ポケットモンスターインフィニティ - 第十四章 星を撃つ灼焔
第115話 アゲト防衛決戦
 轟々と降り続ける篠突く雨に視界は酷く遮られ、泥濘む大地は少し踏み外せば足を滑らせてしまいそうになる。見上げれば光の閉ざされた空は果てまで黒く覆われており、終焉を待ち侘びたように逆風が強く吹き荒んでいる。
 アゲトシティ東部市門前。振り返れば矢のように駆け抜けた二週間を過ごした街を守る門扉が固く閉ざされて聳え立ち、隣には臨戦態勢で電気を迸らせる相棒が居て。
 心底にこびり付いた恐怖で張り裂けてしまいそうな鼓動を必死に抑えて、竦んでしまう脚を叩くと己を奮い立たせるように掲げた決意を声高く叫んだ。

「どんな相手が来たって……すごく怖いけど勝ってみせます! あたし達はもう、絶対に大切なものを奪わせません!」

 遠くでは激しく踏み鳴らされる戦乱の足音と怒号が雷鳴に混じり、いつかに刻まれた敗北が目蓋の裏に蘇り臆病になってしまうけれど……決して逃げたりはしない。
 この街には旅で出会った友人や皆で過ごした瞬く刹那の思い出が詰まっている。希望を信じて助け合って来た人達を、大切なものを守りたいから。

「あたしはもう逃げたりしません。大切な相棒が一緒ですから」
「良い目をするようになったな少女よ、自分も共に戦おう」
「ありがとうございます、心強いですクチバさん!」

 大きな手のひらに軽く肩を叩かれて、振り返れば国防色の軍服に身を包んだ厳格な壮年の瞳が穏やかに細められた。いや、クチバだけではない、橙色の帽子を逆さに被った少年や懐に右腕を突っ込んだ切れ長の目をした黒髪の少年が、共に戦う誰もがこの終局に恐れなどなく構えている。

「エクレアさんだったかな、僕も一緒に戦わせてもらうよ。まずは下準備と行こうかレントラー、エレキフィールド!」
「せいぜい俺の足を引っ張るなよ。行くぞエレキブル」
「……はい、皆さんありがとうございます!」

 そうだ、自分には同じ願いを掲げて戦ってくれる仲間が居るから一人なんかじゃない。握り締めた紅白球を見つめて呟き、大勢が相手でも臆することはないのだと顔を上げた。
 橙帽子の少年の切り札である蒼き雷獅子レントラーがけたたましい咆哮を上げれば彼方まで電流が地を駆け巡り、黒髪の少年が巨躯の雷獣エレキブルを引き連れ迫って来る大軍へ迷うことなく飛び込んでいく。

「自分達も遅れを取ってはいられんな。構えよ皆の衆、まずは先陣から切り崩す!」

 クチバも一瞥をくれると志を同じく身構えていた他のトレーナー達を先導しながら相棒と共に駆け出して、エクレアは大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。
 攻め込んで来るは数百を越え、飢えた獣のようにぎらついている。おそらく目的などない……あえて言うならば、暴れることが目的の連中も少なくはなさそうだ。後は半数程が最終兵器の発射までに一匹でも多くの人やポケモンを回収したい、今後の為に手柄を立てておきたい、そんなところだろう。

「大丈夫、この戦場はあたし達のホームグラウンドなんだから。此処から先には行かせません、そうですよねライボルト!」

 数では大差で負けている、これが十年以上影で暗躍を続け圧倒的な力によって樹立した悪の強大さなのだろう。けれど自分達はそれでも屈せずに立ち向かい続けて来たのだ、そう簡単に押し潰される程やわではない。
 胸にモンスターボールを押し当てて、固く誓った決意と共に力強く紅白球を握り締める。自分には応援してくれる人達が居る、共に戦う仲間がいる、まだまだやりたいことがある……だから、どんな逆境だって乗り越えてみせる。

「準備は万端ですね相棒。あたし達は絶対に負けません、行きます!」

 今まで数え切れない希望を奪いエイヘイ地方を脅かし続けた巨悪の大樹との永きに渡る戦いは、もう目の前まで終わりが近付いている。
 泣いても笑っても運命は決する。オルビス団の総力は途轍もなく、だからこそ全てを懸けて足掻いてみせる。絶対に勝って明日を迎えるのだ、皆が願いを胸に刻んで最後にして最大の決戦が幕を開けた。


