返事が来た。
「よし、これで二対二だな」
これで目の前の二匹に集中出来る。ジュンヤのポケモンと向かい合うのは、ズバットとドガースだ。
メェークルは二匹にタイプ相性で不利だ、ならばおそらく彼を狙ってくるはず。だから……。
「メェークル、まもるだ!」
「ズバット、どくどくのキバだ」
「ドガース、ヘドロこうげきだ」
ズバットは毒々しい紫の飛沫を飛ばしながら歯を剥き出しに、ドガースはヘドロの塊を吐いてきた。
だが予想通りだ、どちらもメェークルに向かっている。そして無論展開された光の盾は揺らぐことなく攻撃を防ぎきる。
「ヤヤコマ、ズバットにはがねのつばさ!」
二匹には攻撃の後隙が生まれている、そこを射抜く。とはいえ二匹同時攻撃は今のヤヤコマには難しい、ならば先に倒すべきは素早いズバットだ。
まもるに弾き飛ばされていた標的に一閃を浴びせる。
「ヤヤコマ、次はドガースだ! メェークルはいわなだれ!」
更に攻撃を途切れさせることなく続けていく。メェークルが散りゆくまもるの粒子の中で蹄を鳴らしながら岩を降らせていく。
「ズバット、どくどくのキバだ」
「ドガース、ヘドロこうげきだ」
落下する岩と岩との隙間を縫ってズバットが接近し、更にドガースはヤヤコマの一撃もお構いなしに岩に阻まれず攻撃する機会を伺っていた。
ズバットにキバを立てられるがメェークルは痛みを堪えて蔓で引き剥がし、そのまま思いきり岩に激突させる。
ズバットはオルビス団員の足元まで飛ばされ、そのまま戦闘不能になった。しかしジュンヤに一息つく暇など与えられない、岩が降り止んだのを好機と吐き出されたヘドロの塊がメェークルを飲み込んだ。
「しまった……メェークル!?」
返事は無い、戦闘不能だがまだ戦いは続いている。労う時間も、自責の念を感じることすら許されない。
「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」
その言葉を掛けることが、ジュンヤに今出来る最大限だった。
「ドガース、ヘドロこうげきだ」
「はがねのつばさだ!」
残されたのはヤヤコマとドガースのみ、もう後が無い、絶対に勝たなければ……!
飛んできたヘドロを硬質化した翼で弾き接近、そのまま通り過ぎざまに叩き付ける。
だがその瞬間を狙ったかのように同時にヘドロを浴びせられた。
「ヤヤコマ!?」
ヘドロに塗れてヤヤコマは地に落ちた。心配して声を掛ければ、オレンのみの食べカスを口元に散らしながら再び飛翔した。
「よし、もう一度はがねのつばさ!」
これでもう少し戦える。さあ、早く戦いを終わらせる為に急いで倒さなければ。
「ドガース、ヘドロこうげきだ」
再び切りかかるが、やはり反撃を食らってしまう。だがそれでいい、これで勝利への道は繋がった。
「ヤヤコマ、本当にごめんな、ありがとう」
ヤヤコマも攻撃の真意は分かってくれているらしい。ドガースの頭上で痛みを堪えながら頷いた。
「終わらせるぞ、じたばただ!」
急降下して、翼を叩き付ける。更に今度は脚を、クチバシを。とにかくじたばたと動いて攻撃を食らわせていった。
ドガースはガスが抜けた風船のように地面に落ち動かなくなった、戦闘不能のようだ。
両隣に目を向ければ、ノドカとソウスケもちょうど戦いを終わらせたようだ。
「想定外」
「逃走」
団員達は、もうポケモンを連れていないらしい。そんな単語だけを残して全員同じ動きで走り去っていき、ジュンヤもヤヤコマを労ってオレンのみを食べさせてからボールに戻した。
「さ、急いでポケモンセンターに行こう」
早くイーブイを、みんなを回復させなければ。再び背後のイーブイを抱え上げて、駆け出した。
……頭の中では、どうしても嫌な結末が渦巻いてしまう。もし後遺症などが残っていたらどうしよう、と胸が潰れそうな思いが止まない。
「ジュンヤさん、回復が終わりましたよ!」
名前が呼ばれ、不安とともに受付に向かった。
「外傷は確かに多かったんですが、どれもそこまで深くはなかったみたいなのですっかり治療出来ましたよ」
トレイに載せられたイーブイが出て来た。……良かった、確かに毛並みもバッチリ良くなって傷も塞がっている。
「本当にありがとうございます!」
深く頭を下げてからまだ眠っているイーブイを抱えて、ジュンヤはノドカとソウスケに「もう少し待っててくれ」と告げて再び外に出た。
……すっかり外は暗くなっている。今の時間帯ならば変な輩に見付かる心配も下がるしちょうど良いだろう。
「起きてくれ、イーブイ」
軽く揺さぶってみると、しばらくしてその瞳がじょじょに開いていった。
「……傷は、もう大丈夫だよな」
その言葉にイーブイは頷き、
「うおっ」
胸に顔をうずめて来た。……少し驚いたが、左腕で喉や頭、耳の下辺りを撫でてみると嬉しそうに喉を鳴らしてきた。
かわいいな。……って、和んでいる場合じゃないんだ。
まだ撫でることを催促してくるが、無視してしゃがんでゆっくりイーブイを地面に下ろす。
「イーブイ、もう大丈夫だ、好きな場所に行っていいぞ」
そう、彼は元々野生のポケモンだ。別に自分のポケモンではないし、今も一時的に保護をしたに過ぎない。
だが、イーブイはどこかに行く気配を見せずに足にまとわりついてくる。
「……あのさ、イーブイ。もう怪我も回復したから、帰っても……」
イーブイは首を横に振った。……え?
「……じゃあ、一緒に来るか?」
恐る恐る聞いてみる。しかし会ったばかりなのだ、まさか頷くことは無いだろう。
……予想に反してイーブイは、今度は首を縦に振った。
「え、一緒に来たいの?」
彼は元気良く頷く。どうやら、助けたからか懐かれてしまったらしい。
「分かった、じゃあ一緒に目指すか、最強のポケモンマスター!」
と空のモンスターボールを突き出すと、イーブイは三度頷きその開閉スイッチを押した。赤い閃光が迸り、彼の身体を飲み込んでいく。
始めは揺れていたボールも、カチっと音が鳴ってすぐに静まった。
「よ、よし! イーブイ捕獲完了だ!」
まさかこんなところでポケモンを捕まえることになろうとは。内心多少困りながらも立ち上がって決めポーズを取った。
……さて、ポケモンセンターに帰って二人に説明しないとな。イーブイの入ったモンスターボールを腰に装着して、ジュンヤは中に戻ることにした。