ポケットモンスターインフィニティ



















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第十一章 激化する戦い
第85話 相打つ不撓
 今でも胸を刺すように脳裏を過るのは、あの日交わした闘いの記憶。オルビス団の首領がついに本格的に動き出し、幹部達を引き連れて現れたあの時の……レンジと繰り広げたバトル。
 必死に食い下がって、ようやく最後の一匹を引きずり出せた。しかし彼にとってはそれすらも織り込み済みで、僕らの最大火力を“メタルバースト”で返されて、皆を傷付けてしまった。
 だが……それは僕が招いた火種でもあった。かつて彼に言った『諦めない心を持つ者は必ず最後に勝利する』という言葉が、彼を此処まで歪めてしまったのだから。
 だから、その因果へ導いてしまった責任を果たさなければならない。そして……それ以上にこの身を焦がす闘争への欲求。「もう一度」、「次こそは勝つ」、闘志は炎のごとくに猛く燃え、晴天を背に滾っていた。

「ああ、行こうかヒヒダルマ。彼との決着をつけてやろう」

 アゲトシティの郊外へと続く、煉瓦の隙間から雑草の生える整備の行き届いていない路地。この道の先に彼が居る。優等生を自称する、傲岸不遜で自身の弱さを認められず悪へ身を堕とした少年。
 モンスターボールの中で闘いを待つ相棒ヒヒダルマも、かつての激突を思い出して闘志が昂っているようだ。胸を小気味良く打ち鳴らし、闘志を熱く漲らせていた。

「君の不屈の闘志、全くもって畏れ入るよ」

 暫く動けず眠り続ける程に深い傷を負ったというのに、その瞳に映るのは恐れではなく闘いの愉悦。生粋の戦士、猛る焔の闘争本能は見事なものだ、我が相棒ながら思わず笑みを零してしまう。

「ふ、尤も、僕も同じ穴の狢だがね」

 そして、人のことを言えない自分にも苦笑してしまう。相棒が傷付き倒れたというのに、己の道に迷い打ちひしがれていたにも関わらず……闘志は燃え尽きることなく、今か今かと燻り続けていたのだから。
 結局、自分も相棒も本質的に似た者同士ということなのだろう。だから僕らはここまで来れた、同じ未来を目指していられた。いや、ヒヒダルマだけではない、ジュンヤやノドカ、皆との友情……それはきっと、この先何があっても変わることは無いだろう。

「さあ、行こうかヒヒダルマ、借金を返済する時だ。この先に待つ未来の為に……まずは、目の前の壁を越えなければね」

 天には灼熱を湛える太陽が紅く燃え、眩い陽射しが進むべき道を照らしてくれる。
 最早一筋の惑いも無い、この胸に滾るのは未来へ続く夢の灯火だ。曇り無き眼、澄み渡る蒼天のごとく晴れやかな気持ちで強く、道を踏み締めた。




 萌木色の風が吹き抜けて、頬を優しく撫で付ける。燦々と降り注ぐ陽光が一面を照らし……其処に広がっていたのは、目を疑う光景だった。
 大地は深く抉れところどころの地面が溶解し、一面が跡形も無い焦土と化していて……熾烈な闘いがありありと浮かぶ。それだけの攻防を繰り広げ越えてみせたレンジ達も、それほど強くなっているということなのだろう。
 そして焦土に立ち尽くしているのは黒いジャンバー、黒髪の少年と、頭を丸めたベストの老人の二人だ。

「はっはは……どうだ、すげえだろ、最強の四天王だっておれには勝てねえんだぜ。おれは……強くなったんだ、誰にも負けねえくらいにな!」
「……やあ、久しいな、あの時以来だねレンジ」

 傲り高ぶりながらも、優等生を自称するだけあって優れた技量を持ち合わせていた。そして悪に堕ちたことで更なる力を身に付けたポケモントレーナー……そう、ソウスケとヒヒダルマにとっても因縁の浅からぬ相手であるレンジ。
 彼は最強の四天王に勝利した。このエイヘイ地方の玉座に君臨する将を討ち破り……臨んだ頂点を見据えて、高らかな哄笑をあげ振り返る。その瞳に、闇に沈んだ満たされることの無い渇望を湛えて。

