ポケットモンスターインフィニティ - 第十一章 激化する戦い
第86話 練鉄の想い
 耐え難い敗北の連続は築き上げて来たプライドに深い傷痕を残した。焦燥が更なる敗北を招き立て続けに起こる負の連鎖、それはやがて敗北への恐怖を植え付け、勝利への執着へと繋がっていく。
 彼は苦悩の果てに悪の道を選んだ、決して後先考えぬ単純な決断などでは無かったろう。宛どない霧中を彷徨い続けるにも似た底知れぬ不安、己を苛む怖れから逃れるには……手段を選んでなどはいられなかった。

「……強くなる為に足掻き苦しみ、その果てに君が選んだ道がそれだというのだね。だが、それでも道は譲れない、ならば僕が選ぶのは」

 燃えるように熱き闘志を宿した茶髪の少年ソウスケの、緑の上着が風に吹かれる。その真っ直ぐな言葉は、ひたむきさは黒いジャンバーを羽織った黒髪の少年レンジの苛立ちを更に募らせる。
 あれだけ敗北を怖れていた、勝てれば良いとがむしゃらに強さを求め続けていた。そして今、四天王だって下せる程の強さを手に入れた。
 誰にも負けない、誰にも道を譲らない。勝って勝って、勝ち続けているというのに……その心は未だ耐え難い渇望に満ちている。何故だか分からない、最早己が何を求めているのかすらも……だが、一つ確かなことがある。此処まで来たら引き返せないということだ。
 どこまでも広がる曇り無き蒼天の宙、その中心では眩い灼熱を湛える太陽が苛烈な程に激しく燃え盛って、焦土と化した世界を照らし影をより深く大地に刻んでいる。
 少年が鬱陶しげに目を細め、誰に言うでもなく「うざいんだよ」と視線を逸らすと、腰に装着されたモンスターボールを掴み取って眼前に掲げた。

「戻れオンバーン!」
「なっ、交替するのか」

 真紅の翼を羽撃たかせる猛禽の勇……ソウスケのウォーグルと熾烈な闘いを繰り広げた末に勝利を掴んだ黒き翼竜が、紅き閃光に呑まれて安息の地へと舞い戻っていく。
 完璧に此方の体勢を崩された、翼竜との次の闘いへ向け脳内を巡っていた思索はそんな容易い一瞬で乱されてしまう。

「必要以上の負担を強いるつもりはない、てめえと同じだ、それだけのことだぜソウスケ」
「心にも無いことをよくもぬけぬけと」

 レンジは分かっていて交替した、相手との駆け引き…………それも闘いにおいては重要なファクターなのだから。此方も出方を変えなければならない、ならば次に繰り出すのは……。

「それでは、此処は君に任せるよ」

 腰の紅白球を掴み取り、空へ向かって高く翳したそれは陽光を照り返し輝いている。
 彼の残りの手持ちはオンバーンを除けばボスゴドラ、カエンジシ、ペンドラー、ズルズキン。三体には有利を取れて、もし相性が不利でも最低限の働きはこなしてくれる。出すなら彼しかいない、そう……。

「来やがれ、ズルズキン!」
「此処は君に任せたぞ、コジョンド!」

 二つの閃光が迸り、互いのポケモンが待ち詫びたように大地を踏み締める。
 かたや先程白騎士に勝利を収めた、長い体毛を腕に携えたしなやかな身のこなしの拳法家コジョンド。対するはよく目立つ赤い大きなトサカ、脱皮した皮を衣服のように腰に纏いふてぶてしくふんぞり返った直立の不良蜥蜴。あく・かくとうタイプを併せ持つあくとうポケモンのズルズキンだ。
 だが……その目はただでさえ悪い目付きを憎々しげに鋭く尖らせていて、眉間は深く皺寄せられている。

「……そうか、ジュンヤから聞いたことがある。ズルズキンは粗暴だが自分の仲間や縄張りを何より大切にしているのだと」

 つまりズルズキン……彼にとっても、これは負けられない闘いなのだ。己の何より大切な主であるレンジが悪へ道を踏み外した遠因を担っている、僕が相手なのだから。
 けれど……そんなことは分かっていたはずだ、ならばやるべきことは一つ。道を譲るつもりはない、エクレアの為にもレンジの為にも、僕自身の為にも……勝つ。

