ポケットモンスターインフィニティ

















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第十三章 決戦
第108話 無彩の零
 見上げた宙は果て無き慟哭に積乱雲が黒く逆巻き、深い絶望に塗り潰された漆黒の空には憤怒の雷鳴が咆哮と轟く。頬を掠め身体を突き刺す、目が開かない程の嵐の中で、足を掬う泥濘を力強く踏み締め二人の少年が向かい合っていた。
 かつて一人の男に全てを奪われ、それでも仲間達の支えで進み続けてきた赤い帽子の少年ジュンヤは栗色の髪を揺らし、希望を湛えた真剣な眼差しを瞬き固く口を引き結ぶ。
 巨悪の最高幹部としてあらゆる希望を奪い続け、それでも冀望を謳う黒いハンチング帽の少年レイの顔には深く暗い影が射し、白銀の髪と制服の裾を靡かせ弓形の笑みで愉しげに嗤う。

「さあ、決着を付けようジュンヤくん。影と付き纏い続ける“あの日”の中で」
「ああ、始めようレイ。全てが終わったこの場所で」

 総てを呑み込み灰塵へ還す爛然の劫火は眩く火花を撒き散らして燃え盛り、庭園の広がるかつての楽園が煌々の灼熱に焼け崩れ落ちていく。なおも噴き上げる焔は焚られた薪に舞い躍り、触れるもの全てを力に変えて更に激しく昇華していた。
 それは九年前の夜に降り掛かった、決して忘れられない“あの日”の惨劇。

「オレ達は大切なものを守り抜くって誓ったんだ。だから絶対に勝つ、勝って取り戻してみせる!」
「本気で行かせてもらうよ、大切なものを護り抜くって誓ったから。ボクらとキミ達……未来を賭けて、かっこよく決闘と行こうじゃないか!」

 時計の針は動きを止めて、永平の未来を背負った運命は姿を消した。愛する家族も、希望に満ちた楽園も、絆を繋いだ親友も全てを失った“あの日”の中でいつかの約束を果たし始まる宿敵との決戦。
 結局、お互いに譲れない以上は戦うことでしか道を開けない。だから全力全霊で行く、暗雲に閉ざされいつまでも霖雨の振り続く深い闇を切り開く為に……向き合わなければならない。
 変わらぬ決意を天に叫んで、変われる強さで共に挑み続けてきた相棒のモンスターボールへ決意を託して戦場へ全霊で投げ放った。

「この戦い……先陣を切るのはお前しかいない。ここは任せたぜゴーゴート!」
「フフ、キミは相変わらずロマンチストだね。それならボクは……おいで、ブーバーン!」

 絶えず降り続く篠突く雨を弾き散らしながら突き進む真紅と純白の球は、空を切り裂き色の境界から半分に割れた。闇を照らす程の紅光が夥しく溢れ出していき、戦場に二つの影が生み出されていく。

「……同じだな、あの時と。まさかまた会う日が来るなんて思ってなかった」
「フフ、懐かしいねジュンヤくん。ボクこそキミ達が生きているなんて思わなかったから、嬉しかったなあ」

 鬱陶しく纏わりつく赤光を黒角の一薙ぎで振り払い、甲高い嘶きを響かせて闇天の中に首元で茂る深緑が瑞々しく萌える。逞しい四肢で携えた橙の蹄で、絡み付く泥濘に毅然と踏み締め身構えた。
 対するは身体に燃える焔の紋様が波打ち、分厚い唇を歪めて嗤う巨躯の火男。大筒の両腕は臨戦とばかりに真っ直ぐに突き出され、泥濘む大地を踏み締めている。

「この二匹、初めて再会した時の。レイくんは何を考えてこんなこと……?」

 ジュンヤの背後で、ノドカが唇を噛み締め悲痛に呟いた。この景色も、この対面も、全てかつて絆を紡いだ親友同士で織り成してきた日々の再演だ。
 少女が最高幹部の瞳を覗いても擦硝子の瞳は色一つなく無彩に瞬くだけで、立ち向かう少年は聳える敵を見透かしたように苦笑を浮かべ呼び掛けた。

「分かってるよ、誰と向き合ってるなんて。前みたいに化けてるんだろゾロアーク?」
「……やっぱり。あの子の特性はイリュージョンで、あのバトルでもそう、だったもんね……」

