ポケットモンスターインフィニティ



















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第十章 雌伏の勇士達
第81話 挑戦、掲げた希望
 吹き抜けとなった天井から眩い陽射しが砂利を照らし、白線に区切られた広い戦場に臨む青いジャケットの少年は、赤い帽子のつばをくっ、と下げて固く拳を握り締める。
 対峙するのはブロンドの髪で、蒼く澄んだ瞳に凛々しい顔立ち。緑のチュニックで腰には太い革のベルトを巻いている青年ルーク。
 このアゲトシティを守るジムリーダーにしてオルビス団に反旗を翻すレジスタンスの頭目である彼に、少年……ジュンヤが挑む理由はただ一つ、「強くなる為」だ。

「さ、準備は良いよなジュンヤ君。オルビス団に勝つには強くなるしかないんだ、スタンの為にも……ぼくらに悲しんでる暇なんてねえんだから」
「はい、勿論準備は万端です、ルークさん。ただその前に……一つ、聞かせてもらっても良いですか」

 眩い陽射しが、その輝きで戦場に二つの暗い影を落とす。それは己自身にも投げ掛けなければならないただ一つの問い、この先の戦いへ身を投じる為に向き合う覚悟。

「ルークさんは……どう思っていますか」

 それが何に対してであるかは、口に出さなくとも分かっている。エイヘイ地方を未曾有の危機に陥れている悪の組織にして、彼の親友スタンを討った……オレから全てを奪った、悪逆の軍勢オルビス団。

「オレはオルビス団のことが赦せません、罪の無い人達を苦しめる奴らを……オレから全てを奪ったヴィクトルのことを」
「ああ、どうもこうもねえさ、ぼくだってオルビス団のことは赦せないぜ。だが……ぼくの想いはたった一つだ」

 その声色は、己の無力への憤り、理不尽な暴虐への怒り……沸々と煮え立つ激情を必死に抑えるかのように震えている。

「このエイヘイ地方は、誰もが幸せに過ごし、永久に続く平らかなる世だった。それを乱したオルビス団の罪は……重い」

 もう二度と争いが起きてはならない。“エイヘイ地方”は祈りを込めて付けられた名だ。だが……他でもないかつてのチャンピオンが、二千年前戦争を終結へと導いた最終兵器を用いて再び争いの種を撒いている。

「……奴らには悪の道に進んだことを懺悔させてやる。絶対に赦さねえぜ、ぼくの親友を……エイヘイ地方の希望の芽を摘んだ奴らオルビス団を!」

 感情のままに声を荒げて、しかしすぐさま憤怒を最大限まで抑えて静かに呟く。

「だが……悔しいなあ、スタンは誰よりもポケモンバトルを愛していた。仇討ちなんて否定するんだろうからよ」
「スタンさんが……チャンピオンだから、ですか」

 その言葉に、ルークは「やっぱあいつには勝てねえぜ」と自嘲気味に呟いた。
 スタンは正義感が強く心優しい人間であり、チャンピオンとしてポケモンと共に歩み続けて頂点に至った。そんな彼が、ポケモンの力を復讐に“使う”のを望まないということを……親友である彼には理解出来てしまったのだ。
 だから……どうしてもルークにはその道を選べなかった。選ぶわけにはいかなかった。

「スタンは“戦争”ではなく“バトル”を望み、その果てに敗れ去った。ぼくはあいつに後を託されたんだ、だから……ぼくもポケモントレーナーなんだ、決着はバトルで付けてやるぜ」

 親友の言葉が、今のルークを支えている。復讐に身を焦がしていては巨悪を相手に勝てやしない、彼の想いを支えにして、必死に踏み留まっていた。そうしなければ……スタンと交わした約束すらも守れないから。

