ポケットモンスターインフィニティ

















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第十一章 激化する戦い
第88話 暗闇を焼き払う灼焔
 ……おれはトレーナーズスクールでは優秀な成績を修めていた。現状に満足せずに研鑽を重ね続けて、誰にも負けることなんて無かった。だから周りもおれを讃えたし、羨望や嫉妬の眼差しを向けてきた。
 親も先生方もクラスの奴らも……皆がおれに求めていた、「優秀であれ」と。だからおれは必死に上を目指し続けていた、そうしたいからではなく、周りの期待に応える為に。  強くなればなる程周りの大人達は喜び、皆が様々な感情を胸に遠巻きに眺めてくる。ある者からは「才能のあるやつは羨ましい」と恨みや嫉妬を向けられ、またある者からは「環境に恵まれてるだけだ」と……強くなる程に、周囲の奴らはおれを疎んで遠ざかっていった。
 それでも周囲は無責任におれに求めてくる、「強く在る」ことを。だからおれは誓った、そこまで望むのなら最強になってやる、おれがヒーローになって故郷ネフラシティに錦を飾るのだと。故郷の奴らを見返して、そうすれば……きっと、自分を理解してくれるものが現れると。
 だが……旅に出てから井の中の蛙なのだと気付かされた。数え切れない耐え難い敗北、生死を賭けた負けられない戦い……負けたら全てを失ってしまうようで、いつからか怖くなっていた、闘いに敗れてしまうことが。
 ……いつからだったろう、楽しむ為のポケモンバトルではなく、勝つ為に闘うようになったのは。考えれば考える程に分からなくなってしまう、おれは何の為に戦っていて……今まで何をしていたのかと。



 灼熱を湛え昼天に煌々と輝く太陽は燦々とあまねく世界を照らし、苛烈な日射は一瞬で破裂してしまいそうな心地好い緊張に昂る戦場を更に激しく滾らせていく。
 広大な平原のただ中、深く陥没した戦場に向かい合う二人の少年。かたや闘いの愉悦に満面の笑みを浮かべ、かたや口元は綻びながらも眼はまっすぐに相手を見つめ……陽炎揺れるその向こう、浮かぶ笑顔は何を想うか。

「これでもう僕らには後が無くなった、まさしく背水の陣、というわけだね」
「笑いながら言うことかよそれ。てめえ、負けたらポケモンが奪われちまうんだぜ?」
「はは、それでも抑えられないんだ……この胸に満ちる悦びを。これ程愉しいバトルはそう味わえない、楽しまなければ損だろう?」
 絶体絶命のこの状況……負ければ全てが終わるという緊迫感は、胸に点る焔の闘志を一層強く燃え上がらせていく。
 胸に手を当て、陽光に照らされて輝く満面の笑顔。しかし忽ち真剣な顔になり……口元に不敵な弓形を浮かべると、声高々にモンスターボールを空へ掲げた。

「だが勝負を譲るつもりはない、最後に勝ち残るのは僕らさ! このポケモンは僕の信ずる最強の相棒、共に闘い続けて来た最高の仲間なのだから!」

 眩く爛然と降り注ぐ昼点を切り裂く一筋の軌跡が閃いて、蒼天に照り輝くモンスターボールから迸る紅き光は一つの影と溢れ出していく。

「最後は君に託したぞ……来い、ヒヒダルマ!」

 赤光が象るのは腕を高く振り翳して猛る真紅の炎狒々。光を払って現れたのは、鎚の如く力強く逞しい前肢、剥き出しの歯と勇ましく燃える焔の眉毛……雄々しい咆哮を響かせるのはえんじょうポケモンのヒヒダルマ、最強を夢見て走り続けるソウスケの最も信を置く相棒。

「ようやく来やがったか、てめえの相棒ヒヒダルマ。へ、倒し甲斐がありそうだぜ!」
「倒せるものなら倒すが良いさ。最後に立っているのは……果たしてどちらかな?」

 待ち侘びたように嗤い睥睨するレンジに、ソウスケも焚き付けるような言葉を走らせる。  息を呑む漸次の睨み合い……先に動き出したのは炎の獅子だ。

「まだ終わらねえぜ。闘争心を滾らせろ、カエンジシ……ハイパーボイス! 」
「凄い衝撃だ、敵ながら見事だが……君なら耐えられる!はらだいこ!」

 瞬間、拡散する超振動は凄まじい衝撃で全身を切り裂いていく。しかしそれを意にも介さないかのように、ヒヒダルマは自身の腹を太鼓として打ち鳴らし……轟く咆哮、響く音色の残響は余韻が残り、美しい闘いの旋律が奏でられていく。
 そして演奏が佳境に差し掛かったその時に、少年は咄嗟の判断で指示を切り替えた。

