ポケットモンスターインフィニティ

















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第十一章 激化する戦い
第83話 燃え盛る焔
 少女が……絶望を露に膝から崩れ落ちる。その瞳には涙が溜まり、顔は怒りと悲しみと屈辱と……己が無力への嘆きに歪んでいて。

「やっぱおれさまには勝てなかったな。ま、てめえはこれでお仕舞いだ」

 黒い革のジャンバーを羽織った少年……レンジが、退屈そうにモンスターボールを翳して相棒である白銀の鉄鎧を戻すと踵を返して歩き出す。

「教えて下さい、レンジさん……あなたの目的は、オルビス団の目的は一体何ですか」
「はは、決まってんだろ、おれさまはポケモントレーナーだぜ。おれが目指すのは誰にも負けない絶対の力だ、だからまずはてめえら端役を潰しに来たんだよ」

 ま、ヴィクトルの目的なんて知らねえしどうでも良いけどな。そう続けられ……彼の言葉は、つまり「自分さえ強くなれれば、他の者がどうなろうが構わない」「弱い奴らには最早用が無い、だから片付けに来た」ということなのだろう。その言葉に一層の憤怒を抱くが、最早自分に出来ることなど何もない。

「じゃ、まあ要らねえがレイに言われてるんでな。てめえのポケモンももらってくぜ」
「ラクライ、みんな……。ごめん、なさい……!」

 うちひしがれて抵抗する気力すら失っているエクレアに手を伸ばし、そのベルトに装着された五つの紅白球に乱暴に手を伸ばして掴もうとして……踵を返し、振り返るとその口元が弓形に歪められた。

「レンジくん、どうしてここが……ううん、エクレアちゃんに何をしてるの」
「お主の悪行も其処までだ、少年」
「へ、もう嗅ぎ付けて来たのかよ、四天王の大将さんよ」

 背後に立っていたのは、頭を丸めベストを着た老人と、黒髪で橙色のパーカーを羽織った少女。
 最強の四天王グレンに、もう一人は……ジュンヤの金魚のフン、確か、ノドカって言ったか。

「あのムカつくヤロー……ルークはこの街のジムリーダーだ。それに未だにオルビス団員からジュンヤの目撃情報は出てこねえ、となれば必然絞り込まれっからな」
「さすがは優等生だね、レンジくん。……あなたは、こんなことをしなくても強かったのに」
「うるせえ、まだだ、まだ足りねえんだよ! ツルギもジュンヤもソウスケも……おれが倒す!」
「ノドカさん、グレンさん……! 来てくれたんですね……!」

 激情を露に叫ぶレンジの足元で、エクレアは安堵と自責……泣きそうな顔で振り返った。

「エクレアちゃんが帰ってくるのが遅かったから、もしかして、と思ってサヤちゃんがタマムシさんと、私はグレンさんといっしょに探してたの。……だいじょうぶ?」
「はい、なんとか……。でも、ラクライが……」

 少女が彼の握っているモンスターボールを見て理解した、彼女の相棒はそこにいるのだと。つまり彼に勝たなければ取り返すことは出来ない。だからこそ彼女は打ちひしがれていて、しかし、逆に言えば……。

「……でも、ここにラクライがいてくれるのね! それならきっと……だいじょうぶよ!」
「……ふふ、ノドカさんらしいです」

 今ツルギくん達は居ないが、ここには最強の四天王が居る。ならばきっとだいじょうぶだ、勝てば良いだけなのだから!

「おれに勝てたら返してやるよ。さて、どっちからおれさまに挑むんだ?」
「能書きは不要、今の儂は機嫌が悪い」
「へ、ジジイかよ。最強の四天王か、相手にとって不足はねえな」
「グレンさん……がんばってください」

 愉しみを邪魔されたこと、仲間を傷付けられたこと、永平を脅かす悪に与していること……どれも赦されざる狼藉だ。そして何より……ポケモンをただの道具としか扱っていることが、最も彼の怒りを掻き立てる。
 老人が迷わず一歩前へと歩み出し、駆け寄って来たエクレアをノドカが抱き寄せ、落ち着かせるように頭を撫でながら睨み付けた。

「少女よ、疲弊を癒すのが先決だ、戻って休んでおれ。付き添いは任せたぞ」
「はい、信じていますグレンさん。行こう、いっしょにラクライの帰りを待とうねエクレアちゃん!」
「……はい! すみません、お願いします、グレンさん……!」

