ポケットモンスターインフィニティ



















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第十三章 時を刻む極光
第113話 “あの日”の果てに
 かつて大切なものが崩れ落ち、影と付き纏ってきた“あの日”の夜空。楽園を燃やす劫火は立ち尽くす彼らを煌々と照らし、降り続く雨に打たれていた二人の決戦は激しく鬩ぎ合い決着へ向けて加速していく。
 掴み取ったモンスターボールを軽く放り弄ぶ少年の哄笑は吹き荒ぶ風に乗って高らか響き、鮮烈に突き刺す雷雨に口元を深く弓形に歪めた。

「流石だよジュンヤ君、まさかボクらをここまで追い詰めるなんてね。ハハ、相変わらず愉しませてくれるじゃんか!」
「それはなによりだ。そんなに喜んでくれるんなら、必死になって食い下がった甲斐があるよ!」

 対峙するその顔は乱れる白銀の髪の先に暗い影を克明に刻み、紅円の描かれた黒い制服をはためかせ哄笑を上げる。幾度とエイヘイ地方を脅かし続ける悪の組織オルビス団……それを支える三幹の一、何度と対峙した親友である最高幹部“夢幻の零”レイ。
 彼は擦硝子の瞳を穏やかに細めて、降り続く雨を眺めながら握り締めた紅白球を──その中から覗き込んでくる相棒を見つめた。

「……うん、きっとこれからも忘れないよ。“あの日”犯してしまった過ちも、幕を開けたボクらの戦いも」

 ハンチング帽のつばをぐっと下げて、相棒にだけ伝わる言葉でレイは呟く。
 今でも忘れない、忘れられない──この宙は自分が犯した罪の始まりだ。大切にしたかったものが目の前で崩れ落ちていく光景は、その絶望は今でも鮮明に脳裏へ焼き付けられている。
 それでもと足掻き続けて幾度泥濘を這ったろう。やがて拒んでいた道を自ら選び、護る為ならば堕ち続けると誓った。それが……やがて終わるこの世界で自分に出来る、唯一の贖いなのだと信じて。

「絶対に勝つよゾロアーク。この先には行かせない、ここで彼らの道を終わらせるんだ」

 誰よりも護りたかった親友を護り抜く為に、玉座へ通すわけにはいかない。この世界の頂点に座す最強の男には誰も勝てやしないのだから。
 相棒も同じ心で決戦に臨んでいる、唯一の親友を失いたくないからこそどんなそしりを受けようとねじ伏せるのだと。カプセル越しに交わした瞳は力強く重なる決意に閃いて、無彩の双眸が利剣の鋭さで泥濘に見据えられた。

「見せてあげるよジュンヤ君、ボクらに残された最後の冀望を。決着を付けよう──さあおいで、ゾロアーク!」

 深くかぶったハンチング帽のつばを指で弾いて、振り翳した左手で勢い良く横薙ぎにモンスターボールを投擲すれば闇へ飲み込まれた紅白球が色の境界から二つに割れる。
 夥しく溢れ出す眩い閃光は雨を切り裂き泥濘へ降り立ち、象られるしなやかな影が繰り出す爪閃と共に纏わり付く紅光が晴れていく。

「待ちくたびれたぜゾロアーク。やっとだな、また会えて本当に嬉しいよ」
「それはボクらの台詞さ、キミ達が不甲斐ないから出て来れなかったんじゃんか」
「……悔しいけど、言い返す言葉もないな」

 舞い散る残滓に佇むのは朱殷の鬣を靡かせる漆黒の妖狐。鋭利にぎらつく深緋の爪を振り翳し、紅く隈取られた唇を弓形に歪めると蒼瞳が細められ荒れ果てた泥濘を睥睨した。
 現れたのは此度二度目の登場となるレイの相棒の化け狐、仲間同士の結束が強く幻を見せる力で群れを守ると言われる幻影の覇者ゾロアーク。

「これで、二匹が向かい合うのは何度目なのかな。ほんとはこんなバトル見たくない、けど……」

 ジュンヤとレイ君は同じ「まもる」という願いを掲げて、これまで幾度とぶつかり合ってきた。思わず瞼を伏せてしまうが頭では理解しているのだ、二人にとって闘いこそ一番の言葉なのだろうと。
 黒狐が夜天を仰いで咆哮すれば、呼応するように稲光が駆け抜け雷鳴が轟く。降り続く横殴りの雨は変わらず身体を射続けて、悲鳴のように叫び続ける嵐の中でふと少年が赤い帽子のつばを下げて微笑を浮かべた。

「はは、本当に懐かしいよ。あの日全てを失ったって、これで終わりなんだって思ってた」

 相棒ゴーゴートの黒角を握り締めて、横切る雫を眺めながら懐かしむように目を細めたジュンヤが穏やかな表情でひとりごちる。
 自分は“あの日”の夜に全てを失ったって思ってた、愛してくれる家族も大切な居場所も何もかも。当たり前みたいなかけがえのない日々が崩れ去り世界に絶望してしまったのだ……隣にはメェークルと幼馴染みが居てくれたのに。
 今でも鮮明に覚えている。自暴自棄になって顔を伏せるオレの側にはメェークルが寄り添ってくれていた、幼馴染みの二人が何度振り解いても諦めずオレの手を繋いで眩しい世界へ引き戻してくれた。

「オレには大切なものがいつもそばにあって、いつだって支えてくれてたんだ」

 高く伸ばした掌は、雲の先にある惑わぬ星を掴むように強く確かな意志で握り締められる。
 隣で励まし続けてくれた少女のぬくもり、不屈の闘志で立ち向かい続けて来た親友の熱さ。多くの仲間に背中を押され、立ち塞がるジムリーダー達が進むべき道を照らしてくれて、宿敵との激闘には大切なことを気付かされた。
 この旅で出会い繋がった数え切れない人達に支えられて強くなれたのだ。輝く雨粒の一つ一つには今まで踏み締めてきた思い出が照り返し、迷い無き瞳を伏せたジュンヤが確かめるように頷いてみせる。

「だから……恥ずかしいけどさノドカ、やっと分かったよ。この雨の先にだって空はあるんだよな」
「……えへへ、そっか。ほんとに良かった」

 少年はくすぐったそうに頬を掻いてはにかみながら振り返る。本当に永く、いつまでも心の底を暗く覆って──けれど皆と歩む旅路の中で、ようやくそんな簡単なことを理解出来た。
 降り続く雨を仰いで目を細めれば出会いも残る後悔も映る全てが眩く煌めいて、その胸に皆で育てた惑わぬ一筋の希望が萌える。

「だいじょうぶジュンヤ、今のあなたたちなら絶対勝てるよ。だからあともう少し、がんばって!」
「ありがとなノドカ、勿論だよ。オレ達はその為にここに来たんだから」

 自分がどんな顔をしていたのかなんて分からないけれど、ノドカが嬉しそうに笑っているのだからきっと大丈夫だ。対峙する親友に向き直ると彼は呆れたように嬉しそうに、くすぐったそうな哄笑をあげて。

「アハハ、依然不利なこの戦況でよく言えるよね。流石諦めの悪さだけは人一倍だジュンヤ君!」
「でしょ、ジュンヤはいつもそうやって私たちを守ってくれてたんだから! あなたたちにだって負けないよ!」
「ふふ、うん、ホントにすごいよジュンヤ君達は。だから……そんなキミに敬意を表して、その威勢ごと全力で叩き潰してあげる」