「馳せ参じたか、ソウスケよ」
「ええ、ただいま戻りました、グレンさん」
「くく、てめえから来てくれるとは嬉しいぜソウスケ。久しぶりじゃねえか、丁度回復を終えたところだぜ」

 以前に刃を交わした、いつかに自分を励まして背を押したソウスケを待ち侘びたかのように、彼は憎々しげな笑みを浮かべた。
 熱く貫く焔の瞳と、冷たく閃く利鎌の瞳……交差する双眸が火花を散らし、溢れ出る闘争心が沸々と滾り鬩ぎ合う。

「ああ、僕らも嬉しいさ。こうして……此処で君達を倒せるのだからね」
「ハ、でかい口を叩くじゃねえか。前のバトルで……どっちが勝ったか覚えてんだろ?」
「忘れたな、生憎僕らは君と違って過去に拘る暇は無くてね。今までも、この先も……前だけを見据えて走り続けるのさ」
「とぼけやがって。よく言うぜ、動けなくなったヒヒダルマを抱えて絶叫してたやつがよ」

 晴れやかな笑顔を浮かべるソウスケに、彼は募る苛立ちを憎まれ口と共に吐く。その声色は軽く、しかし燦々と照り付ける陽射しが一層深く、更に濃く、黒く伸びる影を落としていた。

「……一つ、聞いても良いだろうか。君は何故、そうまでして強くなりたいんだい」
「あぁん?」

 ソウスケが、半ばひとりごちるように放った言葉は幾ばくかの寂寞を孕んでいた。その脳裏に過るのは……まだ旅に出たばかりの頃に、初めて出会ったいつかの少年の面影。

「僕とヒヒダルマは最強のポケモンマスターになることが幼い頃からの夢だった、今もその気持ちは変わらない。だが……君は何故そうまで強さに固執する、それは悪に身を堕としてまで手に入れなければならないものだったのか!」
「決まってんだろ、おれはポケモントレーナーなんだ。善とか悪とか興味は無え、強くなって……勝てれば、それで良いんだよ!」

 それは……まるで、縋るかのような震える声で。その目に映るのは“今”への執着、過去を取り戻すことを拒むかのような蜘蛛糸の希望。

「レンジ……もう、君は後戻り出来ないのか」
「する必要がねえからな、強くなれて気分が良いんだ。能書きは良い、……そろそろ始めようぜ!」

 甘く囁く暗闇に魅入られた黒いジャンバーの少年……レンジは、これ以上の対話を拒否するかのように腰に装着していたモンスターボールを構えた。
 対峙するソウスケも、腰を低く落としてボールを掴む。待ち焦がれていた闘い、待ち望んだ逆襲の好機へ胸を踊らせながら。

「どうやら、やるしかないようだね」
「当たり前じゃねえか、おれ達はポケモントレーナーだ。さっき勝敗を忘れたって言いやがったよな、だったら……もう一度その身に刻んでやるぜ、敗北ってやつをな!」
「ああ、君達の力を見せてもらおうか! 僕らは強くなったんだ、もう決して諦めないぞ……僕らの強さで君に勝つ!」

 言いながら、互いに紅白球を構えて向かい合う。その目に映るのは熱き闘志、黒き渇き。
 熾烈な闘いが繰り広げられていたことなど忘れたように、これから起こる激しいバトルを知らないかのように。一陣の清涼な風が空の彼方へ吹き抜けて、焦土と化した戦場に砂煙を舞い上げた。

「見ていてくださいグレンさん、僕達のバトルを。あなたの無念……必ず晴らしてみせます」
「ふん、当然であろう。お主は存分に力を奮えば良い」
「……はい、勿論です師匠!」

 大きく息を吸い込めば、心地良い空気が肺いっぱいに広がって……負けられない、と強く思わせる。
 これまでに歩んで来た道程に苛まれ続けて来た少年が、未来へ広がる無限の可能性に胸を高鳴らせる少年が、己の道を貫かんと対峙して……今、その手に握るモンスターボールが全力で投擲された。