「……っ、やべえな、このままだと」

 そう、その演奏が終わってしまえば一気にレンジは不利に陥ってしまう。カエンジシも理解していた、これでは止められないと。
 何も倒し切れなくたって良い、はらだいこを発動出来ないくらいまで削ればそれで勝利は磐石となるのだから。ならば賭けるのは……この技しかない。

「カエンジシ……行くぞ、はかいこうせん!」
「ヒヒダルマ!」

 そして放たれた、全てを砕く破滅の光線。漆黒を湛え渦巻く暴威は視界一切を飲み込んで天を穿ち……確かな手応えと共に、レンジは静かに拳を握り締めた。
 やがて破壊の光は静かに集束していき、果たして、後に残っていたのは……。

「……っ、てめえ、意趣返しってやつか!」
「僕らも君のカエンジシを見習らったよ。……フレアドライブで、ダメージは最小限に抑えさせてもらった」

 其処には炎の鎧を身に纏い、歯を剥き出しに笑って佇むヒヒダルマの姿が在った。対する獅子が反動で動けなくなっているのを確認すると喜ぶように腕を掲げて。

「……さあ、上げていくぞヒヒダルマ! もう一度はらだいこだ!」

 再び、丸い腹を打楽器として闘いの旋律を打ち鳴らしていく。調子良く奏でられる陽気なメロディは気分を高揚させて行き……音に乗せられ昂る闘志は最大限まで燃え盛っていく。
 はかいこうせんは凄まじい威力と引き換えに甚大な反動の伴う技だ。一発放つだけでも動けなくなる程の大技、連発していたカエンジシは……目の前で奏でられる旋律を、ただ見ているだけしか出来ない。

「……っ、悪いなカエンジシ、やっぱ反動は相当だったってことか」

 申し訳無さそうに、己の不甲斐なさに舌を鳴らすレンジだが……彼の言葉が一層カエンジシの戦意を奮い立たせる。獅子の瞳に宿るのは熱き闘志、動けるようになったら終わらせるという強い決意、大切な主が少しずつ帰って来ている……ならば、期待に応えたいのだと。

「さあ、行くぜカエンジシ! これで最後の……はかいこうせん!」

 そして……今までに放ったそれの中でも一際強大な光線が、空間を穿ち未だ陽気な旋律を奏でる狒々の眼前に迫る。
 「勝った」、そう確信した刹那にヒヒダルマの姿が掻き消えた。否──瞬く間すら与えない超高速で、カエンジシの眼前に躍り出ていた。

「……っ、速え……!? カエンジシ!」
「決めるぞヒヒダルマ……アームハンマー!」

 そして翳した剛腕の鉄槌を振り下ろすと、陥没した大地が途端にひび割れ衝撃で凄まじい砂塵が舞い上がっていく。波が拡がるように八方を呑み込む風圧は堪えるだけでも精一杯で、二人は咄嗟に両腕で顔を防御した。
 砂に煙り覆い隠された視界は帳のように遮られて、やがて……白熱の光が射し込むと、次第に閉ざされた景色が晴れ渡っていく。  ……果たして其処には、抑え切れない力を発散するかのように掌で胸を叩く狒々と、全てを出し切って満足げに横たわる獅子の姿があった。

「……満身創痍だ、しかたね……」

 その顔を見た瞬間。レンジが言い掛けて、思わず言葉に詰まってしまう。

「……よくやった、ゆっくり休めよカエンジシ」

 そして、瞳に惑いを浮かべながら翳したモンスターボールから溢れ出した光が優しく闘いを終えた戦士を包み込んだ……。
 ……その紅白球を腰に装着した少年は、誰に言うでもなく宙へと吐き出していく。

「……なあ、なんで笑えるんだよカエンジシ。お前は負けたんだぞ、おれのせいで……!」  

 ボールに戻ったカエンジシは……心底から笑いかけて眠りについていた。だからこそ彼は零さざるを得なかった、何故なのか、と。

「決まっているだろうレンジ、バトルが楽しいからさ」
「だが……負けたんだぞ! あんなに必死になって、闘わされたのに!」
「なあレンジ、心の赴くままに力を出し切るというのは良いものだぞ。悔しさを上回る充足感、全力を出し切ったら……結果はどうあれ悔いは残らない、満ち足りるものなんだ!」
「結果はどうあれ、悔いは残らない……」

 それは、砕けて散った硝子のように深く心に突き刺さる。脳裏を過ぎ去る後悔は数え切れない、今までの人生は“もしも”ばかりを思ってしまう。
 今まで自分はポケモンバトルにだけは全力で向き合って来たつもりだった、だのにこの胸には後悔ばかりが溢れてしまって。どうして自分はああなれなかった。自分に無くて、ソウスケにあるもの……否、己にあって、彼に無いもの。

