ポケットモンスターインフィニティ

















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第十三章 決戦
第106話 扉の向こうへ
 剣の城に突入し、ファウスと名乗る幹部に案内され訪れたのは視界を全てが漆黒に覆い尽くされた広大な空間。
 最奥には三羽の神鳥と巨大な円環、中央に燃え盛る大樹が刻まれた荘厳な鉄扉が聳え立ち、最高幹部達へ繋がる唯一の道は固く閉ざされてしまっている。
 この扉を開くにはただ一つ、ポケモンバトルに勝つしかない。勝負に挑んだノドカは皆の役に立つ為に勝つのだと意気込み、迎え撃つファウスと互角のバトルを繰り広げ残されたポケモンは互いに一匹。
 ノドカに残されたのは相棒で幼馴染みの頼れる白鳥。長く黄色いクチバシ、数千キロを渡る強靭な翼、純白の羽毛に覆われたしらとりポケモンのスワンナ。
 そして対峙するファウスが繰り出したのは──。

「最後はあなたに任せましたよ。来なさい、おれの相棒ワルビアル!」

 獰猛な咆哮で赤光を払い、巨躯の砂鰐が姿を現す。暗紅色の鱗を纏い顎は長く突き出しており、目元が黒い膜に覆われた二足歩行。いかくポケモンワルビアル。
 ワルビアルは深く息を吸うと相手を射竦め萎縮させる威嚇の怒号を放ち、スワンナは無意識の恐怖に竦み物理攻撃力が下がってしまった。

「一気に優位へ立ったな」
「ああ、デンリュウのおかげだ。“すなあらし”は使われるだろうけど、勝てない相手じゃない」
「……ええと?」

 戦場を冷静に俯瞰する二人が徐に呟いた。
 確かにタイプと天候だけならばノドカ達が有利だが、ワルビアルはかみなりのキバも覚える。この状況だけで決められるものではない気がするのだが……よく分からないサヤは、首を傾げてポケモン図鑑を広げた。

「最初から飛ばしていくよスワンナ、なみのり!」
「この雨の中では、下手に一撃をもらえば致命傷になる。ならばまずは……ワルビアル、この空を奪いましょう!」

 噴き上げる激流は波涛となって空を覆い、更に降り注ぐ雨により勢いを増し高波が砂鰐へと襲い掛かる。だが彼らは攻撃に移る気配を見せずにその場に腰を落とすと、再び咆哮を轟かせた。

「やはり雨では落ち着かない。馴染みの風を呼びましょう、すなあらしです!」

 たちまち砂鰐の周囲へ砂塵が噴き出して、熱気を孕んだ砂嵐が雨雲を切り裂き吹き荒れていく。彼らは懐かしむように喜びに目を細め、しかしすぐさま意識を戻す。
 天候を書き換えられた、これによりみずタイプの技の威力は大幅に落ちてしまう。けれど相性まで覆るわけではない、ノドカが「だけどこのなみのりは避けられないよ!」と叫ぶとファウスは一度溜め息を吐いた後に不敵に笑った。

「なるべく温存しておきたかったですが……避けるつもりなどありませんよ。真正面から迎え撃ちましょう、かみなりのキバですワルビアル!」

 それはサヤも警戒していた技だ。身体に流れる電気を全て顎の先に集中させると激しく迸る電光を束ねて雷顎が形成されて、高く跳躍して自ら波へと飛び込んでいく。
 そして雷顎が波涛へ襲い掛かり、自動車をも噛み砕く凄まじい力で噛み付けばたちまちその力により蒸発してしまう。この窮地を潜り抜けるにはそれで十分だ、水蒸気爆発によって波に大きな穴が穿たれ、砂鰐は隙間を突き抜けて飛翔する白鳥を落とさんと猛然と迫った。

