ポケットモンスターインフィニティ



















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第十三章 時を刻む極光
第104話 大切な人の為に
 漆黒に彩られ、外からの光も無く何処までも無機質に黒を湛える長い廊下を、黄色と黒の縞模様が特徴の突起物、頭と尾の先に赤い宝石をつけた無毛の黄羊デンリュウの尾に輝く灯りで照らして歩き続ける。
 音一つ無い冷たい廊下には足音だけが響き渡り、乾いた空気が喉を枯らして背筋には嫌に緊張が張り詰めていた。

「あ、そういえばねツルギくん。アゲトシティでおいし〜いシュークリームが売ってるんだけど……」

 ふと、少女が口を開いて静寂が破られる。
 思わずジュンヤが脳内でツッコみそうになるが、その意図を察して納得に頷く。恐らく彼女は気を使ってくれているのだ、先程から黙って足早に進むオレとツルギのことを。
 ……だからと言ってその話題の選択はどうかと思うが。こう、彼とスイーツというのはあまりに想像とかけ離れている。当然の如く切り捨てられるどころか無視されるが、

「あ、甘いのは苦手なのかな。じゃあどんなのが好き?」

 と、なんと食い下がってみせるではないか。もっとも相手はあのツルギ、「興味ない」と一息に切り捨てられたが。

「き、興味ないってことはないでしょ〜! サヤちゃん、ツルギくんって好きなものないの?」
「そういえば……おいしそうなの、見たこと、ないです。ツルギはいつも、レーションや缶詰、とかでした」
「あうっ。ほんとに、好きなもの無いの……?」

 後ろで盛り上がる二人を余所に、ツルギは呆れたように溜め息を吐く。その後はジュンヤとサヤと話しながらも時折彼に質問を投げ付けるノドカだが、やはり無視か空返事か否定に終わってしまい。
 そうこうしている間に、視線の先に一つの扉が見えてきた。何の変哲もない、壁と同様に無機質な黒にタッチパネルの設置された扉だ。

「……なにも、聞こえないです」

 解錠の前に、扉の先の気配を窺ってみるが物音一つ聞こえない。既に待ち構え息を潜めているのか、あるいは誰も居ないのか……どちらにせよ、此処で立ち往生するならば先へ進んだ方が良いのは確かだ。

「ごめんツルギ、頼めるか。お前のフーディンなら」

 この扉のパスワードはレンジによれば毎日入れ替わっていく、下手な方法では侵入出来ない……ならば、外が駄目なら中から仕掛ける。
 言うが早いか、ツルギが無言で腰に装着されたモンスターボールを弾けば紅い閃光と共に人型をした尾の無い狐が姿を現す。そしてその眼が蒼く閃けば、たちまち閉ざされた錠が開かれた。

「すごい、どうやったのツルギくん!?」
「戻れ」
「内部のプログラムに干渉して、解錠に書きかえた……ですよね?」
「……ん、そっか!」

 無言を貫くツルギに対して、ノドカはよく分からないなりに頷いてフーディンが紅白球に戻っていく。
 扉が開けば……果たしてそこには、一転して眼に鮮やかな色彩が広がっていた。


 城を縦に貫き中心に聳え立つ、蒼い紋様が絶え間無く走る巨大な漆黒の柱。白い壁面には上階へと続く豪奢な階段と、この地方の有史以前からの歴史が描かれた絵画が時系列に則って飾られている。
 足元には高級そうな紅い絨毯が敷かれ、天井を華やぐ絢爛なシャンデリアがいくつも飾り、中心では長い杖を掲げた男の像が雄々しく立ち尽くしていた。

「す、すっごーい!?」
「とっても、おっきい……です」
「これが、剣の城……」
「模したのだろうな」

 その光景には既視感があった。かつて訪れた『追憶の洞』、『古代の城』、その二ヶ所を彷彿とさせる視界に息を呑めば、察したツルギが無感動に追従する。
 だが、見えるのはその景色だけだ、他には人もポケモンの影すら見当たらない。余りにも静かすぎる……四人が警戒を続けながら見渡す中で、不意に、真正面に聳える大黒柱に備えられた硝子の扉が軽快な効果音と共に両開きした。

