ポケットモンスターインフィニティ



















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第十四章 星を撃つ灼焔
第123話 叛旗の逆鱗
 世界を覆い尽くすように果てなく広がる積乱雲に穿たれた大穴からは、青く澄み渡る空を背負って爛然と燃える太陽の光が降り注ぐ。
 絶望の淵に瀕したこの地上に射す一筋の光は胸に秘めた希望のように紅く輝き、熱く眩い陽光の下に広がる焦土に向かい合うのはかたや緑衣を纏った茶髪の少年。
 炎よりもなお煌々と燃え盛る闘志に瞳を揺らし、最強を夢見て旅を続けて来たソウスケは世界の終末に誰よりも胸を高鳴らせて戦いに臨む。
 対するは蒼い髪を逆撫で青いジャケットを羽織った壮年。気怠げに垂れていた瞼は高揚に伴って力強く見開かれ、この世界を脅かして来た最高幹部アイクは災害の如き圧倒的な力を以って最後の決戦で愉悦に嗤う。

「はは、嬉しいよ……こんなに楽しいバトルは初めてだ!」
「たまんねえなあおい、まさか此処までとはなーあ。良ーいねえ、やっぱてめえは持ってるぜえソウスケェ!」

 対峙する二人の戦士が従えるのはかたや頑強な竜鱗に身を包む顎斧竜オノノクス、伝説のポケモンすらも越える圧倒的な攻撃力と鎧に包まれてなお衰えぬ機動力を備えた強靭なポケモン。
 対するは毒の胞子で出来た種を携えた尾に穴の空いた笠を被ったキノコの拳闘士キノガッサ、外見からは想像出来ない程に高い攻撃力から音速の拳を繰り出し達人顔負けの技術によって敵を迎え撃つ上に“キノコのほうし”を使う厄介な強敵だ。

「さあ、ここからが僕らの叛逆さ! まだまだまだまだ僕らはやれる!」
「見上げた根性だあ、そう来なくっちゃあなあ! もっともっと愉しませろお!」

 長い旅の果てに少年は胸に灯る希望を確固たるものと燃やし、男は閉ざされた宙に見上げた絶望がより深くなっていった。共に闘争に生きる戦士でありながら見上げた景色はまるで正反対で、歩んで来た道は対極に位置して──けれど、そんな二人が同じ地平に向かい合っている。
 世界の終焉なんてものを忘れてしまいそうな程に昂る闘志が渇望の獣の飢えを潤していく。最早彼らの決戦に大義などない、あるのは『戦って勝つ』ポケモントレーナーとしての譲れない本能だけだ。

「……あんにゃろう、おれさまとのバトルが楽しくなかったって言いてえのか!」
「あれもすごく楽しかったけれど、まず純粋に楽しませてくれなかったのは君だが!?」
「ぐうの音も出ねえな」

 そんな二人の純然たる高揚にまたもレンジが口を尖らせて不満を零し、すかさずソウスケが言い返す。
 敵対したレンジの強さは想像を遥かに越えていた、無論あの時はあの時でとても楽しかったが当時の彼は道を踏み外していて今程純粋に楽しめる状況では無かったのも確かだ。
 すかさず突っ込めばなんてことはないみたいに平然と黙り、なんだこいつは、と浮かぶ苛立ちを抑えて息を吐き出す。
 ……冷静に考えれば、世界の終末も本来なら愉しめる状況では無い筈なのだが。やはりお互いに盛り上がっているのが大事なのだろう。

「まあいいさ。よおし行こうかオノノクス、この逆境を僕らの闘争心で巻き返す!」

 激しい攻防によって荒れ果てた焦土に意識を戻し、振り返った友と瞳を交わして同じ心で頷き合う。残されたポケモンはこちらが三匹、アイクが四匹──逆境であろうと恐れはない。
 強さを極める為に鍛え続けて来た、ようやく進化という極地に至れた。ここで対峙する強敵を突破出来なければ勝利が極めて遠くなるのだ、絶対に負けられない……強い決意に荒れ果てた戦場を睥睨して用心深く腰を落とした。

「絶対にここでぶっ倒してやる、ドラゴンクロー!」
「出来るもんならやってみなあ! マッハパンチだキノガッサァ!」

 オノノクスが剛爪を翳せば碧く煌き舞い上がる粒子が束ねられ輝く竜爪を形成し、キノガッサが紅き拳を強く握り締めて伸縮自在の腕を構えた。息を吐いて弾丸の如く音速の拳が突き出され、迎え撃つように振り下ろされた竜爪が碧き軌跡を描いて戦場の中心でぶつかり合う。
 圧倒的な攻撃力を以て閃く矛と命を削り撃ち放たれる弾丸は激しく火花を散らして鎬を削り、しかしオノノクスも理解している、ただ闇雲に力を振るっても勝てる相手ではないのだと。

「っ、このままじゃ埒があかない、一気に切り崩すぞオノノクス!」
「おーいおい激しいねえ、だったら応えてやらねえとなあ!」

 キノガッサの持ち物は“いのちのたま”だ、待てば甘露とは言うが相手の体力が削られるまで防戦に徹するなんてあの男が許してくれる筈が無い。やるならとことん己を貫く、無理矢理にでも突き抜けてやる!

「ドラゴンクロー!」
「マッハパンチだあ!」

 咆哮をあげて力強く頷いたオノノクスが碧き竜爪を振り翳し、対する拳闘士は竜圧に怯む事なく掌を力強く握り締めると刃よりも鋭き拳が弾丸の如き威力を以って撃ち放たれた。
 それでも顎斧竜は揺らがない、臆さず正面から突き進む。放たれた拳撃に左腕を構えて側面を這わせるように受け流し、二の太刀も一閃弾き飛ばして眼前まで躍り出れば此処で仕留めんと渾身の力で剛爪を突き出した。

「ハ、んなもん届くと思ってんのかあ?」
「勿論! 届かせてやるさ、僕らの想いを……絶対に!」

 しかしキノガッサは流石の身のこなしの軽さだ。半身を切って寸前で躱すと強く握られた左拳が撃ち出され、辛うじて右腕を振り上げて軌道を逸らし今度こそ“ドラゴンクロー”で切り裂かんとするが咄嗟に放たれた“マッハパンチ”に相殺される。
 相手はアイクが鍛え上げたポケモンだ、何の傷も無く突破出来る程甘くは無い。だが押して駄目なら更に押すだけだ、振り返った顎斧竜と瞳を交わし頷き合って腰を低く身構えた。

「もう一度……何度でも! この程度で終わってやるもんか!」
「どうせ変わるもんかよお、迎え撃てえキノガッサ!」

 絶対に逃がさない、そう言わんばかりに連続で双爪を振り翳し攻め立てるが流石は達人の技量と謳われるだけのことはある。幾重に閃く碧き軌跡を正確に見極め、すかさず放たれた音速の拳でことごとくを凌がれてしまう。
 ──ぶつかり合う拳の重さから、笠に隠れかすかに覗く円い瞳から伝わって来る。キノガッサの決戦に賭けた強い想いが。

「君達に何があったかなんて分からない、けれど」

 黒く閃く眼光は強い闘志と揺らがなき決意を宿し、焦土を踏み締める拳闘士は確固たる佇まいで臨んでいて──その眼窩の奥には暗く染み付いた孤独が覗き込んでいる。
 きっと、それがアイクとポケモン達を繋ぎ止める絆の欠片だ。彼らが抱える背景や事情など知りやしないが……皆がその瞳に、それぞれ色の違う孤独を湛えていたように見えたから。
 だからだと思う、主人への絶対的な信頼が強く伝わって来るのは。自分達から見たらアイクは暴威の権化、災厄と呼ぶに相応しい被害をもたらしてきた仇敵だが、彼の従えるポケモン達は心底からその男を慕っているのだろう。

