ポケットモンスターインフィニティ



















小説トップ
第十四章 星を撃つ灼焔
第125話 極限燃焼
 観客達の熱狂に満ちた会場を無数のライトが眩く照らし出し、割れん程の歓声が響く中に二匹のポケモンが向かい合う。
 宙を切り裂く激しい稲妻、大気を焦がす猛き大文字、凍て付く冷気と一切をも溶かす毒塊がぶつかり合い、戦場を覆う爆風を突き抜けて飛び出したのは全身を毒棘の甲殻に覆われ一本角が天を衝くニドキング。
 鋭い雷撃が大地を砕き、めくるめく世界で歯を剥き出しに笑って駆け抜けるのは身体がガスで形成された漆黒の影霊ゲンガー。
 迎え撃つように撃ち出した影球が走る毒液と衝突すれば拮抗の果てに炸裂し、既に満身創痍で堪え切れずにどちらともなく吹き飛ばされた。

『ホントに激しかったよ、見たかジュンヤ! 今年もどのバトルもぜんぶ面白かったな……!』
『うん、特に決勝戦のニドキングとゲンガーのぶつかり合いがすごかったね! どっちも本当にがんばってた!』
『あはは、二人ともよかったねえ』

 部屋の隅に観葉植物が飾られ深緑の絨毯が敷かれたリビング、部屋の中心に鎮座する木製のテーブルには綺麗に平らげられた人とポケモン達の食器が並んでいる。
 ──冷めやらぬ興奮に一気にオレンジジュースを飲み干した当時のソウスケが高らか叫び、触発されたダルマッカは愉快そうに飛び跳ねている。まだ自分に降り掛かる悲劇を知らない幼いジュンヤも、隣で技の練習をして危うく家具を壊しそうになっているメェークルを撫でながら無邪気な声で高揚を返した。

『ねえ二人とも、ポケモンバトルってそんなに楽しいの?』
『何言ってんだ、楽しいに決まってるさ! ポケモンとひとつになって本気でぶつかり合うんだ、見るのもやるのも最高だよ!』
『うん、ぼくもそう思うな。なによりいっしょに強くなることで絆ももっと深まるし!』
『そうなんだ、うーん……あはは。男の子ってよく分からないや』
『なんだよノドカ、キミから聞いたんじゃないか』

 先程までめまぐるしい攻防を映し出し閉会式まで見届けたテレビは誰に伝えること無く延々と天気予報やニュースを流し、一年に一度開かれるバトルの祭典ポケモンリーグは今年も大盛況の中で幕を下ろした。
 二人は夢中になって時間を忘れて、戦いを好きになれないノドカを置き去りに夕食を片付けている最中でさえ瞳を輝かせながら盛り上がっている程で。
 誰もが憧れる夢の大舞台で繰り広げられた激戦は人々に色とりどりの夢を、宝石のように輝く希望を、大人になってもきっと忘れることのない感動を人々へ強く刻み付けた。数え切れない願いを掲げて翳された闘志は彼らの胸にも確かな“何か”を残して。

『なあジュンヤ、メェークル』

 夜になっても未だ冷め遣らないほとぼりの赴くままに波打つ芝生に寝転んで、雲一つ無い澄み渡った宙の下。瞬く星々を見上げながら、遠い未来の情景を二人と二匹で語り合う。
 いつか最強になってみせる、旅に出たらあのポケモンを捕まえたい、どんな出会いが待っているのだろう、最強の男スタンとカイリューに勝ってみせる──そんなありふれた、まだ世界の広さを知らない子どもらしい、夢というには拙い想いに胸躍らせて。
 二時間程語り合って夜空を見上げて笑い合えば、ダルマッカを抱えながら半身を起こしたソウスケがいつになく真剣な声で親友へ呼び掛けた。

『どうしたの、そんな真面目そうにして?』
『失礼な、僕はいつだって大マジだ。ってそうじゃなくて……いつか、さ』

 鮮やかに瞬く星を映して輝く瞳は紅く爛然と希望を湛えて、隣で木洩れ日みたいに穏やかな顔で寝転がる幼馴染の瞳を真っ直ぐに見据え語り掛ける。

『ポケモン図鑑をもらったらみんなで旅に出て、今よりうんと強くなって、ジムバッジを八個ぜーんぶ揃えて……』

 大袈裟に腕を伸ばして手の平を握って、開いて、歓喜を露わに声を張り上げた。いつか旅に出た時にどんな冒険が待っているのだろう、一度抱いた期待と興奮はとめどなく溢れ出してしかたがない。

『そしたらさ!』

 そして──思い切り右腕を広げて歯を剥き出しに笑い、瞼を伏せれば見える憧憬に夢を描いて力強い瞬き一つ天を仰ぐ。流れる星に願いを込めて、未来の自分へいつか必ずと誓いながら。

『あの大舞台で、ポケモンリーグで君達と戦いたい!』
『……ははっ、あははは! 無茶言うなあソウスケは!』

 ちらと視線を傾ければ友は一瞬驚いたように目を見開いて、それからくすぐったそうにはにかみながら満面の笑みを浮かべてみせた。
 分かっている、それは生半可な覚悟で果たせることではないと。そんなこと承知の上で一度願ってしまったら想いを止められなかった。

『きっとすごい大変だと思う、この街から旅立つだーれも辿り着けないかもしれない』

 エイヘイ地方には多くのジムリーダーが存在するが、その誰もがポケモンリーグから正式に認可されたバトルのプロ達だ。いくら挑戦者に強さを合わせるといっても、そんな強敵を八人も倒さなければいけないなんて生半可なトレーナーに出来るはずがない。
 それにいくら道路網が整備されて交通機関が発達している現代であろうと、一度街を出れば凶暴な野生ポケモンに襲われてしまうのだ。どれだけの数が最後の檜舞台まで勝ち残れるだろう。
 今に思えば、現実的に考えると親友同士が共にリーグへ挑めるなんて滅多に出来ることではなかった。……だけど。

『だけど、ぼくも同じことを思ってた。いつかあの場所で戦いたい、もちろん負けないよソウスケ!』
『僕らなら絶対にいけるさ、そう信じてる。その時は本気の本気で叩きつぶしてやる!!』

 子どもなら誰もが憧がれる夢の大舞台ポケモンリーグ。そんな憧憬での決戦なんて考えただけでワクワクしてしかたがない。瞳を輝かせて身を乗り出すジュンヤを押しのけるようにメェークルも飛び出して来て、ソウスケとヒヒダルマも力強く拳を握り締めた頷いた。

『くす、本当に強いなあソウスケは!』
『それくらいの気持ちで行かなきゃ勝てるものも勝てなくなる、だろ?』
『まあたしかに、じゃあ……望むところだ、ぼくとメェークルも全力全霊で行くよ! こう、えーと、ぶっ倒してやるー!』

 相変わらずだとジュンヤが微笑みメェークルが対抗せんばかりに角を構えて、君は似合わないとソウスケが苦笑すればダルマッカが同調して頷いた弾みに転けそうになる。
 いつか旅に出ることを考えただけでワクワクしてしまってしかたがない、おかしいことなどないはずなのに高揚した気持ちがそうさせるのだろう。どちらともなく失笑すれば堰を切るように何かが零れ、夜の闇を忘れてしまいそうな程愉快に笑い合った。

『じゃあ約束だ、最高に楽しいバトルにしよう。手加減なんてしたら怒るぞジュンヤ!』
『うん、約束だよ、いつかポケモンリーグで戦おう。ソウスケこそちゃんとキミ達の全部を見せてね!』
『おうともっ! 僕らを誰だと思ってる、嫌という程見せつけてやるさ!』

 お互い求め合うように腕を伸ばせば小指と小指が絡み合い、小さな狒々の手のひらが山羊の前脚を握り締める。誰もが憧れる約束の地へ想いを馳せて──無邪気にいつかを夢に見て、いつか辿り着く場所での決戦を誓った。

『約束だ、いつかポケモンリーグで戦おう!』

 同じ時を刻んで、同じ未来を信じていた。めくるめく巡り続ける景色の中で、あの日交わした約束を忘れたことはない。

『ウソついたらハリーセンのーます! 指切った!』

 二人と二匹で声を揃えて強く願い、名残りを惜しむように絡めた小指が徐に離れる。見上げた星々は変わらぬ光を湛え鮮やかに瞬き、灯り無き夜を照らすあの輝きのように未来へ辿り着いてみせるのだと。
 ──あの頃はまだ何も知らない子どもでいられた、無邪気に未来の夢を見ていた。そんな過ぎ去った遠き追憶は今でも道標となって光無き夜を導いてくれる。
 愛しい日々は瞼を閉じればいつだって鮮明に蘇る。いつかに交わした約束は、宙に瞬く星々のようにこの胸に変わらぬ光で輝いていた。