「ようこそおいでくださいました、皆様」

 現れたのは褐色の肌に赤毛の短髪、首にストールを巻きオルビス団服を羽織った人当たりの良さそうな青年だ。彼は四人をそれぞれ軽く一瞥してから恭しく一礼をして、穏やかな笑みを浮かべてみせる。

「おれはオルビス団幹部ファウス、レイ様の忠実なしもべでございます……って、待ってください待ってください!」

 左手を腰に伸ばして警戒し、下手な動きを見せるようならば切り伏せる……そう警告せんばかりの殺気を顕に「無駄話は良い」と威圧するツルギへ、ファウスと名乗った青年は狼狽を露に弁明した。

「おれはレイ様の命令により、あなた方をお迎えに参ったのです」
「……今はだいじょうぶそう、です」

 その言葉に嘘は無いか。隣に佇む少女を一瞥するが、高い共感能力と超能力を持つサヤから見ても──少なくとも今のところは──危険は無いらしい。変わらず周囲と正面に佇む敵への警戒を続けながらも、ツルギは一度敵意を鞘へ納める。

「なあ、迎えに来たってどういうことなんだ」
「あなた方に自由に動かれては困るのですよ。此処には終末を逃れんと多くの人々が集まっている、あまり彼らを怯えさせたくはない」

 右腕を宙に泳がせながら、この広い剣の城を仰いでそう答えた。そして既に知っているだろうから、と前置きした上で、剣の鍔に当たる部分より下部に居住区域や食堂、訓練場に娯楽施設等……レンジからも聞かされた構造を伝えていく。

「ねえファウスさん、なんで知ってると思ってるのにそんな話をするの?」
「皆様に信じて欲しいのですよ、おれが案内の為に来たことを。騙し討ちなど通じない、あなた方を倒すつもりなら一人で来ていませんよ」
「……分かった、レイ達のところへ連れていってくれ。それで良いよな、ツルギ」
「今はそれが最短だろうな」

 その言葉の裏に警戒を促しながらも、彼も一先ずは追従してファウスの先導に従うことにした。
 見上げれば、絶望色にも似た漆黒を湛え厳然と聳える巨大な柱が、まるで生きているかのように蒼く滾々と脈打ち続ける。大樹の如きそれの麓に辿り着けば硝子張りの空洞が顎を開いて、最強へ臨む挑戦者達をバトルという非情な”世界“へと無機質に迎え入れる。

「それにしても驚きましたよ、まさかたったの五人で剣の城に乗り込んでくるとは。残りの人員はアイク様の対処に割かれているのでしょうね」
「ああ、その通りさ。だけどオレの仲間達ならきっと勝てる」
「絶望の中、固い絆で結ばれているのですね。……あなた方も」

 迷い無く答えるジュンヤに、肩越しの呟きが届くこと無く静寂へ消える。
 此処から先は──最早競技や遊戯の“闘い”ではない。敗北が許されない背水の途、勝つことでしか道を開けぬ“戦い”へと誘わんと、時を待たず無情にもエレベーターが動き始めた。
 身体が宙に浮くかのような奇妙な感覚が、こんな状況だからか嫌に生々しく迫ってくる。誰も言葉を発さぬ重苦しい沈黙は永遠にも似て、一瞬なのか、永遠なのか、息すら忘れる暫時の果てにようやく徐に静止した。
 時を待たずエレベーターの扉が開けば、目の前に広がるのは果ての無い黒。変わらず蒼光だけが毛細血管のように壁面を走り、何も無い広い空間の先には──伝承に残る三羽の神鳥が巨大な円環を囲み、その中央に燃え盛る大樹が刻まれた荘厳な鉄扉が佇んでいる。

「着きました。此処が剣の城の鍔です」

 確かに、此処も聞いていた外観と一致していた。この先に奴らが待ち構えているのは確かなのだろう、踏み出そうとしたノドカを帽子の鍔を下げながら制して、つかつかと進み続けるファウスの一挙手一投足へ注意を向ける。

