ポケットモンスターインフィニティ

















小説トップ
第十二章 残された七日
第101話 闘志、胸に熱く
 遠くに見える街は時が刻むと共に少しずつ寝静まっていき、宴会をしていた頃には街中を灯していた眩い街灯は夜闇に身を委ねるように暗く沈んでいく。
 最後の安寧に微睡むかのよう。すっかり深く寝静まってしまった街を小高い丘から仰いだ少年は、徐に芝生に寝転がると寂しさと喜びにくすりと笑った。

「はは、今夜は本当に楽しかったな……皆で笑い合い、穏やかな時間を過ごし、本当に幸せだった」

 その隣ではヒヒダルマが大の字になって寝転がり、身体を丸めるムーランドに悠然と佇むウォーグル、ジバコイルやコジョンド、オノノクス……手持ちのポケモン達が勢揃いして天上を仰ぐ。
 晩餐では作戦会議の後に早食い競争や年相応の下らない会話、バトルの方針やポリシーなどを交わし、ポケモン達のことやこれまでのジム戦の思い出に花を咲かして夢を語り合い……とても盛り上がり、心底楽しいひと時だった。

「見たまえ、突き抜けるように綺麗な空だ。君達もそう思うだろう」

 吹き抜ける風は心地よく、見上げた宙はどこまでも深く煌めいて。瞬く星々は一つ一つがいつかに描いた明日のように儚く確かに輝いている。
 木々のざわめきが耳を掠めて、揺れる草原は頬を撫でる。大きく息を吸い込んで、吐き出せば少し冷たい夜の空気が胸いっぱいに広がっていく。
 ……ああ、なんて気持ちいいんだろう。広がる色彩の鮮やかさに目を見張り、世界を見回し胸高鳴らせて、心の底からそう思う。生きていて良かった、言葉に出来ない感動が沸き上がってしかたがない。

「この旅で多くのものを見て、触れてきたけれど……どれも素晴らしいものばかりだったね。皆で共に過ごした時間は本当に幸せだったよ」

 ああ、今でも忘れない。この旅で踏み締めてきた道程、一歩一歩が僕を強くしてくれて、ポケモン達を強くしてくれて、かけがえのない親友と紡いだ時間は大切な思い出だから。
 決戦が目の前に迫っているからだろうか、それともこんな星の綺麗な夜だからか……普段は振り返ることなどないに。思い出は浮かんでは消える泡沫のごとく、記憶を映しては眩く弾けて。

「無論、僕らはこんなところで負けるつもりは無いけれどね」

 明日に迫ったオルビス団との最終決戦。ジュンヤやツルギにとっては永く向き合い続けた過酷な運命、どう足掻いても断てぬ因縁の始まりであり……ある意味此処が一つの終着点かもしれない。
 けれど、僕らは違う。明日の決戦など通過点に過ぎないのだ。目指すのは最強ただ一つ、その為に……僕には、誰よりも勝たなければならない最大の好敵手が居るのだから。

「ジュンヤ、ゴーゴート……この戦いを越えて、僕らは必ず君達に勝つ」

 大園ジュンヤ……幼い頃から共に過ごしてきた、昔から意識し続けてきた最大のライバル。彼は本当に強い。決して誰より強い心を持っているわけではない、時には折れたり曲がったりする。知識や実力だってかなり秀でてはいるものの、それでもまだツルギのように上が居る。
 けれど最後には必ず立ち上がり、その度に折れた膝をバネにして更に強くなって立ち上がってくる。彼らには諦めず前に進み続けられる強さがあり、後の無い窮地においてこそ最大の真価を発揮する。

「……君達は本当に強いよ。いくら必死に走り続けていても、ようやく追い付いたと思っても気が付けば君の背中が見えている」

 昔から一度もジュンヤ達に勝ったことがなかった。くさとほのおで相性が良いにも関わらず、最後には必ず勝利を奪い取られる。旅の中で……彼とのバトルは旅立ったばかりの頃の一度だけだが、或いは追い越した場面があったかもしれない。
 だが彼らはどれだけ辛くても、苦しくても、這ってでも進んで最後には必ず立ち上がる。必死に足掻いて勝利にしがみついてくる。今の僕では……悔しいが、胸を張って「彼らより強い」だなんて言い切れない。
 だからこそ僕は勇気を貰い続けてきた。絶望に落ちても這い上がり、前を進み続けるその背中に励まされ続けてきた。