****


 アゲトシティ北部市門前。一様に紅い円が描かれた同じオルビス団服を羽織った構成員達がポケモンを引き連れ、大軍となって押し寄せる戦場に四天王のハナダ率いる十数名のレジスタンスが相棒と共に迎え撃つ。
 黄色い上着を羽織った少年の指示にニョロボンが逆巻く激流の一閃で前方を薙ぎ払い、同じくニョロボンを相棒とするハナダは敵陣へ飛び込み次々に徒手空拳で敵を薙ぎ倒していく。

「ったく、まさかここまで来てまた悪の組織なんかと戦うハメになっちまうたあな。あのバカ呪われてんのかよ」

 少年は共にこの地方へ訪れた親友を思い出しながら、気怠げな口調とは裏腹に爛然の闘志で戦場を見据えて微笑を湛えた。
 眼前には数百を優に越えるポケモン達が迫るが臆することはない、相棒ニョロボンの肩に手を置けば彼も不敵に笑ってみせる。元より目指すのは最強だ、ならばこの程度の数恐るるに足りないと一層激しく水流を迸らせた相棒と共に果敢に戦場を駆け抜けていく。

「僕らも負けてられないね。行こうフローゼル、アクアテール!」

 黒髪で黄色いパーカーを羽織った緑のズボンの少年も負けじと叫ぶ。大雨を浴びて活力に満ちた海鼬鼠が超高速で平原を舞い踊り、二又の尾から噴き出す激流で瞬く間に敵を蹴散らした。
 恐らくこの北部において、速度だけならば彼の右に出るものは居ないだろう。ただでさえ機動力に優れた彼が特性“すいすい”により雨の恵みを浴びて、二倍の素速さを得ているのだから。

「やるじゃねえかハナダさん、流石は四天王だな!」
「アンタこそね、名前は知らないけどニョロボンを相棒にしてるだけあるじゃない。それより悪いわね、他所の地方のトレーナーにまで手伝ってもらっちゃって!」
「気にすんなよ、困った時はお互い様だろ? それにポケモンリーグが潰れちゃ困るしな!」
「そうそう、乗り掛かった舟ってやつです。僕らも頑張るぞ、行こうフローゼル!」

 他のポケモントレーナー達も奮闘しているが、特にハナダ達が文字通り怒涛の攻勢で攻め立てていく。ニョロボン同士の視線が交錯すれば互いの背を庇うように水流が放たれ、咄嗟に見上げれば雨を切り裂き降り注ぐドリルくちばしを二又の尾が吹き飛ばした。
 鍛え抜いて更に天候に背を押されたポケモン達は多少の数差など感じさせず、それでも用心して三人で背中合わせになると消耗を最低限に抑えて戦い続ける。

「流石ポケモンリーグ参加者だけあるわね、ガッツある子達じゃない。降伏した奴らにも見習って欲しいくらいよ」

 名前までは覚えていないがハナダはその少年達のことを知っている、二人とも確か数年前に他所の地方でジムバッジを八個集めてポケモンリーグに挑んだ強豪だ。敵に回れば厄介だが、味方として共に肩を並べて戦うのなら戦力としてとても心強い。

「病み上がりだが我々も加勢しよう。行くぞマニューラ、つららおとし!」
「アンタはシアン、もう大丈夫なのね!」
「私とてジムリーダー、こんな状況で寝ては居られんからな!」

 更に遅れて現れたのは白銀の髪に白を基調としたスーツを羽織ったジムリーダーのシアン。アイクに負傷させられていた為アゲトシティに待機させていたのだが、街を守護する立場やかつての敗北の屈辱もあって我慢出来なかったのだろう。
 雨を切り裂いて躍り出た扇状の鶏冠を備える黒猫が叫べば、空中で凝結させ形成したいくつもの氷柱がキマワリやカイロス達を貫いた。続けて先程の氷柱に怯んで一瞬動きが鈍った敵を「つじぎり!」超高速の二の太刀で切り裂き次々に有象無象を蹴散らしていく。