「ただし半端なポケモントレーナーは通せません。この扉は……最高幹部以上の者の持つ鍵か、バトルで勝つかでしか開かないのですから」

 彼は扉の前まで辿り着くと大仰ぶって振り返り、四人を睥睨してから高らか笑う。ハッキングをするにも恐らく相当な時間が掛かる、彼らが取れる最短の選択肢は一つだけだ。
 自分がわざわざ付き合ってやる理由が無い。そう言いたげにサヤへ目配せをするツルギだが、不意に視界の端に揺れる少女が一歩、先へと踏み出した。

「みんな、お願い。私たちにやらせてほしいの」
「ノドカさんが、やりたいですか?」

 戦闘準備は出来ている、と腰に伸ばしていた手を止めたサヤが首を傾げて彼女を覗き込む。その言葉に思わず「でも」と口ごもってしまうジュンヤだが、ノドカは瞳を揺らす彼をまっすぐに見つめる。

「えへへ、私とスワンナたちだって、たくさん特訓して強くなったんだよ? だから、ね、お願い?」

 いつも通りの穏やかな笑顔で、しかしその瞳は恐怖に波打ちながらも決意を映して力強く瞬く。……ノドカは昔からそうだった、普段はぼんやりしているのに、誰かの為なら怖くても必死に前へ進み出る。

「……分かった、ノドカのことは任せたよスワンナ。信じてるからな、頑張ってくれノドカ」
「ふふ、ありがとジュンヤ。ねえ、ツルギくん」
「勝手にしろ」
「ノドカさんなら、ぜったい勝てる、です!」

 互いに想いを込めた視線が交わり合い、暫しの逡巡の後にジュンヤは帽子の鍔を下げながら頷いてくれた。残りの二人を覗き込めば、かたや興味なさげに瞼を伏せて冷たく吐き捨て、かたや意気揚々と背中を押してくれて。
 ……嬉しかった。ツルギくんやサヤちゃんがこの場を任せてくれたことも、ジュンヤに勝てるって信じてもらえたことも。だから、このポケモンバトルだけは──負けられない。

「……じゃあ、そういうわけでファウスさん。私とポケモン達の相手をしてもらいます!」
「良いでしょう、あなたを少女だからと侮りません。オルビス団幹部ファウス、そしておれのポケモン達……いざ参ります!」

 腰に装着されたモンスターボールを掴み取り、向かい合うように歩み出るノドカに対して対峙するように進み出るファウス。その瞬間二人とジュンヤ達を物理的に隔てる光の障壁が現れて、最早見守ることしか出来なくなってしまった。

「がんばろうねみんな、ここでジュンヤに進化した私たちを見せちゃおう! ……よし、それじゃあ最初は……!」
「レイ様、おれ達は少しでもあなたの役に立ってみせます。此処で少しでも戦力を削る」

 落とさないようにと震える手で強く握り締めた紅白球を目の前に掲げ、大きく息を吸って、吐き出す。
 頬を伝う緊張と脳裏に過る敗北は仲間の背を瞼に浮かべて必死に隠し、ノドカは「だいじょうぶ、あなたたちといっしょならきっと勝てる」と己を奮い立たせて気丈に振る舞い構えてみせた。
 対するファウスはなんてことはないような笑顔で紅白球を胸元に掲げて、決して対峙する相手を侮ることなく瞼の裏に敬愛している恩師を映す。

「初手は貴方に任せます。一気に切り崩しましょう、イワパレス!」
「そう簡単には負けません。がんばろうね、デンリュウ!」

 二人が想いを込めたモンスターボールは同時に勢い良く投擲された。
 ファウスのそれは風を切り裂き戦場の中心で勢い良く赤光を溢れ出し、対するノドカの投げた紅白球は……明後日の方向を突き進み、軽く数度バウンドした後に眩い閃光を解き放った。
 戦場に二つの影が顕現する。かたや地層の刻まれた正方形の大岩を背負い、かなりの硬度を誇る自慢の大鋏をぎらつかせるヤドカリイワパレス。
 迎え撃つは頭に黄と黒の突起、頭と尾の先に赤い宝玉を煌めかせる無毛の黄羊ライトポケモンのデンリュウだ。

