ポケットモンスターインフィニティ



















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第十二章 残された七日
第97話 最後の一人、狙われた勇者
 ──終焉の刻まで、残り二日。



 噴水が飛ばす飛沫が鮮やかな虹を描き、柔く頬を撫でる萌木色の風が心地良く空へ吹き抜けていく。穏やかな陽射しが降り注ぎ波打つ芝生がきらきらと煌めく、アゲトジムの裏にある庭園で、ポケモン達が束の間の休息を楽しんでいた。
 スワンナとシャワーズ、ベロベルトが噴水の中で翼を広げ、尻尾を振って、元気目一杯に飛沫を浴びて遊んでいる。一気に頬張ってしまって一口でお菓子を食べ尽くしてしまったボスゴドラにライボルトは己のポフィン を分けてあげており、ヒヒダルマはドサイドンと何度も拳をぶつけて力を比べ合う。

「はは、みんなおおはしゃぎだなあ」
「うんうん、すっごい仲良しで、見てるこっちまでうれしくなっちゃうね!」

 ゴーゴートはドレディアやフラージェス達と並んで暖かな陽射しに日向ぼっこをしていて、サーナイトはサヤの隣で行儀良くノドカお得意のポフレを小さな一口で咀嚼していた。
 ポケモン達が皆思い思いに時を過ごす様子を優しく眺める少年は頬張っていたサンドイッチを飲み込むと、冷たいモーモーミルクが注がれてるマグを口元に運び、軽く舌を潤して噛み締めるような溜め息を吐いた。
 ……そして、やけに視線を感じて、真正面に座る幼馴染みの少女へ顔を向ける。

「……ふふっ、ジュンヤってば、かわいいんだから」
「おや、……ふ、くく。なかなか似合っているじゃないか、ジュンヤ」
「ど、どうしたんだよ二人とも」
「ジュンヤ、えへへ、口元……!」

 ノドカは溢れそうな笑いを必死に堪えながら、可愛らしいコアルヒーの手鏡を取り出して目の前に翳してくれた。そして覗き込んでみると白髭が出来ていて……。

「……モーモーミルク飲むとたまにこうなっちゃうのが困るんだよなあ。っていうかしかたないだろ、そんなに笑わないでくれ!」
「だって。ジュンヤってば、昨日のバトルはすごかったのに……えへへ!」
「ふふ、いいと……思います」
「う、……よ、喜びづらい……!」

 慌てて口元を拭ってみたが、彼女にどう反応すれば良いのか分からないことを言われてしまい。既にサヤちゃんにも見られていた、恥ずかしくなって思わず唇を尖らせながら顔を背けると背後で少年が高く叫んだ。

「あれ、おれのロールケーキが無くなってやがる!? おい誰だ食ったの!」
「あ、サヤちゃん。ふふ、口元にクリームついてるよ」
「あ、ありがと、です」

 レンジの声にボスゴドラやライボルト達皆が首を傾げる中でノドカは優しくサヤの口元を拭い、……ジュンヤは薄々犯人が誰かに勘付いたが、黙っておくことした。

「……はあ、それにしても本当に強かったなルークさん。何度負けると思ったか分からない……!」
「あはは、ほんとにおつかれさまジュンヤ、……えへ、かっこよかったよ。すっごく、かっこよかった!」
「ああ、よくもあれだけ強大な相手に勝てたものだ。僕らも見ていて冷や汗を握ったが……信じていたぞ!」
「はい、ジュンヤさん……すごかった、です。でも、わたしも、ツルギも……信じてた、です」

 ヒヒダルマはうんうんと頷き、サーナイトはたおやかに笑ってスワンナは翼を振り上げる。ゴーゴートは眼を覚ますと得意気に胸を張って頷いて、ジュンヤの頬をからかうように蔦でつんつんとつつく。

「はは、ありがとうみんな。でもオレだけじゃ無理だった、ゴーゴート達が頑張ってくれて、ノドカや皆が励ましてくれたおかげさ」

 みんなして先程笑ったかと思えばすごい褒めてくれて、しかし自分一人では勝てなかった。応援してくれた皆に素直に感謝の気持ちを伝える。あとゴーゴート、やめるんだ、顔がうるさいぞ。

