ポケットモンスターインフィニティ



















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第十章 雌伏の勇士達
第76話 水面に光る想い
 ──終焉の刻まで、残り12日。



 灼熱の炎が舞い上がり、光の盾が展開する。紫電が迸ると同時に冷気が地面を凍てつかせてゆく。

「ファイアロー、下方から雷が来る、ブレイブバードで回り込むんだ。ゴーゴート、かわらわりで氷を砕いてくれ! ライチュウ、アイアンテールでゴーゴートを狙え! シャワーズはハイドロポンプ!」

 吹き抜けの天井から青空が覗くバトルフィールドで、四匹のポケモンが二手に分かれて攻防を繰り広げていた。
 その指示を出すのは赤い帽子をかぶった少年、絶賛指名手配中のジュンヤ。現在は少しでも特訓の密度を高めるために四匹に同時に指示を出しており、残ったサイドンとゲンガーにも自由に組み手をしてもらっている。

「よし、次は……!」

 刹那、嫌な気配を感じて空を仰ぐ。

「みんな、中止だ、ゴーゴートの傍に集まってくれ! まもる!」

 慌てて彼らが一ヶ所に固まり、同時に発動した極光の盾の展開直後に凄まじい風速で固い何かが直撃した。
 何者をも通さぬ絶対防御の障壁に阻まれ制止して露見したそのポケモンは、真紅の体躯に斑点の浮かぶ灰色の翼を広げた隼……ファイアローだ。

「ナイス防御だジュンヤくん、まさかぼくのファイアローの一撃が防がれるなんて予想外だぜ」

 と拍手しながら背後の入り口から現れたのは緑のチュニック、金髪の青年。アゲトジムのジムリーダーであるルークだ。

「ルークさん、驚かさないでください……てっきりレイかオレを狙う誰かかと」
「あらゆる戦況を想定してこそ一人前のポケモントレーナーだぜジュンヤくん。そういう意味ではすかさず反応出来たのは気が引き締まっていてよろしい」
「オルビス団の力を考えれば、いつ襲撃されてもおかしくありませんから。それよりおかえりなさい、ルークさん」
「ああ、ただいまジュンヤくん」

 彼が……ルークが今までアゲトジムを離れていたのは別の街の住人の避難を手伝っていたからだ。
 オルビス団の活動は此処に来て急速に活発になっている、現在は幸い末端の構成員が暴れているだけでありジムリーダー達や警察部隊の導入で鎮圧出来ているが……いつ幹部が現れるか分からない。
 昨晩起きたという剣の城麓での幹部と数え切れないポケモントレーナー達の僅かな攻防がオルビス団によって様々な媒体で流されて、ついに此処エイヘイ地方を離れる人々も一気に数を増していく。
 ルークはエイヘイ地方からの逃亡を試みる多くの人達の港への護送をしていた為に、帰ってくるまでに時間が掛かったそうだ。

「それにしてもジュンヤくん、すっかりプチ有名人って感じだな。良い意味でも悪い意味でも色んなところで名前を聞くぜ」
「はは、悪い意味が多そうですね」
「……まあな。お前を見付け次第捕まえて、オルビス団で成り上がるとか。お前に犠牲になってほしいだとか、そんなのばかりだ」

 案ずるように、神妙な眼差しを向けてくるルークを気にも止めず、ジュンヤは「しかたないですよ。誰だって死にたくないんだから」とだけ言うと紅白球へと手を添えた。

「よし、それより早速特訓しましょうルークさん!」
「ああ、そうだなジュンヤくん。行くぜゼブライカ、エルレイド、ファイアロー! トリプルバトルで良いよなあ!」
「はい、特訓とはいえ全力で行きます! やるぞライチュウ、サイドン、ゲンガー!」

 ルークが繰り出した三匹は皆強そうなポケモンばかり、それでも必死に食らいつかなければならない。
 ジュンヤはゴーゴート達をモンスターボールに戻して、バトルフィールドの端で深く帽子をかぶり直した。