「だけどまだ……!」

 真正面に砂鰐が躍り出て、技の発動が間に合わない。咄嗟に指示を切り替えると、不意にその目に虚しく迸る激流が映って。

「スワンナ、急降下して!」

 この窮地を凌ぐにはやるしかない、間も無く誰も居ない地上を席巻する波へ深く潜り込んだ白鳥を見て、砂鰐は雷顎を翳すと揺蕩う波へ目掛けて狙いを定める。

「なにをするつもり、でしょうか」
「見てたら分かるさ」

 かみなりのキバが水に刺さってしまえば、みずとひこうの二タイプを併せ持つスワンナは通電により良くて大ダメージは必至の状況。ノドカさんには目論見があるだろう、そう思いつつも読めずにいるサヤへ、ジュンヤが穏やかに笑い掛ける。

「今だよ、ぼうふう!」
「……っ、これは!」

 スワンナは数千キロを飛び続けられる強靭な翼を持つ。その羽撃たきで水中から暴風を巻き起こし、風に乗せられた波涛は激流となって天へと昇る。
 空中で構える砂鰐では避けられない、だがこの技を受けるわけにはいかない……真正面から迎え撃ち、幾度と咀嚼して迫る水流を防ぎ切ってみせた。
 だが晴れた景色の先には白鳥の姿は既に無い、間隙を突いて離脱されてしまい地表が迫る中で戦場を見渡す。

「ならばこれはどうです、ストーンエッジ!」
「スワンナ、高く飛んで避けて!」

 吹き荒れる砂嵐は視界を遮り、着地したワルビアルは咆哮を轟かせると狙いをつけずにでたらめに一面へ岩槍を突き上げた。
 だがそんな攻撃など届かない程の高所へスワンナは飛翔する。空高くから戦場を睥睨すると用心深く身構えた。

「さすがひこうポケモン、です。そんな攻撃、当たりません!」
「この攻撃だけなら、な」
「ツルギの言う通りだ。ワルビアルの眼は砂嵐が吹いていたって捉えられる、避けられるのが分かっていた」
「……そっか、それじゃあ!」

 そうだ、確かに先程ポケモン図鑑のワルビアルの項には『熱を感知する為に夜でも見える』との記載があった。今のはでたらめに撃った技じゃない、サヤが焦燥しながらファウス達を見ると彼らには一切の動揺が無く──。

「さあ行こうスワンナ、なみのり!」
「仕掛けますワルビアル、まずはかみなりのキバで波を貫く!」

 再び波涛を噴き上げると、砂鰐は突き出た岩柱の一つに飛び乗り足場に使って高く跳躍してみせた。
 そしてかみなりのキバで降り注ぐ大波を貫くと瞬く間に眼前に躍り出て、このままではまずい、「避けてスワンナ!」流線型に翼を折り畳み急降下してからようやく気が付いてしまった。

「ワルビアル、石柱を砕きなさい!」

 追い掛けて落下する砂鰐が遠心力に乗せて尾を振り抜けば、聳える岩槍が砕けて無数の岩弾となって地上付近で羽撃たく白鳥の眼前へ猛然と迫った。

「……ダメ、避けられない。スワンナ!」

 観念したように、ノドカの呼び掛けと共に床へと降り立った白鳥は主の声に振り返ると力強く頷いた。彼女は甲高い鳴き声を響かせながら雄々しくも美しき純白の翼を広げて、霰の如く降りかかる無数の礫に貫かれた。

「そっか。あれは足場だけじゃ、なくて、攻撃のために……」
「おまけに岩の柱のせいで地上付近じゃ自由に飛び回れない。だけどノドカ、良い判断だ!」
「よくやりましたねワルビア……いえ、まさか!?」

 白鳥が身を裂く痛みに体勢を崩し、それでも気丈に対峙する砂鰐を睨み付け──もう逃さない、そう言わんばかりに黒膜に覆われた眼を細め舌なめずりをした瞬間にファウスが同様に目を見開いた。
 次いで異変に気付いたワルビアルも咆哮を轟かせる。その獰猛さの裏に、時限の焦燥を隠しながら。