「気を付けろノドカ、イワパレスは厄介な相手だ。からをやぶるは」
「えへへ、だいじょうぶよ! 私たちだって、それなりに作戦は立てて来てるんだから!」
「……はは、すごいな、楽しみにしてるよ。頑張れよノドカ」
「そのとおり、です。ノドカさんなら……勝てます」

 ポケモンに不安を伝染させないように。不安をひた隠して得意そうに笑うノドカの横顔に、サヤも一緒になって全幅の信頼とともにら頷く。サヤとノドカはしばしば二人で特訓していた、だからこそそれ程の信頼を寄せて見守っているのだろう。少し羨ましくなって、ジュンヤは人知れず唇を尖らせた。

「行きますよイワパレス、ロックブラスト!」
「迎え撃ってデンリュウ、かみなり!」

 先手を仕掛けたのはイワパレスだ。岩の砲弾を次々に撃ち放ち、しかし容易く喰らうデンリュウではない。蓄えた電気を稲妻の束と放出し、迫り来る砲弾を軽々と雷光で撃墜していく。

「それではこちらはどうです、シザークロス!」
「かわしてかみなりよ!」

 ならばと接近して自慢の鋏を振り翳すが、大岩を背負った鈍重な動きでは捉えられない。交差して振り下ろされた一撃を後方へ跳躍して容易く回避し放電するが、ヤドカリは咄嗟に殻に籠って防ぎ切ってみせた。

「……やっぱり簡単には攻撃させてくれないね、デンリュウ。だからきっと……!」

 お互い攻撃を喰らうことはないが当てることも出来ない、このままではジリ貧に陥って埒があかない。暫時の睨み合いの中で──ついに意を決したファウスとイワパレスが、一撃を覚悟で攻勢に出た。

「ならば此方を仕掛けさせて頂きます。イワパレス、からをやぶる!」
「今よデンリュウ、今なら当てられるはず……でんじは!」

 イワパレスが鋏を振り上げれば、背中の岩殻の表面が崩れて一回り程小さくなる。それは防御と特防を代償に攻撃・特攻・素早さを大幅に上昇させる強力な積み技だ。
 しかしノドカとデンリュウもこの時を待っていたかのように不敵に笑って指示を飛ばした。放ったのは微弱な電流だ、相手に傷を負わせる程の威力は無いが痺れさせる効果を持っている。

「上手いぞノドカ、機動力を削ぐのは良い判断だ!」
「えへへ、ジュンヤたちのおかげだよ。ずっと、あなたとソウスケのバトルを見てきたから!」
「甘いですよ、この技を使う時点で状態異常を打たれることは想定済みです。今ですイワパレス、ラムのみを使いなさい!」
「ええっ、そんなぁ!?」

 からをやぶるで一番厄介なのは素早さがぐーんと上昇する点だ。だから狙い澄ました“でんじは”にジュンヤも身を乗り出して感心するが、幹部を名乗るだけあり流石の対応力。
 持たせていた木の実でたちまち身体を包む痺れを癒し、万全の状態に歓喜するように大きな鋏を振り上げていた。

「それでは行きます、ストーンエッジ!」
「……っ、お願い、かわしてデンリュウ!」

 鋏で勢い良く黒床を殴りつければ、たちまち巨大な岩柱が次々に列を成して対敵を貫かんと迫り上がってくる。
 言うが早いか、咄嗟の指示と共に辛うじて跳躍、足先を掠める岩槍に思わず息を呑み顔を上げれば、眼前には既にイワパレスが躍り出ていた。

「空中では身動きが取れない。何か策はあるのか、ノドカ……」
「だいじょうぶ、です」

 心配になって思わず呟くジュンヤの裾を掴んだサヤは、笑顔でノドカの横顔を見つめていた。幼馴染みの彼女の目は諦めていない、冷や汗こそ掻いているが冷静さは失っておらず……ならば大丈夫だ。きっと、なんとかなる。

