ポケットモンスターインフィニティ



















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第十四章 星を撃つ灼焔
第116話 黒竜轟臨
 激しく降り続く豪雨が視界を遮り、強烈な逆風が吹き付けるアゲト平原。終焉の時が刻一刻と近付く嵐の中でなお掻き消されぬ咆哮が雄々しく轟いて、雷光に照らされた白銀の鉄鎧が口元を歪めて相棒を振り返る。

「おう分かってんぜボスゴドラ。お前はおれの切り札だからな、一旦戻って休んでろ」

 黒いジャンバーを羽織った黒髪の少年レンジが、「自分の出番を楽しみにしている」そう言いたげな相棒に力強く頷いてモンスターボールを翳せば、モンスターボールから迸る光線を浴びた白銀の身体がその球の中へと飲み込まれていく。
 バレットは幹部の座に立つだけあり強敵だ、今までの乱戦で消耗している相棒を此処で疲弊させるわけにはいかない。互いに手持ちを把握しているからこそ慎重に相手の出方を伺うことが重要となる。
 暫時の睨み合いに息の詰まる緊張が迸り、天を切り裂く閃光の中で意を決した二人がほぼ同時に紅白球を掴み取ると雷轟の下で身構えた。

「さあ行くぞ少年よ、何度でも我が力で叩き潰してやろう! 出合えドンカラス!」
「わりいが弱かったレンジはもう居ねえ、最強のおれさまが負けるわけがねえんだよ! 任せたぜオンバーン!」

 半ば己を奮い立たせる虚勢ではあるが、今の自分は過去の己よりずっと進化している。確かな想いを胸に強く頷いたレンジは哄笑を響かせ、闘志と共に高く叫ぶ。
 互いに握り締めたカプセルを威勢良く宙へ投擲し、雨粒を弾きながら突き進み戦場に躍り出ると色の境界から二つに割れて夥しい紅光が溢れ出していく。纏わり付く光を振り払い現れたのは、甲高い咆哮を響かせ篠突く雨に黒翼を羽撃かせる二つの影。
 かたやハットを翼先で撫で、首元を白い体毛に覆われた威厳ある烏のドンカラス。対するは空を切り裂く鋭利な流線の翼、巨大な円耳を備えるしなやかな体躯の翼竜オンバーン。
 互いに手持ちは把握している、ならば勝敗を決するのは純粋な実力だ。嵐の中で睨み合い、此処まで来たら進むだけだ、一呼吸の間を置いて同時に叫んだ。

「早速行くぜオンバーン、ばくおんぱだ!」
「迎え撃て、ブレイブバードだドンカラス!」

 雨を切り裂く羽ばたきで空を駆る二匹が瞬く刹那に距離を詰め、追い風に乗り猛接近するドンカラスを紙一重で躱した翼竜がすれ違い様に耳を振わせ超振動を解き放つが雨粒に遮られ僅かに遅れた。
 咄嗟に身を翻した烏が振り返ると翼を折り畳み攻勢に出る。辛うじて間に合った、音波の壁を無理矢理突き抜けるが完全に勢いを殺されどちらともなく飛び退り、翼竜が痛みを堪えるように歯を噛み締める。

「そのオンバーン、持ち物はいのちのたまか」

 いのちのたま、それは繰り出す技の威力が向上するが代償に体力を削られる持ち物だ。超高速な上に器用なオンバーンが持っているのは厄介だ、早く倒さなければ面倒だろう。

「っ、天候の影響が出ちまうか。だが飛行速度なら負けるわけがねえ、回り込め!」

 単純な飛行速度は勿論水滴を弾く竜鱗と吸収してしまう羽毛の差もある。飛行速度の差は顕著で、文字通り濡羽烏の翼を羽ばたかせ飛び回るドンカラスだが獰猛にその背を追い駆ける翼竜からは逃れられない。

「一気にいただくぜ、いかりのまえば!」

 更に飛行速度を上げ急接近した翼竜の牙が烏の背に深く突き刺さった。あまりの痛みに彼は思わず喘ぎを漏らしてしまうがすぐさま持ち直し、前歯を外して蹴撃の反動で距離を取ろうとした翼竜を睨み付けると全身の力を一点に収束させていく。