****


 “月桂冠の勝者”が──史上最強と謳われた男ヴィクトルが希望を奪い終焉を告げたあの刻から、世界は果てなき絶望に覆われてしまった。エイヘイ全土が身を裂く嵐に包まれて、止まない雨が人々の慟哭を表すように激しく轟々と降り続ける。
 もう間も無くで誰もが愛しい日々を営んで来た“今日”は最期を迎える。かけがえのない平穏に滅びが訪れ、選ばれた者のみが洪水を越えて混沌に満ちた新しい“明日”へ踏み出すのだ──否、決してそんな“未来”なんて認めない。
 全ての光が堕ちたこのエイヘイ地方において地に残された最後の希望、分厚く空を隠す雲は突き破られてその先では青い空が広がっている。圧倒的な暴威を前に鋭く爪を研ぎ澄ませ、諦めを知らず牙を立てる叛逆者が息を切らせながら満面の笑顔を浮かべた。

「はぁ、はぁ……はは、あっははは! 最っ高だよ、全身の血が沸き立つこの感覚……たまらないなァヒヒダルマ!」

 滾る決意に赤い瞳が瞬いて、鮮やかなライトブラウンの髪が吹き抜ける萌黄色の風に柔く舞う。ワイシャツの上に羽織った深緑のブレザーの裾が棚引いて、抑え切れない心からの歓喜に高らかな声を響かせるのは最強を夢見る少年穂村ソウスケ。
 心底からの同意に頷き歯を剥き出して頷くのは彼を守るように眼前で構える紅き炎狒々。爛然と漲る闘志を顕すが如く眉間から燃え盛る炎が噴き上がり、力強き剛腕で大地を踏み締め構えるえんじょうポケモンのヒヒダルマ。

「……どんな時だって諦めない、皆が支えてくれているから。そうだろジュンヤ、そうやって君は幾度と絶望を払って来た」

 強く拳を握り締めて、襟を正すと徐に瞬く。既に手持ちの五匹が失われ、残されたのは相棒ただ一匹。それでも二人の眼差しには一切の翳りも差していない、確かな意思が彼方を見据え惑わぬ紅蓮の希望が燃える。
 既に“はらだいこ”を発動している故に生まれる余裕などでは決してない。彼はただ愚直なまでに信じているのだ──共に戦うポケモンを、自分へ託された皆の想いを、此処まで何度だって諦めずに壁を越えてきた己自身を。

「良いぞおっ! “はらだいこ”を発動したヒヒダルマはもう誰にも止められねえ!」
「フレーっフレーっソウスケさん!! 頑張れ頑張れヒヒダルマー!! あなた達なら絶対勝てます!!」

 此処までの旅路で幾度と交わり、ある種の到達点とも言える彼らの決戦を見守るのはライバルの一人である黒髪の少年レンジと金髪の少女エクレア。
 或いは巨悪に希望を奪われ、或いは堪え難い挫折に幾度と苛まれ、二人は穂村ソウスケという一人のポケモントレーナーにバトルを通じて救われたのだ。
 命の恩人とも言える友が世界の命運を担って人々の希望を背負い戦っている。これまで滅多に見たことのない程の歓びを露わに臨んでいるのだから、力の限りに応援しないわけにはいかない。

「テメェを泳がせていたのは正解だったぜえ。此処までおれのポケモン共を愉しませてくれるたあなーあ」
「それを聞いて安心したよ。僕らだけが楽しんでちゃあ不公平だからな!」

 対するはオルビス団最高幹部としてその圧倒的な力で幾度と人々を底知れぬ絶望の淵へ沈めて来た男アイク。群青の髪を乱雑に逆撫で気怠げだった眼差しは昂揚で蒼く爛然と瞬き、裸に青いジャケットを羽織った筋骨隆々の大男。
 圧倒的な力で君臨しながら決死の逆転の果てについに最後の一匹まで追い詰められ、なおも心底から抱く闘争の愉悦に嗤ってみせてソウスケは安堵に胸を撫で下ろした。

「ああ、心地良いな……」

 どこまでも青く澄み渡る雲一つない大空を仰いで、大きく両手を広げれば吹き抜ける風は優しく頬を撫でて通り過ぎていく。力強く踏み締めた大地は荒れ果てながらなお悠然と聳え視界の彼方まで遥かへ続いて。
 果てしなく広がるこの世界を全身で感じながら、少年は穏やかに微笑を浮かべる。見上げれば分厚く覆う黒雲に友が穿った大穴の向こうで爛然と太陽が輝いて、暖かな日差しが眩く少年達に降り注ぐ。

「まったく、君達は本当にワクワクさせてくれる。こんな状況なのに心が躍ってしかたがないよ!」
「おいおい『こんな状況だから』だろお。おかげで加減も必要無けりゃあ何の後腐れもねえ、どうせ一切が滅ぶんだからなあ」
「確かに君の言う通りだよ、おかげで心ゆくまでやり合える。だがこの世界は終わりやしないさ、僕の友なら絶対に守り抜いてくれる!」

 もうとっくに満身創痍だってのに鼓動は絶えず早鐘を刻み、滾る闘争心は今にもはち切れてしまいそうなくらいに熱く激しく迸る。
 浮き立つ心を吐き出せば相棒は心底からの同意に頷いて、我ながら不謹慎にも程があるが──この時間が永遠に続けば良いのに、とすら考えてしまう。

「さあ、お互い残ったのは最強の相棒同士だ! 燃え尽きる最期の瞬間まで徹底的にぶつかり合おうか!」

 一度点った心火はもう誰にも止められない。此れまで繰り広げられた魂を削る激戦に次ぐ激戦、二転三転と繰り返す熾烈な逆転劇がただでさえ昂っていた彼らのボルテージを最高潮まで跳ね上げた。
 “最強”という無二の称号を願うソウスケとヒヒダルマが決意に吼えれば、二人が掲げし不屈の誓いを顕すように抑え切れない紅炎が爛然と舞い踊る。

「ハッハハ……随分激しく求めてくれんねえ。お熱い野郎は好みだぜえ、おれまで興が乗るじゃあねえかあ」
「君達のおかげさ、その圧倒的な力で僕らの心に薪をくべてくれたんだから!」

 最高幹部の圧倒的な暴威によって逆境に立たされなお諦めず決死の覚悟で追い上げ、とうとう最後の一匹までをも引きずり出せた。それでもなお揺らがなき確信に瞬くアイクは哄笑を響かせて、珍しく浮き足立つように軽い調子で腰へ手を伸ばした。
 だがその確信も当然だろう。残された一匹はこれまで誰も討ち倒すことの叶わなかった絶対強者と君臨する暴君、アイクの相棒にして容易く何もかもを滅ぼす災禍の威力を秘めた黒龍なのだから。

「ああ最高だあ、斯くあるべしだぜえ。こいつも随分ご満悦らしい」
「お褒めに預かり光栄だね、必死に食らい付いた甲斐があるよ」

 力強く掴み取り翳したハイパーボールは抑え切れない凶暴な本能で今にも砕けんばかりにがたがた震え、未だ球の内に秘められているにも関わらず迸る膨大な威圧感に誰もが呼吸を忘れて息を呑む。
 わざとらしく肩を竦めるソウスケが対峙する敵は世界に絶望を齎す災厄の化身、他の追随を許さぬ絶対的な脅威は嫌という程身に染みているが──とうに覚悟は決めている。
 心底を凍らせる恐怖すら溶かす熱き誓い、本能が叫ぶ危険を掻き消す程に烈しく叫ぶ闘争心。この身体を突き破って溢れ出す感情に拳を強く握り締めて向かい合い、最高幹部の哄笑が響き渡った。

「さーあ此処まで至れば加減なんざあ必要ねえ、終幕を飾るに相応しい。来やがれサザンドラァ、目に映る悉くを滅ぼしてやれえ!」

 ついに投擲された黒白球が鋭く虚空を切り裂いて、色の境界から二つに割れるとめくるめく閃光が禍々しき巨影を象っていく。羽撃きと共に纏わり付く光が振り払われて、紅き粒子を舞い散らし顕れたのは何度と人々に絶望を齎して来た黒き龍。
 全身を蒼き強靭な竜鱗に覆われ、胸から上はあらゆる攻撃を遮る漆黒の剛毛。天を掴む三対の禍々しい六翼を持ち、開華の如く逆立つ鬣で獰猛に牙を打ち鳴らすのは三叉の首。
 動くもの全てを喰らい尽くすと言われるきょうぼうポケモンのサザンドラ。暗く閉ざされた荒野のように荒涼とした三対六瞳を瞬かせ、地の底より響くような天を衝く咆哮が轟いた。