「……ははっ、そうだよな。それでも勝つのは僕達さ!」

 刹那振り返ったオノノクスも同じことを感じていたのか振り返り、しかし竜の双眸が映すのは紅く燃え盛る爛然の闘争心だ。
 彼らにどんな事情があるかなんて知らないが、この決戦の果てに待つのは勝利か敗北という揺らがなき真実だ。だから決して負けやしない、皆で力を合わせればきっとどんな強敵だって乗り越えられる。

「なあ、教えてくれ! どうして君達は世界を滅ぼそうとしているんだ!」

 拳戟がぶつかり合い余波で焦土が抉られて、なおも進み続ける攻防の中で問い掛ける。
 きっと、世界が終わってしまうことなんて彼らにとってはどうでも良いのだろう。それ以上の譲れない想いに突き動かされているからこそ決して止まらない──このままでは誰にも止められやしない。

「確かに君達からしたら世界は退屈でしかたないかもしれない、だからって今あるこの世界を滅ぼす理由なんて無い筈だ!?」

 それでも、彼らを知れば知る程に分からなくなる。どうして彼らがこの世界を滅ぼさんとする巨悪に与しているのかが。
 たとえ彼らを繋ぎ止めるものが耐え難い孤独や絶望だったとして、それでもアイク達のバトルからは世界への強い憎悪や復讐心のようなものが未だ覗けない程に底が深くて。

「はっは……当たり前だあ、んなこたあどうでも良いからなーあ」
「だったらどうして……君達に何があったんだ!?」

 だからどうしても理解出来ない、何故こんなことをするのかを。今在る世界を滅ぼす必要なんてない筈だ、首領は分からないが──少なくとも、アイク達には。

「ハ、どうもこうもあるかあ、終焉なんてのはただの結果だあ。言ってんだろお、おれぁ強い奴と戦えりゃーあそれで良い」
「ああそうかよ、君達程のポケモントレーナーならそうもなるか!」

 あっけらかんと言い放つ最高幹部の言葉には一切の虚飾が感じられない、ただ思ったままを吐き捨てたのだろう。
 なおも攻防は止まることなく超高速で両拳と双爪を何度と重ね合わせ、鎬を削り合う中でキノガッサも鼻を鳴らしながら頷いてみせる。彼の言葉は、その心は確かな事実なのだろう……だからこそどうしても受け入れられなかった。

「ま、良かったじゃあねえかあ。こんな状況でもなけりゃあてめえらは強くなれなかったろうよお」
「それは素直に認めるよ。強くなれたことだけは君達に感謝しているさ──けれど!」

 確かに彼らの言う通りだ。巨悪の手先として立ち塞がったレンジには大敗を喫し、ヴィクトルにより終焉の宣告が下された直後には数的優位があった上で全霊を賭してなお四天王の大将の相棒と相討つのが精一杯だったのだ。
 もし世界が終わると言われ死に物狂いで鍛えていなければ、最高幹部はおろかレンジとの決戦にすら勝てやしなかっただろう。
 目指すは最強だ、彼らのおかげで強くなれたのだから少なくとも自分は感謝するべきなのかもしれない──だが。

「君達は本当にこれで良いのか! 今あるこの世界を美しいと思ったことは無いのか!?」
「あーあ……ねえなあ。何の未練もあるもんかあ」
「そんなに……っ、君達は!?」

 一切の逡巡無く断言するアイクの酷く冷え切った瞳はただ一瞥されるだけで凍て付いてしまう程に冷たく、最高幹部と相対する重圧にようやく慣れ始めていたソウスケですらも思わず息を忘れて絶句してしまう……それでも。
 降り注ぐ陽射しの暖かさも、吹き抜ける風の心地良さも、波を打つ草原の鮮やかさも、人やポケモン達が繰り返す日々の営みも、懸命に生きていく自然も──世界はこんなに美しくて輝かしいものに満ちているの心を動かしたことが無いなんて、勿体無いにも程がある!

「生きるも死ぬも興味あねえ、そんな執着とうに投げ捨てた……筈だったんだがなあ」
「それが……オルビス団、君達にとっての“世界”なのか?」

 心底からの虚無を吐き捨てて、一呼吸を置くと大きく嘆息を零した。この世界にも自分自身にも未練は無い、巡り巡った旅の果てに膨れ上がったのはあまりにも脆く弱い世界への諦観と自分達の餓え渇きを満たせない失望だけだ。
 生きているなんて到底言えない、廃墟の街で無為に怠惰を貪り腐り切っていた死なないだけの日々。永遠にも思えた“退屈”は前触れ無く突然に終わりを迎えて──自分と並び立つ最高位の幹部、誰も届かない絶対の強者。それからはオルビス団が居場所を見失っていた自分の『世界』の全てになった。

「ま、そういうこったあ。他の奴らがどうなろうがあ知ったことかあ」
「そう、だったんだな……」

 きっと……彼もポケモン達も同じなのだ。他と相入れることが出来ない程に強すぎる力故に、時に忘れ去られ時代に取り残された故に、皆が皆なんらかの理由で。ヴィクトルや最高幹部達との出会いは対等の地平に立つ存在を知らないアイクにとってとてつもなく大きな救いになったに違いない。
 自分にとっての在るべき場所──ジュンヤやノドカと共に歩める『世界』のように、オルビス団こそが一切と相入れることが出来なかったであろうアイクの拠り所なのだろう。だけど……だからこそ!

「それでも僕らは僕らの『世界』を守ってみせる、大切なものを壊させやしない!」
「ハ、分かったみてえに言うじゃあねえかあ。だったら嵐に抗ってみろお!」
「言われるまでもない! まずは君達を倒し……この街を、みんなを守ってやる!」

 自分はジュンヤやノドカが居てくれるからこそありのままの自分でいられる、彼らが隣に居てくれなければ未だに自分の在るべき場所を見つけられていなかったかもしれない。
 最高幹部との決戦──絶対に負けるわけにはいかない。いつか描いた未来を目指し共に歩んで来た友と、誰も知らない高みへと辿り着く為に。同じ時間を過ごし共に生きて来た幼馴染と、これからも今在る世界で生きていく為に。

「……そうだな、臆せば勝利は逃げていく! 君の言う通りだオノノクス!」

 相手は全力以上で望まなければ決して勝てやしない、危険なんてとうに承知だ。迷い無く決意に呼び掛けるオノノクスの勇ましい雄叫びにソウスケがからからと青空に笑い、焦土に立つ絶対的な強者を睥睨した。
 強く拳を握り締めて、ソウスケの瞳は熱く燃え盛る焔の決意に爛然と滾る。彼らと共に在る世界こそが自分達の居場所だ、肩越しに振り返ったオノノクスは同じ心で天を衝く雄々しき咆哮を戦場に響かせた。

「大丈夫、たとえ君が自分を見つけられなくなっても僕が無理矢理呼び戻してやるさ!」

 覚悟を決めて頷き合う、やるしかないならやるっきゃないと。この技を使えば自分は激情に呑まれ理性を失い本能のままに暴れる獣に成り果てるが──自分で自分が分からなくなっても、呼び掛けてくれる友が居る。
 たとえどう転んだとしても大丈夫、一緒ならばきっと起き上がれる! 顎斧竜は大きく息を吸い込んで、吐き出すと惑わぬ瞳が陽光を映して内から溢れ出す力に全てを委ねた。

「だから……全力でぶっ潰してやろう! 行くぞオノノクス、げきりんだあ!」
「おいおいんなもん覚えてやがんのかあ! 良いねえ獣みてえに昂りやがってえ、マッハパンチィ!」