「よし、相性で有利を取れた……と喜びたいけれど」

 そう、相性だけで見れば確かに有利だ。だが……言い知れぬ違和感を覚える、自身の手持ちがかくとうタイプが刺さることを理解していながらこの選択、一体何を……。

「……ああ、そうだね、悩む暇があれば走る。その通りだ、少し緊張していたのかもしれないな」

 コジョンドが、振り返り注意深く警戒を浮かべるソウスケに軽く笑い掛けた。いつも通りで良い、と言いたげに。
 相手は一度完敗を喫してしまった相手だ。更に今エクレアのポケモンが人質に取られてしまっていて、負けられない、ということを必要以上に意識し過ぎていたのかもしれない。
 相手の持ち物は大方予想がつく。ヨプのみかきあいのタスキか……何らかの、此方の攻撃を防ぐ手段を備えているのだろう。だから、僕が高確率でコジョンドを繰り出して来ることが読めていながら彼を放った。

「けれど、いつものままで行けば良い。だろう、コジョンド」

 だが僕らのやるべきことはいつだって変わらない。どうせ退路は無いんだ、ならば真正面からぶつかって勝つ。彼は主の言葉を聞き届けると、ふ、と笑って、対する憎悪を剥き出す不良蜥蜴へ向き直った。

「まずは手始め、きあいだま!」
「だったらこっちはあくのはどうだ!」

 両手を翳して渾身の力を込めて放たれる気合の砲弾が宙を穿ち、蜥蜴が唾を棄てるように口を尖らせて吐き出した漆黒の螺旋が迎え撃つ。
 気弾に衝突した螺旋は容易く掻き消されるが……僅かに軌道が逸れてしまった。ズルズキンが半身を切ると、気合弾は頬を掠めて突き抜けていく。だが息をつく暇など与えない、あちらがどう構えていようと、ただ己の想いを貫いてみせる。

「続けて行くぞコジョンド、……とびひざげり!」

 高速で戦場を駆け抜け、眼前へ踊り相手の懐に潜り込む。そして声高らかに技を叫び、身を屈め腰を低く、自らの四肢をバネとして反動で弾丸の如く跳躍した。
 ズルズキンが咄嗟に皮の衣を身に纏い、大地を強く踏み締める。腹部に膝が深くめり込む、急所は紙一重で外されたが大ダメージは必至だろう。不良蜥蜴は痛みに歯を食い縛り、体勢を崩してしまうがそれでも対するコジョンドを睨み続けて、飛び退ろうと身を引きかけていた彼の胸ぐらを咄嗟に掴んだ。

「……届いたぜ。てめえのコジョンドは厄介だからな、確実に仕留めておきたかった」
「……っ、やはり企んでいたようだねレンジ。わざわざ苦手な相性に突っ張って」
「それを分かっていながらてめえは交替出来なかった。わりいな、おれの方が一枚上手なんだよ」

 だが……“やはり”、耐えられる。憤りを露に対敵を睨みながら蜥蜴が酸性の唾と共に吐き出したのは、赤く熟れた、熱を発生する効果を持つ果実の皮のきれ。かくとうタイプの技の威力を半減させる木の実、ヨプのみだ。

「ここでくたばりやがれ、しねんのずつき!」
「くっ……コジョンド!」

 身が竦むような、威圧の怒号と共に目立つ大きなトサカに思念の力を集中させて、振りほどかれるよりも、反撃を食らうよりも速くコジョンドの頭に叩き付けた。
 効果は抜群だ。いくら特性“さいせいりょく”によって回復していても、エルレイドとのバトルで負っていたダメージは大きい。そして彼の持ち物はくろおび……耐える手段は持ち合わせていなかった。
 ズルズキンが投げ捨てるように掴んでいた腕を薙ぐと……彼は、数歩後退りして仰向けに倒れた。

「……コジョンド、戦闘不能か。こればかりはしかたあるまい」
「……ありがとう、よくぞ戦い抜いてくれたねコジョンド」

 グレンが残念そうに呟いた。
 瞼を閉じて、倒れ伏す拳法家の目は屈辱に固く引き結ばれていた。単純に負けたことではなく……相手は悪へ身を堕とした戦士、この負けられない闘いで、主の顔を汚したことへ。