 エクレアが眼鏡を外して涙を払い、目を赤く晴らしながらも気丈に頷いて、ノドカがそんな彼女を慰めるように明るく笑顔を咲かせる。
 二人の帰りを見届けたグレンは、辺りに建ち並ぶ家屋や遊具を一瞥し、一つの提案をする。

「此処は儂のポケモンが闘うには窮屈すぎる。場所を移そうぞ」
「構わねえぜ、おれもこんなとこじゃ持て余しちまうからな。全力で叩き潰してやるぜ」

 モンスターボールを握り締めながら、かたや眉間に深く皺寄せ、かたや不敵に笑みを浮かべながら吐き捨てる。互いに視線を逸らすことは無く、郊外へ向けて歩き始めた。



****



 強烈な尾の一撃に吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれてしまってすぐには身動きが取れない紅の狒々へ向かって暴竜の三つ首が睥睨する。その口元には悪意に満ちた波動が蓄えられており……瓦礫ごと吹き飛ばすつもりだろう。
 既に“しろいハーブ”でりゅうせいぐんの反動は回復されている、直撃すればただではすまない。
 華が開くように拡がった漆黒のたてがみに覆われ、藍色の強靭な竜鱗に全身を包んだ三つ首を携えし蒼黒の暴君。口元に歪んだら笑みを湛え、悪意に満ち満ちた螺旋の波動を蓄えている。

「サザンドラァ、あくのはどうだぁ」
「ぐ……っ、まずい、避けてくれヒヒダルマ!」
「……此処が、私達の限界のようだ。だが……」

 主であるソウスケの言葉は、意味を為さない願望だ。今から避けようとしたところで間に合わないのは見えている。その時、スーツ姿の青年と、二メートルを優に越える凍氷の白熊が決意に瞳を燃やして一歩前へと歩み出した。

「おいソウスケ、……悔しいが私達より君達の方が強い。だから……ジュンヤ、ソウスケ、後は任せたぞ!」

 彼らが何をしようとしているかなど容易に想像がついた。……自身を賭して盾となって、ヒヒダルマを守るつもりなのだろう。

「シアン、ツンベアー! ……ああ、くそ、僕らが任されたぞ!」
「ああ、信じてくれ。オレ達で……このふざけた暴君を止めてみせる!」

 ソウスケとジュンヤの言葉に追従するように、瓦礫の底から雄叫びをあげ、ジュンヤの隣で力強く頷く。
 二人の強い決意を聞いて、シアンとツンベアーは安堵したようだ。清々しい表情で微笑んだ後に此処モリオンタウンを脅かす悪を睨み付け……。

「行くぞツンベアー! 私達のエイヘイ地方をこれ以上好きにさせてたまるか!」

 四つ這いになり紅狒々を敷く瓦礫の前に躍り出て、其処を悪意を集束させた紫黒の螺旋が貫いた。
 波動の炸裂と共に爆発して、辺りのアスファルトを抉りながら黒煙が舞い上がる。衝撃に勢い良く吹き飛ばされるとシアンを巻き込んで既に半壊した民家へ突っ込み、仰向けに並んで倒れるとそのまま動かなくなってしまった。

「おーおー、賢明だぜえー。一番の雑魚を捨て駒にすんのはなあ」
「捨て駒じゃあない、僕らは……彼らに想いを託されたんだ!」
「はっははあ……やってるこたあ、変わんねえじゃあねえかよおー?」
「ああ、確かにお前の言う通りかもしれない。だから……シアンさんの想いを無駄にしない為にも、オレ達はお前達に勝つ!」

 渇いた哄笑と共に放たれたアイクの言葉は、確かに結果としては間違ってはいない。だが……託された想いは、希望はこの胸で確かに萌えている。
 相手はこのエイヘイ地方を脅かす巨悪の幹、それでも自分達は強くなったのだ。親友と視線を交わして頷き合う、絶対にこの戦いを越えるのだと。