「来い、てめえの力で薙ぎ払え、エルレイド!」
「先鋒は任せたぞ、存分に力を奮ってくれコジョンド!」

 蒼天を裂く相剋の軌跡の先で、紅白球が色の境界から二つに割れた。紅き閃光が空に舞い、これから闘いに臨む一匹を象ると徐々に形を為していく。
 現れたのは二匹のポケモン。かたや緑の兜を被り、肘から刀を伸ばして胸に紅い突起を生やした白衣の騎士。伸び縮みする肘の 刀で戦い、居合の名手とされるやいばポケモンのエルレイドだ。
 迎え撃つは伸張したしなやかな体躯、鞭のように長い体毛を腕に携えた拳法家の鼬。腕の体毛を鞭のように扱い、両腕の攻撃は目にも止まらぬ速さと言われるぶじゅつポケモンのコジョンド。
 赤光を払い現れた彼は、対峙する騎士へ半身を切って腰を落とし、正中線に拳を構えた。

「へ、対面はどうやらおれが優位に立ったみてえだな! エルレイド、サイコカッター!」
「さあどうかな、僕のコジョンドは強いぞ、タイプ相性など覆すかもだ。迎え撃つぞ、きあいだま!」

 そう、エルレイドはかくとうだけではなくエスパータイプも併せ持つ。案の定の有利対面に余裕を浮かべるレンジだが、ソウスケはそんなものを意に介さないかのように不敵な笑みを崩さない。
 思念を具現化させた三日月の刃が宙を裂き、気合いを高めて放つ渾身の気弾が大地を抉る。二つの技は戦場の中央で衝突すると激しく鎬を削って鬩ぎ合う。
 そして、同時に二匹が駆け出した。未だ火花を散らす気弾と念刃をすり抜けてどちらともなく接近し、拳を、刀を、腰を落として己の信じる力を振り翳した。

「切り裂け、いあいぎり!」
「行くぞ、はっけい!」

 思念を纏った鋭利な刃が、気を込めた掌底が甲高い音と共に激突した。だが……対峙する騎士の目を見た瞬間、ソウスケの顔に影が落ちる。

「……っ、そうか……分かってはいたよ」

 己の武器を翳して睨み合う二匹。かたや相手に勝つという強い想い、しかしエルレイドから向けられるのは……鮮烈な、憎しみにも似た敵意であった。その目が言っている、……『お前達さえいなければ、主人は悪に堕ちなかったのだ』、と。
 それは八つ当たりに近く、しかしそれを拒絶することは出来ない。何処かに責任を見出ださなければ刃は対象を失い錆びてしまう、ならば自分に出来るのは……彼らの憎しみに、全力で向き合うことだけだ。

「っ、うぜえやつらだな、しつこく食い下がって来やがる!」
「さあ、攻め立てろコジョンド! その勢いで押し切ってくれ!」

 威力は一歩も譲らない、相手を打ち倒さんと幾度と目まぐるしく振り抜かれる刃と拳が迎え撃つように重ね合わされ、目覚ましく火花が散る中で僅かに戦局が傾き始める。
 素の速さの差だろう、コジョンドの攻勢に白騎士の迎撃が僅かに遅れを見せた。右腕の刃が引かれ、二の太刀が放たれる刹那の間隙を掻い潜った掌底が心臓の辺りで炸裂する。……はずだった。

「いくらてめえが筋肉バカだろうが、無策で突っ込んで来るはずがねえ。何か、狙ってたこたあ分かってんだよ」
「っ、やはり一筋縄ではいかないようだね……!」
「へ、甘いんだよ。みがわりで凌げ、エルレイド!」

 レンジが嗤い、白騎士は繕った平静を崩さず、ソウスケとコジョンドは悔しさに拳を握り締める。そして突き出した掌が届く寸前に……騎士の身体が掻き消えて、眼前に在るのは体力を削り生み出した質量を持つ分身。

「てめえのコジョンド、的確に心臓を狙ってたやがったな」
「……はっけいは相手に衝撃波を与えて身体を痺れさせる技だからね。相性が不利でも……そう思ったが」
「惜しかったなあ、今のが決まれば確実にマヒになったろうが……へ、おれ様とてめえの実力の差ってやつだな」

