ポケットモンスターインフィニティ



















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第十五章 闇を裂く星辰
第131話 全ての星は墜ちて
 ──幾多の星々が観測された美しい景観から『ルリシティ』と呼ばれた摩天楼、後に星屑の街と渾名される彼の地より全ては始まった。其処は人々が未来を願いながらも一夜にして潰えた希望の残骸、何もかもが崩壊した死と荒廃の科学都市。
 止むことを知らず降り続ける雨、全ての灯が消え果て何処まで行っても在るのは虚しい瓦礫と静寂。当時幼かった自分は大きく頑健な顎を持つ相棒、本来砂漠で生息する蟻地獄と共にかつて栄えていた夢の跡地を彷徨い続けて。
 十三年前の嵐の夜、ついに彼らは動き出した。あらゆる光が尽きて唯一人残された蒼き星は、身を裂く過酷な運命に在ってなお惑わぬ輝きを以て闇を貫き歩み続けた。

「……ああ、いよいよだ」

 腰に装着されたモンスターボールが或いは決意に、或いは憤怒に、或いは闘志に──それぞれ築き上げて来た証を掲げて来たる決戦に打ち震える。
 闇に脈打つ蒼き紋様、無限の力を糧として要塞中を駆け巡る光の波を睥睨すれば、溢れ出す心の波に少年は拳を握り締めた。利剣の眼には惑わぬ決意の火が灯り、錯綜する感情へ拡がる波紋に呼応するが如く鼓動は早鐘を打ち鳴らしていて。

「ねえ、ツルギ……」
「分かっている。お前こそみっともなく喚くなよ」
「だいじょうぶ、です。あなたを信じていますからっ」

 瞳に不安を湛えて少女がおずおずと見上げるが、少年の双眸が惑いなく未来を見据えて澱みなく返せば無垢な瞳が確かに瞬く。
 ──彼女の言わんとすることは理解している、宿敵と相対して以前のように己を見失わないかと言いたいのだろう。だが……もう心に掲げた鋒が揺らぎはしない、これまで踏み締めて来た旅路の全てが今に繋がっているから。
 仄淡く明滅する蒼光に照らされた昏き回廊。もう飽々な闇の彼方には、無数の星を散りばめたかの如く斑点が煌めく観音開きの門扉が厳かに聳え立っていて。

「じゃ、じゃあ、開きますねっ」

 この向こうには追い続けた最高幹部が自分達の来訪を待ち侘びている、恐怖と緊張に躊躇い暫時足踏みしていたサヤだったが威圧的な視線に促され、えいっ、と力の限りに扉を押し込んだ。
 もう後戻りは出来ない。金属と金属が擦れ合う重厚な音を響かせて徐に道が開かれて、意を決した幼い少女と変わらぬ願いを掲げた少年が決戦の地へと歩を踏み出す。
 ──果たして扉を隔てた向こうには変わらず漆黒の壁面が蒼く脈打ち、シャンデラを模した眩い暖色の照明が闇より出でし来訪者を照らし出す。紫を基調とする中東様式で織られたシルクの絨毯が敷かれた、戦うに適する長方形の広大な一室が待ち構えていた。
 だが……向かって左側には、壁面の大半にまで至る巨大な窓が聳えており。硝子を隔てた一室には千をも越える夥しい数のモンスターボールが、円筒形の機械の天面に六個ずつ嵌め込まれ厳重に保管されている。

「ようやく辿り着いたよ。どれ程この瞬間を待ち望んだか」
「私もさ。君が来訪する時を今か今かと焦がれていた」

 後ろ手を組んで窓際に佇みその光景を眺めていた菖蒲のトレンチコートを羽織る青年が、凪の水面のように穏やかな声で応えて振り返る。
 憎しみの刃を突き付けてきた者と相対するとは思えぬ親しげな微笑み、切長の柔和な眼差しにくすんだ紫水晶の瞳。彼が踵を返すのに合わせて菫色の艶やかな長髪がふわりと舞って──ついに少年は、追い続けて来た因縁の仇敵と真正面から相対した。
 過去にツルギの父が主任を務めていた生体エネルギー研究開発計画『Project:Orbis』に携わっていた科学者の一人にして、オルビス団最高幹部の地位に君臨する裏切りの虐殺者。
 彼の名はエドガー、相棒であるメタグロスを従えて圧倒的な力によって蹂躙を繰り返して来た絶対的な強者だ。