「あくのはどう」

 再び悪意に満ちた紫黒の螺旋が三叉の頭から放たれ、一つに集束する空を裂き地を抉りながら迫り来る。

「迎え撃とうソウスケ! ゴーゴート、リーフブレード!」
「ああ、合わせるぞジュンヤ! ヒヒダルマ、アームハンマー!」

 首から背中にかけてを瑞々しく繁る緑葉に覆われ、黒く歪曲した角を携えた草山羊が蹄で地を蹴り高く嘶く。瓦礫を吹き飛ばし現れた、熱く燃える炎の眉毛、太く逞しい灰塵の剛腕を振り上げた紅狒々が力強く鼻息を吹き出した。
 翠緑に輝く極光の刃が眩く晴天に輝き、筋肉を隆起させた鉄槌の拳が高く翳された。黒く逆巻く螺旋の渦と双撃がぶつかり合い、光の欠片と火の粉が舞い散って、闇の残滓が地を穿つ。
 流石は思いのままに全てを貪る暴竜、あまりの威力に二匹がかりでも抑えることが出来ず次第に後退していくが……。

「く、……まだだ、お前達なら耐えられる! 行けるよなゴーゴート!」
「ヒヒダルマ、君も踏ん張るんだ! この程度……僕らならば越えられる!」

 主の声援に、想いを託された二匹が大地を力強く踏み締めて力で応える。距離が離れたのも幸いしたのだろう、ようやく互いに鎬を削り合う均衡へと傾き……そこまで来れば凌ぐのは容易い。ゴーゴートとヒヒダルマが頷き合うと呼吸を合わせて武器を振り上げ、僅かに軌道の逸れた螺旋の波動は虚空の彼方へ吸い込まれていった。

「随分と腕をあげたなあー。はは、こいつぁ……ヴィクトルの思った通りだぜえ」

 あの時のように“まもる”を使って防ぐのではなく、自身の純粋な力によって凌ぎ切ってみせたのだ。
 彼は正直半信半疑だった、そうヴィクトルの言う通りに未来が描かれていくのかと。しかし今なら確信出来る、これは……。

「攻め時と見た! 行くぞヒヒダルマ、アームハンマー!」
「援護するぞゴーゴート、エナジーボールだ!」
「無駄だぜーえ、半減だかんなあ」

 首元に生えた緑葉のエネルギーを力に変えて、圧縮した翠緑の光弾がサザンドラ目掛けて放たれる。しかし漆黒の暴竜は身動ぎ一つせずにそれを受け止め、何事も無かったかよように向かってくる紅狒々へと視線を映した。
 やはりあの竜鱗は相当厄介だ。大抵の攻撃を受け付けずに弾き返してしまう。思わず唇を噛み拳を握り締めるが、戦況を見据えてただちに思考を切り替える。

「まずい、避けろヒヒダルマ!」

 眼前に躍り出てアームハンマーを放とうとしたヒヒダルマだが、その脇腹に波動を蓄えた竜頭が突き付けられている。

「やらせない、オレ達が守ってみせる! ゴーゴート、リーフブレードだ!」

 大地を蹴り付け跳躍する。空中では回避が出来ない、絶体絶命のヒヒダルマを突進で突き飛ばし、その瞬間に翠緑の光刃を伸ばすことで側面を滑らせてなんとか波動を躱し切る。

「大丈夫か、ソウスケ、ヒヒダルマ!」
「すまない、助かったよジュンヤ、ゴーゴート!」

 声を掛けると元気に頷く一人と一匹。先程から戦いの様子を観察していたが……奴にら攻め入る隙が全く無い。アイクさえ居なければ興奮させて隙を突くことが出来る、だが……今それを期待することは出来ない。完全に激情を含めて制御されている、何より恐ろしいのは……あの暴竜を手懐け戦局を俯瞰しているアイクだ。

「はっはあー……。こいつの冷静さを失わせよう……なんざあ、無理なんだぜぇ」
「っ、分かってるさ」

 見事に思考を読み取られていた。人並み外れた記憶力と洞察力……エドガーやレイと並ぶ幹部の力は伊達では無いようだ。だが負けるわけにはいかない……腰を低く落として振り返る相棒の視線に力強く頷いて、幼馴染みの少年へと声を掛ける。

「聞いてくれソウスケ、この戦い……相手の隙を突くなんて考えない方が良い」
「つまりグレンさんとのバトルの時のように無理矢理隙をつくり出すか……」
「ああ、上から叩くしかない。だからオレ達が時間を稼ぐ、任せたぜソウスケ!」
「分かった、信じているぞジュンヤ! 準備は良いなヒヒダルマ!」
「はらだいこを発動する……時間稼ぎってえやつかあ。前にもやられちまったもんなーあ」