 白く縁取られた長方形のバトルフィールド。向かい合う二人の少女の片方はお気に入りのパーカーをしっかりと着直し、よし、と気合いを入れて前を見る。対するはサスペンダー付きパンツの女性、軽装で強気そうなつりめのハナダ。四天王の先陣を切るみずタイプの使い手であり、その相棒ニョロボンは攻守に秀でた強力なポケモンだと聞く。

「行くわよノドカ! 昨日の特訓と今朝の自主練の成果、見せてもらおうじゃない!」
「はい、ハナダさん!」

 この二日、ノドカとポケモン達が臨んだ訓練は主に技の精度を鍛えることと、地力を鍛える為にひたすら挑んだポケモンバトルだ。
 精度は高速で動き回るフローゼルを如何に捉えるかに苦心して、バトルは四天王の力を存分に見せ付けてくるハナダに当初は一撃で倒されないようにするのが精一杯であった。
 それでも次第になんとかついていけるようにはなってきた。負けては回復して、挑んではまた負けて回復して。昨日はひたすらそんな稽古を繰り返した後に夜中にサヤと軽く手合わせをして、今朝に再び彼女に特訓に付き合ってもらっていたから。

「行くよ、がんばろうねデンリュウ! なんだか……強くなれてる気がするもん!」

 自分で言うのもなんだけど、一夜漬けのわりには思ったよりも強くなれたと思う。ポケモンバトルは怖いけど、それでも気を引き締めて立ち向かう。ジュンヤを守るために、強くなるって決めたんだから。
 現れたのは黄色い体毛、額と尾の先には赤い宝石が眩く輝き、古代の首長竜のような細長い体型のポケモンが身体から電気を迸らせて現れた。

「やる気はしっかりあるみたいね、だからって手は抜かないけど。来なさい、マイステディ……ニョロボン!」

 対するはハナダの一番の相棒ニョロボン。オタマジャクシのように丸い体型に似つかわしくない力強い四肢が伸び、腹部は内蔵よ一部が透けて見えて、渦巻き模様のように浮かんでいる。

「出た、ハナダさんのニョロボン! 昨日はこてんぱんにやられちゃったけど……今日こそは!」
「一朝一夕にそこまで強くなんてなれないわよ、今日も容易く叩きのめしてあげるわ!」

 昨日は何度も何度も彼女の相棒ニョロボンにやられてしまったが、今日はジュンヤにもお願いをしてシミュレーションをしてきたのだ。だからきっと、戦えるはず!

「行くよーデンリュウ、かみなり!」

 額の紅玉が閃くと共にデンリュウの全身から火花を散らして迸る稲妻が放たれた。

「甘いわ、そう簡単に当てられるなんて思わないことね。れいとうパンチで迎え撃って!」

 向かい来る電気の束は効果抜群の一撃、しかしニョロボンが怯むことは無い。腰を落として拳に凍気を纏わせて、勢い良く突き出すと雷を冷気で弾き散らしていってしまう。

「今のがデンリュウ一番の大技なのに……!」
「これがアタシとアナタのレベル差よ。続けてハイドロポンプ!」
「でも、私たちだってそう簡単には……! エレキネット!」

 相手は四天王なのだ、容易く防がれたことはショックではあるが怯んでいるわけにはいかない。両手を大地につけて、自身を覆うように網目の電気を展開させていく。

「よし、これなら……」

 ニョロボンが放った怒濤の激流は電網に絡め取られて、威力が大幅に軽減されてしまい。デンリュウは水浴びをするかのように涼しげに残滓を体毛で弾いていた。

「ふうん、うまく防いで見せたわね」

 機動力のあまり高くないデンリュウ、ならば防御手段を用意した方が良い。

「ジュンヤにもらったアドバイスなんです!」
「そ、あの子ね、腕が立つみたいだし納得よ。エレキネットは相手の拘束だけが使い道じゃない、応用すればケッコー便利な技だもの。接近して、ニョロボン!」
「近づかせないわ、かみなり!」

