ポケットモンスターインフィニティ



















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第十二章 残された七日
第93話 一歩、踏み出す為に
 夜闇を残して棚引く暁は払われ、突き抜けるような青の広がる晴天は眩い太陽が燦々と輝く。舞い上がる砂塵は白く降り注ぐ陽射しにきらきらと煌めいて……その中心に立つ二人のポケモントレーナーは鏑矢の激闘を終えて肩で大きく息を吐いた。

「よおし、さっきは不覚を取っちまったが次はそうはいかねえぜ。君の強さはよく分かった、だが……闘いはまだ始まったばかりだからな!」
「ルークさんの言う通りだ、六対六のフルバトル……展開次第じゃ一瞬で巻き返される。用心して行こうみんな」

 広い戦場を見渡して睥睨する二人は、かたや愉しげに笑みを浮かべ、かたや帽子をかぶり直して警戒している。

「ファイト〜ジュンヤ、その調子でがんばれ〜!」
「快調な滑り出しじゃないか、この勢いを維持しようジュンヤ!」
「がんばって、ください!」
「絶好調ですねジュンヤさん、その調子で勝利へ向けてレッツゴーです!」
「おーおー、負けんじゃねえぜ! せっかくおれさまが手伝ってやったんだからよ!」

 ノドカにソウスケ、サヤ達みんな……賑やかな明るい応援を投げ掛けて来て、大きな声で励ましてくれて……。その声が、自分の緊張を柔らかくほぐしてくれる、仲間の声援はこんなにも良いものなんだな、と文字通り身に染みてくる。

「お主ともあろうものが先手を取られるとはな、ルーク。それ程次世代の若者達が強いということか」
「アンタからしたら次々世代じゃないグレン。……まあそうね、なかなかやるじゃないあの子も」
「うむ、感嘆に値する。其の研鑽実に見事なり」
「いやねえ本当に、お見事すぎてわたくし偶然を疑ってしまいますわ」

 そして四天王達もそれぞれの所感を簡潔に述べ、ルークはその言葉を背に受け微笑みながら次のモンスターボールへと手を伸ばした。

「さあてジュンヤ君、次はこうは行かないぜ。わりいがぼくのポケモンはみんなすげえ強いからな!」

 続けて掲げた紅白球が、勢い良く広い戦場の中心へ投擲された。紅い閃光が空を裂くように駆け抜けて、地上に大きな丸みを帯びた影を象っていく。

「その力で大地を震わせ敵を討て! 来い、次は君だガマゲロゲ!」

 巨影がその豪腕を薙ぐとまとわりついていた光が晴れて、現れたのは巨躯を誇る蟇。青い湿った皮膚に覆われた全身には無数のコブが隆起していて、逞しい四肢で力強く大地を踏みしめこの闘いに心踊らせているかのように、不敵に口元を歪めて嗤っている。

「……ありがとうファイアロー、よく頑張ってくれたな。いったん戻って休んでくれ!」

 対するジュンヤも紅白球を掲げると、抑え切れない熱を溢れさせながら羽撃たく紅隼が迸る閃光に飲み込まれ、姿は影と掻き消えた。

「あれ、せっかく木の実を食べたのにジュンヤ戻しちゃうの? それに、ルークさんはなんでゼブライカを出さなかったんだろ?」
「決まってんだろ、速いだけで勝てる程甘くはねえ。耐えられて掴まっちまえばそれで終わりだ」
「レンジの言う通りさ。それにゼブライカを繰り出せばドサイドンが出てくる、確実に交代戦で後手に回ってしまうからだよ」

 続けて現れた蟇を確認した瞬間に、ジュンヤは冷静に判断を下した。ファイアローも納得して頷いた、疲労も蓄積していておまけに相性が悪いのだ、と。
 せっかく木の実を食べて速度を上げたのに勿体ない。ノドカは思わず首を傾げるが……彼らの言う通り、突っ張ったところで勝敗は見えている。ならば目先の利益ではなく後の展開を考慮して動く、フルバトルでは特に重大な要因だ。

「そっか、でもガマゲロゲなら……」
「はい、ファイアローだけじゃなく、後続への牽制も出来るってことですね……!」

 対峙する蟇を見て思索を巡らせる。セオリー通りならくさタイプのゴーゴートで攻めるべきだが……彼が見え透いた欠点を埋めて来ないわけがない。恐らく誘っているのだろう、ならば自分が次に出すポケモンは……。