「今度は躱せませんよ。喰らいなさい、シザークロス!」
「たしかに……だけど私たちだって、何もしないままやられないよ! デンリュウ、リフレクターで防御して!」

 固唾を飲んで見つめる中で、少女が声高らかに叫んだ。電羊は自身目掛けて猛然と降り注ぐ堅爪から眼を背けることなく両腕を広げ、あらゆる物理攻撃から味方を守る防壁を展開。
 直後に巨大な双鋏による一撃が命中して、デンリュウは吹き飛ばされながらも懐に隠していた天面に赤いボタンを備えた箱を取り出すと、すぐさま押して一瞬の閃光と共に掻き消えた。

「あれはだっしゅつボタン、……そうか、ノドカも頑張ってるんだな」
「この戦法は……」

 ファウスを除いた此処に居る全員の脳裏に、かつてジュンヤとツルギが繰り広げた夜天の総力戦が蘇った。そのバトルでフーディンが用いた戦法の一つが、リフレクターによる防御とだっしゅつボタンを用いた撹乱。
 策の練度や効果こそ明確な差があるものの彼を模したのは明白であり、さしものツルギも思わず意表を突かれて声を漏らした。当の本人は「えへへ、参考にさせていただきました!」とピースをつくりながら笑振り返り、嬉しそうに観戦する三人へ笑顔を浮かべる。

「なるほど、見よう見まねにしては随分活かせているではありませんか、素晴らしい」
「そ、そうかな、えへへ」
「ノドカ、お前はそれで良いのか……?」

 先程からの周囲の反応に、ノドカとは初対面のファウスでも察しがついた。この戦いで彼女は今まで見てきた経験を力にしているのだろう、と。
 素直な感嘆に大袈裟ぶって諸手を鳴らすファウスの賛辞に気を良くしたノドカが頬を掻き、ジュンヤが思わず首を傾げるが……まあ大丈夫か、ノドカだし。

「……って、いけない、バトル中なんだから気を引き締めないと!」

 唐突に褒められたことに気を良くしたノドカは一瞬緊張が緩みかけたが、慌てて頬を叩いて気持ちを取り戻す。既に次のポケモンは決めている、迷い無く腰に装着された紅白球を掴み取り、

「次はあなたに任せたわ、シャンデラ!」

 勢い良く投擲すれば、溢れ出す光の波を焦がすように黒く燃え盛る紫炎を揺らめかせ、豪奢なシャンデリアが姿を現した。
 腕の先に灯る炎は妖しげに棚引き、硝子の身体が炎を照り返し煌めく中で金色の眼が瞬いた。いざないポケモンのシャンデラ、彼女は少し怯えたように振り返るが、「今の私たちならだいじょうぶ!」その言葉で決意を固めて腕を勢い良く振り上げた。

「いくらリフレクターがあったとしても、相手はかなりの速さにくわえてがんじょうがある。見せてもらうよノドカ、お前達の特訓の成果を」
「えへへ、見ててね、がんばっちゃうから!」

 大きく息を吸い込んで、共に対峙する大岩を背負ったヤドカリを見つめ作戦を整える。恐らくリフレクターがあっても二発は耐えられない、仮に耐えられたとしても素早さの差から反撃に転じるのは難しい。ならば……やはり、“一撃で”決めるしかない。

「一気に攻め込みますよイワパレス、ロックブラストです!」
「それならこっちはシャドーボールよ、シャンデラ!」

 岩の砲弾が風を切って眼前へ迫るが、対するシャンデラも負けじと影を束ねて形成した弾丸で迎え撃つ。二つの技がぶつかり合うとどちらともなく炸裂し、爆風が腕に揺らめく炎へ吹き付ける。
 だがそれで終わる攻撃ではない。ロックブラストは連続で放たれる技、再び迫り来る岩弾を再び影球で迎撃するが三発目、四発目と続いて次第に技の発動が追い付かなくなってしまう。