「えへへ、そんな、わたしたちこそあなたには支えられ……あっ」

 角を握られて、握り具合で怒られたゴーゴートは調子づいたのか笑いを堪えるように身体を震わせ、何かを思い付いたノドカの声が漏れて一瞬の沈黙。そして少し鼻につくしたり顔になり。

「……ふっふっふ。ではなにかお礼をしたまえ、ジュンヤくん〜!」

 わざとらしくふんぞり返るノドカとスワンナ。そうか、そんなに食欲に駆られているのか、しかたがないやつだ。

「よし、じゃあ今度パフェを奢ってあげよう」
「ほんと!? やったーっ……って、良いの!?」
「いつものお礼だよ、ノドカには食事とかをつくってもらってるしね」
「ふふ、そっか。じゃあ、ありがたくいただきますっ」
「ああ、美味しく召し上がってくれ」

 二人は腕を振り上げて無邪気に喜んでくれて、……普段お世話になっているのに、それくらいで喜んでくれることに彼女の優しさを想い知らされる。本当に良い子だな、なんて思いながら目を細めていると上着の裾をくいと引っ張られる。

「その、わたし、も」
「ああ、勿論良いよ、今度一緒に行こうか。ソウスケ、お前は」

 そわそわするサヤと、穏やかに見つめるサーナイト。勿論断る理由がない、頷き返すと少女はとても嬉しそうにガッツポーズをしてくれて、見ているこちらまで微笑ましくなる。
 そしてもう一人の幼馴染みはどうか、と声を掛けたのだが。

「ふ、両手に花じゃないか。楽しんできたまえ!」
「な、……このバカ、何言ってんだよバカ!」
「はっはっは。浮気は良くないぞ色男め、そして追い付けるものなら追い付いてみたまえ!」
「く、やってやるさ! 待てソウスケ!」

 後ろで赤くなってるノドカと嬉しそうに微笑むサヤ。ゴーゴートにもにやにやと蔦でつつかれからかわれて、いたたまれなさに立ち上がり同時に駆け出したソウスケとおいかけっこになる。
 が、当然追い付けない……暫く男二人で庭園を走り回った後に、諦めて芝生に座り込んだ。


****


 砂塵が吹き荒れる渇いた荒野に、金髪の青年が瞼を伏せて緊張の中に立ち尽くす。その隣には真紅の翼を広げた勇猛な隼が待ちわびるように羽撃たいて、迫る決戦に備えていた。
 不意に、頭上から逆巻く漆黒の螺旋が降り注ぐ。彼らはすぐさま跳躍、容易く回避をして天を仰ぐと眼前に青いジャケットを羽織った大柄の男が着地して、空から三対六翼の三つ首竜が降臨した。

「よ、やっぱり来てくれたか。待ってたぜ……最高幹部のアイクさんよ」
「はっはあ、自ら姿を現してくれるたあなあールークぅ、嬉しいぜえ」

 その男はオルビス団最高幹部の一人、幾度と街を滅ぼしエイヘイ地方に壊滅的な被害を齎した男アイクと相棒のサザンドラ。
 ルークが待ち望んでいたのはその男だ。彼は最後の日に向けて、ジムリーダー狩りという“遊び”に興じていた。最強のジムリーダーである己を見逃すはずがないのだ、と。

「君の狙いはぼくだ。アゲトシティに留まって街を巻き込むわけにはいかないだろ?」
「おーう、懸命な判断だなあ、此処なら邪魔が入らずに楽しめるぜえ。てめえでえ……最後の一人だかんなあー」

 ……やはり、そうだったか。街を守るジムリーダー達から幾度とアイク襲来の報告を聞いていた、そろそろ狙われる頃合いだと思っていた。
 だが……それは此方にとっても好都合だ。一対一の戦いならばそう易々とは逃がさない、うまく行けばここで最高幹部の一人を潰せるのだから。

「てめえらオルビス団はエイヘイ地方に深い傷跡を残した。その罪は重い……絶対に許さねえぜ」
「はっはあ、わりいなあ、軽く遊ぶつもりが脆すぎてなあ」
「この野郎……! 良いぜ、てめえら悪役共の性根が腐り切ってることはよおく分かったぜ!」
「おーいおい、おれぁただバトルしてただけじゃあねえかあ、そうかっかすんなあ」