「……旅の中で、か」

 もう、めくるめく走り抜けた過去が遠い昔のことに思える。初めてポケモン図鑑を手に道路を踏み締めた旅立ちも、繰り返し続けた出会いと別れも。
 それでも……今でも、鮮明に思い出せる。ジュンヤとツルギの交わした幾度のバトルを、今まで積み重ねてきた数え切れない戦いを。

「正直、あの時は結構ショックだったよ。僕らが十年以上追い続けた背中が容易く敗れたのだから」

 なんて、少年は二人の初戦を思い出しながら発言とは裏腹に随分愉快そうにからから笑う。
 どうせ皆察しているのだからと敢えて口には出さないが……世界の広さを思い知らされる。今まで自分の知っている中で最も強い少年だったジュンヤが敗れたことは……僕らも彼らもまだまだ強くなれる、旅への期待が爆発的に膨れ上がったから。

「それにノドカも……本当に強くなったね。旅に出る前に比べて、ずっと」

 ノドカはポケモン達が傷付くのがかわいそうだからと、バトルを嫌い関わろうとはしなかった。友達やポケモン達が居ればそれでいいのだと、ずっと。
 けれど七年前の事件を境に変わり始めた。たとえ弱くても、と必死に一歩を踏み出して……大切な人の為に、多くの人の為に、自分の出来る一つ一つに向き合っていこうと少しずつ。
 この旅の中で時には身を呈してポケモンを救い、無謀にも到底敵わないような悪に立ち向かったり、共に守る為にと協力したこともあった。己の弱さを知り、足りないものを自覚する彼女は一筋縄ではいかない……この旅の中で随分成長した。

「懐かしいなあヒヒダルマ。昔から……何度もこうして、皆で夜空を見上げてきたね」

 振り返れば、一歩一歩を確かに踏み締め刻まれた轍は克明に刻まれている。後悔さえ残さずただ前へと歩み続けた道は炎天下のように煌めいて、照り返す熱は、迸る闘志は自信となってこの胸に宿る。
 今でもこの魂に焼き付いている。まだ幼い頃……父に連れられ訪れたスタジアムで、ダルマッカと共に観戦したことを。会場を包む張り詰めた空気、会場を支配する凄まじい熱狂、繰り広げられる全てをぶつけ合う熾烈な闘争。
 心が踊った、魂が燃えて芯まで揺り動かされた、なんて愉しそうなのだろうと。あの日から僕らの道は決まった、相棒と二人でどこまでも強くなるのだと声高く叫んだ。

「最強になる為に、ここまで夢中で走り続けてきた」

 相棒……共に頂点を望み、幼い頃から共に闘志を貫き戦い続けたヒヒダルマとはいつでも同じ心で繋がっている。その瞳にはいつか描いた未来が眩く瞬き、滾る思いが炎眉を更に激しく燃えさせる。
 昔から、彼はずっとそうだった。父から受け取ったモンスターボールに触れて初めて出会ったその日から、今も変わらず心火を燃やし続けている。
 だから僕は前を見つめて戦える。相棒の信頼を背に受けて、彼の闘志に励まされ、ライバルの背を追い越し誰よりも強くなる為に。

「ありがとうムーランド、君との出会いは忘れられないよ。君が居てくれるから僕のバトルは幅広くなっている、君の背中は頼りになる」

 今でも覚えている、初めてポケモンをゲットした時の喜びと興奮を。彼は初めて自分で捕まえたポケモンであり、相手の攻撃を下げる特性や広い技の範囲で最初期からずっと共に頑張ってくれていた。
 攻撃に偏重気味な自分の手持ちの中では珍しく搦め手が使えることや、救助犬として活躍していることもあり連携を取ることに長けていて、決して欠かせない存在となっている。礼を言いながら頭を撫でれば彼は首を横に振って、お礼と言わんばかりに毛繕いをしてくれた。

