第07話 踏み出す挑戦の一歩
ポケモンジム。ポケモンリーグに参加する為に通らねばならない関門で、そのジムの主、ジムリーダーが、トレーナー達を阻む壁となり立ちはだかる。
ジムリーダーに認められる方法は、一つしかない。力を示すことだ。
ジムリーダーは皆、一筋縄ではいかない強敵だ。そんな相手と闘い、勝利することで手に入る証を八つ集めることが、挑戦者に課せられた唯一にして最大の試練となる。
「……よし、今度こそ挑戦だ」
ジュンヤが、橙色の屋根を見上げて呟いた。
まだ中に入ってもいないというのに胃が締め付けられるかのような緊張を感じ、重圧が心にまとわりついてくる。
「ジュンヤ、だいじょうぶ! 当たって砕け……ないよ、うん、ジュンヤなら! ……多分」
そして彼の幾分縮こまった背中には、ノドカがくっついてきた。
「……今、当たって砕けろって言おうとしただろ」
「えへへ、つい……」
「それにそこは絶対って言い切ろうぜ」
「ぜ、絶対だいじょうぶ!」
「おせーよノドカ」
間の抜けた声で笑う彼女にツッコミを入れながらも、つられてこちらまで呆れ半分の笑いを零してしまう。
全く、ノドカは本当に緊張感がないな。……だからこそ、ノドカののんきさがこういう時にありがたく感じる。
これでもノドカはノドカなりに応援しようとしてくれてるんだ。まあちょっとずれてはいたけど、そのおかげで塊となっていた緊張も少しはほぐされた。
「……まあ、そうだな、ありがとう」
話は戻すけど、そうだ、当たっても、絶対に砕けるわけにはいかない。
「がんばろうぜ、メェークル、ヤヤコマ」
ジム戦に備えてモンスターボールの中で待機している二匹に声を掛けた。
今のままじゃあ……。弱いオレのままじゃあ、駄目だ。オレはみんなを守りたい。その為に、絶対、メェークル達と一緒に強くなるんだ。
「……オレは、強くなってみせる」
正面に向き直り、見上げた威圧的な佇まいなどに怯んでいる暇は無い。うるさいくらいに高く打ち鳴らされる鼓動に手を当てて。抑え込むように固く拳を握り締めて、しっかり背筋を伸ばし彼は一歩を踏み出した。
天井は高く、眼前は砂利が敷かれ石灰で引かれた白線により区切られた広いフィールド。ポケモン達が暴れまわるのを想定してつくられたそこに、赤い帽子を被った少年と、セーラー服の若い男性が向かい合っていた。
一人は挑戦者、ジュンヤ。もう一人は、このポケモンジムの主、アドニス。
「なあ挑戦者、ジュンヤだったか。ポケモンジム初挑戦だろ、今どんな気持ちだ」
「えっ……。……すごく、緊張してます」
突然の質問、戸惑いながらも、単純な所感を述べた。……とはいえ、ノドカのおかげでちょっとはましになったけど。
しかし彼は、そんな返答じゃあ満足出来ねえゼ、と言わんばかりに腕を組んで背を向けてしまった。まるでそんなつまらないことを言うやつとの戦いは望んでいない、と背中で語っているかのようだ。
「……分かりました。なら、正直に言います」
このままでは対戦してもらうことすら怪しい。仕方なく、隠していた意気込みを余すことなく伝えることにした。
「オレは強くなりたい。だからポケモンリーグに挑戦して、優勝するつもりです。オレはこんなところで負けません。絶対あなたに勝ってみせます」
そう、それはツルギとの約束であり、この旅での最終目標だ。だのにその第一歩で挫けてしまっては、先が思いやられるどころではない。
今度こそしっかりと意気込みを伝えると、彼は満足そうに頷いて、振り向いた。
「いいね、オメエからは風を感じるよ。じゃ、その自信がホンモノかどうか……試そうか!」
アドニスは被っていた水兵帽を軽く指で弾いてから早くもモンスターボールを構えた。すでに一匹目は決まっているらしい。
