ポケットモンスターインフィニティ

















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第十三章 決戦
第103話 突入、剣の城
 かつて神聖な霊峰が並んでいたのが嘘のよう。隕石が衝突した痕にも似た深く巨大な陥没の中心に、降り注ぐ慟哭の雨に打たれなお厳然と聳え立つ剣を象った摩天楼──オルビス団の根城である『剣の城』。
 洪水を待つ方舟の如く、一振りの剣は鎮座し続ける。その麓には数え切れない程のポケモントレーナー達が挑戦者を迎え撃たんと待ち構えていた、土砂降りの中に泥濘を踏み締めて。

「う、うっひゃ〜……すごい数だよぉ……」
「へ、随分派手な歓迎じゃねえか。肩慣らしにはちょうど良いぜ」

 中央には来訪者を試すように観音開きの鉄扉が鎮座して、特に腕の立つであろう人々が門番と言わんばかりに佇んでいる。
 篠突く雨に遮られ、まだ此方に気付いていない千人をも優に越える程の軍勢を睥睨し、早速自信を失い絶句するノドカとスワンナ。だがその隣で最強のジムリーダーは、尚自信を崩すこと無く不敵に笑う。

「烏合の衆が無駄なことを」
「これなら、勝てますね」

 焦燥と共に隣へ視線を移せば、相も変わらず壁のような無表情で呟くツルギと、冷静に戦況を俯瞰し微笑むサヤ。相棒のフライゴンは抑え切れない闘志に微かに瞳を灯して戦場を見据え、サーナイトは皆が濡れないようにと思念で傘をつくっている。

「サヤちゃん、度胸あるよね……」
「ツルギがいれば、一き当千……ですから」

 余程信頼しているのだろう。自分よりも年下なのに、随分と落ち着いている彼女に思わず感嘆を漏らす。
 彼はどうだろうか。幼馴染みを振り向けば、ジュンヤは相棒の角を握りながらゴーゴートと共に憂いを帯びた眼差しを細めていて。

「誰だって、何かを守る為にって必死なんだ。だけど……」
「ひゃんっ!?」

 不意に右手がごつごつと大きな暖かい手に包み込まれた。その温もりを感じていると次第に不安も溶け始め、小さく息をついて「うんっ」と気合いを入れ直した。

「行こうノドカ。あそこにはオレ達の大切な友達が待ってる」
「……もちろん、最後まであなたといっしょだよ!」

 少年は決意の眼差しを徐に瞬かせ、隣に佇む少女へ優しく微笑み掛ければ彼女も意を決したのか満面の笑顔を咲かせる。まずはこの軍団からだ、気合いを入れようと大きく息を吸い始めたところで、「しかたねえ!」青年がくしゃりと愉快そうに笑った。

「此処はぼくらが引き受ける、君達の道を開いてやるぜ!」

 腰に手を伸ばして、早速一つのハイパーボールを掴み取る。自身の手持ちの中で最も強大な力を持つ、天候すらも支配する全てを砕く砂嵐の覇者を。

「こいつがぼくの最強のポケモンだ。さあ蹂躙するぜ、バンギラス!」

 黒金の球が雨を切り裂き、飛沫を散らして駆け抜ける一筋の軌跡がついに戦場に解き放たれた。夥しい紅光が薄暗闇に閃いて、一つの影を為すと剛腕の一振りと共に絶対的な力の主が顕現する。
 最早出し惜しみなど必要無い。元より手負いの自分では最高幹部を切り崩せない、ならば先へ続く道をつくるのが年長者の務めというものだ。

「やはり出てきたか、バンギラス」
「あれはルークさんの……」
「……ひ、怯むな、迎え撃て!」

 緑鎧に覆われた怪獣バンギラス──彼が世界をも震わせる怒号を轟かせれば、忽ち砂塵が嵐と吹き荒れこの豪雨すらも掻き消してしまう。
 吹き荒れる嵐の中で、オルビス団員達が浮かべるのはあるいは恐怖か焦燥か……冷静さを保つ者も居るには居るが動揺を露にする者達が過半数を占め、狼狽や罵倒、部下への命令など口々に吐き捨てながら一斉に青年達を睨み付けて指示を飛ばした。

「効かねえな、ぼくのバンギラスはかーなーり強いんだよ。道を開けてもらおうか、ストーンエッジ!」

 怪獣の顕現を皮切りに、圧倒的な数差の戦いが始まった。無数の技に曝されてもバンギラスは傷一つ無く砂塵に立ち尽くし、再び天地鳴動の咆哮を叫べば峻烈に突き上げる無数の岩槍が列を成す。
 躱そうにも、あまりの速度と地を走る衝撃に掬われ避け切れない。前方に構えていた数十匹が砂城の如く易々と薙ぎ倒されて、圧倒的な力の差にトレーナー達の瞳は冷たい怯えに彩られる。