 そう、レイの相棒であるゾロアークには幻覚を見せ他のポケモンに化ける能力がある。
 ブーバーンが眉間に皺寄せ対峙する二人を睨み付けるが、「良いよゾロアーク、もう誤魔化せないから」その一声で息を吐き出すと身体を覆う幻影が露と霧散し黒狐の影が現れた。
 朱殷の鬣が横殴りの雨に棚引いて、紅く縁取られた蒼眼を細める影と見紛う漆黒の妖狐。深緋の爪が鈍く輝き紅い隈取りの口角を吊り上げると悪戯っぽく笑ってみせて。

「あーらら、つまんないの。いくらキミでも流石にもう騙されないか、残念だなあ」
「当たり前だろ、友達だからな。姿を変えたってすぐに分かるさ」
「へえ、嬉しいこと言ってくれるじゃん、流石は親友だ。ま、キミには通用しないだろうと思ってたし良いけどね」

 口を尖らせわざとらしく不満そうにする親友へ当然とばかりに言葉を返して、しかしすぐさま気を引き締めると戦場を睥睨して身構えた。

「ああ、本当に同じだな……何もかも」

 かつて全てを失った“あの日”と現在が寸分違わず重なり合って、底無しの泥濘が前へ進もうとする足へ絡み付き遮り続ける。
 きっと、一人では前に踏み出すことなど出来なかっただろう。けれど今の自分達には背を押してくれる仲間達が居てくれる。

「オレ達はもう迷わないよ、みんなのおかげでようやく本当の意味で強くなれたんだ。だからもう……あの頃とは違う!」
「……良い目をしてるね、この終焉を越える為に頑張って来たのが伝わってくるよ。うん、キミ達はホントに強くなった」

 草山羊の紅き双瞳が決意を秘めた希望に萌えて、黒狐の蒼き双眸の瞬きが闇に一筋の冀望を湛える。決して譲れない未来を賭けて互いの願いが交錯し、遠い目をして零した呟きは誰に届くこと無く虚空へ消えた。
 ゾロアークが振り返り相棒の硝子の瞳を掠める一筋の光を見つめて目を細めると、俯いていた相棒は深く口元を歪めて乾いた哄笑と共に顔を上げる。

「そりゃそうさ、これだけ猶予をあげたんだから少しは強くなってもらわないとね。オルビス団最高幹部"夢幻の零"榊レイ──ボクらの力を見せてあげるよ!」
「そういう約束だったもんな、オレ達も全力で行くぞ! 進化した強さを見せてやるさ、大切なものを守る為に絶対負けられない……勝ってこの先に進むんだ!」

 未だ止むことのない絶望が篠突く雨と降り注ぎ、満天を支配する深い夜闇に煌々と楽園が燃え盛り続け。
 劫火に照らされた宙の下で泥濘を踏み締め立ち尽くす彼らの視界が交錯し、置き去りにしてしまった“あの日”の中で──ついに、約束の決戦が幕を開ける。

「行くぞゴーゴート、みんなで必ず終焉を止めてみせる! リーフブレードで切り開け!」
「残念だけど無駄なのさ、キミ達がいくら楯突いたところで時計の針は進み続ける。みきりで躱してゾロアーク!」

 夜宙に輝く深緑の粒子が眩く舞い上がり結晶と閃き、闇を切り裂く極光の刃が天に棚引き振り翳された。
 雨に立ち尽くす対敵へ蹄を踏み鳴らし駆け抜けて、二匹の距離が瞬く刹那に詰められ草山羊が眼前に躍り出る。だが黒狐の双眸が紅く瞬けば振り下ろされた光剣から寸前で身を翻し、剣閃をすり抜け高く跳躍すると渇いた哄笑を響かせて。

「悪いけどボクらも最初から全開で行かせてもらうよ。終わりにしてあげるさ……ゾロアーク、ナイトバースト!」
「いいや終わらない、オレ達は守り抜くって誓ったから! まもるで防ぐんだゴーゴート!」