「まだまだ行くぜニョロボン、ハイドロポンプ!」
「アタシ達も負けてられないわよニョロボン、サイコキネシス!」
「まだまだ、僕らの本気はここからさ。もっともっと速く、アクアジェットだよフローゼル!」
「私達の力思い知ると良いさ。行くぞマニューラ、もう一度つららおとし!」

 噴き出した激流が遅い来るポケモン達の軍勢を押し流し、空中から迫り来る奴らを無数の氷柱が撃ち落としてなお倒し切れなかったものは超高速で駆け抜ける海鼬鼠がすぐさま撃破。
 とっとと片付けて他の奴らを手伝ってやろう、そう言わんばかりに四人を始めとしたトレーナー達は臆せず果敢に攻め立てていく。
 この激しく降り続く雨によって相棒達は強化され、これだけ頼もしい仲間達がいるのならば勝利はそう遠くないだろう。
 どんな嵐に飲まれ身体を貫く風雨に打たれていようと、この街を守る為に立ち向かう勇士達はそう容易く押し流されやしない。守りたいという同じ心で戦い抜いて如何な困難だろうと乗り越えてみせる、願った未来へ手を伸ばし皆で明日を掴み取る為に。


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 敵味方が入り混じり混戦を極めるアゲト南部の広大な平原。夥しい数のポケモン達が最後に残された希望の街を攻め落とさんと揉み合っているが、彼らは天候にも圧倒的な数的不利にも怯むことなく爛然と輝き暴れ回っている。
 深緑のブレザーを羽織った茶髪の少年ソウスケが叫べば相棒の赤狒々ヒヒダルマも呼応して吠える。雨にも怯まず迸るその闘志を現すが如く灼熱の眉が朱く燃え盛り、鉄槌の豪腕を振り翳して背後から迫る鋼爪を裏拳で砕くと続けて振り上げた左手で翼による空襲を受け止め渾身の力で投げ飛ばした。
 その背を守るように戦うのは頭を丸めベストを羽織った老人グレン。音すら抜き去る文字通りの神速で駆け抜けるウインディはその巨躯による強烈な突進でポケモン達を一蹴し、すれ違いざまに鋭爪で切り裂き苦手なみずタイプが相手でも雷電を纏いし牙撃で沈めて行く。

「儂らがお主を守る盾となろう。さあソウスケよ、全てを解き放ち思う存分に暴れるが良い!」
「ありがとうございますグレンさん、僕らももどかしく思っていました。よおし行こうヒヒダルマ、僕らの本気を見せてやるんだ!」

 だが多少を吹き飛ばす程度では埒が開かない、時間を掛けて勝利を目指すよりも最高幹部アイクが現れる前に一人でも多くを倒しておきたい。ならば此処には適任が居る、強い信頼で叫ぶ師匠の意思を汲み取ったソウスケは相棒と視線を交わして力の限りに頷いた。
 二人は背中合わせに戦場に立ち無数のポケモン達を迎え撃っていたが、弟子を庇うようにグレンとウインディが一歩前に歩み出る。
 激しい向かい風が吹き付けて篠突く雨が身体を射貫くが、たとえ嵐の中に在っても臆することはない。逆境になればなる程燃えるのだ、師匠の言葉に決意を固めて深く息を吐き出した。

「あまり時間を掛けるなよ。蹴散らすぞウインディよ、しんそく!」
「勿論、僕らもすぐに加勢します。さあ全開だヒヒダルマ、はらだいこ!!」

 己が力を解き放つ悦びに歯を剥き出しに哄笑する炎狒々が両腕を翳し、天を仰いで心を研ぎ澄ますと意気揚々と闘争心を昂らせる闘いの旋律を腹の太鼓で奏でていく。
 全てを賭けて望む最終決戦には不釣り合いな軽快な音楽が鳴り響き、それを阻止せんと飛び掛かるゴルバットやガントル達は疾風よりも速く駆ける神速の獅子が撃ち落として薙ぎ払った。
 そして──はらだいこは尚も猛々しく打ち鳴らされて、高まる闘志に呼応するように最高潮に達した演奏はついに余韻を残して終わりを告げる。

