ポケットモンスターインフィニティ
















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第十二章 残された七日
第92話 最後の挑戦、掲げた希望
 夜天に瞬く満天の星空は眩く煌めき、次第に街の灯りが消え始めていくアゲトシティ。しかし……闇に身を委ねるように静まりゆくこの街とは裏腹に響き渡る激しい剣戟が、郊外で周囲を呑み込むように繰り広げられていた。

「ギャラドス、アクアテール!」
「迎え撃つんだゴーゴート、リーフブレード!」

 逆巻く焔の渦に晒されて閉ざされた視界の先では、草山羊が光子と火の粉の舞う中に敢然と立ち尽くしている。だが対する蒼龍は攻撃の手を緩めない、今度は暴れ狂う波涛を帯びた尾を振り下ろし、草山羊は角に翠光を纏わせて迎え撃つ。

「なんてパワーだ、やっぱり力はギャラドスが上なのか……!」

 必死に食い下がって持ち堪えてこそいるものの、均衡はとうに崩れている。一夜で都市を滅ぼすと伝えられる龍の力は凄まじい、ならば……どう切り崩せば良いか。

「っ、もう一度まもるだ!」

 だが考えるよりもまずはこの窮地を越えなければならない。指示を切り替えて展開した光の盾は一瞬朧に揺らいだが、忽ち障壁を展開して水龍の激流を凌ぎ切ってみせた。

「先程の威勢はどうした、防戦一方だな」
「……っ、分かってるさそんなこと!」

 単純な力では、ゴーゴートは手持ちの中だけで見てもドサイドンのような重量級には劣ってしまう。しかし諸々の相性も考慮すれば、自身の手持ちであのバンギラスに対抗出来るポケモンは限られてくる。
 最強の相棒は最後まで温存しなければならない。でなければ……カイリューと並び立つ強大な敵を倒せるかどうか分からないから。

「……それにしても驚いたよツルギ、まさかお前が特訓に付き合ってくれるなんて。ありがとな」
「……お前程度でも、経験値稼ぎにはなるからな」
「な、なんだよ! せっかくお礼を言ったのにそんな言い方しなくても良いだろ!」
「騒がしい、だからお前は鬱陶しいんだ」

 一通り鍛練を終えた後に、疲労を浮かべながらも赤い帽子を脱いで頭を下げたジュンヤに少年は興味なさげに淡々と呟く。それに食って掛かる彼だが、冷徹に切り捨てられてしまう。
 そして用事を済ませると、それ以上何も言わずに帰ってしまうツルギの背を見送ってから、少年は「よし、じゃあ一度みんなを休ませたら……」呟いた。
 ……そう、まだまだ修行は終わらない、最強のジムリーダーに勝つ為の特訓は続いていく。全てはこの世界の永久なる平穏を取り戻す為に。全ては──いつかの約束を果たす為に。



 ──終焉の刻まで、残り三日。



 朝焼けに包まれた曙の空は紫色に霞み、降り注ぐ白陽の光は未だ微睡みの残滓を湛えた瞼を柔く刺す。早朝の冷たい風が頬を撫で、視界一面に広がる戦場は張り詰めた静謐に包まれていた。

「さあて、行くぜジュンヤくん。最強のジムリーダーに挑む準備と覚悟は出来てるよなあ?」

 低く見積もっても通常の倍はあろう、エイヘイ地方にあるジムの中でも最大を誇る巨大なバトルフィールドの果てで青年はからからと気前の良い笑顔を浮かべる。
 緑衣に身を包んだ爽やかな金髪の彼……エイヘイ地方最後にして最強のジムリーダー“ルーク”。チャンピオンであるスタンにも引けを取らないと言われる、大言壮語に見合う実力者であり、加速する終局へ抗う雌伏の勇士達の自他共に認めるリーダー。

「勿論です。この日の為に……あなたに勝って、先へ進む為に万全の準備をしてきましたから」

 対峙するは、赤い帽子を目深に被り、青いジャケットを着た栗色髪の少年。過酷な運命に立ち向かい大切なものを守る為に戦う彼は、約束を果たさんと今此処に立っていた。
 大きく深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせる。緊張に震える指先を抑え、戦場を確かに見据えた彼は……腰に装着された紅白球に手を伸ばし、帽子のつばをくっと下げると腰を落として低く構えた。

