ポケットモンスターインフィニティ

















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第十章 雌伏の勇士達
第78話 小夜に灯る願い
 ──終末の刻まで、残り11日。


 未だ黎明を残した東雲の空は、山の端から次第に白くなっていき、紫がかった鱗の雲が細く棚引いている。
 朝特有の冷たく清涼な心地よい空気が肌を優しく撫でる。吹き抜けの天井であるバトルフィールドにて、朝焼けが穏やかに照らす曙の空の下で少女と老婆は向かい合っていた。

「それにしても、ルークも落ちぶれたものね。貴方達みたいな子どもの手まで借りようだなんて」

 頬に手を当て、呆れたようにため息を吐くのは緑を基調とした花柄の着物を身に纏った初老の女性タマムシ。一方白いワンピースの少女は、弱々しい引け腰ながらも必死に食い下がって行く。

「で、でも、がんばるです!」
「結構。スタンの遺言ですから従ってあげていますが、本来は貴方みたいな年端もいかない少女、邪魔なんですもの」

 タマムシの言い分も最もだ。四天王である彼女ですらも敵わない程にオルビス団の幹部は強い、こんな幼い少女がいたところで足を引っ張られては最悪共倒れすらあり得るのだから。

「だ、だけど……足は引っぱりません、だからっ」
「あらあら、何を言っているのかしら。弱いトレーナーは其処に居るだけで邪魔だというのがお分かりになりませんの?」
「……わたし、なんとなく分かる、です、人の心が。タマムシさんはやさしい人、です。きっと、わたしたちを巻き込みたくないって」

 必死に食い下がる濡羽色の髪の少女は、それでも諦めるつもりはない。向かい合う老婆の険しい瞳を真っ直ぐに見つめ、「それでも!」とか細い声を絞り出して立ち向かう。

「何を言うかと思えば。それに、貴方が闘えるかどうかはまた別の問題です」
「それを見きわめて、ほしいです。わたし、がんばります、から!」
「……ええ。わたくしは厳しいですわよ? 認められたいというのなら、せめてわたくしを納得させられる程度には抗ってみせなさいな」

 つまり、ポケモンバトルで力を示せということだ。ならばこれ以上の言葉は要らない、お互いバトルフィールドの端へと向かって距離を取ると、腰に装着されたモンスターボールを強く握り締めた。

「じゃあ、まずは……行ってください、ニドクイン!」
「貴女に任せたわ、ラフレシア」

 サヤが投擲した紅白球が空中で二つに割れ、現れたのは逞しい四肢、大きく丸みを帯びた耳で前傾姿勢の怪獣型ポケモン。全身に硬く針のように鋭い鱗に覆われている、一角を携えたドリルポケモンだ。
 対するタマムシが繰り出したのは頭に肉のように分厚く鮮烈な紅の大輪を咲かせた、群青色の体のフラワーポケモン。密林に住み世界一大きな花びらを持っていて、毒の花粉で敵を動けなくさせると言われる。

「全れいでいきます、だいもんじ、です!」
「迎え撃つのよ、はなふぶき!」

 大の字を描くように拡がる灼熱の火炎放射、吹雪のように吹き荒れる無数の花弁、二つの大技が戦場の中央でぶつかり合う。忽ち花弁を焼き焦がす熱に対して、戦場を切り裂きながらなおも途切れぬ花弁が次第に押していくが、ニドクインの必死の食い縛りにより堪えるとどちらともなく指示を切り替える。

「貴女のニドクイン……」
「はい、もちものはたつじんのおび、です」
「ですが何であろうと構いませんわ、接近しなさい!」
「もう一度、だいもんじです!」

 たつじんのおびは効果が抜群の際に更に威力を上昇させる道具だ。撃ち合った技の威力から推測したタマムシが告げようとするが、被せるように持ち物を答え、続けて闘いが動き出す。
 一気呵成に放たれる大の炎を横に転がって容易く躱し、そのまま焼け崩れていく花弁の中を駆け抜ける紅の大輪。