「強烈な攻撃だ、だが……この距離ならば外さぬぞ! 力を解き放てドンカラス、ゴッドバード!」

 闇夜でも効く鋭い目でオンバーンを睥睨した烏が渾身の力を収束させていき、更に懐から取り出したハーブを頬張りすぐさま突撃。
 主の「躱せ!」の掛け声に咄嗟に身を捩るが既に見定めていたドンカラスには意味を為さない。全身の力を一点集中させた嘴が鳩尾を深く貫いて、不意に急所を撃たれ落下しながら呻くオンバーンだが瞬きと共にすぐさま体勢を立て直し再び羽ばたく。

「っ、危ねえなこの野郎。けど鳥じゃ竜には勝てねえんだよ、りゅうのはどうだオンバーン!」

 口元に粒子を収束させて解き放とうとした翼竜が思わず目を見開いて動きを止めてしまって、レンジが焦燥を浮かべて舌を鳴らした。ゴッドバードの追加効果の怯みだ、一呼吸遅れて碧き竜光を解き放つが旋回ですり抜け数メートルまで急接近。

「しまっ……」
「日頃の行いが出たな、あくのはどう!」
「てめえが言うんじゃねえよこの悪党! そうは行くかよ、躱せ!」

 勢いはそのまま嘴の先端に収束させた漆黒の粒子が解き放たれて二重の螺旋となり降り注ぎ、しかしオンバーンの瞬発力は他の追随を許さない。すぐさま羽ばたき身を躱すと今度は寸前で回避が間に合い、微かに尾端を掠めたがこの程度手傷にはならない。

「こいつで終わらせてやるよ、ばくおんぱ!」
「させん、ふいうちを叩き込めドンカラス!」
「生憎この程度……効かねえんだよ!」

 再び通り過ぎ様に超振動を放とうとした瞬間にドンカラスが振り返り強靭な爪で切り裂かれ体勢を崩してしまうが、それでも無理矢理耳を振動させ音波を放てば「しまっ……ドンカラス!」しわがれた叫びと共に一羽の烏が吹き飛ばされた。
 それを睥睨しながら翼竜は“いのちのたま”の反動で命を削られるが、まだまだ行けると主人に頷いてみせる。

「無理にでも押し通すか、流石はドラゴンタイプの能力だ、厄介な……」
「ドンカラスは耐久はそう高くない、上から殴りゃ怖かねえんだよ!」
「ほう、確かに以前とは違うようだな」

 ……奴の言う通りだ。オルビス団に入ったばかりの頃の自分は心身共に弱かった、あの頃のままならばとうに敗れていただろう。けれど多くの敗北をこの身に刻み、血反吐を吐く程の鍛錬を日夜繰り返し、友と呼んでくれた男との決戦を越えて本当の意味で強くなれた。
 広げた掌を握り締めて瞼を伏せれば強くなったのを確かに感じる。今の自分達は負ける気がしない、かつてのような傲りではなく──彼らとならどんなことだって出来る気がする、相棒達と掴み取った確信が胸に限り。

「だが儂らとてそう易々と斃れはせん!」
「ハ、随分頑張るじゃねえか。その歳でやることたあ思えねえけどな!」
「この齢に到ったからこそだ。儂とて勝たねばならぬのは同じ、この手で理想を掴む為に!」

 眼窩の奥で重々しく瞼が伏せられて、脳裏に過ぎるのはとうの彼方に置き去りになった遠い遠いいつかの記憶。かつて暮らしていた村を土地開発の為に強制退去させられて、相棒や住処を追われたポケモン達と共にあてどもなく彷徨っていた日々のことを。
 あの時もっと強くなると誓った、何度と立ち向かってその度に理不尽な現実を前に敗れて来た。己の無力を嘆けども何も為せずに時が過ぎ、このまま老い衰えて消えていくのかと諦観に溺れ沈んでいた折にオルビス団が現れた。

「ならば次は此奴で攻める、雨を切り裂く鋼の刃よ!」

 瞼を持ち上げ今にも崩れてしまいそうな老体に鞭を打ち、双眸で確と戦場を見据えて硬く握り締めた紅白球を力の限りに身構える。
 己の願いは変わらない、最早老い先短いこの身がどうなろうが一向に構わん。一度世界の全てが灰塵に還り、ポケモン達の住みやすい世界が新たに創られていくのなら本望だ。