 肩で息をしながらも泥濘を踏み締め勇敢に構える草山羊に対して黒狐は紅く縁取られた口角を歪めて悠然と佇み、戦場の中心で双眸が交錯すれば迸る闘志と共に咆哮が響いた。
 何度堂々巡りを繰り返して来ただろう。果てしない道を走り続けて辿り着いた約束の決戦、この先にきっと探していた答えがある。
 いつだってそうだった、大切なことは戦いを通して見付けて来た。だから……必ず勝つ、ノドカが応援してくれるのだから負ける気はしない。
 降り続く雨が延々と佇む少年達を射貫き、煌々と照らす劫火の中で二人が迷い無き眼差しで泥濘を見据え睨み合う。時が止まったかのような静寂に暫時脆く緊張が張り詰めて、一呼吸すると途端に沈黙が打ち破られた。

「名残惜しいけどこれが最後の決戦だ、全てを賭けて勝負と行こうか! 出し惜しみ無しさゾロアーク、シャドークロー!」
「ああ、もうお互いに後が無いけど……なんとしてもこの手を届かせてみせるよ。まもるで受け止めるんだゴーゴート!」

 向かい合うポケモントレーナー達が雷鳴の如く指示を響かせ再び時間が動き出し、最後の決闘が幕を開けた。
 跳躍と共に咆哮を響かせ掲げられた左腕へ逆巻く漆黒の闇が舞い上がり、巨大な影の掌が文字通り親友を叩き潰さんと振り下ろされた。対するゴーゴートが萌える瞳で雄々しく吠えると周囲に翠緑の粒子が舞い上がり、眩く閃く極光の結晶と聳えて黒き鉄槌を真正面から受け止める。
 爪を立て渾身の力で握り締めるが、なお守り抜くと決めた心の盾は揺らがない。このまま続けても徒労に終わる、影が潔く手を引けば瞬く間に光陰が霧散していき、草山羊が振り返って相棒へ叫ぶ。

「分かってるさゴーゴート、絶対にレイ達を止めてみせる。あいつらにこれ以上悪事を働かせない、戻れなくなった親友をこの手で引き戻すんだ!」
「優しいねジュンヤ君は……だけどね、ボクだって道は譲れない! 護り抜くって誓ったあの日から、この道を進み続けるって決めたのさ!」
「そうだな、だからオレ達はここにいる。行くぞレイ、ゾロアーク! 大切なものを守り抜くんだ、オレ達の信じる強さで絶対に勝つ!」

 光と影が花弁のようにひらひらと舞い落ちていく泥濘に叫ぶのは、崩れ落ちそうなこの空の下で掲げた“あの日”からずっと変わらぬ想い。
 大切なものを守りたいという譲れない希望。一つでも多くのものを護りたいという揺らがなき冀望。未来を掴むのは勝利した者だ、二人がこれまで何度とぶつけ合って来た切なる望みにもう間も無くで決着がつく。

「ジュンヤ、ゴーゴート……信じてるから。それでもきっと、あなたたちならだいじょうぶって」

 なんとなくだがノドカにだって分かっていた、このままでは恐らくジュンヤ達は……。だけど、だからこそ、それでも立ち向かう彼らの背中と肩越しに覗く微笑を見ていると勝てるんじゃないかって思えてしまう。
 少女が祈るように合わせた掌を強く握り締めて幼馴染みの勝利を強く願い、時を待つことなく刻み続ける決戦は彼らの闘志に呼応して更に激しく加速していく。

「攻め込むぞゴーゴート、この手で道を切り開く! リーフブレード!」
「おいでよ、ぴかぴか目障りな光なんて掻き消してあげるから。シャドークローで迎え撃とう!」

 湾曲した黒角を翳せば眩い翠緑の粒子が迸り、一条の光剣が夜を切り裂くように惑いなく閃く。対する黒狐が両腕を広げると鈍くぎらつく朱殷の爪が漆黒の影に覆われて、夜よりも黎き陰が振り翳された。
 どちらともなく脚に絡み付く泥濘を蹴り飛ばして、迷い無く飛び込んだ戦場の中心で光剣と双爪が甲高い衝突音を響かせてぶつかり合う。戦場に絡み合う瞳はどちらともなく揺れて、闇に煌く翠緑の光と漆黒の影が舞い踊り、何度と刃をぶつけ合うがお互い一歩も譲らない。

「威力なら引けを取らないはずだ、けど……!」
「そう、ボクらとキミ達じゃあ手数が違う。いつまで耐えてられるかな!」

 夜を貫く黒爪が間髪を入れず絶え間無き連撃で攻め立てて、迎え撃つ光剣は一撃一撃を受け止め受け流しそれでも防げなければ身を躱し。しかし根本的な手数の差は大きい、辛うじて直撃を防ぎながらも次第に劣勢へ陥ってしまう。

「攻め込む隙が無い、だけど……守ってるだけじゃあ勝てないんだ! エナジーボールだゴーゴート!」
「残念だけどまだ遅い、その程度じゃ影は捉えられないよ。あくのはどうで迎え撃とう!」

 このままでは確実に押し切られる。ならばと咄嗟に後退した草山羊が自然の力を凝縮して翠緑の光弾を解き放つが、追い掛けるように飛び込んで来たゾロアークは身を翻して容易くすり抜け悪意を湛える漆黒の螺旋を噴き出した。

「っ、リーフブレードで軌道を逸らせ!」
「さあ今度こそ逃がさない、シャドークローだゾロアーク!」

 咄嗟に翳した黒角が翠光を帯びて光刃と閃き、鉄砲水のごとき威力で衝突した螺旋は刀身を這うように駆け抜けて背後で炸裂。だが息つく暇など与えられない、間髪入れずに振り上げた双爪に影を纏ったゾロアークが風を掻き分け瞬く間に至近距離へと躍り出る。

「流石だよゾロアーク、桁違いのスピードだな……!」
「当然さ、そう簡単に影を掴めやしないんだから」
「だったら無理矢理照らし出すまでだ、リーフブレードで迎え撃て!」

 閃光が走り甲高い衝突音が夜に響いて結晶の欠片が零れ落ち、必死に泥濘を踏み締め受け止めた刃は右爪に受け流されてしまう。
 思わず草山羊が目を見開いて咄嗟に半身を躱したが、見透かしたように突き出された左掌が胸に押し当てられて黒き波動が溢れ出した。

「だけどまだ戦える、だろ! エナジーボールだゴーゴート!」
「足掻いたって無駄なのさ、そんな微かな光じゃ届きやしない。あくのはどうだゾロアーク!」

 夥しい影の奔流に呑まれ耐え切れずに押し流されたゴーゴートが咄嗟に態勢を立て直すと着地と共に翠緑の光弾を撃ち放ち、対するゾロアークも悪意を束ねて二重の螺旋が空を裂く。

「今だ、もう一度エナジーボール!」

 衝突した二つの力は暫時の拮抗の後どちらともなく盛大に爆ぜ、「キミの魂胆は分かってる、そんな果実は熟れる前に切り落としてあげるよ!」爆風が吹き荒び光陰のみぞれが舞い踊る渦中に黒狐が飛び込み駆け抜けていく。
 泥濘に着地し収束させた深緑の砲弾が眼前に煌き、そのまま発射せずに吸収しようとしたが見抜かれていた。爆風を掻き分け目にも留まらぬ超高速で躍り出たゾロアークの爪閃が振り抜かれエナジーボールが四等分に分割されてしまう。