「あの、ツルギ……あれ!」
「奴らに囚われたポケモンだろうな」
「あれこそ我らオルビス団が世界中で捕らえたポケモン──来たる終末を越える命だ」

 ツルギの背後で室内をきょろきょろと見回していた少女も、膨大な量のモンスターボールに気が付いたらしい。あっと叫んで指を差せば少年は半ばひとりごちるように呟いて、最高幹部が同意に頷く。
 世界さえ滅ぼす最終兵器──終焉の枝が起動してしまえば放たれる光の洪水から生き残れるのは一握りの強者のみ、エイヘイ地方の殆どが築き上げられて来た文明ごと灰燼へと還ってしまうだろう。
 だが“剣の城”に匿われている者達は違う。如何なる弱者であろうと滅亡による創世を越え、新たに紡がれていく明日の先を迎えられる。

「この城が方舟ならお前は『主と共に歩んだ正しい人』というわけだ。命の選別なんて良い御身分だな、つまらん冗談も大概にしておけ」
「其処まで思い上がってはいないよ、所詮はただの人間だ。あらゆる命に貴賎など無い、選別ではなくこれが我々の限界なのさ」
「ハ、奴の馬鹿げた野望に加担しておきながらよく言うよ」

 徐に口を開いたツルギが眉間に皺寄せ冷静ながらも苛立たしげに嫌悪を吐き捨てれば、最高幹部の瞳が自嘲に彩られ己の無力を噛み締めるように苦笑を零した。
 これまで手に掛けてきた命。これから終わりゆく生。犠牲の上に成り立つ創世を憂いて最高幹部は自身を嗤い、少年の拳が強く握り締められる。

「たとえ彼の理想が終ぞ理解されないものだとしても、誰に愚かと謗られようと──我が身を捧げ忠義を尽くすと誓ったからね」
「その結果が同胞の殺戮か。盲目もここまで来るといっそ清々しいよ」
「好きに言いたまえ。たとえかけがえの無い友を手に掛けて、世界を敵に回したとしても……あのお方が漸く見出した希望に殉じることこそ我が望み」

 憂いを帯びた擦硝子の瞳が徐に瞬き、此処ではない何処を望む遠い眼差しで目の前に翳した掌を見つめながら口元を僅かに綻ばせて。
 現在は世界に仇なす最高幹部の一人として君臨し、過去にはツルギの両親を始め同じ研究施設で働く数多の同胞達を手に掛けた。彼の宣言に一切の偽りは無い、否──もう後には退けないのだろう、代償を支払ってしまったから。

「それ程の犠牲を払って、破壊による創世を齎した未来に何がある?」
「そうだね、敢えて君に縁深い話をすれば……ポケモン達の新たなる“進化”の可能性さ。膨大な生命力が光の洪水となって解き放たれれば、これまで二段階までが限界と思われていたポケットモンスターという種に新たな進化の扉が開く」
「……戯言を。たとえ根拠が観測されていたとして、そんなことの為に命が摘み取られる道理など無い」

 相変わらず抑揚の少ない調子で紡ぎ出す言葉には、しかし抑え切れない明確な怒気が込められている。当然だ、己の両親が手に掛けられ復讐を糧にしなければ生きられなくなった理由──その真実の一端が、情状酌量の余地が無い程に独りよがりだったのだから。
 たとえ新たなる進化の可能性が事実だろうと、時の流れの中で環境や生態に合わせて最適化した現状の姿以上に生物として相応しい形態などないだろう。
 ましてや過剰な力を注ぎ込まれて変異する姿など、大抵が生きていくには不必要で歪な形態になるのが目に見える。怪訝そうに眉間に皺寄せながらも、論ずるに値しない答えに苛立たしげに吐き捨てる。

「誰もがそう答えるだろう、けれどヴィクトル様は違う。彼は生命を愛し、可能性を信じ、胸躍る闘争を求める生粋のポケモントレーナーだ……其処に兆しがあるのならば追いかけざるを得ない」