「……っ、待たせてすまなかったね、ついに大本命のお出ましか! 肌で感じるよ、相変わらずデタラメ染みた強さだな!」
「当たり前だろお、だからおれ達は最高幹部なんだよお」

 この決戦において既に一度対峙こそしていたものの、心臓を鷲掴みにされるような恐怖に本能が警鐘を打ち鳴らす。開幕の交戦など所詮ただの前戯に過ぎない──これが己の本当の力なのだと誇示せんばかりに。
 漲る未曾有の力が烈々と身を裂いて、身体の芯まで震わす絶対的な力の顕現に忽ち世界が凍り付くような緊張に包まれていく。

「ああ、言われずとも分かっているさヒヒダルマ。最後の最後まで全部出し切ってやる!」

 既にヒヒダルマは“はらだいこ”により攻撃を最大限まで上昇させている、この胸に宿る希望はかつてない程に輝いているが──油断すればたちまち呑まれてしまう程に黒龍の威圧は凄まじい。
 頬を叩いて襟を正し、ヒヒダルマが開いた掌で胸を打ち鳴らして二人揃って気合いを入れ直すと、「それでも僕らは負けやしないさ!」何があっても惑わぬ想いに空へ雄々しく吼えた。

「忌々しい面ァしてやがる、その希望がいつまで続くか愉しみだぜえ」
「あいにく絶望なんて飽き飽きさ、僕らの眼には未来しかない。君達を倒して約束の場所へ辿り着く!」
「良い威勢だあ、失望させてくれるなよ! さあーて最後の晩餐だあ、喰らい尽くせえサザンドラァ!」
「勿論さ、最高に愉しい時間にしようじゃないか。僕らの想いで貫いてみせる、絶対に勝つぞヒヒダルマ!」

 身体の底まで震わす割れんばかりのサザンドラの咆哮が大気を揺るがし、それでも恐怖を越える決意を掲げて吼え猛るヒヒダルマの胸に想いは漲って。
 互いが誇る最強の力で向かい合い、響き渡った咆哮を以ってついに最終決戦の幕が上がった。
 ──刻一刻と決着の時が近付いてくる、いくら願っても時間は待たず愛しい時間は間も無く幕引きの刻を迎えてしまう。泣いても笑ってもこれが最後だ。

「真っ向勝負で打ち崩す、進化した僕らを見るがいい! アームハンマーだヒヒダルマ!」
「虚勢に終わってくれるなよお! サザンドラァ、あくのはどう!」

 凶暴に牙を剥く三叉の砲口から放たれた漆黒の波動は怒濤の奔流と降り注ぐ。空が切り裂かれ、大地が割れて、容易く世界を崩す黒龍の暴威にそれでもヒヒダルマは恐れることなく飛び込んだ。
 翳した両腕が為す剛鎚は逆巻く悪意と真正面から衝突、その一閃に惑いは無い。重く圧し掛かる桁外れの衝撃を大地を踏み締めて押し留め、渾身の力で振り抜けば忽ち闇が切り開かれていく。

「まだだ、一気に攻め込んで撃ち落とす!」
「出来るもんならやってみせろお、もう一度あくのはどうだあ!」

 流れた余波が背後を穿ち派手に爆風が吹き付けて、しかし身を屈めて脚に力を溜める炎狒々は意にも介さず歯を剥き出して歓喜に嗤う。自分達はこんなところで止まらない、心の鋒は彼方を衝いて惑うことなく闘志は閃く。
 跳躍した瞬間に天を仰いだサザンドラが吐き出した膨大なエネルギーは無数に枝分かれして一滴一滴が鋭く大地を穿つ死の雨と降り注ぐが、決意を掲げた二人の瞳に動揺の色など映るはずがない。

「ああ、出来るさ……やらなくちゃいけないんだ! 今更驟雨に怯むものか、フレアドライブで焼き払え!」

 迎え撃つのは彼らが持てる最大威力の大技、全身から一切を照らし出す烈日の光耀が溢れ出した。幾重にも湧き上がる紅炎が世界を忽ち赫く灼き焦がし、己へ収束させると太陽の如き威容を顕し燦然の火球がどこまでも眩く燃え上っていく。
 ──この旅の中で何度と険しい困難に降られた、それでも膝を折ることなく歩き続けて来れたのはかけがえのない仲間が支えてくれていたからだ。どんなに長い雨の先にだって必ず晴れた空があった、顔を上げればいつでも手を差し伸べてくれる友が居た。
 突き出された紅き焔の槍撃は行く手を阻む幾重の闇を切り裂いて、瞬く間にその眼前へと辿り着けば狒々の双瞳と龍の六眸が戦場の中に交錯する。

「ハハ、言ってくれるねえ! だったらその熱血ごと押し流してやるよお!」
「どんな嵐だって乗り越える、無理矢理にでも切り開く! それが僕らの選んだ道だ!」

 荒れ狂う悪意を総て束ねて逆巻く激流が慟哭にも似た音を響かせ空を裂き、爆炎の烈槍と狂瀾の怒濤が真正面からぶつかり合う。
 絶大な威力で鬩ぎ合う譲れない力と力は誰にも抑えられない程に激しく逆巻く。拡散した螺旋が眼下を穿ち、めくるめく閃光が舞い躍る。
 その余波だけで世界は地獄の様相を呈してなおも炎狒々と暴竜は相剋に叫び──押し寄せる螺旋を通して伝わって来る、サザンドラの胸に渦巻く強い激情が。だから、きっと僕らの心も届いているのだろう。

「……そうだなヒヒダルマ、結局みんなそう変わらないんだ。誰だって悩んで、苦しんで、足掻いて、それでもって必死に生きている」
「ったあく、まったくもって目障りな焔だぜえ。道理で此処まで辿り着くわけだあ」

 心底から抱く戦いの愉悦、逆鱗の如く荒ぶる憤怒、求めても終ぞ届かぬ諦観、光無き深淵にも似た深い空虚。幾重にも入り混じった渾沌たる螺旋が澄み渡る宙を切り裂いて爛然と逆巻く。
 大きく息を吐き出したソウスケは刹那かすかに瞳を揺らし、すぐさま拳を握り締めて対する敵を睨み付けた。

「だけど……だからこそ決めたこの道を譲れない! どんな暗闇だって絶望だって、全身全霊を懸けて灼き尽くす!」

 燦然の太陽はその余波だけで大地を紅く焼き焦がし、波動が空を黒く染め上げ、互いに譲れぬ鬩ぎ合い──その趨勢が次第に傾き始めて、とうとう拮抗が崩れると忽ち堰を切るようにとめどなく紅蓮が溢れ出る。
 煌々と炎上する焔槍が突撃すれば爛々の烈日が瞬く間に一帯を焼き払い、絶え間なく繰り返される爆轟に戦場は忽ち燎原へと姿を変えていく。

「ハ、大した威力だあ! よくも此処まで強くなれたなあソウスケェ!」
「僕らが目指すのは最強だ、このくらいは出来なきゃ到底辿り着ける筈が無いだろ?」
「だぁが……まだ足りねえ、その程度で頂点を越えられやしねえよお。無駄な足掻きご苦労なこったあ!」
「忠告助かるよ、だったらもっともっと強くなれば良い。そうやって僕らはここまで来たんだ!」

 ──そうだ、この旅に無駄なことなんて一つも無かった。皆で共に歩んだ道も、仲間と立ち向かった困難な試練も、友と過ごす穏やかな時間も、悔しさに震える敗北の記憶も、この旅路の全てが繋がって此処に在る。
 逆巻く闇を切り裂いて音すら抜き去る超高速で灼熱の鋒鋩を突き付けるが、渾身の力で迎え撃つ双首により僅かに軌道を逸らされ後方へ受け流されてしまう。
 それでもせっかく掴みかけた好機だ、まだまだヒヒダルマは止まらない。脚から噴き出した炎で方向転換、急加速して振り向き様の黒竜の背後を奪うと両掌を組んで鉄槌を作り、「これならどうだ、アームハンマー!」無防備な背中目掛けて渾身の力で振り下ろした。

「そうして必死に足掻いた現在がテメェらの限界だろうがあ。だいちのちからァ!」
「まずいヒヒダルマ、跳躍して躱すんだ!?」

 だが三つ首の龍に死角は無い。六翼の羽ばたきで身を翻せば僅かに脇腹を掠めて躱されてしまい、歯を食い縛りながら着地した時には既に足元が赤くひび割れていた。

「ハ……そう易々と逃すかあ。こんだけ求められりゃあよお、おれの想いも受け取ってもらわねえとなあ!」

 地響きと共に忽ち拡がる亀裂から夥しい赤光が輝いて、咄嗟に高く跳躍するが黒龍の大顎が瞳に飛び込んで息を呑む。足元から湧き出した岩漿が戦場全体へ拡がる程の規模で宙を焦がし、眼前で放たれた漆黒の奔流が空を切り裂いた。
 視界一切が破滅に覆われ、それでもむざむざとやられるつもりはない。急加速して更に速く、更に高く──誰にも追い付けない速度で青空まで過ぎ去るヒヒダルマには届かない。