 無数に枝分かれして迸る稲光も、拳が纏う冷気に掻き消されて。二歩、三歩のうちに眼前に躍り出ていたオタマジャクシは足を引いて、刺すような勢いで突き出した。

「メガトンキック!」
「デンリュウ、でんじは!」

 足の甲が腹部にめり込むが、同時に辛うじて指先放った微弱な電撃がたちまち全身へ渡り痺れてしまう。

「……やってくれるわね。でも甘いわ、ラムのみ!」
「今よ、かみなり!」
「ニョロボンの全力で吹き飛ばしたってのに……!」

 あまりの勢いに宙に浮いて真っ直ぐに吹き飛ばされながらも、すぐさま全身から放った雷が帯となって直進し、まひ状態を治す為にラムのみを取り出し頬張っていたニョロボンに直撃してしまう。

「……痺れたー!? っ、大した根性ね、ハイドロポンプ!」
「避けられない……デンリュウ!」

 かみなりには相手をマヒ状態にする追加効果がある。身体を走る僅かな電流に察したハナダは苛立ちに舌を鳴らしながらも、冷静さまでは失わない。押し寄せる激流に為す術も無く呑まれたデンリュウは、波が鎮まると共に地に伏してそのまま意識を失ってしまった。

「ありがとうデンリュウ、ゆっくり休んでね。よし、次は……あなたに任せたわ! 来て、私の相棒……スワンナ!」

 頑張って闘ってくれた大切な仲間をモンスターボールに戻し、新たにポケモンを繰り出した。現れたのは白く美しい翼、長く黄色い嘴、鋭い眼差し。しらとりポケモンのスワンナ、ノドカの昔からの相棒であるポケモンだ。
 二人が次こそは、と気合いを入れてニョロボンとハナダを見つめると同時に……ぽつり、ぽつりと冷たい雫が肌を打ち始めた。

「これは……デンリュウの最後っぺってとこかしら」
「あまごいですっ、デンリュウが残してくれた最後の力!」

 見上げれば、頭上には黒く大きな雨雲が天井を覆うように渦巻いていた。
 スワンナが力強く翼を広げ、その全身で雨粒を受けて心身ともに昂りを見せるが……対峙するニョロボンも、力強い四肢を更に隆起させてその意気を高めていた。

「悪いけど、雨はニョロボンの独擅場! アンタのポケモンなんて手も足も出ないわよ?」
「スワンナはっ! 水だけじゃない、風も操れるんです。手も足も出なくたって、翼とくちばしで勝ち……たいです!」
「そこは勝ちますって言い切りなさいよ。締まらないわねー……」
「えへへ……」

 と和やかなムードもここまでだ、お互い気持ちを切り替え闘いに臨み。

「さっそく行きます、ぼうふう!」
「受け止めるのよニョロボン!」

 その技はひこうタイプの大技だ、高い威力と引き換えに精度には難があるのだが、降り頻る雨の下では必中の大技へと姿を変える。
 吹き荒ぶ暴風が激しく身体に襲い掛かってくる。ニョロボンは身を低くして構えるが、気を抜けば全身を呑まれるような暴威の風圧には堪え切れなかったか。遂に足が地を離れ、宙に無防備に投げ出されてしまった。

「アナタ、顔に似合わずいやらしいわよね。マヒ狙いの次は混乱狙いかしら?」
「押してダメならもっとです! 続けてブレイブバードよスワンナ!」

 更に息つく暇を与えず攻め立てる。翼を折り畳むと高速の弾丸と化して放たれたスワンナは、宙で雨に打たれながら暴風にもみくちゃにされるニョロボンの中心目掛けて突き進んで、「……それを待ってたわ!受け止めて!」と突き出された拳にくちばしを受け止められてしまう。だがノドカの顔には同様はない、むしろ待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべて。

「私こそ、ハナダさんなら防いでくれるって思ってました! 行くよスワンナ、なみのり!」
「……アンタ、ほんと顔に似合わず強引よね!? ハイドロポンプ!」
「一気に下りて、つっこんで!」