「えへへ、わざわざすなあらしを使ってきたってことは……雨はイヤなんだよね?」
「……っ、気付かれていたとは、やりますね」
「ノドカはああ見えて結構相手を見てるんだよ。どうだ、すごいんだよあいつは」

 対するノドカ達はしてやったりと不敵に笑う。雨では落ち着かないと天候を上書きしていた彼らだが……彼女は見逃してなどいなかった、“あまごい”を発動した時のファウスの焦燥と、現れたワルビアルが放った怒号に込められた苛立ちを。
 相性の優劣による不利以上の何かがあるのだということを、直感的に。ジュンヤは自慢気に幼馴染みへサムズアップを送りながら振り返り、視線を送られたツルギは鬱陶しいとばかりに舌を鳴らした。

「さあ行くよスワンナ、れいとうビーム!」
「避けてくださいワルビアル!」

 一気に戦況はスワンナの優位へと傾いた。大雨を背に受け力を増した白鳥は勇猛な羽撃たきで空に舞い、無数の石柱が突き立つ戦場を睥睨すると口元に蓄えた冷気を解き放った。
 そう易々とは当たらない。頭上から降り注ぐ凍てつく光線を岩を蹴り付けることによる跳躍の連続で次々巧みに躱していき、しかし地表は雨も手伝い凍結していき脚の踏み場が無くなり始める。
 最早これ以上、猶予は無い。

「一気に攻め込みましょう、真正面から突っ切るのです!」
「迎え撃ってスワンナ、れいとうビーム!」
「ならばこちらはかみくだくです!」

 小細工を捨て退路を断ち、ついに決着が近付いて来た。降り頻る雨の中砂鰐の巨躯が天上に羽撃たく白鳥へ迫り、蒼く迸る冷気の光線を頑健な顎で文字通り噛み砕きながら数瞬間で二匹の距離が縮まっていく。

「っ、ここが私たちの正念場……!」
「……そうか、スワンナの持ち物は。ですがここで仕留めます、かみなりのキバ!」

 そして、ついに観念したとばかりに身構えるスワンナへ荒々しく轟く雷電を束ねて形成した顎が牙を突き立てて、同時に彼女は羽毛に隠していた細長い黄色の果実ソクノのみを頬張った。
 それは一度だけ効果抜群のでんき技の威力を半減する木の実。これなら辛うじて耐えられるはず、身を裂く稲光の痛みを必死に堪える白鳥を仰いだノドカだが──不意に、ワルビアルが身体をよじった。

「え、なにを……」
「まずいぞノドカ、あれは……!」
「ワルビアル、デスロールです!」

 砂鰐がスワンナを雷牙で捕らえたまま高速で回転し始めてしまった。それはワルビアルが獲物を倒す時の必殺技“デスロール”、身体を千切ってしまう程の勢いで何度も何度も回転し続ける。

「お願い、耐えてスワンナ……!」

 そして勢い良く突き上げる石柱へと吐き捨てた。白鳥は意識があるのかも分からないまま岩槍の切っ先で背中を打ち付け、凍結した地面へゆっくりと自然落下し激突してしまった──。

「スワンナ、そんな……。お願い、立ってスワンナ!? 私たちはまだ……!」

 ノドカが何度も、何度も必死に相棒の名を叫び続ける。しかし彼女からの返事は無く、ただ静かな雨だけが冷たく頬を打ち続ける。
 ……ようやく終わった。危なかった、もう少し戦いが長引けばあるいは……ファウスが安堵に深く息を吐き出した瞬間に、違和感を覚えて頭上を見上げ目を見開いた。
 まだ、雨が降っている。つまりあの白鳥は、もしや……。