「その為にも、君達だけじゃない、ぼくも強くならなきゃいけないんだ」

 ヴィクトルの強さは他でもないルークと四天王が良く理解している、今のままでは勝てるはずがない。だから……与えられたこの猶予は、ルークにとっても絶好の機会だ。

「よおし、湿っぽい話しはそろそろ終わりだ。悲しんでいる暇なんてねえんだ、始めようぜジュンヤ君!」

 ルークはぱん、と自身の両頬を強く叩いて不甲斐ない己へと喝を入れて腰に装着されたスーパーボールを力任せにもぎ取った。皆の目的はただ一つ、『強くなり、世界を守ること』。その為にも今は、ひたすらに鍛練あるのみ。

「これに勝てたら君にはジムバッジをやるよ、ぼくの本気についてこい! アゲトシティのジムリーダールーク、推して参る!」
「ええ、行きます、オレ達は強くなってみせます! 大切なポケモン達と一緒に……大切なものを守る為に!」

 対するジュンヤも、旅の中で培った経験と、共に歩む仲間達のおかげで迷いは晴れて意思は固まっている。腰を低く落として、ベルトに装着されているモンスターボールへと手を伸ばして力強く握り締める。

「……気を引き締めようみんな、油断してたらあっという間にルークさんに置いていかれるぞ」

 相手はアゲトシティのジムリーダーであり、スタンの親友にして生涯の好敵手ルークだ。彼の実力は四天王をも越えている、エイヘイの頂点であるチャンピオンに比肩し得る数少ないポケモントレーナーなのだから。
 僅かな判断ミスが命取りとなる、彼の速度についていくには……此方も限界以上の力を出さなければならない。

「行くぞ、相手が誰だろうがぼくは負けねえぜ! それじゃあまずは……君に任せたぜ、カモン!」
「ルークさんの手の内が分からない以上、慎重に行った方が良い。最初に繰り出すのは……お前に決めた!」

 緊張に喉がひりひりと焼けつく、眩い陽射しがいやに目に刺さる。強力な相手を前に不安が渦巻き、しかし、自分には信頼するポケモン達がついているのだ。
 ソウスケやノドカ達が自分と向き合って強くなろうと必死に足掻いているのに、オレが怖じ気づいて立ち止まっているわけにはいかない。自分を信じて闘ってくれるポケモン達の信頼に応えたい。
 大切な仲間達の顔を脳裏に浮かべながら、歩んで来た道程に胸を張りながら、二つのボールが宙に舞う。
 互いの投擲した球が境界から半分に割れて、紅い閃光が走ると共に戦場に二つの影が舞い降りた。

「まずはお前に任せたぜ、一気に切り崩そうかガマゲロゲ!」

 現れたのは身体中に黒いコブが突出し、発達・肥大化した逞しい前肢を持つ巨大な青いガマガエル。しんどうポケモンガマゲロゲ、みずとじめんの複合タイプを持つ泥蛙は、頭のコブを震わせながら鳴嚢を膨らませ、低く響く咆哮を轟かせる。

「最初はお前だ、慎重に行こうシャワーズ!」

 ジュンヤが繰り出したのは尾の先や背中、頭と幾つものヒレを携えており、首に白い襟を巻いた小柄な水色の四足歩行。あわはきポケモンのシャワーズは、対する泥蛙に負けじと澄んだ水のような高い声色で鳴いた。

「最初から全力で行くぞ、シャワーズ、ハイドロポンプ!」
「みずタイプ最大級の大技……だがぼくのガマゲロゲはそう簡単には倒せねえぜ! 受け止めろ!」

 荒れ狂う滝の如き怒濤の水流が、激しく飛沫を散らしながら襲い掛かる。だが泥蛙は巨体で立ち尽くしたまま両腕を盾のように交差させ、……波濤に圧され、飲み込まれていった。

「……やっぱり強いなルークさんは。構えてくれシャワーズ!」
「へ、言ったろ、そう簡単には倒せねえってな」

 感触で理解出来た、防御を貫くには至らなかったと。次第に勢いの衰える激流が完全に潮を引いた時には、其所には勢いを殺し切れずにしばらく後退りながらも、案の定防ぎ切って不敵に笑うガマゲロゲの姿があった。