「ウォーグル、君に認めてもらった時は嬉しかったなあ。どんな強敵にも勇猛果敢に挑む姿勢は僕も見習わなければね」

 彼は共に最強を夢見て仲間になってくれたが、捕まえた当初は全然言うことを聞いてくれず。多少仲良くなったと思ってもやはり指示を聞いてくれるわけではなく……結局、七番目のジム戦でようやく心を通わせ合えた。
 それまでもかなりの負けん気に助けられてきたが、進化してからは足りなかった力を補い今まで以上に活躍してくれた。彼に認めてくれたことは今でも己の自信になっている、素直に呼吸を合わせてくれて、高い耐久力と火力で攻め込む頼りになる仲間だ。

「ジバコイル、君はいつもエクレアの為にと頑張ってくれたね。分かってる、明日の決戦に勝って、もう一度彼女とバトルしよう」

 彼と初めて出会ったのは、オルビス団により占拠されたある発電所でのことだ。ジバコイルは元々そこに住む野生のポケモンで、エクレア達とはライバル関係にあり何度も彼女を助けて来た。時には奪われたエクレアの記憶を取り戻したことすらあり。
 少し素直では無い頼れる仲間で、バトルでもはがねタイプらしい頑丈さと文字通り痺れる電気で幾度と活路を開いてくれた。だから彼の期待に応えて……明日を越えてエクレアとの決着をつけなければならない。

「オノノクス、君は旅に出る前から捕まえたかったが……全くもってその火力には恐れ入るよ。進化する前から、君達は見事な活躍だったよ」

 追憶の洞と呼ばれる洞窟で疲労困憊の中出会ったポケモンだが……その圧倒的な火力と男のロマンを突く容姿、何より普段の穏やかさと打って変わって戦いの際に見せる獰猛さには惹かれるものがあった。
 進化する前のオノンドの時から、彼は苦手なこおりタイプや最終進化相手にも果敢に立ち向かい勝利を掴んで、一週間程前についに進化を果たしてくれた。進化の以前から幾度と活躍してくれたのだ、進化して強くなった力を見てみたいと高揚している。

「コジョンド、あの時は本当にありがとう。君とダゲキのバトルで、僕はやはりバトルが好きなのだと再確認させられたよ」

 アラゴタウンで、ずっと追い続けていた宿敵ダゲキに勝つ為にと鍛え続けていたまだコジョフーだった頃の彼に声を掛けたのが、共に旅する切っ掛けだった。強くなる為に共に鍛練し、その時はダゲキに負けてしまったが……ヴィクトル達の襲撃の後に再び現れ、雪辱を果たす機会が訪れた。
 ヒヒダルマ達に重傷を負わせてしまい、耐え難い敗北により道の見えなくなっていた僕はそのバトルにとても励まされ立ち直れた。頼れる切り込み隊長であり、そんなことがあったからコジョンドにはとても感謝している。

「ここまでよく戦い抜いてくれたね、みんな。本当にありがとう」

 夢中になって、時を忘れて、時に躓きそうになりながらも支え合い、助け合い、励まし合いながら共に旅路を駆け抜けてくれた六匹に心からの感謝を送る。
 だが彼らは、「礼を言うのは自分達の方だ」と首を横に振ってはにかんだ。魂の燃える闘いを、誰かを守れる強さを、宿敵への勝利を……求める強さの意味は違っても、主人が信じて一緒に戦ってくれるおかげで掴み取れたものだ、と。

「はは、敵わないな、君達には。……いくら感謝しても足りないよ」

 言葉は分からないが、何が言いたいか、思っているかは伝わってきて、思わず気恥ずかしさを覚えて頬を掻いた。自分は己の為に戦い続けて来た、何度僕が振り回したか、僕のせいで酷く傷付いたかも分からないのに……そう言われたら、素直に受け取るしかなくなってしまう。
 再度感謝を伝えて宙を見上げる。深く煌めく藍色の夜天を。

「……ついに、明日が待ち焦がれていた決戦の時だね」

 神妙に呟き、拳を固く握り締める。
 負ければ全てを失い全てが終わる。故郷で待つ家族も、共に立ち向かう大切な仲間も、半身と言ってもいいかけがえのない相棒達も、僕自身も愛する世界も……炎に飲まれ、何もかも。
 けれど、不思議と皆と一緒ならば負ける気はしない。既にエイヘイ地方は相当な被害に壊れかけ、それでもなお壊されない想いが此処にある。願いを握り締めて強く誓う、誰にも奪えない熱き心を燃やして。