 ゾロアークは翳した両掌に深淵を束ね、哄笑と共に解き放てば慟哭にも似た甲高い破裂音を轟かせ暗黒の天蓋が悉くを闇へと喰らい尽くしていく。変わらぬ願いを掲げ精神を集中させたゴーゴートが決意に高く嘶いて、心が生み出す眩い結晶が障壁を成して宙へと展開、深緑の輝きが絶対防御の盾と聳え立つ。
 昏き冀望に燃える闇の波動と碧き希望に萌える光の結晶は天地の狭間で衝突し、めくるめく余波を撒き散らす双球の鬩ぎ合いは黎明と宵影が舞い踊るよう。
 互いに譲れぬ二色の切望はめまぐるしく煌々と宙に逆巻き、凄まじい余波で周囲を光渦が切り裂き続ける。

「レイくんもゾロアークも、ホントにすごい。でも……がんばってジュンヤ!」

 背後で息も出来ない程に凍り付く緊張の苦しさを堪えて幼馴染みの背を応援していたノドカは、空を覆う極光に守られながらあまりの強さに思わず固唾を呑んで胸元で手のひらを握り締めた。
 ──なんて威力なのだろう。あまりに強く光を呑み込む影の暴威は、彼とポケモン達が歩んで来た闇の深さを想像するに余りある。……それでも。

「私はずっと見てきたから分かるよ。あなたたちならきっとだいじょうぶだから!」

 立ち向かう背中を見ていたら不思議と思えてしまう、彼らなら大丈夫と。だから思いを込めて声援を送る、君に届くようにと懸命に声を張り上げて。

「……ありがとうノドカ、オレ達なら大丈夫だよ。どんなことでもみんなで守り抜いてみせる、そうだろゴーゴート!」
「ハハッ、やるねえ、随分強くなったじゃんか二人とも! それでこそ待った甲斐があるってもんだよ!」

 逆巻く暴威と降り注ぐ暗夜の衝撃波はどこまでも禍々しく純黒に迸り、夥しい影に抉られ続ける深緑の光壁が次第に悲鳴を毀し軋み始めた。
 彼等の翳した冀望は、どれ程の修羅場を踏み越え見出だしたものなのだろう。圧倒的な力で拡がり続ける奔流に、それでも、と誓った願いを胸に掲げて己と相棒を奮い立たせる。
 相棒の呼び掛けでゴーゴートは力強く空へ嘶き、尚輝きを増した極光が力強く聳え立つと逆巻く闇夜の天蓋と鬩ぎ合う。
 譲れぬ力と力が宙を仰いで凄絶に鬩ぎ合い、譲れぬ拮抗に鎬を削り続ける中で……ついに臨界が訪れる。一瞬の閃光が空を駆け、遅れて凄まじい爆轟が何もかもを呑み込んでいった──。

「まさかこの技を防ぎ切るなんてね、ジュンヤ君達にしてはやるじゃんか。フフ、何度も何度も叩き潰されてきたおかげかな?」
「レイ達こそ、最高幹部に聳え続けているだけあるよ。そんなに強くなって、一人で仲間達を護り続けてきて……すごいな」

 深く帽子を被って腕で顔を防御するジュンヤに対し、レイはハンチング帽のつばへ指を当て余裕の笑みを浮かべながら悠然と立ち尽くしている。
 二人が固唾を呑んで見守る中で吹き荒ぶ黒煙が降り頻る雨に溶けていき、二匹の影が朧に浮かび上がっていく。光陰の残滓は花びらのように泥濘へ柔く零れ落ち、遠きいつかの中心で蒼紅の眼差しが睨み合っていた。

「当然じゃないか、ボクらは強いからこそ此処に居るんだもん。それはキミ達もよく分かってるでしょ?」
「はは、お前達の強さは嫌という程味わわされたよ。前は……いや、今日までずっとお前達には勝てなかった、だけど」

 希望に萌える瞳は真っ直ぐに対峙する親友へ向き合い、仮面の笑顔を浮かべる擦硝子の眼が嘲るように細められる。
 彼らの強さは身に染みている。十年前から今までたったの一度も勝利を掴めなかった、何度も何度も負け続けて来て。
 だからこそ……全力全霊で行く。暗雲に閉ざされいつまでも霖雨の降り続く深い闇を切り開く為に、向き合わなければならないから。