「……フ、諦めるくらいなら夢なんて見ないさ! 限界なんてぶち壊せばいい、僕らは僕らの道を征く!」
「だろうなあ、そういう奴だあテメェらはあ。熱い野郎は嫌いじゃあねえ!」

 太陽を背に構える炎狒々を仰いだサザンドラの六眸が刹那眩しそうに細められ、だがすぐさま咆哮を響かせ砲口に漆黒の粒子が舞い散る。

「かつての君達も同じだったはずだ。だから失望したんだろう、限りあるこの世界の狭さに! まだまだ切り込むぞ、いわなだれ!」
「それがどうしたあ、今はすこぶる気分が良い! 幕を引くのは口惜しいがあ……あくのはどう!」

 ヒヒダルマが両腕を翳して頭上から無数の巨岩が暴竜を押し潰さんと降り注ぎ、しかし迎え撃つ波動がでたらめに振り抜かれるとその悉くが容易く粉砕されてしまう。
 無論意にも解さぬことなど承知の上だ。すかさず飛散する岩礫の中へと飛び込み力強く破片を殴り蹴り付けて、サザンドラ目掛けて機関銃のごとく連続で撃ち出すが唸る暴威は意にも介さず弾丸ごと炎狒々を飲み込まんと溢れ出した。

「まだまだ幕は上がったばかりさ。真正面から受けて立つ! 接近戦に持ち込むぞ、アームハンマー!」
「ハ、その切っ先を通すかよお! 威勢ごと呑み込んでやれえサザンドラァ!」

 臆せば勝機は逃げていく、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。渾身の拳を掬い上げるように振り上げれば軌道が外れた螺旋は宙の彼方へ呑み込まれ、点火したヒヒダルマが空を切り裂き一気に眼前まで距離を詰める。
 だがサザンドラ程のポケモンをそう易々とは捉えられやしない。身体を捩って天地を反転させれば六翼で力強く羽撃いて鉄槌は虚しく空を裂き、急降下で躱しながら瞳に後隙を晒す狒々を捉えて砲口に暗黒の粒子を湛えた。

「僕らはまだまだ進み続ける、夢に向かって……もっともっと速く!」

 諦めるにはまだ早い、速度はヒヒダルマが上回っている。すかさず四肢からの噴流によるジェット推進で急上昇して、空一面を呑み込む漆黒の波動も眼下から迫る黒龍も何もかもを置き去りに遥か空へと舞い上がった。

「今度こそ逃さない、最後に勝つのは僕とヒヒダルマさ! アームハンマーだ!」

 全体重を乗せて翳した双拳を掲げて超高速で急降下。身を翻した黒龍へついに渾身の一撃が届いて、六翼の羽ばたきによる制動も虚しく凄まじい勢いで背中から地面に叩き付けられた。
 その衝撃は大地が深く陥没し周囲が割れてようやく収まる程だ、たとえ全身を硬き竜鱗に覆われたサザンドラであろうと多少は傷になっただろう。

「やりましたか!?」
「いいや、悔しいが今のは浅かった……!」

 ──直撃させられたなら、の話だが。命中した瞬間の感触が浅い、恐らく衝撃を最大まで流されその上で防がれてしまったのだろう。
 ならばまだまだ攻め立てる。舞い上がる砂塵の先に揺れる影を目掛け地を蹴り付けて急接近したヒヒダルマだが、果たして黒竜の姿はそこに無い。
 瞬間迸る莫大な力の顕現に身体の芯まで恐怖で竦み──見上げれば黒龍は大仰に宙を仰いで、天を衝く咆哮が轟いた。

「良いねえ……テメェも随分昂りやがる、本能の赴くままに暴れりゃあ良い。さあ解き放てえサザンドラァ、りゅうせいぐんだあ!」

 青く澄み渡る空に幾つもの閃光が軌跡を描き、時が止まったように世界が恐怖に凍り付いた。大気圏を越えた無数の星々が晴れ渡った宙に烈々と瞬き、天地鳴動の衝撃が降り注いでいく。
 それは一切を灰燼へ還す絶望の凶星、地形を変えてしまう程の甚大な威力を以って悉くを滅ぼすドラゴンタイプ最強の大技“りゅうせいぐん”だ。

「ついに……来ちゃいました! 何か秘策はあるんですかソウスケさん!?」
「決まってる、今出来ることをやるだけさ! なんとしてでも躱してくれ!」

 咆哮を響かせ迸る気炎が恐怖を焦がし、不撓不屈の闘争本能が激しく身体を滾らせる。
 眩く天を裂く幾重もの流星が眼前に迫り、しかしそう易々と捉えられるヒヒダルマではない。四肢から迸るジェットで最大限まで加速して縦横無尽に飛び回り、超高速で星と星の狭間を駆け抜けていく。

「……っ、大丈夫か!? まだ無事だよなヒヒダルマ!」

 眼下では隕石が深く大地を穿ち、幾度と吹き荒ぶ爆轟の果てに悉くが滅ぼされていく。余波だけでも苛烈な衝撃にそれでもソウスケは大地を踏み締め必死に耐え抜き、友の名を叫ぶが掻き消されてしまい。
 一切に終焉を齎す圧倒的な力を前になおも炎狒々は星を振り切り、しかし辛うじて紙一重で躱し続けたその先で眼前に隕石が躍り出た。

「どうすんだソウスケ、避けられねえぞ!?」
「愚問だな、真正面から切り開く! フレアドライブだヒヒダルマァ!!」

 咆哮を轟かせればいっそう激しく紅蓮が滾り、龍星と焔槍が派手な衝突音を響かせ正面から激突。
 宙に灼熱を噴き上げ激しく鬩ぎ合う烈日と蒼星、しかしなお激しく闘志を点すヒヒダルマが叫べばついに竜星がひび割れて、忽ち亀裂が広がりついには粉砕しその先へ駆け抜ける。
 何度とこの地上に破滅を齎して来た黒龍へ鋒を突き立てて、しかし穿つまでには至らない。構えていたサザンドラが旋回して脇腹を掠め躱されてしまい、烈火の鎧を脱ぎ捨てた瞬間袈裟斬りに振り抜かれた尾の一薙を食らってしまった。

「……ああそうだ、このおれ達に刃向かうんなら星一つ壊せねえと張り合いがねえ。分かってんなサザンドラァ!」
「何が相手だろうと受けて立つ。行く手を阻む壁も星も絶望だって、僕らの道を遮るものは突き破って貫き通すさ!」

 主人から掛けられた言葉に振り返ることなく頷いた黒龍は体毛に隠していた白い一葉を口に含んで、数度咀嚼してから飲み込んだ。
 それは下降した能力を元に戻す持ち物“しろいハーブ”。ドラゴンタイプ最強の大技であるりゅうせいぐんはその発動に莫大な力を要する、反動でぐーんと下がってしまった特攻をリセットしたのだ。

「……っ、それでも僕らの心を届かせてやる! もう一度アームハンマーだ、無理矢理にでも打ち崩す!」
「良いぜえぎらぎら滾るその闘志、まだまだ愉しませてくれよなあ! あくのはどうで撃ち落とせえ!」

 技を発動せずとも相当の衝撃で殴り飛ばされそれでもすかさずジェット推進で切り込んで、眼前に爆ぜる怒濤を越えて拳を翳すが「ばかぢからァ!」紙一重の差で殴り付けられ叩き落とされてしまう。

「だったら……いわなだれ、撹乱して無理矢理隙を狙う!」
「おいおい足場かあ、みみっちいことしやがんなあ!」

 咄嗟に腕を盾と翳して手傷は抑えられた、まだまだ僕らは諦めやしない。歯を食い縛って痛みを堪えすぐさま体勢を立て直すと上空で羽撃くサザンドラを睥睨、両腕を翳せば岩礫が降り注ぎ四方八方から襲い掛かる。
 だが六翼の羽ばたきは自在に天を掴む、黒龍が容易く間隙をすり抜けながら用心深く構えれば炎狒々は岩を足場に超高速で飛び回り。

「聴こえてるぜえ、真後ろだあ!」
「嘘だろ!? っ、フレアドライブだ!」

 宙を躍る岩石を蹴り付けて次々と空を飛び交いついにその背後を奪うが──力強く大岩を蹴り飛び出した瞬間に振り返ることなく六翼から“あくのはどう”が解き放たれた。あまりにも意表を突かれたがヒヒダルマは咄嗟に身体を捻り辛うじて間隙をすり抜け、真横を通り過ぎ様にジェットの推進力で方向転換。