 刹那、曇天の空に一陣の風が吹き抜ける。次の瞬間に真紅の隼の姿は掻き消えて、疾風の鏑矢が黒竜のみぞおちを深く貫いた。

「黙れ、これ以上貴様らと交わす言葉は無い! ぼくらを本気で怒らせたこと……後悔するんだな!」
「くく、期待してるぜえ最強のジムリーダー。退屈な闘いばかりで飽き飽きしてたかんなあー」

 ……否。肩から伸びる右首がその牙で嘴を掴み取り、電光石火の瞬撃は容易く受け止められていた。軌道が読まれてしまっており、先んじて構えられていたのだろう。

「……だがまだだ、蹴り付けてもう一度ブレイブバード!」
「飛べえ、サザンドラァ!」

 自慢の脚力で力強く顎を蹴り付け引き剥がし、再び天空に飛翔すると、一陣の風が吹き抜ける。だが黒竜は半身を切って易々と躱して曇天の空に舞い上がる。そして轟く咆哮と共に雲が次々に穿たれて、地上一切を滅ぼさんと燃える星が現れた。

「りゅうせいぐんだぁ!」
「あれが直撃したら、最悪一撃で……かわせえっ!」

 炎を纏った巨大な隕石が群れ成して、歯向かう敵ごと地上を滅ぼさんと降り注いでいく。次々に頭上へ迫る巨大な流星、しかし彼はその悉くを躱して、潰滅していく大地を眼下に超高速で駆け抜けた。
 流石に二度は受け止められない。突き出された双首を身をよじって無理矢理潜り抜け、サザンドラの頑堅な鎧鱗に覆われた腹部に突き刺さった。

「……っ、びくともしねえ、固すぎんだろ……!」

 だが……黒竜は疾風の紅矢の一撃を受けてなお不敵に笑い、口元に紫黒の渦を逆巻き始める。

「飛んで火に入る夏の虫、ってやつだなあ。サザンドラァ……あくのはどう!」
「しまっ……ファイアロー! だいもんじ!」

 直ぐ様相手を蹴り付けて離脱しようとしたが間に合わない。ならばと放った五条の炎も竜は易々と受け切って、だいもんじが収まると悠々と波動を吐き出した。
 放たれた悪意の波涛に飲み込まれた紅隼は抗い切れずに押し流されて、背中から地面に叩き付けられてしまう。
 りゅうせいぐんの反動によって特攻が下がっていなければ大ダメージは必至だった、安堵に胸を撫で下ろすと、このまま続けても勝ち目は薄いとモンスターボールを翳した。

「まーあそうなるわなあ。おらあ、てめえも戻れえサザンドラ」
「悪いが君じゃあ相性がわりい。一旦チェンジだファイアロー!」

 たったの一撃で無数のクレーターが生まれ、荒廃した焦土と化した大地で睨み合う二人。かたや余裕と悦びに口元を歪め、かたや迸る怒りを胸に冷静に戦局を捉えんと口元を引き結ぶ。
 二人はモンスターボールを構え、アイクは軽く放り投げるように、ルークは想いを込めるように勢い良く投擲した。


****


「ふ〜んふ、ふ〜ん」

 雲行きが怪しくなってきたので屋内に戻ってきたジュンヤとノドカ、ゴーゴートやスワンナを始めとしたポケモン達。室内には穏やかな曲調の鼻歌が響き、少年と草山羊が洗い物をしていると、幸せそうにパンケーキを頬張っていた少女がおかしそうに振り返った。

「ふふ、ジュンヤ、なぁにそれ」
「え、なにが?」
「は・な・う・た。人には『恥ずかしいからやめろー』なんて言うのに、あなたも歌っちゃってるんだもん」
「本当か!? ……の、ノドカの能天気が移っちゃったのか……?」

 ……全く気付かなかった、意識もしていなかった。羞恥に顔に熱が昇るのを感じながらも慌てて問い質すと、「ちなみに歌っていたのはおばさんの子守唄でした〜」と白鳥と共ににこにこ笑顔で頷いた。
 あ、ああー……母さんがよく歌ってくれた。無意識に……出てしまっていたかー……!