「さあ行くぜ、このバトルで全てをぶつけてやる。ぼくの本気に着いてこいジュンヤ君、勝ちを譲るつもりはないけどな!」
「いいえ、オレはあなた達を越えさせてもらいます、ルークさん。あなたに勝って……その先へ行く為に!」

 決意を固めて対峙する強敵を見据えるジュンヤに、年甲斐もなく気炎を剥き出しに迎え撃つルーク。

「うっわー……あいつ大はしゃぎね。挑戦者を試すジム戦ってこと覚えてんのかしら」
「ふ、やはり奴とてポケモントレーナー。闘志未だ衰えず、自分も共感するばかりだ」
「あらあら、皆様揃ってはしたないこと。年長者が手本を見せてあげないといけないわねえ、ねえグレン?」
「……黙らんか。闘いが間も無く始まる」

 観客席から二人の総力戦を見守る四天王の三人と、審判を務めている四天の将グレン。そんなリーダーの大人気ない様子に、少しばかり引け腰になるハナダに対して、皆がそれぞれの反応を返す。だが少し前に年甲斐も無く少年と本気でぶつかり合ったグレンは、決まりが悪そうに鼻を鳴らして顔を逸らしていた。

「ついに最後のジム戦だね〜スワンナ。前にルークさんとバトルとした時はジュンヤは負けちゃったみたいだけど……」
「ああ、今の彼らなら勝てるさ。この為に頑張っていたのだから、なあヒヒダルマ」

 同様に観客席から見守るノドカ達。彼女は幼馴染みのことを信じてはいるが緊張しながら向き合って、対称的にソウスケは親友の勝利を疑わずに見つめている。

「ま、勝ってもらわなきゃおれが困るぜ。せっかく特訓に付き合ってやったんだからな」
「レンジさんが心配しなくても、ジュンヤさんなら行けますよきっと……!」
「はい、だいじょうぶ、です。ファイトです」

 そしてレンジ達も固唾を呑んで見守っていて、腕を組み座っているツルギは何も言わずに闘いを眺めていた。

「は、このぼくらを前によくも言えたもんだぜ。良いぜ、潰し甲斐がありそうだ! 行け、ぼくの最速の鏑矢……ファイアロー!」
「悪いけど、オレ達だって強くなったんです。ノドカやみんなが観てくれるんだ、絶対に負けない! 相手がファイアローならこっちだって……先鋒はお前に任せたぞ、来てくれファイアロー!」

 広大なフィールドの中心へ向かって投擲された二つのモンスターボールは山なりの軌跡を描いて飛び、白く染まり始めた空を背に境界から二つに割れる。
 紅い閃光が迸り、二匹のポケモンが光を払い解き放たれる。甲高い猛禽の声が暁天に晴れやかな二重奏を響かせ……現れたのは力強く羽撃たく疾風の翼、尾羽は扇のように広がり、灰色の腹部には火の粉模様が散らばった真紅の隼ファイアロー。
 対峙する二匹の猛禽は、その双眸に映った互いの姿を確認しながらいつかの出会いに想いを馳せた。

「……懐かしいですね、まだオレのファイアローがヤヤコマだった頃に、はやてのつばさを教えてもらいました」
「懐かしいぜ、あったなそんなことも。あの頃から本当に強くなった、立派に成長したらしいな」
「はい、ルークさんのおかげで覚えたはやてのつばさには何度も助けられました。本当に……ありがとうございます」

 以前……ヤヤコマだった頃はまだ持て余していたはやてのつばさを彼らのおかげで修得し、その経験があったからこそファイアローへと進化を遂げて完全にものにすることが出来た。
 だからルークさん達には感謝している。かつてオレ達を導いてくれた彼らとこうして向かい合う日が訪れるなど、昔は考えたことも無かったが……。