「速いです……ニドクイン、かみなり!」

 機動力を削がんと放った雷撃も容易く避けられ、二匹の距離が目と鼻の先まで詰められてしまった。

「ラフレシア、ドレインパンチ!」
「っ、れいとうパンチです!」

 相手の力を吸収する拳と凍結の拳がぶつかり合う。威力自体はたつじんのおびの効果もあって拮抗するが、全身から徐々に力が奪われていく。このままではまずい、「ニドクイン!」と拳を引いて半身を切り、すぐさま指示を替えた。

「だいもんじ!」

 勢い余って真横を通り抜けるラフレシアの全身が、大の字の炎に飲み飲まれ焼き尽くされていく。だが喜びも束の間、直ぐ様それが誤りであったのだと気付かされた……。

「やった、です!」
「あらあら、乗せられちゃったわねえ。……貴女は達が」
「あっ……、ニドクイン!?」

 ようやく気付いた。いや、大輪を呑み込み派手に燃え盛る火炎に遮られ“気付けなかった”のは……恐らく、そこまで織り込み済みでわざとだいもんじを浴びたのだろう。
 既に花弁の奥には眩く輝く太陽の光が蓄えられていた、それはくさタイプ最大級の大技であり、……この距離では確実に避けられない。

「ソーラービーム!」

 瞳を焼く程の眩い閃光に思わず瞼を伏せてしまう。太陽の光を存分に蓄えて放たれた極太光線が全身を呑み込み、たちまち凄まじい熱量に鱗を貫き焼き尽くされてしまう。

「……ニドクイン、だいじょうぶ!?」

 四天王タマムシの最強の相棒ラフレシアの、最大火力の一撃を超至近距離で浴びてしまって耐えられる筈がない。怪獣は膝から崩れ落ち、必死に歯を食い縛るが全身を焼かれた痛みに起き上がることすら出来ずにいる。

「もう貴女のニドクインは終わりですわね。でも……よく闘ったわ」
「まだ終わりじゃ、ないです。ニドクインはあきらめて……」
「ラフレシア、こうごうせい」

 吹き抜けの青空から降り注ぐ太陽の光を全身で浴びるかのように、紅の大輪は両腕を広げてその花弁を天へと掲げると、体内の葉緑素が活性化してたちまち全身の傷が癒えていく。
 まるで花開いたばかりの大輪のように、枝葉末端まで瑞々しく煌めくラフレシアに、思わずサヤもニドクインも声を失ってしまった。

「四天王ともあろう者が、なんの考えも無しに効果抜群の一撃を食らうはずがないでしょう?」

 最早起き上がれない、それでも必死に堪えて睨み付けていた闘志はその一瞬でへし折られると同時に意識が途切れてしまった。

「ニドクイン! ……よく、がんばってくれました。ありがとう、ございます」

 指先一つすら動かない。察したサヤは労いの言葉と共にニドクインへ剥けてモンスターボールをかざし、紅白球が二つに割れると中から赤い閃光が迸り優しく包み込んでいく。

「ううん、だいじょうぶ。これでラフレシアの技こうせいは分かりました、だから……きっと、勝てます」

 光と共に紅白球の中へと還ったニドクインは、申し訳なさそうに瞼を伏せながら主の瞳をおずおずと見つめ、サヤは慈しむように微笑みそう告げると彼女は力強く頷き、安心したように眠りについた。

「……いちばん困るのは、こうごうせいです。なら……あなたにおねがいします、キュウコン!」

 サヤが続けて繰り出したのはキュウコンだ。美しい九本の尾を持ち、真紅の瞳が妖しく煌めく。全身が黄金の体毛に包まれた千年生きると謳われるきつねポケモンのキュウコン。
 彼女に任せたのは勿論相性有利だからと言うのある、だがそれよりも……。