「使用ポケモンは互いに二体。道具とポケモンの重複は禁止、交替は挑戦者のみ認められます」
審判からルールが説明されるが、要するにいつも通りというわけだ。
……自信、か。……ともかく、オレは勝たなきゃいけないんだ。
最初に出すポケモンは決まっている、気合いを入れてモンスターボールを掴んだ。
「任せたぜ、メェークル!」
そう、最初に出すのはメェークルだ。誰より長く苦楽を共にしてきた一番の相棒だから、最初の挑戦を一緒にしたかった。
そんな理由で彼を選んだのだ。言うなればツルギの嫌いそうなただの感情で、そしてこれは自分らしさを貫く為の縁起担ぎでもある。
「いけよ、トロピウス!」
対するの一匹目は、トロピウス。2mという巨躯の持ち主で、雷竜のような長い首と首元のバナナに似た果実、背中には大きな葉の翼が備わっている。全体的に見て、南国風味のくさ・ひこうポケモンだ。
なるほど、苦手なでんきタイプの対策とともにいわタイプへ有効打を持つトロピウスを先鋒に据えているわけだ。
「だけど、メェークルだっていわタイプの技は使えるんだ。いわなだれ!」
メェークルが蹄を打ち鳴らして天を仰げば、相手の頭上にたちまち岩が降り注ぐ。トロピウスは迫り来るそれを見上げるが、何故か避ける素振りを見せない。
「トロピウス、マジカルリーフ!」
「えっ……?」
トロピウスの周囲に、紫色のオーラを纏った鋭い葉が何枚も浮かび上がった。
メェークルのとくせいはそうしょくだ、ジムリーダーであるがそれを知らないはずは無い。いや、たとえ知らなかったとしてもいわなだれをわざわざ食らってまで使う価値がある技とは思えない。
「安心しな、しっかり意図はあるからよ」
怪訝を察せられたのだろう、ジュンヤの困惑には彼の不敵な笑みが返された。
不審を浮かべて見張っていると、トロピウスが吼えた。そして彼の頭上では葉が竜巻の如く旋回を始めた。
「そうか……!」
次々と落ちてくる岩が、その葉に切り刻まれ細々と散っていってしまう。
……残ったのは、手傷を負わせられないような細かな破片ばかりだ。大量に散らばった小石の中央で、雷竜が首を伸ばして鎮座している。
「それじゃあマジカルリーフじゃなくてリーフシールドだろ……!」
なんて冗談を言える状況じゃあないことは、誰より自分がよく分かっている。
アドニスさんは最初にわざわざ自分へ最も有効だろう技を相手に使わせ、一歩も動くことなく対処してみせた。それは余裕の表れであり、無駄だと見せ付ける為のものでもあった。
……このままメェークルで戦わずに、ヤヤコマに交替するのが安牌だろう。しかしそれを読まれて対応されたならば果たしてどうなる? ……わざわざ見せつける行為にある意図。相手はジムリーダーなのだ、それは恐らく試すことにある。
続投と交替。一見二つに見える選択肢は、しかし恐らく片方は極めて正解に似せてつくられた精巧な罠。だったら、オレは……。
「問題ない、このまま行くぞメェークル!」
選んだのはメェークルで戦う道だ。つまらない意地を張っているだけと思う人も居るだろう、事実そんな気持ちも心にあった。だが、そうではない。
……深読みし過ぎただけかもしれないが、どうしてもそんな気がしたのだ。今塞がるこの壁はオレとメェークルで乗り越えねばならないものであり、オレとメェークルでなければ乗り越えられないものだ、と。
「トロピウス、いわなだれだ!」
来た。自分の勘は、もはや確信に変わっていた。
「まもる!」
雨のように落下する岩の群れから、自分を覆う光のドームが守ってくれる。
「どうして交替しなかった、ただの無謀か?」
今度はアドニスが疑問を浮かべる番だった。しかしその顔は困惑というよりも、どこか嬉しげだった。
「考えたんです、どうしてわざわざ有効打を潰す様を見せ付けたのか。もちろんただ防御しただけ、というのも浮かんだんですがどこか引っかかって……。まるで……」