「ああ、分かってるさ。今度こそ勝とうファイアロー」

 だからと言って恩義で勝負を譲るつもりは決して無い。睨み合う猛禽はその闘志を熱く滾らせて、噴き上げる烈火と共に戦いの火蓋は切られた。

「さあ早速行くぜ、ブレイブバード!」
「迎え撃つんだファイアロー、ブレイブバード!」

 二匹が同時に空を駆る。一陣の風が吹き抜けた次の瞬間には既に遥か上空へと舞い躍り、二羽の猛禽は対敵の背を射抜かんと縦横無尽に飛翔していた。
 だが最速を賭けた超高速の鬩ぎ合いは、次第にその均衡を崩し始めてしまう。

「……っ、なんてスピードだ。長引けば長引く程不利になる」
「ぼくのファイアローは世界最速、最早誰も追い付けやしねえのさ!」

 ファイアローはお腹の炎袋の火力が強まる程速さを増すが、ルークのファイアローの加速は著しい。流石は最強を謳うジムリーダー、一筋縄ではいかないようだ。
 電光石火、疾風のごとく風を切る世界最速……“はやてのつばさ”に偽りは無く、追い抜けるとすれば神速くらいのものだろう。
 初めは僅かだった差が次第に広がり、背を追って来る紅隼を嘲笑うように旋回して背後に回り込んだ猛禽は、ついに翼を折り畳んで攻撃体勢へと移った。

「さあ、この一撃を受けてみなジュンヤ君! ブレイブバード!」
「受け止めるんだ、はがねのつばさ!」

 その嘴が背中に迫り、間も無く背中を穿たんと風を切り裂いたその瞬間に、空中で身を翻して振り返ると鋼質化させた両翼を突き出した。超高速で追跡する一矢とそれを防がんと構えられた盾、目にも留まらぬ疾風の一撃が激突すると甲高い金属音を鳴らして火花が弾けた。
 押しも押されもせぬ鍔迫り合い、 盾を貫かんと矢が進むが、激しく鎬を削って鬩ぎ合う。このままでは埒があかない……悟ったルークは口元に笑顔を湛えて、声高らかに空へ叫んだ。

「やるね、ぼくのファイアローの大技をうけとめるたあ流石のパワーだ。だが……ぼくらの道を開けてもらう、つばめがえし!」

 僅かな拮抗は、しかし容易く終わりを告げる。ファイアローはすぐさま指示を切り替えると対峙する紅隼の鋼翼へ素早い蹴り上げを何度も叩き込み、次第に防御が綻び始めてしまう。そして怒涛の蹴撃を前に、ついに体勢を崩してしまい……。

「さあ、そいつを焼き鳥にしてやるぜ! 燃やし尽くせファイアロー、だいもんじ!」

 嘴を砲口のごとくに開け放つと、湛えた渦巻く緋炎が大の字を描くように放射状に放たれた。体勢を崩していては回避も僅かに間に合わないだろう、だが……対峙する猛禽にはそんな考えは微塵も無い。

「ああ、お前の気持ちは分かってるよファイアロー。そうはいきません……迎え撃つんだ、オーバーヒート!」

 全身から猛る焔が噴き出して、陽炎揺らめく中一点へ集束していく真紅は、全てを灰燼へ還す灼熱の極大光線となって解き放たれた。

「おいおい、正面突破たあ負けず嫌いだな。そういうのぼくは嫌いじゃないぜ』

 爆炎に呑まれていく相棒を仰ぎ、素直に感嘆を零しながらルークは心からの笑みを浮かべる。
 後先のことを考えていないわけではない、だがポケモンの意思を尊重しつつ勝つのは誰にでも出来ることじゃあない。それでも迷わずポケモンの心を優先した、彼らは……良い関係を築けているのだと窺わされる。

「いけいけ、焼き鳥返ししちゃってください!」
「元からやきとり……です」
「……あ、そっか! ほのおとひこうだもんね!」
「ふふ、当たらずも遠からず、と言ったですね!」
「こらそこ、怒るからな!」

 観戦しながらよく分からない話題で盛り上がっている女子三人組に、レンジとソウスケも思わず笑いを零していると言い出しっぺのルークに怒られてしまった。彼らは焦りを露に目を見開いて、