「ふふふ、移してやったぞ〜! って、なによ〜、人を風邪菌みたいに」
「……は、恥ずかしい、ノドカにそんなツッコミを受けるのが!」
「ええ〜っ!?」

 ……自分とノドカが使った食器と調理器具を洗い終えて、部屋に戻った二人と二匹。窓際の椅子に腰を掛けて座り、お互い時折マグを口元に運んで舌を潤し隣でくつろぐ相棒を撫でながらも雑談を続けていると、不意に少女が穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「ふふ、でもよかった。ジュンヤ、最近前に比べて明るくなったから」
「そ、そうか?」
「そうだよ〜。だって前は自分がやらなきゃ〜って感じだったけど、この頃はみんなに頼るようにもなってきたし」
「まあ……そう、かもしれない。きっとそうなんだろうな、ノドカが言うんだから」

 ……言われてみれば、旅に出てからは我ながら随分変わったように思う。自分の弱さを知って、譲れない強さを知って……信じたいものを信じて、大切な仲間に支えられて向き合ってきた。
 今だってそんなに自信は無いけれど、少しは前に進めていて……きっと、単純な力だけじゃなく強くなれたということなのだろう。

「……ありがとうノドカ、ゴーゴートも」
「え? えへへ、私はなんにもしてないよ〜」

 ……確かに、ノドカからしたらそうかもしれない。でも、自分にとってはそうやって隣で笑ってくれていることが何より嬉しいんだ。
 心の中で感謝を浮かべて、穏やかな時間の流れる中で束の間の休息に身を委ねる。たわいのない雑談、美味しいホットミルク、旅に出る前は当たり前に過ごしていた日々は、かけがえの無いものなのだから。
 ……暫時流れる暖かな静寂。しかし、少女は首を傾げて少し考え込んだ後に、覗き込んで来た。

「……あれ。ねえジュンヤ、そういえばルークさんとかグレンさんとかはどうしたのかな?」
「ああ、パトロールだよ。『オルビス団の活動は不気味な程に鎮静化しているみたいだが、何が起きるか分からねえからな』って」

 現在この地方に残っているのは、アゲトシティだけではない、それぞれの街でオルビス団と戦う意思を持つ者ばかりだが……ノドカやソウスケのご両親、ジュンヤの祖父にローベルトのように、戦えずとも正義の勝利を信じて故郷に残っている人達も居る。それに……最高幹部が現れては、生半可な力では太刀打ち出来ない。
 ルークや四天王達は一人でも犠牲者を減らす為に奔走しており、だからこそ彼らはエイヘイ地方の頂点に君臨する者なのだとジュンヤ達は強く思い知らされる。

「そういえばさっきサヤちゃんが、ツルギ君居ないって言ってたけど……」
「そうなのか、でもツルギなら大丈夫さ。腹立つけどあいつは誰より冷静だ、引き際を間違えるようなことはしない。だけど……」

 ジュンヤの脳裏に、最高幹部アイクの零した言葉が今でも強く脳裏に焼き付いていた。
 
「……アイクは、『ジムリーダー狩り』をしているって言っていた。ルークさんがもしそれを承知の上で見回りに出たんだとしたら……」
「そっか……。ルークさん、もしかしたらアイクさんとたたかう為に……!」

 淀んだ雲はエイヘイ地方に影を落とすように天上を覆い、光を隠し空を閉ざす曇天は終焉を待ち侘びたと言わんばかりに次第に暗く黒く染まり始める。
 反逆の翼を翻す勇者、頂点の願いを背負い戦うルークは果たして今どこで何をしているのだろうか……。
 窓の外では光線と火炎が高く迸り、少年達の叫び声と、ボスゴドラとヒヒダルマの咆哮が響いていた。


****


 一帯は数え切れない巨大な陥没と溶けて爛れた無惨な大地、視界を覆い吹き荒れる砂塵の中に夥しく深い溝が刻まれ瓦礫が散乱する。壮絶にして熾烈な戦いの痕跡、強大な力を持ったポケモン同士の対決により周囲一帯は災害に飲まれたが如く凄惨に荒れ果ててしまっていた。