そう、有効打を狙うことが難しく、相手からは弱点を突かれるならば普通は交替する筈だ。
「交替を誘ってるみたいだな、って……」
アドニスは高く笑った。それはまるで、嵐が過ぎ去った後の澄み切った晴空を見ているようだった。
「いいね、やっぱりおめぇからは風を感じるよ。大体の挑戦者は交替して自分の首を絞めるってのにな。久しぶりに純粋に楽しませてくれる挑戦者だ」
正直、不安でしかたなかった。もし推測が見誤っていたならば今無傷ではいられなかっただろう。
「行きますよ。メェークル、接近だ!」
……とはいえ、いわなだれを当てられなければ勝ち目は無い。だからあのマジカルリーフを攻略する、メェークルだったらそれが出来る。
「エアスラッシュ!」
トロピウスが羽ばたき、三日月型の風の刃を飛ばしてきた。
足元で切り裂かれた地面が弾け飛ぶ。砂が舞い上がり、また飛び交う刃が頭を、脚を、身体を掠める。
それでも脚を止めず、不規則なステップを踏みながら駆け抜けた。
「だったら踏みつけろ!」
懐に潜ろうとするが、許されないようだ。とはいえ足元まで接近出来たなら十分だ。
「メェークル、いわなだれ!」
「マジカルリーフ!」
再び岩を降らせるが、やはり相手もその技を発動した。だから……。
「メェークル、跳んでマジカルリーフに突っ込め!」
折り曲げられた脚に溜められた力が解き放たれ、一瞬にして頭上へと跳ね上がったメェークルはトロピウスの頭上で旋回する鋭利な葉の中へと身を投じた。
マジカルリーフを防ぐにはこの方法しかないし、これが何よりの方法だ。
尖葉の嵐に曝されたメェークル。だが響くのは切断ではなく咀嚼音ばかりだ。
「おっとぉ……」
アドニスが言葉を詰まらせる。渦巻く葉はどんどん数が減っていき、やがてすっかりメェークルに食べ尽くされてしまっていた。
「いいぞメェークル、そのまま岩を蹴って着地するんだ!」
メェークルの特性はそうしょく、受けたくさ技を吸収し自分の攻撃力を上げる効果を持っている。その効果でマジカルリーフを吸収して、己の降らしていた岩を蹴って無事地上に帰還を果たしたのだ。
ガラガラと崩れるような音を背後にメェークルは振り返った。
「……っ!」
気づけば、眼前に真空の刃。どうやら着地点を予想してあらかじめ放っていたらしい。
避けられない、防御も間に合わず彼はその刃に切り刻まれた。
更にトロピウスは積み上がっていた岩から抜け出しこちらに迫って来ている。
「くっ、リーフブレード!」
いわなだれは恐らく防がれてしまう。ならばと角に纏わせた光を三日月状のエネルギー波として飛ばすが、やはり効果は今一つ、その程度では怯まない。
「さあ、思いっきり踏みつけちまいな!」
丸太のように太い脚が落ちてくる。避けようと慌てて駆けるが、駄目だ、体格に差がありすぎた。容易く追い付かれその脚に踏み潰されてしまった。
「メェークル!?」
メェークルの体力は既に先ほどのエアスラッシュで大幅に削られている、押さえつける脚から抜け出す程の体力はもう残っていない。
……どうする。いわなだれを使うのも手だが、そんなことをしたら自分も巻き込まれて倒れるかもしれない……。
「終わりだ! トロピウス!」
トロピウスが吼えて、翼を広げる。
「きっとエアスラッシュを使うつもりだ、このままだと……!」
その時、トロピウスの咆哮を掻き消す程にメェークルが叫んだ。
「……メェークル」
……メェークルが、オレを見つめている。必死に痛みをこらえながら、瞳で語りかけてきた。オレのことを信じる、だからメェークルのことも信じろ、と。
「分かったよ、行くぜ」
本当は、こんな捨て身の戦法なんて取りたくない。だけど、やるしか無い!