「すごいですソウスケさん、あんな不意打ちにも対応するなんて!」
「にしてもやべえなサザンドラ、まだまだ底が見えやしねえ……!」

 続けて眼下へ躍り出た炎狒々を押し流さんとと三つ首の砲口から闇が吐き出されるが、噴き出した焔で無理矢理引き裂き更に激しく一息に突進。ついに目と鼻の先まで迫っていく。

「もう一度撃ち落としてやれえ、ばかぢからぁ!」
「そうはいかないさ、加速しろ! アーム……ハンマァーッ!!」

 そして黒龍が剛腕を発起した瞬間に狒々が苛烈な速度で急上昇し、鎧を脱ぎ捨てて振り翳した渾身の鉄槌が胸部を渾身の力で殴り付けた。拳がめり込んで凄まじい勢いで遥か上空へと吹き飛ばされたサザンドラは力強く六翼を羽ばたかせ、吹き飛ばされながら膨大な飛瀑が降り注ぐ。
 空中を自在に舞い踊り次々に交わしていくヒヒダルマだが幾重にも荒れ狂う波濤を避け切れずに死角からの一閃に直撃、左半身を穿たれ墜落してしまった。

「おいおい……あんまりガッカリさせんなあ。テメェらの進化はその程度じゃあねえだろお?」

 打ち上げられたサザンドラは羽ばたきで空中制御し天に聳え、対するヒヒダルマは歯を食い縛りながら体勢を立て直して地上を踏み付けた。
 だが──現実はあまりにも厳しかった。これでも未だ駄目なのかと思わずエクレアは絶句して、予想していたとはいえ大した傷になっていないという事実を目の当たりにしたレンジも思わず歯噛みする。

「そんな……効果抜群の一撃ですよ!?」
「っ、やっぱやべえな奴の耐久力!」
「心が躍るね、倒し甲斐があるじゃあないか。雨垂れ石を穿つ、斃れるまで何度だってぶち込むまでだ!」

 ヒヒダルマの攻撃力は素の状態でさえ伝説のポケモンに匹敵──或いはそれ以上──とも謳われ他の追随を許さぬ強大なものだ。それが“はらだいこ”によって極限まで高められている、だのに黒龍は軽く首を振ると何でもないみたいに体勢を立て直してみせて。
 しかしそんな二人と裏腹にソウスケは歓喜に哄笑を響かせヒヒダルマも肩越しに力強く頷いてみせる。オルビス団最高幹部アイクとの交戦はいつだって絶望的だった、今更この程度騒ぐ程の事実ではない。

「灰へ還るには速ェぜえ、まだまだ愉しませてもらわねえとなあ! だいちのちからァ!」
「冗談、面白いのはここからだろ!? 覚悟したまえ、僕らの本気はこんなものじゃあない!」

 追撃とばかりにサザンドラが怒号を轟かせれば戦場全てが赤熱して亀裂が走り、紅く光が瞬いて直後に岩漿が柱と湧き上げる。咄嗟に体勢を立て直したヒヒダルマは急上昇して多少背中へ浴びせられながらも大きな傷になる前に持ち直した。
 流石のソウスケも眉間に皺を寄せるが、肩で息を吐きながら着地したヒヒダルマが振り返って力強く笑ってみせる。

「そうだな、そうこなくっちゃ。望み通りまだまだ僕らの想いをぶち込んでやるさ、何度だって食らい付いてやる! アームハンマー!」
「それで良い、この程度じゃあおれ達の渇きは満たされねえ。とことんまでやり合ってもらわねえとなーあ……あくのはどう!」

 猛然と駆け抜けて掲げた拳は寸前で躱されてしまうが、脚からのジェットを浴びせて一瞬生まれた隙を突いて懐に潜り込み、渾身の力で鉄槌を叩き込む。
 だがサザンドラは両腕の防御で負傷を最低限に抑え返しの太刀と激瀧が噴き上げ、纏いし烈鎧で防ぎ切った炎狒々がなおも叫んで拳を振り上げたその刹那。
 ふと背筋を走る悪寒にすかさず飛び退った次の瞬間に三叉の波槍が突き出されて鼻先を掠め、更に六翼の先端から迸る光線は避け切れず無理矢理腕で振り除けて、辛うじて凌いで息を吐き出す。

「本当に馬鹿げた強さだな、流石は最高幹部の相棒だよ……!」
「余計に火が点くってかあ! その灯火もすぐに掻き消してやるよお、あくのはどうだあ!」
「今更僕らの希望を消せやしないさ、此処までずっと守り続けて来たんだ! 行くぞヒヒダルマ、アームハンマー!」

 黒龍が三首六翼の全砲門を翳して堰を切る膨大な奔流は、その軌跡を絶望色に染め上げ一切に破滅を齎さんと凄まじい勢いで押し寄せる。
 対するヒヒダルマは渾身の力を込めた双拳を振り翳し、漆黒の波濤と全霊の鉄槌が真正面から激突した。

「君は言ったな、世界なんて終わっても良いと!」
「あーあ構わねえ。退屈なだけなら赦せるぜえ、だがよーお……」

 純然たる力と力の鬩ぎ合いで次第に黒く塗り潰されていく空を仰いだ少年が、眉間に皺寄せながら問い掛ける。徐に瞼を伏せた最高幹部の気怠げな眼差しが力強く瞬くと双眸に揺らがなき憤怒と失望が宿り、サザンドラの六眼が激情を露わに見開かれた。
 今でも決して忘れることはない、アイクの脳裏に鮮明に過ぎる。“善”でも“悪”でも無くただのポケモントレーナーとして歩んで来た旅路、その中で出会った数え切れない人々から向けられた恐怖を。

「行き場の無え奴らを虐げる此の世界なんざあ、いっそ滅びちまえばいい。それが奴らの散々繰り返して来た在り方だあ!」

 誰もが畏れた、誰もが恐れた、誰もが怯え“群”という力を以て排斥した──己と似て否なる違うカタチを。分かっている、“世界”にそぐわぬ者に居場所が無いのは当然の道理だ。だがそんなくだらない“理”に従ってやる理由など一切無い。
 なおも鬩ぎ合う力と力は天をも絶望に染め上げて、激浪が更に威力を増していく。ただ衝動の赴くままに暴れるのではなく、絶対に敵を倒すのだという凶悪な敵意の発露に呼応して。

「それでも……僕はこの世界が好きだ! 友と夢を語り合う時間も、皆で過ごした馬鹿げた日々も、痛みも悲しみも全部!」
「ハ、テメェらからしたらそうだろうなあ! だが……おれにとっちゃあこんな世界に価値はねえ! この世界ごと終わりやがれえ!」

 肺いっぱいに息を吸い込んで、抑え切れない想いごと一気にソウスケが吐き出した。
 応えるアイクのそれは、きっと心からの叫びだった。誰からも受け入れられなかった孤独、宛て無く彷徨い続けて終ぞ世界に居場所を見つけられなかった。何処に辿り着くことも出来ない彼らが惹かれ合ったのは必然だったのだろう。
 けれど、今の彼らを見過ごすわけにはいかない。「この世界を守る為」だとか人に誇れる立派な理由ではない、ただそんな彼らの姿がまるで自分のことのように鋭く胸に突き刺さったから。

「君達に何があったかなんて分からない、だがその痛みは戦いを通して伝わって来る! だから──」

 もし、ジュンヤとメェークルが居てくれなければ……僕らはどこへ辿り着けたのだろう。
 嫌でも伝わって来てしまう、彼らを覆う深い絶望の帳が。激しく降り注ぐ瀑瀧が何もかもを飲み込んでいく、ヒヒダルマが歯を食い縛るが全門から堰を切る純黒の暴威はなおも激しく迸って。
 一切が闇に包まれた。禍々しく押し寄せる激浪が大地を深く貫いて、世界に大きな空洞が穿たれていく。

「大丈夫ですかヒヒダルマ!?」
「だから僕らが希望を灯す! オルビス団になんて絶対負けやしない、全てを懸けてぶっ倒してやる!」

 しかし暗黒の底に微かな灯が零れ、次の瞬間に闇を裂く劫火が絶望に染まる奔流を内側から激しく焼き尽くしていく。サザンドラが微かに口角を歪めて哄笑すれば炎と波濤の荒れ狂うその先でヒヒダルマも興奮を露わに瞳が滾り、いっそう激しく噴き出した。

「フレアドライブで貫けえ!!」

 降り掛かる悉くの闇を灼き払いし焔槍が咆哮と共になお激しく燃え盛り黒龍を鋭く直撃した。甚大な爆轟が空をも紅く染め上げて、地平線まで届く程の勢いで吹き飛ばされたサザンドラだがすぐさま六翼で体勢を立て直し炎狒々を喰らわんばかりに苛烈に迫る。