 放たれた拳は音をも抜き去る。鋭く撃ち放たれた一撃は胸を貫き、あまりの威力に眉間を顰めるが歯を食い縛って痛みを殺して、瞬間全身から禍々しく輝く黒光が溢れ出し逆巻く怒涛のエネルギー“竜気”を噴き出した。

「良ーいタフネスだあ。おらあ沈めえ、キノコのほうしぃ!」
「……っ、おいおいまずいぜあれは!」
「聞こえてるよなオノノクス、しっぽで吹き飛ばせ!」

 圧倒的な力の奔流の渦中で吼える顎斧竜に思わずキノガッサの本能が警鐘を鳴らす。それでもと撃ち放った弾丸の拳を腕の一振りで容易く叩き落とし、膨大な竜気を束ね渾身の力で振り抜いた大斧が咄嗟に突き出された両の拳ごとキノガッサを吹き飛ばした。
 だがただでやられるアイクのポケモンではない。直撃の寸前に笠に開いた穴から一斉に吹き出した胞子が獰猛に吼え猛る顎斧竜へと降り注ぐが、果たして聞こえているのか本能か、呼吸を止めて尾の一振りによる風圧で振り払ってみせる。

「だがなーあ、おれが沈めって言ったら沈むんだよお! もう一度だあ!」

 しかし最高幹部がその程度の防御に手を緩めてくれる筈もない、地面に爪を突き立てたキノガッサはゴムのように跳ね返って来て。力の限りに暴虐を振るう竜の懐に決死の覚悟で自ら飛び込むと、振り下された爪撃を寸前で避け斧の軌道を拳で僅かに逸らし、思い切り身体をよじることで辛うじて紙一重で躱し切った。
 既に覚悟は出来ている。二の太刀が迫る中で恐怖を殺して目を見開いて、刃が届くほんの一瞬間速くもう一度胞子を噴き出した。

「ダメですソウスケさん、これじゃあ!」
「っ……分かってるなオノノクス!」
「は、どう足掻いても無駄だあ」

 だが彼らを相手に二度も同じ防御が通じるわけがない、そんなことは承知の上だ。すかさず地を蹴り後方への跳躍と共に振り抜いた斧は皮一枚を切り裂いて凌がれてしまう。
 翳した双爪の間隙をすり抜けた拳に顎を掬い上げるように殴られ、思わず息を吐き出したオノノクスはなかば無意識で渇いた肺を満たさんと反射的に胞子ごと息を吸い込んでしまった。

「しまっ……オノノクス!」

 ──あれ程獰猛に暴れ回っていたにも関わらずオノノクスから噴き出す竜気は火が雨に打たれ消えるようにたちまち鎮まり、眠気に必死で抗ってなお重たい瞼に千鳥足でよろけてしまう。
 そう、これこそがキノガッサを難敵たらしめる最大の武器だ。どんなに恐ろしく凶悪なポケモンですら吸ってしまえばたちまち眠ってしまう恐ろしいキノコの胞子をばら撒ける、だから実際の能力を遥かに越える戦力を見せる──それでも、まだ。

「んで、ラムのみだろお?」
「フ、そりゃあこんなのお見通しだよな!」

 当然だ、あのキノガッサに対して突っ張るなんて対策出来るからに決まっている。最初から見透かされていたのだろう、けれど読まれていようと関係ない。
 既に朦朧とし始めた頭ですぐさま懐から取り出したのは側面に溝があり緑色をした楕円の木の実、あらゆる状態異常を回復する“ラムのみ”だ。硬い果実を種子ごと勢い良く噛み砕き、すぐさま瞼を持ち上げて拳闘士との距離を詰めていく。

「もう一度切り込むぞオノノクス、ドラゴンクロー!」
「学ばねえなあ、それとも確認かあ?」

 体勢を立て直すとすぐさま攻勢に移って碧く閃く竜爪を振り翳し、間髪を入れずに攻め立てる。しかし流石はアイクの育てたキノガッサだ、幾重にも閃く碧き軌跡、息つく暇を与えぬ連撃をそれでも次々に躱してしまう。
 もう体力が少なくなって来たからだろう、やはりあちらも攻撃の機を伺い回避に徹するなど相当慎重な立ち回り……ならば残された勝機はただ一つ。

「おいどうすんだ、そう簡単にゃあ捉えられねえぞ!」
「だったらここは……いちかばちかだ!」

 ──狙いは確実に“キノコのほうし”による催眠だ、防戦に徹せられれば打ち崩すのは至難を極める。……危険な賭けでもやるしかない、このままではどのみち押し切れないのだから。
 友に呼び掛ければ顎斧竜はそれでも勝機があるのなら、と臆することなく強い信頼に雄々しく吼えて、逆転への想いを声高らかに空へと叫ぶ。

「行くぞオノノクス、りゅうのまい!」

 『りゅうのまい』、それは神秘的な舞を踊ることで自身の“攻撃”と“素早さ”二つを上昇させる強力な技だ。このままで押し切れないのならば今より強くなれば良い、これが単純にして明快な逆境を切り開く為のソウスケの答えだ。

「はあ!? 馬鹿かよあの野郎!?」
「流石に危険すぎます、眠らされるのを承知だなんて!!」
「だとしても! 今を逃せば勝機は無い!」

 だが当然その技を発動すれば隙が生まれてしまう。催眠技を持っている相手を前に悠長に舞うなど自殺行為にも程があり、正気を疑うレンジとエクレアだが他でもない彼は誰より理解していた。
 あのキノガッサは技術もレベルも極限まで鍛えられていて、だんだんオノノクスの力と速度に慣れ始めている。長引けば余計に不利になっていくだけだ、だからこの瞬間しか勝ち筋は無いのだと。

「ハ、裸晒すたあ血迷ったかあ。キノコのほうしだあ!」
「無論まともさ、君にはこうでもしないと勝てないからな!」
「だろうよお! だったら見せてみやがれえ、テメェの馬鹿みてえな希望ってやつをなあ!」

 たとえなんと言われようと友を信じるだけだ、勝利を願うオノノクスはその力強い四肢を振るい神秘的で力強い舞を激しく踊り出す。すぐさま地を蹴り眼前に躍り出たキノガッサなんて意にも介さず、ついに舞を終えたことでただでさえ強い力が天井知らずに跳ね上がり。
 その瞬間に笠に開いた穴から噴き出した胞子が昂る顎斧竜を包み込み、忽ち荒ぶる竜は動きを止めておぼつかない足取りで数歩踏み出すとついにその場で立ち尽くした。
 数瞬間で意識が落ちて前のめりに倒れ込んでしまったのを見届けたキノガッサは、肩越しに主人へ頷いて力強く両腕を構える。

「行くぜえキノガッサァ、つるぎのまいだあ」
「……っ、やはり持っているよな!」

 案の定こうなったか、と歯噛みする。彼程の男が出し惜しみなどするわけがない、あと一つの技を頑なに見せないのは怪しいとは思っていたがその予想は現実になってしまった。
 キノガッサが両腕を翳して力を放つと周囲に剣を象った闘気が浮遊して、踊るように激しくその刀身が振り翳される。
 気合を高めて攻撃力を大幅に上げ、力強く拳を握り締めると右腕の筋肉を膨張させながら睨み付けた。

「目を覚ましてくれオノノクス、頼む!」

 一度目の“キノコのほうし”でラムのみは既に失われている、二度目を凌ぐ術はない。鼻ちょうちんを膨らませながら戦闘の只中で眠る竜を尻目にキノガッサは大幅に力を増して、耐えられてあと二発──後続への負担を考えると一撃が限度だ。
 必死に友へ呼び掛けるが返事は無い、焦燥しながら何度と叫ぶソウスケを嘲笑うように口元に歪な笑みを浮かべたキノガッサは渾身の力で紅き拳を突き出した。