 持って生まれた天賦の才を生涯を捧げて磨き上げ、比類なき実力へ至りながら未来の無い世界に誰よりも絶望した彼にとって……前人未到の新たなる地平は、地の獄に垂れるアリアドスの糸にも等しかった。

「あのお方は己が命が燃え尽きるまでの限られた時間の中で、停滞に微睡み緩やかに衰退していく世界を呼び覚まし人とポケモンが共に進化する未来を願った」
「誰よりも栄誉と名声を浴びながら、終ぞ宿望に届かなかった男の末路というわけだ。傍迷惑な亡霊だよ」

 ヴィクトル・ローレンス──彼の男は疑う余地も無くエイヘイ史上最強のポケモントレーナーだった。誰よりも優れている故に希望は色褪せ失われてしまって。
 誰よりも高みへ昇り詰めたとて本当に希った未来に手が届かない者が居る。強くなんてなれなくても、平穏の中でかけがえのない何かを見つけ幸福を掴み取る者は数え切れない。
 禍福は糾える縄の如く、最早可能性に縋るしかなかったのだろう。妄執に駆られた“最強”を誰にも止めることなど出来やしない、故に最高幹部は自分達の手が届く範囲で命を救わんとした。

「だから貴様らは最終兵器が放たれるまでに多くの人やポケモンを掻き集めた、来たる終末から保護する為に」
「ああ、其処で眠ってもらっているポケモン達が我々の限度なのさ。恥ずかしい話だけれどね」
「……半端に善人ぶろうとする分鬱陶しい」

 揃いも揃って面倒な奴らだ、と舌を鳴らして吐き捨てる。
 彼らの動機など想定は出来ていた。過剰な程の戦力を備える上に無限の力を宿すビクティニまで手中に収めていることを考えれば、幹部未満の者達や捕まえたポケモンなど必要無い。
 最終兵器を放つまでの二週間と言う猶予もそうだ。拠点を秘匿し暗躍を続けた組織にとって、緻密に進めて来た計画が総て水泡に帰す可能性を上げるなど愚策にも程がある。
 それだけではない。終焉の宣告やたった一人への指名手配、見せ付けるような蹂躙を始め何度にも渡りパフォーマンス染みた振る舞いを披露するなど……誰かに訴えかける目的が無ければ、これらの行為に然程の意味は見出せない。

「──ふ、それにしても今日は随分と親身じゃあないか。あれ程までに激しく私を憎んでいたというのにね」
「案ずるな、今もはらわたは煮え滾っているよ。だが……」

 肩越しに振り返った少年は、サヤの首に飾られたクローバーのネックレスを視界の端に掠めて。瞼の裏に忘れられない母の最期を映すと双眸に惑わぬ星の如き決意を灯し、再び仇敵へと向き直る。

「あの日交わした約束は、貴様らを討ち倒して終わりじゃあない。ただそれだけだ」

 命の灯火が消えゆく今際に託された母の願い、それは巨悪との決戦を終結へ導くだけではない。変わらない明日を取り戻して、その先にまで繋がる未来への希望だ。
 だから、此処で感情に溺れて斃れるわけにはいかない。あの日から雁字搦めに縛られ続けた運命の鎖を断ち切って、光無き深淵へと堕ちてしまった人々の安寧を取り戻してみせる。

「『彼女達に出来なかったことを成し遂げる』か。成る程、君は御両親に似て本当に真面目だね」
「……全くもって鬱陶しい奴だ」

 瞼を伏せた最高幹部は今でも鮮明に蘇る在りし日の友の姿を心に描いて、遠い眼差しで哀愁を孕んだ微笑を浮かべる。対するツルギは眉間に皺寄せて睨め付ける双眸に溢れんばかりの激情を湛え、心底苛立たしげに呟いた。

