ポケットモンスターインフィニティ

















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第十二章 残された七日
第98話 最後の晩餐
 ──終焉の刻まで、最後の一日。



 昨日空を覆っていた曇天は次第に晴れ渡り、見上げた宙には眩い陽光が優しく穏やかに瞬いていた。儚く今にも崩れ落ちそうなこの空模様に胸を撫で下ろす少年達だが……彼らは知っている、アゲトシティや極一部の街以外は今も豪雨に降られていて、この街も明日には大雨に見舞われるのだと。

「やっぱりおいしいな、お前のつくってくれたサンドイッチは。ありがとうノドカ、サヤちゃん」
「ああ、とても美味しいね。これで時おり大失敗をしなければ文句は無しなのだが……そこはサヤちゃんのおかげかな」
「はいっ! しっかり見てた、ですっ」
「も、もうっ。今日は間違えなかったんだから!」

 淡く降り注ぐ白光に包まれた草原は朝日を浴びてきらきらと波打ち、噴水が散らす飛沫は虹を描いて宙に舞う。
 ゴーゴートは心地良さそうに天を仰いで日差しを蓄え、ヒヒダルマは来る決戦に備えるように次々食事を口に運ぶ。スワンナが噴水に飛び込み翼を広げて無邪気に遊ぶ隣では、サーナイトが微笑ましそうにたおやか笑い。
 ライボルトが楽しそうに草原を駆け抜け、ボスゴドラは巨体を横にして大きないびきで午睡に身を委ねていた。
 穏やかに時の流れるアゲトジムの庭園で、青空の下に食卓を囲む少年達は思い思いに過ごす相棒を眺めながら、ノドカとサヤがつくってくれた昼食をいただいていた。

「……だがよ、なんつーか実感が沸かねえなあ。明日、おれ達が負ければ世界が終わるだなんて」
「あたしもです。一度ライボルトを失ったのに……それでも、にわかには信じられません」

 ついに、明日全ての因縁に決着がつく。運命を賭けた最後の決戦が近付いて、オルビス団ならば世界に終焉を齎すことが出来る……そう確信めいたものこそあれど、しかし戦いの最中の束の間の休息に微睡んでいては、どうにも非現実的な目まぐるしい現実がどこか遠くに思えてしまう。
 それはオルビス団に人生を狂わされた二人も同様であり、まるで、夢幻の揺籃に揺られているような……そんな気持ちになってしまっていた。

「でも……明日で、ぜんぶ終わりです。わたしたちは、だから強くなろう、って」
「ああ、その通りさサヤちゃん。せっかく与えられた猶予だ、勝って最高の夜明けを迎えてやろうじゃないか」
「はは、……そうだな。オレ達みんなで取り戻すんだ、永遠の平和を湛えるこの世界を」
「ふふ、きっとだいじょうぶ! だってみんながすごくがんばってきたの、私知ってるから!」

 それぞれに想いを馳せながら、眩く輝く一時が流れていく庭園。相棒と共に芝生に転がり空を仰ぐ少年、噴水で水浴びをする少女、ある者は早食い競争をしたり……今日ばかりは流石の皆も鍛練は控えて明日へ向けて英気を養い、思い思いに平穏を過ごしていた。


「……思えば、随分遠くまで来たよなあ」

 芝生に寝転がり、陽光の射す青空を漠然と仰いで、ぼんやりと見上げていたジュンヤが不意にぽつ、と呟いた。太陽に向けて伸ばした手を徐に握り締め、誰に言うでもなく、ただ。
 主の言葉に、ゴーゴートはゆっくり眠りたいのか面倒がって尾を軽く振る返事をして、彼は思わず苦笑をこぼした。

「旅に出たばかりの頃は、こんなことが起きるなんて思いもしなかったよ」

 今でも、旅立ちの日をありありと思い出せる。三人で未知の世界へと足を踏み出したあの日……きっとオレの中の世界は動き始めた。
 旅に出てからは人も景色も目まぐるしく移り変わり、めくるめく多くの出会いと別れ、数え切れない闘いがあって。
 ……まさか、それがエイヘイ地方の存亡を賭けた戦いにまで発展するとは思ってもみなかった、そんなの物語の中だけだと。旅に出る前の自分に言っても……絶対に、信じてもらえないだろう。
 ゴーゴートもこれまでに出会った多くのポケモン、瞼の裏に映る多くの闘いに想いを馳せて、呼び起こされた闘争本能に首元に繁る草が瑞々しく煌めく。

「綺麗だな……空」

 果たして空は、こんな色だったろうか。心を映す鏡のように毎日流れては色を変える空は、昨日までとは違ってみえて。
 蒼くどこまでも澄み渡る空に、白い雲が鮮やかに流れていく。萌木色の風が頬を撫でて、穏やかな景色に少年は思わず口元を綻ばせた。