「次はこっちから行くぜ、受けてみな、だいちのちから!」

 泥蛙が頭のコブを振動させると、大気が震えその力が著しく高まっていく。肥大化した鉄槌の剛腕で殴り付けるとたちまち大地に亀裂が走り、赤く煮え滾ったマグマが噴き出して……大地の裂け目がすぐ眼前にまで迫ってきた。

「確かに強力な攻撃だ、だけど対処出来ないわけじゃない。シャワーズ、れいとうビームだ!」

 口元に冷気が一点集中し、光線となって放たれる。マグマを急激に冷やされたことによって固まって、凍り付いた地裂は溶解と共に閉じていく。
 六体六、互いの全てを懸けた闘いは互角の攻防で幕を開けた。

「行くぞライチュウ、接近するんだ!」

 攻防の果てにシャワーズが倒れ、新たに繰り出したのは橙色の体毛に包まれ、頬には黄色の電気袋、長い尾の先に稲妻を備えた電気鼠……ねずみポケモンのライチュウだ。
 相性の不利を持ち前の機動力で埋め合わせ、ようやくガマゲロゲを下したがルークが次に繰り出したのは黒い全身に白い稲妻模様が刻まれ、天を衝くような双角の伸びる雷電の蒼眼馬。らいでんポケモンゼブライカ、特性でんきエンジンを持ち、ライチュウにとっては立て続けにでんき技の通らない厳しい闘いとなる。

「回り込めゼブライカ!」

 素早さで、僅かに雷馬に上回られた。眼前に躍り出たライチュウの視界から掻き消えて背後に回り込み、その口元に灼熱の焔が蓄えられる。

「でも、きっとそう来ると思ったよ。ライチュウ、背後にアイアンテールだ!」

 しかしそれはジュンヤにとって想定内だ、電気鼠も不敵に頷くと稲妻の尾を硬く尖らせ、背後のゼブライカの喉元へと勢い良く突き付けられた。

「ああ、だがそれはお互い様のようだぜ。ぼくも……君ならそこまで想定してくれると思ってたからな!」

 その瞬間、ゼブライカとルークが不敵な笑みを浮かべて頷き合った。動ずることなく迫って来る雷馬は僅かに身を反らすと首の皮一枚を僅かに削られながらも躱して、零距離で炎を蓄え眼を見開いた。

「さあ、これで決めるぜゼブライカ……オーバーヒート!」
「……しまった、ライチュウ!?」

 凄まじい熱が迸る。極太の灼熱光線が電気鼠を飲み込み焼き尽くし……炎が収まった後に残っていたのは、燻りながら地に臥し指一つ動かせなくなっている電気鼠であった。

「ライチュウ、戦闘不能!」
「……すごく鍛えられている、流石はスタンさんの好敵手だ。ありがとう、よく頑張ってくれたな……戻ってゆっくり休んでくれ、ライチュウ」

 審判の声が無情に響き、優しい労いと共に紅い閃光が傷付いた戦士を飲み込んでいく。
 彼はよくやってくれた、不利なガマゲロゲ相手に勝利を掴み、ゼブライカとも負けてしまったが削ってくれたのだから。
 この奮闘を無駄には出来ない、きっと勝利を掴んでみせる。頭の中で相手の出方を想定しながら、紅白球を掴み取った。

「次は……よし、お前に任せたぞ、頑張ってくれサイドン!」

 続けてジュンヤが繰り出したのは全身を頑強な岩石の鎧に包まれ、ドリルの角を携えた前傾姿勢の怪獣。高い防御力を誇る岩犀ドリルポケモンのサイドンだ。

「だったらこっちも交替だ、戻ってくれ! 君の刃で切り崩そうぜ、エルレイド!」

 対して迎え撃つのはルークの相棒であるやいばポケモンのエルレイド。トサカのついた緑の兜、胸からは赤い半月の角が生えていて肘の先から鋭い刃の伸びる白騎士。
 礼儀正しくお辞儀をすると腰を落として低く構え、重装に身を包んだ岩犀を睨み付けた。