「……な、まさか」
「そっか……。えへへ、ありがとう、スワンナ」

 身体が引き裂けそうな程に痛い。痺れて思うようには動かせない。それでも……不思議と思ってしまう、「まだ戦える」のだと。
 ああ、懐かしい、ずっと昔のことなのに今でもありありと思い出せる。
 九年前、ジュンヤとメェークルを必死に絶望から掬い上げ──ノドカは己の無力を嘆き鍛え始めた。嫌いだったバトルや運動に向き合って、なんとか強くなって助けになろうと必死にもがいて。

「……まだ倒れていないようですね。ならば今度こそ終わらせましょう! ストーンエッジです!」
「ううん、終わらないよ! 飛んでスワンナ!」

 動かない身体に鞭を打ち、残された最後の力を振り絞り強靭な翼を強く羽撃たかせた。まだ終わるわけにはいかない……大切な主の笑顔の為に、ここまで繋いでくれた仲間の為に何としてでも勝ってみせる。
 脱兎の飛翔に一瞬遅れて鋭い岩槍が突き上げる。もしこの雨がなければ確実に仕留められていただろうが……身体の動きが、ほんの僅かだが鈍ってしまっていた。

「行くよ、……これで決めよう! なみのり!」

 そして手の届かぬ遥か高くへ舞い上がった白鳥はその翼を雄々しく広げて美しく鳴き、今までで最も威力の高い逆巻く波涛が噴き上がった。

「っ、かみなりのキバで迎え撃ちなさい!?」

 すなあらしを発動していては間に合わない、一か八かで立ち向かうワルビアルだったが、荒れ狂う激流は翳した雷牙ごと全てを呑み込み押し流してしまう。

「……ワルビアルは、どうなったのかな」

 暫時の静寂。バトルフィールドでは一匹の白鳥が息を荒く不安定に羽ばたいて、雨と波の音だけが穏やかに届く。これで終わったのだろうか……誰もが固唾を呑んで戦場を見守る中で、不意に引き潮に水冠が跳ねた。

「……っ、まだ終わってない!? やっぱりあの子のもちものは……来るよスワンナ、構えて!」

 波が鋭爪により引き裂かれ、水面を掻き分け黒膜に覆われた眼が激情と本能に血走り飛び出して来る。白鳥が目を見開いて焦燥に振り向けば、ノドカは緊張と疲労に震えながらも、不安を必死に押し隠して確信めいた眼を瞬かせて頷いた。
 ならば……きっと負けない、“だいじょうぶ”、皆からバトンを受け継いだ自分達なら勝てる。

「おれ達は……それでも、負けられません! 仲間を救ってくれたレイ様に、少しでも報いる為に!」

 ワルビアルが握り締めた赤と黄色の襷……無傷の状態ならどんな攻撃からも一度は耐える効果を持つきあいのタスキが千切れ落ちて、それでも砂鰐は屈することなく標的を見定め猛然と飛び掛かった。

「これで終わらせ。今度こそその翼を撃ち落としてみせます……かみなりのキバ!」

 けれどその道具の存在は考慮していた。必要以上に技を食らうことを避けている気がして、だから何となく。
 必死に満身創痍の身体に残された力を振り絞る砂鰐は、迸る雷電を牙と束ねて、僅かでも、一瞬でも速く技よ届けと最大限まで射程を引き伸ばす。
 時間的にも体力的にも、これが正真正銘最後の一撃。更に雨足を強め篠突く雨の中で、雷顎は一層激しさを増して眩く迸り眼前へ迫る。

「これで……おれ達の勝ちです!」
「それを待ってたよファウスさん、ワルビアル! 今だよスワンナ!」
「っ、ノドカさん、あなたはこの状況で一体何を……!?」

 上回った、ようやく……勝利へ手を伸ばし声高らかに叫んだ確信は、少女の不敵な笑みにより奪い去られて焦燥に叫ぶ。
 翳した牙を振り下ろし、純白の身体に突き立てようとしたその瞬間──雄々しくも美しき翼を広げた白鳥は、その全身から夥しい水飛沫を弾き散らした。