「は、そいつあ愉快だねえ! だったらとことんおれ達を愉しませてみせろお!」
「ああ勿論さ! 君達にも心の底から楽しんでもらわないとな!」

 炎が迸り悪意が逆巻く、拳と拳が激突すれば空には岩礫が降り注いで大地は赫く沸え滾る。本能の赴くままに荒ぶる闘争心、ぶつかり合う力と力──天地の狭間で星の理すら知らない二匹は引力に囚われることなく自由に飛び回り、地上では二人の戦士が心底からの愉悦に吼えて睨み合う。
 互いにどこまでも高め合い最早誰も追い付けない極限領域にまで辿り着き、一進一退の攻防が繰り広げられて激戦に猛る炎狒々が雄々しく叫び、荒ぶる黒龍が怒号と吼えた。

「君は一体何をするつもりなんだ、終わってしまった世界の中で!」
「さーあなあ、死ぬまで戦い続けるのも悪かあねえ!」

 莫大な力が溢れ出して、鬩ぎ合う灼焔と波動に天も地も世界が全て呑み込まれていく。忽ち灼け爛れていく大地、黒く塗り潰された大空、それでも戦いは止まることなく動き続けて二匹が咆哮と共に構える。

「そうやって戦い続けた果てに何がある!? 一気に攻め込むぞヒヒダルマ、アームハンマー!」
「決まってんだろお、愉悦が残りゃあ十分だあ! 迎え撃てえサザンドラァ、あくのはどう!」

 幾重にも渡る螺旋の荒波を次々に躱し、避け切れなければ払い除けて直撃を防ぎ一気に距離が詰められていく。ならばと狙いを定めて粒子を湛える砲口を携えた三つ首の眼前へ躍り出たヒヒダルマは、螺旋が解き放たれるより速く両腕を翳して渾身の力で振り下ろした。

「気持ちは分かる分返す言葉が無いよ! これで……どうだあっ!!」
「テメェのその愚直さは嫌いじゃあねえ。サザンドラを舐めすぎだぜえ、もう一度あくのはどうだあ!」

 鉄槌が剛毛に覆われた胸部に直撃して渾身の力で殴り墜とされた黒竜が凄まじい勢いで背中から地面へ衝突、余りある威力を受けて大地に深くクレーターが刻み込まれた。
 しかしチャンピオンにすら匹敵する強さを持つ最高幹部、その相棒たるサザンドラの力たるや想定を容易く上回る。すぐさま鎌首をもたげ六翼を羽撃かせると負傷をものともせずに飛翔して、たった今穿たれた陥没の底から瞬く間に眼前へと迫って来た。

「しまっ……!?」

 そして──全ての砲門から一斉に溢れ出した激流が一切を喰らわんと迸り、咄嗟に腕を盾と構えたヒヒダルマごと何もかもを破滅の淵へ呑み込んでいく。
 大地が割れて空が呑まれる、見える景色を漆黒に塗り潰していく奔流に忽ち世界が崩れ落ちて、響き渡る爆轟の果てに舞い上がる砂塵が地上を覆いつくした。
 数瞬間吹き荒れた暴威は悉くを滅ぼしてやがて鎮まり、膨大な漆黒に覆われた宙が次第に色を取り戻していくと力無く墜落した炎狒々は頭から地面に衝突してしまう。

「……ヒヒダルマ! こんなところで僕らの夢は終わらない、まだ戦える……そうだろ!」

 ……暫時の静寂が冷たく響く。視界が閉ざされてしまった焦土の中でなお用心深く最高幹部と黒竜が身構え、観戦しているエクレアとレンジが友を信じたいと思いながらも緊張に呼吸すら忘れて息を呑む。
 それでも、少年の眼は爛然と瞬いていた。如何な窮地に在ろうと絶望なんてすることなく、どこまでも揺らがなき友への信頼に真っ直ぐ戦場を見据えて。
 瞬間、砂塵の奥で火花が散った。晴れゆく景色へすぐさま砲口へ粒子を湛えたサザンドラが、耳へ微かに響いた風切り音に振り返りその六眸で飛び込んで来る炎狒々の軌跡を捉えた。

「まだまだ僕らが終わると思うな! 諦めない限り可能性に終わりなんてない、何度転んでも必ず起き上がる!」
「い、良いぞソウスケ、ヒヒダルマ! それでこそおれさま達のライバルだ、こんなところで倒れる奴らじゃねえよなあ!」
「おーいおい、コレでも倒れねえとはなあ……! まぁだ立ち上がりやがんのかよおテメェらはあ、期待を裏切らねえなあ!」

 構える黒竜に対して爆風が砂塵を吹き飛ばし、息を荒く目を見開いて肩で激しく息をしながらも意識を失うことなく構えている。
 レンジが歓喜に叫んでアイクも悦びに高らか嗤う。ここで終わっては楽しくない、まだまだ饗宴を愉しむのだと。

「当たり前だ……! 此処で倒れるわけにはいかない、僕らには守るべきものがあるからな!」
「ハッハ、くたばり損ないがあ! 良いぜえ……望み通り徹底的に踏み潰してやるよお!」

 ──あの日全てを失ったジュンヤはずっと俯いて塞ぎ込んでいた。当然だ、いつまでも続くと思っていた変わらない日常が一夜にして崩れ去ってしまったのだから。
 もう駄目かもしれない、或いは一生立ち上がれないかもと……頭では理解出来たとしても、処理し切れるはずのない過酷な現実を前にそう思った。けれど友は自分が知っているよりずっとずっと強かった、ついには絶望の中に微かな希望を掴み取り立ち上がるにまで至ったのだから。
 大切な人に支えられ、帽子の下に弱さを隠して強くなろうと己に誓って。

「君の守りたいものは絶対に僕が守ってやる、帰る場所なら此処にある。だから……信じてるぞジュンヤ」

 これまでに受けた傷と最大限の出力を出し続けている反動で、既に満身創痍を越えている。肉体はとうに限界を迎え、なお点る微かな灯火が無理矢理身体を支えている。
 それでも心を滾らせればまだ身体は動かせる、最後の最後まで諦めない。大切なものを守るという願いを掲げて、いつだって絶望へ立ち向かい逆境を切り開いて来た友のように……この身が尽きて灰へ還る最期の瞬間まで戦い続けてやる!

「……まだだっ! まだ終わらないさ、アームハンマーだヒヒダルマ!」
「本っ当にしつこい野郎だあテメェらはよお、堪らねえぜえ! あくのはどうだあ!」

 弾き出されたヒヒダルマの振りかぶった右拳は半身を切って躱されて、黒竜の左首から放たれた悪意の光線が顔面に迫るが寸前で翳した右腕の側面を這わせて軌道を逸らし辛うじて凌ぐ。
 続けて左拳と双頭が渾身の力で激突。力づくで押し切らんと腕に力を込めた瞬間に中心の首が漆黒の粒子を湛えるが、そんな横暴を許すはずがない。悪意の解放より速く振り抜かれた右拳で思い切り顔面を殴り付け、凄まじい勢いで吹き飛ばした。

「言ったろ、僕らは絶望なんてしないと! どんな闇さえ照らしてみせる、フレアドライブで貫けっ!」

 すぐさま羽ばたき無理矢理制動、すかさず迎え撃つ悪意の波濤は鎧の如く身に纏った日輪の耀きを侵蝕するまでに至らない。

「だったら真正面から迎え撃てえ、ばかぢからあ!」

 赫陽の穂先が凄まじい威力で腹部を穿ち、繰り返される盛大な爆轟の中で大地へ墜突しなお収まらない衝撃に地面が深く大きく穿たれる。しかし爆風の渦中で咆哮を轟かせる黒竜の口元には歪な嗤いが浮かんでいて、気付いた時にはもう遅い。
 離脱しようした瞬間に違和感を覚えたヒヒダルマが左肩を一瞥すれば何でも砕く尖鋭な剛牙に力強く噛み付かれていて、咄嗟に引き剥がそうと腕を振り上げた瞬間構えた黒竜の双拳に掬い上げるように渾身の力で殴り飛ばされてしまった。

「ハハ、その身体じゃあもう痛みも分からねえだろお?」
「っ、肉を切らせて骨を断つか……!? ヒヒダルマ!」
「まさか……大丈夫ですか!?」
「おいソウスケ、こんなところで終わんじゃねえぞ!!」