「よし、次はお前に任せたぞ、シャワーズ!」

 続けて現れたのはヒレのような長い耳、首元に襟を巻いて長い尾びれを携えた水獣。彼は可愛らしい澄んだ鳴き声を響かせると、軽やかに戦場に舞い降りた。

「へ、良い読みをしてるな君は、耐久に秀でたそいつで来たか」
「ゴーゴートはすごい有利なのに、ジュンヤはどうして……あっ、そっか!」
「ああ、ジュンヤは警戒しているのだろうね……彼らしい判断だよ」

 相手はみずとじめんの複合タイプだ、くさタイプのゴーゴートならば有利に戦える。眉を潜めるツルギの隣で首を傾げたノドカだが、先程のやり取りで理解出来た。リンドのみ……くさタイプの攻撃の威力を半減する木の実を警戒したのだと。
 対峙する蟇と水獣……二匹の双眸は波濤のように飛沫を散らし、対敵を飲み込まんと荒々しく渦巻いていた。先日の戦いではガマゲロゲに軍配が上がったが……此度勝利を掴み取るのはどちらになるのか。

「良いぜ、真正面からぶっ倒してやるぜ。ガマゲロゲ……だいちのちから!」

 ガマゲロゲは両腕のコブを振動させることにより威力が底上げされた拳を振り下ろし、力強く戦場を叩き付けると大地が忽ちひび割れ亀裂が戦場を裂くように駆け抜ける。そして地裂の狭間でエネルギーが紅く蠢いて、地の底に眠っていた力が迸ると熱く空を焼くように噴き上げる。

「そうはいかない。シャワーズ、れいとうビームで迎え撃て!」

 灼熱の飛沫を撒き上げながら眼前に迫り来る地裂を前に、シャワーズは冷静に身構える。主の指示を仰ぐと口元に冷気を蓄えて、光線として解き放った。凍て付く冷気は大地を走る亀裂を瞬く間に塞ぎ、そのまま無数の氷柱を突き立てながら重々しく構える蟇へ迫っていく。

「だったらこいつはどうかな? 攻め時だガマゲロゲ、れいとうパンチ!」

 シャワーズの冷気を上回る凍拳が氷を粉砕するように強く叩き付けられ、空中に陽光を反射した雪の結晶がきらきらと舞い散った。蟇は露払いを済ませると待ちわびてコブを震わせながら大地を蹴り、その巨体に似合わぬ速さで眼前に躍り出ると凍気を纏った鉄槌を振り下ろした。

「……っ、速い。下がってくれシャワーズ!」
「わりいがそうは問屋が下ろさんさ! ぼくのガマゲロゲを侮らないことだ!」

 侮っているわけではない、しかし“とける”を使っては凍らされてしまい逆効果だ。恐らく間に合わないだろう……それでも叫ばずにはいられなかった。
 目と鼻の先に迫る剛腕、咄嗟に飛び退るが瞬発力に欠けるシャワーズでは既に手遅れだ。距離を開くより速く頬に拳が叩き付けられてしまい……。

「まだだシャワーズ、ハイドロポンプ!」

 衝撃で一直線に吹き飛ばされる水獣だが、その体勢のまま体内に蓄えた激流を解き放ち、追撃を構えていた蟇が忽ち逆巻く波濤に飲み込まれてしまう。
 一矢報いた。こおりタイプの攻撃は効果がいまひとつ、難なく着地して未だ口元に余裕を湛えるシャワーズとは対称的にガマゲロゲは眉間に皺を寄せて、「いや、これで良いガマゲロゲ」……ルークは不敵な笑みを浮かべていた。

「今だガマゲロゲ、だいちのちから!」
「何度やっても同じです! シャワーズ、れいとうビームで封じるんだ!」

 暫時睨み合う二人と二匹……先に動き出したのはガマゲロゲだ。コブを震わせて振動で威力を底上げした拳が大地を穿ち、忽ち走る亀裂から噴き出した迸るエネルギーが沸々と滾り眼前へ迫ってくる。
 だが既に見て対処した技だ、そう易々とは食らわない。口元に渦巻く冷気を湛えて、解き放とうとしたその瞬間に……身体を駆け抜ける焼くような痛みに姿勢を僅かに崩してしまった。

「なっ……どうしたんだシャワーズ!?」

 すぐさま立て直したものの、軌道が逸れてしまった。明後日の方向に放たれた凍気は空虚に氷柱を突き立てて、足元まで至った亀裂から飛沫を散らし噴き出した大地の力が水獣の身体を容赦無く穿つ。