「ふふ、ほんと、今でもまだ夢見てるみたい。色んなことがあったよねえ、なんだかまだ実感がないけど……」
「ああ、僕らの確かに踏み締めて来た道さ。壊れても何度も立ち上がって、険しい明日を越える為に」

 白鳥が翼を広げ、炎狒々が胸を叩き鳴らし、二人と二匹の幼馴染みがジュンヤを挟むようにして両隣に転がり笑い掛けてきた。まるで憂いが無いかのように、淀みを知らないこの空のように真っ直ぐで、眩しく、暖かく。

「はいっ、辛いことも沢山ありましたが……それでも皆さんここまで頑張って来ましたものね。本当にありがとうございます、ライボルトのこと」
「おれとボスゴドラ達も感謝してるぜ、おかげでやっと目が覚めた。あとはこの悪夢を終わらせるだけ、もう一踏ん張りじゃねえか」
「ありがとう、ございます。いっしょに勝ちましょう、勝って、取りもどす、です!」

 そして逆光の中にレンジとエクレア、サヤという三人の友達とその相棒も駆け寄って来て優しく微笑んでくれる。いや……彼らだけではない、ファイアローにムーランド、デンリュウにニドクイン……みんなのポケモン達も、大事な主達を取り囲むようにいつのまにやら集まっていて。

「……そうだな、ここまでゼンリョクで頑張って来たんだ。オレ達みんなが力を合わせれば絶対勝てるさ」

 確かに守れたものがあった、この旅で紡いで来た絆の点が輪と繋がり、胸に重なり続ける不安が柔く照らされ日だまりの中溶けていく。黒く煌々と燃える明日に一筋の光が射し込んで、その先にある未来が掴めるような気がしてくる。
 負けられない、負けるわけにはいかない。こうして応援してくれる人達が居るから……大切なもの達を、今度こそこの命に代えても守り抜く為に。

「……勝って、明日の先の未来へ繋ぐんだ」

 明日には闇に隠れる太陽に向けて手を伸ばし、確かめるように強く、強く握り締めた。
 終焉なんて迎えさせない。たとえどれだけ立ち塞がる敵が強大だろうと、もう絶対に逃げ出さない。巨悪の大樹により齎された永い夜を終わらせて、エイヘイ地方に黎明を迎えてみせるのだと。


 ふと、流れる風が冷たく張り詰め、思わず息を飲む威圧感が重く圧し掛かってきた。幾度と邂逅を重ねて、前に比べて少しは慣れてきた緊張感……ツルギだ。彼が現れるなど何かあったのだろうか、起き上がって振り返ると、そこには一人の厳めしい顔の老人も佇んでいた。
 白髭を蓄え、白衣を羽織ったやや頬骨の目立つ老人。忘れるはずもない、オレ達にポケモン図鑑を与えて旅立たせてくれたその人を。そう、そこに立っていたのは……。

「ローベルト博士、どうしてここに!?」
「久し振りだな皆。すっかり見違えた、この旅で……色々な経験をしたのだな」

 老人はすっかり大きくなった彼らに、複雑な感動と共に瞳を揺らして微笑みを浮かべた。今までも度々電話で話していたが……直に会うことで、かつて図鑑を渡した少年達の成長がありありと伝わってきた。
 少し伸びた背丈、大人びた表情、多くの闘いを潜り抜け洗練された佇まい……それは、良くも悪くも艱難辛苦を越えてきたからこそのものであり。だからこそ、どこか寂しそうに。

「ヴィクトルとの決戦に望む君達に、幾つか話したいことがあってな。こらこらやめんか」

 ゴーゴートとスワンナとヒヒダルマが、嬉しそうに角をこすりつけ、顔に水を浴びせて、親しげに肩を組む。三匹とも別に博士のポケモンだったわけではないのだが主共々可愛がられていた為に、故郷ラルドタウン以来の再会は心を浮き立たせるには十分だった。


「……で、諸君、本題に入るのだが」

 三匹とも博士に再会出来たことが余程嬉しかったようだ、彼はしばらく三匹に構われて、興味を持ったボスゴドラ達からも遊ぶことを強要されたのでしばらく甘えてくる彼らに付き合ってから……ようやく、本題に切り込んだ。
 全員で机に腰掛けて、相変わらずツルギだけは警戒でもするように一人立っている中に、博士は眉を深くしかめて悲痛に満ちた声色で厳かに口を開く。