「良いビートだったよ、お疲れ様相棒。さあ覚悟したまえ、此処からは僕らのステージだ!」

 ヒヒダルマが清々しい表情で息を吐き出すと瞬間抑え切れない火炎が溢れ出していく。迸る灼熱の余波で周囲が吹き飛ばされて、なお溢れ出す凄まじい力への愉悦に狒々が瞳を燃やしながら無数の火柱が舞い踊るその中心で天を衝くけたたましい咆哮を轟かせた。

「分かってるさヒヒダルマ、出し惜しみなんて勿体無い。本気の全力を解き放つ、フレアドライブ!!」

 それは彼らの持てる最大の大技。全身から一切を灰燼へ還す凄まじい紅炎が噴き上がり、周囲を焦がす圧倒的な熱を自身へ集束させて鎧と纏えば太陽の如き威容が顕れる。
 手加減などは必要無い。爛然と炎上する太陽が突撃すれば煌々と燃え盛る爆炎が世界を焼き尽くし、爆轟に呑み込まれた戦場が忽ち火の海へと姿を変えていく。

「……っ。あのヒヒダルマ、強すぎる……!?」
「パワーだけならサザンドラにも負けてないんじゃ……!」

 あまりの威力に咄嗟に主人を庇い倒れてしまった相棒を見た者が、或いは自らポケモンを庇おうと前に出て神速の獅子に救われた人達が、侵略に現れたオルビス団員の皆が口々にその圧倒的な力に恐れを為していく。
 無論この雨に威力が減衰している上にトレーナーを巻き込まないよう最大限の調整はしたが、それでも眼前で巻き起こる劫火に呑まれた数十匹が瞬く間に意識を失い恐怖を覚えたのだろう。勇気を出して食い下がろうとはしているものの、先程よりも及び腰になってしまっていた。

「さあどんどん掛かって来ると良い。こうなった僕らは誰にも止められない、一気にぶっ倒してやるさ!」

 依然圧倒的な数で押し寄せるオルビス団へ少年は声高らかに啖呵を切って、相棒ヒヒダルマと共に熱く吼える。
 威力だけなら確かに他の追随を許さない絶大さだが、ただでさえ身を削って発動している上に技の反動も少なくない。恐らくそう長くは身体が保たない、だから……やられる前にやるだけだ!

「へえ、オレと同じウインディ使いにヒヒダルマ使いか! いつかあの人達ともバトルしたいな……!」
「まずは目の前の敵に集中しろよ、脚を掬われたって知らねえからな」
「へへ、言われなくたって分かってるぜ! よし蹴散らすぞウインディ、お前もしんそくだ!」

 負けられないと言わんばかりに剥き出しの闘志を迸らせて飛び出すのは赤い帽子をかぶった茶髪の少年。疾風すら越える神速で間隙を縫い敵陣の只中へ飛び込んだ彼とウインディは当然の如く複数人から囲まれてしまうが、不敵な笑みを湛えて高らか叫べば瞬く刹那に無数を薙ぎ倒していく。

「……流石、相変わらず強えなあの人は。オレ達も負けてられねえぞブーバーン、10まんボルト!」
「ぼくらも行こうキュウコン! エナジーボール、空中に撃て!」

 一瞬で己の自慢のポケモン達が倒されてしまった皆は一様に開いた口が塞がらなくなってしまうが、ブーバーンを連れた青い立ち襟服の少年は当然のことのようにその光景を受け入れ意識を眼前の敵に戻すと忽ち電撃で焼き払っていく。
 その背を預かる青い帽子を被った緑衣の少年も対抗するように攻勢に出る。薄橙の柔毛に覆われた九尾の狐が天を仰ぐと口元に湛えられた深緑の粒子が光弾と収束し、頭上へ向けて解き放てば空中で炸裂して無数の弾丸となり襲い掛かった。

「グレンさんのウインディは勿論だけれど、彼らもかなりの実力だな。こんな状況じゃなければバトルを挑んだのに、口惜しいよ全く」
「フン、相変わらず見境が無いなバカ弟子め。目の前の敵に集中せんか」
「勿論です、僕らはもっともっと熱くなれる。まだまだここからだ、上げていくぞヒヒダルマ!」