「悪党のくせに相変わらず大した腕前だぜ。だが勝負は此処からだ、行くぜバンギラス!」
「強さに善悪なんざあ関係ねえだろうよお。なぁかなかやるじゃあねえかあ、なーあサザンドラァ!」

 お互いに無数の傷が身体に刻まれている。息を荒く佇むバンギラスを覆う岩の鎧はところどころにヒビが走り、悠然と羽撃たくサザンドラには裂傷と痣が残されていて……体力的には黒竜が優位に立っているが、 未だ勝負は分からない。

「奴のサザンドラ、以前は持ち物はしろいハーブだったが……」
「ぶぅつぶつうっせえぜえ! サザンドラァ、なみのり!」
「っ……ドラゴンクローで迎え撃て!」

 鳴動と共に地の底から噴き上げる蒼き高波は空を飲み込み、荒々しい瀑布となって降り注ぐ。突き出した竜爪が水面に刺さると逆巻く粒子が一斉に水を弾き散らして視界が晴れるが時既に遅し、洗い流された視界からはとうに黒竜の姿が消え失せてしまっていて……。

「この距離ならぁ……外さねえなあ」

 気付けば頭上に躍り出ていた。波に紛れて天へと舞い上がっていた彼が飛雲乗雷急降下すると、忽ち距離を詰められてしまう。
 何が来る!? きあいだま、ばかぢから……あるいは別の技かもしれない。もし読み間違えれば一瞬で敗北する!

「ストーンエッジ、ドラゴンクロー……あと二つ、技を隠してやがんなあー」
「は、不用意に攻撃したらどうなるか分からんぜ」
「見せてもらうぜぇ、てめえの力ぁ」

 砂塵の覇獣と暴虐の黒竜、互いの姿は眼と鼻の先。この距離ならば外さない、渾身の力を込めた全身は筋肉によって膨張し、全霊を込めて放たれた。

「迎え撃つぞバンギラス、ばかぢからだぁっ!」
「やれえサザンドラァ、ばかぢからぁ!」

 二人が叫んだのは同時だった。突き出された拳と拳は重なること無く交差して、頬が、腹部が、互いの最大の力によって深く鋭く殴り付けられる。
 効果は抜群だ。どちらもあまりの威力と痛みに衝撃を殺し切れず吹き飛ばされ……暫く地面を転がった後に、主人の眼前でようやく受け身をとって起き上がった。
 だが……まだ倒れない。懐に隠していた木の実、かくとうタイプの技の威力を削減するヨプのみを吐き出すと、直ぐ様体勢を整えてけたたましく咆哮する。

「さーあ撃ってみなぁ、てめえの最大の技をよおーっ!」
「まだだ、これで終わらせる……決着をつける! バンギラス……はかいこうせん!!」
「サザンドラァ、りゅうせいぐんで迎え撃てぇ!!」

 高鳴る力に大気が激しく鳴動し、宙が震えて大地が割れる。あまりの力に既に無数の傷痕が穿たれた周囲一帯へ亀裂が駆け抜けて、咆哮と共に二つの大技が放たれた。
 バンギラスの大顎が開かれると悉くを滅ぼす破滅の光線が迸り、地上は夥しい漆黒の波濤に呑まれて跡形も無く消し飛ばされていく。

「くそっ、……読まれていた」

 対して一撃一撃が地形を変える程の絶大な威力を誇る隕石、ドラゴンタイプ最強の大技。曇天を突き抜け降り注ぐ灼熱の流星群を次々に打ち砕き、しかし遮られる度に威力が減衰してしまい……サザンドラは一切の逡巡なく逆巻く破滅の波濤に飛び込むと、全てを灰塵へ還す光線に身を焼かれながらなお猛然と飛び込んで来た。
 ルークは絶句した。最強の技ですらも凌がれてしまい、……最早、打つ手が無い。