 みがわりは掌底打と共に炸裂する気によって破壊されてしまう。だが一度防げれば十分だ、その隙があれば事足りる。

「来るぞ、退がってくれコジョンド!」
「遅いんだよ、サイコカッター!」
「迎え撃つんだ、きあいだま!」

 分身の先で腰を落として構えていたエルレイドが、瞼を開き抜刀した。後方に高く跳躍する拳法家、しかし思念の刃が飛翔し眼前へ迫る。
 半身を切って右腕に気弾を構えたが既に遅い、それを放つよりも早く届いた刃が脇腹を切り裂いた。

「急所は躱したか、だが流れはおれに来てんだよ! 攻め立てろエルレイド!」
「……ふ、そうだろうね。確実に当てるには接近するしかない、だろうレンジ……!」

 指示に従い、追い掛けるようにエルレイドも跳んだ。今は隙を突いたから当てられただけだ、瞬発力に長けたコジョンドに再び当てるには距離を深くまで詰める必要がある、それを理解しているからこそ彼は更なる攻勢に出た。ソウスケは口元に笑みを浮かべた。

「ああ、だからこの一撃で決めてやるよ! もう一度サイコカッターだ!」
「生憎、僕らの方が速さも射程も勝っているのでね! 今だコジョンド……はたきおとす!」

 互いの距離は目と鼻の先、眼下で一閃を振り抜かんと構える騎士と、それを撃ち落とさんと双腕を翳す拳法家。
 一瞬。リーチの違いにより生まれる、予備動作へ移るまでの僅かな差が命運を分けた。
 腕から伸びる白毛が鞭のようにしなり、遠心力により超高速へと加速されたそれが騎士の胸郭を強く打ち付けた。

「っ、誘導しやがったな」
「畳み掛けるぞコジョンド! きあいだま!」

 効果は抜群だ。いくら鋭き刃でも、届かなければ意味がない。あまりに重い衝撃に体勢を崩し、更に持っていた“オボンのみ”体力を回復する木の実も落としてしまったエルレイドは、地上へ向けて頭から急降下してしまい……激突する寸前に辛うじて肘の刀で立て直し、着地した時には既に渾身の気弾が眼前に迫っていた。

「……っ、軌道を逸らせエルレイド! 」

 咄嗟に翳した肘刀。その技の威力は重く、それでも構え続けることで気弾は側面を這って背後へ抜けていった。
 地面に着弾すると共に砂煙が舞い上がり、だが……安堵に息をつく暇など与えられない、眼下間近には腰を落とした拳法家が既に技を放たんとしていて。いくら相手の心を読めようが、身体が追い付けなければ意味がない。

「だったら……先制攻撃だ、かげうち!」
「その程度では止まらない、決めるぞコジョンド……とびひざげり!」

 エルレイドの影が伸びて屈んだ拳法家の背を打つが、既に勢いは妨げられない、しなやかに伸びるバネの四肢が、溜めていた力を解き放った。
 込められた弾丸が放たれるかのように弾き出されたそれは速く、鋭く、重たい渾身の一撃。捉えたのは見事な正中線、鳩尾深くに突き刺さっていて……刹那の静寂の後、拳法家が身を退くと同時に膝から崩れ落ちた。

「ふん、越えられなくば説教しておったわ。焦らせおって、馬鹿弟子め」

 そして観戦していたグレンも……あの頃の威厳はどこへやら、目付きは厳しいままで、その口元には笑みを浮かべていた。

「……くそ、使えねえな、相性有利なら耐えろってんだ」
「ふ、君の言葉を借りるなら、僕と君の実力差というやつかな。僕は逆境だろうと越えてみせる、ポケモンと共に在る限り!」
「……ふん、まあいいぜ、てめえのポケモンが物理に偏ってるのは分かってる。特防に秀でてるこいつじゃあどうせ時間の差だったろうからな」

 舌を鳴らし、不機嫌そうに眉間に皺寄せながらモンスターボールを翳す短髪の少年。彼は苛立ちを露に戦い抜いてくれたエルレイドを戻し、己のポケモンが紅白球の内から罪悪感に見上げてくるのも無視して腰へと戻した。
 そして新たにカプセルを翳すと苛立たしげに眉をしかめて投擲し、紅い閃光が迸った。

「……信頼なんて、生まれ持った能力の差を前には役に立たねえ。こいつで終わらせてやる……来い、てめえだオンバーン!」
「っ、オンバーンか、これは手強い相手だぞ……!」