「行きますキュウコン、ねっぷう、です!」
「ならば此方は……ラフレシア、はなふぶき!」

 全身から噴き出す灼熱の風が、吹き荒ぶ暴威となって襲い掛かっていく。対して巨大な紅花は無数の花弁で迎え撃つと、炎を切り裂くと同時に迫ってくる熱風に焼き尽くされ威力は拮抗……いや、少しずつ優勢が九尾の焔に傾いている。
 キュウコンはほのおタイプだ、くわえてほのおタイプの技の威力が上がる道具である“もくたん”を持っている。いくら四天王の相棒が相手とはいえ、相性もあって威力だけなら引けを取らない。
 
「……あらあら、これは良くないわ、相性は簡単に覆せるものではないもの。ですから……ラフレシア!」
「……っ、来ます、キュウコン!」

 それまで放っていた花弁の刃を途絶えると同時に横転してそのまま駆け出してくる。相変わらずの素早さだ、あっという間に距離を詰められ、強く拳が握り締められる。

「ラフレシア、ドレインパンチ!」
「たえて、ください!」

 相手の力を奪う吸魔の拳が、岩をも砕く勢いで強く胸元へと叩き付けられる。なんという衝撃、暫時は呼吸が止まってしまい、その勢いに吹き飛ばされてしまう。……否。
 まるで何かに引っ張られるかのように唐突に急停止して……見れば腕には九つの尾が巻き付けられ、キュウコンの眼が紅く輝いていた。

「まあ、そうなの。この距離でないと当てられないから……貴女達は待っていたというわけね。じんつうりきまで使って堪えて、無理矢理にでも当てるために」
「じゃないと……あなたたちにはかてません。今、です。キュウコン、れんごく!」

 さながら冥府の底から噴き上がるが如く。九つの尾の先に灯った紫黒の燐火が妖しく揺らぎ、零距離で放たれると避ける間も無く業火が激しく身を焦がしていく。
 魂までをも焼き尽くすと言われるほのおタイプの大技“れんごく”の威力は凄まじい。たちまち全身へと駆け巡った炎が高く燃え盛り、容易くは回復出来ない深い火傷を刻み込んだ。
 れんごく……その名に相応しい威力が紅の大輪を呑み込むが、それでもラフレシアは倒れない。紫黒の焔が次第に収まっていくと、ぺ、と複数の種と緑のヘタを吐き出した。

「それはオッカのみ、ですね……」
「ええ、有利であっても容易く勝てるなどと思い上がらないことね。わたくしのラフレシアは最強の相棒、その程度では倒れません」

 オッカのみ、それはほのおタイプの技を受ける時に使うと威力を半減することが出来る持ち物だ。四天王ともなれば容易には勝てない、きっと挑戦者もこれで最も厄介な攻撃を凌がれ返しの一撃で敗れてしまったのだろう。
 肉厚の大輪に隠れた瞳が瞬いて、既に手遅れだとでも言いたげなその花弁の奥には太陽の光が蓄えられていた。

「ソーラービームで決めなさい!」

 瞼を焦がす眩い閃光を伴い再び放たれた極大の太陽光線が、瞬く間に金毛の九尾を飲み込んでいく。蓄えられた光の持つ熱量は膨大で、光が去った後に在ったのは息も絶え絶えに鎌首をもたげ、片膝を付くキュウコンの姿だった。

「……ありがとう、です、キュウコン。なんとか、たえてくれました」

 効果が今一つにも関わらず、首の皮一枚で繋がるのが精一杯だ。決してサヤ達が弱いのではない、彼女とて八つのジムバッジを集めたポケモントレーナーなのだから。それだけ四天王の壁というのは厚い、それでも……”この程度“は越えなければ幹部になど勝てるはずがない。
 まだ辛うじて体力は残っている、それならば十分に勝機はある。今後の戦いを生き残る為にも……ちらと振り返ったキュウコンと視線を交差させ、決意を胸に頷き合った。

「それではラフレシア、その傷を早く治しましょうね。こうごうせいです」

 天を仰いで全身で太陽光をその身に浴びると、たちまち身体中の傷が再生していく。れんごくは相手を“やけど”状態にする追加効果がある、刻まれた火傷までは回復しないが、それでも万全に近い状態まで復帰が出来た。
 その瞬間、サヤが不敵に笑い、キュウコンが憎々しげに対敵を睨んだ。