「最強のジムリーダー様もお、これで終わりだなあー。もう一度ぉ……ばかぢからぁ!!」

 意気揚々と叫ばれたその技名と共に、黒竜の全身に力が込められ筋肉が膨張を始めていき……双首が渾身の力で振り下ろされた。
 その瞬間、世界が静止した。バンギラスの脳裏に……初めてルークと出会った迷子の時のこと、進化して動きにくくなりしばらく困らせていたこと、ポケモンリーグの決勝戦でカイリューと魂をぶつけ合ったこと。
 相棒と駆け抜けた日々、共に生きてきた 数え切れない記憶が永遠にも思える刹那に瞼に巡り……微笑みを浮かべた瞬間に、けたたましい衝撃音が響き渡った。

「バンギラス……そんな、バンギラス!?」

 地の底から響くような、獰猛な怒号と共にバンギラスの巨体が遥か後方へと吹き飛ばされ……慌てて駆け寄るが、既に指先一つすら動かせない満身創痍。今にも絶えそうな朧に霞む意識の残滓を振り絞り、自身の力が至らぬばかりに敗北してしまったのだと謝罪を告げた。

「バカ野郎バンギラス、悪いのはぼくだ、ぼくが弱かったから……!」

 そして、意識を失い瞼を伏せた。ルークは「……お疲れ様、よく最後まで戦い抜いてくれたな」と微笑みながら労いの言葉を投げ掛けると、ハイパーボールを翳して紅い閃光と共に安息の地へと相棒を還した。

「 はっはっはぁ……おれ達の勝ちだなーあ」

 三対六翼で羽撃たく三つ首の黒竜が、天地鳴動の咆哮を轟かせた。ぽつ、ぽつ、と冷たい雫が頬を打ち……暗く広がる曇天を背に、青年を見下ろした巨悪の幹部は勝利の悦びに高らか嗤う。

「サザンドラァ、そこまでだ。ははは……このおれ達をここまで楽しませた褒美だあ、命までは取らないでやるよお」

 其処に一切の善悪は無く、有るのはただ己が歪んだ欲望を潤す純粋な愉悦。歯向かう者を始末せんと顎を開いた黒竜を制したアイクは、大股で相棒に歩み寄るとその背にどかりと跨がった。

「待て、答えろアイク……! てめえらは何が楽しい、何故罪もない人々から希望を奪う!」
「べっつに、おれぁ簒奪なんかに興味はねえよぉ。強者との闘争こそが悦びだあ、ポケモントレーナーだからなあ?」
「……そうかよ、よーく分かったぜ……。てめえら幹部は、話しても無駄だってことがなあ……!」

 ……だが、幾ら募らせた怒りを言っても響かない。全霊を賭して敗れたのだ、最早己に出来ることは何も無い。溢れる憤怒に、屈辱に、悔恨に、悲嘆に塗れながら握り締めた拳からは、掴んだ筈の砂粒が掌の隙間から零れ落ちていく。

「無様に逃げ帰ったら伝えな、『最後の日にてめえらの拠点をぶっ潰す。楽しみにしてろ』ってなあ」
「この野郎……!」
「どうせその調子じゃあ、すぐには回復しねえ。てめえの無力を噛み締めながらあ……終焉を迎えろぉ」

 勝てなかった。ぼくには守れなかった、己が守り抜くべき大事な街を。今は亡き親友の想いを背負い戦うと誓った、それなのに自分は……頂点に立ち、全てを守り続けてきた親友と比べてあまりにも無力で。
 ぼくでは無くスタンならば、バンギラスと共に戦っても勝てたかもしれない。スタンならばこうはならなかった。スタンが……親友さえ、生きてくれていれば……!

「残された時間は残り僅かだ、もう間も無くでヴィクトルの願った未来が結実する。ああ愉しみだ、愉快だぜえ、はっはっはっは……」

 幾ら願っても失ったものは戻って来ない、時計の針は巻き戻らない。分かっていたつもりでも既に居ない親友のことばかりを考えてしまう。
 そして……幾度とエイヘイ地方を傷付けてきた巨悪の幹は、心底愉悦に満ちた渇いた哄笑を響かせて、黒竜は熾烈を極めた激闘の直後にも関わらず悠然と飛び去っていった。
 僅かに頬を打つばかりだった雨足はやがて勢いを増して、篠突く如くに降り注ぎ続ける。