「次鋒はお主に任せたぞ、キリキザンよ!」

 放たれた球は色の境界から二つに割れて、紅く迸る閃光を薙ぎ払い顕現したのは頭に鋭利な半月の刃が突き出す赤鎧の騎士。
 大勢のコマタナを従えて顔色一つに変えずに獲物を群れで追い詰め、手下達が裏切らない よう常に目を光らせながら戦いを繰り返すとうじんポケモンのキリキザン。

「……っ、また厄介な奴が来やがったな」

 この状況で彼を出さない理由が無い、予測は出来ていたが来て欲しくは無かったポケモン筆頭だ。レンジが舌を鳴らしながら慎重に対敵を睨め付けて、オンバーンと視線を交錯させる。
 キリキザンは高い攻撃と防御に加えてあくタイプの器用さとはがねタイプの優秀な耐性を備えるポケモンだ、加えてこの雨で本来弱点であるほのお技も大した効き目にはならない。そしてなにより……“ふいうち”と“おいうち”という体力の少ない相手を詰めるには最適の技を習得するのだ。

「この判断は勝負を分ける、だったらおれ達のやることは決まってるよなあ!」

 選べる道は二つに一つ、かたや苛烈な一撃が伴ってしまう。けれど相棒達と誓ったのだ、自分達には迷っている暇なんて無いのだと。互いの瞳に映る意志を確かめるように頷き逡巡を払う咆哮を上げ、この一撃を届かせてみせる、呼吸を合わせて動き出した。

「行くぞキリキザンよ、おいうちで討ち倒せ!」
「突っ込むぞオンバーン、いかりのまえば!」

 猛然と突撃する翼竜にバレットが眉間へ皺を寄せ、喉元目掛け力強く振り抜かれた右腕を蹴り上げると胴体から突き出す刃の間隙を縫い強烈な一撃を叩き込む。
 牙は鎧を突き破り深く食い込むが無論反撃は免れない、続けて翳された左腕の刀が胸元を切り裂き宙へ投げ出されるがなおオンバーンは倒れない。

「僅かな逡巡も無い、交換を選ぶと思ったのだがな。少なくとも以前のお主ならばそうしていた」
「は、どっかのバカが感染っちまったみてえだな。柄にも無く素直に突っ込んじまった」

 少年レンジは頭を掻きながらあっけらかんと笑っているが、恐らく此方の一手を、読んでいることを読んでいたのだろう。だがオンバーンのキリキザンは対する打点はいかりのまえばが限界だ、奴は次こそ交換する……普通ならばそう考える。

「もう一度行くぜオンバーン、ばくおんぱ!」
「そうであろうな、読めているわ! ふいうち!」
「っ、やっぱ二度目は通らねえか、しかたねえ!」

 大きな円耳を振動させて衝撃波を放とうとしたが、キリキザンは既に眼前に躍り出ていた。腕から伸びる刀で再び胸を切り裂かれた翼竜は途端に制御を失い一直線に落下し、そのまま地上に激突すると瞳を閉じて倒れ臥していて。
 誰の目から見ても戦闘不能だ。泥濘に塗れながら見上げて来たオンバーンは申し訳なさそうに眉間に皺寄せ見上げて来るが、レンジは瞼を伏せながら首を振る。彼はよく頑張ってくれたのだ、何も謝ることはないのだと。

「ありがとうオンバーン、お疲れ様。後は任せてゆっくり休んでな」

 穏やかな微笑を湛えて翳した紅白球から迸る紅い閃光が傷付き倒れた翼竜を暖かく包み込み、安息の地へと誘っていく。光が収まり閉じたカプセルの中ではオンバーンが寝息を立てて眠りに付いており、もう眠ったのかと思わず苦笑しながらベルトへ装着した。
 相手は技範囲の広い厄介なポケモンだ、次に繰り出すべきポケモンを慎重に選んでいると老人が徐に口を開いた。

「……お主は変わったな、既に腑抜けた小僧の目ではない」

 紡がれたのは予想外にも素直な賛辞で、窪んだ眼窩の奥で瞼が穏やかに細められているのを見て虚を突かれたように目を見開いたレンジだが、すぐに調子を取り戻すと瞳を閉じて力強く頷いて見せた。