「アイクは、明日アゲトシティに現れる。今までのお礼だ、全力で彼らを歓迎してやろうじゃないか」

 晩餐の中で行われた作戦会議の中で、ルークが下した決定だ。ツルギは文句無しに此処に居る誰よりも強く、ジュンヤは窮地に発揮する底力と守るという意思の強さ、何よりエイヘイ地方最強の一角であるルークに勝利した実績を買われてのことだ。
 そして僕やレンジ、エクレアに四天王とポケモン達はアゲトシティを訪れると言ったアイクの襲来に備え街の防衛を任された。

「……本音を言えば、僕も剣の城に乗り込み思う存分に暴れ回りたい。けれど」

 別にその判断に不満があるわけじゃあない。無論彼らに実力が劣っているとも思ってはいない……けれど、拮抗勝負で最後の一手を勝利へ導くのは絶対に勝つという執念だ。
 ならば僕らには僕らの、彼らには彼らの戦うべき相手が居る。譲れない意思をぶつけ合うべきただ一人の相手が。
 ある意味都合が良い。僕やヒヒダルマ達としても二度の邂逅でその度に圧倒的な実力を見せ付け、嵐のように過ぎ去ったアイクともう一度闘いたかった。今度こそ……あの凄まじい暴威を振るう彼らの懐から、勝利を奪い取ってやりたかったのだから。

「ああ、迷いなど無い、僕らはただ前へと進み続ければいい」

 僕には皆のように悪の組織と深い因縁があるわけではない、ただ旅の中で幾度と刃を交えたのみだけれど。親友の力になって大切な人達を守りたい……それだけで十分だ、それだけで僕らは戦える。
 想いは燃え上がり、紡いできた軌跡はこの瞬間に繋がっている。僕ら皆で終わらせてみせるのだ、永く悲しみを生み出し続けた悪との戦いを、此処で全て。
 穏やかに、熱く燃える心と裏腹に冷たい夜風は頬を撫で抜け熱を浚う。眩い星々に旅路を重ねて、相棒達と、何もかもを包み込むような心地の良い静謐に身を委ね夜に溺れる。

「あ、や〜っと見つけました。結構探したのですよソウスケさん!」

 街を外れた小高い丘で、夜風を浴びて寝転がる少年達が……不意の呼び声に、虚を突かれたように立ち上がった。金髪の二つ結びを揺らした少女は跳ねるように大きく手を振りこちらへ駆け、目の前まで来て立ち止まるとずれた眼鏡を直しながらはにかんでみせた。

「……君はエクレア、それにライボルト。どうしたんだいこんな夜中に」

 あまり大勢ポケモンが居ても話しづらいだろう。ムーランド達をモンスターボールに戻しながら話し掛ければ、彼女は目を見開いて少し視線を泳がせた後に、数瞬の間を置いて口を開いた。

「あの、大した用では無いのですが。皆さんに……しっかりと、お礼が言いたくって」

 隣ではジバコイルとライボルトが嬉しそうに電気を鳴らして語り合い、改めて感謝を告げるように高く吠えると放たれた稲妻が辺りを焦がして夜を切り裂く。

「ソウスケさん、ジバコイル、皆さん。ライボルトを助けて下さり……本当にありがとうございました!」
「僕はただ挑まれた闘いに勝利しただけさ。連れてきたのはレンジなんだ、礼なら彼に言ってくれ」
「でも、ソウスケさんがあの時勝ってくれなければこうして笑い合えなかったから。だからやっぱり、ありがとうございます」

 確かに、結果的には僕が勝利したことでライボルトを取り戻せたのは事実だが、理由はどうあれ元を辿ればレンジのおかげだ。
 それに自分はやりたいことを好きでやっただけだ、礼を言う必要など無い……そう伝えても、眼鏡越しの彼女の瞳は一点の曇りもなく真っ直ぐに僕を見つめてきて。

「……分かった、ありがたく気持ちを受け取るよ。君は意外に頑固だからな、でないと引き下がらないのだろう」
「勿論ですっ。ふふ、ソウスケさんにはお見通しですね」
「君が分かりやすいだけさ。まあ僕も人のことは言えないけれどね」

 本当に人のことは言えないな、そう言いたげにヒヒダルマの手が肩に置かれたが、機嫌が顔と眉毛に如実に現れる君にだけは言われたくない。
 とはいえ……人からお礼を言われると言うのは良いものだ、心まで暖かくなり素直に嬉しくなる。

