ポケットモンスターインフィニティ



















小説トップ
第一章 始まる少年達の旅
第06話 対決、竹馬の好敵手
 202番道路を抜け、エイヘイ地方の街々が織り成す円、その南西に位置する港町、ブラドスシティ。
 この街に訪れる人間には三種類居る。貿易の利益を求め訪れる商人、更なる知識を求め図書館に訪れる知識人。そして残りの一種類が、ポケモンリーグに挑戦する為の一歩、ポケモンジムへ挑むポケモントレーナーだ。

「……これが、ポケモンジム」

 ジュンヤも、そんな挑戦者の一人。橙色の屋根を見上げて呟いた。
 緊張しつつも早速挑戦しよう、と意気込んでいたが、何やらジムの前で男性と少年が揉めているようだ。

「……あいつは、ツルギ」

 嫌に大きく心臓が跳ねた。
 一人は見覚えがある。外跳ねの黒髪、臙脂のトレーナー。ジュンヤが勝たなければいけない相手、ツルギ。もう一人はセーラー服に、髪を短く刈り上げた男性だ。

「少年、確かにおめえは強いが、戦い方が一人よがりすぎる。もっとポケモンのことを考えて戦ってやらねえか」

 セーラー服の男性が静かに責め立てる。どうやらツルギのバトルに対して、彼が非難を飛ばしているようだ。

「戦いに無駄な感情など必要無い。わざわざ非効率な戦法を取って何が変わる」

 対して彼は、こちらに背中を向けている為表情までは分からないが、その声色から侮蔑を露わにしていることが容易に想像出来る。

「ポケモンだって生きてるんだ、ポケモントレーナーならポケモンのことも思いやらなきゃならねぇさ!」
「結果負けるようでは世話が無いな。悪いが俺はそんなの御免だ」

 なおも声を荒げて言い返す彼に溜め息一つを落としてから、ツルギは踵を返して歩き出した。

「……ツルギ」

 彼が自分達を通り過ぎようとした時に、その名を口にした。
 彼は立ち止まり、愉快そうに口を開いた。

「そこのジムリーダーは、お前と同じで随分甘っちょろい奴だったよ。おかげで、楽にジムバッジを手に入れられたがな」

 それは、遠回しに自分のことをも揶揄する言葉だ。
「……オレ達は絶対、お前に負けない。オレ達の目指す強さを、やり方を守って……お前の言う甘さで勝ってみせる」

 彼に以前惨敗してしまったジュンヤに、返せるのはその程度だった。その拙さが、更に彼の気分を高揚させたらしい。

「相変わらず言うことだけは一人前だな。せいぜい不用意な発言に振り回されて、醜態を晒さないことだ」

 彼は随分と高らかな嘲笑を残して立ち去り、ジュンヤの鼓動も次第に落ち着きを取り戻してきた。
 ……違う、これはオレ達の決意なんだ。不用意な発言でもないし、ましてや振り回されるなんて、そんなことは……。

「彼の強さを求める覚悟と、それを裏付ける実力は素直に認めるさ。だけど僕も、彼の極端なやり方には賛同しかねるな」
「私も、ツルギ君みたいにポケモンにひどいことをするのは良くないかなって思うよ。だからジュンヤ、一緒にがんばってツルギ君の考えを改めさせよう!」

 ……出来るか、オレに。……いや。

「やってみせる」

 大事なものを守る、その為に。相手がどんなに強かったとしても、オレは絶対に勝たなきゃならない。

「ああ、そうだ。絶対負けられないんだ、気を引き締めて頑張ろう!」

 そう、その為にも特訓あるのみだ。先ほどジム戦が終わったばかりだろうから、きっとポケモンの回復やフィールドの整備で少し時間が掛かるはずだ。

「ソウスケ、少し時間が空いたし、オレとバトルしようぜ!」
「ああ、勿論。今は君に何連敗だったかな……。とにかく、今回こそは君に勝ってみせるよ」

 そしてオレ達は、ポケモンセンターまで競争だ、と走り出した。ノドカも慌てて追いかけてきたみたいだけど、目的地に着くのはオレ達よりだいぶ遅かった。



 ポケモンセンターの裏手には、公式戦で用いられるバトルフィールドを模したそれを幾つか並べたバトルコートがある。
 毎日飽きること無く賑わうそこはトレーナーカードさえ提示すれば誰でも利用可能で、故に混雑することもしばしば……というわけでも無く、ここで出来なければ公園など他でやる、という人も結構いる為、また手軽な三対三のフラットルールを取る人が多い為実はそんなに混むことが無いのがこのバトルコートだ。
 その一角で、監視員の前で今向かい合っているのは、二人の少年だ。
 一方は赤い帽子を被った栗色の髪の少年、もう一方はオリーブのブレザーを着た茶髪の少年。
 こうして二人が対峙するのは、もう何度目だろうか。昔から数え切れない程バトルを重ねてきて、その度にジュンヤが勝ち続けてきた。