「おうよ、こんなおれでも信じてくれる奴らのおかげでな」
「ふん、本当に強くなったようだ。味方に居ても敵に回しても目障りとは厄介な奴だ」
「腹立たしいが流石に認めるぜ、あの頃のおれは我ながらどうかしてたかんな」

 度重なる敗北に傷付けられた心はその度にひび割れ鋭利に尖り、やがて目に映るもの全てが敵に見えていった。己を信じてくれるポケモンすらも信じられず一人のつもりで彷徨い続けていた自分が、数え切れない誰かに支えられようやく遠い光の尾を捕まえたから。

「たりめえだろ、今のおれはそう簡単に負けやしねえ。お前達が……相棒が居てくれんだからな!」

 紅白球の中から心配そうに顔を覗き込んで来るボスゴドラへ向けて明朗に笑い、次の一手が決まりベルトに装着されたモンスターボールを掴み取った。
 勝負はまだ序盤だ、決して油断など出来やしない。高く空に掲げた紅白球は雷光を照り返し白く輝き、勢い良く投擲すれば夥しい赤光が溢れ出していく。

「行くぜズルズキン、お前に決めた!」

 象られた影が眩く晴れて、現れたのは赤いトサカを携え皮の衣を腰に纏った橙色の蜥蜴。あくとかくとう二つのタイプを併せ持つズルズキン、かなり有利な対面だ。
 どんな時でも信じ続けてくれたポケモン達、自分を友と呼び暗闇の中から救い上げてくれた友人、一度悪に落ちたおれをそれでも信じてくれた仲間達──掛け替えのない皆が居てくれるから、もう道に迷うことはない。呼吸を合わせて二人で吠えた。


****


 吹き荒ぶ向かい風が体力を奪い身体を貫く雨粒が視界を遮る悪天候、脚を掬う泥濘を踏み締め真正面から立ち向かうのは眼鏡を掛けた金髪の少女。
 声を掻き消す嵐に怯むことなく声を張り上げ、共に戦う天を衝く鬣を備えた蒼き雷狗へと高らか叫ぶ。

「はぁっ、はぁ……っ、まだまだやれます! 行きますよライボルト、かみなりぃっ!!」

 威力が底上げされて噴き上げる土砂混じりの高波を眩く迸る雷撃が切り裂き、その先で構えていた数匹までもが忽ち焼き尽くされて意識を失う。続けて超高速で駆け抜け背後から迫るウツボットを「こおりのキバ!」回り込んで冷気を纏った歯牙で凍て付かせ一呼吸を挟むとポケモン達の間隙を縫い駆け出していく。

「残りもう百匹も居ません、此処から上げて行きますよ! さあ相棒、一気にスパートを……!?」

 嵐よりなお苛烈な乱闘の渦中で果敢に叫び戦い続けるエクレアとライボルトが、不意に芯まで凍り付く悪寒に言葉を詰まらせた。肌が粟立ち血の気が引いていく底知れない恐怖、直後に降り注ぐ膨大な威圧に総毛立ち暫時は呼吸をするのも忘れ、高く吹き荒れる宙を徐に見上げた。

「はっはっは……随分愉しそうじゃあねえかあ」
「その、声は……!」

 鼓動が激しく早鐘を打ち鳴らし、低く獰猛な渇いた哄笑が獣の唸りの如くに響き渡っていく。其処に居た誰もが心底を凍て付かせる威圧に言葉を失い立ち竦み、本能が告げる警鐘を必死に抑えて辛うじて声を絞り出す。

「ついに現れましたね、最高幹部……!」
「あなたは……アイク、様」

 だが彼は絶叫する嵐も投げ掛けられる恐怖も一切を意に介することなく、いやに間延びした気怠げな声を響かせながら浮かび上がっていく一つの巨影は三対六翼の翼を羽撃かせて。
 其処に居た誰もが瞬時にその存在を理解した。ある者は凄まじい威圧に震え強張り、仲間であるはずの部下達ですら恐怖に震え引き攣ってしまっている。
 圧倒的な力で君臨するオルビス団最高幹部の中でもその凶暴性と他を顧みず力を振るう暴君ぶりで最も恐れられている男、幾度と街々を襲撃し人々を絶望に陥れ全てのジムリーダーを屠った最高幹部──アイクとその相棒サザンドラ。