 弧を描いて山なりに宙を舞う炎狒々は無抵抗に頭から墜落して、指一つ動かすことなく蒼天を仰ぐ。ただでさえ体力を削って“はらだいこ”を発動していたのだ、その上で絶大な力を誇る黒竜と渡り合っているのだからいつまで意識が保つかも分からない。
 或いは今の一撃で、もう。刹那の静寂に最悪の状況まで思考を巡らせ呼吸を忘れて叫ぶ二人を制するようにソウスケが右腕を振り払い、上着の襟を正すとふと不敵な笑みを浮かべた。

「──僕達はいつでもどんな時でも、同じ心で繋がっているんだ。僕らはまだまだ先へ行く、見果てぬ夢のその果てに辿り着いてみせる!」
「さっきまでの威勢はどうしたあ。失望させてくれるなあ、消火不良で終いなんて言わねえよなあ?」
「大丈夫さ、ヒヒダルマはこんなところで終わらない! 絶対に立ち上がってくれる!」

 ソウスケの声が響いた瞬間、力強く目を見開いたヒヒダルマが飛びそうになる意識を咆哮で無理やり繋ぎ止める。その身体からはなおも僅かに焔が噴き上げて……辛うじて、未だに息は絶えていない。
 だから最高幹部に容赦など無い、最大限まで警戒を露わに見下ろすサザンドラが構えた砲口に黒き粒子が逆巻いた。

「だったら斃れるまで何度だろうが消し飛ばあす! サザンドラァ、あくのはどうだあ!」
「……僕らは絶対に諦めない、無理にでもその喉元に喰らい付いてやる! ヒヒダルマ、アームハンマー!」

 押し寄せる膨大な波動を掲げた拳によって無理矢理軌道を逸らして、力強く地を蹴り弾き出されたヒヒダルマが瞬く間に眼前まで距離を詰めて拳を振り翳した。
 迎撃はもう間に合わない。咄嗟に構えた六翼による防御の上から最大限の力で殴り飛ばした瞬間に「フレアドライブだっ!!」炎狒々の全身から灰塵の劫火が噴き上がり、音を越え突き出された焔槍が黒龍の胸を深く貫いた。

「だけどまだ……この程度じゃあ奴を倒せない! もう一度アームハンマーだ、今度こそぶっ飛ばす!」
「よおく理解してんねえ、これで斃れるようなら最高幹部の名折れってなあ。迎え撃てえサザンドラ、もう一度あくのはどう!」

 遥かどこまでも広がる青空に呑み込まれた黒竜を逃しはしない。爆風を越えて押し寄せる禍々しい激流を力づく切り裂いて、空中で制止したサザンドラに数瞬間で追い付いた。咄嗟に身を躱し殴り付けるヒヒダルマだが、頬を掠って紙一重で躱されてしまった。
 左腕を噛み砕かんばかりの顎力で喰らい付かれ、掴んで離さないまま有無を言わせず急降下していき瞬く間に迫る大地が赤熱していく。

「そろそろくたばりなあ、だいちのちからあ!」
「しまっ、このままじゃ……フレアドライブで防ぐんだ!」

 無理矢理右拳で頬を殴り付け一瞬力が緩んだ刹那に思い切り身を捩り、遠心力を利用して力任せに引き剥がして咄嗟に大技を発動するが、流れ出す赫き岩漿が忽ち炎狒々を呑み込んでしまう。

「まだだ、僕らは絶対に諦めない! 僕らを誰だと思っている、いずれ最強になる男だ!」

 それでも“フレアドライブ”は掻き消せない、溶け爛れた大地を知らないように弾き出された炎狒々は瞬く間に黒竜の眼前まで切り込んだ。
 最早ヒヒダルマも完全燃焼が近付いて、ほとんど本能の赴くままに戦っている。もう間も無くで微かに残された灯火さえも掻き消えてしまう、だから──力尽きてしまうその前に決着を付ける、最後の最後まで立ち向かう。

「行くぞヒヒダルマ! 友と交わした約束を果たす為に……勝ぁつ!!」

 瞼を伏せれば鮮烈に蘇る。耐え難い悲劇に見舞われ強く在ろうと帽子で素顔を隠すその前の、あの日の幼く無垢な笑顔を。
 力無く左腕を垂れさせながらなおも熱く誓いを湛える。此処に来て更に熱は高まり、天を衝く咆哮が響き渡って世界を照らし出す熱が迸る。

「全力で攻め込むぞ、アームハンマー!!」
「昂ってんねえ、絆の力ってえ奴かあ! あくのはどうだあ!」

 三つ首と六翼が波動を湛え一斉に砲撃するが目にも留まらぬ超高速で押し寄せる悪意の間隙をすり抜け、渾身の力で振り抜いた右拳で頬を殴り付ける。

「っ、しかたねえ。だったらばかぢからあ!」

 互いの渾身を込めた力の衝突は当然最大限の力で臨むヒヒダルマが上回る。持てる限りの力で殴り飛ばした瞬間に吹き飛ばされたサザンドラはすぐさま体勢を立て直すが、既に炎狒々は右腕を高く翳していて。

「そうさ、僕らは弱い……皆に支えられて強くなれた! だから限界を越えて戦えるんだ、いわなだれ!」
「っ……ハハハァ、これだよこれえ! 血が沸騰するこの感覚堪らねえなあ、だいちのちからあ!」

 反撃の隙など与えやしない、間髪を入れずに巨大な岩石が次々に降り注ぎサザンドラが岩の雪崩に呑まれ埋もれていく。
 だが天災にも匹敵するその力はやはり絶大だ。すぐさま怒号を轟かせ降り積もる瓦礫を吹き飛ばすと大地が忽ち赤熱し、莫大なエネルギーが紅く烈々と流れ出していく地獄の様相が呈される戦場に岩漿が何もかもを飲み込んでいく。
 それでも炎狒々には届かない、既に離脱していて何もかもが降り止んだ後にソウスケの眼前へと軽やかに降り立った。

「はぁ、はぁ……フフ、これで最後だなヒヒダルマ」
「ハッハ、バカを言いやがってよーお。良いぜえサザンドラァ……テメェのやりてえことは理解ってる」

 凄まじい激戦により荒れ果てた戦場に向かい合う二人と二匹。歯を剥き出しに目を見開いて今にも意識が途絶える瀬戸際に立つヒヒダルマに対して、サザンドラは呼吸が荒く肩で息をしながら好敵手を前に怒号と吼える。

「なあアイク! 僕とポケモン達はこの旅の中で数え切れない出逢いと別れを繰り返して来た!」
「ハ、みてぇだなあ! 辿り着いた場所はおれ達と大違いだがよお!」
「だから──」

 主人の意志に応えるように力強く黒竜が頷くと天高くへと舞い上がり、禍々しい六翼を拡げ三つ首で無限に広がる宙を仰げば忽ち世界が緊張に凍り付いた。
 相棒と心を一つに叫ぶ炎狒々が酷く荒れ果てた戦場を確かに足で踏み締めて、全身から噴き出した紅炎が不撓不屈の鋒鋩を顕すようにどこまでも熱く迸り。

「──ああ、この旅は本当に楽しかったよ」

 この瞬間が永遠に続いて欲しい、いくら願っても時間は止まってくれやしない。刹那にも似た長き死闘がもう間も無くで決着を迎える。
 様々な感情が渾沌と入り混じりかつてない程に絶え間無くばくばくと脈打つ心臓を少年が心底愛おしそうに握り締めて、永きに渡る渇望の果てに漸く巡り逢えた好敵手にいつ以来か高鳴る鼓動を感じて青年が何を思うか瞳を揺らし徐に瞬いた。

「分かっているさヒヒダルマ、この一撃に総てを懸ける! この旅で積み重ねて来た僕らの軌跡──全身全霊の希望をぶつけてやろう!!」

 ──瞼を伏せれば、皆で紡いできた輝ける旅路が鮮明に脳裏に蘇ってくる。出会いと別れを繰り返して来た人々の背中が、僕らを強くしてくれた仲間の姿が、共に歩み共に生きてきた幼なじみの笑顔が……皆に支えられてようやく此処まで辿り着けた。
 振り返った相棒と視線を交わして頷き合う。永い夜だって灼き払い、遠き黎明へ辿り着いてみせる。恐らく次が最後の一撃、決して悔いを残しやしない。

「終わらせてやる! 暗闇も絶望も……全てを焼き尽くして!!」
「此処まで随分掛かったなあ、テメェに刻み付けた憤怒も激情も……総てを解き放てぇ! サザンドラァ、りゅうせいぐんだあ!」

 ……あの頃は、自分もアイクも純粋だった。これはまだ主人が何者でもなく、己がモノズだったいつかに初めて教わった技。
 そして身体の芯まで竦み震わせるサザンドラの嵐の如き慟哭が轟けば、澄み渡る宙に蒼き龍光が閃いた。それは地上一切を滅ぼし尽くす壊劫の凶星、繰り返される凄惨な悲劇と堕ち続けていく空虚の果てに彼らが辿り着いた絶望の境地。
 大気圏の彼方でめくるめく夥しい星々が灼爍と駆け抜けて、嵐の如き幾百の閃条が全てただ一つの星へと束ねられた。

