ポケットモンスターインフィニティ



















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第十四章 星を撃つ灼焔
第118話 繋がる想い
 大雨の中に上げる絶叫は吹き荒ぶ嵐に虚しく掻き消され、圧倒的な力で君臨する暴威が哄笑と共に悪意を収束させていく。
 眼前に聳えるは豪雨と暴風の吹き荒ぶ天に惑わず羽ばたく漆黒の六翼、開華の如く鬣を逆立て獰猛に牙を打ち鳴らす三叉の首。強靭な深蒼の鱗に覆われた漆黒の暴竜、動くもの全てを喰らい尽くすと言われるきょうぼうポケモンのサザンドラ。
 その後ろには裸に青いジャケットを羽織り、蒼黒の髪を無造作に逆撫でた恰幅の広い最高幹部アイク。目尻が下がり気だるげな風貌とは裏腹にその口元は闘争の愉悦に歪に吊り上がっている。

「面倒だったがあ、これで終わりだなーあ。行けえサザンドラァ、あくのはどう」

 主人エクレアの眼前に倒れ臥す雷狗は歯を食い縛って庇うように懸命に立ち上がるが既に満身創痍で、残された最後の力を振り絞って発動した“かみなり”も容易く掻き消され──悪意を束ねて解き放った膨大な奔流は、絶望の如き深い漆黒を湛えて少女とその相棒へ降り注いだ。

「そんな……あたしは……っ!」

 どうしようもない己の無力、何も為せない変わらぬ弱さ、永遠にも思える刹那に駆け巡る走馬灯に唇を噛み締めて。それでも瞳を逸らすことなく最後まで敵を見据えたままで──ついに、目の前が真っ暗になった。

「エクレアァァアアッ!!?」

 キングドラと交戦していたクチバが雨の向こうに垣間見えた光景に絶叫を響かせたが、吹き荒ぶ嵐に声は虚しく掻き消されてしまう。膨大な波動が炸裂して巻き起こる爆風が荒々しく吹き踊り、視界が黒く覆われていて。
 一寸先の闇への希望も失われ、それでも諦められずに縋るような思いで降り注ぐ雨が爆煙を切り裂くのを見据えていると、やがて視界を遮る帷が少しずつ薄れて行った。

「面倒だぜえ、新手のおでましとはなあ……」

 篠突く雨に貫かれ次第に晴れて行く世界の隙間で眩い光沢が照り返し、時を待たずに怒号を轟かせれば忽ち纏わり付く目障りな黒煙を吹き飛ばしてその雄々しき姿が露わになる。
 天を衝く鋭利な双角を掲げた兜、一切の攻撃を通さぬ白銀の鉄鎧を身に纏い強靭な尻尾を備えた怪獣──現れたのは、山一つを縄張りにするてつヨロイポケモンのボスゴドラだ。

「ようエクレア、なんとか間に合ったみてえだな」
「れ、レンジさぁん……助かりましたぁ……!」

 その隣に佇むのは黒い短髪、黒の革ジャンを着た少年……紆余曲折を経て仲間になった友人のレンジ。嵐をものともせずに振り返った彼は歯を出して笑い、心を埋め尽くす恐怖と緊張の闇から解き放たれた少女が涙を零しながら深い安堵を吐き出した。

「はっはあ、誰かと思えばあ……」
「久し振りじゃねえかアイク、相変わらず縁起悪い面してやがんな」

 背後に侍る赤きたてがみの獅子カエンジシも息を整えながら炎の吐息を吐き出して、レンジ達が絶対的な力で聳え立つ最高幹部を睨め付ける。
 ただ対峙するだけで心臓を鷲掴みにされたような威圧感を放つ底知れない強さ、災禍の具現と呼ぶに相応しい威容に脚は竦んで手は震え。
 それでも少年は怯む事なく、濡れて張り付いた目障りな前髪を掻き上げながらアイクとサザンドラへと向かい合う。あの頃の弱かった自分はもう居ない、支えてくれる皆が居るのだからと強く己を奮い立たせて。

「おーいおい、屑の分際で偉くなったなあ?」
「おかげでな。同じろくでなしでもてめえよりマシにはなれたみてえだぜ」
「まーあ、ちったあ歯応えのある奴が来たのは何よりだあ」