「な、なになに!? 今なにが起こったの!?」
「……まずい、あれはまさか。だがジュンヤが持たせている道具は……!」

 思わずよろけてしまいながらも再び大地を踏み締めて立ち尽くすシャワーズ、しかしその眉間は痛みに皺を刻んでいて……。

「くっ、どく状態になるなんて。そうか、あのガマゲロゲの特性は……ということは!」

 狼狽を露にするノドカと、頭の中で推測をまとめて手に汗を握るソウスケ。二人の声を受けながら戦場を一望する少年は、その特性を理解しているからこそ誰より冷静に、しかし必死になって次に来るであろう一手を想定して頭を働かせる。

「さっすが、察しが良いな。そう、こいつの特性は“どくしゅ”、そのシャワーズをぶん殴った時に毒を浴びせたのさ」

 ガマゲロゲの特性は二つある。一つはすいすい、そしてもう一つが……“どくしゅ”、直接攻撃を食らわせた時にに相手をどく状態に出来る特性だ。つまり……先程のれいとうパンチの際に、体線から滲み出す毒によってどく状態に侵されてしまったのだ。

「もうどくじゃないなら毒の回りは遅い、だけど……」
「ああ、放っておけば確実に体力を削られる。どうする、このまま向かってくるのか、それとも尻尾を巻いて逃げ出すかい?」
「……く、ここは交替するしかないか」

 ルークの言葉に、苦渋を呟いたジュンヤだが、シャワーズは首を横に降って否定する。まだ闘える、此処で以前土を付けられた借りを返して蟇を下すのだと。

「……ああ、分かった、信じるよ。必ず機会を見つけ出す、だから今は攻めるぞシャワーズ!」

 彼の言動を見るに、毒を戦術に織り込んでいるのだろう。ということはあの技を覚えているかもしれない、……下手に隙を見せれば一撃で倒される。

「攻め立てるぞシャワーズ、ハイドロポンプ!」
「焦燥は禁物だぜジュンヤくん、れいとうパンチで受け止めろ!」

 大地を殴り付けて突き出した氷柱が激流を拡散させ、なお逆巻く激流は氷壁を破砕して蟇を飲み込むが、「続けてだいちのちから!」彼は飛沫に飲まれるのも厭わず腕を振り上げ足元を穿ち、走る亀裂は戦場を割るように駆け抜けていく。

「……っ、まずい、シャワーズ!」

 慌てて波涛を中断するが最早冷気で封じるのは間に合わない、ならば次の行動は決まっている。晴れ渡る空を仰いだシャワーズは瞼を伏せて彼方へ想いを馳せて……大地から噴き出す灼熱のエネルギーに飲み込まれていった。

「くっ……なんて威力だ、相当鍛えられてる。大丈夫かシャワーズ!」

 地割れから溢れ出す身を裂くような凄まじい力に、小柄な身体が忽ち焼かれてしまい……噴出に吹き飛ばされたシャワーズは、山なりの軌道を描くと目を見開いて傷を払うように首を振り、痛みの中で辛うじて大地を着いた。
 ジュンヤの言葉に、彼はかなり消耗しているにも関わらず振り返り気丈に頷いてみせる。まだ闘える、此処で終わるわけにいかない……勝って、決戦に臨む為に。

「……そうか、お前もそうだもんな、シャワーズ」

 ……まだイーブイだった頃に、自分は“運悪く”オルビス団に狙われ捕まってしまい……辛うじて逃げ出して、ジュンヤに助けられてからは、彼らと共に強くなろうと歩み続けてきた。
 未だにかつて味わった恐怖は心の底にこびりついていて……それでも時は待つことなく、彼らとの決戦はすぐそこに迫っている。ならば戦うしかない。オルビス団との因縁に決着をつけて……過去を洗い流して、その先の未来へ進みたいから。
 だから……。

「ああ、分かってるさシャワーズ、こんなところで負けるわけにはいかないんだ」
「良い目をするなジュンヤくん、シャワーズ! だが生憎ぼくは手加減してやる程甘くはねえ、攻め立てるぜガマゲロゲ!」
「来るぞシャワーズ、れいとうビームで氷壁をつくるんだ!」

 一跳びで眼前に躍り出るガマゲロゲ。だがただで近付かせるわけにはいかない、噴き出した凍気は光線となって一帯を薙ぎ、その軌跡からは無数の氷柱が対敵を遮るように突き上げる。