「このままずうっと眠ってりゃあいい。マッハパンチだあキノガッサァ!」
「そうはいかない……頼む、目を覚ますんだ! 起きてくれオノノクス!!」

 音速に達し更に速度を上げて、弾丸の如く撃ち放たれた拳が無防備な顎斧竜の装甲に突き刺さった。流石“つるぎのまい”で攻撃力を跳ね上げただけのことはある、オノノクスの頑健な鱗を貫き身体を深く凹ましてしまい、それでも彼は目覚めることなく呑気にもいびきをかいていて。

「っ、まずい……このままだと。頼むオノノクス、起きろ、目を覚ませえっ!!」
「おーいおい、此処で終い、じゃあねえだろうなーあ? だったら……虚勢ごと消えちまいなあ、マッハパンチィ!」

 何度も何度も友の名を叫び呼びかけて、なおも動くことのないオノノクスを一瞥したアイクが失望とその奥に微かな期待を宿して吐き捨てた。未だオノノクスが瞼を持ち上げることはなく、続けて放たれた拳が深く装甲の薄い腹部へとめり込んでしまう。

「……あぁん?」
「っ、オノノクス!?」

 ──筈だった。
 アイクが怪訝そうに眉を顰めて、この一撃で勝利を確信していたキノガッサも続けて感触に違和感を覚えるが伸長した拳は既に押すことも引くことも出来やしない。
 そして今まで伏せられていた瞼が力強く見開いて、「良かった、間に合ったんだな!?」ソウスケが歓喜に声を上げた。
 放たれた拳は鎧に達する寸前でオノノクスの豪腕に受け止められている、辛うじて目を覚ましてくれたらしい。顎斧竜は左腕で掴んだ拳闘士の身体を力任せにぐんと引き寄せ、碧き竜爪が鮮やかに瞬く。

「言われずとも、望み通り僕らの全てを見せつけてやるさ! ドラゴンクロー!」
「そうだあ、てめえらはそうじゃあねえとなあ! マッハパンチだあキノガッサァ!」
「僕らもようやく見慣れて来たよ、これなら躱せるなオノノクス!」

 あまりに速き音速の拳、その軌道までは目視で捉え切れないが着弾点なら予想はつく。すぐさま身体を傾け半身を切れば撃ち放たれた弾丸は脇腹を掠めすり抜けて、互いの距離が一気に縮められていく。

「だったらコイツはどうだあ、がんせきふうじぃ!」
「構うな、ここで決着を付けてやる! ぶちかませオノノクス、ドラゴンクロォッ!!」

 絶対にこの一撃で決めてやる、一度指先で触れた勝機を決して離したりはしない。“がんせきふうじ”は被弾したポケモンの素早さを下げる追加効果を持つが……また眠らされてしまうのに比べたら全然マシだ!
 降り注ぐ岩石に打たれるのを厭わず翳した爪撃は眩い軌跡を空に刻んで渾身の力で振り下ろされ、最後に至近距離で放たれた“マッハパンチ”を肩の装甲で受け流すと満身創痍の拳闘士を掬い上げるように碧き竜爪が切り裂いた。

「……っ、キノガッサァ!」

 ──凄まじい威力を真正面から喰らってしまい遥か上空へと吹き飛ばされたキノガッサは自由落下に任せて頭から地面に衝突し、アイクの足元で指一つ動かすことが出来ずに空を仰ぐ。
 それでも……辛うじて意識の糸は繋がっていた。出涸らしの僅かな力を振り絞って瞼を開き、滅多に見られない微笑を湛える主人の顔を見上げて。
 ……アイクに憧れ、何があっても頑張って彼についていって本当に良かった。自分なんかに対してそんな表情を向けてくれた事実に思わず目頭が熱くなり、胸に込み上げるとても暖かい何かを感じながら……ついにキノガッサは、意識が尽きて瞼を伏せた。

「はぁ、はぁ……よおし! これでっ……!」

 本当に倒れたと確信出来ない限り油断は出来ない、未だ緊張感を放ち腰を低く身構えるオノノクスと同様に警戒していたソウスケも、その光景を見届けてようやく安堵に息を吐き出し胸を撫で下ろした。
 見上げた宙に穿たれた大きな穴からは暖かな光が降り注ぎ、吹き抜ける萌黄色の風が少年の茶髪を柔く撫でる。

「流石だよオノノクス! 進化した力は伊達じゃあないな!」
「ついに戦闘不能だぜ……すげえよ、よくやったなあ!」
「これでイーブン、やりましたねソウスケさん!」

 強敵を乗り越えたことでようやく遥か遠くに霞んでいた希望が見え始めた。少しずつ近付いた幾万に一つの勝機を望みソウスケが歓喜に高らか笑い、焦土に悠然と聳え立つオノノクスも力強く頷いてから奮い立つ闘争心に雄々しく吼えて。
 熾烈な激闘を繰り広げて無理やり二度も眠らされた上に、何度と弾丸以上の威力の拳を浴びてなおも余力が十分とは流石の顎斧竜だ。これでようやく三対三にまで持ち込めた、湧き上がる喜びをオノノクスとハイタッチで分かち合うが、加減した上ですごく強くて腕が痺れてしまいそうになりソウスケも見ていたエクレアも苦笑を零した。

「いやーあいつオノンドの頃から強かったからなあ……くそ、思い出したら腹立ってきた!」
「アハハハあの時はせいせいしましたねえ、ざまあみやがれですよ!」
「ぐっ、この野郎……!」

 精一杯応援しながら観戦を続けるエクレアの隣で口を尖らせながらレンジが呟く、余程ソウスケに負けたのが悔しかったのだろう。
 隣で分かってます顔したり悔しがったりレンジさんは一人で忙しいなあとか思いながら、あの時最後まで戦い抜いてくれたソウスケさん達のかっこよさに思いを馳せて。とりあえずうるさいので軽く煽って、なお熱く燃え盛るバトルをエクレアは見守り続ける。

「んじゃまーあ戻れえ」

 アイクが軽く掴み取り翳したハイパーボールが色の境界から二つに割れて、溢れ出した紅光が暖かく穏やかな光で疲れ果てた戦士を柔く優しく包み込んでいく。
 安息の地へと帰還を果たして最低限身体が癒えたキノガッサが、カプセル越しに今まで共に歩んでくれた主人を黒くつぶらな瞳でおずおずと見上げた。
 ──自分は皆の団欒に混じることが出来ず、いつも陰でばかり過ごして来た文字通りの日陰ものだ。外の世界や人と共に歩むポケモン達、強さと言ったものに憧れを抱いていたが、生まれ育った森でも平穏に暮らしている他の皆とは相入れることが出来ず自然と距離を置かれてしまっていて。
 どうすれば良いかも分からず一人でがむしゃらに鍛えながら日々を過ごす中で、突如静寂を破り現れた男はあまりにも愉快みたいに嗤っていた。あの時見た男の姿は羨ましい程に自由に見えた、いつか夢見た憧憬がふと脳裏を蘇った。

「余程愉しかったみてえだなあ。……ハ、良い顔しやがってえ」

 当時キノココだった彼との出会いなど当然覚えている。ヴィクトルに頼まれて自分達を嗅ぎ回る鬱陶しい鼠を狩りに行った時のことだった。どうやら彼らはレイの使えない役立たずな部下共が残した痕跡を追って来た密猟組織、その中でも指折りの実力者らしい。
 所詮は烏合の衆。サザンドラの一撃で容易く蹂躙すると、それを見ていたキノココが必死になってついて来た。何に惹かれたのかなんて興味は無かったが、億劫に振り返り見下ろしたその瞳に映っていたのは遥かを願う闘志だった。
 だから彼の同行を許した、共に愉悦を求め自由へ憧れる者であれば断る理由など無いから。