「あの、ツルギ。あなたが、ちゃんとツルギで……安心、しました」
「お前に心配される程落ちぶれてはいない」
「ふふ、そう……ですねっ」

 ──己の出陣を待ち望む紅白球の中で、少年と共に生き続けて来た“せいれい”が瞼を細めて懐古する。今でも鮮明な光景として脳裏に焼き付いている、遠き彼方の追想を。
 辛い時にも朗らかに笑顔を振り撒いて、皆の輪の中に在ったツルギの両親は同じ志しの元に励む研究員達と年甲斐も無く無邪気に夢の話に花を咲かせていた。『いつか皆が笑って過ごせる世の中にしたい』そんな荒唐無稽な馬鹿げた内容を、夢見る乙女のように瞳を輝かせて。
 そんな途方も無い夫妻の夢を誰よりも真剣に応援していたのがエドガーだった。同じ時を刻んで、同じ未来を目指していた彼らは……心の底から幸せそうに将来の展望を語り合っていた。

「さて、存外話し込んでしまったが……君も此処まで歓談の為に訪れたわけではあるまい」
「当然だ。よく理解したよ、貴様はどうあっても止まれないらしい」

 呆れたように溜息を吐き俯いて強く奥歯を噛み締めるが、徐な瞬きを以て心を静めれば利剣の双眸で倒すべき仇敵を確かに見据える。
 きっと彼も、時の彼方の“いつか”を朧げにでも記憶していて。だからこそ憎悪の檻に囚われながら……なお有り得ざる“もしも”の可能性に賭けてしまうのだろう。

「言うに及ばないさ、想い出も未練もとうに業火へ擲った。あの日の夜に自ら退路を断ったのだから」
「だろうな、貴様は自らタガを外した。己が過ちを悔いながら……それに気付かないフリをして」
「君は可笑しなことを言うね。これが最善の選択だったと私は信じているよ」

 天翔ける希望は地へ墜ちた。最強の名を継ぎ世界を守り続けて来た竜の申し子ですら、かつて頂点に座した“月桂冠の勝者”には届かなかった。
 たとえ私情を抜きに考えたとしても彼の判断は至極当然だ、誰もが従い誰もが平れ伏す圧倒的な強さで君臨する男を誰が止められようか。チャンピオンが敗れた現実に耐え切れず絶望に呑まれ、オルビス団に降った者の数など枚挙にいとまがない。
 返答など火を見るよりも明らかだった、けれど彼が揺らがなき覚悟で臨むのならばそれはそれで都合が良い。敗北を以てしか救えないのならこの胸に燻る雪辱も果たせよう、一切の呵責無く決戦に臨めるのだから。

「『そう信じざるを得ない』の間違いだろう」
「どちらであれ結果に変わりはないさ」

 ──以前サヤが言っていた、奴が『悲しそうな目をしていた』と。幼い彼女は純粋さ故に誰よりも感情の機微に敏感だ、もしも正鵠を得ているのであれば……今でも彼は囚われているのだろう、取り戻せない選択への後悔に。
 ならば、この決戦を越えた先に未来はきっとある。少なくともツルギはそう信じている。
 長方形の広大な絨毯を隔てた対岸に立った最高幹部が「決戦に相応しい戦場を用意しよう」と指を鳴らせば美しい絨毯ごと床面が地下へと沈み込み、突如として穿たれた大穴から砂利が敷かれ整然されたバトルフィールドが姿を現した。

「随分と気が効くじゃないか」
「待ち望んだ主賓なんだ、もてなさなければ失礼だろう?」

 此処ならば互いに全霊を揮うに不足無い。用心深く睥睨して何の仕込みも無いだろうと判断した少年が棘のある語調で礼を投げ付け、対する青年は満足そうに頷き菫色の長髪を掻き分ける。

「因果なものだよ。最後の審判の刻、雌雄を決するのが他でもない君なのだから」
「貴様の宿痾に終止符を打つとなれば、俺以上に見合う役者は居まい」
「あの日零した星の欠片がこんなにも眩く輝くとはね。ああ──君達こそ、我らの終幕を飾るに相応しい」

 菫色の瞳に深き憂いを湛えて、追憶に微睡むように瞼を伏せたエドガーが俯き──暫時の静寂を置いて、溢れた感嘆を心のままに吐き出した。
 そして名残を惜しむように瞼を持ち上げて、これから刃を交えるべき戦場を一瞥。顔を上げれば先刻まで孕んでいた穏やかで何処か親し気にすら感じる寂寥が打って変わって、擦硝子の瞳に明確な戦意が厳然と宿り──瞬間、戦慄に総毛立つ程の凄まじい威圧感が迸り時が凍り付いたかの如く厳然と空気が張り詰める。