「負けないぞ、ジュンヤ」

 だがソウスケに怖じた風は無く、むしろ期待を露わに、愉しげな笑みを浮かべて目の前に立っている。

「……行くぜ、ソウスケ」

 そんな彼の様相には、時々呑まれそうになり。そのぎらつく瞳に貫かれるのではないか、という馬鹿げた錯覚まで起こしてしまうこともある。だが、それでも負けるわけにはいかない。自分の夢を胸に掲げて、己の闘争心を奮い立たせる。
 腰に装着したモンスターボールを掴んで、二人は構えた。

「まずはお前だ、メェークル!」
「頼んだよ、ヨーテリー!」

 彼らがボールを投じ、ポケモンが現れたのはほぼ同時だった。
 ……まずは、相性で不利を取られずに済んだ……。その対面に安堵の息と共によし、と声が漏れる。

「参ったな、てっきりヤヤコマで来るかと思ったのに」

 予想が外れて、彼は発言とは裏腹に嬉しそうに頭を掻いている。

「そう考えてると思って、こいつを出したのさ」

 普通に考えれば、メェークルに抜群を取れヤヤコマにも相性の悪くないダルマッカを出すのが安定だ。だが、それはこちらのタイプ一致で抜群を取られることの無いヤヤコマにも言えることだ。
 ならば彼はメェークルを確実に倒せるようにダルマッカを温存する筈だ。だからこそジュンヤは彼を先発に起用したのだ。
 ……これで序盤の流れは掴んでみせた。後はこの先の展開で崩されないよう、慎重に守っていかなければ。

「メェークル、まもるだ!」

 まずは様子見だ、これで相手の戦法を掴むと共に、次の一手の安定択を見極める。
「こおりのキバ!」

 対してソウスケが指示したのはこおりタイプのその技だ。……やっぱり持っていたか、と小さく溜め息を落としながらメェークルへと目を向ける。
 メェークルが前方に展開した光の盾に、当然ヨーテリーは技を弾かれ後退っている。

「蔓を伸ばして捕まえろ!」
「甘いよジュンヤ。地面にこおりのキバだ!」

 相手は体勢を整える為に身をかがめていたがすぐさま地面に凍気を纏った牙を突き立て、その瞬間そこに扇状の氷柱が展開された。
 間髪入れずに伸ばした蔓も氷壁に阻まれ意味を為さず、逆に捕まえらてしまう前に急いで蔓を戻した。
 ソウスケが、してやったりと言わんばかりに口元を歪めた。

「やるな。だけど今度はオレ達の番だ、いわなだれ!」
「僕らも攻めさせてもらうよ、あなをほる!」

 なるほど、回避と同時に攻撃も行うつもりか。

「だけどその技は効果が今一つだぜ」

 降り注ぐ岩の雨から逃れるように穴の中へと消えたヨーテリー。

「ああ、分かっているよ」

 確かにじめんタイプのあなをほるは、くさタイプのメェークルに効果が薄い。しかしジュンヤの余裕を持った表情は、すぐに影を潜めることとなる。

「こおりのキバ!」

 どうやら不意打ちで地面から飛び出して技を当てるつもりのようだ。警戒しながらフィールドを見据えるが、何も起こる気配を見せない。
 しばらく怪訝な瞳を向け続けていたが、メェークルの慌てた声でようやく気が付いた。
 メェークルの足元が凍っている……。いや、それだけじゃない。良く見れば凍結が両前脚の蹄にまで伝っていっている。

「まずい……。メェークル!」

 既に思っていたよりも進行していたらしい。メェークルが脚を動かせずに足掻くが意味を成さず、さらに凍結が進行していくばかりだ。

「だったらかわらわりで……!」
「ヨーテリー、飛び出してこおりのキバだ!」

 早く砕かなければ、前脚を包む氷を自力で砕けなくなってしまう。しかし砕いていたら、ヨーテリーの攻撃をまもるで防げない。
 地面から飛び出して迫ってくる相手を目で捉えながら、思考を巡らせた、結果……。
 ……まもるを使った所で一時凌ぎにしかなり得ない、どちらにしろ結局は技を食らってしまうんだ。ならば、ソウスケの二匹目を考えればこの選択がベストな筈だ。