「ま、後は任せなあ」

 結局彼が心から満足出来ていたかなんて知りやしないが、キノガッサはやや驚いてしまう程度には穏やかな顔で瞼を伏せていて。彼がやり遂げたと感じているのならばそれで十分だ。
 どう戦局が傾こうと最後に勝つのが自分達であることに変わりはない。相棒への絶対的な確信を告げればキノガッサは安堵を抱いて意識を失い、黒白球を腰に装着しながら嘆息を吐き出した。

「ハ、運に救われたなーあ、悪かねえ」
「違うね、オノノクスが僕の声に応えてくれたのさ」

 もしあのままオノノクスが目を覚ましてくれなければ一気に敗北が迫ってしまっていただろう。かなり分の悪い賭けだった、友を信じて微かな勝機を託したが辛うじて壁を越えられたようだ。
 大きく息を吸い込んで、ずっと張り詰め続けて限界に近付いていた緊張を大きく吐き出す。下手すればこのまま負けるんじゃないか、此処から逆転出来るのかと滅茶苦茶ヒヤヒヤしてしまったが……なんとか望みは繋ぎ止められたらしい。

「さあてこれでイーブンだ、やっと君達に追い付いたぞアイク!」
「は、愉しませてくれるぜえ。この二週間ただ戯れてたってえわけじゃあねえみてえだなあ」
「まだまだ、ここからが僕らの本領さ! 僕らの想いで君という牙城を突き崩してやる!」

 それでもようやく“数の上では互角”という依然不利な状況に変わりはない。既にオノノクスは手負いでアイク達の力は未だ底知れず、残された手持ちの強さも未知数。
 ──全く以ってアイクの言う通りだ、終焉への宣告が下されてからこの二週間で自分でも信じられないくらいに強くなれた。けれど……これまで必死になって進化を繰り返して来たが、今のままでは勝てる筈が無い。
 このバトルの中で更なる進化を遂げて彼らに追い付けるくらいに強くなってみせる。絶対に負けやしないとソウスケは強い決意に笑い、勝利を確信するアイクは闘争の愉悦にただ嗤う。

「さぁーて、それじゃあお次はあ……」

 ベルトに装着されたハイパーボールへ手を伸ばし、逞しい掌で迷い無く掴み取った。放り投げるように軽く投擲した黒白球が戦場に割れ、溢れ出した紅光は大空に巨影を象っていく。

「喜べえ、次はてめえに任せてやるよプテラァ!」
「来たなプテラ、相手にとって不足はない!」

 甲高い叫び声が焦土に響き、力強い羽ばたきで纏わり付く光を振り払って現れたのは無数の歯がぎらつく巨大な顎、大空を覆う幅広の翼、岩の鱗を身に纏い天空を駆る翼竜プテラだ。
 前回ジュンヤやツルギらと共にアイクと対峙し彼が撤退する際に繰り出していた為に、そのポケモンが手持ちに居ることだけはソウスケも唯一知っている。
 遥かな古代に絶滅したが琥珀に残された恐竜の遺伝子から時を越えて現代に蘇り、高い声で鳴きながら飛んで鋸形の牙で相手の喉を噛み切る凶暴なかせきポケモン。空の王者と呼ばれていたその翼竜など……相手にとって不足はない!

「この勢いで突き進む、攻め込むぞオノノクス! ドラゴンクロー!」
「そんなんじゃあ飛ぶ鳥も落とせねえ、遅すぎだぜえ」

 猛然と焦土を駆け抜けた二匹は忽ち至近距離まで接近し風を切り裂く碧き竜爪が閃いた。しかしプテラの瞬発力は他の追随を許さない、その軌跡を視認してから身を翻して見事に一撃を躱してみせる。

「やっぱ速えなプテラの野郎……!」
「だぁから言ったろお。こいつはどうだあ、ストーンエッジだあ!」
「っ、躱せオノノクス!」

 ゼロ距離で翼竜の咆哮がけたたましく響くと四方の地面が隆起して、峻烈に突き上げる大地の槍が天を衝く。咄嗟に尾を振り抜いて背後から迫る刃を砕きながら跳躍して避けるが既にプテラは眼前に躍り出ていて。

「もらったなあ、ドラゴンクロー!」
「く……迎え撃てオノノクス、君もドラゴンクローだ!」

 けれど全ポケモンの中でも屈指と謳われるその速さを捉え切れない、碧き軌跡が交差するがかたや突き出した竜爪を紙一重ですり抜けて顎斧竜は肩に突き立てられる。やはり最後にがんせきふうじを食らったのが響いている、その効果により一度は上がった“素早さ”を下げられてしまったのだから。

「まだまだこの程度、もう一度ドラゴンクロー!」

 効果は抜群だ、それでもオノノクスを倒すには至らない。やられたままで終わるものかと傷に構わず左爪を振り上げるが敵の身体を蹴り付けたプテラはその反動で一気に距離を広げて、必死の反撃は虚しく空振りに終わってしまう。

「やっぱり届かないのか、だったらもう一度……りゅうのまいだ!」
「は、好きにしやがれえ」

 このままではどうしてもプテラの速度には追い付けない、いくら強き力であろうと当てられなければ意味は無い。ならば今から追い付ける程に速くなれば良い、オノノクスならばそれが出来る。
 再び全身を使って神秘的で力強い舞を激しく躍り、意気を高揚させた顎斧竜は身体の底から溢れ出す膨大な力を咆哮と共に噴き上げる。

「これで……君達の速度を上回ったぞ! 行こうオノノクス!」
「悪いなーあ、行かせねえよお。ふきとばしだあ」
「なっ……!?」

 そして加速したオノノクスが全力で地を蹴れば瞬く間に眼前へと躍り出たが、アイクとプテラにはほんの僅かの動揺も見えない。
 哄笑と共に吐き捨てた指示に翼竜が巨大な翼を広げて渾身の力で羽ばたくと強烈に吹き付ける一陣となり、荒れ狂う暴風に吹き飛ばされたオノノクスは溢れ出した眩い赤光に呑み込まれモンスターボールに戻されてしまった。
 間髪入れずに戦うポケモンが居なくなった戦場を再び赤光が切り裂き、一つの影を形成していく。

「っ、このまま突っ張るわけにはいかない」

 力強く大地を踏み締める剛腕を振り払うと纏わり付く粒子は霧散して、現れたのは力強く逞しい剛腕、全身を紅き体毛に包まれ燃え上がる眉毛が特徴の炎狒々。
 えんじょうポケモンのヒヒダルマ、ソウスケが最も信頼を置く最強の相棒。“ふきとばし”は対峙する相手を文字通り吹き飛ばし控えのポケモンを引きずり出す効果を持つ厄介な技だ。
 一度モンスターボールの中に戻してしまえばせっかく上がった能力も無駄になってしまう、だから彼らは余裕を露わに構えていたのかと唇を噛み。

「出て来て早々で申し訳ないが、一度戻ってくれヒヒダルマ!」

 対するは炎を貫く岩の翼竜プテラだ、圧倒的な速度を誇り易々と追い付くことが出来ない上に相性不利などこのまま突っ張れるわけがない。
 眉間に皺寄せながら翳した紅白球が二つに割れると再び紅き粒子が溢れ出す。自分の出番はまだなのだからと昂る焔を必死に抑えて頷くヒヒダルマを包み込んで、相棒はこの先に待つ自分の出番を心待ちに名残惜しげに戦場を後にした。