 振り返らずとも自分のことのように理解出来る、背後で少女が唇を噛み血が滲む程に強く拳を握り締めているのを。当然だ、ただ圧倒的な力に押し潰されてしまったのならまだしも歯牙にも掛けられていないのだから。
 己の無力を噛み締めることしか出来ない屈辱と悔恨はこの旅で数えきれない程身体に刻まれて来た、何度と挫けてしまったから。──だが。

「あんな馬鹿なんざ気にすんな、お前は誰よりもつえーよエクレア。おれなんて『こんな化け物に勝てるわけない』ってずっと諦めてたんだぜ」
「でもあたしは、結局何も……」
「お前らが食い止めてくれたおかげで犠牲が出る前に間に合ったんだ、……ありがとな」

 遠い目をしていつかの自分に思いを馳せていた少年は、肩越しにはにかんで照れ臭そうに友を讃えると襟を正して向き直る。
 今でも鮮明に思い出せる、あの圧倒的な力に成す術もなく捩じ伏せられて諦めてしまった己の弱さを。災害になど勝てやしない、誰にも最高幹部の牙城を崩せず終わりを待つしか出来ないのだと。

「馬鹿な友達のおかげでやっと踏ん切りが付いたぜ。今のおれに何が出来るかなんて分からねえけど、ヒーローになる為に立ち向かうんだってな」
「レンジさん、……ありがとうございます」
「礼なんていらねえよ、おれ達が借りを返す番ってだけだ」

 彼女は自分なんかより余程強い。相棒を奪われ記憶すら書き換えられてもなお諦めずに立ち向かい、おれなんかを赦して共に戦ってくれると言ってくれたのだから。
 一度道を踏み外した自分をそれでも信じてくれた恩に報いてみせる、眼前に聳え立つ黒竜と最高幹部を再び力強く睥睨してみせた。

「おいカエンジシ、そいつを連れてソウスケんとこに急げ!」
「え、待ってくださいレンジさん!? あたしはまだ……」
「うっせえさっさとあのバカ呼んでこい! ほんっとうに悔しいが……あいつが一番ツエーんだよ!!」

 背後に侍っている獅子へ呼び掛ければ、彼は刹那瞳を逡巡させるが一呼吸を置いて頷くと少女の服を噛んで否が応でもその背に乗せる。
 無論エクレアは自分も残るのだと抗議に叫ぶが、最高幹部は手負いの奴らが束になったところで敵う相手などではない。奴を倒すには最強のトレーナーをぶつけるしかないのだ。

「……分かりました、信じてますからね!」

 躊躇うように口籠っていた彼女も、そんなこと頭では理解していた。いずれにせよ今の自分には信じることしか出来ない、ならば……カエンジシの首元を撫でて頷き合うと、赤獅子は風の如くに泥濘んだ草波を蹴り駆け出した。

「……へ、これで気兼ね無く戦えるぜ。あの頃のおれだと思うなよ?」
「たかが知れてるがなあ。来いよお、何度でも叩き潰してやるぜえ」
「人をゼリー扱いすんじゃあねえぜ、二度と潰されるかってんだ!」

 遠ざかるその背を見届けて挑発するレンジに気怠げに頭を掻きながら溜息を吐き出したアイクの背後では膨大な波濤が吹き上がり、幾重の雷電や無数の岩礫が衝突しては余波を撒き散らしながら鬩ぎ合う。
 アイクのキングドラとクチバらのポケモン達が交戦しており、天候を味方につけたおかげで海馬の優勢ではあるものの予想以上に粘られているようだ。痺れを切らして新たなハイパーボールを投擲すると纏わり付く赤光を払い三匹目のポケモンが姿を現す。
 甲高い声を響かせ空を裂くのは古代より蘇りし空の王者、堅固な竜鱗を纏い雄大な翼を羽ばたかせる鈍色の翼竜プテラだ。

「さあて、てめえはどんだけ立ってられっかなーあ?」
「知らねえよ、んなもんやれば分かることだろうが」
「はっは……違えねえ」

 六翼を羽ばたかせ轟咆を上げるサザンドラの背後で哄笑するアイクの嘲りなど意にも介さず、眼前に聳え立つ相棒の銀鎧を仰いで少年は拳を握り締める。
 心底に刻み込まれた恐怖に鼓動は騒々しく早鐘を打ち鳴らし、気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうになり。けれど誰でもない自分自身に誓ったのだ、二度と暴威になど屈したりはしない……今度こそ、なりたかった自分になるのだと。