「さあて、約束通り来てやったぜえ。これが最期の祭りだあ、おれも混ぜてもらわねえとなーあ!」

 豪雨と暴風の吹き荒ぶ天に惑わず羽ばたく漆黒の六翼、開華の如く鬣を逆立て獰猛に牙を打ち鳴らす三叉の首。強靭な深蒼の鱗に覆われた漆黒の暴竜、動くもの全てを喰らい尽くすと言われるきょうぼうポケモンのサザンドラ。
 嵐の中に在って尚掻き消されない圧倒的な威容を以て降臨したその存在に、ある者は激情を吐き捨てある者は悲鳴を上げて、口々に息を詰まらせサザンドラの存在に絶句してしまう。

「おぉい、おれぁ戦いてぇだけだぜえ。そう怖い顔すんなよお、どうせすぐに終わるんだぁ」

 覚悟していたにも関わらず無意識に震えてしまう程の絶対的な力を迸らせて、地の果てまでも轟くけたたましい咆哮が戦場を震わせ空を裂く。
 未だ黒竜の背から降りぬままに傲岸不遜な嘲りを浮かべ地上を睥睨する巨悪の幹部を憮然と見上げ、臆することなく相棒と共に身構える二人の少年が果敢に前へ進み出た。

「話には聞いている、貴様が最高幹部だな」
「ここで君達の野望を砕いてやるさ。勝つのは僕らだ、竜を討つ!」

 殆どの者が立ち竦み声も絞れずに居る嵐の下で、エレキブルを連れた少年とレントラーを連れた少年は臆せず向かい合って敢然と巨悪へ対峙する。きっと余程の修羅場を潜り抜けて来たのだろう、その瞳には闇を切り裂く霹靂の如く惑わぬ爛然の闘志が灯っていて。

「意気が良いのがいるじゃあねえかあ、ちったあ手応えありそうだぁ」
「俺のエレキブルは強いぞ。覚悟するんだな、まずはその威勢ごと撃ち落とす!」
「僕のレントラーだって負けちゃいない、全力で君達に勝ってみせるさ!」
「……すごいです」

 己の主人を守るように腰を低く身構える彼らの従える雷獣は昂る闘志に鬣を逆立て、思わず嘆息を零すエクレアだがエイヘイに住むトレーナーとして余所の地方の少年達に遅れを取るわけにはいかない。
 ライボルトの呼び掛けに力強く頷き、震える身体に喝を入れて師匠クチバと目配せすると二人で負けじと歩み出る。

「エイヘイを守ることこそ自分の使命、此れ以上の暴虐は我らが赦さん。此度こそはその暴威討ち取ってくれる!」
「これ以上皆の大切なものを傷付けさせない。あたし達は最強を目指しているんです、こんなところで負けやしません!」

 相棒と頷き合って並び立つ勇士達の意志に呼応するように彼らの相棒が咆哮を上げて天を仰ぎ、満ち満ちた闘争心が眩く閃光と迸る。
 対するサザンドラは突き付けられた敵意が鱗を刺すのを意にも介さず眼下に構えるポケモン達を嗤い、己が力を解き放つ悦びに三つ首を掲げ咆哮した。

「出来るもんならなあ。愉しみだぜえ、やってみやがれえ」

 一切を喰らう顎の先に漆黒の粒子が迸り、闘争という愉悦を貪る黒竜とは対称的に冷淡だったアイクの瞳にも微かな闘志が宿る。激しく昂る絶大な力、黒く溢れ出す絶望にある者は悲鳴を上げて逃げ出しまたある者はそれでも己を奮い立たせて必死に立ち向かう。

「さあて、どれだけ耐えてられっかなあ。吹き飛ばせサザンドラァ、あくのはどう!」
「っ、なんて威力なんだ。だけど僕らは……迎え撃つんだレントラー、ワイルドボルト!」