「レンジ、君は言っていたね、僕と君は違うのだと。その通りさ、僕は迷うこと無くいつだって全力で向き合ってきた、だから後悔なんてない」
「……ああ、そうだな、おれとてめえはちげえ。このバトルでそれがよおく分かったぜ」 「なあレンジ、君のやりたいことって……なんなんだい?」
「……おれは」

 ……ああ、そうだ。きっとそれこそが、“迷い”こそが……自分にあって、ソウスケに無いもの。
 数え切れない後悔、どうすれば良いのかも分からず迷い続けて、だけど……全力でバトルをしていたら、ようやく少しは何か見えてきた気がする。
 エルレイドもズルズキンも、オンバーンもペンドラーもカエンジシも……皆が自分を省みずにおれの為に闘ってくれていた。あいつらだって辛くて苦しいのに、全力で。だのにおれは何をやっているんだ、おれ一人だけが不幸みたいにうじうじと悩んで。
 おれのやりたいこと……か。だったら、まずは、おれは。

「……ったく、めんどくせえな」
「え、すまないレンジ、今なんて?」
「ああもう、うるせえって言ってんだ! てめえにいちいち付き合ってやるのも面倒だ、本当にバカだなオメーはよ!」
「……はは、自慢だがよく言われるさ!」
「誇んなバカ!」

 苛立ち半分、呆れ半分なレンジの叫びへ胸を張って返すソウスケに、彼も最早何も言えなかった。心からのシンプルな憎まれ口を叩くと大きく息を吸い込んで、吐き出して。  鼓動が抑え切れないかのように早鐘を打ち、胸に手を添えれば自分でも高鳴っているのが理解出来る。だが……嫌な感覚ではない。むしろ、ずっと焦がれていた情景のようで、脈打つ心臓と共に己の心も滾っているのが感じ取れた。

「……ったく、てめえと話すのはペースが乱されるぜ、付き合ってやるのもめんどくせえ」
「おや、むしろ僕には先刻までの張り詰めた様子より、今の方が見慣れたレンジに思えるが」
「は、かもしれねえな、てめえのせいでなーんかバカらしくなってきやがった。だがおれのカエンジシを倒したからって調子に乗るんじゃねえぜ、最後の一匹はおれの最強の相棒なんだからな」

 言いながら彼は腰に手を伸ばして、荒れ果てた戦場を見渡しながら構える。
 ……青空は高くどこまでも彼方へ広がっている。大地は激しい闘いによって深く陥没し、辺り一面は焦土と化して荒れ果てているが……見渡せば、その雄大さに嘆息が零れる。
 太陽は燦々と眩く世界を照らし……その輝きは、闇を焼くかのように灼熱を湛えて。

「君に何があったかは分からないが、血の滲む思いで此処まで来たのは理解出来る。けれど……僕らだって負けないぞ、此方も最強になる為に鍛練を続けて来たのだから!」
「……良いぜ、この闘いに決着をつけようじゃねえか。だが勝つのはてめえらじゃねえ、こいつらの為にも負けられねえ……勝つのはこのレンジ様とボスゴドラ達だ!」
「ふ、良い顔をしてくれるじゃないか。だが生憎僕とヒヒダルマ達も勝ちを譲るつもりはない、君達の本気をぶつけ、僕らの全霊で応えて……新しい道の標を灯すんだ!」

 世界はこんなにも広いのだ。分かっていたつもりなのに、いつからか目の前のことにばかり囚われて、そんな当たり前のことにすら気付けないなど……自分で自分が恥ずかしい。
 腰に装着された最後の一つであるモンスターボールを掴み取ると、声高々に天へと掲げた。

「おれの未来は此処にある、てめえに言われずとも……進むべき道を見付けてやるぜ! さあ、最後はてめえに任せたぞ、来やがれボスゴドラ!」

 そして紅白球が全力で投擲された。空を裂き放たれたモンスターボールは青空を背に二つに割れて、迷いを断つ利鎌のように閃く光が巨大な塊をつくりだす。
 まとわりつく影を腕の一振りで薙ぎ払い、粒子が弾け散る中に立っていたのは巨大な鋼鉄の怪獣。
 無数の傷痕が刻まれた重厚な鉄の装甲を身に纏い、天を衝くのは鋼の双角。鋭利な爪は鈍く輝き、悉くを砕く柱の鎚尾。山一つを縄張りにして荒らした相手は容赦無く叩き潰すと言われる、てつよろいポケモンボスゴドラ。
 その身を覆う鉄の鎧は陽射しを浴びて白銀に輝き、灼熱の日射が降り注ぐ晴天の下。雷鳴の如く大気を震わす咆哮が轟いて……決着の時が訪れた。
 ボスゴドラは対峙する一人と一匹を睥睨して不敵に笑い、主であるレンジを振り返って腕を振り上げた。