 先程の少年同様に呟いたソウスケが残念そうに口を尖らせる。せっかく名前も声も知らない強敵が居るというのに戦えないのは勿体無いが、状況が状況だけに今回ばかりはしかたがない。
 この雨の下に在っては得意なほのおが弱まってしまい、加えて圧倒的な数差があるが、それでも彼らは引けを取ることなく大勢を相手に渡り合う。
 膨大な灼熱が噴き上げ大量の光弾が降り注ぐ中を神速と雷鳴が駆け抜けて、数的不利など感じさせない大立ち回りを演じて戦いは嵐に負けない程に熱く激しく加速していく──。


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 矢継ぎ早に幾つもの技が飛び交い戦火の広がるアゲトシティ西部。既に此処でも戦いの火蓋は切られ、最後に残された希望までをも奪わんと伸びる巨悪の枝葉から街を守らんと雌伏の勇士達は同じ想いで決戦に臨む。
 銀鎧の怪獣が咆哮を響かせれば無数の石柱が列を成して次々に敵を突き穿ち、振り回した剛尾で背後から浴びせられた火炎を掻き消しそのまま周囲を薙ぎ払った。

「へ、今更臆するこたあねえ。そうだろ相棒」

 右手で力強くモンスターボールを握り締め、黒いジャンバーを羽織った黒髪の少年が眼前で聳えるボスゴドラの背に晴れやかな声色で呼び掛ける。もう何度絶望を味わったろう、暗闇の中を彷徨い続けてようやく辿り着いた自分達には恐れるものなど何もない。
 相棒もかつて置かれた過酷な日々を思い出して徐に瞬き、力強く頷いてみせた。同じ想いで繋がるレンジと一緒にならどんな困難だって乗り越えられる、その眼に眩い確信を映して。

「……久方ぶりだな坊主、たしかレンジと言ったか」
「ようバレット、相変わらず辛気くせえ面じゃねえの。アイクの野郎はまだ来ねえのかよ」

 火炎や光線の飛び交う戦場に赤黒い砂鰐を携え悠然と歩を進め、しわがれた厳かな声を紡ぎ現れたのは紅い円の描かれた制服を羽織り長い髭を蓄えた巨躯の老翁。
 彼の名はバレット、アイクに従う部下の一人。かつて平穏に微睡むジュンヤ達を襲撃して窮地に追い詰め、オルビス団に属していた頃にはレンジも何度と捻じ伏せられた確かな実力の持ち主だ。

「貴様ら程度、儂らで事足りるということだ」
「ハ、おれさま達が怖くて逃げ出したんじゃねえのか? 此処には四天王にソウスケ達までいるかんなあ」
「戯言を、あのお方の前では誰もが平れ伏す。誰よりお主がよおく理解しているであろう」
「んなこと知るか、過去に拘ってる程老いちゃいねえんだよ」

 身体に深く刻み込まれた惨敗に触れられた少年は存外あっけらかんと鼻で嗤い、拳を強く握り締めながら不敵に笑う。
 瞳は確かな未来を見据えてもう惑うことはない。二度と敗北の恐怖からも自分自身からも逃げたりしない、立ち向かってみせるのだと揺るがなき意志で瞬いていて。

「おいばあさん、てめえら! こいつはおれ達がぶっ倒す、わりいが雑魚は任せたぞ!」
「あらあら、なんとも頼もしいですこと。まあ良いでしょう、その方がわたくしも楽出来ますし」
「分かった、じゃあおじいさんはよろしくね、頑張ってね!」

 たおやかに微笑むのは緑を基調とした花柄の着物を身に纏った初老の女性タマムシ、別の地方から来たという肩まである黒髪を一つに束ねた赤いシャツの少女も笑顔で頷く。
 一見すれば二人とも快い返事だが、タマムシはその口振りとは裏腹に言い方にいやに棘がある。「わたくし達は雑魚相手で十分とでも言いたいのでしょう、後で覚えておきなさい」とか思っているのだろう。
 だが生憎おれは分かっていても気にしない、嫌みなんざレイの野郎から耳が腐る程吐き掛けられてもうとっくに慣れているのだから。……思い出したら苛ついてきたがな!