「えへへ、怒られちゃったねツルギくん」
「ツルギ、ダメ、ですよ?」
「……鬱陶しい」

 何故か連帯責任を押し付けるように笑い掛けるノドカとサヤだが、臙脂の上着を羽織った少年は興味なさげに一蹴する。しかし二人はそんな態度を気にしないかのように楽しそうに微笑み合っていて……彼は小さくため息を吐いた。

「……だが悪いなジュンヤ君、ほのおは効果は今一つ、この程度痛くねえぜ。突き進めファイアロー!」
「オレだってそんなことは分かっています! 迎え撃つんだファイアロー!」
「……は、なるほどな、乗せられたわけだ!」

 どれ程強力な攻撃であろうが、当たらなければ意味がない。ルークのファイアローはこちらのファイアローの速度を容易く上回っている、そんなことは理解している。それでも……熱線に呑まれ動けずにいた紅隼と、その反動を生かして距離を開けた猛禽が鋭い双眸を燃やしながら向かい合った。
 これでようやく対面できた、真正面から迎え撃つ。

「ブレイブバード!」

 二人が同時に高く叫んだ。疾風のごとき超高速の軌跡が交差する。速度に秀でたルークの隼が衝突の衝撃に耐え切れず体勢を崩して落下してしまい……猛禽がその背を貫かんと追い掛けた瞬間に、対敵の影が掻き消えた。

「なっ、速い……かげぶんしんか!」
「やっぱ君の知識は流石だな、育て屋の息子だけあるよ」

 見上げれば、紅隼は眩く照らす白光を背に広げた大翼を折り畳み……既に一矢は引き絞られてしまっていた。

「今だファイアロー、ブレイブバード!」

 瞬く程の暇も無く空色の宝石が砕け散った。それはひこうのジュエル……一度だけひこうタイプの技の威力を上げる持ち物。
 無防備な背中へ超高速の紅蓮の矢が突き刺さり……その威力は凄まじい、白線の引かれた広大な戦場へ向けて真っ逆さまに叩き付けられてしまう。

「……っ、大丈夫かファイアロー!?」
「読めてたろジュンヤ君、ぼくがひこうのジュエルを持たせてたこと。だが対処出来なきゃ意味がねえ」
「お願いファイアロー、がんばって……!」

 ノドカが祈るように手を組んで、瞼を伏せて力強く呟く。
 腹から地上に激突して、翼をもがれたように地に臥す隼に叫ぶ赤い帽子の少年。それを見下ろし愉しそうに呼び掛ける金髪の青年。
 だが……少年は分かっている、その隼が此処で終わるような潔さを持ち合わせては居ないのだと。今までもそうだった、彼の意地っ張りな諦めの悪さを信じているから。

「……良かった、まだ……闘えるみたいだな」

 必死に地面へ翼を押し付けて、一転して優位に立ったルークとファイアローを仰ぎ不敵に笑う真紅の隼。主へ振り返り、その眼で力強く訴える、“此処からが本当の勝負だ”と。

「分かってるさ、まだやれる。ここで引き下がるなんて……負けっぱなしでなんて終われない!」

 そうだ、こんなところでは終われない。あのファイアローは憧れだった、まだ世界の広さも進化も知らない自分に未知の速度の世界を教えてくれて、誰よりも先を行く疾風の速度には密かにある気持ちが芽生えていた。
 ……ずっとその背中を追い掛けて。いつか、憧れたあの背に追い付いて……その先へと羽ばたきたい。憧れた翼が目の前にあるのだ、だから……決して負けられない。

「……ああ、絶対に勝とうファイアロー」

 いじっぱりな性格のファイアローだ、そう簡単に負けるやつじゃないことは誰より自分が分かっている。それに……。

「あのファイアロー、ここで倒さなきゃかなりの負担になる」

 もし終盤まで温存されてしまえば、消耗したポケモン達を立て続けに倒されてしまう。
 ルークさん自身も負けず嫌いだ、同じファイアロー同士の闘いを制するつもりなのだろう……この絶好の機会を逃すわけにはいかない、ここで倒す、ここで勝つ!