「ボスゴドラも言ってるぜ、半端なバトルにしたら許さねえってよ。全力で来い、おれと相棒はそれを越えて真正面から勝利してやるぜ!」
「……ああ、無論、僕らの全てで挑ませてもらう! 君達こそ、がっかりさせないでくれよ!」

 双眸を滾らせて鼻息を荒く構える狒々と、利鎌の鋭き眼差しをぎらつかせる鉄鎧。茶髪を風に弄ばれながら闘いへの湧き上がる悦びに満面の笑みで臨むソウスケと、憑き物が落ちたように口元に微笑を湛えて戦場を睥睨するレンジ。

「へ、言うじゃねえか。所詮は風前の灯火、すぐに吹き消してやんよ」
「ここから更に激しく燃えるのさ、僕らの炎で燃やし尽くしてやるさ」

 対峙する二人と二匹の視線は火花を散らして鬩ぎ合い……ついに、最後の闘いの火蓋が切られた。

「行くぜボスゴドラ、ストーンエッジ!」
「迎え撃つぞヒヒダルマ、フレアドライブ!」

 天を貫かんが如くに無数の岩柱が突き上げる。列を成す大地の牙は忽ち眼前へと迫り……しかし全身から凄まじい焔を解き放ったヒヒダルマはそれを自身へと集束し、岩を次々に溶かしながら瞬く間に眼前へと躍り出た。

「来やがったなヒヒダルマ! だが軌道は読めてんだよ、もろはのずつき!」
「……っ、避けてくれヒヒダルマ!」

 しかし突破されることなど想定内だ。半身を切って突撃を躱し、渾身の頭突きを叩き込もうとするが、炎の噴射で無理矢理軌道を変えて間一髪で難を逃れる。

「畳み掛けるぜ、もう一度ストーンエッジ!」

 だが後を追うように空を穿つ無数の岩柱が四方八方から狙い撃ち、炎狒々は焔の噴射で縦横無尽に飛び回り悉くを置き去りにしていくが……眼前には、迫る鋼の巨獣の影が落ちていた。

「……っ、アームハンマーだ!」
「へ、生憎だがリーチならおれのボスゴドラに軍配が上がるんだよ! アイアンテール!」

 威力だけならば容易くヒヒダルマが上回るが……しかし、当たらなければ意味が無い。回避から攻撃に移った狒々と既に構えていたボスゴドラ、初動の差が顕著に出てしまった。
 振り上げられた腕が届くよりも速く、大岩すら容易く砕く巨大な尾の鉄槌が体側を打ち付けた。衝撃で勢い良く吹き飛ばされたヒヒダルマだが、背後に迫る岩柱を蹴り付けて更に高く跳躍。

「……ふ、だったらこれはどうだいレンジ。行くぞヒヒダルマ、いわなだれ!」
「てめえのバトルは調べさせてもらった、その岩を伝って軌道を変えて奇襲を仕掛ける、だがそう簡単に攻め込めるたあ思うなよ!」
「ああ、そうだろうね、君達は手強い相手だから。だが……僅かの手傷も負わずに、全てを防ぎ切れるかな?」
「……てめえ」

 単調に攻めても勝てない、ならば……奴の手を最大限まで封じ得る一手で攻勢に出る。無論相性が悪い上に防御の高いボスゴドラが相手では擦り傷が精一杯だろう。だが……彼らが相手ならば、あるいはそれで十分なのだ。
 目論見の通りにレンジは悔しそうに歯を噛み締めて、だったら、と見極めるように戦場を一望した。そう、読めていた……彼ならその反応を取らざるを得なかったのだと。

「真正面から迎え撃つ、一気に畳み掛けるぞヒヒダルマ! フレアドライブ!」
「……っ、まともに受けたらまずい。ボスゴドラ、もろはのずつきで迎え撃てぇ!」

 瞬間、恒星と見紛う爆炎が噴き出して狒々の全身を包み込み……全身から放つ焔の噴射によって宙に灼熱の星が閃いた。対する鋼獣も額に全霊の力を集めて大地を砕きながら駆け抜けて……陥没した戦場の中心で、凄まじい力と力が激突した。
 もろはのずつきははかいこうせんと同等の威力を誇るいわタイプ最強の大技、だが……それでも限界へ至り、紅炎の如く昇る炎を身に纏い叫ぶ狒々を越えるには程遠い。
 衝突の直後に盛大な爆轟が戦場を包み込み……刹那の静寂を閉ざすように吹き荒ぶ爆風、視界を覆い尽くす黒煙を貫き天上へ舞い上がったヒヒダルマと、それを追い駆けるように跳躍するボスゴドラ。