「今、です、キュウコン……うらみ!」

 この瞬間を待っていた。最も厄介な補助技である“こうごうせい”を封じる、唯一にして最大の機会を。
 金毛の狐が紅い眼をぎらつかせると、募る傷の恨みを現すかのように九つの尾の先から憎悪の黒炎が噴き出して、瑞々しく咲いていた紅輪の内を焦がしていく。

「……これを狙っていたのね」

 それは肉体ではなく、魂を燃やす燐の鬼火。恨みの念により放たれた燐火はラフレシアの体内に迸る、技を発動する為に用いるエネルギーを焼き付くし……これで、もう“こうごうせい”は発動出来ない。

「はい、こうごうせいがある限り……わたしは、あなたたちに、勝てないです。だから、使えなくしました」
「貴女、以前から思っていましたが、可愛らしいお顔に似合わずいやらしい闘いを好みますわよね」
「わたしは、ツルギとちがって、よわい、です。だから、そんなわたしができる、たたかいかたです」

 いつも側でツルギの戦いを見てきたサヤは理解していた、自分は彼のように強くは在れない。それでも守りたいものがある、だから……弱くとも勝つ為に、相手を弱くすればいいのだと。 

「行きますキュウコン、ねっぷう、です!」
「まだ立てたのね、でもこれでお仕舞いです! ドレインパンチ!」

 吹き荒ぶ灼熱の風が紅の大輪を咲かせるラフレシアの皮膚を焦がし焼いていく、それでも怒濤の猛進は止まらない。炎の中を構わず突き進んだ紅華は、忽ち眼前へ躍り出ると生命を吸収する拳で金色の九尾を殴り抜けた。
 
「キュウコン!?」

 ……相手は火傷を負っている、それでも既に虫の息であった彼女に耐えられるはずがなかった。拳の勢いで吹き飛ばされたキュウコンは水平に吹き飛び力無く転がり続け、しばらくしてようやく静止した時には既に意識は失われていた。

「……ありがとう、ございます。あなたたちのおかげで、きっと……勝てます」

 モンスターボールを翳すと、赤い光が傷だらけで気を失っているキュウコンを包み込み安息の地へと還っていく。キュウコンは紅白球の中でようやく意識を取り戻すと、真っ直ぐな瞳でサヤを見つめた。

「ううん、だいじょうぶ、ラフレシアのこと……分かりましたから。キュウコン、安心して、ください……わたしたちが、勝ちます」

 結局相性が有利なほのおタイプでも届かなかった、それでも……こうごうせいを封じ、やけどによって物理攻撃の威力も下がる上に手負いだ。希望は繋がった、これなら勝てるかもしれない……いや、勝つ!
 向かい合う四天王タマムシの余裕を失いつつあるたおやかな瞳と、ラフレシアがやけどにわずかに眉をしかめる様子へこれまでの二匹の奮闘を思い出したサヤは、強く意思を固めながら最後のモンスターボールへと手を伸ばした。


****


 サヤとタマムシが闘う前日の夜。
 幕を引くように薄らと伸びる雲が夜空を流れ、朧月が薄明るく照らす小夜。昼間の喧騒も、終末へ巡る針も絵空事に思える程の静穏が時を刻む中で、少年達は明日が来るのを惜しむかのように互いのポケモンの力をぶつけ合っていた。
 戦況は終始赤い帽子の少年……ジュンヤの優勢に進んでいる。彼はツルギとのバトルの時よりも更に強くなっていた、白いワンピースの少女は、サヤは食い下がるのが精一杯で、ついに闘いは終わりを迎える。

「サーナイト、ムーンフォース、です!」
「ファイアロー、ブレイブバード!」

 月明かりを束ねた光の柱ですら捉えられない。音すら抜き去る超高速の一閃がサヤの相棒である白衣の超能力者サーナイトを貫き、それまで必死に耐えていたがとうとう崩れ落ちてしまう。