「しゃらくせえ、そんな硝子の盾なんざ真正面からぶっ壊す! ばくおんぱ!」

 だが彼らはそんなものを意にも介さず高らかに笑い、ガマゲロゲの全身に備えたコブが一斉に振動を始めると、共振で生じた超振動によって一斉に氷柱が崩壊を始めてしまう。

「……っ、三つ目の技はばくおんぱか。だけどそれくらいは想定内さ、ハイドロポンプ!」

 忽ち割れていく立ち並ぶ氷壁、だがこれで無防備な身体が露になった。破片と結晶が舞い散る中、噴き出した激流が空中で構える蟇を飲み込むが……波濤の中に叫びが轟いた。

「まだ倒れないのかよ……!」
「どうした……その程度で倒せるなんて思わねえことだぜ。攻め込むぞガマゲロゲ、れいとうパンチ!」
「しまっ……!? まずいシャワーズ、避けてくれ!」

 だが……シャワーズの速さでは間に合わない。願いも虚しく鳩尾に掬い上げるように拳がめり込み、そのまま空高くへと打ち上げられてしまった。
 空中で身動きが取れずに睨み付けるシャワーズを仰いでガマゲロゲは不敵に笑い……そのコブからは糸を引くように毒液が滴り落ちていて。

「さあ、これで終わらせてやるよ! ガマゲロゲ、ベノムショック!」
「……っ、この攻撃を食らったら! シャワーズ!?」

 全身のコブから放たれる無数の毒液の弾丸が小柄なシャワーズの身体を鋭く撃ち抜き……更にその着弾に反応して、先程侵されてしまった体内に巡る毒が活性化していく。

「……そうか、どくしゅはこの為に!」
「どういうこと……?」
「ベノムショックは、どく状態の相手に浴びせれば威力が倍になるからな。初めからそれが狙いだったのだろう」
「そんな!? 今のシャワーズがそんなのを食らったら……!」

 頼む、届いてくれ……!
 爆風が砂塵を巻き上げ戦場を霞ませ覆い隠してしまう。閉ざされて行く視界、二匹の姿が影に消えて……地上に何かが激突した。
 ……静寂が戦場を包み込む。やがて晴れ行く景色の中で其処に立っていたのは蟇の巨躯だけであり……水獣は地に臥し倒れていた。
 だが、グレンが厳しく見守る中で、シャワーズは大地を強く踏み締めて歯を食い縛り、必死になって立ち上がった。
 その口元からは頬張っていたオボンのみの果汁が溢れ……活力を取り戻した彼は凛と佇み退治する蟇を睨み付ける。

「まさかまだ立ち上がるなんてな。……ったく、抜け目ねえな、あの時か!」
「ええ、あなたがベノムショックで決めに来るのは読めてました。だからオレは既にねがいごとを発動していたんです」

 そう、先程だいちのちからを受ける直前……この展開を危惧してあらかじめ発動していた。そしてベノムショックを受ける寸前に辛うじて間に合った、願いが届いて傷が癒え、ベノムショックを耐え切ることが出来たのだ。

「これで終わりです……ここで決める! ハイドロポンプ!」
「良いぜ、真正面から受けて立ってやるよ……だいちのちから!」

 残された最大限の力で放った最大の一撃。逆巻く波濤は全てを呑み込む激流となり、大地を深く抉り取りながら突き進んでいく。そして迎え撃つ蟇は全身のコブを振動させて、激しく大気が震える中で全霊の拳を振り下ろした。
 激しく噴き上げる灼熱の飛沫が空を紅く焼き焦がし、波濤と大地の力が戦場の中心でぶつかり合う。凄まじい熱気と荒れ狂う奔流は互いを呑み込まんと鬩ぎ合い……しかし滾る力は突如としてその拮抗を崩してしまい、奔流は熱に耐え切れず忽ち蒸発してしまう。

「なっ、どうして……」
「……甘いぜジュンヤ君。ぼくのガマゲロゲはまだ道具を使っちゃいねえ」

 そして同時に……無慈悲に青年の声が響き渡った。それを聞いた瞬間にジュンヤは眼を見開いて、必死に激流を噴き出すも眼前に迫 る灼熱の飛沫に、今にも飲まれそうなシャワーズが映った。

「なっ、リンドのみじゃ無かったのか!?」
「はは、わりいなジュンヤ君! 君ほどのポケモントレーナーなら確実に警戒してくる、だからその読みを利用させてもらったぜ!」