「つ、強すぎる。頑張ります、見ていてくださいレイ様……!」
「これが奴らの力か。エドガー様も警戒するはずだ」
「たりめえだ、ぼくらを誰だと思ってやがる。スタンのライバル、最強のジムリーダー、君達じゃあ束になっても倒せねえさ!」

 大見得を切り高らか哄笑をあげる最中にも幾匹に武器を携え飛びかかられるが、バンギラスが腕を一薙ぎすれば容易く吹き飛ばされてしまう。
 これが最強のジムリーダーであるルークの力。未だ傷が癒えていないにも関わらず一方的に蹂躙してみせる背中を見つめて、「我ながらよくこの人達に勝てたな……」とジュンヤは安堵に胸を撫で下ろした。

「生憎手加減ってのは苦手でな、巻き込んじまっても知らねえぜ。今から撃つのは最強の技、命が惜しけりゃ道を開けな!」

 瞬間、青年の眼が朗々の口調と裏腹に零度に瞬き、睥睨された大衆が本能で死を悟ると絶望に竦み、芯まで凍えて肌が粟立つ。
 それでも、となんとか凍て付く意識を奮起させて立ち上がったポケモン達が、射竦められた主を引き摺り城門までの道を開いた。
 悉くを潰滅する漆黒の暴威が周囲を焼きながら収束し、溢れ出す絶大な力の波涛。抑え切れず昂る力に世界が絶叫と紛う程に激しく震動し、逆巻く漆黒が渦と駆ける。

「よぉし、残りの奴らは覚悟が良いみてえだな。それじゃあ放て、はかいこうせん!」

 あくまで威力を絞って加減はするが、それでも無事は保障出来ない。十分猶予をもうけても尚退かずに立ち向かってきた勇敢なオルビス団員達に敬意と共に解き放つ。
 ついに、一切を焼き尽くす漆黒の奔流が光となって閃いた。眼前に立つ全てを光線の一薙ぎで滅ぼし、舞い荒れる砂塵と踊るように吹き荒ぶ爆炎が視界を黒く覆い尽くしていく──。

「行くぞ」
「ああ、ノドカ、捕まってくれ!」
「よおし行こうぜみんな!」

 道の開けた今なら容易く乗り込める。ツルギはサヤと共にケンタロスに乗り、ジュンヤはノドカの手を引きゴーゴートの背に二人で股がる。ルークもゼブライカを繰り出して、三匹は同時に駆け出した。
 一寸先すら見えぬこの悪天でも彼らは惑うことが無い。砂塵と黒煙の協奏になお立ち向かう敵を膨大な万雷で撃ち落としながら、三匹は猛然と突き進んでいく。

「ここはオレ達に任せてくれ」
「ジュンヤ、ゴーゴート、がんばってね!」

 彼らは数瞬の内に大群を掻き分け駆け抜ける。中央には派手に装飾された重々しい観音開きの鉄扉が鎮座して、特に腕の立つであろう人々が門番と言わんばかりに立ち尽くしていた。

「ギガイアス、ラスターカノン!」
「ブルンゲル、ハイドロポンプ!」
「ギャロップ、かえんほうしゃ!」
「はい。サーナイト、お願い……します」

 並走する雄牛の背に乗る少女へジュンヤが目配せすれば、意図を察した彼女が相棒を紅白球から解き放つ。
 門番が一斉に向かい来る少年達へ大技を放ち……「テレポート、です」瞬間、彼らの姿が掻き消えた。

「しまっ……!」
「行くぞゴーゴート、リーフブレード!」

 火炎と激流、光線が誰も居なくなった空虚を苛烈に穿ち、彼らは背後に聳える鉄扉の眼前へと瞬間移動で躍り出た。砂塵の中に極光が輝き、門番達が歯軋りする中で一瞬の閃光と共に音を立てて扉が崩れ落ちてしまった──。

「よおし、此処まで来れば十分だろ」
「サーナイト、なでなでして、あげます」
「きゃっ!」
「大丈夫かノドカ、ほら」

 五人は黒く無機質な通路を伸ばす城塞の大口に飛び込むと、ポケモンの背から飛び降りて振り返った。門番となるポケモントレーナー達の溢れる敵意と、その背に仰ぐ圧倒的な数を誇る大軍の姿を。

「弱者ばかりではなさそうだな」
「バンギラスは手負いだ、オレ達も」
「必要ねえぜ」

 気配から察するに、並みのジムリーダー以上の腕前であろう者も少なくない。一歩踏み出したルークに少年が声を掛けるが、彼は腕を突き出し制止すると不敵な笑みを浮かべてみせた。