「……ソウスケさんはすごいです。こんな時でも落ち着いていて」
「おや、君にはそう見えたかな。こう見えても緊張しているのだけれどね」

 彼らの心は闘争本能と恐怖が鬩ぎ合い、明日への期待と不安に惑いとても平静でなんて居られない。だのにそんな風に見えているなど、意外すぎてソウスケは思わず苦笑をこぼしてしまう。

「くす、そうなんですね……。意外ですけど、安心しました」

 言いながら、少女は徐に口をつぐんで合わせた両手の指を弄ぶ。まるで何かを堪えるように、振り絞るように「ええと」と何度も呟きながら。

「もしまた負けたら、かい」
「……はい」

 瞬間彼女は驚いたように目を見開いて、しかし僅かな逡巡の後に頭を垂れる。それから何も言わずに待っていれば、夜闇に紛れて自然に言葉が紡ぎ出された。

「あたし……どうしても考えてしまうんです。もしまたライボルトを失ったらどうしよう、って」

 明日の決戦へと闘志を燃やし、勝つぞと意気込む旅に脳裏にはかつてレイに敗北し、大切な相棒を失ってしまったあの日の記憶が蘇り胸が苦しいくらいに締め付けられる。
 自分のせいで、もし再び相棒が奪われてしまったら……そう考えると、身体の芯まで冷たく冷えてしまい。

「もう戦うことに迷いはありません、ただ強くなれば良いのですから。でも……勝てるのか、って」
「分からないさ。だから……信じるしか無いのだろうね、此処まで来た己と共に戦うポケモン達を」
「ソウスケさんは……怖く、ないんですか。もしかしたら、明日死ぬかもしれないのに……」
「恐れが無い、なんて言ったら嘘になる……けれど決めたこの道を皆と共に進むだけさ。前にも言ったろう、『負けたくないから』と」

 世界だとか因縁だとか、難しい理屈など必要ない。この逆境にも悪の組織にも、自分自身にもジュンヤにも負けたくないから……諦めたくないから。
 だから、恐れも運命さえ熱い夢を燃やし続けて突き抜けてみせる。大切なものを守り抜いて……絆で明日を未来へ繋ぐ為に。

「……僕らは強くなった、決して終焉などは迎えさせない。必ず永遠の平穏を取り戻してみせる」
「ソウスケさん……はい、そうですね!」

 拳を力強く握り締めて、闘志を燃やして固く誓う。
 この旅で見てきたのは綺麗なものだけではなかった。幾度も押し潰されそうな程の痛みや悲しみに触れ、それでも大切な相棒や仲間達と共に支え合い、励まし合いながら歯を食い縛って進み続けて来た。
 迷いは無い、皆で全身全霊を賭けて立ち向かうだけだ。後悔など残さないよう、出来ることは全てやり尽くしたのだから。

「……そういえば。前に約束したね、僕らのことを話すって」
「はい、言ってくださいましたっ」

 思い出を振り返るその横顔は遠く、懐かしむように目が細められる。彼らの話はエクレアとしても気になっていた、自分とは全然違う人生を送り、固い絆で結ばれている彼らがどんな時を過ごしてきたのか。

「ジュンヤと出会ったのは……もうずっと昔だ。思い出すと、懐かしい、最初は今ほど仲が良好とは言えなかったんだ」
「そうなんですか……とても仲良しなのに、驚きました」
「僕とジュンヤは趣味趣向があまり噛み合わなくてね」

 物心がついた頃にはジュンヤは僕の隣に居た。元々両親同士の仲が良く、子どもの年齢も同じと家族ぐるみの付き合いをしていて。
 けれど外向的な僕に対して彼は内向的なきらいがあり、当然外での遊びに誘ってもジュンヤは読書がしたい、ポケモン達と過ごす方が良いと断ることが多く。

「だが彼は幼いながらもポケモンに対して深い理解があったんだ。僕とジュンヤの仲はポケモンが繋げてくれた」

 けれど、ポケモンバトルに誘った時にはいつも快く頷いてくれた。ダルマッカの言葉が分からず喧嘩になった時には仲裁してくれて、相棒が体調を崩した時などもポケモンの知識を活かして看病してくれたこともあった。
 「な、ヒヒダルマ」と声を掛ければ彼は照れ臭そうに笑う。体調不良の原因が食い過ぎによる火炎袋の過剰な活性化だったということも何度かあり、その度にジュンヤには『流石に食べ過ぎだよ』と呆れられたものだ。
 バトルに関してなら彼には劣らなかったが、ポケモンの知識には疎い僕は何度助けられたか分からない。かけがえのない大切な友達だ。