「相手はエスパーだけじゃなくかくとうタイプを合わせ持っている、だけど……突っ張るぞサイドン」
「はっは、なるほど、サイドンの高い防御力ならぼくのエルレイドの一撃でも耐えられるだろうからな。あえて弱点のそいつで突っ張ってきたわけだ」

 ルークの発言は、言外に「サイドンの持ち物、じゃくてんほけんを発動することが狙いだ」と含意していた。ツルギとのフルバトルによりこちらの手の内は見抜かれている、だが……エルレイドは厄介な相手だ、早い内に倒すのが最も望ましい。

「行くぞ、ストーンエッジだ!」
「サイコカッター!」

 サイドンが鎚の如き拳で大地を殴ると列成す鋭利な岩槍が次々と隆起するが、エルレイドの振るった思念で形成した三日月型の刃は易々と岩を切り裂き眼前に迫る。「受け止めろ!」掌を突き出し刃を握り潰すが、その時にはもう遅い、頭上に影が落ちていて……。

「エルレイド、サイコカッターだ!」
「大したダメージにはならない、受け止めてアームハンマー!」

 速さの差が顕著に出てしまい空から三日月刃が振り下ろされるが、サイドンの装甲はマグマにすら耐える凄まじい防御力。直撃にも怯むことなく拳を握り締め、鎚の如き両腕を叩き付けてエルレイドは宙に投げ出されてしまう。
 だがその瞬間にジュンヤは気付いた、それが罠であったのだと。

「……まずいぞサイドン、ロックカットだ!」
「よおく一瞬で気付いたな。相手の狙いが火力の上昇なら、此方はそれを上回ればいい。そのつもりだったが、流石に君の目は騙せねえか」
「エルレイドは相手の考えが読める、なのにあんな容易く一撃を食らうなんておかしいと思ったんです」
「へえ、流石は育て屋の息子、よく知ってるぜ。打ち上げられて時間を稼ぐことがぼくの狙いだったのさ」

 ルークが不敵に笑うと、「エルレイド、つるぎのまい!」と声高らかに指示を出した。
 大地を殴り付けて舞い上がった砂塵が岩犀の皮膚を磨き空気の抵抗は激減し、白騎士が思念で形成した剣が軽やかに舞い躍ると精神が研ぎ澄まされて力が漲る。

「ま、これで火力でも互角以上に闘えるってもんだ。全力で打たせてもらうぜ……インファイト!」
「回り込んでくれサイドン!」

 エルレイドが着地と同時に直ぐ様駆け出し、岩犀は高速で背後に回り込み拳を翳すが白騎士は振り向き様に半身を切って寸前で躱されてしまう。そして軽やかに懐に潜り込むと……その重厚に纏った岩石の鎧すらも貫く鋭い弾丸の拳で、鈍い破裂音と共に幾度も幾度も超高速で殴り付けられた。
 皮膚が凹み、体内まで耐え難い衝撃が浸透する怒濤のラッシュ。それでも歯を食い縛って必死に耐え抜き……苦痛を滲ませながら懐に仕込んでいた薄緑の紙、じゃくてんほけんを発動させる。

「ひゅーっ、やっぱりツルギくんにも食い下がるポケモンとトレーナーは流石だぜ、これに耐えちまうたぁな! 歯ぁ食い縛れよエルレイド!」
「今だサイドン、ストーンエッジ!」

 相手はインファイトの反動によって肉体に負荷が掛かっている、対して此方は道具の発動によって火力がぐーんと上昇している。
 今ならかなりの威力が期待出来る。力強く大地を殴り付けると、晴天を貫く岩槍が白騎士を深く貫いた。

「……やったか!?」

 覚束無い足取りで後退りして、膝を突くエルレイド。首の皮一枚繋がっていた、後少し届かず耐えられてしまったが……ならば、最後の一撃を叩き込んでみせる。
 そう思って足を踏み出した瞬間に眼の前に木の実の種子が転がり、同時にエルレイドの姿が掻き消えてしまった。

