ポケットモンスターインフィニティ - 第十三章 決戦
第117話 ヒーローになる為に
 視界を遮るように篠突く大雨と絶叫の如く吹き荒れる暴風は戦場を無慈悲に包み込み、なお押し寄せる嵐の中で剣戟が閃き火花が舞い散る中で──不意に、宙を眩い火球が幾状駆け抜けた。
 超高速で駆け抜け天を衝く双角を突き出した赤紫の巨大百足ペンドラーの一撃を咄嗟に受け止めたのは赤い大きな怪力鋏。頭部に星を掲げ鮮やかな甲殻に覆われたザリガニのシザリガーはこの雨に力を増していて、最初は鬩ぎ合っていた二匹だが次第に拮抗が崩れてしまう。

「なっ、あの技は……アイクの野郎が!?」
「よそ見とは随分と余裕だな少年よ、クラブハンマー!」

 視界の端にその光景が映った瞬間思わず黒いジャンバーの少年レンジが焦燥を露に振り返ると、直後驚天動地の爆轟が繰り返し響き渡っていき──視認こそ出来ないものの、忽ち広大な戦場に崩壊が齎されていく様は想像に易い。

「しまっ……!」

 だが戦いは時を待たずに進み続ける。思わず意識が逸れて力の緩んでしまったペンドラーを真正面から押し切ったシザリガーが渾身の力で鋏を叩き付け、その巨体を易々と吹き飛ばした。
 既にワルビアルとの交戦で消耗しており、更に特性の“てきおうりょく”に加え大雨によって威力が大幅に上昇した一撃を今の大百足に耐えられる筈がない。
 地響きと共に横倒れになりそのまま起き上がることはなく瞼を伏せて、「お疲れ様、ゆっくり休めよペンドラー」の一声と共に翳されたモンスターボールから迸る赤光が傷付いた身体優しく包み込んでいく。

「何言ってんだ、何も出来てないわけねえだろ。ワルビアルを倒してくれたんだ、十分過ぎるくらいだぜ」

 紅白球の中へと帰ったペンドラーがカプセル越しに瞳に不安を映して覗き込んで来るが、首を横に振り微笑みながら頷いて見せると彼はようやく安心したようだ。瞳を閉じて丸くなり、穏やかに寝息を立て始めた。
 ……無論分かっている、彼らが必要以上に役に立とうと働き不安そうにする理由は。自分がかつて吐き捨てた暴言と酷い扱いが身に染み付いていて、未だあの時の心境を拭えないせいなのだと。
 ポケモン達には本当に酷いことをした、それなのに彼らは文句を言わないどころか自ら共に戦う道を選んでくれたのだ。だからこそ誓った、もう一度心から信じ合う為に決して逃げ出したりはしない。

「……終わったな、サザンドラのりゅうせいぐんを受けて耐えられる者など滅多に居ない」
「終わるわきゃねえさ、あいつらはそんなやわじゃねえんだ。必ず立ち向かうぜ」

 冷たい眼差しで淡々と零す老翁をしかしレンジは鼻で笑う、それは虚勢では無く心底からの信頼だ。共に過ごした時間こそ短いものの側で見ていたのだから知っている、この終末に立ち向かい続けて来た仲間達の強さを。
 彼らはそう容易く押し流されるような弱いトレーナーではない、何度も耐え難い現実に打ちのめされその度にもっと強くなって立ち上がって来たのだ。自分に無かった強さを持っている者達が簡単に折れる筈がない。

「おれも加勢に行く。だから、このバトルが終わるまでは持ち堪えてくれ……!」
「……嗤わせる、よもやあのお方に勝とうなどと思っているわけではあるまい」
「んだよいきなり、当然じゃねえか?」
「諦めろ、誰もあのお方には勝てん。アイク様のサザンドラは暴威の化身だ、天災を制せる筈が無い」

 ……バレットの言う通りだ、最高幹部の強さは凄まじく“りゅうせいぐん”が放たれては戦況がどう転ぶかなど分からない。あの圧倒的な力への恐怖はこの身に深く刻まれていて、そんなこと自分が誰よりもよく理解している。
 それでも少年の瞳を彩る闘志は露も曇らない、冷徹に吐き捨てる老人の言葉など嘲笑いながら徐に腰へ手を伸ばす。