「ツルギ君、……十三年前の爆発事故の真実をルークから聞いたよ」
「……そうですか。謝罪は結構です、あれは起こるべくして起きた必然だった」

 一瞬少年の眉が僅かに傾き、しかし次に紡がれる筈だった言葉を潰すようにツルギは淡々と吐き出した。そんな“もしも”は必要無い、意味も無いのだと否定するように。

「……それでも考えてしまうのだよ。ワシも理解していた、枯れていくヴィクトルの背も、兵器の発見に瑞々しく胸を踊らせていたことも。せめてワシが、奴の野望に気付けてさえいれば」
「下らない、貴方一人に止められるものでは無かった。俺に伝えたかったことはそれだけですね」
「……本当にすまなかった、ツルギ君、君の言う通りだ。思い上がっていたわけではないが……そうさな、覚えておこう」

 頬を逆撫でる蒼い風が黒髪を靡き、視線を隠す前髪を邪魔そうに掻き分けると、少年は溜め息混じりに「鬱陶しい」と呟いた。
 それ以上話を続けたところで、口を吐くのは未練がましい悲嘆だけだ。そんなもの……この戦いに何の優位も齎さない。そう言いたげに早々に話を切り上げる彼に、博士は深く悔恨を噛み締めながらジュンヤ達に伝えんとしていた話へ切り替える。

「……少し長いが、語らせてもらって構わんか?」
「……はい、博士。オレ達は今日はのんびりするって決めてたので」
「すまないね」

 博士がわざわざ拠点に赴いてまで伝えたかった話だ、どんな意図であれ聞かなければならないものなのだろう。
 モーモーミルクを一口いただき、神妙な面持ちで徐に頷く。どんな内容であれ受け入れる、その覚悟を胸に決めて。

「……ワシはね、皆。今でも覚えておるのだよ、ヴィクトルが初めてポケモン研究所を訪れた日のことを」

 博士は望郷を仰ぐように目を細め、遠い彼方に想いを馳せる。永い過去のことだとしても、忘れない、忘れられない……フカマルを連れた、無邪気で闘争心を溢れさせる一人の少年を。

「あの小僧は……夢を抱いていた。いつでも空を見上げて、無限に広がる宙の広さに焦がれていた」

 竜の里に生まれた彼は、相棒と共に最強になるのだと期待と未来に胸を踊らせて爛々と笑顔を輝かせて笑っていた。どこまでも純粋であり、どこまでもポケモントレーナーだった彼は……どんな苦境や逆境に立たされても必ず勝利を奪い取り、エイヘイ地方最年少で頂点に立った。
 その時の喜びは忘れられない。自分が図鑑を託した少年がチャンピオンの玉座に至った感動は、言葉では到底言い表せないものだったのだから。

「だが……ヴィクトルはあまりにも強すぎた。旅に出て、頂点に立ち、思い知らされたのだよ。強さの果てにあるものを知り……無限など無い、そんなものは夢幻だったのだと」

 人にもポケモンにも、生まれ持った限界がある。誰も彼とガブリアスには勝てない、誰もが強くなれるわけではなく……誰も彼に追い付くことは出来ない。
 最強である彼らに挑むものは数多く、しかし、生涯戦歴に傷が付くことは無かった。ただ一人、彼とポケモン達だけが停滞した世界を置き去りに強くなりすぎた。

「そして奴は人々が望む理想のチャンピオンとして君臨し続けた……ただ無感動に、エイヘイ地方を導く者として」

 強さを求めた果てに、いつの間にか最も求めていた心が踊る闘いを失ってしまって、それから……ヴィクトルは変わり始めた。かつての煌々とぎらつく獰猛な闘争心は影を潜め、 永い停滞の中で大衆から求められる偶像として。
 
「だが、今の奴はあの頃に似ている、無限の宙を信じる幼少の時分に」

 そして長く事故に巻き込まれて死亡していたと思われていた元チャンピオンは、エイヘイ地方全土に大胆な宣戦布告をした。随分と嬉しそうに、無邪気に、しかしある種の使命感を帯びて真剣に。

「恐らく奴は……その手で創ろうとしているのだ、己の信じた遠き理想を。誰もが強くなり、進化するべき世界を」

 チャンピオンの座に立ったヴィクトルは、かつてエイヘイ全土のポケモンバトル環境の整備と育成・戦闘用の道具の普及、闘いを好む者とそうでない者の住みわけを行い一人でも多くが幸せに過ごせるように尽力していた。
 誰もが強くなければ生きられない世界……それこそが、あの時本当に創りたかったものなのだろうか。彼の真意は分からない、それでもただ一つ確かなのは……彼は今も、最強という孤独に立ち続けていることだけだ。

「奴に勝て。そして頂点に立ち続けた最強のチャンピオンを撃ち落とし、君達の歴史を創るんだ」
「……はい、ローベルト博士、ありがとうございます。終わらせてみせます、オレ達の手で……戦いを、ここで全て」