 ……以前の邂逅の際にも用いた奥の手、やはりアイクはそれを覚えているようだ。それでも今の自分達に打てる手は他に無い、だったら……これに全てを賭けるしかない。

「来いアイク、どんな攻撃でもオレのゴーゴートが受け止めてやる!」
「行ってやるよお、へっへえ、サザンドラァ」

 アイクの指示に従順に従い、サザンドラが大空高く飛翔して凄まじい勢いで急降下してくる。迎え撃つのは身体を葉に覆われた深緑の草山羊、消極的だが最も確実な方法だ。一度だけでいい、そう、たった一度だけ攻撃を防ぎ切れば良いのだから。

「行くぞヒヒダルマ、全霊で乗り越えてみせる! はらだいこ!」
「気ぃ張れよお、あくのはどう」
「必ず防ぎ切ってみせる……まもるだぁっ!」

 ヒヒダルマが大空へ向けて胸を張り、両手の平を高く翳して楽器を叩くかのように小気味良く腹太鼓を打ち鳴らしていく。
 心の生み出す極光の結晶が二人と二匹を覆うように半球状に展開し、翳された盾に三叉の波動が突き刺さる。
 ドラゴンタイプ最強の大技“りゅうせいぐん”……それを真正面から受け止めたことによって僅かに綻び生まれている、それでも彼らは強く願っている、「必ず守り抜いてみせる」と。

「ぐっ……、堪えてくれゴーゴート! 後もう少しだけで良いんだ!」
「はは……やるなあレイのお友達よおー」

 眩い輝きを放ちながら堅く拡がる極光障壁を貫かんと突き立てられた破滅の旋刃。闇の波動を拡散しながら、岩盤を抉り抜くように結晶を掘削していく。光晶が弾け、綻びを中心に次第に亀裂が走りヒビが広がる。
 闘志を高揚させ心を昂らせる戦いの旋律が奏でられる中で放たれたジュンヤの叫びに、相棒ゴーゴートは一層強く想いを固めた。その瞬間に心の障壁は再び輝く、瑞々しく閃き力を取り戻すと、今度こそ螺旋に壊されない絶対防御の盾となる。

「……よおーく耐えられたじゃあーねえかー」

 次第に螺旋波動の意気が衰え、おもむろに悪意が止んでいく。耐え切った……! 安堵に思わず脱力して膝を付きそうになるのを堪えながら親友とその相棒である紅狒々を見遣ると、どうやら此方も成し遂げたらしい。

「さあ、揚げていくぞヒヒダルマ! 闘いは此処からだ、想いを、闘志を燃やし続け……突き抜ける!」

 よろけて覚束ない足取りのゴーゴートを支え、ヒヒダルマが庇い立てるように前へと歩み出た。
 その全身は抑え切れずに内から溢れ出した焔に覆われている。絶えず紅炎が火柱を上げ、踏み締めた大地が身体から迸る余熱に赤熱していく。

「おれが壊すか、てめえで壊れるか……まーあ悪かねえなあ」

 最早誰にも歯止めが掛けられない、リミッターを外して全身から爆炎を噴き出す炎上の狒々を前に、オルビス団に連なる巨悪の幹と、その相棒である三首を備えた漆黒の暴竜は、邪悪な嗤いに口唇を歪めた。



****



 アゲトシティの郊外、背の低い草むらが白く波打ち疎らに細木の生えた広大な平地エイヘイ平原。
 不穏な気配を察したのかオタチやコラッタといった野生のポケモンは散開し、木の振りをしてやりすごそうとしていたウソッキーも二人の殺気に危機感を覚えたのか何処かへ走り去っていった。
 黒いジャンバーの少年レンジが不敵に笑い、ベストを着て頭を丸めた老人グレンは真顔で向かい、ラクライを賭けた闘いが繰り広げられている。戦況は五分と五分といったところだが、戦法や立ち回りを見るにレンジはグレンの戦法を予め頭に叩き込んでいる、拮抗が崩れるとしたら……恐らくここからだ。

「ブーバーン、かえんほうしゃだ!」
「は、レイのブーバーンの炎に比べたら随分涼しいぜ」

 砲台のように開いた腕の先から、凄まじい熱量の炎が噴射される。しかし少年は嘲笑と苛立ちのない交ぜになった口調でそう吐き捨て、炎が十字に切り裂かれると中から脱兎のごとくに刃を携えた緑兜の白騎士が現れた。