「おいおい、立派なのは髭だけかよ。そんなに歳食って耄碌しちまってるみてえだな」
「何が言いたい?」
「決まってんだろ、盆栽だか天災だか知らねえが最後まで分からねえのがポケモンバトルだ。だからおれは……こんなところで負けられねえんだよ!」

 次に繰り出すべきポケモンはとうに決めている。迷い無くモンスターボールを掴み取れば威勢高らかに突き出して、カプセルの中から振り返って来たポケモンと頷き合うと投擲せんと身構える。

「若いな、儂にも覚えがある。儂もかつては希望などという脆く儚いものを信じていた」
「あん?」
「だが悟ったのだ、走り回って探しても……そんなものは何処にも無いのだとな」
「ハ、馬鹿馬鹿しい、てめえが見付けられなかっただけじゃねえか」

 ここではない何処かを眺めるように瞳は寂しげに細められ、噛み締めるようにかつての無念を零す老翁だがレンジは意にも介さない。鼻で嗤って吐き捨てれば彼は眉間に皺寄せ黙り込み、少年は言葉を続けていく。

「おれの中には確かにあるぜ。自分一人じゃ見付けられなかった大切なものを仲間のおかげでゲット出来た」

 力強く紅白球を握り締め、瞼を伏せて想いを馳せる。かつて己が無力に打ちひしがれてどうすれば良いか分からなかった、必死に足掻き続けて気が付けば道を踏み外してしまい……しかし、あと一歩踏み出せば後戻り出来なくなる瀬戸際で友と呼んでくれる男が引き戻してくれた。
 ずっと探していたものがこの旅の中でようやく見つけられた。この胸には確かな希望が爛然と輝いている、だから。

「おれは決めたんだ、今度こそ……この戦いを終わらせてヒーローになるってな!」

 この手で多くの人やポケモンを傷付けてしまった事実は変わらない、きっと赦されはしないだろう。少なくとも自分は未だにかつての自分を赦せずにいて。
 だからこそ己に出来る精一杯で贖っていくと誓ったのだ。傷付けてしまった以上に誰かを救い、大切なものを守り続けていけばきっと答えは見つかるはずだから。

「どうすれば償えるかなんて分からねえ、だから……まずは邪魔なてめえらをぶっ潰す!」
「自己満足も良いところだな」
「へ、よく分かってんじゃねえか、おれの満足の為に消えてもらうぜ!」

 モンスターボールを掴んだまま右手の人差し指で不敵に突き刺し、不快そうに眉を顰めるバレットに対し高らか叫ぶと構えた紅白球を勢い良く投擲した。
 放たれた球は雨を切り裂き戦場へ飛び込み、溢れ出す眩い紅光がしなやかな影を象っていく。

「行くぜエルレイド、とっとと奴らをぶっ倒す!」

 肘から伸びた鋭い刀を一閃すれば纏わり付く赤光が振り払われて、現れたのは白衣に覆われた緑兜の騎士エルレイド。
 礼節を重んじ何かを守る為に刀を振るう不屈の闘士は頭を下げて一礼し、迎え撃つシザリガーが立ち上がり鋏を振り上げ威嚇するが彼は怯むことなく身構える。

「厄介なポケモンが来たな……まずははたきおとすだ!」

 大雨を浴びて昂っているザリガニは威勢良く駆け出し大きな鋏を振り上げる。その技ははたきおとす、所持している持ち物を文字通り叩き落として強力な一撃を与える技だが、瞼を伏せ精神を研ぎ澄ませた騎士は身を翻して寸前で躱してみせた。

「続けてクラブハンマーだ!」

 ならばとシザリガーは二の太刀を構え、続けて激流を纏わせた左腕を突き出し大鋏で兜ごと砕こうと振り下ろすが、それも紙一重で躱されてしまう。
 このままでは埒が開かない、最大威力の一撃では届かないだろう。ならば多少は威力が下がってしまうがしかたがないと間髪を入れずに攻め立てる。