「では参りましょうラフレシア、はなふぶき!」
「私達も良いとこ見せないとねラフレシア、あなたもはなふぶきよ!」
「良いぜ、こいつらはお兄さん達が引き受けてやる、勝てよ少年! アクロバットだグライオン!」

 眼窩で闘志を顕す瞳を瞬かせたバレットに臆せず胸を張って対峙するレンジ。火花を散らし睨み合う二人から構成員達を引き離すように夥しい花弁が溢れ出せば、一面を埋め尽くす津波の如くポケモン達を呑み込み有無を言わせず吹き飛ばしていく。
 無論相性の差で耐え切る者も居るがそんなことは承知の上だ。空色のシャツの青年の指示で、花弁を焼き尽くし牙を剥くヘルガーやコータス達も空中から軽やかな飛翔で強襲する化蠍が一撃の下に沈めてみせた。

「わりいな、助かるぜみんな、どうしてもおれ達の力で倒してえんだ。おっさんもサンキュー!」
「おうよ……って誰がおっさんだてめえ、お兄さんだっつってんだろこのクソガキ!」
「キレんなってのおっさん、眉間にシワが増えんぞ!」

 お互い名前も顔も知らない彼らが子どもみたいに言い争うが、生憎そんな下らないことに興じる程の余裕は無い。二人はそれ以上は言葉を交わすことなく、レンジも青年も目の前に在る戦場を見据えた。
 改めて気遣ってくれた彼らに心の中で感謝を送り、厳かに佇む強敵との距離を慎重に見定めて紅白球を握り締めると腰を低く身構える。

「来いよジジイ、てめえなんざもうおれさまの敵じゃねえ」
「惨めに彷徨っていた小僧が言うようになった。良かろう、何度でも叩き潰すまでだ」
「ハ、おれは打たれまくった分強くなったんだよ。出来るもんならやってみやがれ!」

 隙あらば他のオルビス団員が加勢しようと気を窺うが、バレットの「邪魔立て不要!」の一喝で皆蜘蛛の子を散らすように距離を取って目の前で抗うレジスタンス達へと意識を戻した。

「分かってんぜボスゴドラ、おれ達はもう絶対迷わない。この戦いを乗り越えてみせる、一緒にヒーローになろうじゃねえか!」

 辺りでは無数のポケモン達が入り乱れて混戦を極めるが、向かい合う二人を中心として平原にぽっかりとバトルフィールド程の空間が開けて。
 かつて掲げた誓いは今も変わらずこの胸にある、逆境の中に大切なものを守るのだと同じ思いで繋がっている。だから決してこの決戦にも負けはしない。
 闇から救い上げてくれた友人の為に、こんな自分を受け入れてくれた皆の為に、犯した罪を償ってもう一度己の足で歩き出す為に。吹き荒ぶ嵐の中で掻き消されない程に力強く雄々しく少年が叫び、相棒も呼応して咆哮を轟かせた。

■筆者メッセージ
ソウスケ「そういえば今回名前の無いトレーナーが沢山出ていたけれど、あれは誰なんだい?」
エクレア「あ、分かります!あたしも気になってました!ただのモブにしては強すぎますし!」
レンジ「聞くところによると、前作や前々作のキャラらしいぜ。主人公とかライバルとか」
ソウスケ「おや、そうなのか、では僕らの先輩になるのだね。敬意を払って接さないと、戦っても負けるつもりは無いけれどね!」
レンジ「その時点で敬意あんのか怪しいじゃねえか。まあ気持ちは分かるけどな、負けると思ってバトルに挑むやつなんてそうそう居ねえし」
エクレア「でもすごく強くて頼りになりますね、敵になったら恐ろしいですが……!」
レンジ「しかし気になんのはアイクだぜ、何故あんな戦闘狂が来ねえんだ?」
ソウスケ「分からない、ただ彼の性格を考えると有象無象を相手にしたくないのは理解出来るよ」
レンジ「ま、そういう奴だかんな。何にせよ用心しねえとな、いつ足を掬われるかも分からねえ。皆気を付けろよな、絶対に勝つぞ!」
せろん ( 2020/10/29(木) 07:24 )