 この局所的豪雨で威力は底上げされている。地から噴き出した激流が堰を切るように溢れ出し、自らのくちばしを掴むニョロボンごとスワンナはその中へと翼を広げて飛び込んでいく。
 口元に力を込めたニョロボンは、しかし背中を撃つ水柱に思わず体勢を崩し手を離してしまう。解放されたスワンナはすぐさま天上付近へと離脱して、取り残されたオタマジャクシは逆巻く波濤に呑み込まれてしまった。

「アタシのニョロボンの特性はしめりけ。自爆技での痛み分けなんて許さない。けど……もしちょすいだったらどうするつもりだったのかしら」
「ちょすい……ええと、みずタイプの技を受けたら元気になるとかでしたっけ?」
「まさかニョロボンの特性知らなかったの!? はあ……ホント頭が痛くなる」

 雨により威力を増した波濤の暴威、長く荒れ続けた後に……やがて、嘘のように静寂を伴い潮が引いていった。
 酷く荒れた戦場の中心には、一匹のポケモンが立ち尽くしている。ニョロボン、ハナダの相棒であるそのポケモンが。

「やっぱり強い、これでも倒しきれないなんて……!」
「四天王だもの、たしかにちょっと痛かったけど……ま、これで終わりよ」
「スワンナ、避け……」
「サイコキネシス!」

 幸い天上の白鳥と地上のオタマジャクシ、その距離は二十メートルはあっただろう。だから大抵の攻撃なら避けられると。
 だが……その念動力は不可避の一撃、気付けば全身が拘束されて、遥か上空からニョロボンの足元へと叩き付けられてしまっていた。

「スワンナ!?」
「これで終わりよ。メガトンキック!」

 鳩尾に、深く爪先がめり込んだ。大岩を容易く砕く一撃に打たれた白鳥の身体は軽々と吹き飛び、ノドカの背後の壁に激突して意識を失い地に伏した。

「……すごい」
「当たり前じゃない、四天王なんだからすごいわよ」
「……ありがとね、スワンナ、お疲れさま。ゆっくり休んで、元気になってね」

 長い首を臥して翼先一つ動かせなくなった白鳥を労い、赤い光と共に紅白球へと帰還を果たした。
 彼女は紅白球の中から、何かを期待したような顔で見つめてくる。

「うん、スワンナはよくがんばったよ、えらいね! バトルが終わったらみんなでいっしょにおいしいものを食べよっか!」

 ノドカのその言葉を聞くと、ようやく満足したのか「ぐぅ〜……」と間の抜けたお腹の音と共に、瞳を伏せて眠りについた。

「……次で、最後の一匹!」

 昨日よりはハナダさんのニョロボンと試合になっている、私たちはしっかり強くなっている! たしかな実感となってこの胸に沸き上がる自信に、疲れなんてへっちゃら……は言い過ぎだけど、最後までがんばろうって思える!
 首元のリボンをきゅ、と結び直して、彼女は最後の紅白球をその手に掴んだその時に。

「……ねえ。なんでアナタは、強くなりたいの?」

 ふと、ハナダから投げられた問い掛けにノドカが首を傾げていると、彼女は更に言葉を続ける。

「アナタ達の闘いを見ていても、アナタがバトルが好きには思えない。だったら……なんで、そんなに必死になってまで強くなりたいのよ」
「……私ね、ジュンヤとはずっといっしょなんです。小さいころからずっと。いつでもそばにいてくれて、いつも隣で助けてくれて、ドジでダメな私を支えてくれるの」

 いつでも彼の笑顔が私を優しく照らしてくれた。だけどあの日両親を失って以来、彼は一人で背負い込むようになって、きっと……ずっと不安と絶望に苦しんでいた。

「いつか、ジュンヤが心の底から笑える日が来てほしいから。だから……全てをかけても、あの人のことを守りたいんです」
「そ、でも分かるわ。ジュンヤ、彼がすごく真剣なのは理解できる、けど……アタシから見てもちょっと危なっかしいのよね〜」