「へっ、まだ倒れてねえのかよ。流石のド根性だな君達は」
「戦いはここからです。十分に勝ち目はある、お前のいじっぱりな諦めの悪さを信じてるから!」
「追い詰められてよく言えたもんだ、その根性だけは認めてやるよ。だが……悪いけどぼくは手を緩めんぜ!」

 辛うじて……首の皮一枚で繋がった。必死で身体を持ち上げた広げた彼は地を蹴り空へ昇り、数度羽撃たいて体勢を立て直すと、遠く上空から見下ろしてくる紅隼へ鋭く熱を帯びた双眸で睨み付けた。
 プライドを賭けた同じ“ファイアロー”同士の戦いであり……抱いた憧憬を越えたいという秘めたる想い。そしてなにより、共に闘う相棒の為に勝ちたい。彼が勝ってその先へ行く為に、己も出来る最大限で勝利を奪い取る。

「追い詰められてからがジュンヤ君の領域だ、油断するなよ。行くぜファイアロー、だいもんじ!」

 彼のファイアローはまだ持ち物を温存している、下手に接近戦に持ち込んでは足を掬われかねない……ここぞという時に持ち物を使って逆転するのが彼のスタイルだ、それは彼を見てきたからよく分かっている。
 先に接近すれば確実に後手に回ってしまうだろう。後一撃叩き込めばそれで終わる……遠距離から放った火炎は放射状に拡散して標的目掛け突き進む。

「行くぞ、ここからがお前のバトルだ。ブレイブバードだファイアロー!」

 幾条もの焔が己を焼き尽くさんと迫り来る。だが……超高速で空を駆ける勇猛な隼を捉えるにはあまりに遅すぎた。
 音を抜き去る程の超高速が真紅の軌跡を描いて縦横無尽に間隙を縫い、瞬く刹那には既に眼前へ。

「……っ、ここに来てスピードが一気に増してやがる! ファイアローは炎袋の熱量に応じて速度が上がる、分かっちゃいるが露骨すぎんだろ!」
「オレのファイアローは負けず嫌いですからね。追い詰められれば追い詰められる程燃えるんです!」

 急激な速度の上昇に、反応が僅かに遅れてしまった。咄嗟に身体を逸らすが間に合わずジュンヤのファイアローに胸を穿たれ、衝撃で宙へ投げ出されてしまう。

「続けて行きます、ルークさん! ファイアロー、ブレイブバード!」
「良いぜ、スピード勝負と行こうぜジュンヤくん! ブレイブバードだファイアロー!」

 どこまでも高く舞い上がる二匹の隼。縦横無尽に空を駆け巡り、先を行くルークのファイアローとそれを追うジュンヤのファイアロー。双炎の軌跡は最早残滓を追うのが精一杯であり、それでも二人は取り残されることなく指示を飛ばしていく。

「オーバーヒートだファイアロー!」
「甘いぜジュンヤ君、だいもんじ!」

 咄嗟に光条が停止して空を焼き尽くす灼熱の焔。極熱光線と五条の火炎は空中で激しく鬩ぎ合う果てにどちらともなく爆発し、黒煙吹き荒ぶ中で再び二匹が飛翔する。

「捉えた……ファイアロー!」

 ついにその背に追い付いた、先を行く紅隼の尾に迫る彼は急加速をして敵を穿つ。だが……。

「わりいなジュンヤ君、かげぶんしんだ」

 手応えも無くその影が掻き消えた。完全に先手を打たれていた、振り返った時には既に疾風の一矢は弾き出されていて……。

「ああ、あぶないっ! 避けてファイアロー!」
「おいおい、やべえだろこれ!」

 思わずノドカやレンジが叫ぶ、まさか負けてしまうのか、と。そして隣で見守っていた少年達へ目を向ければ……。

「いや、この程度の窮地はジュンヤにとって想定内だろうさ。ファイアローの速度は炎袋の熱により上がる、それに……」
「ああ、奴は勝つ。まだ道具を温存しているからな」
「……とにかく、ジュンヤとファイアローはがんばってるんだね!」
「そうなるな」