「ここはもう一度君に任せた。今度こそ勝つぞオノノクス!」

 既に繰り出すべきポケモンは決めている。すぐさまモンスターボールを翳して再び力強く投擲すれば二つに割れた球から迸る閃光が巨大な影を象っていく。
 口角から突き出した半月状の顎斧を振り払い、顕現したのは無数の傷を身体に刻みなお怯むことなく怒号を響かせるオノノクスだ。今度こそあの翼竜を打ち倒すのだと威勢に牙を打ち鳴らし。

「懲りねえなあ、まーだオノノクスでやる気かよお?」
「ああ、ここで越えられないようなら君達に勝てるわけないからな! 今度こそ正々堂々ぶっ倒してやるさ!」

 強く拳を握り締めて対する強敵を睨み付ける。負荷を考えればなるべく好機に取っておきたかったが……これ以外に突破方法も思い付かない。肩越しに振り返り視線を向けて来た竜と共に頷いてみせる、既に覚悟は決めたのだから今更迷いなどあろう筈がない。

「思い切り自由に暴れ回れオノノクス、げきりんだ!」
「それがどうしたあ、どうせ届きゃあしねえんだよお。ストーンエッジィ!」

 幾重にも連なり身体に突き立てる岩槍など恐るるに足りず、逆巻く膨大な竜気を解き放つ。流石は圧倒的な威力を誇る大技だ、オノノクスの瞳は朱殷に染まり天を衝く咆哮を轟かせる。
 溢れ出す力の赴くままに大地を蹴ると瞬きの刹那に距離が詰められ、竜爪を翳せば赤黒く輝く巨大な爪が形成されて、空を切り裂き振り下ろされた。
 それでも隙間を掻い潜りながらの後退で躱すプテラだが、情け容赦の無い苛烈な攻勢に次第に追い詰められていく。二度、三度とその度に回避に余裕が無くなり四度目擦り、五度目……これで、捉えた!

「──ハ、だから届かねえってよお。みがわりだあ!」
「なっ……!?」

 決して逃しはしない、影が落ち膨大な竜気を束ねた巨爪に回避を許してやるものか。その瞬間プテラが甲高い叫びをけたたましく響かせ、命を削ることで実体を伴う分身を生み出した。
 それはあらゆる攻撃を一度だけは確実に防ぐ補助技、逆鱗を発動し怒り狂う竜はそれでも本体を捉えるに至らない。
 分身ごと叩き潰された地面は巨大な掌の形に深く陥没するが当然プテラに傷は無い、舞い上がる砂塵の底から咆哮した翼竜が空高くへと飛翔する。

「だったらもう一度、今度こそ撃ち落としてやるさ!」

 だがそう易々と逃しはしない。追い掛けるように跳躍して今度こそと双爪を交差させるように振り抜くが、急加速した翼竜に背後へと突き抜けられてしまい捉えることが出来なかったがこんなことで諦められるわけがない。
 激情の赴くままに力を振るう顎斧竜は一度捉えた敵を逃しやしない。ならばと赫き竜気を纏う尻尾を振り抜くが、荒れ狂う威力で大地をも深く抉る一閃すら急加速しながらの咄嗟の旋回で躱してしまう。

「く、ここまでか……大丈夫だよなオノノクス!?」
「そんな隙晒しちまって良いのかあ? やってやれえプテラァ、ストーンエッジィ!」

 着地と共にあれだけ激しく迸っていた竜気は収まり、大地を踏み締めるオノノクスの瞳は未だ焦点が合わず呼び掛けても我を忘れて興奮している。
 それがドラゴンタイプ屈指の威力を誇る大技“げきりん”の反動だ、しばらく暴れ回った後に混乱してしまう、だから“ラムのみ”を持たせていたのだ。今が好機とばかりにプテラが吼えて、アイクが揚々と指示を飛ばした。

「まだまだ僕らが終わるはず無い、アイアンテールで打ち砕け!」

 全方位から突き上げる岩槍をもらうつもりは無い、咄嗟に叫んだソウスケの声は幸い届いたようだ。酒を呑まされた大蛇のように強すぎる力の反動に酔っていたオノノクスだが、寸前で目を見開いて一回転に尾を振り回し無慈悲に迫り来る切っ先を一薙で粉砕してみせる。

「……っ、とはいえどうすれば良い。どうすればあの速度を……いや」

 あまりにも速くまだ追い付けない、そうしている間にも戦いは止まってくれない。一瞬『どうすれば奴を捉えられるのか』なんて考えてしまったがジュンヤみたいな余計な思考はすぐに投げ捨てる。
 対する敵は他の誰でもない最高幹部だ、自分が多少策を弄したところでそんなもの容易に上回られるに決まっている。それならやるべきことはただ一つ!

「ぼーっとしてんなあ、ドラゴンクローだあ!」
「安心してくれ、もう目は冴えたから! 受け止めろオノノクス!」

 いつだって僕らはそうやって困難を打ち破って来た、真正面から越えてみせる!
 翼竜が双爪を翳して超高速で振り下ろし、対するオノノクスは未だ足元がおぼつかず伏し目がちになっていたが、その声が届いた瞬間瞳に爛然と火が灯り突き出された翼爪を腕で弾いた。
 どうやら混乱が解けてくれたらしい。この好機をものにしてみせる、ここで一気に攻め立てる!

「逃がしやしない、ドラゴンクローだオノノクス!」
「ハ、小癪なあ」

 碧き剛爪で地面を抉りながら掬い上げ、土砂を勢い良く弾き飛ばすが翼をマントのように翻して目潰しは防がれてしまう。だがそれで良い、一瞬でも動きが止められたならおそらく次は。

「望み通りお見舞いしてやるぜえ、ストーンエッジィ!」
「ふ、何度やろうが結果は同じさ! アイアンテール!」

 すかさずオノノクスが後方回避して眼前に突き立てられた石柱を鋼鉄の尾で打ち砕いて弾丸の如く無数の破片を吹き飛ばし、しかし流石の瞬発力だ、プテラは軽々と身を翻してその悉くをすり抜けていく。だがこれだけ近付けば十分だ、呼吸を合わせて二人で吼える。

「押して押して僕らの道を貫き通す、もう一度だオノノクス! げきりん!」

 何度と刃を交えこの技だけは“みがわり”を発動させるに至った、勝機があるとすればこれだけだ。全身から膨大な竜気が煌々と溢れ出し、抑え切れない本能に身体を委ねて顎斧竜の瞳が朱殷に染まる。
 こうなったオノノクスはもう誰にも止めることが出来ない。先程は防がれてしまったが……“みがわり”には体力という回数制限がある、ならばきっと次こそは!