「いわなだれ!」
「なっ……!?」
相手がエアスラッシュの発動最中だったのが幸いした。マジカルリーフが間に合わず、しかしエアスラッシュの発動も降りかかる岩に中断されてしまう。
落石はしばらく続き、二匹はすっかり岩の中へと埋もれてしまった。
「……トロピウス、メェークル、ともに」
「いいや、まだです」
オレはメェークルを信じてる。メェークルもオレを信じてる。だから、まだ終わりじゃないんだ。
積もっていた岩ががらりと崩れ、岩と岩との隙間からしなやかな脚が飛び出した。二つ、三つとそれが続いてとうとう全身が現れる。
「……良かった、無事だったんだなメェークル」
首に葉を茂らせた、小柄な山羊。その背後で再び崩落が起こり、目を回して気絶しているトロピウスの姿が現れた。
「トロピウス、戦闘不能!」
「あんまいただけねえ戦法だったな、今のは。……ま、しかたねえさな」
呆れたように肩をすくめる彼の言葉が胸に刺さった。……彼の言う通りだ、オレにもっと力があればあんな無茶をさせることは無かったのだ。
「サンキュートロピウス、後は任せろよ。さあ、あんたも交替するかい?」
ジム戦では入れ替えのルールが適用されている。一匹ポケモンを倒したら交替出来るルールだ。この最中の攻撃は禁止されており、よって安全に交替をすることが出来るのだ。
「はい。ありがとうメェークル、お疲れ様。一度休んでてくれ」
さすがに彼もダメージが大きいだろう。一度戻して体力を回復してもらうことにした。
「最後はこいつだ、キャモメ!」
それがアドニスの相棒だろう。先が黒く染まっているクチバシと、水色の線が引かれた細長い翼が特徴の白い小鳥。
「オレはヤヤコマだ、頼んだぜ!」
対してこちらもひこうタイプのヤヤコマだ。
「まずはつつくだ!」
弾き出されるように空を裂き、突き進む一本の矢。その速度に対応しきれず、キャモメは回避出来ずに直撃してしまう。
「思ったよりずっとはぇぇな……。けど問題ねぇ、れいとうビーム!」
「旋回して避けろ!」
さすがに攻撃後の隙を狙われるのは勘弁だ、急いで距離を取っていたおかげで容易く避けられたが……。
「しまっ……!」
旋回して避ける、それまでは良かった。だが突如下から突き出した氷柱に翼を撃たれてしまう。
どうやら回避することも、その軌道も読まれていたらしい。その氷柱はたった今れいとうビームで造り上げたものだ、タイミングまで完璧に合わせられてしまっていた。
「さて、これで素早さは奪った」
……確かに、ヤヤコマの翼は傷付けられ素早さを大幅に削がれている。
「もう一度れいとうビームだ!」
「避けてくれ!」
ジュンヤが叫ぶが、もはや避けられる程動けない。自慢の脚を使って駆け回ってはみたがやはり避けきれなかった。
その冷気を帯びた光線に射抜かれたことで脚先や翼の一部が霜に覆われ、最早徹底的なまでに機動力を奪われてしまっていた。
「さあ、もう一度だ」
ヤヤコマがオレンのみを食べて回復するが、再び羽ばたくまでには到らない。
……翼をもがれた今、これ以上の抵抗など不可能だ。そしていくらヤヤコマが回復したとはいえ、恐らく二度目のれいとうビームは耐えられない。だがそれでもこのままでは終わらない、必ず一矢報いてみせる。
「まだだ、行けるなヤヤコマ!」
勝利という名の風は、確実にこちらの背後から吹いている。後は両手を広げ、その追い風を纏って目指す場所へと飛び立つだけだ。
彼の呼びかけに、ヤヤコマも雄々しく応じた。
「おいかぜだ!」
キャモメのクチバシの先で、冷気が渦巻き徐々に収束を始めている。刹那の後にはそれが光線となり、ヤヤコマを貫いていることだろう。それでもヤヤコマは戦いを投げ出さず、凍り付いた翼を広げて羽ばたいた。
「れいとうビーム!」
とうとうそれが放たれた。と同時に、風が吹き始めた。背中で感じる、身体で受け止めるのは、風に乗せられたヤヤコマの想い。
「……ああ、分かってるよ」