「ぼくらを誰だと思ってやがる、此処は任せて先に行け!」

 空を穿ち迫る激流を腕で受け止め、逆巻く悪意の波動を高波と放って周囲を一掃しながら、バンギラスは人々へ恐怖を刻む覇者の咆哮を轟かせる。

「いくら手負いだろうがぼくらは最強のジムリーダー、一騎当千のポケモントレーナーだ。百人だろうが千人だろうが、纏めてねじ伏せてやるぜ!」
「で、でもさすがのルークさんでも、これだけの人数はさすがに」
「……行こう、ノドカ。信じるんだ」

 力強く拳を握り締め肩越しに振り返る青年を心配して言い淀む少女へ幼馴染みが首を振って、溺れてしまいそうな暗闇を湛えてぽっかりと口を開けるがらんどうの通路を一瞥する。
 此処はまだ始まりに過ぎない、この先に待つ敵こそが真に戦うべき相手なのだ。だから──ルークさんを信じて先へ進まなければならないのだ、と。

「……分かった。ルークさん、ルークさんもやられちゃダメですからね!」
「ああ、サンキュ、ぼくらなら絶対に負けないから安心しな。ノドカちゃんこそあんまりドジすんじゃねえぜ!」
「全くだな」

 背後ではバンギラスが押し留めている中で、青年はからからと笑ってみせる。
 予想外の発言に思わず目を丸くして苦笑するが、それ以上にツルギの追従に意表を突かれて思わず「ええっ!?」と間の抜けた声で空しく叫んだ。

「良いか、あの腹立つ最高幹部共にも、エイヘイ史上最強の男にも……君達は、絶対に負けんじゃねえぞ!」
「当然だ」
「勿論です、オレ達はこの戦いに必ず勝ってみせる」

 全ての決着を託して立ち尽くす青年が振り返れば、二人の少年と戦いの時を待つポケモン達は、その眼に爛然と惑わぬ希望を灯し迫る決戦を見つめていて……。
 「先へ進もうみんな、戦いはここからなんだ」ついに入城した四人は、大口を開けて誘う薄暗闇の廊下へと秘めた決意を胸に掲げて力強く一歩を踏み出した。
 その背を見送る彼は不意に、懐かしむように瞼を細める。

「なあ、見ているかスタン、彼らの勇姿を。大丈夫さ、ジュンヤ君やソウスケ君達なら……絶対に成し遂げてくれる」

 ──二週間前には吹けば飛ぶ程に頼りなかった少年達の背が、今ではとても大きく感じられる。彼らは本当に強くなった……幾度と強襲するオルビス団をその度に迎え撃ち、数え切れない試練を乗り越えて、運命を掴まんと立ち向かえる程に。
 かつて、全てを覚悟して死地へ赴く親友から託された……彼の信じた未来、信じた可能性。ジュンヤくん達という次世代の希望は確かに芽吹いて萌えている。
 ルークは未だ鮮烈に脳裏に刻まれ続ける今は亡き親友の背に、言葉では言い表せない寂寞を孕んで語り掛けると、「よぉし、勝つぜバンギラス!」両頬を叩いて気合を入れ直し砂嵐にも負けない程に力強く叫んだ。

「この程度の数差、スタン達が立ち向かった最強に比べればなんてことはねえ。あのバカの想いも背負ってるんだ、ぼくとポケモン達が全力で相手をしてやるぜ!」

 そして隣に佇むゼブライカへと目配せをして、腰に装着された残り四つのハイパーボールを両手で鷲掴みにすると、閉ざされた大空へ向けて高く解き放つ。
 迸る赤光を払い顕現し、バンギラスを中心に並び立つ六匹のポケットモンスター達。ルークの信じる最強の手持ちが、この世界を守り抜いて親友との約束を果たす為にと力強く咆哮を轟かせた。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「ソウスケ達大丈夫かな、アイクが侵略するって話だったけど……」
ツルギ「人の心配とは、随分余裕だな」
ジュンヤ「そ、そうは言うけど!お前は気にならない……よなあ、そりゃあ」
ツルギ「無論。興味があるとすれば、幹部を押し留められるかどうかだけだ」
ジュンヤ「ソウスケ達がアイクに勝つとは考えないのかよ」
ツルギ「どうでもいい。俺達の邪魔にさえならなければ奴らの勝敗に然程の影響は無いからな」
ジュンヤ「確かに、どちらにせよアイクの疲弊は免れない、そうかもしれないけどさ」
ツルギ「呆れたな。普段信じるとバカの一つ覚えで連呼しているくせに、その口振りでは負けると思っているようだ」
ジュンヤ「そ、そういうわけじゃ…!」
ノドカ「はい、ケンカは禁止!先に進も!」
サヤ「二人とも、あとでお願い、します」
せろん ( 2020/02/12(水) 08:08 )