「からをやぶるさえ使ってなければ押し切れるんだけど……」
「……っ、避けてシャンデラ!?」

 そして猛然と迫る五発目の砲弾に、影を収束させるのが間に合わない。咄嗟に指示を切り替え炎の噴射で横へ飛べば、岩は頬を掠めたものの辛うじて直撃は免れた。

「ならばこちらはどうです、ストーンエッジ!」
「シャンデラ、避けて! 炎の噴射で高く飛ぶのよ!」

 なおもイワパレスの攻勢は止まらない。側方へ飛翔したシャンデラが体勢を立て直すよりも速く鋏を床へと突き立てて、ようやく対敵へ向き直った時には既に遅い。既に目前まで迫っていた岩柱の列、その眼に猛然と切っ先が迫って──。

「出し惜しみなんてしてたら負けちゃうってレンジくんも言ってた。行ってシャンデラ、オーバーヒート!」

 主の声が届いた瞬間、硝子の身体の内では悶え狂うように激しく炎が噴き上がり、凄まじい熱が迸る中で劫火が極大の光線となって放たれる。
 その威力は凄まじい。今にもシャンデラの急所を貫かんと突き立てられていた岩槍が溶け爛れ、眼前に在る悉くが熱線の一薙ぎにより燃え尽きて──黒煙が覆い尽くす視界が晴れていく中で、一塊の大岩が影となって浮かび上がった。

「ノドカのやつ、攻めあぐねているな……」
「下手に接近戦に持ち込むのは得策ではありません、もう一度ロックブラスト!」
「ううっ、お願いシャンデラ、また避け……」

 まだリフレクターの効果が続いているといえ、効果は抜群の技を喰らってはまずい。このままでは埒が空かない、着実に追い詰められている……それが分かっていながらも、何も手が打てずにいる。
 だけど、今はまず目の前の危機から避けることに集中しなければならない。そう思って指示を飛ばしたのだが……振り返ったシャンデラの瞳は、一つの決意に瞬いていた。

「で、でも……ううん、分かった。ありがとう、絶対に勝とうね!」

 トレーナーであるノドカはすぐに理解した、彼女の秘めた思惑を。戦いを見守るジュンヤもすぐに察しがついた、決意に満ちたシャンデラの瞳は……。ジュンヤにも、この旅で幾度と身覚えがあったから。初めて挑戦したポケモンジム、最初のジム戦でも目にした表情によく似ている。

「じゃあまずはしろいハーブで回復しよっか!」

 此処で一気に勝負を決める。その為に先程放ったオーバーヒートの反動で下がった特攻をハーブにより元に戻して、万全の状態で勝負を仕掛ける為に。

「近づいて、シャンデラ!」

 無数に放たれ砲弾と躍り出る岩球の連射に、彼女は真正面から迎え撃つ。全身の炎を更に熱く滾らせて背中に回した腕を力強く張り、意を決して噴き出した炎の勢いで自ら岩雨に飛び込んでいった。

「……ノドカの作戦は多分。大丈夫、お前達なら行けるさノドカ!」
「えへへ、ありがと!」

 たった一つだけある、彼らの“がんじょう ”という盾を貫き勝つ方法が。応援する皆がある技を思い浮かべて、戦いの行方を見守っている。
 炎の噴射と旋回や跳躍で次々に襲い来る岩弾をすり抜けて、頭上で砲台と構えるヤドカリとの距離が次第に詰められていく。
 だが近づくにつれ回避が難しくなってしまう。頬を掠め、片腕を打ち、それでも半ば無理矢理……必死に体勢を立て直して、ようやく残り数メートルまで接近出来た。

「ですがこの距離ならば避けられません、ロックブラストです!」
「うん、この距離なら避けられないよ……あなたもね! だよね、シャンデラ」

 それ程の接近となれば、互いに回避へ転じることが出来ない。最早真正面からぶつかるしかないこの状況、効果抜群の技を前にノドカとシャンデラは不敵に笑ってみせる。
 シャンデラの硝子の身体へ強烈な岩の砲弾が直撃する、本来なら大ダメージは必至だがデンリュウの残したリフレクターによりダメージが軽減され、なんとか一瞬よろけてしまう程度で済ませられた。
 腕の先から放つ炎に噴射により無理矢理軌道を修正して、続けて放たれた二発目にも怯むこと無くついに目と鼻の先まで躍り出る。
 この距離ならば外さない、皆の為に……この一撃を確実に届かせてみせる。