「……メェークル、ヨーテリーにかわらわりだ!」

 ヨーテリーが胴体に凍気を纏った牙で噛み付いた。後ろ脚しか使えない今は、そこまで接近しなければ技を当てることが出来なかった。
 そして狙いの通り、ヨーテリーの脇腹をメェークルの後ろ脚が捉えた。

「ヨーテリー!?」

 彼は思わず牙を離して、宙に投げ出された。そしてそのまま抵抗も無く地面に転がったり、何度呼びかけても反応を得られない。

「ヨーテリー、戦闘不能!」

 その様子に監視員が審判を下した。

「ありがとうヨーテリー、よく頑張ってくれたね」

 ソウスケは彼の奮闘を労いながら、ボールに戻す。
 そしてメェークルは、首元に茂る葉から蔓を使ってリンゴの芯に似たものを取り出し食べ始めた。これはたべのこしというアイテムで、食べると少し体力が回復する効果がある。

「さすがはジュンヤとメェークルだ、肉を切らせて骨を断つ、ということだね」

 ソウスケは感心しながら、次のモンスターボールを構えた。

「だけどその状態でまともにこいつと戦えるかな。次は君だ、ダルマッカ!」

 続けて出て来たのは当然彼の相棒、ダルマッカだ。

 ……ここでメェークルを一度戻す、というのも一つの手だ。だがそれでもし交替際にニトロチャージを当てられてしまえば、ヤヤコマが倒された際に詰んでしまう。メェークルでダルマッカと戦うならば、素早さの上がっていない今しかチャンスは無い。

「ダルマッカ、ほのおのパンチ!」
「メェークル、リーフブレード!」

 メェークルはしっかり地に脚を着けて、といっても氷に固められている為動かそうと思っても動かせないのだが、迎え撃った。
 炎を纏った拳が眼前に振り下ろされるが、こちらも深緑の光子を帯びた角で応戦する。
 激しく激突する角と拳。しかしお互い一歩も譲らず、火花と熱とを迸らせながら、何度も何度も互いの技の応酬を重ね続ける。
 ……そろそろ頃合いだろう。メェークルの足元に目を向ければ、やはり脚を覆う氷が溶け出していた。

「メェークル、まもるだ!」

 更に繰り返される接戦の中で、その拮抗を崩すべく指示を飛ばした。
 突如挟み込まれ展開された光の盾に、ダルマッカは思い切り振り下ろした拳とともに弾き飛ばされた。
 同時にわずかな隙を見計らってメェークルは飛び退り、たべのこしを口に含んだ。

「……そうか、僕は君にまんまとはめられていたわけだ」

 ソウスケもすっかり自由になったメェークルの脚に気がついたらしく、その理由を察したのか納得したように頷いていた。

「自分から相手を有利にしてしまうなんてね……。僕も浅慮だったな、反省しないと」

 彼はそう言いながらも微笑んでいる。……ソウスケがバトルを大好きなのは分かっているのだけれど、こいつのこういうところはたまについていけなくなるんだよな、と内心困って頬を掻いた。

「続けていわなだれだ!」

 メェークルが蹄を踏み鳴らして吠え、未だ宙に山なりの軌道を描いているダルマッカの頭上から雨のように岩石が降り注いだ。

 当然それを避ける術は無く、ダルマッカは次々衝突する岩の中へと埋まっていった。

「……」

 だが、まだまだ油断は出来ないのだ、分かっている。いくら効果抜群とはいえ、この程度で倒れるダルマッカではない。
 慎重に見つめていると、ソウスケの口元がわずかに動いた。
 何か来る。警戒していると、突然積もっていた岩が辺りに弾け飛んだ。いや、埋められていたダルマッカが弾き飛ばしたのだ。そしてその内の一つがメェークルに向かっている。

「切り裂け、リーフブレード!」
「ダルマッカ、岩を殴るんだ!」
「まもる!」

 飛来する岩にタイミングを合わせる為に構えたが、ダルマッカがそれを思い切り殴りつけたことで岩の勢いが突如増してしまう。その加速に恐らくリーフブレードは間に合わない、慌てて指示を切り替えて、岩を弾き返した。

「今度は岩を持ち上げて投げつけろ!」
「リーフブレード!」

 それでも攻撃は終わらない。ダルマッカは弾いた岩を持ち上げて跳躍し、高くから落としてくる。
 一閃。頭上の大岩に一筋の光が走り、二つに割れた。そしてその向こうから、ダルマッカが飛び込んで来ていた。

「ほのおのパンチだ!」
「ま……まずい!? まもる!」

 ダルマッカがメェークルの目の前に着地して、拳に炎を纏わせる。ジュンヤの指示は生憎間に合わなかった、燃える拳に頬を捉えられたメェークルは吹き飛ばされ、何度か地を転がってからようやく勢いも止まる。必死の呼びかけも虚しく目を覚まさず戦闘不能、と判断が降りた。