「これ以上動かれても目障りだ、この一撃は躱せまい! つばめがえしだシザリガーよ!」
「受け流せ、リーフブレード!」

 今度こそ逃しはしない。三度目の正直とばかりに懐まで深く潜り込み両の大鋏で挟撃するがなお緑兜の騎士は動じない。身を屈め両肘から伸ばした双剣を掲げて刀身を滑らせ軌道を逸らし、下段から装甲の薄い胴を横一閃に切り裂いてみせた。
 ──効果は抜群だ。シザリガーは何とか堪えようと震えながら必死に立ち尽くしていたが、とうとう耐え切れずに足元から糸が切れたように崩れ落ちてしまった。

「……そうか、以前聞いたことがある。相手の心を読む力がある、だったか」
「その通り、てめえの手なんざお見通しってわけよ!」
「よく戦い抜いたな、シザリガーよ。戻って身体を休めると良い」

 深い嘆息を吐き出したバレットが最後まで懸命に戦い抜いてくれた自分のポケモンを労い、翳した紅白球から迸る赤光が鮮やかな甲殻に覆われたザリガニを穏やかな光で覆えば安息の地へと還っていく。
 残されたポケモンはバレットがあと一匹、対するレンジはまだ三匹も残っている。数的に有利ではあるもののこの後に控えるアイクのことを考えると楽観視出来る数では無い。

「本当に強くなったようだな、よもやここまでとは。だがあのお方の為に最後まで戦い抜こう、意地を見せるぞドラピオン!」
「何が出て来てもぶっ倒してやるよ。最高幹部の首を狙ってんだ、こんなとこで負けるかってんだ!」

 今の自分は敵では無い、そう言い切った少年の言葉を最初は信じていなかったバレットもここまでの差を付けて追い込まれては嫌でも信じざるを得ない。湧き上がる屈辱で無意識に拳に力がこもり、同時に弱かった彼が迷い無く在れることに羨望を抱きながら老翁は最後のモンスターボールを掴み取った。
 勢い良く振り抜き投擲された紅白球は雨を切り裂き色の境界から二つに割れて、眩い光が迸っていき形成されるのは剛腕と強靭な尾を携えし四つ這いの紫蠍。

「へっ、相手にとって不足はねえ。一気に行くぜエルレイド!」
「迎え撃てドラピオン、クロスポイズン!」
「んなもん届かねえぜ、きりさく!」

 騎士と蠍が腰を低く身構えて睨み合い、少年と老翁が機を窺うように慎重に嵐の中を睥睨するが今は悠長になどしていられない。
 泥濘を蹴り駆け出したエルレイドが翳した肘刀を構えて眼前に踊り、敵を引き裂かんと振り上げた両腕の爪を容易く躱して懐へ潜り込み腹部を切り裂く刹那の一閃。

「どうだ、いくら頑丈な甲羅に覆われていようが急所の一撃は痛えだろ!」

 調子良く叫ぶ主人に苦笑しながら騎士が距離を取ろうと跳躍した瞬間に、目を見開いた化蠍がすかさず右腕を伸ばしその凶悪な尖爪に胴を掴まれてしまった。

「生憎だったな、このドラピオンには急所など無い。どくどくのキバ!」
「っ、やっぱそう簡単に装甲をぶち抜けねえか! まずいエルレイド、テレポートだ!」

 爪に触れたものを蝕む猛毒を帯びて騎士を切り裂き、しかし直後に瞬間移動で辛うじて脱出。咄嗟の判断で距離を取り安堵に息を吐き出したレンジだが、次の瞬間にエルレイドが体勢を崩し苦痛に顔を歪めてしまう。
 どくどくのキバの追加効果“もうどく”、通常の毒よりも強力な身体を蝕む状態異常だ。この毒に侵されてしまってはもう長くない。

「へ、このくらいちょうど良いハンデだぜ。そうだろエルレイド!」
「相変わらず虚勢だけは立派だな、耳障りな」
「うるせえな、最後に勝つから良いんだよ! 行くぞエルレイド、グロウパンチ!」
「迎え撃て、クロスポイズン!」

 どうせ奴には死角が無い、ならば小細工などせず真正面から切り崩せばいい。突き出した拳と交差する鋭爪がぶつかり合って力負けしてしまいそうになるが、ならばと更に放った左拳で辛うじて拮抗しどちらともなく飛び退る。