「いや、君が気に病む必要はないさコジョンド、見事に闘い抜いてくれた」

 だが、その言葉にも納得はしていない。確かに相手のポケモンを一匹倒すことは出来たが……それでも、もしこれで負けたら、と思うと自責の念に駆られてしまうから。

「それに、僕らは絶対に勝つ。だから、君が案ずる理由はどこにも無いだろう」

 その言葉に、緊張の糸がほどけたようだ。穏やかな笑みを浮かべたまま眠りに落ちて、紅い閃光の中へ呑み込まれた。
 そして……それを見ていたレンジは苛立たしげに舌を鳴らし、ズルズキンは、望郷を想うにも似た酷く寂しい目をしていた。

「先程出し損ねたポケモン……君の力、今ここで借りるよ」

 次に出すポケモンは既に決めている。先程はオンバーンの交替によって調子を乱されてしまったが、今回はそうはいかない。
 モンスターボールの中で今か今かと牙を打ち鳴らす彼へ「行けるかい」と声を掛ければ、意気の昂る雄叫びが帰ってきた。

「ああ、此処は君に任せたぞ! この苦境を越える為に……行ってくれ、オノンド!」

 宙を切り裂く赤き閃光、それは一匹の影を象って、腕の一薙ぎと共に払われた。
 現れたのは、 口端から突き出した大岩を砕く二本の牙斧、上半身を強固な緑の外殻に覆われた小柄な竜。あごおのポケモンオノンド、斧を研ぎ澄ませ非常に激しく縄張り争いを行うポケモンだ。

「へ、なにを出してくるかと思えば、進化前のそいつで勝てると思ってんのか? だとしたら侮られたもんだぜ」
「侮ってなどいないさ、僕やオノンド、皆はいつだって全霊で目の前の闘いに向き合っている。そして……君達を越えてみせる」
「……てめえは変わんねえな、暑苦しくてうぜえんだよ。だったら教えてやるよ、力の差ってやつを!」 
「ふ、ならば君の思う通りに事が運ぶか……試してみるといいさ。無論勝つのは僕らだがね!」

 ……やはり、彼は。ならば尚更負けられない、此処で負ければ……最悪、取り返しがつかなくなってしまうから。
 苦虫を噛み潰したように眉間を皺寄せながら、レンジが苛立たしげに吐き捨てて、ソウスケは一つの確信を持って彼に向き合う。
 顎斧を備えた小柄な斧竜と、鶏冠を携えた蜥蜴。闘志を燃やし臨む双眸と、憎しみを映した瞳がぶつかり合って、どちらともなく駆け出した。

「行くぞオノンド、ドラゴンクロー!」
「迎え撃てズルズキン、ドレインパンチ!」

 碧き竜気を纏い振り翳された竜爪と、渦巻く気の渦巻く拳の激突。力が拮抗し、押しも押されもせぬ鬩ぎ合いだが……それは相手の体力を吸い取る拳、ソウスケに促され、オノンドが身を翻して飛び退った。

「だったらこれはどうだ、がんせきふうじ!」
「効かねえよ、ビルドアップ!」

 続けて頭上から無数の大岩を降らし、視界一面が埋め尽くされ山が築かれていく。しかし、その中心に亀裂が走り、次の瞬間派手に吹き飛ばされてしまう。

「伊達にしごかれてねえんだよ、この程度で止められると思うな!」
「……っ、自らの耐久で受け切ったか。構えてくれオノンド!」

 ビルドアップ、それは全身に力を込めて自身の攻撃と防御を上昇させる技。くわえてズルズキンには身体を覆う分厚い皮がある、それでダメージを最小限に抑えたのだろう。
 瓦礫から飛び出た不良蜥蜴は脱兎のごとくに駆け出して、斧竜の懐へ潜り込むと……。

「まずいぞ、避けてくれオノンド!」
「捉えた、穿てズルズキン……ドレインパンチ!」

 深く、鳩尾へ拳がめり込んで……急所に当たった。渦巻く気がオノンドの体力を渇いた根のように急速に吸い上げていき、十分に奪い尽くすと用が済んだと言わんばかりに吹き飛ばした。

「オノンド、無事かい!」

 衝撃を殺せず目の前まで転がって来て、あまりの痛みに地に臥してしまう。

「だから言ったろ、所詮進化前。でかい口を叩いた割りには呆気なかったけどな」
「っ、やはり急速に当たったのが響いたようだね。だがオノンド、君も分かっているはずだ、だから……立ってくれ!」

 対峙するレンジとズルズキンを見上げれば、憎々しげに睨みつけてくる二つの双眸。その眼を彩るのは黒く渦巻く感情で……だからこそ、勝たなければならない、勝つ為でも負ける為でも無く、救う為に。
 未だ鳩尾に叩き込まれた衝撃は反復し、えずいてしまいそうなるのを堪えながら、歯を必死に食い縛って身体を持ち上げた。