「ちくしょうっ……! ちくしょうっ、ちくしょうっ!」

 あれだけ苛烈に吹き付けていた砂嵐は降り注ぐ雫に飲み込まれてしまい、ようやく見渡せる景色に広がっていたのは……焦土と化し、一面を覆う絶望だけだった。
 叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ。己が無力を嘆く絶叫は瞬く間に苛烈さを増す驟雨に掻き消される。敗北の痛みは、冷たい雨の中で勇者の胸に刺さり続けた──。


****


 降り続く雨。低く閉ざされた空。見下ろせば弱者共の群れが幾つか形成されていて、退屈そうに溜め息を吐き出して乱雲を仰ぐ。
 ……長い雨だった。ようやくだ、もう間もなくでこの暗く淀んだ空が晴れ渡り、閉ざされていた世界が広がっていく。

「なあサザンドラァ、覚えてるかあ、おれ達が育った街のことぉ」

 当然だ、今でも染み付いていて忘れられる筈がない。真ん中の首が振り返り、己の背に跨がる主へ短く返す。
 瞳を伏せれば、今でも瞼の裏には克明に焼き付いていて、鮮明に思い出すことが出来る。
 灰錆びた鉄の街、腐ったような人々が蔓延り退廃と諦感に満ちた其処で希望は踏みにじられ、夢を見ることすら否定され、蔑まれながらも必死に空へ羽撃たこうと生き続けていた日々を。

「懐かしいよなあ。もうすぐでぇ……あの頃憧れていた世界が開かれる」

 相棒の進化と共にその街を抜け、焦がれ続けていた世界へと飛び出したが……世界は、思ったよりもずっと狭かった。自分に敵う者は誰もおらず、勝ち続けた日々は望めば全てが手に入り、気が付けば全てが面倒に思えていた。
 だが……ヴィクトル達との出会いが運命を変えた。首領の目的におれとサザンドラは賛同した、その先には心行くまで力を振るえる戦いが待っていたのだから。

「オルビス団として戦い続けてきて良かったぜえ、なーあ、相棒」

 その通りだ。でなければ恐らく腐ってしまっていただろう。
 だから此処まで、オルビス団として働き続けた。何をやっても満たされない渇望、この餓えを、渇きを潤すのはいつも魂を削り合うような戦いだけだった。
 所詮おれ達は戦いの中にしか生きられねえ、ならば善悪なんざ関係ねえ、己が心に従うだけだ。

「最期の日が楽しみだぜえ、なあ、サザンドラ。はっは、どんな戦いが待ってんだろうなあ」

 かつてない程の高揚が燻る胸に火を点し、ヴィクトルとレイ、エドガーに心の中で感謝を零す。此処まで堪えて堪えて待ち続けてきたのだ、ようやく好きに暴れられる日を思うと心が踊って仕方がない。
 いつ止むとも知れず降り続き肌を打ち続ける豪雨は、しかし高揚する二人の視界には入らない。彼らが望むのはこの先に待つ戦い只一つ、間も無く訪れる祭りへ心を踊らせながら、エイヘイ地方の中心に聳える剣の塔へと一匹の黒竜が飛び去っていった。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「ルークさん本当に強かった……もう戦いたくない」
ノドカ「ふふ、本当にお疲れだねえジュンヤ。でも残念、すごいかっこよかったからまた見たいのに」
ソウスケ「そうだね、立ち回りや戦法は参考になる、見直せたら良かったのだが」
エクレア「大丈夫です、実はわたし録画しているのです!」
ノドカ「わあ、有能!すごい!すごい!」
サヤ「もっと言って、ください」
ノドカ「サヤちゃんもすごい!先輩!えらい!」
サヤ「えへへ…」
レンジ「つーか不正対策と判定が曖昧な時の為にジム戦は自動で撮影されてるって聞いたぜ。それ見せてもらえば良いんじゃねえの?」
エクレア「わたしの努力があっ!」
ノドカ「じゃあじゃあ!あとでみんなで見せてもらおうよっ!」
ジュンヤ「お、オレはやめとく!なんか疲れが一気に来そう!」
ノドカ「えー、良いじゃんジュンヤ!ね!」
ジュンヤ「しょうがないなあ…」
レンジ「ちょろいなてめえ!?」
せろん ( 2019/11/01(金) 21:04 )