「……ありがとう、ございます」
「いや、こっちこそありがとうサヤちゃん。君とのバトルは良い経験になったよ」

 彼女は相棒サーナイトをモンスターボールに戻し、労いの言葉を掛けて腰へ装着するとジュンヤに深く、ぺこりと頭を下げる。彼も同様に労いと共にファイアローを紅白球へ帰すと微笑みながらそう言って、ぽん、と軽く少女を撫でた。

「なんとなく、わかった、です。強くて、まっすぐで、ジュンヤさんが……もう、まよってないの」
「……うん、分かったんだ、どうすればいいか」

 帽子のつばをくっ、と下げて、夜空を見上げながらそう呟いた。その微笑みは優しく歌う木々のように穏やかで、しかし……その裏に、夜の森のような暗い闇を隠している。
 それでも彼は笑っていた。きっと……計り知れない葛藤があったのにも関わらず。

「……もう一度、きいても、いいですか? ジュンヤさんは……どうして戦ってる、です?」
「もちろん、大切なものを守る為だよ。……分かったんだ、オレの想いは昔からずっと変わらない」
「ふふ。やっぱり、ジュンヤさん、やさしい人、です」
「なんだかこそばゆいけど……ありがとうサヤちゃん」
「わたしたちこそ、ありがとう、です」

 そんな風に純粋に褒められるのは照れ臭くて、今度は恥ずかしくて思わずそっぽを向いてしまう。心地良い静寂が揺蕩い、二人で薄明かりの照らす夜空を見上げ……ふと、親友である少年のことを想う。
 レイの思惑は分からない、だが……これまでに働いてきた悪事は決して赦されない。彼は大切な親友だ、道を踏み外したというのならば、友達として引き戻さなければならない。

「……わたしも、です。わたしも、同じで、みんなを守りたい」

 か弱いながらも、彼女なりの精一杯で言葉を紡ぎながら、サヤは真っ直ぐに見上げてくる。

「オルビス団のこと……今でも、ゆるせません。だけどそれ以上に、みんなに笑っていて、ほしいです」
「なあ、サヤちゃんは……君はどうして、自分を犠牲にしてまで戦っているのかな。君はまだ、オレ達から見ても幼いのに」
「わたしやサーナイトは……こきょうがオルビス団にうばわれて、帰るところがなかった、です」

 ……サヤちゃんは、彼女は故郷をオルビス団によって滅ぼされた。身寄りが無い彼女はツルギに救われ、彼と共に旅をしており……オレと違って、ツルギと同じで、帰るところなど無い。
 それでもサヤちゃんは笑っている。決して強がりから来る空元気などではない、満足しているからこその笑みで……その理由など、分かっていた。

「でも今のわたしは、ツルギのアイボーで、そこがわたしの居場所なんです。だから……居場所をくれた、ツルギのためにも、わたしじしんのためにも、たたかいます」
「……そっか、それならオレはこれ以上は何も言わないよ。守りたいって気持ちに年齢なんて関係ないからな」
「はい、ありがとう、ございます! ……がんばりましょう。ツルギやジュンヤさんたちと、いっしょに取りもどしたい、です。みんなの、笑って生きれる未来を」
「ああ、オレ達みんなで一緒に守るんだ。もっと強くなって……きっと、オルビス団との戦いに勝ってみせる」

 その意思は固く、容易く曲げられるものではない。今から他に居場所が出来たとしても、きっとツルギと歩む道を選ぶだろう。誰もが笑って過ごせる未来の為に戦い、自分に居場所をくれた人に恩を返すことが何よりの願いなのだから。

「ソウスケもノドカもどんどん強くなってるんだ、オレ達も負けてられないよね」
「はい、もう一回、バトルしましょう!」
「え、う、うそ!? 今日はそろそろ寝た方が」
「行きます! 出てきて、トドゼルガ!」