 強く拳を握り締めて、固く誓う。もう二度と悲劇は繰り返させない、悲しみも戦いもここで終わらせる。そして取り戻すのだ、永く続いた平穏なる世界を──。



****



 アゲトジム内にある豪華な食堂、四隅に観葉植物が飾られ点々と壁際に壺が並び、中心には赤いクロスの敷かれた長いテーブルが佇み多くの料理が並んでいた。
 火山ハンバーグにステーキ、木の実をふんだんに使ったサンドイッチやサラダ、甘口カレーなど選り取りみどり・好物ばかりの品揃えにソウスケ、レンジ、サヤと言った食いしん坊系の人達が心を踊らせ目を輝かせている。

「すごいなノドカ、こんなに沢山つくったのか」
「ふっふっふ。グレンさんとタマムシさん、レンジくんにサヤちゃんも手伝ってくれたの! みんなで腕によりをかけてつくったんだ〜!」
「本当にすごいよ。あ、このハンバーグはノドカ作だな、匂いがオレ好みだし」
「えへへ、当ったり、流石ジュンヤね!」

 誇らしげに胸を張るノドカと、その隣の席に座って嬉しそうに微笑むジュンヤ。昔から料理が得意で、たまに家に来てはつくってくれたノドカのハンバーグ……味と匂いを間違えるわけがない。
 二人で並んで穏和な空気が流れる横では、もう一人の幼馴染みの少年が友達の意外な特技に素直な感嘆に声をあげていた。

「驚いたなレンジ、君は料理が出来るのかい!?」
「そのくらい出来るっつーの、人を何だと思ってんだてめえ!」
「いや……僕もジュンヤも苦手でさ。良かったじゃないか、素直に褒められるところがあって!」
「はい、素直にすごいですレンジさん! 楽しみですね、ライボルト……!」
「はは、あんがとな……ってうるせえわ、ソウスケお前一言余計だっての!」

 エクレアの純粋な誉め言葉に喜び素直に頷き掛けたところで、出鼻を挫かれたことに気付いてレンジは思わずツッコミを叫ぶ。
 褒めたのに何故怒鳴られなければならないのだろう。腕を組んで首を傾げる少年の隣で、ジュンヤは困ったように苦笑いしていた。

「さあさあみんな、今日は無礼講だ、思う存分盛り上がってくれ! バンギラス、お前も好きなだけ食えよ!」
「然り。自分達も今宵は楽しもうぞ、エレキブル」
「うむ。儂らも遠慮せずに頂くとしよう、ウインディ」
「へえ、これとかおいしそうよニョロボン! ノドカ、あんたやるじゃない、良いお嫁さんになれるわよ!」
「貴女と大違いですわねハナダ。貴女はいつでもバトルのことばかり、身体の半分が筋肉で出来ているのですから」

 平素は険しい表情で迫る決戦の日に臨んでいる四天王達もこの時ばかりは穏やかに気を緩めていて、彼らの相棒達は豪勢に並ぶ料理に普段の険しさとは打って変わって無邪気によだれを垂らしはしゃいでいた。

「ツルギは食べない、ですか?」
「必要ない、会合だから参加しただけだ」
「じゃあ持ってくる、です。待ってて、ツルギ」
「……鬱陶しい、勝手にしろ」

 壁にもたれて警戒しながら呆れたように溜め息を吐くツルギと違い、目を見張る豪華な並びへフライゴンですらも思わず息を飲んでしまう。サヤはサーナイトと共に張り切って皿に取り分けていき、ギャラドス達も期待に胸を踊らせていて、ツルギは最早諦めたように再び大きな溜め息を吐き出す。
 そうして、晩餐が始まった。明日を越えて未来へ今を繋げる為に、もう間も無く始まる最後の戦いへ向けて英気を養い勝つ為に。
 モーモーミルクを飲みながら少しずつ料理に手をつけていく者、後先を考えずに料理を掻き込んで途中腹痛で一度席を外してしまう者、大量に料理を持ち寄られ渋々一口頂く者……皆思い思いに平和で穏やかな時を過ごして、そうして、最後の夜は更けていく──。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「いやー、美味しかった!流石はノドカだな、いつもありがとな!」
ソウスケ「ああ、美味しかったね、味の好みを合わせてくれるのがありがたい。流石幼馴染」
ノドカ「えへへ、ありがと…!みんなからこんなに感謝されるなんてクセになっちゃいそう…!」
レンジ「え、お前らいつも飯つくってもらってんの?」
ジュンヤ「え、そうだけど」
ソウスケ「お弁当も。また僕らなにかやっちゃったかい?」
レンジ「いやいや、流石にそのくらい自分でやれよ、子どもじゃねえんだから…」
サヤ「ちなみにわたしは、ツルギに、つくってあげてもことわられます」
レンジ「それはそれでかわいそうだな」
ノドカ「い、良いよお!私だって二人が喜んでくれるから好きでやってるし!」
レンジ「こいつ、甘やかしてやがる…!」
せろん ( 2019/12/11(水) 14:24 )