「流石だよレイ、オレ達が必死で足掻いたってお前は容易く一歩先を進んでいくんだ!」
「素直に褒めてあげるよ、ここに来て更に研ぎ澄まされてるじゃんか。だけどキミも分かってるはずさ、ゾロアークの速度は捉えられない!」
「それはどうかな、オレ達だって進化してるんだぜ! まだまだこんなところで終わらないさ!」
「ハ、言うね、相変わらず傷だらけの身体で随分と強気じゃんか!」

 切り裂かれた光球が崩れ落ちるその先では極光の刃が待ち構えていて、しかし用心深い彼ならばと二段構え程度想定済みだ。唐竹割りを半身を切って寸前で躱し、漆黒の波動を構えた刹那に背を這う悪寒に咄嗟に地を蹴り飛び跳ねた。

「この瞬間を待ってたよ! 今だゴーゴート、くさむすび!」
「なっ、これって……!」

 見下ろせば足元から泥濘を突き破り強靭な蔓が伸びていた。追い掛けて突き出される蔓に身を捩れば身体を掠め、素直な感嘆を瞳に浮かべる。

「何かあるとは思ってたけど、最後の一つはそれだったんだ。うん、キミらしく目障りで鬱陶しい技だ」
「あいにく褒めても何も出ないぜ。だから言ったろ、進化してるって!」
「だけど残念、そう素直に捕まってなんてやらないさ。みきりで避けようゾロアーク!」
「分かってるよ、だから何度だって挑んでやる! 続けて行くぞゴーゴート、リーフブレード!」

 幾重にも伸びる蔦に絡め取られんと紅く瞳を閃かせ幾度と身を翻し躱し続けるが、間髪を入れずに駆け抜けた草山羊へほんの一瞬反応が遅れてしまう。
 二匹の距離は目と鼻の先、光剣を翳すとせめてと身を退く黒狐へゴーゴートが更に一歩を踏み出して刃を振り下ろし、想いを込めた一太刀がついに親友の身体を切り裂いた。

「やったあ、やっと届いたの!?」
「……へえ、まさか食らっちゃうなんてね。やるねえジュンヤ君!」

 泥濘へ吹き飛ばされたゾロアークはすぐさま体勢を立て直すと軽やかに着地して、掌を突き出し悪意の奔流が波打つが「まもるだゴーゴート!」咄嗟に展開された光壁が爛然と地を照らして影に掻き消えることなく防ぎ切ってみせる。

「だけど二度も同じ手は食わない、どんな奇術だってタネさえ分かればなんてことはないさ」
「それはお互い様だろ、お前達の技だってもう全部分かってるんだから」
「それこそどうかな? ボクのゾロアークはすっごく強いんだ、そう簡単に暗い影の底を覗けやしない」
 
 降り続く雨の帳を挟んでどちらともなく睨み合う。白銀の髪を靡かせるレイが微笑を湛え軽快に紡ぐ言葉とは裏腹に擦硝子の瞳が険しく瞬き、対するジュンヤは窮地に鼓動が激しく高鳴り脂汗をかきながらも確信に満ちて親友を見据え果敢に攻め立てていた。

「なんだろう、このバトル……今までと違う」

 霖雨が降り続け劫火の燃える空の下で繰り広げられる約束の決戦はかつて交えた剣戟とは違う空気を孕んでおり、妙な違和感を覚えたノドカが呟いた。
 きっとこれがジュンヤの言っていた『良い顔になってきた』という意味なのだろう。二人が互いの望みを掴み取る為に全力で勝利を求めながらも、その表情にはどこか無邪気な愉しさと無情な名残惜しさを感じてしまう。
 なんとなくだが理解出来る、きっとこのバトルは……もう間も無くで、本当の意味で二人の戦いに決着が付くのだということも。

「だけどこれでようやく一撃、バトルはここからだ! ゴーゴート、エナジーボール!」
「昂ってるね、そろそろ面白いものを見せてあげるよ! シャドークローだゾロアーク!」

 再び咆哮を上げ動き出したゴーゴートが自然の力を収束させると光弾を頭上へ向けて打ち上げて、開花の如く炸裂させれば光の雨となって無数の弾丸が降り注いでいく。
 対する黒狐は双爪に漆黒の影を纏い威勢良く地を蹴り付けて、翠弾の悉くをすり抜け払い除けながら距離を詰めると迎え撃つ光刃に構わず黒爪を泥濘へと突き刺した。

「なっ、この技は……! 大丈夫かゴーゴート!?」

 本能が危機を告げ背筋を駆ける悪寒に半ば無意識で草山羊が飛び退ると、不意に地面から鋭利な影が三叉の槍と突き上げられる。
 辛うじて急所は避けられたものの胸元が鋭く切り裂かれてしまい、それでも思考を巡らせる暇など無い。乱れたノイズを一喝で掻き消しすぐさま正面を凛と見据えて、眼前に踊る影へ勇猛に光剣を身構えた。

「そんなに驚いてくれて嬉しいよ、やっぱりキミ達はそうでなくっちゃ。まだまだ息つく暇なんて与えない、シャドークロー!」
「生憎こっちから願い下げさ、迎え撃つぞゴーゴート! リーフブレード!」

 両者翳した力に逆巻く粒子の奔流を束ね、戦場の中心で双刃が衝突する寸前に黒狐がぐんと急加速。目を見開いて視線で追うゴーゴートを嘲笑うように軽やかに側方をすり抜けて、容易く背後へ回り込まれてしまう。

「だったらこれで……くさむすび!」

 無防備な背を切り裂かんと鋭爪を鳴らすが瞬間足元から絡め取らんと蔓が伸びて鬱陶しげに跳躍し、舌を鳴らしながらも振り返ることなくなお追走する草を幾重にも一呼吸で切り刻んでみせた。

「だから言ったでしょ、同じ手は二度も食わないって。やられっぱなしは癪だしね、シャドークローで切り裂こう!」
「それはこっちのセリフだぜ、そうだよなゴーゴート! リーフブレードで迎え撃つんだ!」

 互いに親友に背を向けたまま二匹は叫び、光剣を踊らせ眼下から突き上げる三叉の影槍を必死で凌ぎ、同時に絶え間なく蔓を伸ばして息つく暇を与えないゴーゴート。対するゾロアークは泥濘を突き破り四方から迫る無数の蔓を長く伸ばした右腕の影爪で矢継ぎ早に切り裂いて、捌き切れない分は身を躱し左爪を地面に突き刺し攻め立てる。
 しかしその物量に押されてしまい、特に草山羊が段々と捌き切るのが難しくなっていく。次第に後退しながらも相打つ両者が背中合わせになってしまい、刹那目線が交錯すると振り返り様互いに刃を振り抜いた。