「エルレイド、サイコカッター!」

 懐に潜り込み、超至近距離で思念の刃が一閃される。真正面から切り裂けるにも関わらずその技を選んだのは、ほのおのからだを警戒してのことだろう。だがその程度では倒れない、ブーバーンが口元を歪め不敵に笑った。……同時に、それを見透かしていたかのように、レンジも弓なりの笑みを浮かべる。

「へっ、……大技が来るぞ、構えろよ!」
「最大火力だ、主砲を放て! ブーバーン、オーバーヒート!」
「甘えんだよ、読めてるぜ! みがわり!」

 橙の宝石が閃き、グレンの眉間が深く皺寄せられた。悉くを灰塵へ還す業火の熱線が総てを焼き尽くし、草原が火の海へと姿を変えていく。しかし……熱線が捉えたのは自らの体力を削り生み出したエルレイドの分身だ。肝心の本体は焦土と化したのを見届けてから、空より現れ着地した。

「四天王っつーのも大したこたあねえな。わざと近付いたんだよ、おれは」
「若造め……」

 情報アドバンテージから生まれた僅かな差、そしてそれ故に生まれたほんの一欠片の焦燥が此処に来て戦局を大きく左右してしまう。白騎士は懐に潜り込むと腰を落として刃を構え、

「いあいぎり!」

 一閃と共に……ブーバーンの樽の巨体が崩れ落ちた。そしてそれと同時に、エルレイドの身体が唐突に炎上を起こしてしまう。

「っ、うぜえな、ほのおのからだでやけどか」
「戻れブーバーン。……済まぬ、みくびっていたわけではない、だが……今のは儂の判断の誤りだ」

 労いと共に闘い抜いてくれた大切なポケモンを赤い二本線の入った青と白の球……スーパーボールへ戻し、自省と共に謝罪を伝える。
 蒼白球の中ではブーバーンが申し訳なさそうに見上げてくるが、グレンは微笑と共にボールを腰へと装着し……少年が、眉間に皺を寄せる。

「……へっ、四天王様はポケモンがやられたってのに立派なもんだ。大したこって」
「友を労ることすら出来ぬ者に四天王は務まらぬからな」

 レンジが苛立たしげに舌を打ち鳴らし、憎々しげに対峙する老人の厳格な瞳を睨み付けるが、彼は僅かも動じず次を構えた。

「次はお主に任せたぞ。バクーダ!」

 続けて現れたのは、赤い剛毛に全身を覆われ、骨が形を変えた二つのコブを背中に持ち、力強い四肢で大地を踏み締めるふんかポケモンのバクーダ。嘶きをあげて白騎士を睨み、暫時の睨み合いの後に選局が動き出した。

「退かぬか、ならば此処で仕留める! バクーダ、ふんか!」
「ここでわざわざ引いたところで、もう役には立たねえだろうからな。サイコカッター!」

 思念の生み出した三日月の刃は、しかしやけどによって全力を出すことが出来ない。剛毛を貫くまでには至らず……コブから噴き出した摂氏一万度の煮え滾るマグマが、岩石が、白騎士の鎧を貫き燃やし尽くした。

「ま、所詮この程度が限界か、戻れ」

 エルレイドは己が無力を噛み締め、罪悪感に主を見上げるが彼は無感動に紅白球へ戻すと次を構える。
 戦場は未だ迸るマグマに覆われている、地に脚のつくポケモンでは不利だろう。ならば次に出すのは決まっている、迷うこと無く乱暴にモンスターボールを掴み取ると、荒々しく投擲されて宙に紅い閃光が駆け抜けた。

「次はてめえだ、来い、オンバーン!」

 彼が繰り出したのはスピーカーのような大きな円耳、首元に白いふさやかな毛を持つしなやかな細身の黒い翼竜。闇に身を潜め獲物を狩る獰猛なハンターが青空高くへ翼を広げ、地上で構える火山の化身を睥睨した。

「ふんかは面倒だ、さっさと奴の体力を削る! りゅうのはどう!」
「構わん、放てバクーダ! ふんか!」

 大きな口から群青に渦巻く旋風のごとき衝撃波が放たれる。しかし火駱駝はそれを己の肉体で受け止め容易く耐え切ると、力強い嘶きと共に再び背中が噴火した。
 コブから堰を切ったように空にアーチを描くマグマが噴き出し、小さな岩石が勢いに乗せて表面を溶かしながら放たれる。
 だが翼竜は優れた動体視力と反射神経を備えている、身を翻して空を撃ち、次々に迫り来る溶岩とマグマを躱していくと……一際大きな岩石が眼前を通り過ぎていった。……否。