 信頼を前面に押し出して、自身の最大のライバルは必ず勝てると確信して安心して見守っているソウスケ。そして、全霊でぶつかり合ったからこそ誰よりも的確にジュンヤの実力を把握しているツルギは平静を崩さずに戦局を俯瞰している。
 
「……この時を待っていたんだ。今だ、木の実を使ってくれ!」

 既に勝利を確信したジュンヤのファイアローは、背後に迫りその嘴で尾を掠める真紅の隼を振り返ることは無い。迷い無くここまで温存していた木の実を頬張った……その瞬間、彼の姿は音を置き去りに風に溶けていった。

「……そうか、“やっぱり”君が持たせていたのは……!」

 地面に緑色の房が僅かに残った果実の種子が落下して、青年が悔しそうに歯を噛み締めた。そう、それは体力が少ない時に頬張ることで素早さを格段に上昇させる木の実……カムラのみだ。
 ここまで彼は持ち物を温存していた。彼の性格だ、僅か一瞬の隙を狙っており、何らかの手段を用意していたことは推測していた。だが……それでも退かずに相手を打ち倒さんと押し切ろうとしたことに、我ながら苦笑を零してしまう。やれやれ……本当に、ぼくも負けず嫌いだな。

「最初から決めていました、このバトル……オレのファイアローで、あなたのファイアローを倒すって!」
「だろうな、対面を意識してなきゃカムラのみなんて持たせねえ……!」

 ルークのファイアローはジュンヤのファイアローに比べて速度では勝っているが、体力、攻撃力では遅れを取ってしまっている。ならば……速度さえ追い付ければ勝機は十分に掴み取れる。
 まさに一瞬、閃光となって大空へ高く飛翔した真紅の隼は、眩く照らす太陽を背に紅蓮の翼を羽撃たかせていた。

「イケるイケる、決めちゃえジュンヤ、ファイアロー!」
「これで決めるぞ……誰も追い付けやしない、勝つのはオレ達だ! ファイアロー、ブレイブバード!」

 そして音よりも速く弾き出された、全てを置き去りにする最速の一矢は対峙する猛禽を射貫いて……直後に盛大な破裂音が空を震わせ、凄まじい衝撃がその鳩尾を突き穿ち戦場の果てまで吹き飛ばされた。
 慣性に任せて直線の起動を描くルークのファイアロー。彼には既に抗うだけの余力は無い、壁面に背中から叩き付けられると力無く地に墜ち地面に伸びて、……満足そうな笑みを浮かべながら、穏やかに瞼を伏せた。

「……強くなったなジュンヤ君。君も、君のヤヤコマも」
「……ルークのファイアロー、戦闘不能!」
「……よし、勝ったんだ。やったなファイアロー!」

 ルークが、感慨深さに染み入るように呟く。
 審判のグレンが声高く叫び、憧れた真紅の翼を追い越したジュンヤのファイアローは喜びに声をあげそうになるが、必死に堪えて主を振り返った。

「……そうだな、喜びはこのバトルに勝つまで取っておこう。まだ勝負は始まったばかりだもんな」

 そう、これは長く険しいフルバトル。此処から戦局がどう転ぶのか分からない、まだ気を引き締めなければならない。この先の戦いを思った紅隼は今は勝利の雄叫びは胸に秘め、気を引き締めて戦場に向き直った。

「……しかたねえさファイアロー、君はよく戦ってくれた。後は任せな、必ず勝つから」

 敗北し、抑え切れない喜びを溢れさせながらも申し訳なさそうに見上げてくるファイアローを見下ろしたルークは穏やかに微笑みかける。相手は此方の対策をしてきていたんだ、それに戦局を見極めきれなかった自分にも非があるのだと。

「ありがとな、ゆっくり休めよぼくのファイアロー」

 迸る赤い閃光が優しく闘いを終えた戦士を包み込み、安息の地へと呼び戻す。手のひらに握り締めたモンスターボールを目を細めながら見つめた青年は、腰に装着すると対峙する少年へ声を掛けた。