「それじゃあ今度はこっちから。全部ナイトバーストで吹き飛ばしちゃおう!」
「そうはさせない、まもるでオレ達が受け止めてやる!」

 剣閃が重なり合って交差した軌跡に火花散り、しかし対敵へ向き直る隙など無い。互いに背後へ見据えたままに光と影が溢れ出し、夜をも覆う暗闇の天蓋と宙をも包む極光の障壁が展開した。
 光と影の天球が破裂音を轟かせ一帯を呑み込む程に吹き荒び、眩い結晶と黒き花弁を散らしながら鬩ぎ合うが押しも押されも出来ないままにどちらともなく収束。やがて掻き消されていた雨が思い出したように降り注ぎ、戦場に束の間の静寂が取り戻されていく。

「やあすごいすごい、ぴったり合わせてくるんだから。流石、キミ達はいつだってホントに楽しませてくれる!」
「それは嬉しいよ、お前がこうして本気で来てくれるのは初めてだよな!」

 懐かしんで笑うジュンヤにレイも堪えるように目を細めながら言葉の通りに笑顔を浮かべる。
 ──終わらせるって誓ったのに終わって欲しくない、果て無き円環のようにこの瞬間が永遠に続けば良いのに、と。そんな二律背反の思考が、ふとレイの脳裏を掠めてしまう。
 背負った罪の重さも己の立ち尽くす桎梏の影も、寝ても覚めてもこびりついていた何もかもが少しずつ戦場の熱に溶けていく。今だけは纏わり付く影を、ほんの少しでも忘れられる……だから。

「だったらもっと見せてあげるよ、ボクらの本気はここからさ! シャドークロー!」
「見せてもらうぜ、オレ達も全力で受けて立つ! リーフブレード!」

 ゴーゴートが湾曲した黒角を雄々しく振り上げ、深緑の光子が結晶を織り成し一振りの剣が形成されていく。対するゾロアークが朱殷の双爪を振り翳すと漆黒の粒子が逆巻いて、束ねられた影が三叉の刃と鋭く伸びて。
 咆哮を上げて身構えた両者は響く号令に弾き出された二匹は次の瞬間には泥濘の中心でぶつかり合っていた。互いの刃が火花を散らし、熱の迸る視線が荒々しく絡み合う。
 ゴーゴートは紅眼で想いを投げ掛けた、「勝ってお前を連れ戻す」と。しかしゾロアークの蒼瞳は擦硝子のように色を映さず相変わらず何も答えを返さない、暫し拮抗するが押し切ることが出来ずにどちらともなく距離を取った。

「さあていつまで頑張れるかな! ゾロアーク、あくのはどうで薙ぎ払え!」
「そんなの決まってる、勝つまでだ! エナジーボールで迎え撃つんだ!」

 レイとゾロアークの怒涛の攻勢に、惑わぬ心で迎え撃つジュンヤ達はその手を伸ばして必死に親友の背に追い縋り喰らい付き続ける。眼前まで迫る影の螺旋を深緑の光球で迎え撃ち、爆風を抜け頭上に躍り出た漆黒の爪が額を貫かんと突き出された瞬間、光剣を閃かせ辛うじて切っ先で受け止めた。

「シャドークロー!」
「リーフブレード!」

 初撃は凌いだものの二の太刀が視界の端を掠め、「まもるだっ!」咄嗟に展開された光の盾で弾き返すがゾロアークはそれすら予測していたらしい。爪を叩き付けた反動を利用して軽やかに後方へと舞い戻っていく。

「もう逃がさないぜ、リーフブレード!」
「残念だけど捉えられない、みきり!」

 そう易々と機を逃がさない。間を置かずに深緑の光刃を構えて力強く跳躍、縦一閃切り払ってみせたがゾロアークはそれすら嘲笑うかのように蒼瞳を紅く瞬かせると身を仰け反って寸前で回避。反撃と言わんばかりに爪に漆黒を纏わせて、無防備なゴーゴートの胸を切り付ける。

「まだだ、だったら届くまで……もう一度リーフブレードォッ!」

 こちらもただでやられるつもりはない、この戦いだけは負けるわけにはいかないのだから。親友達の背に何としてでもこの手を辿り着かせてみせる!
 胸を裂かれる痛みに苦痛で顔を歪めながらもゴーゴートは言うが早いかすぐさま身構え、翠緑の光剣を振り翳し渾身の一閃で切り裂いた。

「肉を切らせて骨を立つ、相変わらずキミらしい戦いだ!」
「多少は無茶しなきゃ勝てないような相手ばかりだからな、オレ達もとっくに覚悟は決めてるさ!」

 しかし反撃を決められたとはいえ負ったダメージは安くない、胸に刻み付けられた爪痕が痛みに疼くゴーゴートに対し、ゾロアークの傷は浅いながらも達したらしい。微かに体毛に残滓が纏わり付いて、嗤いながら歯を噛み締めていた。

「なあレイ、オレさ、本当に嬉しかったんだ。お前とまた会うことが出来て!」
「……嬉しいな、ボクもだよ。もう二度と会えないんだと思ってた」

 心身共に疲労が蓄積している、肩で息を吐きながらそんな言葉を心底の喜びで空に叫んだ。レイとゾロアとはかつての悲劇以降離れ離れになってずっと連絡が取れずにいて、会いたいと思ってもどうしようもなく……この旅の中でようやく再会出来て、生きていたのだと知って本当に安心した。
 それから少しの間一緒に隣を歩いて、時折事件に巻き込まれながらも旅を続けていた時間は束の間ではあれどとても幸せだった。

「だけど……だからこそ、ごめん。あの時お前の背負ってるものの重さに気付いてやれなくって」
「なに言ってんの、キミには関係のないことでしょ。これはボクの仕事なんだから」

 かつて互いにまもるという夢を語り合ったこともあったが、無意識に目を逸らしていただけで親友が背負う途方も無い影の大きさに本当は心のどこかで感じていた。
 認めたくなかった、触れられなかった。あの時何か声をかけてやれれば変わったのかもしれないと何度も後悔し続けた、だから……もう決して目を逸らさない。

「いいやある、だってお前は親友なんだ! 悩んでるんだって分かってたのに……!」
「やだなあ、だから何度も言ってるじゃん、『仕事なんだからしかたない』って。キミに変えられるものでもなければ、ボクは別に気にしてなんか」
「だったらなんで……どうしてお前はそんな悲しそうな顔で笑ってるんだ!?」

 笑顔を貼り付けて軽快に吐き出されるレイの言葉を遮って叫び、しかし返事は帰って来なかった。ただ深く溜め息を吐き出して「……ホントに面倒だねキミ達は」と呟くと、ハンチング帽子のつばを下げ戦場を見据えられる。

「待ってろレイ、オレ達がお前を縛る影を断ち切ってやる! リーフブレードだゴーゴート!」
「必要ないさ、これはボクが自分で選び取った道なんだから! 近付かせない、あくのはどうで押し流すんだゾロアーク!」

 泥濘を蹴り駆け出すゴーゴートを呑み込まんと漆黒の奔流が押し寄せるが、今の自分達は弱かったあの頃とは違う、そう容易くは流されない。深緑に煌く心の刃で眼前に蔓延る波濤を掻き分けて、その先に待ち構える親友へ歯を食い縛って全力で駆け抜け必死に距離を縮めていく。

「やっぱりこんなんじゃ止められないか。ならキミ達の戯言諸共握り潰してあげるよ、シャドークロー!」
「っ、当たり前だろ、逆境なんて何度も越えてきたんだ! 跳んでくさむすび!」