「なるほど、考えたなノドカ、すごいぞ!」
「これは……!? ワルビアル、かみなりのキバを止めてください!」

 しかし、放たれた一撃は止められない。飛沫は雷牙に当たるとたちまち蒸発し、無数の水蒸気が激しく弾け飛び爆発していく。
 いくら砂漠で鍛えられた強力なポケモンといえど、不意打ちに水蒸気爆発を浴びては耐え切れない。思わず怯んで体勢が崩れ、此処に来てついにガタが来た──鈍った身体では持ち直せずに、歯を打ち鳴らしながら落下してしまった。

「ワルビアル、そんな……!?」
「今度こそ……これで決めるよ! 全てを出し尽くそうスワンナ、ぼうふう!」

 この好機は決して逃さない。翼から水飛沫を撒き散らしながら白鳥は最後の全霊を込めて羽撃たいて、巻き起こる苛烈な暴風に呑まれた無数の水流が柱の如くに降り注いでいく。
 焦燥と共に辛うじて着地して、見上げた時にはもう遅い。無数に降り注ぐ滝波が鉄砲水と押し寄せて、砂鰐は為す術もなく貫かれてしまった──。

「……まさか」

 ワルビアルは最後まで、対峙する敵を睨み付けたまま意識を失い徐に崩れ落ちた。そして暗紅の砂鰐の巨躯は地に倒れ伏し、ストールを巻いた赤髪の青年は雨に打たれながら暫し呆然と立ち尽くして……しかし深く息を吐き出すと、頭を掻いて苦笑を浮かべる。

「……負けて、しまいましたか」

 ……戦いは終わった。先程まで激しいバトルが繰り広げられていたのが嘘のよう、緊張と敵意は降水に流され穏やかな静謐が朧に揺蕩う。
 ファウスが徐に紅白球を構えれば紅い閃光が迸り、戦いを終えた戦士を優しく包み込み安息の地へと還っていく。あれだけ鬩ぎ合い昂っていた熱も次第に冷めていき……後には、勢いも弱まり優しい雨だけが頬を掠める。

「……ありがとうございます。お疲れ様でした、ワルビアル」

 微笑みながら感謝の気持ちを伝えれば、砂鰐は握り締めた球のカプセル越しに己の無力を嘆くように見上げてくるが、青年は首を横に振って否定する。

「いえ、お前は悪くありませんよワルビアル。おれが勝負を焦ってしまった、……未熟でした」

 ワルビアルもその言葉に首を横に振ろうとして、お互い困ったように顔を見合わせおかしくて笑う。このままではお互い謝罪合戦になりそうだ、だからこそ、これからも一緒に強くなろうと。
 ノドカは恐らく知らなかった、直感が働いただけだろうが、あまごいを使うのは正解だった。ワルビアルは肌が冷えるのにとても弱い、だから戦いが長引けば長引く程身体が鈍って不利になり、一刻も速く決着をつけなければならなかったから。

「か、……勝てた〜……!」

 雨は次第に勢いを弱め、ノドカとスワンナが溜まった不安と緊張ごと肩で大きく息を吐き出してその場にへたり込む。
 そして慌てて立ち上がった少女は傷だらけで純白が汚れてしまった白鳥をめいっぱいに抱き締めた。

「がんばってくれてありがとう、スワンナ。お疲れ様、大好きだよ」

 そう感謝を伝えると彼女は満足そうに微笑んで、ついに限界に達したのか眠りに落ちる。本当によく戦い抜いてくれた、彼女の健闘が無ければこの勝利は無かったのだから。

「ああ、なんとも……優しい雨だ」

 翳した手のひらは冷たく濡れて、深い感嘆を吐き出した。故郷の砂漠では……潤いの雫など縁が無かった。
 空は灼熱と極寒を退屈そうに繰り返し、風が運ぶのは渇きと荒涼。彼の地で盗賊として人から何かを奪い続けていたおれと仲間達はその日を暮らすのに精一杯で、そんなおれ達に救いの手を差し伸べてくれたのが──レイ様だった。
 ああ、今でもあの日の光景とオルビス団として過ごした暖かい日々が鮮明に瞼に蘇る。思い出が溢れ出しては何故だかとても泣きそうになり、大きく息を吸い込んで、吐き出した。