「行くぞボスゴドラァ! 真正面からつっ切るぜ、ストーンエッジ!!」
「さっさと吹き飛べえ、だいちのちからだあ」

 己が願いを心に掲げた少年が決意と共に声高く叫び、対する最高幹部は面倒だと言わんばかりに気怠げに相棒へと指示を飛ばす。
 列を成して突き上げる無数の岩槍が嵐を背に舞う暴竜に迫るが、咆哮と共に地の底より噴き上げた力は忽ち大地を切り裂き石柱をも溶かすと意趣返しとばかりに眼前へ迫った。

「……っ、飛べボスゴドラ! アイアンテールだ!」

 口惜しいが未だ発動するには早すぎる、此処は回避するしかないがそう易々と一撃を貰い受ける鉄鎧ではない。強靭な尾を力強く地面へ叩き付けその反動で灼熱が届かない程高く跳躍し、どうせすぐさま追撃が来る、すかさず身構え眼下を睥睨した。

「はっは、あくのはどう」
「んなもん食らうかよ! 受け流せボスゴドラ、アイアンテール!」

 豪雨を切り裂き背後へ躍り出た暴竜が三叉の首から漆黒の波動を解き放ち、空が悪意に飲み込まれる。だが対する鉄鎧は再び鋼鉄の尾を振り抜き螺旋の軌道を逸らして、辛うじて直撃を避け撒き散らされる波濤が地上を滅ぼすその傍らで安堵と共に地へと降り立つ。

「ったく、やりづらいったらありゃしねえ。よく凌いでくれたなボスゴドラ」

 用心深く身構える相棒と共に頭上で吹き荒れる暴威を見上げたレンジが苛立ちと共に舌を鳴らした。
 彼の相棒ボスゴドラは高い攻撃と他の追随を許さぬ絶対的な防御を誇り正面からの殴り合いに強いが、迎え撃つサザンドラはボスゴドラの苦手とする機動力と特殊攻撃に秀でている。特防と瞬発力の低いボスゴドラでは相性は最悪だ、だからたった一つの勝機に賭ける。

「はっは……多少は毛が生えたってとこだなあ。だったらこいつあどうだあ、あくのはどうだサザンドラァ!」

 連撃を防がれてなおアイクの余裕は揺らがない。続けて大空を駆ける翼竜が漆黒の螺旋を天を穿つと空中で炸裂し無数にも枝分かれした黒旋が雨の如くに降り注ぐ。

「あの野郎、ほんっと性格の悪いやつだぜ……! んなもん食らうかってんだ、ストーンエッジで迎え撃て!」

 奴は案の定目論見を看板している、僅かでも手傷を負わせれば頓挫してしまうのだから。だがそんなのこちらも承知の上だ、自身の周囲に突き上げた無数の岩槍を砕いて放った無数の岩礫で迎え撃ち天と地の狭間で技と技とが絶え間無くぶつかり合って相殺していく。

「まだまだ行くぜえ、だいちのちから」
「……っ、もう一度アイアンテールで跳躍しろ!」
「だろうなーあ、ほらよおお次はばかぢからだあ!」
「何度だろうが防いでやるよ! 迎え撃てボスゴドラ、もろはのずつき!」
 
 宙に巻き起こる無数の爆発が降り止み暴風と雨音だけが再び響くが、彼らの闘争は尚も動きが絶えることが無い。
 二度大地を穿ち噴き上げる灼熱を尾の反動による跳躍で再び躱すと、瞬く刹那に眼前に暴竜が躍り出ていた。全身の力を両首に込めたサザンドラが鉄鎧の怪獣を渾身で殴るが、全霊を頭蓋へ束ねたボスゴドラが命を賭して真正面から受け止めた。

「なんつー威力だ、これでも相殺がやっとかよ! 畳み掛けっぜストーンエッジ!」
「んなもん届くわきゃあねえだろお、あくのはどうだあ」

 めくるめく火花を散らして鬩ぎ合う二つの大技が激しく拮抗して鎬を削るが、その凄まじい威力に盛大な爆発を起こしてどちらともなく吹き飛ばされる。
 泥濘を踏み締め着地したボスゴドラは特性石頭により反動が無く、間髪入れず幾重に連なる岩槍を放って息つく暇も無く攻め立てて。しかし六翼による空中制御ですぐさま攻勢に転じたサザンドラが真正面から波濤を解き放ち、容易く刃が折られてしまった。