 指示が殆ど同時に戦場に飛び交い、不意に逆巻く波動が降り止み間髪入れずに超高速の一閃が振り抜かれた。咄嗟に跳躍すると爪撃が脇腹を掠めたが構わない、傷を最小限に抑えて着地した瞬間に咆哮する。
 振り返った黒狐の八方から無数の蔓が敵を捕らえんと迫り寄り、しかしその口角が歪に吊り上げられて掌には陰影の塊が蓄えられていた。

「だったら一切を吹き飛ばすだけさ。ゾロアーク、ナイトバースト!」
「まもるで受け止めろ!」

 恐らく避けられた場合も想定していたのだろう、四肢を絡めんと巻き付く蔓を意にも介さず一切を閉ざす暗黒の衝撃波が轟音と共に解き放たれた。
 帽子のつばを握り早鐘を打つ鼓動に息を呑み、吹き荒ぶ漆黒の影に覆われた世界の中で極光の天球は惑わず輝いていた。安堵を吐き出しながら次第に衰えていく暴威に身構えて、やがて晴れて行く景色に光剣を掲げ構えたゴーゴートが思わず息を詰まらせる。

「消えた、いや……上だ!?」
「あくのはどう、前みたいに焼き尽くしてあげるよ!」
「そうはいかないぜ、リーフブレードォ!」

 夜闇に溶けた親友を探し戦場を睥睨する草山羊が、相棒の呼び掛けにすぐさま見上げると大雨を背に蒼き双眸が飛び込んで来た。
 頭上を舞うゾロアークは既に掌に悪意の波動を湛えていて、咄嗟に光剣を翳すと次の瞬間に夥しい奔流が逆巻く怒涛と溢れ出していく。
 眩い光剣で受け止めるもののその威力は凄まじい。あまりに重く圧し掛かる影に身体が泥濘に沈んでいき、それでも今度こそと渾身の力を振り絞って押し寄せる影を無理矢理側方へと弾き飛ばした。

「言ったろ、強くなったって」
「うん、キミ達は確かに成長したよ。もう弱かったあの頃とは違う……それでも、ボクらには届かない」
「いいや届かせてみせるよ、この手で絶対に捕まえる! くさむすび!」
「そんなポケモンみたいに言われてもね。狙いは見えてる、かわすんだ!」

 着地を狙って足元から伸びる蔓に捕まるわけにはいかない。四肢や胴にと狙い撃つ草を後方転回で次々に躱して飛び退り、再び開いた距離に歯軋りしながら対峙する黒狐とその主レイを睨み付ける。
 なお届かない親友の硝子玉の瞳を見据えたジュンヤが帽子のつばを上げて確信めいた微笑を浮かべ、最高幹部レイがハンチングのつばを下げ……影に隠れた口元は、人知れず揺れて引き結ばれていた。

「……それじゃあ面白いものを見せてあげるよ! あくのはどう、打ち上げろ!」
「なにをする気だ、まさか……!」

 刹那の静寂が打ち破られて漆黒の波動が宙へと昇り、花火の如く盛大に炸裂。幾重の螺旋と枝分かれして、その全てが慎重に身構えるゴーゴートを貫かんと標的を定めて降り注いできた。

「なっ、これは……やっぱり!?」
「そう、察しの通りさジュンヤ君。ボクのゾロアークなら影を操るくらいはわけもない」
「だからシャドークローがあんな軌道に……!」

 おそらく先程の影爪は地面に突き刺して地中で切っ先を伸ばし、軌道を操作し回り込ませていたのだろう。いや、そんなことより。
 確かに軌道操作は脅威的だが幸い自分達ならば受け切れる、どこから来るか分からないなら全方位を守れば良いだけだ。言うが早いか泥濘を踏み締めた草山羊が咆哮を上げた。

「だったらまもるで受け止めるだけさ!」

 心を研ぎ澄まし放たれた翠緑の光子が結晶を形作り、宙を覆う天球が展開されれば雨と浴びせられ抉らんと迸る幾十幾百もの螺旋悉くを防ぎ切ってみせる。

「流石だよレイ、こんな奥の手まで残ししてたなんてな!」
「当たり前でしょ、ボクは最高幹部なんだからさ。攻め立てようゾロアーク、シャドークロー!」

 防壁が綻び崩れ去る瞬間を狙い眼前へ躍り出たゾロアークが急所を貫かんと右腕を突き出して、かろうじて身を翻して影爪が肩を掠めるだけで済んだが、誘導されていたのだと気付くと己の迂闊さに歯軋りした。

「察しが良いねジュンヤ君、そう、それでも道を選ぶしかないんだ。続けてあくのはどう!」
「……く、もう一度まもるだ!」

 左腕に蓄えていた悪意の奔流が指を鳴らすと共に夜を切り裂き、花火の如き炸裂により無数に枝別れした夥しい群影が縦横無尽に飛び回って不規則な軌跡を描きながら標的を狙い撃つ。
 対するゴーゴートは咆哮をあげて障壁を展開、爛然と覆う極光の結晶へ止まない雨のように降り続ける波動に心の盾は揺らがない。影の悉くを防ぎ切りなおも聳え続けた。

「やったあ、さすがゴーゴート!」
「いや、まだだ……構えてくれ!」

 歓喜に声を上げるノドカだが、対してジュンヤの表情は険しく焦燥を露わに咄嗟に叫ぶ。今でも鮮烈に脳裏に刻まれているのだ、かつて噛み締めた無力さを忘れられるはずがない。

「くす、覚えてるみたいだねジュンヤ君。その通り、これはあの時の状況によく似ている」
「……っ、ああ、おかげでな! オレが何も出来ずにうずくまってた時だろ!」

 分かっていても変えられない未来に歯噛みしながらも頷いた、悔しいけれど鮮明に記憶に焼き付いている。ノドカが拐われたにも関わらずオレは無様に震えているだけで、それでもとゴーゴートが一人で立ち向かった時……防壁が解除される間隙を突かれ、膨大な闇に呑み込まれてしまったのだから。

「さあ、そろそろ終わりにしてあげるよジュンヤ君! これで決めようゾロアーク、ナイトバースト!」
「それでも……迎え撃てゴーゴート、リーフブレードォッ!」

 "まもる"が維持し切れなくなってついに綻び瓦解されれば天を覆う結晶が途端に淡く霧散して、雪のように儚く残滓が舞い散っていく。
 この瞬間を待っていた。黒狐が哄笑を響かせ渾身の力を解き放てば禍々しく迸る暗黒の波動が溢れ、光すら呑むブラックホールは一切を砕き拡がっていく。
 避けられない、防壁の再展開も間に合わない……それでも。極光の剣を振り翳して光をも呑む膨大な闇を一身で受け止めるが決死の抵抗はあまりに脆く、音を立てて砕け散っていく刃に絶句しながらゴーゴートは純黒の暴威へと呑み込まれてしまった──。

「くっ……大丈夫かゴーゴート!?」

 吹き荒ぶ轟音に掻き消された微かな悲鳴に思わず叫び、しかし今の自分に出来るのは相棒を信じ抜くことだけだ。固唾を飲んで見守る中でやがて逆巻く影の奔流が無感動に霞み収まり始め、晴れ行く景色には……草山羊が、片膝を折りながらも佇んでいた。