「ほう、流石だよレンジ、ボスゴドラ。フレアドライブを逸らすだけじゃなく……まさかあの爆発の中でも無傷でいるとはね」
「当たり前だ、おれさま達を誰だと思ってやがる。いずれ最強になる男……ネフラシティのレンジ様だぜ!」

 渾身の一撃でも逸らすことが精一杯、防御に秀でたボスゴドラでなければダメージは必至だっただろう。そして僅かでもタイミングがずれていれば……既に消耗しているヒヒダルマが諸刃の一撃の下に沈められていた。
 ……互いに口では強がりを吐き出すものの、今の一瞬でどちらかが倒れ決着がついてもおかしくなかった。言葉とは裏腹に極限まで張り詰めた、今にも破裂しそうな心地の良い緊張に酔いしれる中で二匹の間隔は次第に縮まっていく。

「さあ、決着をつけようかレンジ! この一撃で……」
「ああ、終わらせてやるよ! アイアンテール!」
「加速するんだヒヒダルマ……アームハンマー!」

 そこから、炎を噴射して瞬間的な超加速。尾が届くよりも速く零距離まで潜り込んだ狒々は全力を込めて全霊で真紅の剛腕を振り下ろし……悉くを砕く鉄槌が、鋼鉄の巨獣へ叩き付けられた。
 時が止まったような刹那の直後、凄まじい勢いで地上へ真っ逆さまに落下していく。あまりの威力に受け身を取ることすらままならない、背中から地上に激突すると……耳をつんざくような重く響く轟音と震動、衝撃で舞い上がった砂塵が戦場を覆い尽くしていった。
 はがねタイプといわタイプを併せ持つボスゴドラに、かくとうタイプのこの技は効果が抜群だ、耐えられる筈が無く……。

「……まだだ、まだ終わらねえ!」
「っ、やはり耐えたかボスゴドラ!」
「なるほど、あやつが持たせていたのは……きあいのタスキか」

 だが……まだ、それでも彼らは立ち上がる。ソウスケはそれを察していた、先程の彼との攻防から。
 あれだけのダメージ、いくら防御に著しく秀でているボスゴドラといえど本来ならば到底耐えられるものではない。そして彼は終始“僅かの手傷”を負うことに気を払っていた。
 考えられる理由は一つ、微かにでも傷付けば力を失ってしまうが、代わりに効果さえ発動出来ればどんな攻撃からも一度耐えることの出来る持ち物……“きあいのタスキ”だ。
 だが……恐るべきは彼らの精神力だ。たとえ首の皮一枚繋がったところであれ程の一撃を受けてしまえば、大抵のポケモンは精神が持たずに力尽きてしまうだろう。
 それを為せるのは相当な敗北への恐怖と縋るような勝利への執着……否、そんな複雑な感情などではない。ただ『好敵手に勝ちたい』というポケモントレーナーとしての純粋な想いだ。だからこそ立ち上がれた、限界に達しても意識の糸が辛うじて繋がったのだ。

「はっは、あの時と同じ展開だな! 文字通り、おれ達の全てをぶつけてやるぜソウスケ。……行くぜボスゴドラ、メタルバーストォ!!」

 そして……戦場に吹き荒れる砂嵐を消し飛ばす絶大な力の渦が放たれた。
 受けた痛みを自分の力へと変換して解き放つはがねタイプの大技。あれだけの技を受けたのだ、その威力は凄まじく……夥しく迸る逆巻く白銀の波涛、地上悉くを砕き滅ぼす終焉の光は、文字通り天上を呑み込む怒濤の奔流となって太陽を背に燃える狒々へと迫っていく。

「……ふふ、はっはっはっは! すごい、すごいじゃないか、以前とは比べ物にならない威力だ!」

 しかし……ソウスケが浮かべるのは待ち侘びたかのような高らかな哄笑。

「この瞬間を狙っていたのさ、君が最大限の力を解き放つのを! 舞い上がれヒヒダルマ、もっともっと高く!」
「あの馬鹿弟子め、敵前逃亡を……いや」
「無駄だソウスケ、てめえがいくら足掻いたところでメタルバーストからは逃れられねえ!」
「だろうな、そんなの理解しているさ!」