「この戦いには絶対負けられない。オレとポケモン達とみんなの力で、奪われたものを取り戻すまで戦い続ける!」
「相変わらず言うことだけはヒーローみたいでかっこいいじゃん。でも悪いね、ボクらも絶対に勝たなきゃいけないのさ……続けて行くよ、あくのはどう!」
「確かにこれまではどんなに叫んでも届かなかった、だけど今度こそ! エナジーボールで迎え撃つんだ!」

 結局戦うことでしか道を開けないのならやるしかない、自分達ポケモントレーナーはいつだってそうやって前に進んで来たのだから。
 黒狐が翳した両掌に逆巻く紫黒の波動が二重の螺旋と空を裂き、深く生い茂る深緑の力を束ねた光弾が眩く煌めき迎え撃つ。
 戦場の中心で翠光と闇黒が衝突すれば瞬く火花が撒き散らされて、雨に照り返す下で戦場の境界にぶつかり合う光陰は互いに譲らず迸り続ける。

「パワーは互角か、ここは踏ん張ってくれゴーゴート!」
「ははっ、違うね、ボクらの力はこんなものじゃない!」
「な、まだ威力を上げてくるのか……!」

 共鳴する主従の哄笑と共に二重螺旋が更に激しく威勢を増して、次第に拮抗が崩れ始め光弾が呑まれていく中で「だったらリーフブレードで切り開くんだ!」ジュンヤが叫び草山羊が嘶いた。
 闇を切り裂く深緑の極光が爛然と夜に輝き泥濘を踏み締め駆け抜けて、翳した緑刃が食い縛り続ける光弾を吸収し更に輝きを増して振り下ろされる。

「そっか、ゴーゴートの特性はそうしょく! すごい、これなら押し切れるよ!」

 棚引く光剣が夥しく吹き荒ぶ闇へと切り込めば荒々しい波濤が全身を押し流さんと襲い掛かり、必死に泥濘を踏み締め視界を遮る闇を切り払えば闇影が雨と舞い散った。
 開けた空へと不意に影像が躍り出る。息の詰まる緊張が張り詰め瞬く刹那に眼前へ朱殷の鬣の棚引く黒狐が現れて、「それならシャドークローで迎え撃ってあげるよ!」鋭くぎらつく紅爪が影を纏って振り翳される。

「お前達は本当にすごいよ、レイ。どんな風に生きてきたらそんなに強くなれるのか分からない」
「お褒めに預かり光栄だ。みんなに随分鍛えてもらったからね、おかげでこんなに強くなれたよ!」
「確かにバトルもすごく強いさ、だけどそうじゃないのは分かってるだろ。いつからなんだ、お前達が仮面で隠しているのは!」

 翠緑の光刃と漆黒の影爪が火花を散らして激突し、甲高い金属音を響かせながら刃が鎬を削り鬩ぎ合う最中に不意に蒼紅互いの双眸が交錯。
 草山羊は紅き眼差しで言葉を投げ掛ける。いつかの対峙と同様に──過ぎ去りし日の友を重ね合わせて、「本当にこれで良いのか」と。

「可笑しなことを言うねキミ達は、これでも悪の組織の最高幹部だよ? 一緒に旅したのも、ポケモンを奪い続けてきたのも紛れも無く素顔さ」
「それでもオレ達は信じてる、いつかまた一緒に笑い合える日が来るって! お前と旅した時間が素顔だって言うなら尚更だ!」
「相変わらずバカだね、ジュンヤ君。ボクらはもう選んでるんだよ」

 溜め息混じりに吐き出された言葉は冷たく空虚に雨に消え、蒼き瞳は無感動に答える、「決めたこの道を進むだけだ」と。
 鍔迫り合いは拮抗を続け、幾度と刃が衝突するが剣戟の間隙に映る瞳はただ揺るがなき決意を宿して無彩の色に瞬いていた。

「……っ、下がって切り払うんだゴーゴート!」
「甘いよ、その程度では切り崩せない! 懐に潜り込んでゾロアーク!」

 ゾロアークは両掌に影を纏い攻め立てるが対するゴーゴートは一筋の光剣で凌ぎ続けて、しかし次第に劣勢に追い込まれ始める。
 ならば、と後退して渾身の力で降り続く雨ごと一閃するが軽い跳躍で棒高跳びの如く容易く躱されて、目と鼻の先まで途端に距離を詰めてきた黒狐の左腕に浅く脇腹を切り裂かれてしまった。