「くたばり損ないが、だがこれで終わらせてやるぜ。ズルズキン、ドレインパンチ!」

 急所を穿たれた痛み、それ以上の身体から溢れる力の昂り。まだ闘える、此処からが勝負だ。闘志の赴くままに身体は自然と持ち上がり、振り下ろされた拳を容易く受け止めて見せた。

「なにっ、……片腕で止めただと!?」
「これはまさか……行け、そのまま押し切ってくれオノンド!」

 立ち上がった斧竜の全身を、紅く逆巻く竜気が迸る。そのまま腕を払いのけるとオノンドが振り下ろした拳がズルズキンを腹を鋭く穿ち、続けて逞しい脚で顎を蹴り上げ、鋭利に閃く竜爪が咄嗟に翳された皮を貫き……。

「っ、なんてパワーだ……このオノンド、まさか!」
「受けるが良いさ、これがたった今新しく覚えた、ドラゴン最大の大技……げきりんだ!」

 そう、それは怒れる鬼神の如き力をその身に宿し、溢れ出す闘志の赴くままに暴れ狂う超強力な大技だ。
 反撃せんと拳を上げる不良蜥蜴だが、それを許さないかのように薙がれる尖爪に、蹴脚に、抵抗も叶わずに追い詰められてしまう。

「ふざけんな、おれは認めねえ……! 避けろズルズキン!」
「これで終わりだ、決めてくれオノンド!」

 そして、最後に顎斧が一閃すると凄まじい勢いでレンジの背後まで吹き飛ばされたズルズキンは屈辱に顔を歪めながら崩れ落ちた。

「ズルズキン、戦闘不能だな」
「……っ、くそっ、戻れズルズキン!」

 観戦している四天の将、グレンが静かに審判を下す。
 少年は眉間に皺を刻みながらモンスターボールを翳し、闘いを終えたズルズキンは柔らかな光の中へと消えていった。

「どうして、てめえは。勝ち目は無かったはずだ」

 げきりんを覚えたのはたった今。それならば、もし習得出来なければ敗北は必至だった。だのに何故勝てると確信を以て闘いに臨んだのか、理解に苦しむが……彼の答えは簡潔だった。
 
「僕は、自分とポケモンを信じているだけさ」

 そう、たったそれだけの簡潔な理由。ポケモントレーナーならば誰もが持っている、当たり前のこと。だが。だからこそ。

「この状況を打破する力に手が届くと信じていたから彼に任せて、勝利を掴めた。ただ、それだけのことだよ」
「……は、下らねえ」

 その言葉は、少年の心を掻き乱す。旅の中で幾度と辛酸を舐めさせられ、今に至ったレンジは口では一蹴しながらも内心に沸々と怒りを滾らせて。

「君はどうだい。ポケモンを、自分を信じられているのかな」
「……うぜえんだよ。目障りなんだ、てめえのいちいちが! 信頼とか、そんなんは何の役にも立たなかった! 絶対的な力には届かなかった! だから、おれは……!」

 果てなき迷走の果てに見出だした強さ。どれだけ手を伸ばしても掴めなかった、膝を折り屈してしまった絶対的な力。己が悪に堕ちなければ手の届かなかった現在に、己が弱さ故に諦めた道を歩んで食い下がってくる少年ソウスケへの憤りが……堰を切るように噴き上がる。
 何故自分はそうなれなかったのか。何故彼は折れずにいられるのか。だが……だからこそ一層レンジの心に強く芽生える、「負けるわけにはいかない」と。勝って、己の正しさを証明する為に。

「あのオノンド、確かにげきりんは脅威的だった。だが本来ならビルドアップしたズルズキンを押し切れるはずがねえ。あいつは……」

 怒りはそのままに、冷静に戦局を振り返る。そう、理由は分かっている、オノンド“にその時”が訪れようとしているのだ。ならばその前にカタをつける、でなければ……少し面倒になってしまうから。