 つい最近出会ったハナダにすら、それは目に見えているらしい。彼女は更に続けた、今まで無事でいられたのが不思議なくらいだと。

「あの子の為、ね……。ま、今はそれでいいかもね」
「え、ええと? ハナダさん、それってどういう」
「なんでもない、バトルを続けるわよノドカ。ほら最後のポケモン出しなさい!」
「あ、は、はい! お願い、出てきて……え?」

 相手はみずタイプのニョロボンだ、セオリー通りにくさタイプのドレディアで対抗しようかと思ったのだが。

「……分かった、あなたがいきたいのなら、あなたに任せるよ! がんばろうねフラエッテ!」

 最後の一匹は、本人たっての希望でフラエッテを選択した。
 ……彼女も、フラエッテもきっと焦っているのだろう。パーティ内で唯一進化しておらず、置いていかれたかの気持ちで。
 紅白球から威勢良く飛び出したその表情には満ち溢れんばかりのやる気と同時に、わずかな焦燥が浮かんでおり……その姿が、ノドカには自分と重なって見えた。
 皆がどんどん先へ進む中で、一人取り残されるなのような。隣に立っていたつもりが、いつの間にか遠くへ行ってしまうのではないかと……きっと、フラエッテも怖いんだ。

「行くよフラエッテ、もっと強くなるためにがんばろうね! にほんばれ!」

 だったら私は自分にできることをして、フラエッテを手伝いたい。私にできること……それは、せいいっぱい闘い抜くこと!
 一輪の花を掲げた小さな妖精フラエッテ。彼女が両手を翳すと降り頻っていた豪雨は途端に止んで、今度はむせかえるような灼熱の陽射しがフィールド全体を照らし始めた。

「ああもう、天気がさっきからせわしないわね! ハイドロポンプ!」
「こうごうせいよ!」

 本来であればかなりの大ダメージ、だがにほんばれによってひざしが強い状態となった今その威力は半減している。十分受け切れる程度のダメージだ。
 更にハナダが舌を鳴らす間にも陽光を浴びて葉緑素を活性化させ、体力がたちまち回復していく。

「……続けてソーラービーム!」

 これで仕切り直しだ。今度はかざした花の先に光を束ねて、極太の光線となって放たれた。ニョロボンは回避しようと跳躍するが、縦に薙いだ光線に激突して墜落してしまい、しかし何てこと無いかのようにすぐさま体勢を立て直した。

「これだけ何回も効果がバツグンの技を食らわせてるのに、まだ余裕があるなんて……!」
「やってくれるわね。でも、アタシのニョロボンはタフさが売りなのよ! 決めるわニョロボン、メガトンキック!」

 ニョロボンは流石の脚力だ。不利な天候、くわえてマヒ状態にも関わらず目にも留まらぬ速さで距離を詰められた。突然目の前に躍り出た強敵に対応出来ない、振り抜かれた脚が深くめり込み……その勢いで、ノドカの足元にまでフラエッテが吹き飛ばされてしまった。

「フラエッテ……!?」

 ノドカが思わず悲痛な声をあげる。フラエッテは防御力が低い、くわえて最終進化に達していない為能力的にも未だ成熟しておらず……一撃で倒れてしまうかに思えた。
 しかし、花を杖の代わりにして、一匹の妖精は必死になって顔をあげる。
 負けたくない、諦めたくない。少しでもみんなに追い付きたい……だから!