舞い散った羽根が風に踊る。れいとうビームが直撃したヤヤコマは、地に臥した。
「ヤヤコマ、戦闘不能!」
彼は確かに「おいかぜ」を使ってくれた。オレ達の勝利を信じて、勝負を託してくれたのだ。
「ありがとうヤヤコマ、後はオレ達に任せてゆっくり休んでくれ」
その想いを、決して無駄にはしない。ヤヤコマをモンスターボールに戻して、彼が収まるそれにもう一度ありがとう、と呟きベルトに装着した。
「勝つぞ、メェークル」
そして再びそのボールを手にした。カプセルの向こうで、彼も頷いている。
「出て来い相棒! 守ってる時間は無い、一気に行くぞ!」
ついにバトルも終盤だ、この対峙もいずれかの戦闘不能でまもなく幕が引かれることだろう。
……いや、違うな。キャモメの戦闘不能で、だ。
「接近しろ!」
「おいかぜ」は、使った後少しの間吹き続け味方のポケモンを速くする技だ。だが効果は長く保たないのだ、わずかな時間も無駄には出来ない。
おいかぜの効果が続いているうちに、確実に「いわなだれ」を当てる。それがバトンを託されたオレ達の使命だ。
「れいとうビームで迎え撃て!」
キャモメがれいとうビームの為のエネルギーを蓄える。だがそれが溜まるよりも速く、メェークルが眼前に躍り出た。
「これがおいかぜの効果だ、捕まえろ!」
あまりの速さに唖然としているキャモメを捕まえるのは容易かった。伸ばした蔓の一つを翼ごと胴に、もう一つをクチバシに巻き付け高くに掲げた。
「終わりだ、いわなだれ!」
そして蹄を打ち鳴らし、岩を降らせる。
「くっ……!」
翼もクチバシも封じられたキャモメに為す術は無い。
やがて降り注ぐ無数の岩に全身を打たれ、その中へと埋もれていった。
「……終わった」
メェークルが蔓を離すと同時に積もった岩が崩れて、気絶しているキャモメの姿が現れる。そして背中に吹き付けていた追い風も徐々に弱まり、静かに止んでいった。
「キャモメ、戦闘不能!」
ついに審判が下された。
「よって勝者、ラルドタウンのジュンヤ!」
高く掲げられた旗がたなびいている。
……終わった、勝ったんだ。胸に溜まった不安と重圧が一気に晴れる、そんな開放感が全身を満たした。
「ありがとうメェークル、よく頑張ってくれたな!」
すぐさま相棒に駆け寄り、労いながら抱きしめ角を握る。メェークルも嬉しそうに顔を舐めてくれた。
「それにヤヤコマも、ありがとな!」
続けてヤヤコマをモンスターボールから出して、彼にもお礼を言って頭を撫でる。
「……じゃあ、メェークル、ヤヤコマ、お疲れ様。今日はゆっくり休んでしっかり疲れを取ってくれ」
しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、最後にもう一度撫でて礼を言ってからボールに戻した。
そしてアドニスが歩み寄ってくる。
「ジュンヤ、おめえの勝ちだ。これはおれに勝利した証、スカイバッジだ、受け取れ!」
彼が差し出した手のひらには、小さな金属の翼が置かれている。
「……はい、ありがとうございます」
……これが、ジムバッジ。
摘めば金属の冷たさが伝わってくるそれは、サイズもあってたやすく持ち上げることが出来る程軽く、そしてとても重たい。
「よし、スカイバッジを入手したぜ!」
この小さな金属の羽根には、想いが込められている。ジム戦に望む、勝つという挑戦者の想い。傷つきながらも主の為に力を振るうポケモン達の想い。力を認めた相手へバッジを手渡すジムリーダーの想い。
様々な想いが詰まったジムバッジは、その分だけ重たく、その分だけ強く輝きを放っていた。
「じゃあ頑張れよ、少年!」
「はい、ありがとうございます!」
アドニスの応援を背に受け歩き出す。決して振り返りはしない。もし振り返る時があるとすれば、それは夢をその手に掴んだ後だ。
それまで止まらず、進んでみせる。溢れ出す光の中へ、最強という希望を目指して戦いの道を歩き続けるんだ。