「だから……その前にカタをつけてやるよ! てめえの出番だ、オンバーン!」
「ふ、やはり来たかオンバーン。だが動き出したら止まらない、此処で決めてやるさ!」

 それは最大限の警戒故に選び取った一手。長引かせては多少危うい、高速の翼竜に任せるのが最も良いと判じたのだ。
 だがソウスケも、それを理解していて笑みを浮かべる。何故ならそれこそが望んでいた闘いからだ、彼の掲げた信条を体現する力の持ち主を、己の信じる強さで越える為に。
 現れた翼竜は、未だ疲弊と傷は回復していないものの動くに不自由無い程度には休めていた。対峙する斧竜を眼下に俯瞰し、嘲笑うようにけたたましく吠えた。

「問題ないさオノンド、君は勝てる。木の実を使ってくれ」

 言われて、オノンドは懐に隠していた溝が入った固い緑色の木の実を取り出して頬張った。それは全ての状態異常を治すラムのみ、そう、げきりんの反動による混乱を回復したのだ。

「これで互いに持ち物は無く、消耗している。命運を分けるのはポケモンの力だ」
「だったら勝つのはこのおれさまだ。速攻で片付けてやるよ。オンバーン、りゅうのはどう!」
「いいや、僕らだね。迎え撃ってくれオノンド、ドラゴンクロー!」

 暴風のごとく吹き荒れる蒼き光の波濤が天から降り注ぎ、空を仰いだ斧竜は粒子を纏った爪を薙いで切り裂いた。流れ出た余波で地面は穿たれめくれていき、必死に足元を踏み締めてようやく吹き飛ばされずに堪えられる。
 やはり威力は侮れない、しかしこちらも引くわけにはいかない。蒼き波動が次第に意気を衰えさせて絶えると共に腕を翳して、無数の岩石を雪崩のごとくに降らせて行く。。

「……っ、うぜえな、避けろ!」

 だがオンバーンは竜の中でも屈指の瞬発力を誇る。視覚だけでなく超音波の反響も生かして周囲の状況をたちまち把握、次々に身を翻して躱していく。

「まだだ、畳み掛けるぞオノンド、ドラゴンクロー!」

 だがソウスケも元よりそれが当たってくれるなどとは思っていない、撹乱させられればそれで良かった。
 岩の間隙を縫って進んでくる一匹の斧竜、その存在に気が付かなかったわけではない。しかし岩を避けながらでは彼への対処が間に合わず、結果、眼前への接近を許してしまった。

「ふむ、儂と同じ手法で攻めたか」
「今だ、ここで決めようオノンド! ドラゴンクロー!」
「……っ、師弟揃ってうぜえんだよ! 吹き飛ばしてやる、ばくおんぱ!」

 蒼き爪閃が宙を切り裂き、翼竜の眼前へ突き立てられるが……その刃が届く瞬間に、空間が盛大な破裂音を立てて爆発した。
 それは大岩をも容易く粉砕する超振動の炸裂、斧竜は至近距離で浴びてしまい……頭から地面に激突すると、身体中傷だらけになりながら転がっていく。

「っ、予想以上の素早さだ、紙一重届かなかったなんて……! いや、それより、無事かいオノンド!?」
「おれさまのオンバーンの瞬発力を見誤ったな。あと一撃……油断はしねえ、畳み掛けるぞオンバーン! りゅうのはどう!」

 そう、まだ倒れてはいない。必死に歯を食い縛り、瞼を引き結び、痛みを堪えてなんとか膝を上げ始めた。そして眼前に迫る渦巻く蒼き竜の波濤、一瞬の逡巡をすぐさま消し去り、ソウスケは声高らかに指示を飛ばした。

「勝つには此処しか無い、真正面から押し切ってみせよう! やるぞオノンド……ドラゴンクロー!」

 そして、自ら渦の中へと飛び込んで行く。掲げた双爪は蒼き粒子を纏って眩く輝き、渦の中心へ突き立てられた。腕が吹き飛ばされてしまいそうな凄まじい衝撃、それでも必死に掲げ続けるが……。

「へ、やっぱりパワーはこっちが上みてえだな!」
「……っ、頼む、持ちこたえてくれオノンド……!」

 徐々に、力強く伸びた光爪が先から結晶を散らして削られていく。光の露が舞い散る中で、ついに身体を飲み込もうとしたその時に……オノンドの身体が、蒼白の光を放ち始めた。

「……っ、まずい、この局面でだと!」
「ほう、やるではないかソウスケよ。この光は……!」

 蒼白の光に包まれた斧竜が、次第にその影の形を変えていく。その斧は三日月のごとく反り返り、腕は力強く鋭く伸び始める。脚も太く逞しく膨張し、その全身は、二倍程に成長していった。
 光が晴れて、現れたのは全身を金色の鱗鎧に包まれ、口端からは紅き偃月斧が鋭く伸びる。太く硬い鋼鉄の柱もいとも簡単に切り裂く破壊力の牙を武器とする、あごおのポケモンのオノノクスだ。