「素敵ですね、そういうの。あたしの周りはおじさんばかりだったので少し羨ましいですっ」
「はは、それは確かに少し大変だ。けれど学ぶことも多かったろう?」
「はい、まあそれなりに。バトルの相手には困りませんでしたし」

 少し掘り下げて尋ねてみれば、バトルが好きな女の子が周りにはおらず、男の子は男の子同士で遊んでばかりな為にいつも発電所の職員に付き合ってもらっていたらしい。
 これはどうでもいい話だが、だから敬語を使う機会が多く同年代にも思わず丁寧語で話してしまうようだ。

「僕らは諦めの悪さが取り柄だ。昔からの性分なのだが……あの時から、尚更その思いは強くなってね」
「あの時……七年前の、ジュンヤさんの身に降り掛かった不幸ですか?」
「……ああ。僕は親友に何もしてやれなかった」

 少年は拳を強く握り締めて、己の無力を噛み締めるように深く頷いた。
 ……七年前、ジュンヤが全てを失い絶望に塞ぎ込んだのに僕はただ眺めるだけで何もしてやることが出来なかった。ノドカが必死になって寄り添って、絶望から救い上げていなければ今でも彼は独りで殻に閉じ籠っていたかもしれない。

「……それに、あの時だけじゃあない。ヴィクトルと初めて邂逅し、大敗を喫した時にも」
「でも……ジュンヤさんは、気にしてないです」
「そうだね、ジュンヤなら『お前も自分のことで精一杯だったんだ、しかたがないさ』そう言って笑うだろう。それでも……」
「……分かります。あたしも、大切な相棒に、ラクライに何もしてあげられなかったですから」

 どうしても赦せない、掛け換えの無い友の窮地に対して何もしてやれない己の無力が。そんな気持ちがエクレアには痛い程に理解出来た、彼女も……囚われた相棒を助けんと挑んで無様な惨敗を喫してしまったから。
 けれど、ジュンヤはそれでも立ち上がって前に進んでいる。ならば自分達ももっともっと燃えられる、そう言いたげに相棒は腕を振り上げ炎眉を噴き出し、歯を剥き出しに笑ってみせた。

「ああ、そうだねヒヒダルマ、どうあれ前に進めば良い。彼は僕の最大のライバルなのだから」

 冷たい風が夜に躍り、草原が月光を浴びてきらきら煌めき波を打つ。闇に誘われうつむくその眼は草葉の影の記憶を望み……しかし、一呼吸して瞬けばすぐに遥か彼方を見渡して。
 多くの犠牲と悲しみに触れて、自分でも気付かぬ間に少し気が滅入っていたのかもしれない。こんなの自分らしくもない、燻る心火を再燃させなければ。

「そうだ、すまない、僕らの思い出の話だったね」
「はい、忘れられてたらどうしようかと思っちゃいましたよ!」
「はは、気を付けないとだね」

 そうして、大切な幼馴染み達と過ごした日々の懐古を再び優しく紡ぎ始めた。
 とても輝かしい日々だった……少年は太陽みたいな眩しい笑顔で、ヒヒダルマも愉快そうに茶々を入れて、少女は金髪をなびかせながら凛々しい横顔を見つめて相槌を入れながら頷き続ける。
 学級対抗バトル大会の決勝で惜しくもジュンヤに敗れてしまったこと。補習を受けるノドカにジュンヤと二人で勉強を教えたこと。三人で公園を占領する上級生をぎゃふんと言わせたこと。
 一つ過去を巡ればまた次の思い出が蘇り、寄せては返す波のよう。皆との日々は溢れ出しては止まらない。

「……いけない、少し語りすぎたね」
「くす、本当に楽しそうでしたよソウスケさん」

 ……それからしばらく回想に浸って、随分興が乗ってしまって気が付けば小一時間程話し続けていた。ふと腕時計に目を遣れば、長針が随分時を刻んでいて……慌てて思わず語りすぎたと切り上げれば、エクレアは可笑しげに笑みを浮かべた。