「ゴーゴート、良かった……無事だったの!?」
「いいや、残念ながらこれで終わりさ」

 朦朧と霞む視界、途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、それでも大切なものを守る為に必死に立ち上がらんと声無く叫ぶ相棒だが……しかしその想いが届くことはない。雷鳴が轟き風が吹き抜け、まだ戦えるのだと叫び続ける想いと裏腹に動かない身体は泥濘む戦場に崩れ落ちてしまった。
 横倒れに転がる朧気な紅瞳には尚も用心深く身構える黒狐と白銀の髪の少年、二人の親友の姿がぼんやりと映り冷たい雨音だけが木霊していく。
 それでも、その眼差しに灯る微かな光は絶えていない。親友達は暗い夜の中で篠突く雨に打たれていて、足を掬う泥濘はどこまでも広がっている……ならば、まだ。

「……そうだな相棒。まだ、終わっちゃいないんだ」
「やだなあ、諦めなよ。キミ達は良く頑張ったんだ、だからそれで十分じゃないか」

 分かっている、此処で投げ出してこの雨のように溶けて流れていく方が余程楽なのだろう。けれど残念ながら、そう容易く諦められる程自分達は賢くない。
 それでも腹立たしいことに動かない身体で眺めた雨脚にはいつかの追憶が照り返し、在りし日の思い出がきらきらと淡く蘇っていく。ああ──本当に楽しかった、彼らと過ごした光陰のごとき束の間の日々は。

「そうさ、そう簡単に諦められるなら……わざわざここまで来たりはしないんだ」

 ふと宿敵から言われた言葉を思い出す、『頑張ったところで結果を出せなければ意味が無い』と。……むかつくが今だけは同意出来るかもしれない、自分達はこのバトルだけはどうしても勝たなければいけないのだから。

「キミ達は、どうして。……どうしてそこまでして戦うんだ」

 ハンチングのつばを下げて投げられた言葉に、倒れ臥しながらも顔を上げる相棒と視線を交わして頷き合う。そんなのとっくの昔から決まっている、大切なものを守る為だ。
 変わらない願いに歯を食い縛り、無理矢理身体を持ち上げようと泥濘を踏み締め必死に叫ぶ。まだ心の剣は折れていない、ならば一筋の勝機が残っている。

「覚えてるだろレイ、前にオレの記憶を書き換えようとしたことがあったよな。オルビス団の破壊の傷痕だって見せてくれた」
「……そうだね。うん、そんなこともあったよ」
「それだけじゃない、特訓だって付けてくれたし何度もオレを助けてくれた。……分かってるよ、お前はこの旅で何度もオレ達を護ってくれたんだよな」

 意図を察したレイはどこか気恥ずかしそうにハンチング帽のつばを下げ、構わず言葉を続けていけば彼ははにかみながらも頷いてみせる。

「当たり前さ、キミ達は親友なんだから」
「そうさ、お前と同じだよレイ。オレ達は大切なものを守る為にここまで来たんだ、絶対に諦めたりはしないぜ」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃんか、尚更滾ってくるよ!」
「奇遇だな、オレ達もだよ! レイがそう思ってくれている限り倒れやしない、お前もそうだよなゴーゴート!!」

 帽子を深くかぶり直して決意の眼差しは希望に萌えて、絶対に勝つのだと声高く叫ぶと相棒も軋む身体に鞭を打ち同じ心で咆哮を響かせ立ち上がった。
 オレ達はいつでもどんな時も同じ心で繋がっているのだ、だから……何度だって何回だって。かつて幼馴染がそうしてくれたように、深い闇の底へ堕ちてしまった親友の手を伸ばしたこの手で掴み取ってみせる。

「ジュンヤ、ゴーゴート……がんばってね。だいじょうぶ、わたしもみんなも最後まで信じてるんだからっ!」
「……あはは、ありがとうノドカ! これ以上無いくらい心強いよ!」

 力強く鳴り渡る雄叫びに呼応してその身に生い茂る深緑が夜天に一層瑞々しく輝いて、此処から必ず巻き返す。懐にしまっていた満身創痍の際に頬張ることで著しく筋力を増強させる果実“チイラのみ”を頬張ったゴーゴートが満足そうに頷いてみせる。

「さあ行くぜレイ、ゾロアーク、これが最後の決戦だ! オレ達は絶対に勝って取り戻す、大切なものを守ってみせる!」
「来なよジュンヤ君、ゴーゴート! キミ達の冒険を終わらせる、ボクらは今度こそ護りたいものを護ってみせる!」

 待ち焦がれた決着が足音を立てて近付いている、ありったけを擲ってでも勝利する。時が止まったかのように張り詰めた静寂で身構えて、希望に萌えるジュンヤの双眸と冀望を宿すレイの双瞳が譲れぬ意思に真正面からぶつかり合った。

「彼らは追い詰められる程強くなる、最後まで用心しようゾロアーク。この技は避けられないよジュンヤ君、あくのはどう!」
「言われなくても、真正面からお前を受け止めてやる! 行くぞゴーゴート、リーフブレードで切り裂けえっ!」

 ジュンヤとレイが同時に叫び、身体を駆け抜けていく痛みを噛み殺しながら声を響かせる二匹が渾身の力を振り絞り解き放った。
 黒狐が左腕を翳して噴き出した影が空よりも暗く逆巻いて、炸裂すると林冠の如く枝分かれして降り注ぐ。対する草山羊が高く天へと掲げた黒角からは翠緑の粒子が迸り、夜を切り裂く極光の刃を顕現させる。
 黒き膨大な奔流を迎え撃つゴーゴートの紅眼に迷いはない、煌々と萌える光剣を振り翳し前方から迫る幾条を薙ぎ払うと縦横無尽に飛び回り狙い撃つ影に自ら飛び込んでいく。最早痛みは忘却の彼方、駆け出す草山羊は多少の被弾程度には動じない、半ば無理矢理間隙をすり抜けるとついにゾロアークの眼前へと躍り出た。

「限界を越えてここまでとはね、珍しく格好良いじゃんか……! だけどボクらはキミ達に勝つ、シャドークローで迎え撃つんだ!」

 互いの距離は一呼吸の内に目と鼻の先まで縮められ、迎撃に翳された巨大な影爪すらをも断ち切る袈裟斬りがゾロアークの胸を深く切り裂いた。
 翠光の残滓に疼く傷痕を抑えながら瞬く間に迫る地面へ伸ばした右腕ですぐさま体勢を立て直して軽やかに着地、対敵を見据えた瞬間八方から強靭な蔓が伸び絡め捉えんと包囲する。

「今度こそ逃さないぜゾロアーク、くさむすびで捕まえるんだ!」
「っ、そんなに求められても何度だって躱してあげるさ! みきりだゾロアーク!」

 ゾロアークの蒼瞳が紅く閃き、這い寄る悉くをすり抜け高く跳躍するが追い掛けるように草山羊も跳躍。空中で睨み合い緋爪を翳す黒狐に対しゴーゴートの口元には深緑の光球が渦巻いていて。

「これでお互い逃げ場が無いな、エナジーボールだゴーゴート!」
「だったら真正面から握り潰してあげるよ、シャドークロー!」
「そんな、だいじょうぶゴーゴート!?」

 撃ち出された砲弾へ研ぎ澄まされた影が巨大な掌を形成して突き出され、握撃により光弾ごと草山羊を握り締める。思わずノドカが悲鳴を叫び黒狐が微笑を湛えるが少年は慌てず動じない。