「……ようやくだねオノノクス、ふ、この時を待っていたのさ! さあ、押し切ってくれぇ!」

 進化した斧竜は蒼く伸びる竜爪で、容易く光の渦を切り裂いていく。そしてそのまま翼竜の眼前に躍り出て、鋭き一閃が深く穿った。

「……くそっ、間に合わなかった。進化する前に倒すつもりが」
「よくやってくれたね、ありがとう、オノノクス」

 地に堕ちて動かなくなって、屈辱に顔を歪めたまま意識を失ったオンバーンを前に、レンジは歯をヒビが入りそうな程に強く噛み締める。対するソウスケは安堵に胸を撫で下ろしながら、戦い抜いてくれたオノノクスへと感謝を送った。

「……運に救われたな、ソウスケ」
「そう思いたいなら好きにすれば良いさ。もっとも、何故押し切られたのか、君が一番理解しているだろうけれどね」

 振り返り、喜びに跳び跳ねたオノノクスも直後に崩れ落ちてしまった。既に体力が限界だったようだ、うつ伏せに倒れ込んでしまったが……その表情には、笑みが浮かべられていた。

「くそ、戻れオンバーン」
「君の奮闘に心から感謝するよ。ゆっくり休んでくれ、オノノクス」

 そして二人はモンスターボールを翳して、二匹は安息の地へと還っていく。かたや顔を深く皺寄せながら、かたや闘いの悦びに笑みを浮かべながら。
 
「……レンジ。君は相変わらず強いよ、此処まで必死に闘っていても食い下がるのが精一杯だ」
「当たり前だ、あの頃とは違う、おれさまはずっと強くなったんだからな」
「ああ、本当に強いよ君は。だからこそ、本当に愉しいんだ」

 レンジはその言葉に、何も言わずに舌を鳴らした。

「君が心から力を求めているなら、止めはしない。だが、君もポケモンもそんな表情でバトルをして……君達の求める先には、一体何があるというんだ」
「……知らねえよ。だがよ、渇いてしかたがねえんだ、何をやっても満たされねえ」

 そこに一切の偽りは無く、心から吐き出された募る苛立ち。確かに強くなった、もうずっと誰にも負けてはいない、それなのに……勝っても渇きが潤うことはなく。

「僕は今でも覚えている、昔に君が言っていたことを。思い出すんだ、かつての君は……」
「なんでも良いんだよ、てめえはいちいち苛つかせやがる。さっさとバトルを再開しようぜ、てめえだけは絶対に叩き潰してやるよ!」
「……くそっ、馬鹿野郎! 分かった、やってやろうじゃないか!」

 かつて出会った少年の姿。旅を始めたばかりの頃に、かつてぶつかり合ったあの日のことを思い浮かべながら言葉を続けようとしたソウスケを、レンジは荒々しい叫びと共にモンスターボールを翳した。
 自分達はポケモントレーナー、ならば闘いこそが最も適した己の言葉だ。
 残った手持ちは互いに三匹。長く険しいポケモンバトルは、ついに折り返しへと差し掛かった。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「やったなソウスケ!オノンドの進化おめでとう!」
ノドカ「げきりんを覚えたのもすごいよ!おめでと〜!」
ソウスケ「ああ、ありがとう!皆、応援ありがとーう!」
エクレア「ヒーローショーですか(笑)」
グレン「うむ、よくぞポケモンを信じた。流石は我が弟子」
ハナダ「いやいやいや、アンタ親バカか!」
タマムシ「鋭き焔の将ともあろうものが、ほだされるのが早すぎですわ」
クチバ「ふふ、……喜ばしいことだ」
グレン「むう……そんなことは無いであろう。儂は変わっておらん」
ジュンヤ「…ツルギも、サヤちゃんに会って変わったりしたのかな」
ノドカ「出会いは人を変えるけど、どうなんだろうねー……」
サヤ「ツルギは、さいしょから、やさしい、ですよ?」
ジュンヤ「う、うーーん……!サヤちゃん、良かったよ!」
ソウスケ「ところで今回の主役は僕らなんだが?が?」
せろん ( 2019/05/18(土) 14:51 )