「あたしはまだ全然構いませんが……」
「あまり夜を更かしては明日に堪えるだろう」
「むう、それではしかたがありません。……とても楽しかったです、ありがとうございました!」
「僕こそ久しぶりに思い出を語れて楽しかったよ、ありがとう」

 二人で顔を見合わせて笑い合い、ヒヒダルマが嬉しそうに足踏みしている隣でジバコイルとライボルトが二重の意味で火花を散らしていた。
 彼らはライバルだったのだ、きっと決着をつけたがっているに違いない。ならば尚更、こんなところで負けるわけにはいかない。

「さあ、もう遅いんだ、君は先に戻ると良い」
「はい、……ってソウスケさんはどうするのですか?」
「もう少し夜風に当たっていくよ。高ぶってしかたがなくてね」
「ふふ、本当にバトルが好きなんですね。それではお先に失礼しますね、ライボルト、戻りましょう!」

 最後に大きく手を振って、少女は大切な相棒であるライボルトを一撫でしてから、踵を返して夜天に眠りつつある街へ目掛けて駆け出した。
 ……その背を見送り、見えなくなるまで眺め続けてから胸を撫で下ろして深く息を吐き出した。本当に、彼女が相棒と再会出来て良かった、レンジに勝利出来て良かったと改めて思う。
 振り返れば、ここまで共に歩んで来た相棒達が最後の決戦に向けて意気込んでいて。

「ああ、そうだね、大切なものが奪われたのは彼女だけじゃあない。明日の決戦……必ず勝利して、エイヘイ地方を取り戻すんだ」

 彼らオルビス団の悪行によって、これまで多くのものが奪われた。未来を閉ざされ、繋がりを断ち切られ、エイヘイを守り続けていた希望の象徴であるチャンピオンのスタンとカイリューですらも敗れてしまい。
 だから……残されたものは必ず守り抜く、奪われたものは取り返す。そしてこの先にある……最強を決める夢の大舞台で最大のライ
バルと決着を付ける。

「……僕は昔から、ポケモンバトルが好きだった。夢中になって走り続けて、周りを傷付けてしまうこともあったけれど……」

 オルビス団との戦いでは、幾度と死の危機に直面してきた。何度大事なものが傷付けられたかも分からない、絶対に負けられない熾烈な戦いを繰り返しようやくここまで辿り着いて……分かったのは、昔から変わらないただ一つのことだけだ。

「やっぱり、それでもバトルが好きだ。バトルは傷付け合うだけじゃなくて、時に人と人とを繋いで、勇気を与えてくれるから」

 ジュンヤの何かを守ろうと、どんな強敵にも全身全霊で立ち向かう背中にはいつも励まされてきた。ノドカの誰かを助ける為にと勇気を振り絞り挑む姿は臆病な自分を奮い立たせてくれた。
 バトルを通して多くの人やポケモン達と仲良くなれた、相容れない人物とも認め合うことが出来た。ひたすらに強さを求めてきた僕らには出来ることなど、結局、前を見つめて戦うことだけだ。
 ならばきっと……それで良い。

「応援してくれる人の為に、負けられない。いつも背を押してくれる人達を、僕のバトルで励ましたい」

 決して一人では此処まで辿り着けなかった、大勢の誰かに支えられて強くなれたのだ。だからこそ諦めない、全力で挑むポケモンバトル……それが、自分に出来る最大の応援だから。

「にわかに信じられないね。この空が明日には奪われて、未曾有の雨に降られるなど」

 遠い空ではエイヘイのほぼ全土を覆い尽くした雨雲が揺れ、少しずつこのアゲトシティに迫っている。夜の闇を貪るように眠りに落ちて、目が覚めた時には激しい雨に降られるだろう。
 どうなるのかなんて予想もつかない。確かなのは、誰も見たことの無い明日になることだけだ。

「……そして明日には、エイヘイ史上最大の戦いが起きる」

 エイヘイ地方の中心に聳え立ち胎動する巨悪の大樹が、明日終末を齎す為に動き出す。数え切れない希望を奪い、多くの悲しみを生み出した高く聳える三つの幹、全ての悲劇を裏で操り糸を引いていた諸悪の根源。