 彼の足元には赤く熟れた果実の食べ滓が転がっており、……それは体力が減少した際に食べることで特攻が上昇する“ヤタピのみ”、それで能力を上昇させることで波涛を焼き尽くす程の火力を得たのだろう。
 凄まじい勢いで駆け抜ける地割れ、その狭間から激しく迸る大地の力は空すら燃やすが如く噴き上がり、ついにシャワーズに届くとその力で熱く煌々と燃え滾り焼き尽くしていった……。

「……シャワーズ!?」

 あまりに昂る炎と水に、既に臨界点を迎えていたのだろう。抑え切れずに滾る力は直撃と同時に水蒸気爆発を巻き起こし、戦場一帯が全てを呑み込む爆轟に襲われてしまった。

「きゃあっ!? ……あ、ありがとスワンナ……!」
「くっ……すまないヒヒダルマ、助かったよ!」

 観客席まで届く凄まじい膨張により起きた爆発に、応援していたノドカ達は隣で観戦していた相棒達に庇ってもらうが、……その中心に立っていた二匹は蒸気の中に燻っていて。

「……っ、まだ立ち上がるのか!? 無事か、大丈夫かシャワーズ!?」

 巨大な影が煙の中でゆらりと揺れる、それを確認した瞬間に少年は刹那驚嘆を露にし、すぐさま帽子のつばをくっと下げ、未だ見えない己のポケモンを信じて力強く叫んだ。

「……頼むシャワーズ、立ってくれ!」

 だがその声は空虚に戦場に響き渡り……無慈悲な静謐が包み込む。やがて晴れ行く景色の中では激流を仁王立ちをするガマゲロゲの姿があり、シャワーズは瞼を伏せて転がっていて……。

「……へ、流石にガタが来ちまったか。よく闘い抜いてくれたな……お疲れ様、ガマゲロゲ」

 ついに、巨躯を誇る蟇が僅かによろけた。そして痛みに耐え切れないのか覚束無い足取りで数歩進んだ後に膝を折り……天を仰ぐように背中から倒れ込んで、両者は意識を失ってしまった。

「シャワーズ、ガマゲロゲ、共に戦闘不能!」
「……ありがとうシャワーズ。よく頑張ってくれたな、ゆっくり休んでくれ」
「お疲れ様だなガマゲロゲ。こんだけ働いてくれりゃあ御の字だ、後は任せろよ」

 相討つ二匹は持てる全てを出し切り共に果て、戦場は先程までの熱が嘘のように柔い陽光に照らされる。舞い上がる砂埃が煌めく中で労いの賛辞が送られて……真紅の閃光が迸り、戦士は安息の地へと還っていった。

「……ごめんなシャワーズ、無理をさせて」

 握り締めた紅白球を覗き込み、その内で疲労を浮かべながらも見つめてくるポケモンへと謝罪を告げた。
 だが彼は首を横に振る、ジュンヤは正しい判断をした、この闘いに勝つ為に自ら望んで従ったのだ、と。その励ましに胸が痛み、尚更勝たなければ、と強く意識させられてしまう。
 だが今度はシャワーズが、歯を噛み締めながら頭を下げてきた。まるで己の弱さを恥じ入るように、オルビス団との戦いへの不安を募らせるように。だが。

「……大丈夫だよシャワーズ、お前は強い。ガマゲロゲも同時に倒れたんだ、お前が頑張ってくれたからさ」

 オレの言葉を聞いた瞬間に、彼は深い安堵を吐き出した。きっとガマゲロゲが倒れたことにも気が付いていなかったのだろう、今は安心したのか溶けたような気の抜けた顔をしているのだから。

「それに……お前にはオレやゴーゴート、それにみんなが居る。だから……安心して、仲間に後は任せてくれ」

 そして彼は瞼を閉じて眠りに就いた。蓄積した疲労が一気にのし掛かったのだろう、すっかり熟睡してしまっている。

「いやガマゲロゲ、君はよく働いてくれたぜ。ことフルバトルにおいて厄介なシャワーズを沈めてくれたんだからな」

 対するルークも、せっかくミスリードを誘いお膳立てしてくれた主の期待を台無しにしたのではと。しかし。

「問題ない、想定内さ、この程度でぼくらの勝ちは揺るがない。ジュンヤ君達はここぞという時誰にも負けない底力を発揮する、そんなのはツルギ君とのバトルで分かってるから」

 だが、と逡巡するガマゲロゲの迷いを切り捨てるようにルークは強気に笑みを浮かべて。一陣の風が吹き抜けた。金髪が風にはためいて、陽射しに照らされたその顔は確信に輝いて。