「……流石だなレイ、全然攻め込む隙が無い。一度戻ってくれゴーゴート!」
「当然でしょ、これがボクらの力ってやつさ。それじゃあキミも戻ってゾロアーク!」

 幸い寸前で身を捩ることで傷は最小限に抑えられたが、刃は投げ掛ける言葉と同様にいくら切り込んでも容易く躱されこの劣勢ではジリ貧に追い込まれてしまう。
 草山羊は一先ずならばと渋々ながらも承諾し、黒狐さ余裕綽々に爪を鳴らして頷いて、翳したモンスターボールから迸る閃光が二匹の相棒を包み込んでいく。
 纏わり付く赤光は紅白球へと呑み込まれ、名残惜しげに光の残滓が舞い散ると再び世界に静謐が齎されると、冷たい雨音だけが響き渡った──。

「……次を任せるポケモンは決まってる。なあ、そうだよなレイ」

 帽子を被り直して顔を上げ、深呼吸と共に不安へ誘う緊張を吐き出し対峙する少年の顔を見やれば、相も変わらず仮面のような笑顔が浮かぶ。
 暗く覆われた空は光を閉ざし、カプセル越しに語り掛けてくる相棒へ耳を傾け頷き合った、次に繰り出すべきポケモンのことを。

「どうせジュンヤくんなら彼を繰り出す、もう一度力の差を教えてあげようブーバーン!」
「次はお前に任せたぜ、その速さで一気に攻め立てるんだファイアロー!」

 これがあの日と同じだというのなら、乗り越えなければ本当の意味で大切なものを守れない。紅白球を力強く握り締め、渾身の力で投擲すると夥しい閃光が迸っていく。
 闇の中に現れたのは全身が燃え盛る焔と逆立ち、灼熱の吐息を吐き出す巨駆の火男。大砲の両腕から抑え切れない闘争心に火の粉が零れ、泥濘む大地を恐れることなく立ち尽くす。
 迎え撃つのは力強く羽撃たく疾風のの翼、扇状に広がる黒い尾羽、下半身は灰色に覆われ斑に火の粉模様が散る真紅の隼。

「また、あの時と同じ……」

 待ち侘びていたように火男は全身を更に熱く昂らせて深く唇を歪めて嗤い、隼がかつて踏み付けられた屈辱から絶対に負けないとばかりに反骨心で睨み付ける。
 対峙する彼らの様子を見守るノドカが眉を潜めて苦渋を漏らした。かつて奪われたポケモン達を取り戻す為、オルビス団を追う中で果たした望まぬ再会。

「アハハ、相変わらず懲りないねえジュンヤ君ってば! 同じシチュエーションで勝とうだなんて呆れちゃうけど、くす、面白いから付き合ってあげるよ!」
「当たり前だろ、一度や二度の負けでへこたれるようならオレ達はここに立っていないさ。今度こそみんなで越えてみせるさ!」

 巨悪の幹部として嗤う白髪の少年が、レイが相棒に続けて繰り出したのが圧倒的な力を誇るブーバーン。その時のバトルでヒノヤコマはファイアローへと進化を遂げたが……まるであの時の再現とばかりだ。 

「でもこの雨じゃ、ほのお技の威力は落ちちゃう。このバトル、どうなるんだろう……!」
「フフ、かわいいねノドカちゃん。虚構の雨だから戦いに影響は無いよ!」
「それでもオレ達のやることは変わらない。全開で行くぞ、ブレイブバード!」
「さあブーバーン、受け止めるんだ!」

 翼を折り畳み射られた超高速の一矢が低空を疾風の如く駆け抜けて、風圧で軌跡を巻き上げながら腰を据え構える火男へ瞬く刹那に迫っていく。

「へえ、やるねぇ、完成された“はやてのつばさ”は伊達じゃないね!」
「っ、距離を取ってくれファイアロー!」

 だが流石は鍛え抜かれただけはある、目と鼻の先まで詰められた距離で大筒の右腕を突き出して籠手と受け止め、更に左腕を腹部へ押し当て唇を歪に深く歪める。
 咄嗟に突き付けられた砲口を力強く蹴り、その反動で無理矢理距離を引き離せば雨音がいやに反響する中でどちらともなく身体を燃やした。