「またげきりんですか!? イケイケどんどんですねソウスケさん!」
「キノコのほうしは来ねえからな、とはいえノリにノってんなああの野郎!」

 全身から煌々と竜気を噴き上げて対する翼竜を睨み付けたオノノクスは号砲のように雄叫びをあげ、大気が震える刹那の緊張を切り裂き一気呵成に駆け出した。

「君は自由に暴れてくれれば良い、信じているよオノノクス!」
「触らぬ神に祟り無しだなあ、飛べえプテラァ!」

 わざわざ暴走に付き合ってやる義理も無い、力強い羽ばたきで飛翔し大空高くへと急上昇するプテラを追い掛けるようにすかさずオノノクスも跳躍し、竜気を束ね形成された巨大な竜爪が凄烈に迫る。
 それでも翼竜を捉えられない、突き出された爪先は脇腹を擦りるに留まり安堵したのも束の間。大空へ遠ざかっていく翼竜を執念深く睨め付けたオノノクスは咆哮と共に口を砲台のように大きく開け放ち。

「オノノクス……ソウスケさん、彼は何を!?」
「さあな、僕にも分からんぜ。だがきっと凄い一撃だ!」

 禍々しい竜気が大気を震わせる程に激しく砲門へと収束していく。最大限まで高まった緊張に静寂が降り時間が止まって──次の瞬間、解放された膨大な竜気が極大の光線となり逆巻く奔流が紅く空をも塗り潰した。

「おいおい、なんだあそりゃあ……みがわりぃ!」

 流石のプテラといえどこれ程の大技を避け切れないらしい、咄嗟に翼竜が金切声で叫んで再び分身を生み出し、寸前で渾身の一撃が届くことなく終わってしまった。あともう少しだったと悔しそうに舌を鳴らすソウスケだが、ふと抱いた違和感に気付いて怪訝そうに対敵を睨み付ける。

「……そうか。恐らく、あと二回」
「だろうな、そこが勝負の分かれ目だ」

 流石は最高幹部の鍛え上げたポケモンだ、ここまでで被弾が多過ぎた。相手は未だに道具を見せてはいない、もし自分の予想が正しければ──もう間も無くで、一気にこのバトルの趨勢が傾くだろう。

「え? あ、まさか……」
「多分テメェの思った通りだ、頑張れよソウスケ……!」
「オノノクスも頑張ってくださーい!」

 ぼそりと呟いたソウスケの言葉を拾ったレンジが神妙に頷き、これまでの戦いを通してワンテンポ遅れて察したエクレアも思わず緊張しながら快活に叫んだ。
 友の声援に振り返ることなく戦場を睥睨するソウスケは力強いサムズアップで返し、立ち塞がる敵を悦びと焦燥に睥睨する。

「良いぜえ、降下しろおプテラ! ストーンエッジィ!」
「もう一度だオノノクス、げきりん!」

 これ以上空に居たところで大して結果は変わらない、そう判断したアイクが指示を飛ばして再び瞬く間に距離が縮まっていく。猛然と急降下し一気に眼前へと躍り出たプテラは振り上げられた紅き竜爪を紙一重で躱し、背後へと突き抜けて咆哮すればオノノクスの八方から岩柱が峻烈に突き上げた。
 だが一度逆鱗に触れた竜はもう誰にも止められやしない。我を失いながらも本能で危険を察知するとすかさず全身から竜気を噴き上げて、逆巻く奔流を以てその切っ先を打ち砕く。

「馬鹿力があ、やりやがってえ!」
「もっと褒めて良いぞ、いずれ最強になる男だからな!」
「あーあ良いぜえソウスケェ、最高だあ!」

 まさかいくら“げきりん”を発動しているとはいえそうも容易く砕かれるとは思って居なかったのだろう。予想以上の凄まじさで猛り狂う力に最高幹部は興奮に嗤い、少年はその通りとばかりに誇らしそうに胸を張る。
 そのまま跳躍したオノノクスが強靭な尾を振り抜けば膨大な竜気が生み出す嵐が地上を深く抉りながら横薙に振り払われ、「みがわりだあ!」しかし三度生み出した分身によってまたも寸前で躱されてしまった。

「っ、まだまだぁ! もっともっと攻め込むぞオノノクス!」

 それでも“げきりん”は終わらない。荒れ狂うオノノクスの攻撃の間隙を掻い潜って突き出された翼竜の尖爪を振り払えばしくじったプテラはそのまま急上昇し、逃がさないとばかりに顎斧竜が砲口を開け放ち極太光線を撃ち出すが流石に易々と同じ技を喰らってやくれない。
 急加速からの旋回で辛うじてプテラは難を逃れてそのまますかさず攻勢に移り、しかし八方から突き上げられる岩槍が装甲に達するより速く跳躍したオノノクスは対敵の眼前へ怒涛と迫る。

「来ぉいオノノクス! ドラゴンクローだあプテラァ!」
「だったらこっちも、切り裂けえっ!」

 最高幹部が叫びプテラが構え、顎斧竜も碧爪を形成してすれ違うが互いに一撃が届かない……けれど逆鱗は此処で終わらない。
 すぐさま振り返ったオノノクスが遠ざかる背中を朱殷に滾る双眸で獰猛に捉え、絶叫と違える怒号を轟かせると空中で極大光線を解き放った。

「ったあく運の良い野郎だぜえ、混乱知らずかあ! みがわりだあ!」
「っ、よく頑張ってくれたねありがとう! まだやれるかいオノノクス!」

 これで四度目──恐らく最後の分身を生み出した。
 迸る紅気は分身など忽ち焼き尽くし、天上へ舞い上がるプテラを焦点の合わない瞳で見上げて着地したオノノクスはあまりに力を酷使し過ぎて限界が近付いて来たのだろう。覚束ない足取りで混濁とした頭を振って必死に意識を保たんと抗い、よろけながらも辛うじて残る理性で頷いてみせる。

「分かってるぜえ、此処に賭けてんだろお?」

 プテラは何度と体力を削って分身を生み出していた。直撃こそ避けていたものの既に彼も残された力は限界に近く──それでも不敵に声高く嗤い、今まで残していた果実を翼爪で乱暴に懐から掴み出した。
 それは海の力を宿すと言われる白い果実、“チイラのみ”を握ったプテラは待ち望んでいたとばかりの勢いで咀嚼する……その効果は当然ソウスケもよく理解していた。窮地に食することで攻撃を上昇させる木の実、大顎で噛み砕き美味しそうに飲み込んだプテラは次に繰り出す一撃に勝負を賭けて効果で攻撃力を上昇させる。

「だったら試してみやがれえ、てめえらの信じる希望ってやつをなあ!」
「フ、当然! 僕らは己の限界を越えて、君達という壁を乗り越える!」

 此処まで至れば相手の目論見など分かり切っている、だからこそ二人の双眸が真正面からぶつかり合って真っ直ぐな叫びが戦場に響いた。力強く羽ばたく翼竜が目を細めながら大地を見下ろし、混乱を必死に堪えて理性を保つ顎斧竜が目を見開いて焦土を踏み締め天を仰ぐ。

「友に誓ったんだ、この終焉を越えて約束を果たすと! これで勝負が決まる……気張って行くぞオノノクス、りゅうのまい!」
「は、そいつぁ残念だったなあ、てめえらにゃあ明日は来ねえってえのによお! 終わらせてやれえプテラァ、ストーンエッジィ!」

 そしてプテラの咆哮が高く大空へと響き渡れば四方八方から強堅尖鋭な岩槍が突き上げて、数え切れない傷が刻まれた対敵の装甲へと一切容赦無く突き立てられる。
 無数の刃が胸を穿ち、腕を切り裂き、背中を貫き──それでも、終われない。全身に刻まれた熱く激しく灼け付く痛みを気合と咆哮で吹き飛ばし、それでもオノノクスの力強く神秘的な舞は止まることが無い。
 混乱と傷に何度と飛びそうになる意識を友の呼ぶ声が繋ぎ止めてくれる、だから限界を感じても立ち上がれる。雄々しく轟く咆哮と共に勝利を望み舞い踊り続けて──ついに、この身体に残された全ての力が凄絶な気迫と共に解放される。

「……ありがとうオノノクス。よく、耐えてくれたね」

 ほんの僅かでも軌道がずれていれば、急所を貫かれ満身創痍のオノノクスでは耐え切れなかったろう。青空へ掲げた剛掌に碧く透き通る粒子が束ねられ、掴み取った希望を宿して眩い竜爪が象られていく。