 レンジの言葉を一閃に切り伏せたソウスケの瞳は迷うことなく瞬いて、同じほのおタイプの操り手であるグレンはその真意を察すると満足そうに頷いた。
 その指示で、狒々は全身から炎を噴射して超高速で白銀の渦を背に高く高くへと舞い上がっていく。
 大空高く……既に見えなくなってしまいそうな程遠くへ飛んだヒヒダルマは、なお迫り来る極大光線に捉えられ、ついぞ振り切ること無く呑み込まれてしまった……。

「……これで、おれとボスゴドラ達の……!」
「いいや、僕らは終わらない。僕とヒヒダルマ達は最強になるポケモンとトレーナーだ、絶対に……勝つ!」

 だが、瞬間天を焼き尽くすようかのような猛火が白銀の渦流を突き破り、無数の火柱を立てながら燃え盛る。

「まだあんだけの力を残していたのかよ……! いや、ちげえ!」

 一瞬目を丸くして驚愕したレンジだが、ソウスケの真意にようやく気付いた。彼の狙いは“メタルバースト”から逃れることでは無い、太陽に近付くことだったのだ……!
 灼熱を湛える焔の陽炎は、苛烈な日射しを以て晃々と世界へ降り注ぐ。それこそが彼の狙い、ヒヒダルマは自ら太陽に近付くことでその陽光を力に変えて……。

「……全力で受けて立とうじゃないか! 全てを出し切る、ヒヒダルマ、フレアドライブだぁ!!」

 紅い宝石が閃いた。口から、四肢から、全身から総ての災禍を灰塵へ還す凄まじい紅炎が噴き上がり……鼓動よりも速く舞い踊る火柱、盛大な劫火をその身に纏う狒々はさながら爛然と炎上する太陽のように。

「……ほのおのジュエルか! くそ、此処まで温存してやがったな……!」
「ふ、だからこの時を待っていたのさ」

 ……ジュンヤとツルギの総力戦を、最後の全てを賭けた最後の激突を見て思ったのだ。レンジとの闘いでもそれが必要になるだろうと。だから普段持たせている“いのちのたま”ではなく、このバトルの前にほのおのジュエルへと持たせ替えた。

「言ったろう、此処で全てを出し切ると!」

 唸る雷鳴にも似た轟く巨獣のけたたましい咆哮。それを掻き消すかのごとく猛る嵐のごとき狒々の絶叫。
 夥しく迸る白銀の波濤は天上を呑み込む程の渦流で眩く逆巻いて、想いを燃やして溢れ出す灼焔の穂先は闇を貫くかの如く突き進んでいく。

「ボスゴドラ、おれ達も全てを賭けて……行けぇっ!!」
「僕らの命を燃やし尽くして……絶対に、勝ぁつ!!」

 天と地との境界で鬩ぎ合う二つの強大な力は辺りを凄まじい余波で焼き払い、撃ち砕き……だが、息すら忘れるめくるめく拮抗もそう長くは保たなかった。
 二匹の距離は次第に詰められ、限界を知らないかのように際限無く昂る焔は苛烈な光すらをも焼き尽くしていき……。

「……おれ達の」
「ああ、勝ったのは……僕らだ、レンジ」

 そして大地を踏み締めて必死に堪える鋼鉄の巨獣へ衝突した瞬間に小さな星が生まれるにも似た凄まじい熱が世界を燃やし尽くし、鉄の鎧は、心に渦巻く暗き感情は、迷い無き灼熱によって焼き払われていった──。

「……ありがとな、ボスゴドラ」

 吹き荒ぶ爆轟は全てを飲み込んでいく。戦場を包み込んでいた熱気も、相手を打ち倒さんと迸っていた闘志も、とめどなく溢れる後悔も……全て。
 視界一面を覆い尽くす砂塵と黒煙。永い、永い静寂の中にやがて光が射し込んで、景色は次第に晴れて行き……。
 後に残っていたのは、燃え尽きたように呆然と立ち尽くすヒヒダルマと、全力を出し切って満ち足りた表情で横たわるボスゴドラ、そして……蒼くどこまでも広く澄み渡った空を背に輝く、眩い太陽であった。

「……ボスゴドラ、戦闘不能。よって勝者、ラルドタウンのソウスケ!」

 最後まで闘いを見届けたグレンが、厳かに告げることで長い闘いは終幕を迎えた──。  勝利を収めたのはソウスケとヒヒダルマ達。アイクとの戦いの後に長い激闘を繰り広げたことで流石の彼らも疲労がたまっていて……その言葉を聞いた瞬間に、揃って膝をついてしまった。