「は、やるじゃねえかジュンヤ君。まさかこのぼくのファイアローがいきなり負けるとは思わなかったぜ」
「そう言ってもらえて良かったです、あなたのファイアローをどうすれば倒せるか必死に考えましたから!」
「ああ、ぼくの性格も考慮した君達らしい対策だったぜ。流石だな、あの時はやてのつばさを教えたぼくとファイアローの目に狂いは無かった」

 遠い過去を懐かしんで微笑む青年ルーク。その脳裏には出会ったばかりのまだ弱く至らぬ少年の姿が過り……よく此処まで強くなれたものだ、と彼の歩んだ過酷な道程と、それを乗り越えられた強さを実感させられ感嘆してしまう。
 ……彼らは、ジュンヤくん達は強い。最強の親友が未来を託した“可能性”は伊達ではない。己の弱さと向き合って、運命を掴み取る為に強い想いで此処に立っているのだ……生半可な覚悟では無いことは理解している。
 だが……此方とて勝ちを譲るつもりは無い。此処で負けるようならヴィクトルになど勝てやしない、誰より大切な親友の命を奪った悪逆の首魁を倒してこの戦いを終わらせる為に、……志し半ばで果てた親友の無念をこの手で晴らす為に。

「……本当に強くなったよ君達は。だけどぼくらだって強くなってる、日々進化してるんだぜ……なあ、スタン」

 彼とその相棒カイリューは最期に己の為に闘って、文字通り手の届かぬ遠き彼方へ旅立ってしまった。
 瞼を伏せて想いを馳せる。未だ瞳に鮮明に焼き付き、目の前に立ちはだかり続けるのは……すっかり遠くなった親友の背中。いつの間にか追い越されてしまい、最後には敗北を喫してしまった最強のライバル、世界という重すぎる荷物を背負って孤独を抱え戦っていたチャンピオンのスタン。

「なあ、ジュンヤ君。君があのにやけ野郎……レイを大切に思うように、ボクにとってはスタンは誰よりも大切な親友だった」
「……ルークさん」
「だから何が言いてえかっつーとよ、……絶対に負けないぜ。ぼくは誰よりも強くなる、そして親友の無念を晴らしてみせる」
「分かりました、……ですがオレだって負けません。オレは約束したんです、だから……大切なものを守る為の力で前に進みます」

 互いに譲れぬ闘いがある。道を譲れぬ願いがある。此処で勝利を掴めなければ、悪の根元はおろかその幹にすら届かないだろう。
 未だ拭えぬ親友を奪った悪への憤怒を湛えて戦場に臨む青年の目に映るのは、今目の前にある景色と彼方に置き去りの親友の姿。大切なものを守る為……変わらぬ願いを掲げて立ち向かう少年の瞳は、仲間達と交わした約束を秘めて瞬いて。
 異なる想いを胸に、同じ未来を目指して向かい合う彼らは、闘いの果てに何を見るのか。長く険しい総力戦、幼馴染みやこの旅で出会った仲間達が見守る中で、鎬を削り合う一進一退の攻防が展開していく──。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「ついに最後のジム戦だ……絶対に勝つぞ!」
ソウスケ「しかし……ルークさんはあれだけチャンピオンと互角と謳っておきながら、いつのまにやら追い越されていたとはね」
ジュンヤ「なんか……悲しいな。今の実力はどうなんだろうな」
ソウスケ「だが僕も気持ちは分かるな、ジュンヤには一度も勝ったことが無いからね」
ノドカ「えへへ、私はジュンヤにもソウスケにも勝てないや〜」
レンジ「おれなんて本編での戦績、2勝はしたけど後は全部敗北だぜ」
ソウスケ「聞いてないぞ。それより熱戦が続くとお腹も空いてくるだろうから、なにか買ってくれば良かったかな」
ノドカ「こんなこともあろうかと用意しといたよ〜」
サヤ「ありがとう、ございます…。ツルギ、どう、ですか?」
ツルギ「いらん」
ノドカ「まあまあツルギくん!ほらほら!」
ツルギ「しつこいな…」
せろん ( 2019/08/17(土) 20:42 )