「だろうな、だけどピンチはチャンスだ! もろはのずつきで迎え撃て!」

 分かっている、最高幹部を相手に下手な策も小細工も通用しない、ならばどこまでも真正面からぶつかり合うだけだ。再び命を懸けて放った渾身の一撃で吹き荒れる漆黒の波濤を相殺すれば、なお留まらない力の奔流が盛大に炸裂し黒煙が視界を覆い尽くしていく。

「このまま突っ切るぜボスゴドラ、アイアンテール!」
「受け止めろおサザンドラァ」

 圧倒的な防御力を誇る鎧はこの程度では傷付かない、吹き荒れる爆風に臆することなく鉄鎧が飛び込み突き抜けた先に舞う黒竜へと鋼鉄の尾を振り抜いた。
 だがサザンドラは動くもの悉くを喰らうと貪欲な習性だ。眼前を横切る鉄尾を見るや否や右頭が勢い良くそれを咥えるとアイクが退屈そうに溜息を吐き出して。

「まーあ、所詮はこの程度ぉ。確かに腕は上げたようだがあ、これが限界ってーえ奴だなあ」
「ざけんじゃねえ、おれ達はまだ戦えんだよ!」
「ちげえだろお、てめえの目的はもう勝つことじゃあねえ。そのままあくのはどうだぁ」
「……へ、だったらどうした。ストーンエッジだボスゴドラ!」

 左首が口元にエネルギーを蓄えた瞬間にボスゴドラが咆哮を上げて岩槍を隆起させ、暴竜が反射で身を躱した瞬間に僅かに力が緩んで力の限りに引き剥がす。
 幸い傷にはなっていない、更にそのまま石柱を砕いて瓦礫を発射した瞬間にはもう視界から掻き消えていた。

「飽きた、面倒臭えってえ言ってんだよお……あくのはどうだサザンドラ」
「違えな、びびってんだろ。後ろだボスゴドラ、もろはのずつき!」

 吹き荒ぶ嵐を駆る影を相棒も捉えていた。言うが早いかすぐさま振り返れば三叉を束ねた膨大な奔流が総てを呑まんと降り注ぐが、命懸けで放つ渾身の一撃で辛うじて相殺し世界が爆風に覆われてしまう。

「おらどうした、おれとボスゴドラはまだまだ行けるぜ。てめえらの攻撃をこのまま防ぎ続けるくらいわけはねえ」
「随分安い挑発だなあ、余程その技を使いてえんだろお。良いぜえ、どうせ届きゃあしねえからなーあ!」
「……最後まで無茶ばっかりさせて悪いな。ありがとよ相棒」

 己の旅路を振り返れば、いつも相棒に無茶をさせてばかりで。穏やかな声色に振り返った鉄鎧の怪獣は心からの笑顔で頷いてみせた。
 主人との絆を掲げた鉄鎧の怒号が雄々しく空を貫いて、絶対的な力を誇る暴竜が天地を震わす咆哮轟かせ、その衝撃で忽ち視界が晴れ渡っていく。
 哄笑が響き渡る嵐の下で大地が忽ち罅割れていき、心が凍り付く程の恐怖を越えて熱く打ち鳴らす勇気を胸にボスゴドラが力強く大地を踏み締めた。

「これがおれ達の大一番だ……全身全霊で越えてみせる!! 受け止めろボスゴドラッ!!」
「はっは、望み通り焼き尽くしてやるよお……だいちのちからだあ!」

 そして、これまでを遥かに凌ぐ最大規模の出力で解き放たれた力が地の底から夥しく溢れていく。
 凄まじい灼熱と威力を以って地の底より放たれた膨大な赫光が視界の端までを灰燼へ還し、噴き上げる凄絶な力の奔流に真正面から立ち向かったボスゴドラが全身を焼く耐え難い衝撃に想像を絶する悲痛な絶叫を上げる。
 更に背後で海馬と翼竜に抗戦していたポケモン達までもが大地の力に飲み込まれてしまい、星を堕とさぬ一撃ですらあまりにも強く辺りが地獄のような様相へと変貌を遂げてしまった。