「……はは、勝ったん、だな」

 思わずぽつりと呟いて、次第に後から沸き上がってくる勝利への実感、闘い抜いた相棒達への言葉では言い表せない深い感謝。

「よく頑張ってくれたね……ありがとうヒヒダルマ! それに皆も、最後まで闘い抜いたてくれて、感謝してもしきれないよ!」

 しかしヒヒダルマは首を横に振って、歯を剥き出しにサムズアップをしながら満面の笑みを投げ掛ける。礼を言うのは自分達の方だ、お疲れ様、そしてなにより……ありがとう、と。

「……本当にありがとう、ヒヒダルマ、皆。相当疲れが溜まったろう、今はゆっくりと身体を休めてくれ」

 ソウスケがモンスターボールを翳すと、紅い閃光が迸る。仲間の想いを背負い、共に最後まで闘い抜いた狒々は暖かな光の中へと呑み込まれ、束の間の休息にその身を委ねた。
 そして、レンジは……。

「ボスゴドラ、カエンジシ、みんな……本当にありがとな。お疲れ様、ゆっくり休んでくれよ」  

 覚束無い足取りで、それでも最後の使命だと己の為に全てを賭けて闘い抜いてくれた相棒……ボスゴドラへ向けてモンスターボールを翳した。
 柔らかな紅い光は、天を仰いで穏やかに笑いながら瞼を伏せている鋼鉄の戦士を暖かく包み込んで、安息の地へと迎え入れた。
 それを見届けると彼は連戦の疲労から仰向けに倒れ込み、紅白球をかざして……声高らかに空に叫んだ。

「くっ……そおー! 負けた!」

 彼は悔しそうに、しかし随分と晴れやかな表情でカプセルを宙へと透かして相棒を見つめる。

「……だけど良いもんだな、全力を出し切って負けるってのも。初めてだ、こんなに楽しいバトルは」

 その言葉に、ボスゴドラは随分と嬉しそうに頷いていて、レンジは恥ずかしそうに顔を逸らしながら……これまでどんなに辛いことがあっても、どんなに酷い言葉を浴びせてもついてきてくれた皆へ向けて、心からの言葉を紡ぎ始めた。

「……お前達が居てくれたおかげだ。今まで本当にごめん、今まで本当にありがとな……ボスゴドラ、みんな」

 今まであんな態度を取ってしまったことへの溢れ出す後悔に、しかし相棒は首を横に振って笑顔を浮かべた。今、こうして共に笑えているのだからそれで良いのだと。

「……ああ、おれもちょっとは見えてきたぜ、答えってやつが」

 手のひらを空に翳して、赤く流れる血潮を見詰めながら満足そうに、確かめるように頷くレンジ。ボスゴドラはそんな主の様子に喜色満面の笑みを浮かべて、……ついに疲労は頂点に達してしまったのだろう、瞼を伏せて、すやすやと寝息を立て始める。
 それを見届けた少年は腰に巻かれたベルトへ紅白球を装着し、歩み寄ってきた好敵手……ソウスケを仰いで、なかばひとりごちるように抑え切れない想いを吐き出していった。

「……なあ、ソウスケ。おれはヒーローになりたいって言ってたけどよ……それはおれにとって手段でもあったんだ」

 脳裏には記憶の底に沈めていた過去が過って、遠くを眺めるように目を細め……躊躇うような微かな声色、それは道程を振り返るのが怖いからなのだろう。

「おれはいつも一人だった、周りはおれを遠巻きに眺めていて、期待ばかりを背負わされて……」

 ソウスケは何も言わずにただ頷く。下手に何かを言うよりも、きっと、それが一番良いから。

「本当はさ、おれは強くなんかなれなくても良かった。誰かが“おれ”を認めてくれれば、それで……」
「そうだったんだね。だから、君は……」
「ああ、馬鹿みたいだよな……おれは一人じゃなかった、ポケモン達が居てくれたのに……」

 その言葉の裏に隠されたのは果てしない後悔。何故悪の道を選んでしまったのか、実際あの時にはそれ以外の選択肢は無く、それでも己が選んでしまった道は取り返しがつかなず……今まで傷付けてきた相手の顔が、鮮烈に視界を掠めていく。

「いつの間にか負けることが怖くなって、そんな当たり前のことすら忘れちまって……おれは、今まで傷付けてきた人達になんて詫びれば良いのかも分からねえ」

 そしてレンジが深く、深く息を吐き出して……暫時は互いに何も話さないままに静寂が続いていく。
 やがて黒髪の少年は再び言葉を紡ぎ出す。今度はソウスケの目を見据えて、穏やかに。

「なあ……ソウスケ、お前は言ってたよな、仲間が居るから強くなれたんだって」
「ああ、僕一人では……此処まで来れなかった」
「おれには居なかったから分かんねえけどよ……友達ってのは良いもんなのか?」
「勿論、良いものさ! 下らないことで笑い合えて、時には辛いことでも分かち合えて……居てくれるだけで嬉しいものだよ」
「はは、確かに……そりゃあ良いぜ、楽しそうだ」