「安心しなガマゲロゲ、ぼくらは最強のジムリーダー、頂点に立つ男の生涯の好敵手だ。だから……絶対に勝つ」

 ……その言葉に、ガマゲロゲは安堵と信頼を抱き意識は深く沈んでいった。主の勝利を信じて、共に闘い強くなってきた道程を信じて。

「……まずいね、ジュンヤはここで差を付けなければ厳しい闘いになるぞ」

 これで互いの残されたポケモンはジュンヤが五匹、ルークが四匹。数だけ見ればジュンヤが有利だが……この程度の僅差など容易く巻き返せるものだ。

「……どういうこと、ソウスケ? ジュンヤの方がリードしてるのに」
「ルークさんの手持ちはどれも強力だ、特にエルレイドとバンギラスはね……。序盤に引き離さなければ、一気に押し潰されてしまうだろう」
「そっ、か……」

 バトルフィールドを俯瞰して、二人の様子を見つめるノドカ。ジュンヤは未だ険しい顔で戦場を見つめ、ルークは不敵な笑みを浮かべている。確かに、あまり良い状況ではないのだろう……だが。

「えへへ、だいじょうぶ、ジュンヤは勝つから! だってジュンヤは私にウソをついたことないもん!」
「はは、そうだねノドカ。僕も信じているよ、ジュンヤ達ならば必ず勝てるのだ、と」
「……ありがとうノドカ、ソウスケ」

 そう、あの人は昔から自分に対して一度もウソは言わなかった。どんな困難でも乗り越えて、最後には『大丈夫だよ、ノドカ』と笑ってくれた。だから……ジュンヤは絶対に勝つ。
 その言葉が何より嬉しかった。ノドカの信頼は暖かく胸に染み渡って、彼女がそう言ってくれると何でも出来る気がするから。

「はいはい、見せ付けてくれるねえ、青春じゃないか。いやあ羨ましいぜ、彼女さんが応援してくれる人はなあ!」
「ち、茶化さないでください!」

 怒り気味に叫ぶルークに、思わず恥ずかしくなって叫んでしまう。ノドカだって変な意味で言ったわけではない、純粋に信頼してくれているのだから。
 ……大きく息を吸い込んで、吐き出す。まだ闘いは中盤に差し掛かったばかりだ、後四匹も残されている、ここで気を緩めるわけにはいかない。

「……やるじゃねえか、君のシャワーズ。これでお合子ってこったな」
「この戦いに勝つ為に鍛えたんです。あなたに勝って……大切な約束を果たす為に」
「はっは、なるほど、こりゃ楽しめそうだ。良いねえ、ぼくの予想を越えてくれよ、ジュンヤ君?」
「勿論です、オレ達は勝ってその先に行く」

 握り締めた紅白球を腰に装着し、帽子のつばを下げ戦場を睥睨しながらこの先に待つ展開の予測を立てていく。ルークの残された手持ちはエルレイド、ゼブライカ、ナッシー、そしてバンギラス。手強い相手ばかりだが……必ず勝つ。
 ルークさんの強さは分かっている、彼がどんな思いで闘いに望んでいるのかも。だけど自分は信じている、ノドカや皆がくれる信頼を、自分達が歩んで来た道程を……。皆と願った最強に、一緒ならば辿り着けるのだと。
 長く険しい嶮嶺のような総力戦。しかしかの先に待つ勝利を信じる少年は、帽子をかぶり直して腰に装着している紅白球を握り締めた。

■筆者メッセージ
ノドカ「えへへ、ジュンヤは約束を破ったことが一度もないんだよ〜!」
エクレア「そうなんですか?」
ノドカ「そうそう!ふふ、懐かしいなあ、昔私がどうしても食べたい人気なスイーツを、ジュンヤが『オレが買ってきてあげる』って言ってくれて。一週間後に本当にくれて…」
ソウスケ「ちなみにあれは毎日並んでも買えず、ようやく最後の一個を偶然買えたようだよ。そして高いから祖父に頂いた食費を削っていたそうだ」
ノドカ「えっ…」
サヤ「…ジュンヤさん、苦労、してる、ですね」
ジュンヤ「はは…でもノドカが喜んでくれたんだから、それだけで十分だよオレは」
ソウスケ「その分いつも大変そうだけれどね。分かるかいみんな、僕の気持ちが」
レンジ「その…ドンマイ、この二人と一緒は同情するわ」
せろん ( 2019/08/25(日) 15:27 )