 敵味方問わず衆目を集めるのも構わず哄笑を響かせるサザンドラが、主人の指示でついにその力を解き放った。
 溢れ出す悪意の螺旋は荒れ狂う滝波の如く降り注ぎ、忽ち嵐を掻き消し戦場を襲うと勇士達を貫き吹き飛ばしていく。無数の悲鳴が響き線状に立っていた悉くが吹き飛ばされて波濤が眼前へ迫って来るが、青帽子の少年の叫びに呼応して駆け出したレントラーが全霊を解き放ち真正面から迎え撃つ。
 蒼獅子が全身から溢れ出す夥しい紫電を鎧と纏い真正面からあくのはどうと激突、辛うじてその暴威を受け止めたものの黒竜の力はあまりにも強い。

「援護します、かみなりですライボルト!」

 圧倒的な威力で噴き出す激浪は周囲の泥濘ごと獅子を呑み込み迸る雷鎧が次第に剥がれ落ちていくが、頭上から降り注ぐ雷撃に黒竜が咄嗟に身を躱し迎撃したことで軌道が逸れて、雷を喰らい尽くした怒涛は天を穿ちレントラーが肩で大きく息を吐き出した。

「息を吐く暇など与えん、かみなり!」
「自分達も参ろう。行くぞエレキブルよ、ワイルドボルト!」
「あくのはどうだあ、やれえ」

 続けて二匹のエレキブルが動き出す。かたや膨大な電力を解放し強烈な稲妻が宙を切り裂き駆け上がり、瞬時に溢れ出す漆黒の波動と衝突すると技と技とが鬩ぎ合う。
 同時にすかさず弾き出されたもう一匹のエレキブルは衝突の余波が大地を砕き泥濘が舞い散る間隙を抜い、背後へと躍り出て紫電を纏うと撃ち落とさんと咆哮を上げる。だがサザンドラに隙は無い、振り返り際に左首から放たれた黒き螺旋に押し流されて背中から泥濘へと墜落してしまった。

「はっは……嬉しいぜえ、少しは骨がありそうじゃあねえかあ!」

 ようやく彼も多少は本気で戦うつもりになったらしい。哄笑を上げながら後方回転でその背を飛び降り上空から力強く戦場に着地し、遅れて六翼の黒竜サザンドラも徐に地上へと舞い降りていく。
 改めて己に刃向かう愚か者達を睥睨したサザンドラが獰猛に牙を打ち鳴らしながら口元に紫黒の粒子を湛えて、一方アイクはその戦場を無感動に俯瞰すると己の部下達へ冷淡に振り返って溜息を零した。

「ったくよーお、まーだこんだけ残ってるたあ使えねえぜぇ。てめえらは用済みだあ、死にたくねえなら退いときなあ」

 心底凍える瞳で吐き出したアイクの言葉を聞いた瞬間オルビス団員達の身体が戦慄に跳ね、元々消耗させられていたのもあるのだろう、彼らは悲鳴を叫んで蜘蛛の子を散らすように我先にと駆け出し撤退していく。

「成る程、用済みか。だから部下を差し向けたわけだ」
「どういう、ことですか……?」

 そんな彼らの様子を見て察した黒髪の少年が淡々と呟き、その発言に納得したように頷く皆の中でただ一人合点がいかないエクレアは困惑を露わに仲間を見渡す。大体皆がその目的を察しているものの、彼女は純粋だからこそ気付けずにいて。

「恐らく戦士を篩に掛ける為であろうな」
「おーう、雑魚の相手程面倒なもんはねえからなあ」
「……みんな、雑魚なんかじゃあありません」

 退屈そうに欠伸を零しながら気怠気に言い放つアイクの言葉を聞いた瞬間、彼女が激情を露わに睨め付ける。自分はずっと誰かに守られるだけの弱者だった、だから強くなれない者の気持ちは痛い程に理解出来るから。

「みんな今日を越える為に頑張って来たんです。そんな風に侮辱するのは許せません!」

 彼らが今日を越える為にどれだけ努力して来たのかをこの目で見て来た。同じ街で過ごした誰もが明日を掴み取る為に自分の出来ることを積み重ねて来た、平和な未来を信じて戦って来た。だからその努力を侮辱する発言を許せない、込み上げる怒りに闘志を突き立て対する最高幹部を見据えるが──アイクの瞳は、酷く冷徹に細められていて。