「お願いシャンデラ! これで決めよう……れんごくだよっ!!」
「……っ、シザークロスで迎え撃ちなさい!」

 反撃の峰火が宙に煌めき、待ち詫びたように全身の紫炎が抑え切れずに噴き上げていく。魂を焼く浄化の輝きを放つ燐火は眩く逆巻いて、イワパレスは眼前で迸る凄まじい業火に目を見開いて鋏を翳すと、紫黒に燃え盛る燐の焔が一切を激しく焼き尽くしていった──。

「お願い、シャンデラ……!」
「イワパレス、無事ですか……!」

 追従するように巻き起こる爆風が黒く視界を覆い尽くしていき、耳をつんざく轟音のみが戦場を支配する。
 祈るように手を組み瞼を伏せて彼女の無事を願うノドカと、右腕を翳して吹き荒ぶ黒煙から顔を守りながら彼を案じて呼び掛けるファウス。
 観戦しているジュンヤとサヤも自分のことのように呼吸も忘れ、固唾を飲んで見守る中で次第に景色が晴れていき……。やがて開けた視界の中には、腕の先に燐火を灯す幽魂のシャンデリアと大岩を背負い堅鋏を振り翳すヤドカリ。

「良かった、無事だったのねシャンデラ!?」
「安心しました、よく耐えてくれましたね……ありがとうございます、イワパレス!」

 二匹は息も絶え絶えに唇を噛み締め、激闘に意識が吹き消えそうになりながら……それでも、大切な主の信頼を支えに己を奮い立たせて、戦意を刃と振り翳していた。
 まだ、二匹の想いは途切れていない。この戦いに勝つ為に、次の攻撃で決めてみせる。

「これで終わりです、シザークロス!」
「迎え撃ってシャンデラ、シャドーボール!」

 イワパレスが痛みを感じさせない程の目にも留まらぬ高速で駆け抜け、瞬く間に腕を突き出し影を束ねていたシャンデラの眼前に躍り出てしまう。
 技の発動が間に合わない。振り翳された大鋏が目を背ける間も無く眼前へ迫り、瞼を固く引き結んだ瞬間……イワパレスの全身が突発的に炎上し、徐に足元へと倒れ伏した。

「そういうことですか。イワパレスの特性はがんじょう、どんな攻撃でも一撃は耐える……ですが」
「そう、れんごくは絶対に相手をやけどにできる技! もうラムのみはさっき使ってたから……」
「耐え切ったにも関わらず、やけどのダメージで倒れてしまった……。流石此処へ訪れるだけありますね、素晴らしい度胸と勇気、なにより信頼関係です」

 “からをやぶる”は高い攻撃力と速度を得る代わりに耐久能力が犠牲になり、“れんごく”はノドカも言ったように当たれば必ずやけど状態にしてしまう。
 あるいはその技を発動していなければ耐え切れたかもしれないが、がんじょうの発動で一撃を耐え切ることは出来ても、やけどによるダメージまでは凌げず倒れてしまったのだ。
 ファウスは素直な感嘆に拍手をしてからモンスターボールを翳して、倒れてしまったイワパレスを赤い閃光により安息の地へと誘った。

「……一手、見誤ってしまっていました。すみませんイワパレス、そしてありがとうございます」

 紅白球のカプセル越しに優しく語りかけ、己の不甲斐なさを恥じポケモンの奮闘へ感謝を送る。そして、腰に装着された新たな球を掴み取ると「流石ですね、ノドカさん」朗らかな笑顔で語り掛けてきた。

「レイ様は仰っていました。あなたは一見すると呑気で無害そうですが、その度胸を侮ることはできないと。その通りです、あなた方は予想以上にずっと強い」
「えへへ、ありがとうごさいます。だってみんな私たちより強いから、ちょっとくらいは無茶しないと……みんなの役に立てないもん」
「優しいのですね。あなたも、ポケモン達も、ジュンヤさん達も……」