「これで決めるぞオノノクス、僕らの想いは止められない! ドラゴンクロー、切り裂けえっ!!」
「迎え撃てえプテラァ、ストーンエッジィ!」

 強く大地を蹴り付け一気に駆け出す、覚悟を決めたオノノクスを岩の盾などでは阻めない。幾重にも聳え立つ岩柱の障壁をいとも容易く切り裂いて、瞬く間にその先で羽ばたく翼竜の眼前へと辿り着いた。
 回避も反撃も間に合うはずがない。顎斧竜が突き出した碧き竜爪は咄嗟に構えた両翼の防御ごとプテラを貫き──刹那、時間が止まったように静まり返った。

「は、よおく戦い抜いたあプテラァ」

 それでも時は刻み続ける、限界に達し意識を失ったプテラは凄まじい衝撃で後方へと吹き飛ばされて。すかさずアイクが腕を突き出して翳したハイパーボールから放たれた閃光がなおも遠ざかる翼竜に追い付き、暖かな粒子は柔く穏やかに瀕死の身体を包み込んでいく。
 翼竜に纏わり付く光の塊は次の瞬間には黒白球の内に消え、あんな激闘を繰り広げていたなんて嘘のよう、荒れ果てた戦場には肩で息をする満身創痍のオノノクスと翼竜を呑み込んだ紅き残滓だけが残された。

「ああ、よくやったあ。ここまでやりゃあ十分だあ」

 握り締めたハイパーボールを目の前に翳せばその内から徐に瞼を開いたプテラが歯を噛み締めて見上げてくるが、倒し切れなかった己の不甲斐なさを悔いるような姿にアイクは首を横に振って口元を歪める。
 元々キノガッサで奴を仕留めるつもりだった、それが眠らせてもすぐさま起き上がり混乱状態でもただの一度も自傷をしない。ソウスケの言うところの“絆の力”とやらで何度と想定を越えて押し切られたのなら、ただただ彼らが強かっただけだ。

「は、余程空が楽しかったかあ?」

 何を思うか目を細めながら見下ろしてくる蒼い瞳に、伝え切れない感謝をプテラは叫ぶ。
 ──アイクは命の恩人だ。かつて自分はエイヘイ地方から遠く離れた場所で、何も理解が出来ないままに目が覚めた時から実験を受け続けていた。
 来る日も来る日も己を閉じ込める檻から出されては鱗を剥がれ、何かを注射され、時には意味の分からない薬を飲まされる……そんな辛く苦しいだけの日々を送り。
 夜が来る度に、いつか自由に飛び回っていた果ての無い空を夢に見た。檻の中から見上げる天窓の向こうにある夜空を舞う鳥に想いを馳せて、叶いもしない夢に縋り付いてばかりで。

「あーあそうだぜえ。お前はもう自由だあ、あの時からずーっとなあ」

 そんなある晩、星が流れた。今も瞼に強く灼き付いているあの輝きは自分には遠く縁の無い存在だと思っていて、しかし見る見る内に大きくなると施設一帯ごと自分を閉じ込めていた檻をぶち壊した。
 次々に降り注ぐ蒼き星々は尽くを滅ぼして、怯え逃げ惑う研究員達、ようやく解放され広い世界へと飛び立つポケモン達。災禍を前にして生けとし生ける者達が蜘蛛の子を散らすように消えていくその中央に佇んでいたのが、一人の男と黒き三つ首龍──現在は己の主人であるアイクと、その相棒のサザンドラだった。

「ったあく、禄でもねえ奴らも居たもんだあ。はっは、おれにだけは言われたくねえだろうがなあ」

 プテラと出会ったのは、遠い地に在る実験施設だった。化石ポケモンの古代の遺伝子を呼び覚ます、ポケモンの限界を越えた性能を引き出す、理性を鎮静させ敵意を育み戦闘マシーンを造り上げる──後のことなど知ったことではない、ただ其処が気に食わなかったから全てを壊してポケモン達を解き放った。
 所詮自分が行ったのは気まぐれな蹂躙だ、誰かに感謝されるようなことなどしていない。だが廃墟と化した其処から立ち去ろうとした時に、残された一匹が背後で叫んだ。自分も仲間になりたいのだと。
 別に受け入れる理由も断る理由も自分には無い。共に広い世界へ羽ばたきたいのなら、と思ってその懇願を受け入れた。

「それなのに……てめえらは本当に馬鹿な奴らだぜえ」

 アイクの言う通りだ、別について行く必要なんてどこにも無かった。他の被験体みたいに人が踏み入らないようなどこか遠い場所へ逃げれば今よりずっと楽に生きられただろう。
 ……けれど、それでも一緒に生きたいと思った。自分を救ってくれたから、彼となら見たかった景色へ届くと思ったから。
 元より今在る世界は自分が居た時代では無い、現在に未練などあるわけがない。闘争の愉悦と分かり合える友が自分を満たしてくれる、世界がどんなカタチになろうと見上げた空も憧れた星も変わることはない。
 とても言葉では表し切れない感謝を告げて、主人と仲間達の勝利を信じ限界を迎えたプテラはいつかの憧憬に想いを馳せて徐に瞼を伏せた。

「は、はっはは……まさかまさかだあ、やるなーあソウスケェ!」

 疲れ果て眠りについたプテラが収まるハイパーボールを腰に装着して、高らかに息を吐き出したアイクが心底可笑しいみたいに哄笑をあげる。
 次いで吐き出されたのは一切の曇り無き純然たる賞賛だ。これまでの破壊と蹂躙をもたらす絶対強者の嘲笑ではなく、戦いの中で絶えず進化を続け対等に渡り合えるまでに至った好敵手への歓喜。

「まさかおれのポケモンを二匹立て続けに倒しちまうたあ流石に予想以上だぜえ!」
「当然さ、僕らはいずれ最強になるポケモントレーナーなのだからね! そのくらい出来なくてどうするって話さ!」
「その言葉に偽りは無えみてえだなあ! よくも此処まで強くなったあ!」
「支えてくれる仲間が居てくれたからな! 絶対に勝つ、皆で願った明日を迎える為に!」

 どうしても拭うことが出来なかった凍り付くような恐怖すらをも最早忘れて、最高幹部と臆せず向かい合うソウスケの瞳に映るのは炎のように熱く燃え滾る希望だ。
 ようやく最高幹部と対等に渡り合えるようになって来たかもしれない、これでほんの少しだが数の上ではリード出来た。互いに力を認め合い共に歩んで来た仲間達と共に、絶対に勝利を掴み取って見せる。
 揺らがなき決意を握り締め爛然と照り輝く太陽に突き出し──この決戦の果てにある景色を想い、心の底から笑ってみせた。

■筆者メッセージ
レンジ「お前もう心配させやがって、運任せにも程があんだろ!?」
エクレア「そうですよー!もしどこかでやらかしちゃったらどうしてたんですか!?」
ソウスケ「はは、その時は負けていただろうね」
レンジ「呑気すぎんだろお前、バカか!バカだろ!?」
ソウスケ「ふ、馬鹿なのは自覚しているが…しかたないだろ?そうでもしなきゃ彼には追い付けないんだから」
エクレア「それは…まあ、そうですが」
レンジ「いやだからってお前なあ!」
ソウスケ「信じていたからね、オノノクスのことを。実際なんとかなったんだから良いだろ?」
レンジ「はあ…もう良いわ、てめえはそういうとこあるよな」
エクレア「でも素敵ですよね、そうやって信じてホントに出来ちゃうのって。かっこいいです」
レンジ「そりゃあ素敵だ、普通上手く行くわけねえんだから」
ソウスケ「やれやれ嫉妬は辛いね。分かった分かった、出来る限りは気を付けるよ」
レンジ「お前本当腹立つなあ!?」
せろん ( 2021/06/30(水) 20:56 )