 誰もが笑って過ごせる平穏な世界を守りたい。彼女の想いは……夜空に瞬く星のように、暗闇の中でも輝いていた。


****


 昨夜……ジュンヤさんとの特訓で、彼と交わした会話を経て改めて思った。誰もが傷付かず幸せに暮らせる世界を守りたい、わたし達の居場所を守りたいのだと。
 向かい合う女性……タマムシもその気持ちは同じだ。エイヘイ地方を守るという一点において、このアゲトジムに集っている皆は固く結ばれている。

「わたしたちは……そのために、ツルギといっしょに、戦ってきました」

 腰に装着されたモンスターボールを握って、その中で闘いへと身構えている一番の相棒を見つめて確かめるように呟いた。
 彼女も……ずっと同じ気持ちだ。目を閉じれば、今でも瞼の裏にはあの時の光景が焼き付いている。大切な故郷が、罪の無い多くのポケモン達がオルビス団幹部エドガーとその部下によって捕らえられていく様を。
 皆で遊んだ花畑も、一緒に夜を過ごしていた大樹の洞も、全てが襲撃によって崩れていった。皆に救われて自分とラルトスだけがなんとか逃げることが出来た、だから……これ以上自分達のような被害者を出させない。
 それに……。

「……それに、エドガーさんは、いつも、悲しそうな目をしてました」

 どうして、彼がそんな目をしていたのかは分からない。ただ一つ確かなことは、彼の積み上げてきた罪も、オルビス団という悪も決して赦されないということだけで。
 だからもっともっと強くなりたい、戦いを終わらせたい。もう……誰にも傷付いて欲しくないから。

「わたしたちみんなで……ぜったい、終わらせましょう。いってください、サーナイト!」

 現れたのは純白のロングドレスを思わせる衣に身を包み、胸には力を増幅させる赤い角な生え、ヘルムにも似た緑色の髪に覆われ真紅の眼を備えた白衣の騎士。

「貴女の最強の相棒ね。相性も状況も不利、本当に困ったわねえ……」

 タマムシは、口ではそう言いながらも如何に相手を攻略するか思索を巡らせている。流石は四天王、技を一つ封じられてやけど状態になり、手負いという逆境にありながらもその目には諦めなど一切無い。
 少しでも気を緩めれば容易く押し返される、此方も薄闇の中でようやく掴み取った勝利への欠片を逃さないように、頭の中で道筋を描いていく。

「いきます、サーナイト……サイコショック!」

 暫時の睨み合いの後……先に動いたのはサヤ達だ。胸の角が紅く輝き、思念が粘土をこね回したような丸い塊となって具現化していく。それはツルギのフーディンのような心の刃ではなく、触れた瞬間に炸裂する思念の弾丸。

「なれば迎え撃ちましょう、はなふぶき!」

 火花のように炸裂音を上げながら接近する思念の爆弾はどくタイプを持つラフレシアには相性が悪い。両腕を広げると共に舞い上がった花弁が衝突すると強い衝撃を伴い爆発した。
 数では劣るが高い威力の思念弾と、量では勝るがやけどもあって押し切れない花弁。このまま続ければラフレシアをやけどのダメージで消耗させられる、それを理解しているタマムシは「接近しなさい!」指示を切り替え、ラフレシアがその身に似合わぬ高速で戦場を駆け抜ける。
 無数の弾丸を放つが悉くを跳ね、身を躱し、半身を切り、軽やかな動きで避けられてしまう。目と鼻の先まで接近した紅の大輪は、固く拳を握り締めた。

「……っ、効果はいまひとつ、です、サイコショック!」
「ラフレシア、ドレインパンチ!」

 サーナイトのタイプはエスパーとフェアリー、かくとうタイプに有利な属性の複合であり、無論相手も効き目が薄いことなど織り込み済みだ。それでも相手の生命力を奪う拳がアッパーのように強く振り抜かれる。
 これが狙いだったのだろう。効果は薄くとも勢いまでは殺せない、思念の弾丸が放たれ直撃すると同時に腹部を穿った一撃によって、宙へと投げ出されてしまった。