 瞼を細めて穏やかな笑顔で笑い合い、お互い確かめるように言葉を紡ぐ。対峙する相手のポケモンとの信頼への、戦いを通して伝わってきた人となりへの感嘆を感じ入るように吐き出すファウスへ、ノドカは恐る恐ると口を開いた。

「……ねえ、ファウスさん、どうしても戦わなきゃいけないの?」

 まだ知り合ったばかりの人だが、それでも言葉の端々や素直な賛辞を送る姿勢から何となく感じた、彼は根っからの悪人ではない。きっと本来は優しい人だ、なのになんで悪に与して悪として戦っているのか、と。
 きっと、そんなノドカの心を察しているのだろう。帽子の唾を下げ見守るジュンヤの隣でツルギは鬱陶しげに眉を潜めて、隣で複雑そうに見上げて笑うサヤを一瞥すると広げた掌へ視線を落とした。

「レイ様は、オルビス団員全員に向けてこう言いました。『キミ達はもう戦わなくて良い、終焉の日を思い思いに過ごして構わない』と」
「え、それって……じゃあ」

 その一言で、彼女の脳裏に一つの光景が蘇った。この城へ乗り込む際に立ちはだかった大軍──千人をも越えるオルビス団員達が待ち構えていて。全てがそうだとは言わない、けれど中には命令されて出撃された人も少なからずいたのだと思っていた、だが。

「ええ、この城塞の麓で待ち構えていた彼らも、おれ達も、アゲトシティへ攻め込んだ者達も。皆レイ様やエドガー様、アイク様……おれ達を救って下さった恩師に報いる為に誰かの命令ではなく独断で戦っているのです」

 あるいは、彼らも自分と同じなのかもしれない。ただ手を伸ばしてくれた人が誰かの違いで、人とポケモンの絆を奪い、記憶を奪い、希望を奪い続けて来たとしても……彼らに手を差し伸べてくれたのは、他でもない最高幹部達だったのだろう。

「ですから、申し訳ありませんが戦いを止めることは出来ません」
「……そっか、変なことを言っちゃってすみません。全力で行きます、あなたたちに勝って友だちのところへ行かせてもらうよ!」
「ええ、来て下さい、おれ達も全力であなた達を倒させてもらいます! 大切な人に、ポケモン達に……報いる為に!」

 残されたポケモンはノドカが三体、ファウスが二体。だが既に彼女の手持ちは二匹が手負い、対する幹部はどちらも無傷──勝負はまだまだ分からない。
 大切な人の為に、譲れない道の為に戦う人を止めることは決して出来ない。此処に居る誰もがそれを理解していて、だから戦うことでしか道を切り開けないのだろう。
 二人とも向かい合って、強い想いを胸に構える。脳裏に自分を救ってくれた恩人の姿を思い浮かべて──絶対に負けない、大切な人の為に勝利するのだと固く心に誓いながら。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「ノドカ、頑張れよ。オレ達みんなで応援してるからな!」
ツルギ「俺を加えるな。興味無い、早く終わらせろ」
ノドカ「ご、ごめんね、がんばるね!ツルギくんも信じてくれてるんだし勝たないと!」
サヤ「そう、ですね。勝つと信じてるから"終わらせろ"なんです、きっと」
ツルギ「……最早何も言えんな、鬱陶しい」
ジュンヤ「だけど相手も強いな、最初からイワパレスで攻めてくるなんて」
ノドカ「えへへ、だけどきっと勝ってみせるよ!このバトル、私もポケモン達も今までの旅を活かしてがんばってるから!」
ジュンヤ「ああ、お前とポケモン達ならきっと勝てるよ。信じてるからな」
ツルギ「またお得意の信じる、か。言っておこう、単純な実力なら奴らが上だ」
サヤ「でも、逆転ができる程度の差…ですよね、ツルギ」
ノドカ「ほんとにありがとね!それならがんばって勝っちゃうからねー!」
ジュンヤ「頑張れよノドカ!」
せろん ( 2020/02/24(月) 01:23 )