「……まだだ、まだおれ達は倒れねえ! お前はこのレンジ様が信じる最強のポケモンだ、そうだろ相棒!!」

 戦場を切り裂く亀裂こそ塞がったものの燃え盛る大地は黒く焼け爛れており、それでもその中心に立つボスゴドラは砕けそうな程に強く歯を噛み締めて今にも途切れてしまいそうな意識の糸を必死に繋ぎ止めて勇ましく応える。
 この旅は、そんな戦いの連続だった。何度と繰り返された遥かなる強敵との対峙、互いに認め合う好敵手との全てを絞り出す瀬戸際の決戦……だから、こんなの慣れっこだ。
 数え切れない出会いと別れ、想いを懸けてぶつかり合うポケモンバトルを通してやっと見つけられた光射す想い。まだ見ぬ未来への希望が心に宿る限り、世界を滅ぼす一撃にだって耐え抜いてみせる。

「痛みも想いも願いも何もかも……おれ達の全てをこの一撃に乗せてやる!! 行くぞボスゴドラ、メタルバーストォオッ!!」
「だろうなあー……面白みのねえ。迎え撃てサザンドラ、りゅうせいぐんだあ」

 懐に備えていた赤と黄色の帯、効果を発動出来ればどんな攻撃からも一度耐えることの出来る持ち物“きあいのタスキ”が千切れて、風に乗り遠く彼方へと吹き飛んでいった。
 鉄鎧に覆われた身体は灼光を浴びて紅く赤熱してしまい、視点の照準も定まっておらず今にも崩れ落ちてしまいそうになりながらそれでも大地を踏み締めて。
 これが自分達に残された最後の希望だ、力の差も相性も全てを覆し得る最大の一撃“メタルバースト”。倒れた者達の想いと己が身に刻まれた痛みの全てを力に変えて──軋んだ鋼の身体が音を立てて動き出すと、その砲口に眩い白銀の粒子が激しく逆巻く。
 時が止まったかのような刹那の静謐は昂る力の胎動により震える世界に打ち破られて、天上を呑み込み雨を掻き消す膨大な白銀光線が闇を貫き解き放たれた。
 同時に暴竜が咆哮を轟かせると積乱雲を突き抜け灼熱を纏いし膨大な数の流星が降り注ぎ、終焉を齎す破滅の星群に爛然と耀く光の奔流が真正面から迎え撃つ。

「こんなもんでおれ達の想いは壊れたりしねえ!! 邪魔な嵐ごと……ぶっ飛ばせえっ!!」
「下らねえなーあ……躱せえ」

 天を呑み込み悉くを砕き滅ぼす希望の光と宙を穿ち禍々しく隕落する火球がぶつかり合うが光線は燃える星をも打ち砕き、尚衰えぬ怒濤の奔流が空を駆る六翼の竜を追い縦横無尽に空を切り裂く。
 だが天翔ける竜を易々とは捉えられない。漸く届きそうになっても幾重にも降り続く隕石に軌道が逸れされ龍鱗に刃を突き立てることが叶わず、次第に威力が減衰し始めたところで蒼き流星と煌く燦々の光線が積乱雲の狭間で互いを喰らわんと激突した。
 少年と相棒の絶叫が響き渡った。めくるめく輝きと燃え盛る隕星が宙の境界でぶつかり合って、地上に届く程の余波を撒き散らして鬩ぎ合う二つの大技はどこまでも道を譲ることが無く──。

「行けぇぇええっ!!」

 それでも、絶対に成し遂げてみせる。強い決意にレンジとボスゴドラが同じ心で腹の底から絞り出して声高く叫び、尚も鍔迫り合う天地鳴動の力と力が……しかし、遂に飽和の限界に達してしまった。
 白銀の波濤が黒く空を覆う積乱雲の中で盛大に炸裂し、白く照らされる世界の中で砕けた星の欠片が空から零れ落ちて行き眩い爆轟が烈々と吹き荒び嵐を切り裂く。
 堰を切り溢れ出した光の洪水は拡散して尚収まるところを知らず、嵐を掻き消す程に荒々しく波打つと視界の果てまでをも焼き尽くしていった──。

「……空が」

 穏やかな、萌黄色の風が優しく頬を撫でる。思わずクチバが言葉を失い、ただ心からの感嘆を漏らした。

「なんと、嵐を掻き消してしまうとは……」

 見上げた空には先程まで嵐が吹き荒れていたのが嘘のように暖かな日射しが降り注ぎ、燦々と照り輝く太陽が聳え雲一つ無い青空が広がっている。
 最大級の大技を敢えて受け止め、己の命を燃やして全てを懸けて解き放った“メタルバースト”が積乱雲も嵐も全てをその威力で吹き飛ばしたのだ。