 それから彼は「あー」やら「えーと……」幾度ももごもごと口ごもり、……しばらく待ってやるとようやく、勇気を出して一歩を絞り出した。

「じゃあ、……おれと……」
「……ふ、馬鹿だな君は。言ったろ、僕は君のことを友達だと思っているって。ほら、立ってくれ」
「……ああ、わりい、礼を言うぜソウスケ」

 逆光の中に爛然と笑う少年は、眩い微笑みで手を差し伸べる。レンジがそれを確かに掴み取って、好敵手の力を借りて覚束無い足取りで立ち上がり……冷め遣らぬ激闘の余熱に浮いた感覚を覚えながらも再び大地を踏み締める。

「何故お主が勝てなかったか……既にその答えを得たようだな?」

 其処に、全てを見届けた老人は厳かに、誇らしげに問い掛けた。

「……おう。ソウスケのおかげでな」
「……レンジ、僕は君のポケモンへの酷い扱いは許せない、けれど……それを否定出来る程の人間でもない」

 悔いるように、躊躇うようにおもむろに告げたその返答に、しかしソウスケは自分自身を見失っていた彼を責めることは出来なかった。だが……これだけは、と言葉を続ける。

「それでも、もう一度……かつて君の信じた未来を信じてあげてほしい。ヒーローになれば良いじゃないか、今からでも」
「けどよ、おれは……」
「バカだな君は。ヒーローだって挫折はあるさ、道を誤ることだって。大切なのは過去に学んだ痛みをどうやって未来に繋げるか……だと思うよ」

 瞳を閉じれば今でも思い出せる、己が傷付けて来た人々の嘆きが。決して許されないのは分かっている、それでも出来ることがあるというのなら。

「友達からのお願いだ、レンジ。ヒーローになる為に……この戦いを終わらせる為に、共にオルビス団と戦ってくれ!」
「……おう、ソウスケ! もう迷わねえ、信じてやるよ、おれ自身とおれのポケモン達をな!」

 雲一つ無い蒼天がどこまでも広く晴れ渡り、眩い太陽が燦々と照らす空の下に二つの影は重なっていた。
 かつての敗北から、絶対に負けない、譲れない、と挑んだソウスケとヒヒダルマ達、レンジとボスゴドラ達。全てを賭けて臨んだポケモンバトルは彼の心を覆っていた闇を焼き尽くし、死闘の果てには友情が生まれた。
 そうだ、ポケモンバトルとは本来勝っても負けても笑顔になれるもの。……充足感に包まれた空気の中で、グレンが思わず「あ」とこぼした。

「……グレンさん?」
「……いや、ルークに、これをどう説明したものか……」
「……あっ、あー……」

 その言葉で今思い出した、ここはルークの治める街アゲトシティの郊外なのだ。
 一面は焦土と貸して深いクレーターまで穿たれている、相当頭を抱えることだろう、と苦笑したところで、ジュンヤ達からも連絡が来た。彼らもアゲトシティへ到着したのだ、と。
 後のことは後で考えよう。それより今は身体を休めるのが先だ。レンジは頭が朦朧とする中で、ソウスケは流石に足取りが重くなる中で、彼らは陽光の照らす帰路を歩み始めた。

■筆者メッセージ
ソウスケ「勝っ……たー!!」
ジュンヤ「本当にお疲れ様、すごいよソウスケ、よくあれだけのバトルが出来たよな」
ノドカ「うんうん、ほんとにすごーい!えへへ、それにこれで…」
エクレア「はい!あたしのラクライも帰ってきます!」
サヤ「おめでとう、ございます…!」
レンジ「…えーと、その」
エクレア「きゃっ!?出た!」
レンジ「人をお化けみたいな風に扱うな!」
ソウスケ「いや悪人扱いだろう。事実だが」
レンジ「しかもうるせえなてめえ!」
ジュンヤ「けどただ勝つだけじゃなくて、レンジのことも救うなんてすごいなお前は。オレも見習わないとなあ」
ソウスケ「あ、いやそれは結果たまたまそうなっただけで」
ノドカ「うんうん、ソウスケ、普段はドンカンなのにこういう時はかっこいいよね!」
ソウスケ「ふ、二人とも、やめて…」
ジュンヤ「え〜、どうしよっかな」
ノドカ「ねー!やめてあげない、ほんとにすごいもん!」
ソウスケ「全く、二人とも…大好きだ!」
せろん ( 2019/06/11(火) 23:55 )