「機を逃すなよバクーダ、アイアンヘッド!」
「……っ、迎え撃て! いかりのまえばだ!」

 それは先程までマグマを噴き上げていた火山の化身だ、どうやら本当の狙いは噴火によるダメージではなく……自身を紛れ込ませて接近することだったのだろう。
 細身の竜の背に鋼のように硬くなった鉄槌の頭が思い切り打ち付けられる。反撃で辛うじて前肢に鋭い前歯で傷を残すことは出来たが勢いを殺せず、そのままうつ伏せに地面に叩き付けられてしまう。

「続けてストーンエッジだ!」
「めんどくせえ……! ばくおんぱだ!」

 更に着地と同時に岩槍が迫り上がる。耳から放つ爆音の超音波が列を成す岩柱を砕きバクーダの全身へ伝わっていくが、流石は四天王の相棒、それすら耐え抜いて技を続ける。
 瞬間、オンバーンの真下の地面が隆起し天を衝く鋭利な岩刃が鳩尾を深く抉り抜き……打ち上げられた翼竜は、力無く背中から地面に墜落してしまった。

「……急所に当たったか、使えねえ!」
「よく耐えてくれた、バクーダよ」

 ……危なかった。いかりのまえばは相手の体力を半分も奪ってしまう強力な技、くわえてばくおんぱは超高威力の大技だ。もし……急所に当てられなかったら、後一撃でももらっていたら危なかっただろう。

「少年よ、何故お主は何を其処まで恐れている?」
「……ああん?」

 またも苛立たしげに舌を鳴らしながら、自分の為に戦い抜いてくれたにも労いの一つも掛けず、暴言を吐き捨てモンスターボールへ戻した。
 それを見て、グレンが怒りを堪えた険しい口調で語り掛けた。

「お主の使令は見事だ、事前に敵を調べ対策を講じて闘いに望む。堅実で見上げた心掛けなり」

 少年は確かに態度こそ見苦しいものだが、そんな言動とは裏腹に敵を知り己を知って、筋道を立てて誠実に戦いに臨んでいる。しかし……だからこそ態度が不可解に映る。
 常に何かに追われているかのような焦燥、ポケモンが敗れた一瞬のみ、その眼を微かに彩る恐れ。

「だが闘いは一人で進められるものではない、ポケモンが居て初めて成り立つもの。敗北の責から必死に逃れ……何が其処までお主を駆り立てる、何故闘いの舞台に臨んでいる」
「……知るかよ、何でも良いだろうが。おれは強くなれればそれで良い、ここで敗北するてめえには関係ねえんだよジジイ!」

 此処に来て、かつてない激情を露にする少年の顔は……まるで歪曲した刃のように歪んでいた。口元に湛えられた不敵な笑みと逆に一切眼は笑っておらず、振り翳した力とは裏腹に勝利をしても満たされぬ渇望と募る苛立ち。

「次はてめえだ、おれの激情で焼き尽くしてやるぜ! 来やがれカエンジシ!」

 問答はそこで終わった、これ以上を許さぬ少年の一喝によって。
 未だ煮え滾る大地に降り立ったのは爆炎のたてがみを携えた百獣の王者。力強い前肢でマグマの流れる地を踏み締め、低く響く獰猛な咆哮が晴天を裂く霹靂のごとく響き渡った。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「なんとか時間稼ぎは済ませたぞ、ソウスケ、後は任せた!」
ソウスケ「ああ、思いは託されたぞジュンヤ!シアンさんとツンベアーの為にも、この戦い……負けられない!」
ノドカ「良かったよ、エクレアちゃんが無事で……グレンさんががんばってくれてるし、ラクライが帰って来た時の準備をしなきゃね!」
エクレア「はい、手持ちはラクライの為に一枠開けていますから!後はまた一緒に強くなるだけです!」
サヤ「手持ちが、五ひき……?レンジさんとの、バトルは……どうしたんですか?」
エクレア「五対六でした……」
ソウスケ「ちなみに結果は?」
エクレア「二匹しか削れませんでした……」
ジュンヤ「……まあしかたないさ、ラクライが居たら冷静じゃいられないよな」
エクレア「単なる実力で、負けました……」
ノドカ「……み、みんな!エクレアちゃんのためにもがんばろっか!」
ソウスケ「……ああ!」
せろん ( 2019/03/26(火) 18:02 )