 レンジの繰り出した次鋒は空を切り裂く鋭利な流線の翼、スピーカーを思わせる巨大な円耳、首元に白く柔らかい毛を蓄えたしなやかな細身の黒き翼竜。超音波で全てを砕き、闇に身を潜め獲物を狩る獰猛な狩人、おんぱポケモンのオンバーンが、咆哮をあげて蒼天に羽撃たいた。
 相手は速さと特攻に秀で、隙の無い能力を備えた竜。序盤から手強い難敵の登場へ息を呑むが……同時に、ソウスケは思わず喜びを零してしまう。
 一度コジョンドに目を向ければ、彼は効果抜群の直撃を受けてしまった為に疲労を浮かべている。このまま戦わせるのは得策ではない、ならば……「ありがとう、よく頑張ってくれたね。一度戻って態勢を立て直してくれ、コジョンド!」と戻して労いの言葉を掛け腰に装着すると、レンジが我が意を得たりと嗤った。

「おいおい、逆境だろうが越えるんじゃねえのかよ、拍子抜けさせやがって」
「必要以上の負担を強いるつもりはない、それだけのことさ。生憎、僕は安易な挑発に乗るつもりはないぞ」
「ものは言い様たあよく言ったもんだぜ、情けねえやつだ。で、次は何を出すんだよ、また相性不利なやつで来てくれんのか?」

 ……竜を討つにははがねタイプのジバコイル、一瞬そんな考えが脳裏を過ったが、すぐさま判断を切り替える。相手は特攻と素早さに秀でたドラゴンだ、十中八九“かえんほうしゃ”を備えている。下手をすればいかりのまえばと合わせて一気に削られるだろう、ならば……。

「ひこうにはひこうだ、ここは君に任せたぞ。さあ、舞い上がれウォーグル!」

 現れたのは、力強く羽撃たく紅き猛禽の勇。勇ましく広がる天を覆うがごとき大翼、掌状に伸びた白い羽飾りの鶏冠、そして引き締まった逞しい脚の先に伸びる、何より目を惹く獰猛な爪。
 仲間の為なら如何な傷も厭わず戦い、誇り高く死さえ恐れぬ勇猛な気質から空の勇者と呼ばれるゆうもうポケモンのウォーグルだ。

「あん時のワシボン、進化したみてえだな」
「ほう、覚えているのだね。ああ、204番道路で僕が捕まえた彼が此処まで強くなったのさ」
「以前には後れを取っちまったが……昔のおれとはちげえんだ。そいつもヒヒダルマもぶっ倒してやるぜ」

 そう、このワシボンはかつて204番道路 ソウスケがハーデリアと共に捕まえたポケモンであり、レンジが以前に捕獲し損なった猛禽の勇でもある。
 だが黒髪の少年……レンジがそれ以上懐かしむことは無い。今の彼が求めるのは、渇望を満たす勝利という美酒だけなのだから。

「最初から全力だ、行こうウォーグル! いわなだれ!」
「そんな見え透いた攻撃は通らねえよ、ばくおんぱ!」

 頭上から対する敵を穿たんと迫る無数の巨礫、しかし翼竜が羽撃たきと共に耳を振動させると、スピーカーから放たれた音波の超振動がその悉くを粉砕してしまった。
 砕けた細かい石の破片や砂の粒子が降り注ぎ、それを浴びながらオンバーンは不敵に笑った。
 その闘いを愉しむ獰猛な様子を仰ぎながら、ソウスケは安堵に胸を撫で下ろす。……オンバーンは気性が荒いと以前にジュンヤが言っていた、それもあるのかもしれないが、エルレイドのように遣る瀬無い憤りを受け止めるのは心が痛んでしまうから。

「続けて行くぜ、りゅうのはどう!」
「ブレイククローで迎え撃て!」

 大きく開け放たれた砲口から、激しく燃える群青の光が迸る。しかし対峙する大鷲も引けを取らない、鋭利な脚爪を突き出して空襲を仕掛け、波動を切り裂きながら眼前に迫っていった。