「しまっ……わざと技を食らったんだ! サイドン、後ろだ、アームハンマー!」

 エルレイドが発動したのは“カムラのみ”、窮地の際に頬張ることで素早さの上がる木の実だ。確信した、その発動条件を満たす為にわざとこの状況に持ち込んだ……仕組まれた窮地だったのだと。
 振り返り様に裏拳を振り抜くが、騎士は腰を落として避ける。そして肘の利剣を鋭く伸ばして……。

「つじぎりだ!」

 すれ違い様の一閃が、サイドンの頑強な鎧を切り裂いた。
 重装兵が音を立てて崩れ落ちる。倒れた衝撃で砂塵の舞い散る中に、戦士は静かに瞼を伏せた。

「サイドン、戦闘不能!」
「ありがとう、よく頑張ってくれたなサイドン、ゆっくり休んでくれ」

 紅く穏やかな閃光が戦士を包み込み、安息の棲み家へと還っていく。モンスターボールの中で意識を取り戻した岩犀は己の不甲斐なさを恥じ入るが、「お前はよく頑張ってくれたよ、オレの詰めが甘かったんだ」と自省する。
 それでもサイドンは納得していないようだ、抑え切れない屈辱に、自身の弱さへの憤りに拳を握り締め……しかし体力が持たず眠りについて、見届けてから腰へと装着した。

「だったら次は……この窮地を越えられるのはお前しか居ない、任せたぞファイアロー!」

 相手はカムラのみによって速さを増し、つるぎのまいにより火力も著しく上昇している……ならば“はやてのつばさ”でそれを越える超高速で闘うしかない。
 甲高い鳴き声が大空へと響き渡る。現れたのは斑に火の粉模様が散る疾風の翼、扇のように広がる尾を持つ真紅の隼。ジュンヤが選んだ後続は、れっかポケモンのファイアローだ。

「あの時のヤヤコマが今こうして立ち塞がるなんてな、懐かしいぜ。だったら見せてもらうぜ、君達の成長した姿を! 戻れエルレイド!」

 いくら能力が上昇していても、はやてのつばさを前には届かない。誰よりもその恐ろしさを知っているルークは何の躊躇いも無く白騎士をスーパーボールへと戻し、その後任を担ったのは……。
 甲高い鳴き声が響き渡る。火の粉を払って力強く羽撃たく斑の翼、矢を思わせる流線形、掌型の尾を持つ真紅の隼。

「本物の疾風を見せてやろうぜ、来い、ぼくのファイアロー!」

 現れたのはれっかポケモンのファイアロー。かつてジュンヤとヤヤコマに“はやてのつばさ”の教えを説いた青年の誇る、エイヘイ最速の翼の持ち主だ。

「……行くぞファイアロー、ブレイブバードだ!」
「へ、早速その気になったかジュンヤ君! 正面から迎え撃ってやるぜ、ブレイブバード!」

 両翼を折り畳み流線型を為した対の隼は弾き出された矢の如く、瞬く刹那の超高速で二つの疾風がぶつかり合う。

「……っ、オレのファイアローじゃあ、速さで追い付けない」
「ははは、遅いぜジュンヤ君。ぼくのファイアローは最速だ、誰にも追い付けやしないさ!」

 二匹の紅隼が態勢を立て直すが、ルークのファイアローと比べジュンヤのファイアローは負った胸の傷が僅かに深い。
 速度で上回られることにより優位を奪われてしまう。

「だったら次は……!」

 その後も幾度とぶつかり合ったが、彼方の優位は揺るがない。目まぐるしく移り変わっていう徐々に追い詰められて行き……ついに、ジュンヤは最後の賭けに出た。

「行くぞファイアロー、全力全霊だ! ……これで決める、オーバーヒート!」
「……へえ、良いぜ、だったらぼくらも真正面から迎え撃ってやるよ! ファイアロー、君もオーバーヒート!」

 大気を焼き焦がす凄まじい熱量の放射。極熱を束ねた灼焔の光線が双方から放たれ、戦場の中央でほのおタイプ最大級の大技が激突する。衝突の余波で地が真紅に赤熱し、なおも高まっていく双炎は共鳴するように激しく燃え盛る。
 二つは拮抗していたが、次第にジュンヤのファイアローの炎が押していく。なおも不敵に笑うルーク、対してジュンヤは眉をしかめていて……。