「ならばこいつはどうだ、いわなだれだ!」
「大層な面の割りにやることがせこいじゃねえか、いわなだれ!」

 恐らく毒で倒し切る為の怯み狙いだろう、ふくつのこころで素早さは上がるとはいえ今は一分一秒を無駄に出来ない。瞬間移動で降り注ぐ岩雨を無視して背後に躍り出た騎士の肘刀が閃いて、鋭く一薙ぎ振り抜き甲殻に覆われた背中を切り裂いた。

「これ以上逃げてもしかたがねえ、このまま押し切ってやる! エルレイド、インファイト!」
「ここに来て根比べか、余程切羽詰まっているらしいな! どくどくのキバだドラピオン!」

 だがドラピオンに死角は無い、離脱するよりも早く首だけで振り返り強靭な爪に捉えられてしまう。恐らくこれ以上長引かせれば継戦は難しい、ならば……最早守りは必要無い、隠していた宝石“かくとうジュエル”を発動させる。
 腹部を突き刺す双爪から溢れ出す猛毒が身体を内から侵し焼き尽くしていき、あまりの痛みに掻き消えてしまいそうになる意識を無理矢理不屈の心で繋ぎ止めると伸ばした肘刀で堅牢な甲殻を切り裂き続けた。

「よし、これで……!」
「そろそろだなドラピオン、オボンのみを使え!」

 幾度と金属音が響き渡り弾ける火花と溢れ出す紫毒が激しく舞い散り、痛みを忘れ嵐の中に叫びながら尚も攻勢を譲らずに鬩ぎ合う。
 化蠍の頑強な甲羅は絶えぬ斬撃に無数の切傷を刻まれ騎士の身体は夥しい毒に蝕まれお互いに最早虫の息、だがこのまま行けばドラピオンを押し切れる……そう思ったのも束の間だった。
 化蠍が長い尾を活かして甲羅の中に隠していた黄色い果実オボンのみを掴み取り、勢い良く頬張ると次第に傷が癒えていく。

「……なっ」

 次第に傾いていた形勢が一気に逆転してしまった。思わず絶句し唇を噛み締めるレンジだが、エルレイドはまだ諦めていない……ならば勝機は十分にある!

「……そうだよな。まだまだだ、行けえエルレイド!」
「良い加減に沈め、しつこいやつだ!」
「悪いな、今のおれ達は諦めが悪いんだよ!」

 互いにいつ瀕死になってもおかしくない重傷で、それでも主人の呼び声に応える為に己が力を振るい叫び続ける。剣閃と紫毒が嵐の中に爛然と輝き、何度と甲羅を斬り続け最後に残された力を振り絞って肘刀の鋒を突き立てた瞬間──時が止まったように、どちらともなく静止してしまう。
 そして騎士を掴んでいた蠍の力が弱まり彼は泥濘に無抵抗に転がり、降り続く雨の下で二匹は相討ち戦闘不能になってしまった。

「……ありがとなエルレイド、よく頑張ってくれたよ。お前のおかげで間に合うかもしれねえ」

 本当はもっとしっかりポケモン達を労ってあげたいところだが時間が無い。翳したモンスターボールから溢れ出す光に呑み込まれカプセルの中へと帰った騎士は分かっていると頷いて、主人を引き止めないようにすぐに深い眠りに落ちていく。

「侮っていたのは儂の方だったか。……少年よ」
「悪いがアンタと話してる時間はねえ。来いカエンジシ!」
「本当に、強くなったな」

 ドラピオンを労い紅白球に戻した老翁バレットに声を掛けられ、レンジは無視して辛うじて戦わせずに済んだ炎の獅子を繰り出すとすぐさまその背に跨って。

「……おう。今は先を急ぐ、後は任せたぜ!」

 背中に投げ掛けられた言葉に振り返ることなく頷くと、西部に向けて脱兎の如く駆け出していく。今も仲間が嵐の如く吹き荒れる最高幹部の暴威と戦っているのだ、一秒でも速く辿り着き己も加勢して見せるのだと。
 かつて己が傷付けてしまった人を救う為に、今度こそヒーローになる為に、皆で掴み取る未来を信じて。