「その威力、持ち物はいのちのたまか。だったら……いかりのまえばだオンバーン!」
「しまっ……!」

 直撃は避けられない。それを悟ったのか自ら飛び込んで来た翼竜は翻り、体側を爪撃に裂かれながらも鎌首をもたげて、ウォーグルの胸に鋭利な牙を深く突き立てた。
 そして一瞬で持ち物が割れてしまった。そう、紅鷲の持ち物はいのちのたま、持っていると徐々に体力を奪われる代わりに限界以上の力を引き出す持ち物。なのだがウォーグルの特性はちからづく、命を奪われる副作用すらも帳消しにして力を引き出すことが出来る。

「……やはりあのオンバーンの特性はすりぬけか」
「っ、容易くりゅうのはどうを突破するたぁやりやがる、侮れねえな……!」
「君こそね、流石に強く鍛えられているようだ……!」

 いかりのまえば、その真価は相手の傷が浅い程に発揮される。引き剥がそうと藻掻く程に食い込んで行き、「平静を保て、脚力を活かすんだ!」主の一喝に感情を冷やし、強靭な脚で引き剥がすように強く蹴り付けるとようやく前歯を引き抜くことが出来た。

「ハ、もう消耗しちまってんじゃねえか。そんなんでこのおれさまに勝てると思ってんのかよ」
「確かに、手強いな君のオンバーン。だが勝負は此処からさ、逆境と好機は裏表とはよく言うものだろう」
「根拠の無え理屈だな。やめた方が良いぜ、てめえはおれに勝てねえ、後で恥を掻くだけだかんな」
「君の傲りと同じように、かい。経験者は語るというやつかな」
「相変わらずうるせえな、虫酸が走るぜ」

 含みを持った言葉を意にも介さないレンジも、自身の突かれたくない過去へと触れる一言は顔には出さないながらも随分気に障ったようだ。苛立ち混じりに吐き捨てて、翼竜は自身への称賛に気を良くしながらも対する鷲への敵意に眼をぎらつかせる。

「だったらこいつはどうだ、オンバーン、懐に潜り込め!」

 その指示で、相手の技構成を省みれば対するレンジがどう攻めてるかある程度の予想は出来る。だが……あとはどう対応するかだ。

「迎え撃つぞウォーグル、いわなだれ!」

 大地を踏み締めて大翼を拡げ、無数に降り注ぐ岩の礫。しかし雨の如くに降り注ぐ岩弾の悉くを旋回や静止、急加速で容易く躱して紅鷲の眼前に躍り出た。
 相手は瞬発力、小回り、機動力全ての面においてウォーグルを上回る、ならばそれに抗する手段は一つだけ……!

「来るか、だが君には退路など必要ないだろう、真正面から迎え撃つ! 構えてくれウォーグル!」
「自らやられに来やがったか、だったら望み通りに焼き尽くしてやるぜ! オンバーン、……りゅうのはどう!」

 瞬間、翼竜が白毛に隠していた蒼い宝石……ドラゴンジュエルが閃いて、先程のそれよりも更に威力を増した夥しく燃える蒼光が迸る。ウォーグルは真正面からそれを浴び……しかし、呑み込み全てを流し去る波涛のような光の奔流に、鋭爪を地面に深く食い込ませ、脚で力強く踏み締めて必死に踏み留まっていた。
 次第に、光が止んでいく。衝撃で地面が深く陥没し、砂塵が嵐の如くに吹き荒び……その中から、鈍く光る力強い鉤爪が飛び出してきた。

「……肉を切らせて骨を断つ。これで、ようやく君を捉えた!」
「……っ、なんつーまけんきだ、バカじゃねえのか! 離脱しろオンバーン!」

 だが一足遅かった、砂塵から突き出した脚に顔面を掴まれてしまい、オンバーンも負けじと爪を立てて引っ掻くが紅鷲は意にも介さない。
 全身に深い傷跡を刻みながらもなお崩れ落ちぬ空の勇者、勇猛果敢な真紅の猛禽ウォーグルは翼竜を掴んだままに飛翔する。紅く爛然と燃える太陽に届きそうな程に高く、高くへと舞い上がり……大空高くに、太陽を背に勇姿が翼を羽撃たかせた。

「決めるぞウォーグル、フリーフォール!」
「……っ、まずいオンバーン! ばくおんぱだ、離脱しろ!」

 そして空の勇者は、其処から天駆ける流星の如く猛然と急降下していく。この一撃を食らうのはまずい、狼狽を浮かべ指示を飛ばすレンジだが顔を掴まれ凄まじい勢いで落ちていては技を放つに放てない。
 オンバーンには成すすべが無い、盛大な破裂にも似た衝突音が響いて共に再び砂塵が舞い上がり……その中心で、勇猛なる一つの影が立ち尽くしていた。