「リーフブレード、突破するぞ!」
「やっぱりキミ達は止められないか……みきりだゾロアーク!」

 影掌を切り裂く光芒が幾重に閃き翠緑の光剣が突き破って振り下ろされて、蒼瞳を紅く閃かせ寸前で身を翻して寸前で躱した。掠められた朱殷の鬣がはらりと散って草山羊が側方を通り過ぎていく。

「いいやオレ達は諦めない、この手で掴むまで何度だって挑むだけだ!」
「ああもう、ホントにしつこいんだから! シャドークロー!」

 それでも刃はまだ届く筈、空中で振り返ると全力で光剣を薙ぎ払い、風を切る影爪が肩に突き立てられた瞬間翠緑の剣閃が切り裂いた。
 真正面から直撃して勢いを殺せず吹き飛ばされた黒狐が頭から泥濘に激突してしまい、すぐさま体勢を立て直すと追い掛けて来た草山羊と急接近して二匹が力強く泥濘を踏み締める

「すごいよジュンヤ君、キミ達は本当に強くなったね……だけど、キミの物語はここまでさ! ボクがみんなを護ってみせる、これで全部お終いにしてあげるよ!」
「いいや終わらないさ、オレ達が絶対に終わらせない! この手で大切なものを守り抜くまで進み続けて……必ず未来を取り戻す!」

 至近距離で向かい合うゾロアークとゴーゴートが絶対に勝つのだという決意を込めて天を衝く咆哮を響かせて、二人の少年も譲れない願いをまもる為に魂を振り絞り全霊で叫んだ。

「ゾロアーク、ナイトバーストォッ!!」
「ゴーゴート、まもるで受け止めるんだっ!!」

 黒狐が握り締めた漆黒の宝石あくのジュエルが輝いて、内から溢れ出す暗く膨大な闇が深い絶望となって乱雲が包み込む天を覆い尽くして降り注いでくる。
 対する草山羊が心を研ぎ澄ませれば眩く煌く深緑の結晶が宙へ拡がり、爛然と輝く極光の障壁は絶対防御の盾となり果て無き泥濘すらをも照らし出す。
 惑わず聳える希望の光と黒く荒れ狂う冀望の影、己が胸に抱き続けて来た願いの象徴が真正面からぶつかり合った。

「ねえジュンヤ、これって……もしかして」
「……ああ、そうなんだと思う。この空も雨もきっと、レイとゾロアークの……」

 全霊を振り絞り解き放たれた力と力が天と地の狭間で激突し、心が鬩ぎ合い余波を撒き散らす戦場に尚も雨は冷たく頬を掠める。
 恐らく、この世界が映していたのは彼らの心なのだろう。否定、憎悪、憤怒、諦観……絶望。降り頻る雫には心と慟哭がめまぐるしく色とりどりに照り返し、降り止まない悲しみに宙が絶叫し嵐が轟々と吹き荒んで。

「そうだよなレイ……同じなんだ、オレもお前も。ずっとあの日から、オレ達の時は止まったままで」

 『決戦に相応しい舞台』その意味が今なら理解出来る、自分達は影と付き纏う“あの日”に未だ囚われていて。踏み出すことも出来ずに泥濘に立ち尽くし、廻り続ける同じ雨に打たれていたのだから。
 もう二度と失いたくない、大切なものを守り抜いてみせる。今度こそ失わせない、彼だけは何としてでも護り抜く。虚しく響き続ける雨音を掻き消す程に相棒達が絶叫し、互いに譲れぬ想いを振り絞り相剋の光陰が迸り続ける。
 自分達はどんな顔をしているのだろう。見守る少女は、目に涙を溜めながら笑顔を浮かべ肯いていた。

「なあレイ、お前は決して赦されないことをしたよ。きっと一人で償えるものじゃない」
「だったらなんだい、赦しなんて求めちゃいない。ボクらは誓ったのさ、来たる終焉から護り抜いてみせるって!」

 絶対に道は譲れない。夥しく溢れ出す影が一切を滅ぼさんと凄絶に逆巻き、光すら砕く闇は世界を黒く塗り潰していく。
 ならば尚更負けられない。あまりの威力に聳え立つ障壁が悲鳴を上げて軋み出すが、揺らがなき決意を掲げて叫べば爛然の極光が惑わぬ盾と輝いてみせる。

「それでもお前は、かけがえのない親友なんだ。お前の罪はオレが一緒に背負っていく、……だから」

 横切る雫の一つ一つに刹那想い出が映し出されるよう。遠いいつかの夢幻は眩く儚く煌めいて、雨を切り裂き確かめるように差し出された手が、力の限りに握り締められた。

「──だから、ここから始めるんだ。一緒に帰ろう、レイ」
「ジュンヤ君……本当に、キミは」

 それはずっと、大切な親友へ伝えたかった言葉だ。今は雲に覆われていたって、どれだけ雨が降り続いていたって、永い夜のその先には青く広がる空がある。
 ジュンヤが赤い帽子のつばを握って穏やかに微笑み、ハンチングのつばを下げたレイの瞳が暗い影の底で微かに揺れる。刹那深い絶望に満たされた影の天球が僅かに乱れ、ほんの一筋の綻びが生まれた。

「ねえジュンヤ、あれ!?」
「分かってるさノドカ、今ならもしかしたら……!」

 万に一つの勝機だって良い。灯火程の微かな可能性だとしても、もしもがあれば賭けてみよう。親友に届くのであれば……この手で未来を捕まえてみせる!

「……オレ達は必ず取り戻すよ、レイ。行くぞゴーゴート、リーフブレードで切り裂けぇっ!!」

 帽子をあげて希望に萌える瞳で世界を仰いだジュンヤは大きく息を吸い込んで、想いを届かせんと腹の底から友を呼ぶ声を響かせた。
 瞬間宙を覆う極光の防壁が崩れ落ち、翠緑の結晶が柔くきらきら舞い散っていく。二人が残された全てを振り絞り猛々しく全霊の咆哮を轟かせ、一点へ集束させた深緑が空を切り裂く極光の剣を顕現させて振り翳された。
 暴れ狂う闇夜の天蓋に揺れる微かな一穴へ、二人の想いを湛えて輝く光剣が突き立てられた。絶叫と共に深い慟哭に迸る影をも切り裂き──ついにその心の剣が、纏わり付く闇の深奥に閉ざされた親友へと届いた。

「それでも、ボクらは──」

 分かっている、自分にそんな資格などないのだと……それなのに。
 翠緑の一閃が振り抜かれ、絶望を湛えて逆巻く闇が制御を失い無造作に撒き散らされていく。暫し宙に吹き荒れていた闇の残滓が花弁のように徐に舞い散り、ゾロアークは幾度と無抵抗で地面を転がった後仰向けに倒れ込むと、“あの日”の空に冷たい雨が降り注いで。
 これで──終わった。肩で大きく息を吐き出して静謐に包まれた世界を仰いで気が付けば雨の勢いが少しずつ弱まり、楽園を薪に煌々と燃え盛る劫火もいつの間にやら鎮火していた。

「……ゾロアーク」
「勝っ、たの……?」

 空は未だに暗く積乱雲に包まれながらも、ほんの微かな雲の切れ目に夜を残した薄明の光が一筋射し込んでいる。穏やかに降り注ぐ雨は収まらない熱気にむせ返る戦場を優しく冷まし、ハンチング帽のつばを下げたレイが泥濘を踏み締め茫然と天を仰ぐ相棒へと歩み寄る。