****



 轟々と吹き続ける嵐は世界を暗く雨に閉ざし、蒼黒の暴竜の呼び声により降り注いだ流星群は忽ち平原を焼き尽くして荒廃した焦土へ還っていく。
 幸い皆の尽力のおかげで街までは被害が及んでいないものの、その威力は凄まじい。この終末に立ち向かう勇士達がたったの一撃で壊滅させられたのだから。
 四天王クチバのエレキブルと青帽子の少年のレントラーは揚斗市に落下した隕石を砕く為に奔走し力尽きてしまい、多くの者達はその威力に沈められ、黒髪の少年のエレキブルも一人の少女と相棒を庇って直撃し戦闘不能になってしまう。

「どうして……あなたの方が強いのに」
「言っていたな、大切なものを守ると。戻れエレキブル」

 金髪の一つ結びが風に揺れ、見上げれば眼前には力尽きてなお自分達を庇うように両手を広げ立ち尽くすエレキブルの背中が聳えていて……少女エクレアが困惑を露わに呟くが、彼は淡々と答えて見せる。
 その言葉の意味は理解出来る。余所者の自分ではなくこのエイヘイ地方で生まれ育ったあたし達が戦え、ということなのだろう。天を衝く鬣を靡かせる相棒ライボルトと頷き合ったエクレアは迷い無く嵐の中を睨め付けて。

「……はい、あたし達は今度こそ守ってみせるって誓ったんです! あなたに庇って頂いたのを無駄にはしません!」

 怯む事なく立ち向かうのは金髪の少女エクレアとその相棒蒼き雷狗ライボルト。眼前に聳え立つのは青いジャケットを羽織り蒼黒の髪を無造作に逆撫でたオルビス団最高幹部アイク。その傍らには嵐を裂く三対六翼が羽ばたき、逆立った鬣を飾り強靭な深蒼の鱗に覆われた三つ首の凶暴竜サザンドラ。
 彼らの口元は闘争の愉悦に歪に吊り上がっていて、災厄の如く溢れ出す力の奔流はじゅうりょくよりも尚重く押し潰さんばかりに圧し掛かってくる。

「あーあー……勿体ねえなあ。一番強い奴残しときゃあ、時間稼ぎは出来たろうになーあ」
「我が弟子は強い、この場を任せるに誰よりも適する。そうであろう」
「……ええ、あたし達はここであなたを食い止めます! 大切なものを奪われた痛みを力に変えて、絶対に!」

 彼の言う通りエクレアはこの場に於いて少なくとも単純な実力では最強では無い、呆れたように嘆息を零すアイクにしかしクチバは確信めいた瞳で頷いてみせた。
 それでも彼女ならば必ず成し遂げる、何故なら彼女は奪われた痛みを知る強い少女だから。

「我らは逆境など幾度と味わってきた、敗者の底意地を見せてやろう! 無理を強いて済まぬ、ゆけシビルドン!」
「僕らはまだ諦めちゃいない、まだ戦う力は残っている! 君ももう少しだけ頑張ってくれ、来るんだアブソル!」
「その通りだ、行くぞスターミー!」
「ハ、出涸らしにゃあ用はねえなあ……てめえらはこいつとでも遊んどけえ」

 相棒を失い既に消耗しているとはいえ、彼らにもまだ戦う力は残されている。翳したモンスターボールが相棒を安息の地へと誘っていき、続けて投擲されたそれから傷付いたポケモン達が姿を現した。
 発達した腕が特徴の紺色のデンキウナギシビルドン、三日月の角を備えた白毛の獣アブソル、薄紫の身体に紅いコアが特徴のスターミー。対してアイクが繰り出したのは深海の底で過ごすという蒼き竜鱗に覆われた海馬キングドラだ。

「んじゃ、とっとと消えやがれえ。サザンドラ、あくのはどうだあ」
「絶対に消えません、ここであなたとサザンドラを止めてみせます。行きますよライボルト、かみなり!」

 背後で海馬が雨の恵みを浴びて超高速で動き出し、続けて黒竜も口元に湛えた悪意の波動を解き放つ。迎え撃つライボルトは膨大な雷撃を放つが黒き奔流に容易く呑み込まれてしまい、咄嗟に地を蹴り雷速で駆ければ直後に己の居た場所が深く抉れた。
 そのままなおも暴れ狂う波濤の間隙を縫い背後に回り込むが、電撃を構えた時には既に首の一つが振り返っていて。