「……今だファイアロー、飛翔しろ!」
「っ、来たぞファイアロー、構えるんだ!」

 ルークのファイアローが炎を途絶えさせ、極大熱線を尻目に大空高くへ舞い上がる。
 彼が頃合いを見計らって動き出すのは分かっていた、ジュンヤとファイアローも直ぐ様対応し頭上を見上げるが……。

「っ、眩しい……!」
「決めるぜファイアロー、ブレイブバード!」

 太陽を背に翼を広げる紅隼を直視出来ない、二人が目映い陽射しに眼を細めると共に空色の宝石が砕け散り、疾風が吹き抜けると共にジュンヤのファイアローが地面に叩きつけられていた。

「ファイアロー、戦闘不能!」
「っ、ありがとうファイアロー、よく頑張ってくれたな。戻って休んでくれ」

 僅かに反応が遅れたのが命取りだった。疾風の翼を持つ者同士の激突は経験とほんの少しの速さの違いが命運を分け……ジュンヤ達の敗北に終わってしまう。
 ジュンヤが労いと共に真紅の隼をモンスターボールに戻して、……残されたポケモンは最早二匹しかいない。ゴーゴートは相性で圧倒的な不利に立っている、だが彼ならばあるいは……。

「よし、ここを切り抜けられるのはお前しか居ない。任せたぞ、ゲンガー!」

 今出せるのは彼しかいない、閃光を払って現れたのは一つの影……闇のごとき漆黒の寸胴体型、闇夜に妖しく輝く紅い眼、口から覗く鋭い牙。シャドーポケモンのゲンガーだ。

「なるほど、ゲンガーの持ち物はきあいのタスキだったよな。だったらこっちも交替だ、行くぜナッシー!」

 ……推定自体は容易いが、持ち物が確定で割れているとなるとやはり動き難くなってしまう。
 ルークが続けて繰り出したのは大木のように太い幹の胴体を持った巨木。瑞々しく生った椰子の実の頭を持ち、頭からは羽状複葉が輪をつくるように豊かに生えている。やしのみポケモンナッシー、歩く熱帯雨林と呼ばれるポケモンだ。

「行くぜナッシー、サイコショックだ!」
「迎え撃てゲンガー、シャドーボール!」

 実体化した思念の塊と影を固めた漆黒の弾丸が激突しどちらともなく炸裂する。
 タイプ相性は互いに抜群をつけるが、戦局は僅かながらもナッシーの有利に動いていく。紫霊は壁際まで追い詰められてしまい……椰子の眼が妖しく輝き、無数の葉刃が宙に舞った。

「行くぜナッシー、リーフストーム!」
「……きっと陽動だ、でも勝負を賭けるなら今しか無い。飛び込め!」

 くさタイプ最大の大技、激しく吹き荒れる葉刃の嵐が凄まじい勢いで大地を抉り飛ばしながら迫って来る。
 しかしどくとゴーストタイプを併せ持つゲンガーには効き目が薄い、ここで勝負を掛けなければ勝ちは無いだろう。
 全身を緑葉の刃が切り裂いていく、霊体が次第に傷付いていき……それでも、流れに逆らって飛び込むことで、嵐の先へと、聳える大木へと辿り着いた。

「決めるんだゲンガー、シャドーボール!」

 その中心へ、影を集束させた弾丸が放たれた。効果は抜群だ、巨木の幹には傷が刻まれ、思わず態勢を崩してしまっている。だが……。

「ゲンガーにくさタイプの技はかなり効き目が悪いからな、君のバトルスタイルならこう来ると思ったぜ。だがあと一歩……君の見立ては足りなかったな」

 急所に当たれば、あるいは可能性があったのかもしれない。しかしそこが限界だ、ルークが高らか指示を出そうした時に気が付いた、ここまでがジュンヤの狙いなのだと。
 ……積み上げた経験値の差を越えるには足りなかった。しかし倒すことだけならば恐らく叶う。