「これならどうだ、続けてオーバーヒートだ!」
「だったらボクらはだいもんじさ!」

 火炎袋を燃え滾らせて、全身から迸る焔を一点へ集束させると瞬間、凄まじい灼熱が解き放たれる。空間を圧倒的な熱量で焦がし放たれる極太光線を前に、火男は不敵な笑みを浮かべて大筒の両腕を突き出し爛然と燃え盛る火球を撃ち出した。
 一切を焼き払う熱線と悉くを灰塵へ還す火球が戦場の中心で衝突し、闇を焼き尽くす程の膨大な焔が鬩ぎ合う。互いを呑まんと迸る大技は激しく周囲を焼き尽くしながら拮抗し、しかし凄烈な鬩ぎ合いの中で徐に均衡が崩れ始める。

「なんて火力だ、流石はブーバーン……行くぞファイアロー!」

 放射状の余波を放ち燃え盛る火球が次第に熱線をその威力で喰らい始めて、このままでは圧倒的な火力で押し切られてしまう。負けじと射貫かんと昂る紅隼への呼び掛けで迸る熱線を鞘へ収め、風と羽撃たき離脱をすれば背後では一気呵成に勢いを増した火球が炸裂し、虚空が紅蓮に焼き尽くされた。

「今度こそ……もう一度ブレイブバードだ!」

 あまりの威力になお炎熱は収まらず、煌々と燃え続ける楽園の劫火が照らす夜を吹き荒ぶ爆風が覆い隠していってしまう。
 黒煙が舞い視界が閉ざされてしまう中で、力強い羽撃たきが微かに空気の流れを変えた。火男が力強く泥濘を踏み締め、超低空を掬い上げるように飛翔した紅蓮の疾風が──驚愕に目を見開いて、収まり始めた爆風を突き抜け未だ冷たい雨の中へと躍り出ていた。

「ごめんね、キミ達の目眩ましを貸してもらっちゃった」
「まずい、頭上だファイアロー!?」

 無彩の少年がハンチング帽を目深に悪戯っぽく微笑めば、頭上から巨躯の暗影が落ちてくる。咄嗟に見上げた時には既に頭上で大筒が構えられ、ジュンヤが呼吸を詰まらせレイが高らかに指示を飛ばした。

「これはどうかな、がんせきふうじ!」
「上昇してくれ……!」

 このまま羽撃たけば確実に岩柱に貫かれてしまう。砲台から放たれた光球をすり抜け絶えない雨天を背に仰ぎ、誰も居ない地上へ着弾すれば大地の牙が虚しく突き上げる。
 だがそれも予想されていたのだろう。通りすぎ様に視線が交錯し、試すように頭上高くに目掛けて撃ち出されれば今度は空中で焼けたバンクシアのように炸裂し蔓延る泥濘へ降り注ぎ始めた。

「そうか、あいつの狙いは……!」

 エネルギーを凝縮させた光球が放たれた。空中で炸裂し、一つ一つが岩塊となる。
 脚先を突き上げる岩柱が掠めた。だが攻勢はやまない、更に放った光弾が頭上から降り注ぎ着弾と共に巨大な岩柱が周囲一帯へ突き上げていく。
 着弾と共に、無数の岩槍が天を衝くように次々と峻烈に空を穿つ。焦燥に頬を冷たい雫が伝い、瞬きの中で止まらない光の束が地へと尽きれば、橙に照る戦場一帯が厳然と突き立つ柱に覆われてしまった。

「さあて、この状況でどこから攻めるって言うのかな? せいぜい楽しませてよねジュンヤくん!」
「よく言うよ、どこから来たって良いんだろ」

 揺らめき交錯する影の向こうで無彩の少年は飄々と嗤い、必死に攻め立てる矢を易々と凌いで確実に一手を詰めてくる。どれだけ全霊で叫んでも届かない、それは彼らが呼び戻さんと投げ掛ける声と同じで。