「はっは、出来るもんならなあ」
「……っ、今ですライボルト! じゅうでん!」

 巨躯をものともしない瞬発力に歯噛みするが、彼女とて何の対策もしていなかったわけではない。大気中の電気を自身へ集束させて身体を覆う鎧と化し、悪意の奔流に呑み込まれてしまうがそれが過ぎ去ると深い陥没の底でなおライボルトは立ち尽くしていた。

「はぁ、はぁ……っ! まだ、戦えます!」
「風前の灯火じゃあねえかあ、これで終わりにしてやるよ」

 そう、いくら“じゅうでん”により特防を上げていようと完全に防げるわけではない。最早ライボルトの体力は限界に近いがとうに痛みは忘却の彼方、まだまだ戦えるのだと嵐を裂くほどの咆哮を上げた。

「終わりません、この一撃に全てを賭けます! ……かみなり!!」
「……はーん、そう来たかあ」

 眼前に迫り来る悪意を束ねた膨大な螺旋に怯む事なく彼女は叫び、空を分厚く覆う積乱雲が眩く煌めくと直後に膨大な雷霆の柱が悪竜目掛けて降り注いだ。
 威力の底上げされた夥しい電撃に忽ち黒竜の全身が焼かれていき、その衝撃で思わず軌道が逸れてしまい辛うじて首の皮一枚繋がった。
 だがアイクの感心は保身では無く後に繋げる捨て身の一撃を放った心意気であり、一撃を受けたことには多少も動揺していない。事実サザンドラが怒号を轟かせれば忽ち身を包んでいた雷電は掻き消え、何事も無かったかのように羽ばたいているのだから。

「……っ、でもまだあたし達は戦えます! かげぶんしん!」

 それでも彼女達の闘志はまだ折れていない。超高速で駆け抜けて無数の残像で黒竜を包囲し帯電すると放たれた漆黒の奔流が次々に分身を掻き消していき、このままではまずい、雷速で弾き出されると波濤の如く押し寄せる幾重もの螺旋を何度もの方向転換で次々に躱しついにその眼前へと躍り出た。

「懐に潜り込めば喰らわねえはず、だろお?」
「その通りです、行ってくださいライボルト!」

 目論見が見抜かれていようと構わない、恐らくもうこれ以上回避に徹することは出来ないのだから。
 三つ首と真正面から向き合った雷狗は恐怖を必死に堪えて全霊を解き放ち、少しでも動きを止める為に溢れ出す電気の全てをぶつけるが現実はあまりにも冷たく非情で。

「はっは、んなもん効くかってんだあ」

 僅かも怯む事なく獰猛な牙を打ち鳴らした右の首が眼前で放電し続けるライボルトに容赦無く噛み喰らうと苛立ちを露わに引き剥がして激しく放り投げてしまった。

「大丈夫ですかライボルト!?」
「面倒だったがこれで終わりだなーあ。行けえサザンドラァ、あくのはどう」

 主人エクレアの眼前に墜落した雷狗は歯を食い縛って庇うように懸命に立ち上がるが既に満身創痍で、残された最後の力を振り絞って発動した“かみなり”も容易く掻き消され──悪意を束ねて解き放った膨大な奔流は、絶望の如き深い漆黒を湛えて少女とその相棒へ降り注いだ。

■筆者メッセージ
第117話

レンジ「そう、おれ達は強くなったんだ。もうあの頃の弱かったおれじゃあねえ!」
ソウスケ「なんて言いながら僕に負け越してるじゃないか」
レンジ「あ?この決戦終わったらすぐにぶっ倒してやろうか?」
ソウスケ「すまない、ポケモンリーグに向けて調整するつもりなんだ。君も出るんだろう?」
レンジ「……おれにはそんな資格」
エクレア「バッジ全部集めてるじゃないですか、ありますよ!というか出てくれないと困ります、レンジさんには負けっぱなしなんですから!」
ソウスケ「あー、あったね……まだ手持ちが五匹だった時の」
レンジ「あんときゃ悪かったな色々と、手持ちの差はでけえのに無茶言っちまって」
エクレア「それは良いんですけど、まあ多分ライボルト居ても負けてましたし。それはそれとしてやっぱりリベンジはしたいので!」
レンジ「ま、どうするにせよまずはこの戦いに勝たねえとな。行くぜてめえら!」
せろん ( 2020/12/09(水) 08:44 )