「……まずい、そうか、ジュンヤ君の狙いはそういうことか!」
「ごめんなゲンガー、いつも嫌な役割を押し付けて。……みちづれだ!」
「ここで攻撃を止めてもやられるだけだ、だったら……ナッシー、サイコショック!」

 そう、始めからこの二択に持ち込むのが狙いだった。闘いの中で気付いたがナッシーは攻撃技しか持っていない、みちづれを突破する手段が無い。
 そして攻撃を躊躇えば次のシャドーボールで倒れ、ゲンガーを倒せばみちづれの効果で相討ちに持ち込まれ……どの道ナッシーはやられてしまう。
 実体化した思念の塊がゲンガーの霊体を鋭く穿つ。既に体力も限界に近付いていた彼に耐えられるはずがなく影の中へと溶けてしまい……同時に、ナッシーも伐採されたかのように頭から仰向けに倒されてしまった。



「……ジュンヤ君、君は十分強くなった。そろそろぼくの本気、最強の相棒を見せてやるよ!」
「……ついに来るのか、あのポケモンが。気を付けろゴーゴート、かなり手強いぞ!」

 深く鳩尾を切り裂かれた雷馬ゼブライカが、耐え切れずに崩れ落ちて労いの言葉と共に閃光に飲まれ戦場を後にした。
 残ったポケモンは三体、対してジュンヤはゴーゴートただ一匹。それでも特訓の成果が出ている、集中力を保つのは厳しくなってきたが、まだ肉体的疲労は頂点に達してはいない。

「さあ行くぜ、山をも容易く崩すぼくの最強の相棒……バンギラス!」

 戦場一面が、視界を遮り肌を切り裂く激しい砂嵐に飲み込まれていく。その中心には、全身に棘の生えた巨大な怪獣の影が佇んでいた。



****



「……あの人の本気、バンギラスは恐ろしい。きっと幹部のポケモンにだって引けは取らないはずだ」

 ルークさんのバンギラスを前には食い下がるのが精一杯で、結局敗北してしまった。カイリューと並ぶ実力を持つポケモン、チャンピオンのライバルにしてエイヘイ最強のジムリーダーの称号は伊達ではない
 黄昏の陽射しが包むアゲトジムのロビーで、ソファに腰掛け拳を握り締めながらその強さを思い返す。
 どんな攻撃にも動じない強靭な鎧、片腕で山を崩す強大な力。その強さは凄まじく……カイリューやメタグロス、サザンドラと同様に天災に等しい力を秘めていて、生半可な実力では届くはずがないのだと。

「……あの鎧を突破するには、今のままじゃダメだ。その為には……」
「あ、ジュンヤ! お疲れさま〜!」

 今の自分達を見直す必要がある。そう口にしようとしたところで、気の抜ける間延びした声が響いて隣にかわいらしく腰掛けて来た。

「えへへ、ジュンヤもポケモンたちの回復を待ってるの? 私もなんだ、今日はハナダさんとフルバトルをしてて」
「ああ、そうだったのか。オレもだよ、ルークさんと全力で闘ったんだけど……バンギラスが強くて勝てなかったんだ」
「バンギラス!? そりゃあ強いよね〜……!」

 などと、今日起きたバトルの所感や夕食はなんだろうか、スイーツを買いに行きたい、などと下らない話に興じていると、ふとノドカが珍しく真面目な表情で顔を覗き込んで来た。

「ねえ、そろそろ良いんじゃないかな、ジュンヤ」

 唐突な提案に虚を突かれたように目を丸くしていると、彼女は微笑みながら言葉を続けていく。

「ねえ、ジュンヤ、サイドンもそろそろ進化させるのはどう? ソウスケから聞いたの、ジュンヤはプロテクターを持ってるからサイドンの進化をさせられるって!」
「ああ、以前古代の城で見つけて、博士に預けているんだ。……そうだね、進化しても問題なく力を制御出来るようになるまでって思ってたけど、やるなら今しか無い気がする」