「よくぞこのおれ達に勝ちました。それでは……扉が開かれます」

 暫時の静寂にいつの間にか雨は止んでしまい、戦いの終わりを見届けた剣の城から光の障壁が露と霧散。青年の背に荘厳に聳える円環と神鳥、大樹の描かれた巨大な鉄扉が中心で割れて横開いていく。

「本当にありがとう、スワンナ。みんなも……今はゆっくり休んでね」

 ノドカは共に戦ってくれた相棒を迸る閃光の抱擁でモンスターボールに戻して、握り締めた手のひらにあるカプセルへ優しく微笑みかけると腰に装着して立ち上がった。

「えへへ。みんな、私たち……なんとか勝てたよ!」
「ありがとうノドカ、ポケモン達も、本当にすごいよ。お疲れ様、お前達のおかげで先に進める」
「……私こそ、ありがと。そう言ってもらえて、スワンナたちとがんばって良かった」
「ノドカさんたち、すごいです! わたし、見ててきん張して……でも、どっちもとてもかっこよかった、です!」

 はにかみながら、跳ねるように振り返ったノドカへ歩み寄ったジュンヤは嬉しそうに、寂しそうに目を細めて……労るように優しく彼女の頭を撫でる。
 くすぐったそうに喉を鳴らせばサヤも濡れるのを厭わず興奮で抱き着いてきて、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔に再び熱が昇る中で、ツルギだけは壁のような顔で「当然の結果だ」とだけ呟き扉の奥を一瞥した。

「……この向こうに。この扉を進んだ先に、レイとエドガー……ヴィクトルが居るんだな」

 神妙に仰いだその空間には、峻厳に漆黒を湛える暗闇は身が竦む威圧を以て佇んでいる。今此処に立っているだけでも理解出来る、最奥から嵐と迸る圧倒的な力の奔流──心が凍て付き、肌が粟立つ凄烈なまでの存在感。
 この先に、因縁の宿敵が待ち構えている。己の無力を嘆き、大切なものを守る強さを求め旅に出て──九年前へ置き去られた運命と、ついに向き合う時が来た。
 物心がついた頃には全てを失い、永く過酷な因縁と戦い続けて翳した切っ先がようやく届く──全ての決着が眼前に迫る。
 それでも、前に進むしかない。この先に待つ運命の決戦へ臨む彼らは、ついに一歩を踏み出した。

■筆者メッセージ
ノドカ「か、…勝てたあ…!」
サヤ「おめでとう、ございます!すごいです!」
ジュンヤ「ああ、お疲れ様ノドカ。スワンナ達も本当に頑張ったな、かっこよかったよ」
ノドカ「えへへ、ありがと…。バトルに勝つのって、うれしいね…!」
ジュンヤ「…変わったなノドカ。旅に出てからもバトルが苦手だったのに」
ノドカ「えっへへ、いつまでも子どもなジュンヤとはちがいますー!」
サヤ「ジュンヤさん、子どもなんですか?」
ノドカ「そうだよおサヤちゃん。ジュンヤってば博物館とかですぐ興奮するし、料理だってできないんだから!」
ジュンヤ「ぐぬぬ…!そ、そういうお前だって…はは、まあ素直に認めるよ。いつも助かってるよ、ありがとな」
ノドカ「え?う、…うん…えへへ」
サヤ「え、なんでしょうこれ」
ノドカ「そ、そういえば!ワルビアル、なんでいきなり遅くなったの?」
ツルギ「ポケモン図鑑を見ろ」
ノドカ「ふんふん、…って、知ってたなら教えてよお!?」
せろん ( 2020/03/06(金) 20:18 )