「……ありがとうメェークル。お疲れ様、ゆっくり体を休めてくれ」

 その身体が赤い光に包まれ、粒子となって消え失せる。メェークルの戻ったモンスターボールを少し見つめてから、ベルトに戻して次を構えた。

「……これで最後の一匹だ、絶対負けないぜ」

 もう後が無い。心にのしかかってくる不安を少しでも和らげるよう自分を奮い立たせて、ソウスケを見つめる。

「ああ、互いにベストを尽くそう。もちろん僕も負けるつもりは無いけれどね」

 同じく後の無いソウスケは、それでも心底楽しそうに笑っている。

「頼むぜ、ヤヤコマ!」

 頑張ってくれたメェークルの為にも、負けるわけにはいかない。ヤヤコマも同じ気持ちだろう、張り切っているのが伝わってくる。
 ……恐らく勝負は刹那だ、一撃で決する。一瞬でも気を緩めれば、敗北してしまう。

「行くよ、ジュンヤ、ヤヤコマ!」
「ああ、来いソウスケ! ダルマッカ!」

 ソウスケの口元が動いた、来る。

「ダルマッカ、いわなだれ!」

 ダルマッカが張り切って両腕を高く掲げると、ヤヤコマの頭上から大量の岩が降り注いできた。

「つつくだ!」

 ヤヤコマが動く、目にも留まらぬ速さで。風切り音が鳴り、頭上の岩を置き去りに瞬く間に接近した。

「決めろ!」
 だが、決まらなかった。ダルマッカが突き出した腕でその突撃を受け止め、ヤヤコマを放り投げる。

「もう一度いわなだれ!」

 そして再び、岩の雨が降る。

「まずい、どうやって避ければ……!」

 だが、今のヤヤコマは体勢すら整えておらず、避けられない。それでも必死に考えを巡らすが……。
 ……いや、違う。避けるんじゃない。どう足掻いても避けられないんだ、別の方法で状況を打開するしかない。
 飛ばされたヤヤコマに、今にも岩がぶつかろうとしていた。

「……そうだ。ヤヤコマ、岩に向かってはがねのつばさだ!」

 ヤヤコマが身体を回転させて、岩に勢い良く翼を叩きつける。

「続けてつつくだ!」

 そして岩を叩いた反動で軌道を無理やり変更し、射られた矢と化しダルマッカの眼前に躍り出た。

「迎え撃て、ほのおのパンチ!」

 振り上げた拳に炎を纏わせて、突き出した。……だが、その焔拳が捉えた先に待っていたのは虚空だった。
 ダルマッカの腹には、ヤヤコマのくちばしが突き刺さっている。

「……ダルマッカ」

 ヤヤコマが離れると同時に、ダルマッカも天を仰いで倒れ込んだ。

「ダルマッカ、戦闘不能!」
「ありがとう、よく頑張ったねダルマッカ。お疲れ様、しっかり休んでくれ」

 腕を収納してまるで達磨のごとく丸くなっている彼を抱き上げ、ソウスケは優しく撫でながらモンスターボールに戻した。

「お前も頑張ったな、お疲れ様ヤヤコマ。ありがとう、ゆっくり休んでくれよ」

 そしてジュンヤも同様にヤヤコマを戻す。

「……バトルありがとう、ジュンヤ。やっぱり君達は強いよ」

 ソウスケが駆け寄ってきて、右手を差し出した。

「お前も強かったよ、オレの方こそありがとな」

 ジュンヤもその手をしっかり受け取って、固く握手を交わし合った。

「だけど、もっともっと強くなって、次こそは君達に勝ってみせるさ!」
「……ああ」

 さすがはソウスケだ、何度負けても諦めずに、更なる強さを目指している。昔からいつだって、どんなことでもそうだった。……ソウスケの不屈の心には、本当に感服させられる。

「オレ達も、絶対に負けないぜ!」

 そう、オレも負けてはいられないんだ。オレ達も最後まで諦めずに、誰よりも強くならなければならない。
 ツルギに勝つ為に、誰にも負けない為に、大事なものを、守る為に。もっともっと強くなって、絶対にポケモンマスターになってみせる。
 己の決意を改めて胸で確かめて。観戦していたノドカにも呼び掛け、三人はバトルコートを後にした。

■筆者メッセージ
ツルギと言い合っていた男性は、セーラー服とは言っても女子高生のコスプレをしている変態ではありませんよ。念の為言っておきました
せろん ( 2015/02/17(火) 07:21 )