「そうか、奴はこの瞬間を狙って……全ては後に繋ぐ為に」
「へへ、良くやってくれたな相棒。これで後は……あのバカが」

 ようやく誰もがレンジの意図を理解し息を呑んだ。初めから勝つ気が無いとは言われていたが、ならば何故彼はわざわざ煽っていたのか。それはこの空を吹き飛ばすことにあった、最強と認める友が全力を振るえる舞台を整える為だったのだ。
 そして、全霊を出し尽くして立ち続ける力すら残されていないボスゴドラは糸が切れたように膝から崩れ落ち、眼前に聳え立つ暴威を仰いだ。

「へーえ、まさかてめえがこんなことお……。はっはあ、ちっとばかり意表を突かれたぜえ」

 獰猛な三つ首が牙を打ち鳴らし、蒼紫の竜鱗を纏い漆黒の剛毛に覆われた暴竜サザンドラが三対六翼で雄々しく羽撃く。
 結局、刃を突き立てることは叶わなかった。自分達の戦いはこれで終わってしまう、けれど不思議と恐怖は無かった。

「ま、意表を突くだけだったけどなあ。あばよお……サザンドラァ、あくのはどう」

 確かに想いは繋げられた、きっとソウスケ達ならば成し遂げてくれる。指一つ動かせない程に消耗した疲労困憊の身体は暖かな希望に満たされている。
 逆巻く三叉の螺旋が無抵抗な鉄鎧の巨躯を容赦無く吹き飛ばし、吹き飛ばされたボスゴドラは主人であるレンジの真横を掠めて幾度と転がった後に徐に勢いが収まり地に倒れ伏した。

「……ありがとなボスゴドラ、本当によく頑張ってくれたぜ。きっと後はあいつがなんとかしてくれる、だから安心して休んでくれ」

 駆け寄って来たレンジは屈んで顔を覗き込んでくると優しく穏やかな微笑みを浮かべ、眼球だけを動かして見上げたボスゴドラは安堵に大きく息を吐き出して──意識を失い瞼を伏せたが、その表情はとても満ち足りていて。
 赤い閃光が迸り、鉄鎧を暖かな光が包み込んでいき紅白球の中へと還っていく。カプセル越しに眠る相棒にもう一度心で感謝を送りながら、少年は晴れ渡った空を清々しく見上げた。

「さあて、あとはてめえらだが……ったーく、めんどくせえなあ」

 言いながらしろいハーブを頬張り反動を打ち消した暴竜と共に振り返ったアイクは、その掌に三つのハイパーボールを掴み取っている。
 クチバら三人が思わず息を呑む。キングドラとプテラだけでも苦戦を強いられていたのに、ここにサザンドラや他のポケモンまでもが加わってしまえば敗北は必至なのだから。

「残り何匹なんざあ知らねえがあ……虫の息だろうがあ容赦ぁしねえ。つまらねえのはごめんだぜえ、精々足掻いてくれよなあ」

 容赦無く投擲された黒金の球から解き放たれた紅き閃光が空を切り裂いて、象った影が具現化していき纏わり付く光を振り払って戦場へと新たに三匹が降り立つ。
 残されたたった三人の勇士を相手に最高幹部は慢心も油断もせずに力強く大地を踏み締め聳え立ち、彼の率いる六翼の暴竜サザンドラを筆頭に六つの影が目障りな障害を叩き潰さんと我先に地を蹴り動き始めた。

■筆者メッセージ
エクレア「空が…晴れた」
ソウスケ「そうか、レンジのやつ。僕らが暴れる舞台を整えてくれるなんて前座として最高の働きじゃないか!」
エクレア「前座って流石に酷くないですか!?」
ソウスケ「本人にもその自覚はあるだろうから大丈夫さ。それにもし怒られても彼なら許してくれるしね」
エクレア「なら、良いんですかね…?」
ソウスケ「…それにしても、本当に助かったよ。にほんばれでも時間に限界がある、どうやってこの嵐を消すか考えていたから」
エクレア「ヒヒダルマは雨だと火力が下がっちゃいますものね…」
ソウスケ「ああ、だからもしこのままなら勝機は限り無くゼロに近かった」
エクレア「ちなみに今はどれくらいですか?」
ソウスケ「百億パーセントかな。友に未来を託されたんだ、何としてと絶対に勝ってみせるさ」
エクレア「なんですかその数字!?…くす、頑張ってください!」
ソウスケ「勿論。待っていろレンジ、僕らはきっと勝つからな…!」
せろん ( 2020/12/29(火) 14:22 )