「……一度戻ってくれ、此処は退くんだファイアロー!」
「フフ、そーだよね、そうするしかないよね。だってどこから攻め込んでも無駄なんだもん!」

 無数に並び立つ岩柱は、対峙する親友達へと続く道を分厚く固く閉ざしてしまっている。この先へ届かせなければならない、それなのにあまりに重く厳然と。
 紅隼は屈辱に眉間へ皺を刻みながらも、主人の瞳が信頼に瞬くのを見て頷いた。確かに……今は些か状況が不利だ、けれど必ず反旗の翼を翻す時が来るのを信じて。

「くす、だけどジュンヤくんってば最初の威勢はどうしちゃったの。意気込んだのに何も出来ずに逃げ帰るだなんて、誰かさんにそっくりだね!」
「そうかもな、今までオレは過去から逃げ続けてきた。だけど……もう決めたんだ」

 帽子のつばを深く下げ、降り続く雨に目を細めながら大きく息を吐き出した。蘇る記憶とは裏腹に時計の針は進み続けて、"あの日"の中で徐に顔を上げると泥濘む絶望の果てに瞳は一筋の希望に萌える。

「この壁の向こうのお前達に届かせてみせるさ、そうすればきっと道は開けるから」
「一度もボクらに勝ったこと無いクセによく言うねえ。臆病で弱いキミ達なんかにホントに出来ると思っちゃってるの?」
「分からないけどやってみせるよ、お前達が親友って思ってくれているんだから。その為にオレ達はここまで来たんだ」

 分厚い黒雲に覆われ閉ざされた空には憤怒の雷号が耳をつんざく程に轟き、慟哭の如く止まない土砂降りに晒され二人の少年が向かい合い少女が結末を見守っていた。
 かつて共に親交を温めた楽園は一切を灰燼へ還す劫火に呑まれて煌々とめくるめく崩落に沈み、稲妻と炎光に照らされ少年達が立ち尽くす。

「次はお前に任せたぞ。あいつはすごく強い、だけど……諦めないさ、今度こそ道を切り開くんだ」

 赤い帽子を深く被ると迷い無き決意に表情を張り詰め、割れんばかりに強くモンスターボールを握り締めた。全ては大切なものを守る為に、真実を知りかつて失った親友達と未来で共に笑い合う為に。

「どうせ何が来ても勝てやしないさ、ボクのポケモン達はすごく強いからね。今度こそこの力で護る為に……絶対負けないよ!」

 対峙する少年は黒いハンチング帽に指を当てながら親しみやすい無邪気な笑顔でおどけて嗤い、擦硝子の瞳は何を映すか無彩に瞬き細められていた。

「あなたたちなら出来るよ、ジュンヤ。私には見守ることしかできないけど……信じてるから」

 橙の上着が風雨になびいて、戦いの行方を見守る少女は両手を合わせて勝利の先に待つ平穏を祈り続ける。
 いつかに交わした約束は、ついに忌まわしき記憶の中で果たされた。かつて誓った想いも友情も変わらないまま、選んだ道は違っていて……それでも互いに譲れない願いを掲げて、己の信念をまもり抜く為に。
 残されたポケモンは互いに六匹、しかし必死に楯突くジュンヤ達は圧倒的な力で立ち塞がるレイ達に届かないまま永い戦いは続いていく──。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「やっぱり強いなレイは…まるで技が通らないなんて」
ノドカ「ね、ほんとだよね…!でもきっといけるよジュンヤなら!」
レイ「相変わらずすごい信頼だよねえ…そんなに信じる程の人なのかなジュンヤ君って」
ノドカ「えへへ、良くぞ聞いてくれました!」
レイ「あ、これ地雷踏んだかも…」
ノドカ「ジュンヤってばすごいのよ、いつもそばにいてくれて、優しくて…ふふ、私を照らしてくれるお日様みたいな人なんだ」
ジュンヤ「そ、そこまで信頼されてるのは嬉しいけど、少し恥ずかしいな…」
ノドカ「だってほんとなんだもん!この前はね…」
レイ「あ、良いです良いから!いやでもジュンヤ君の話を聞けるのは嬉しいからある意味聞く価値があるのかな!」
ノドカ「そういえば、レイ君はジュンヤとの思い出とかってどんなのがあるの?」
レイ「良くぞ聞いてくれたねノドカちゃん!そう、あれは十年前のこと…」
ジュンヤ「もうやめてくれー!」
せろん ( 2020/04/14(火) 20:09 )