「はあ……んなこと関係無えよお、雑魚にゃあ変わりねえんだからなあ」
「逸るな少女よ。彼奴の言葉も時として真実だ」
「ですがっ……!」

 今にも飛び掛からんと身構えていた彼女をクチバが諫めて、なお食い下がるのを首を横に振りながら冷静に制する。
 どれだけ頑張っても勝てないトレーナーだって腐る程いる、如何な道を歩んでいようが最終的に勝利さえすれば結果が過程を正当化する。勝負の世界とは常に非情だ、彼の言うことを否定など出来やしない──けれど。

「頭では分かっているんです、この旅で何度も見て来ましたから。ですが納得なんて出来ません!」
「うむ、自分も同じ想いだ。ならばやることは決まっていよう」

 その言葉を聞いた瞬間、この旅の中で支えられ続けて来た仲間達の背中が蘇った。大切な友人達はいつでもどんな困難にだって諦めず立ち向かって、自分の在り方を証明して来た。

「……勝てば良い。そうですね、あたしの知っている人達はそうやって前に進んできたんですから!」

 力強く閃く決意を胸に頷き、相棒ライボルトと同じ想いを掲げて闘志は雷光と共に闇を切り裂く。だが対するアイクは真正面から翳される敵意も憎悪も何もかもを意にも介さず、淡々と彼我の戦力差を計り退屈そうに睥睨していて。

「面倒だがよお……しかたねえ、どうせ吹けば飛ぶ雑魚共だあ」
「技を発動させるなエレキブル、でんこうせっかだ!」

 言いながら黒竜へおい、と軽く呼び掛ければ彼はその意を汲み取って力強く頷き、三叉の首に夥しいエネルギーを集束させていく。
 咄嗟に黒髪の少年が指示を飛ばせばエレキブルが全身の筋肉を電気で活性化させ雷速で駆け抜けるが、「クロスチョップ!」振り下ろした手刀は寸前で躱され漆塗の渦流が三門同時に解き放たれた。

「はっは、あくのはどうだあ」
「っ、受け止めろエレキブル!」
「行ってライボルト、パワー全開のかみなりです!」
「ワイルドボルトだレントラー、少しでも被害を抑えるぞ!」
「御前もかみなり、迎え撃ていエレキブル!」

 アイクが口角を歪めて嗤い、瞬間堰を切るように波動が溢れ出していく。目と鼻の先まで接近していたエレキブルは咄嗟に盾と構えた両腕ごと呑み込まれてしまい、三叉の黒槍は迎え撃つ雷電を容易く掻き消し横一文字に薙ぎ払われてしまった。

「何と規格外の力だ……!」

 背後で轟音が響き渡って、広大な平原に構えるポケモン達は泥濘ごと逆巻く波濤に呑み込まれていく。思わずクチバが歯を噛み締めて焦土と化した背後を仰げば、衝撃の光景が飛び込んで来た。
 ──一撃。たったの一撃で彼らに立ち向かう無数の勇士達は容易く吹き飛ばされて意識を失い倒れ伏しており、運良く直撃を免れたものこそ居れど未だ立ち続けて居られるのはエクレア達四人しか残されていない。
 それでも、まだ。

「まだ……あたし達は最後まで諦めません! 相棒を信じて戦い抜く、それがポケモントレーナーなんですから!」
「……よく言った。足手纏いは居なくなった、これでようやく本気を出せる」
「そうか少年、お主は……」

 ようやくクチバが思い出し、合点がいったと頷いた。このエレキブルを操る黒髪の少年は数年前にトウシンという地方のポケモンリーグで準優勝を果たし、その後はバトル施設のタイクーンを務めていた者なのだと。
 ただのトレーナーではないと思っていたが、道理で強い筈だ。あるいはこの場で共に戦う仲間の中で最も……いや、今はそんなことよりも。

「呼吸を合わせて行きましょう、師匠!」
「うむエクレアよ、今こそ我らで悪を討つ!」
「かみなり!!」
「だーからあ……無駄だっつってんだよお、あくのはどうで喰い尽くせえ」