「フラエッテ、……そっか。分かった、行こう!」
「まだ倒れてないのね、見上げた根性ねアナタ達は!」
「これで……倒れて! フラエッテ、ソーラービーム!」
「良いわ、アナタの度胸に免じて真正面から受けて立ってあげる!ハイドロポンプ!」

 陽の光を浴びて放たれた極太の光線。陽光に焼かれ威力の落ちた怒濤の激流。
 二つの技が戦場の中央で激しく飛沫と光子を散らしながら拮抗するが……次第に、波濤が流れを呑み込み始めてしまう。

「……っ、お願い、フラエッテ! あなたならまだがんばれる、だってお日様が見守ってくれてる! だから!」
「このまま押し切るわよニョロボン、全開パワーで一気に攻めなさい!」

 陽光を浴びて身体中の葉緑素が活性化している、それでもフラエッテの一撃は届かない。必死に食い縛り、眼前に迫る水流にも目を背けずに立ち向かっていると……一瞬、怒濤の激流がぴたりと止んだ。

「身体が痺れた……!」
「今よフラエッテ、押し切って! ソーラービーム!」

 この好機を見逃すはずがない。一瞬生まれた隙、それだけで十分だったから。
 最大の火力で放った太陽光線が、水の闘士の全身を焼き付くしていく。光が収まったその後には……。

「……っ、そんな……!」
「言ったでしょ? ニョロボンはタフネスが売りなのよ」
 流石のニョロボンも、幾度も高威力の効果抜群の大技に直撃してしまっては体力も大分削られたらしい。片膝を地に着いてノドカとフラエッテを睨み付け……同時に、フラエッテが力を使い果たして崩れ落ちた。

「アタシの勝ちね、ノドカ」
「……ありがとう、お疲れさまフラエッテ。……すっごいがんばったよ、ほんとにありがとう、ほんとにお疲れさま。それじゃあ、ゆっくり休んでね」

 戦場から申し訳なさそうに見上げてくる小さな妖精へと駆け寄って抱き抱え、優しく労って頭を撫でてモンスターボールを掲げる。そして紅白球へと戻して休ませようとしたその時に……歩み寄ってきたハナダが、一つの石を放り投げて来た。
 透き通るように透明で、中心に黄色い光が輝く石。おそらく、進化の石の一つなのだろう。

「あの、ハナダさん……これは?」
「ひかりのいしよ。フラエッテが進化するのに必要なんだけど……今の闘いぶりなら、あなたにあげても良いと思って」

 本当にもらっていいのかな? ノドカが困ったように逡巡を見せるが、他でもないフラエッテが瞳をきらきらときらめかせてその石に熱い眼差しを向けており。

「ほら、アンタのポケモンの意思は決まってるのよ。強くなりたいのなら貪欲に受け取りなさい」
「うう、ハナダさん、ありがとうございます……! 怖そうな人って思っててごめんなさい〜……!」
「は、はあ!? ま、まあ良いけど!!」

 ハナダからひかりのいしを受け取ったノドカがフラエッテへとそれを翳すと、彼女は勢い強く石へと触れた。するとたちまちフラエッテの全身が 、蒼い光に包まれていき……。

「フラエッテ、おめでと〜! どんなフウに進化するのかな!?」
「おおーっ、なんかアタシまで嬉しくなってくるわこれ!」

 二人が固唾を呑んで見守っているうちにも、たちまちシルエットは大きくなっていく。やがて大輪と化したその影が光を払うと、現れたのは茎のような細い緑の胴体、根下には大きな双葉、首元には無数に赤い花が咲き乱れており、まるで一輪の花のようなポケモンだ。

『フラージェス。ガーデンポケモン。
 テリトリーは見事な花園。草花放つエネルギーを浴びて自分のパワーにするのだ』
「やったあ、進化おめでとう! これからよろしくねフラージェス!」

 すかさず取り出したポケモン図鑑がその概要を読み上げて、どちらともなく抱き締め合うノドカとフラージェスだが……体力が限界に来ていたことを今更になって思い出したようだ。フラージェスは眠るように静かに瞳を閉じて、ノドカは「……ほんとにありがとね、これからもがんばろうねフラージェス」と優しく一言を掛けてモンスターボールへと戻した。

「ハナダさんもありがとうございました! バトルはもちろん、ひかりのいしとか……ええと、とにかくありがとうございました!」
「良いって、ま、まだまだアタシには勝てないみたいだけどね。でも……顔に似合わず、案外度胸あるわよねアナタ、悪くないじゃない」