「……懐かしいねゾロアーク。彼らと一緒に旅をしてたのが、もう遠い幻みたいだ」

 苦笑しながら黒狐へ屈み、どこか清々しい面持ちで見上げてくる相棒の顎を撫でながら、言うつもりも無く留めるはずだったのに。躊躇う言葉が喉まで込み上げ、気付けば唇に触れて溢れ出していた。
 もうあの頃の日々には戻れない、振り返るには遅すぎた。分かっていたつもりでも広げた掌から零れ落ちた雫は影から望むにはあまりに眩く……取り戻したいものばっかりが、嫌でも擦硝子の瞳を掠めていく。

「短い間だったけど、ホントに楽しかった。……あはは、幸せだったなあ」
「オレもだよ、レイ。ずっと、みんなで一緒に旅出来たらって……そう思ってた」
「……あーあ、負けたなあ」

 待ち焦がれた約束の決戦は、ジュンヤ達の勝利で決着がついた。
 嘆息を吐き出して帽子をかぶり直した少年が、ゴーゴートと共に親友へ向かい合う。木漏れ日のような笑顔ではにかみながら手を差し伸べて……逆光を浴びて霞む親友の姿に、誰に届くことなく敗北を零す。
 ──やがて、雨が上がっていく。相棒と同様に伸ばされたゴーゴートの蔓へゾロアークが焦がれるように手を翳し、しかしその指先は掴めない。力を失った掌は虚しく空を切り、意識は混濁の淵に沈んでいって。
 帽子のつばを深く下げたレイも、一度は親友の手のひらへ躊躇いがちに左手が引き寄せられながらも親友の腕を払い退けながら立ち上がる。

「レイ、お前……まだ」
「今のボクにはその手を掴めない、それだけさ」

 ついに辛うじて保っていた意識が限界に達してしまったらしい、ゾロアークが穏やかに瞼を伏せると支える力を失った身体が泥濘に溶けゆく。
 それは、全霊を懸けて親友と争い決着を付けたゴーゴートも同じで。彼も糸が切れて膝から崩れ落ちると最後に黒狐に蔓を伸ばし、向かい合った二匹は夢見るように微睡みの淵に沈んでいった。

「お疲れ様、よく頑張ったなゴーゴート」
「……ありがとう。終幕だね、ゾロアーク」

 時を待つことなく宙がぴしりと軋み、忽ちひび割れ虚空に亀裂が駆け抜けていく。もう間も無くで消えていく、皆が徐に見上げた雨上がりの空にふとノドカが「あ、ねえみんな、あれ!」と弾むように軽やかに声を張り上げる。

「ねえねえ、見えた!? 今のって!」
「ああ、確かに虹だったな。どうだ、お前は見えたかレイ!」
「……うん」

 この目で捉えることは出来なかったが、視界の端に微かに掠めた。硝子が割れるように音を鳴らして崩れ落ちていく“あの日”の中で、ふと見上げた遠き黎明にはきっと淡い虹の橋が架かっていた──。
 ……そして夢幻の揺籃は目を覚まし、帰るべき場所が其処には在った。剥がれ落ちていく幻影の先には、眩い世界が聳えていた。

「……ありがとう、ノドカ。終わったよ」

 広大な空間に広がるのは砂の敷かれた荒れ果てた戦場、見渡せば壁面には蒼き紋様が延々と脈打ち続けて、シャンデラを模した幾つものシャンデリアが爛然と彼らの佇む部屋を照らす。

「ジュンヤ、ゴーゴート、それにみんなも。勝てて良かったよぉ、ほんっとにお疲れ様〜!」
「ノドカ。……心配をかけたな、ありがとう」

 ようやく、決着が付けられた。肩で息を吐き出したジュンヤが振り返ってはにかんだ直後に、駆け寄って来てくれた幼馴染みへと足がよろけて倒れ込んでしまう。

「わ、わ、わあっ、えっと!? じ、ジュンヤ!?」
「ごめんノドカ。はは、ぼくも……少し疲れたみたいだ」

 咄嗟に抱き留めたはいいもののノドカでは体重を支え切れずによろけて、二人して転けそうになってしまったところでレイが襟首を掴んで引き止める。
 「なにやってるの」と苦笑を零すレイにノドカが照れ臭そうにはにかんで、少女に肩を借りながら立ち続けるジュンヤの双眸が真っ直ぐに親友の瞳を見据えた。

「……結局、ボクらはキミ達に勝てなかった。何があっても、キミだけは護るって誓ったのに」

 拳を握り帽子のつばを深く下げたレイは血が滲む程に唇を噛み締め、しかし一呼吸で掌を解いて顔を上げると懐かしむように瞼を細めて微笑んだ。

「違うよレイ、お前達はすごく強かった。最後に威力が弱まらなかったら、きっとオレ達は……」

 彼はいつでも自分達のことを友人だと言ってくれていた。だから必死に叫んで叫び続けて──きっと、ようやく言葉を届かせられたのだ。だからあの時微かに闇が揺れたのだろう、それが無ければ勝負は分からなかった。

「だから、お前は自分自身に負けたんだ」
「……それでも、勝ったのはキミ達だ。うん、ホントに強くなったね」

 それだけ言い切ると踵を返して背を向けて、帽子のつばを深く下げながら徐に口を開く。かつて別れ際に伝えた言葉の意味を、己の胸中で繰り返し反芻し続けながら。

「約束だったね、ジュンヤ君。……あの日の真実、ボクらの全てをキミに話すよ」
「ああ、聞かせてもらうぞレイ。お前がその道を選んだ理由、オレの両親を殺したっていう言葉の意味を」
「……うん、その覚悟はもうしてたから」

 負けた時のことなど考えたくはなかったが、数え切れない程脳内で繰り返していた。願わくばずっと、闇に隠していたかった……いつかは伝えなければならなかった真実を告げるこの時を。
 そしてレイの口から、躊躇うように言葉が紡がれていく──。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「……やっと終わった!オレ達勝てたんだ、ノドカ!」
ノドカ「おめでとうジュンヤー!ほんとに良かったよ、信じてたから…!」
レイ「…じゃあ、話すよ。ボクらの真実を」
ノドカ「やったあ!」
レイ「そう、あれはボクとジュンヤ君とビクティニがまだ幼かった頃だ。育て屋の手伝いをしていたボクらは…」
ジュンヤ「待てレイ、何を話そうとしてるんだ!?」
レイ「暴れん坊のラッタが居たんだけど、ジュンヤ君ってばちょっと驚かされただけでないちゃってさ!」
ノドカ「そうなんだ!あはは、ちっちゃい頃は気弱だったもんねえ…かわいい」
ジュンヤ「な、なんだこれは…やめてくれ!」
レイ「だってノドカちゃんが聞きたがってるし」
ノドカ「うん、聞きたいな〜!それで、他にはどんなことがあったの?」
レイ「ええっとね、ジュンヤ君がおねしょした話はまだだよね」
ジュンヤ「だからそれは誤解だっていうやめてくれ!」
二人「……」
ジュンヤ「分かったよ!もう好きにしてくれ!」
せろん ( 2020/09/10(木) 13:18 )