「効いてます、でも……」
「追い討ちです、行きなさい!」

 直接盛大な思念の爆発を浴びてしまった、くわえてやけどの痛みが全身を襲う。それでも痛みに顔を歪めはしてもラフレシアの駆動は止まらない。

「サイコショック、です!」
「はなふぶきで迎え撃ちましょう!」

 宙で山なりに放物線を描くサーナイトを追い掛ける紅の華。頂点に達したところで追撃を阻止せんと放った思念の弾丸は無数の花弁によって相殺されてしまい、黒煙の舞う爆風を突き抜けてついに眼前に躍り出る。

「ドレインパンチよ!」
「あまり、効き目はありません。だけど……」
「ええ、その勢いで頭から地表に叩き付けられれば貴女の騎士も無事ではすぐには動けないでしょう?」

 確実に攻撃を当てる為の下ごしらえには威力など必要無い、ということなのだろう。
 全体重を乗せ、顔面へ目掛けて叩き込まれた拳の威力は凄まじい。相性が有利でなければ一撃で体力のほとんどを持っていかれるだろう。それほどの衝撃で殴り抜かれたのだ、落下の勢いも相まって、瞬く間に地上が目の前へと迫ってしまうその瞬間に胸元の角が紅く輝く。

「……間に合い、ました」

 間一髪、あと数センチの距離で、白衣の騎士の体が糸で引かれたかのように急停止した。念動力で空中制御をして、しかし見上げるとすぐ側にまで光を蓄えたラフレシアの大輪が落ちてきて……。

「ソーラービーム」

 肉厚の花弁が華奢な身体に覆い被さり、身動きが取れず、今から行動を起こそうにも既に遅すぎた。
 零距離で放たれる最大の一撃を花弁の底から溢れ出した光の奔流が全身を、大地を焼き付くしていき、撒き散らされた光線の余波で周囲の壁面が次々崩れ落ちていく。……あまりの威力に、地表には巨大な孔が穿たれた。その中心には、二匹のポケモンがあるいは倒れ、あるいは痛みに堪え立ち尽くしていた。

「……サーナイト、ありがとう、ございます」

 彼女は身体中が無数の切創や熱傷で傷だらけになり、それでも必死に意識を繋いで眼前に立ち尽くす強敵を睨み付けている。二人はまだ諦めていない、しかし……指先一つ動かすのが精一杯だ。

「……ラフレシア、貴女も限界が近いようね」

 ラフレシアはタマムシ最強の相棒だ。高水準に纏まった能力と高い継戦能力が長所であり、しかし現在は要であるこうごうせいが封じられていた。
 その状態で長時間、不利な相性とやけどを背負い闘っていては、流石に限界が目前まで近付いてきた。おそらく……次の一撃で決着がつく。

「ですから、次で確実に終わらせます」

 サーナイトはあれだけの傷を負っていては指一つ動かすのが精一杯だろう。だが念動力は別だ、はなふぶきでは万が一逆襲を受ければ押し切られてしまう。
 最大の一撃を以て葬る。それが確実に勝つ為の一番の方法だ。天井から降り注ぐ朝の陽射しを花弁の奥へと集中させ、天を仰いで睨み付けてくる白衣の騎士へと向けて構えた。

「これで終わりです、サヤ、サーナイト! 行きなさいラフレシア、ソーラービーム!」

 花弁からは抑え切れない光が漏れ出し渦巻いていた。ついに最大までエネルギーが充填された、そして主である四天王タマムシの号令を以て、最後にして最大の一撃が放たれる。

「……それは、どう、でしょうか」

 サヤが、口元に浮かぶ喜びを小さな手で隠しながらそう呟いた。
 確かに最大まで光を蓄えた、全てを焼き付くす太陽光線によって決着が付く……はずであった。
 彼女は何も命令していない、しかしサーナイトはエスパータイプを持っている。タマムシは瞬時に理解した、何故発動出来なかったのかを。

「……はい、かなしばり、です。今ですサーナイト!」
「……そうだったわね。貴女は声に出さなくても、ポケモンと会話が出来たんですものね。迎え撃ちなさいなラフレシア!」