 師弟二人で呼吸を合わせて大技の名を同時に叫ぶ。並び立つ二匹の雷獣が同時に想いを込めて膨大な電撃を解き放てば、互いが繰り出した全霊の一撃が重なり合って膨大な雷霆となりサザンドラへと降り注いでいく。
 それでも最高幹部は動じない。渇いた哄笑を響かせながら傲岸不遜に指示を飛ばして、師弟の想いが束ねられた雷撃を中心の首が放つ悪意の波濤が真正面から迎え撃ち盛大な爆轟と共に相殺された。

「んで、次は懲りずに後ろからだなあ」
「無駄じゃあないさ、僕らの一撃を届かせてやる! ばかぢからだレントラー!」 
「学ばねえなーあてめえらも、んなもん届かねえんだよお!」

 全身の筋肉を電気で刺激し渾身の力を絞り出して、背後からその背を撃たんと蒼獅子が迫るがこの僅かな攻防で一手が見切られていて。強靭な尾が薙ぎ払われると牙を剥く獅子の体側が強く殴り付けられ、決死の覚悟も虚しく易々と吹き飛ばされてしまった。

「もう一度でんこうせっかだ!」
「すごい、洗練されています……!」
「続けてクロスチョップ!」

 それでもまだ彼らの瞳は爛然の闘志が迸っている。黒髪の少年のエレキブルが雷速で駆け出して、幾重にも別れ降り注ぐ悪意の螺旋を悉く躱すと真正面から突き抜けていく。
 今度こそその竜鱗へ突き立てる、更に深く懐へ潜り込み再び両腕を交差させ手刀を振り下ろしたが、左右の首が眼を光らせ鋭利な歯牙に受け止められてしまった。

「あくのはどう」
「ワイルドボルト!」

 そしてゼロ距離で悪意の奔流が解き放たれたが、二度も同じ醜態を晒しはしない。体内から迸る電撃を鎧と纏い、多少の手傷こそあれどダメージを最小限に抑えて体勢を立て直し泥濘む戦場を踏み締めた。

「まだ……此処からです、あたし達は!」
「我らは悪意に屈したりはせん!」
「はっは……ちったあ潰し甲斐があるってもんだあ。今度のは強いぜえ、死んでも恨むんじゃあねえぞお」

 瞬間主人を振り返り口元を深く歪に歪めたサザンドラが今まで抑えていた全霊を解放する悦びにけたたましい咆哮を轟かせ、純然にして圧倒たる力の胎動に天地が激しく鳴動していく。
 宙が忽ち凍り付き、皆が絶句し緊張に顔を強張らせる中で時間は止まることなく刻み続けて。

「サザンドラァ……りゅうせいぐんだ」

 そして、頬を掠め身体を射貫く豪雨と絶叫を響かせ吹き荒れる暴風の中で無慈悲にもその名が紡がれた。呼吸すらをも忘れ一斉に天を仰ぎ見れば、其処には大気圏を越え積乱雲を突き抜けて降り注ぐ灼熱を纏いし流星群。
 それはドラゴンタイプ最強の大技、燦爛と輝き地上悉くを滅ぼす無数の凶星。絶対的な力で一切を灰塵へ還すまつろわぬ星々が、己に楯突き刃向かう愚か者達を殲滅せんと降り注いだ──。

■筆者メッセージ
レンジ「よおし良い調子で戦えてるぜ、これなら今度こそあのジジイに勝てそうだ!」
エクレア「やばいですよやばいですよ!アイクが来ちゃいましたよソウスケさーん!」
ソウスケ「すまないエクレア、僕らも急ぐからそれまで持ち堪えてくれ!」
レンジ「ああ、わりい、なんとか頼むぜエクレア……!」
エクレア「勿論頑張りますけどね!とはいえ恐ろしいですね、4対1でも引けを取らないどころか優勢にすら見えますし……」
ソウスケ「ああ、相変わらず流石の強さだ、敵ながらあっぱれだよ」
レンジ「んなこと言ってる場合かよ」
エクレア「そうですよー!しかもりゅうせいぐんなんて下手したら街も危ないですし!あと怖いです!!!」
ソウスケ「……君にこんなことを任せてすまない。だけどエクレアは強くなったんだ、僕は信じているよ」
エクレア「ソウスケさん……はい!勝ってみせます!!」
レンジ「ちょろすぎんだろ!?」
せろん ( 2020/11/23(月) 17:35 )