「我が名はエドガー・ジェラルディーン、主より『不動』の称号を賜りしオルビス団最高幹部の一人。幾度刃を翳したとしてその鋒は届かない、星の軌跡は此処で終わりさ」

 冠するは聳え立つ城塞がごとく如何な力にも崩れぬ君臨の証。天地神明さえ慄く鋼鉄の巨兵と共に幾度と立ち塞がってきた虚飾の大器は、腰に手を伸ばして道ならぬ生を歩み続けた友が眠るカプセルの一つを選び取る。
 上半球は漆黒に金色の線が描かれ、下半球が白く染まるハイパーボールを握り締めると擦硝子の瞳に誓いを映して宣言した。
 ──いつかに己が手で滅ぼした理想、光無き宙に唯一人在り続けるツルギは決して贖えぬ罪咎の象徴だ。故に此度こそ自らの手で幕を引かなければならない、それが償えない影を背負い生き続けて来た少年に贈れる最期の手向けなのだから。

「俺はあの日葬られた全てを糧に此処に在る、もう掲げた心が惑いはしない。貴様だけは──この龍崎ツルギが討ち果たす!」

 対するは無辜の安寧を脅かす闇を切り裂き宙を駆ける蒼き流星。何処までも届く翼で羽撃く精霊竜と旅路を辿り漸く到った無銘の剣が、同じ標を拠り所として決戦に臨む己が“力”を掴み取る。
 半球が鮮やかな紅蓮に輝き、中心を走る境界線を隔てた下弦は何にも染まらぬ真白で彩られしモンスターボールを突き出して。決意に瞬く双眸で仇敵を見据えると揺らがなき意志の赴くままに叫んだ。
 ──かつて未来を希う尽くの光を撃ち墜とし、簒奪せし力で世界に仇為すオルビス団は幾度と赦されざる大罪を犯した。だから必ず決着を付ける、数え切れない犠牲の上に立つ自分に課せられた責務を全うしてみせる。

「ツルギ、みんな……わたしは、信じてますっ。だからぜったい、ぜーったい! 勝ってください!」

 遥かな旅路を彷徨い続けて、交わした約束の導く先に失われた希望を取り戻す時が訪れた。
 幼い少女が両手を合わせて祈るように送った声援にツルギが振り返ることはなく、左手に構えた紅白球を決意を込めて眼前へと突き出して。
 譲れぬ願いを懸けて投擲された二つのモンスターボールが照明を浴びて煌めきながら荒涼と広がる空間へと躍り出て、色の境界から割れると待ち侘びたように眩い光が溢れ出した。
 紅く迸る閃光が緊張に包まれた宙を鋭く切り裂く。主人に勝利を齎さんが為に闘志を滾らせる怪獣の影が戦地にしかと象られ──ついに、悲願の決戦が幕を開ける。

■筆者メッセージ
サヤ「ついに、この時が来ましたね……!」
ツルギ「ああ」
サヤ「はい!」
ツルギ「……」
サヤ「って、もっと他に、ないんですか?」
ツルギ「何の話だ?」
サヤ「感慨深い、とかようやくだ、とかほら。ないのかな、って」
ツルギ「俺は此処に辿り着くことが目的じゃあない。奴を倒さなければならないんだ、浮かれている暇など無いだろう」
サヤ「そ、そうかもです、けどぉ」
ツルギ「だが……そうだな。無傷で戦いに臨めたのは幸いだ」
サヤ「それは良かった、です!わたし達もがんばりました、からっ」
ツルギ「お前が奴に敗れる程度であれば、己の見る目の無さを恨んでいた。その点は確かに安心したよ」
サヤ「う、クリスさんに勝てて本当に良かった……」
ツルギ「それに、奴らを倒せばもうお前を利用する必要も無くなる。多少は肩の荷が降りるな」
サヤ「えっ!?ツルギ、本当にきびしいですよね……もっと手心とか、ない、ですか……?」
せろん ( 2022/05/26(木) 20:23 )