 この瞬間まで温存していた。切り札は最後まで取っておくものだとツルギから教わっていたから。
 無数の鋭利な花弁を放つラフレシア、しかし「テレポート、です!」とサヤが叫んだ次の瞬間に爆発する目の前からサーナイトの姿が掻き消えていた。

「これで、終わりです! サーナイト……サイコショック!」

 瞬間移動でラフレシアの背後に回り込み、一点集中して生み出した巨大な思念の塊を解き放ち、既に避けるには遅すぎた、直撃すると花火と見紛う盛大な爆発が全身を貫いていった。

「あらあら、まあまあ」

 ……サーナイトは、念動力で己の身体を持ち上げ首の皮一枚で辛うじて立ち上がる。しかし朝陽に照らされて輝く紅い肉厚の大輪は既に意識を失っていて動かない。

「……わたくしの負け、ですわね。お疲れ様です、貴女の健闘に感謝しますわ、わたくしのラフレシア」

 ……勝敗は決した。四天王タマムシの相棒は崩れ落ち……この闘いは一対三、サヤの勝利で幕を降ろしたのだ。

「……勝っ、た。勝てた、です、サーナイト!」

 喜びを抑え切れず、サヤが歳相応の無垢な笑顔で駆け寄って最愛の相棒を抱き締める。白衣の騎士サーナイトはそれを慈しむような眼差しで熱く抱擁し……安心して緊張の糸が切れたのか、そのまま眠りについてしまった。

「ありがとう、ございます、タマムシさん」

 たおやかな笑みを浮かべた老婆は、大切な相棒を労ってモンスターボールに戻すと、過酷なバトルを闘い抜いた少女へ歩み寄った。

「仕方ありませんね、サヤちゃん、貴女の覚悟と強さを認めますわ」

 その瞳には闘いの前の厳しさは無い。孫を見る祖母のような優しい色が映っている、この闘いを通じて己の相棒を下した少女のことを完全に認めているようだ。

「あ、ありがとうございます、タマムシさん。でも、わたしたちは、まだ三匹でやっと一匹たおせただけで……」
「ラフレシアはわたくしの最強のエース。三対三ならわたくし達が勝っていたでしょうけれど……総力戦だったら分からなかったわ」
「そ、そんなこと! ……ありがとう、です」
「いいえ、此方こそ。わたくしも貴女と同じです、このエイヘイ地方を守りたい。その為に……貴女達の力を貸してくださいますね?」

 老婆が差し出した、しわだらけの柔らかな手を見つめたサヤに迷いはない。

「はい、もちろん、です。みなさんでいっしょに……この世界を、守りましょう!」

 その手を力強く握り締めて、サーナイトもそれに優しく手を添える。
 オルビス団との戦いは過酷で険しいものになるだろう、それでも決して諦めない。『この世界を守り抜く』同じ心で繋がった仲間達が、共に戦ってくれる限りは。
 朝焼けに包まれた戦場は、白く照らされ輝いていた。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「今日はサヤちゃんとタマムシさんのバトルだったけど……ついに四天王の相棒を倒したんだな。すごいよサヤちゃん、お疲れ様!」
サヤ「あ、ありがとう、ございます。えへへ……」
ノドカ「う〜……!私ももう少しで勝てたのに〜……!」
ソウスケ「しかしこれもタマムシさんの鍛練の賜物だね、彼女には感謝しないといけないね」
サヤ「はい、あの人は……とても、優しい人、です。ツルギより、特訓も優しい、です」
ジュンヤ「……ツルギは厳しそうだもんなー」
サヤ「はい、あの人は、きびしい、です。わたしのためなのは、わかります。でも、たいへんです……」
ノドカ「……おつかれさま、サヤちゃん。ほんとにおつかれさま」
サヤ「……ありがとう、です。ツルギ、……すごいです」
ノドカ「私、ツルギくんに教えてもらわなくてよかったよ〜……」
せろん ( 2019/02/03(日) 03:00 )