 サイドンは今回活躍出来なかったから憤っていたわけではない。最近戦いが激化してきて、自分がこれ以上足を引っ張りたくない、気持ちばかりが空回っていると……だから、強くなりたいのだ。

「だいじょうぶ、ジュンヤもサイドンも強い もん。進化したってきっとなんとかなるよ!」
「……はは、ありがとう」

 ……ノドカが言うのならば、きっとそうなのだろう。確証なんてどこにも無い、だがノドカが明るく眩しい笑顔で微笑んでくれると、彼女が信じてくれていると……それだけで、なんとかなるような気がしてくる。
 ポケモン達の回復が終わると、ジュンヤは待ち焦がれたようにラルドタウンにいるローベルト博士へとパソコンで通信を送った。



『……ではジュンヤ君、ノドカ君、ソウスケ君。すまないね、後のことは任せたよ』
「はい、ありがとうございました、博士。大丈夫です、きっとオレ達が……オルビス団を倒して、エイヘイ地方を守ってみせます!」

 サイドンの進化にはプロテクターだけでなく通信交換が必要となり、久し振りに顔を合わせたローベルト博士と近況に対して暫く話をしていた。博士も今ジュンヤ達がアゲトシティに居ることはルークから聞いていたらしい。積もる話や心配をしてくれて……それからようやく、通信交換が行われた。
 モンスターボールをデータ化して転送する巨大な機械、その中心にある双眼鏡のような二つの円筒部の片方に紅白球を装着し、通信交換が行われた。送られて来たのは勿論一度博士へと預けたサイドン、「出てこいサイドン!」と勢い良く投擲すると、威勢良く咆哮をあげて飛び出してきた。

「おお、サイドンの様子が……!」

 サイドンの全身が蒼白の光に包まれ始める。ジュンヤ達が喜びを胸に見守っている中で蒼光は徐々に大きく変化していき………角が伸び、逞しかった腕が更に大きくなって尾の先は丸い塊を形成していく。
 光を払って現れたのは、生まれ変わったサイドンの姿だ。二つに増えた天を衝く鋭い角、掌には穴があり砲台のように巨大な逞しい剛腕、全身には頑丈なプロテクターが装着されたことで元々強靭な鎧が更に硬さを増して尾の先には球型の鎚が備えられていた。

『ドサイドン。ドリルポケモン。
 筋肉を力を込めて瞬間的に膨らませることで、手にした石を噴出できる』
「やったなドサイドン、これでついに進化だ! ……もう悩む必要は無いんだ、今まで以上に頑張って、みんなで一緒に強くなろう」

 火山の噴火にすら耐える凄まじい防御力を誇る、強力なポケモンドサイドン。
 身体中から、迸るような力の高まりを感じる。体の底からかつてない力が沸き上がってくる。これで以前に増して活躍出来る筈だ、もう足を引っ張ることはないはずだ。溢れる喜びに思わず砲台の両腕で主を抱き締めると……。

「ジュンヤ、だいじょうぶー!?」

 ……加減を間違えて、結局彼が目が覚めたのは夕食後のことだった。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「くう、結局勝てなかった、まだバッジ七個しか持ってないのに……!」
ソウスケ「すまない、僕は八個だ。と、知っていたか(笑)嫌みじゃあないぞ(笑)」
ノドカ「私も八個、もうポケモンリーグに参加できるね!えへへ、楽しみだね、ジュンヤもバッジをゲットするの!」
ジュンヤ「ああ、ありがとう。これでオレの手持ちはみんな最後まで進化したんだ、だから次こそは……!」
ソウスケ「今回は相手に手の内を知られていたのも痛かったからね。やはり情報の優位は大きく働くものだからね」
ジュンヤ「ああ、でも今回のバトルでルークさんの戦い方も分かったから、次こそは……!」
ノドカ「バンギラス、どうしよっか……!」
ジュンヤ「……それはほら。頑張るの」
ソウスケ「た、頼りなさすぎる……!」
せろん ( 2019/03/13(水) 17:58 )