「よくやってくれたね、ウォーグル。これで……」
「……終わって、たまるかよ。てめえの体力はまだ残っているはずだ、だったら分かってるよなあ!」

 刹那、空気が凍り付くように張り詰めた。背筋を走る悪寒に「まずい、ブレイククローだウォーグル!」と叫ぶが、動くにはあまりにも遅すぎた。

「今度こそぶっ倒してやるぜ。オンバーン……ばくおんぱ!」

 太く逞しい強靭な脚から伸びる鋭利な爪が翼竜の眼前に振り翳され、しかしそれが届くことはなかった。スピーカーの耳が揺れると爆轟の如き凄まじい振動が巻き起こり、紅鷲は全身を切り裂く衝撃に耐え切れず吹き飛ばされてしまった。

「……ありがとうウォーグル、よく闘い抜いてくれたね。君の奮闘に感謝するよ、絶対に無駄にはしない」

 足元まで転がって、意識の朦朧としている紅鷲を抱き抱えるとソウスケは穏やかな声色で労いを送る。その言葉に、ウォーグルは敗北への屈辱以上の充実感を得たようだ、穏やかに瞼を細めながら眠りについた。

「……本当にありがとう。戻って休んでくれ、ウォーグル」
「……へ、どうだ、おれは強いんだよ。信頼とかじゃあ越えられない壁がある、だからおれはこの道を選んだ、今のおれは負ける気がしねえぜ」

 対するレンジは、自分の為に闘い抜いてくれたオンバーンを労うことなく己の力を誇示するように嗤っている。しかし、その表情が途端に引き締められた。

「だが、認識を改めるぜ。てめえはやっぱりむかつくやつだ、だから……本気で叩き潰してやる」

 それは苛立ち以上の警戒心。見れば、翼竜は勝利こそ掴んだものの肩で深く息をして酷い消耗が目に見えている。当然だ、何度も力自慢のウォーグルの攻撃を受けたのだから無事で済む筈がない。
 想いは繋がった、これで勝機は十分にある。

「……強くなる為に足掻き苦しみ、その果てに君が選んだ道がそれだというのだね。だが、それでも道は譲れない、ならば僕が選ぶのは」

 彼は間違っている、一言にそう糾弾するのは容易いが、同じポケモントレーナーとしてその苦しみは痛い程に理解出来る。
 強くなりたい、その純粋な願いを否定することなど出来はしない、己とて絶対に同じ道を選ばないとは言い切れないのだから。
 しかし絶対に彼に負けるわけにはいかない。この闘いには自身や仲間のポケモン達の命運だけではない、あるいはレンジの未来までもが掛かっているのだから。
 想いを貫き勝利する、悪に堕ちた好敵手を闇の中から引き戻す。その為に、ソウスケは一つのモンスターボールを選び取った。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「相手はレンジか、以前にも増して強くなったみたいだな……!」
ノドカ「まさかグレンさんが負けちゃうなんて……でも!ソウスケ達がいてくれるもんね!」
ソウスケ「ああ、任せてくれ!僕らは必ず勝利してみせるぞ!」
ジュンヤ「ところでレンジって、あれだけ強さに拘ってるけどオルビス団ではなにをしてるんだろうな」
ノドカ「たしかに、どうしたらあんなに強くなったんだろうね〜」
ソウスケ「やはり特訓じゃないかな!悪に堕ちたことでダークでダーティーな感じの特訓にも手を出したのさ!」
ジュンヤ「ふむふむ、どんな感じなんだ」
ソウスケ「普段なら絶対に許されないステロイドを服用しての筋トレや、タウリンなどを限界以上に使ったりとか?」
ジュンヤ「なんか地味……!確かに良くないことだけど、こう……悪の組織にしては地味すぎる!」
ソウスケ「ははは、冗談さ。とはいえあの言動、……きっと血の滲むような思いをしてきたのだろう。それでも、勝つのは僕らだがね」
せろん ( 2019/05/01(水) 08:56 )