「嘘だろ、デケえ……デカすぎる」
「あんなもの、どうすれば……!?」
「は、ははは……流石だよ!! 流石は最高幹部の相棒だ、倒し甲斐があるじゃあないか!」

 太陽をも喰らう程に凄烈な暴威を以て蒼く天翔ける超巨星に天まで震え大地が割れて、未曾有の衝撃が瞬く間に地上一切を灰燼へ還さんと降り注ぐ。
 それでも声高らかにソウスケが笑い歯を剥き出しにヒヒダルマが頷く。最早可笑しくなったのか、まだ諦めていないのか……その瞳には猛火の希望が爛然と燃えて、揺らがなき双眸は惑うことなく壊劫の巨星を見上げていた。

「言ったろ、『星を墜として龍を撃つ』と。真正面から迎え撃つ、これが僕らの最後の一撃!!」

 相棒が天を衝く咆哮を響かせ翳したのは灼熱を凝縮したように緋色に輝く力の結晶“ほのおのジュエル”。強い決意に呼応して炸裂すればその身体が紅い光に包まれて、湧き上がる力を感じながら強く拳を握り締めた。

「これで決めるぞ!! 貫けヒヒダルマ、フレアドライブだあっ!!!」

 此の一撃に総てを賭ける。あらゆる災禍を払う極熱の紅炎が溢れ出し、鼓動よりも速く舞い踊る無数の火柱が周囲一切を焼き払って、燎原の渦中で吼えたヒヒダルマが世界をも灰塵へ還す程に激しく迸る劫火を総てその身に束ねて腹の底から吼え猛る。
 ──どんな強大な絶望にだって、決してこの灯を消せやしない。己に残された最大限まで命を振り絞り、紡いで来た絆を胸に限界を越えた極限へ至って、紅き巨星のように燃え盛り太陽よりもなお燦然と赫々たる焔を纏いし炎狒々が星を仰いで翔け出した。
 赫灼と深蒼、全てを振り絞り魂を懸けた最強の一撃が天地の狭間で激突する。とめどなく溢れ出す劫火と暴威、迸る爆炎と吹き荒ぶ龍光、鼓膜が破れそうな程の耳を劈く轟音と瞼を溶かし視界が覆い尽くされる程の夥しい光量で鬩ぎ合うそれは星と星とがぶつかる未曾有の衝撃。
 炎狒々が絶叫する、黒竜が叫換する。蒼紅が融け合い入り乱れた爆焔が戦場までをも灼き熔かし、振り注ぐ龍星の蒼き噴炎が空を絶望に塗り潰していく。

「ハッハハハ、堪らねえよなあサザンドラァ……! さあ、来ぉい!!」

 この終幕の時に至って、過ぎ去りし追憶が脳裏を掠める。
 自らの手で共に過ごした同胞を影も残さず葬り去った。血塗られた日々を生きる中で何度と迫害に晒されて、数え切れない程に堪え難い光景を目にして触れてきた。遥かを目指したその強さ故に、周りの誰ともそぐわぬ故に……生まれ持った資質が故に何処にも属せぬ自分達が、此処に辿り着くまでに刻み込まれた創痕が。
 溶けていく、融けていく。疵も、苦痛も、悲劇も、失意も──何もかもが、星が終わるにも似た光の中へ。

「いっけえええ!! ヒヒダルマァッ!!!」

 最早一匹のポケモンが立ち向かうには余りにも膨大すぎる質量を前に、不思議とこの胸に恐れは無い。
 とめどなく溢れ出す未来への想い、自分を築き上げてくれた輝ける軌跡、かけがえのない仲間達と紡いだ揺るがなき希望──己が存在の全てを懸けて星を墜とす。
 めくるめく二つの星の鬩ぎ合いは絶え間無く光を放ち続けて、溢れ出した幾重もの光芒に大地が溶け爛れ砕けた無数の欠片が焦土を穿つ。
 その余波だけで周囲一帯が凄惨な崩壊へ呑み込まれる、それでも決死で叫び続けて……抑え切れない圧倒的な力の膨張に、ついに限界が訪れた。
 さながら超新星爆発の如く。地方全土にまで届く空前絶後の衝撃波が忽ち世界を焼き尽くし、極高温の嵐に呑まれなおも揺らがなき灼焔の烈槍が渾身の力で突き出されると最果てに構える黒竜の胸を深く、深く貫いた──。

「……ハッハ、なんてつまらねぇ幕引きだあ」

 持てる限りを出し尽くした、もう腕一つも動かせやしない。ふと視界の端を掠めた主人から投げ掛けられた眼差しは吐き出した言葉と裏腹に暖かく、その色がらしからぬ程に弾んでいて。
 彼らを見ているとあまりにも眩しくて、羨ましかった──自分も彼らのようになれたらと。けれど振り返ったアイクは心底愉しそうに嗤っていて、居場所の無い者達に手を差し伸べ続けて自ら孤独へ堕ち続けていく主人がようやく報われた気がした。
 最後に、駆ける星を見た。真昼の空を貫く不撓の赫耀、どんなに深く光の届かぬ暗闇さえも照らし出す強い輝き。灯り無き夜を彷徨い歩き、主人と共に探し求めて、ずっと追い続けていた星に名前があるとすれば……きっと、人はそれを“希望”と呼ぶのだろう。

「──本当にありがとう、限界を越えてよく戦い抜いてくれたねヒヒダルマ。ようやく僕らの想いは届いた……この手で掴み取れたんだ」
「ようやく満足したみてぇだなあサザンドラァ。ったあく、テメェにゃあ振り回されてばかりだったが……ハハ、存外悪かあねえ」

 絶え間ない爆轟が幾度と宙に乱れ咲き、吹き荒ぶ盛大な爆風の中で二匹はもつれ合いながら落ちていく。引き寄せられるように頭から墜落したヒヒダルマとサザンドラは重なり合うように戦場に転がり、あまりにも清々しい表情で天を仰ぎ瞼を伏せて意識を失っていた。
 ──ついに終わった。大地は焼け爛れ数え切れない陥没が穿たれ、幾百の傷痕が刻み付けられて、跡形も無く崩壊した戦場に萌黄色の風が吹き抜ける。

「なあアイク、少しは……ほんの少しくらいは、この世界を好きになれそうかな」
「んなわけあるかあ、おれの心は変わらねえ。だが、ま、テメェらとのバトルは楽しかったぜえ」
「そっか、はは、まあそうだよな。だけど……楽しめたのなら良かったよ、僕らも決死で戦い抜いた甲斐があった」

 汗で貼り付いた少年の茶髪が風に靡き緑衣の裾が弄ばれて、微笑を浮かべて瞬いた。青年の逆撫でた青髪が乱れ羽織った上着が軽くはためき、充足を湛え瞼を伏せた。
 未だに鼓動は早鐘を打ち、興奮はいつまでも冷め遣ることなく。この胸を焦がす激闘の残滓を置き去りに穏やかな静謐の響く中で、戦場に滞る熱はやがて一陣に攫われて。
 この決戦には勝者も敗者も存在しない、共に灯は尽き戦闘不能になってしまった。それでも太陽は燦々と世界を照らしていて──嘘のように晴れ渡る青空の下で、最高幹部の愉悦に満ちた哄笑が響き渡った。

■筆者メッセージ
ソウスケ「勝っっっ……たーーー!!本当にお疲れ様ヒヒダルマ!」
ヒヒダルマ(疲労困憊で頷いている)
レンジ「え、いや相打ちの引き分けだろありゃあ。どっちも倒れてんじゃあねえか」
ソウスケ「うるさいな、最後に攻撃したのはヒヒダルマで多分戦闘不能になるのもちょっと遅かった気がするし判定勝ちだ!なあアイク!」
アイク「どっちでも良い、好きにしやがれえ。んなことに拘るかあ」
エクレア「ヒェッこの人怖い……」
ソウスケ「ほらアイクもこう言ってる!これはもう僕らの勝ちだ!」
エクレア「くす、本当に負けず嫌いですねえソウスケさんは。あたしも頑張らないと!」
レンジ「負けず嫌いっつーかなんつーか。確かに公式戦の判定なら、本当に戦闘不能になるのが遅かったら勝ちではあるけどな」
ソウスケ「くそお惜しかった、これが公式戦ならなあ!」
レンジ「それでもし負けになったらどうすんだお前」
ソウスケ「…ま、まあたまにはこんな結果も悪くないかな!」
せろん ( 2021/10/12(火) 08:27 )