 うまいことが言えずに、感謝の言葉を繰り返すノドカにハナダも半ば呆れながら、しかし先程の闘いの素直な所感を彼女へ伝える。

「ほんと!?」
「ホントホント。でも心が強いけど基礎的な能力が足りないから……とにかく実戦あるのみね、アナタのボーイフレンド、ジュンヤをぎゃふんと言わせちゃいましょ!」
「ぼ、ボーイフレ……ち、ちがいますー!」
「はいはい、そういうことにしといてあげるわ!」

 真っ赤になって否定するノドカに、ハナダは歳相応の無邪気な笑顔で、おもちゃで遊ぶかのようにノドカをつついて。しかし、しばらくふざけた後に神妙な面持ちでノドカへと向き直った。

「……ハナダさん?」
「ノドカ、アタシはね、自分の為に生きてきたの。強くなりたいから、理屈じゃない、ただポケモンといっしょにどこまで行けるのかって知りたくて」

 彼女はよくわからない、と首を傾げるが……それでもハナダは言葉を続けていく。

「でもね、今になって、視野が広がったからこそ思うのよ。道は色々あるんだって。アタシはもちろん後悔してないわ、自分の為に選んだ道なんだから。けど……」

 まっすぐに、真剣な熱を持った眼差しで見つめられると言葉が出ない。ポケモンバトルはお互いの心を通わせることが出来る、この闘いを通じて得た彼女の所感は……きっと、確かなものなのだから。

「アタシから見たらアナタだって十分見てて危ういわよ。だってアナタが強くなる理由に、ノドカ自身が入ってないんだから……いつか、道に迷うときが来るかもしれない」
「……それは」

 一瞬言葉に詰まってしまう。確かに私が旅に出たのは、強くなろうと思ったのは、ここまで来たのは全てジュンヤを守り、支えるためだ。ポケモン達が無事ならそれで良い、自分の未来のことなど、……考えたことが無かった。

「……でも、今は、それで良いです。だってジュンヤの為に戦うことが私のすべてだから。それだけに専念しないと……怖くて、戦えないから」
「……そ、アナタはバトルが好きなわけじゃないものね。じゃあ、なんとしてでも平和な世界を取り戻しましょ。アナタが戦わなくても済むように、あの子が傷付かなくても済むように」
「はい! 私、……がんばります!」

 未来のことなんて分からない、私とポケモン達がどこに進むのか、どんな道が待っているのか。けど、今はそれで良いんだと思う。目の前の色んなことを乗り越えて、平和になってから考えることだと思うから。
 いつでもそばで守ってくれるジュンヤを支えたい、全てを掛けても守りたい。その昔から変わらぬ願いを胸に……ノドカは、スワンナの眠る紅白球を強く握り締めた。

■筆者メッセージ
ノドカ「ふう、つかれたよ〜。でもフラージェスに進化してくれてよかった!おめでとねフラージェス!」
サヤ「おつかれさま、です!」
ジュンヤ「お疲れ様ノドカ、よく頑張ったな。ところでいつも思うんだけど……」
ノドカ「どうしたの、ジュンヤ?」
ジュンヤ「ノドカって、わりと豪快なバトルするよな。ころころ天気を変えるし、大技ぶっぱが得意だし」
サヤ「あ、わかります。ノドカさんとバトルすると、服がぬれてたいへんだから……」
ノドカ「え、えへへ、ごめんねー……。でもほら、当たればなんとかなるかなーって」
ジュンヤ「ノリが初心者が対戦ゲームでよくやる、お願いぶっぱ戦法だな……」
ノドカ「し、失礼な〜!これでも私なりに考えた結果です〜!」
サヤ「ふふ、でもノドカさんらしい…かも。ノドカさん、運がよさそう、だから」
ジュンヤ「けどすごいよ、まさか四天王相手にあそこまで闘えるなんて」
ノドカ「二人のおかげだよ、ほんとにありがとね!」
サヤ「わたしこそ…いつも、ありがとう、ございます」
せろん ( 2018/11/06(火) 10:53 )