「……そうか、やはり君達も」

 ちらと一瞥すれば、ヒヒダルマとジバコイルも自分と同じように眉を潜め、口角を僅かに吊り上げて、えもいわれぬ表情をしていた。彼らだけではない、ボールの中で聞いていたポケモン達も。
 ふと握り締めていた拳を広げれば、気が付けば指先が震えていた。背中を這い抜ける吐きそうな程の心地良い緊張と、そんな臆病を焼き尽くし狂おしく熱く迸る未知なる戦いへの喜び……耐え難く沸き立つ武者震いに。
 不謹慎にも、心が踊ってしかたがない。明日が最後の決戦だ、戦いの余波だけでも相当の被害が出るのは理解している、それでも……未曾有のバトルへ鼓動がうるさく早鐘を打ち、一層掻き立てられた闘志が煌々と滾る。

「……ふ、くく、ははは」

 明日の戦いは絶対に負けられない。もしアイクやその部下達を野放しにすればエイヘイ中の人々が死に絶えるかもしれない。……なのに。

「ダメだ、我ながら不謹慎にも程がある……明日が楽しみで仕方がないなんて!」

 翳した掌は小刻みに震え、想像するだけで眠れなくなる。
 どんな明日になるのだろう。最後の平穏を湛える今が崩れると思うと明日が来てほしくない、けれど早くこの先に待ち受ける熾烈な戦いを楽しみたい……二律背反の感情に最早笑うしかない。
 本当に我ながらダメだ、どうあってもバトルが大好きなのだと心底思い知らされる。明日が怖くてしかたがないのに、同じくらいに待ち遠しい。
 ヒヒダルマ達も深く追従する。平穏な日常も掛け換えの無い美しいものだけれど……何より望むのは心が踊る戦いだ、どうしても身体が求めてしまう、強い奴が居る場所を。

「やはり僕らは……どうあっても、ポケモントレーナーということだね」

 何が正義で何が悪だとか、この世界の命運だとか……紆余曲折など省みず、身体が嫌でも求めてしまう、強い奴が居る場所を。
 思わず苦笑が零れてしまう。皆がそれぞれの運命や因縁と必死に向き合っている中で、一人闘いを楽しもうとしている自分の場違いさに。ヒヒダルマ達も同様だ、夜空の下でなお冷め遣らぬ熱を持て余して、待ち焦がれたように星を仰いでいる。

「行こうみんな、僕らは誰よりも強くなる。勝って、勝って勝って勝って……その果てにある頂点を掴むんだ!」

 いつか必ず誇れる僕になる、幾度も描いた未来を実現してみせる、誰も知らない高みへ辿り着いてみせる。手を伸ばして……見たこともない夢の向こうまで、必ず。
 空気を感じるように腕を広げれば、萌木色の風が吹き抜けて……茶髪と炎眉がふわりと揺れる。夜空に瞬く星々は色彩鮮やかに降り注いで、草原が月影を浴びてきらきら波打つ。
 相棒と向かい合えば、目指す道など決まっている。共に天を衝くように高く高くに腕を掲げて、誰よりも強くなる……空を貫く程の勢いで、声高く宙に叫んだ。

■筆者メッセージ
ソウスケ「いやあそれにしても明日のバトルが楽しみだ!だけど誰かが傷付くのは悲しいから明日が怖い!どうしようかジュンヤ!」
ジュンヤ「そんなこと聞かれても知らないよ。どう思っても明日は来るんだ、楽しみにしていれば良いんじゃないかな」
ソウスケ「まあそうなのだがね!いや困ったね、なんだか眠れないぞこれ!」
ノドカ「この人テンションおかしくなってるね、ジュンヤ」
ジュンヤ「な。ちょっとめんどくさいな」
エクレア「ソウスケさん大はしゃぎですね、あたしも負けてられないなあ…!」
ソウスケ「いや、大丈夫だ、君達では僕らに勝てないさ。何故なら僕らは最強になるトレーナーだからね!」
ジュンヤ「はは、本当にバトルが好きだよなお前達は……見ていてこっちまで楽しくなるよ」
ソウスケ「ああ、勿論!君達はどうかなジュンヤ」
ジュンヤ「え?」
ソウスケ「……なんでもないさ。明日を楽しもうみんな!」
ジュンヤ「いや流石に楽しめないから!」
せろん ( 2020/01/31(金) 20:19 )