ポケットモンスターインフィニティ - 第十章 雌伏の勇士達
第77話 変わらぬ想い
 天に散らばる星の光は夜を照らすように淡く降り注ぎ、月影は闇を切り裂き宙にきらめく。
 残された時間は十二日。既に夕陽は城の陰へと沈み落ち、暗闇の帳が幕を降ろしている。貴重な一日も終わりに近づき始める中で、彼らはアゲトジム内の食堂で食事を終えるとそのままそれぞれの進捗や情報を報告していた。

「……そして、記憶すら操る徹底した証拠の隠滅により、今まで奴らは姿を隠し続けていたらしい」
「そうか、ツルギやオルビス団には……そんなことがあったんだな」

 ソウスケが語るのは昨晩の、ジュンヤとツルギのフルバトルの後に行われた情報交換の際に語られた様々な内容だ。

「はい、だからツルギは、一人でたたかい続けてきた……です」
「……やっぱりツルギも、守る為に戦っていたんだな」
「ツルギ、やさしい人、ですからっ」

 次々に明かされる、今まで知り得なかった非道な行い、凄惨な情報により聞いていた皆の顔色は次第に曇り……少年も、かつて自分の身に降り掛かった悲劇をそれに重ねる。犠牲者達のことを思い激しい憤りに心を焦がし、それでも、彼は激情を必死に堪え皆の顔を見渡した。

「……オレ達は、この旅の中で確実に強くなっている。ポケモン達が、みんなが、大切な仲間が居てくれたからここまで来れた」

 怒りに震える声で、しかし極力冷静を装って言葉を紡ぐ。脳裏を過るのは、この旅の中で幾度と躓き、味わってきた挫折と、その度に支えてくれた誰より大切な仲間達。

「だから、これ以上誰も傷付けさせない為に……みんなでもっと強くなろう。守りたいっていう想いはみんな同じだ、諦めずに立ち向かってきたからここまでこれたんだ、オレ達なら……大丈夫、絶対勝てるさ」
「ジュンヤ……うん、そうよね。私たちもがんばるよ、みんなに笑顔でいてほしいから、あなたに無事でいてほしいから。きっと……いっぱい強くなってみせるからね!」

 虚勢などではない、ジュンヤの心から溢れ出した素直な想いに、真っ先にノドカが同意を示した。いや、彼女だけではない、振り返れば皆もその目には希望が萌えており。

「当然だジュンヤ。確かにオルビス団にも譲れない道があるのだろう、しかし彼らの所業は間違いなく悪逆だ、僕らが負ける道理は無い。元より諦めるなど性に合わない、相手がどれ程強大であろうと必ず奴らに勝ってみせるさ」

 一度は大敗を喫して仲間が傷付き、人の道を歪めてしまったことで己の信条すらも疑っていた自分が立ち上がれたのは……大切な仲間がいたからだ。誓った想いは変わらない、悔いなど残さず立ち向かうのだと。誰より憧れる幼馴染みに、未来の自分に「やりきったぞ」と胸を張って誇る為に。

「もちろん、です。みんなが平和に、笑ってすごせる世界に、したいから……わたしたちも、がんばります」

 脳裏には、今でもエドガーにより滅ぼされた故郷の情景が焼き付いている。逃げ惑うも成す術なく捕らえられる家族同然のポケモン達。もうこれ以上誰にも傷付いてほしくない、だから彼女はツルギと共にここまで戦って来たのだ……頼れる仲間達が居る、怯む必要などどこにもない。

「もうあたしみたいな、大切な相棒と引き離されたことも忘れて平気で暮らす人を……オルビス団の犠牲者を、増やしたくはありませんから! だからあたしも自分達に出来ることがあるならなんだってやってみせますよ!」

 大切な相棒がオルビス団によって奪われた、そのことすら忘れていた自分が立ち上がれたのは仲間がいてくれたからだ。ラクライを奪い返し、皆が楽しくバトルが出来る日々を取り戻すまで止まるわけにはいかない。
 皆もジュンヤの言葉に、彼の何度折られても立ち上がって「大切なものを守る」と己より強い相手にも立ち向かう姿に勇気をもらってきた。だから……変われる強さと変わらぬ想いで、相手がどれだけ強大だとしても立ち向かうのだと。

「よーし、私たちもがんばるよ〜! 行こうエクレアちゃん、二人で特訓だー!」
「はい、ノドカさん! やるからには負けませんからね、全力で力を出し切りましょう!
「……はは、ノドカとエクレアちゃんも頑張ってるなあ」

 いてもたってもいられなくなったのか、勢い良く飛び出した二人を見送り思わずジュンヤが苦笑を零す。自分も見習わないと、と席を立とうとしたその時に。




「その意気が空回りしないように、せいぜい気を付けるんだな」

 瞬間、暖かな団らんが包んでいた空気が凍るような、緊張感を孕んだ少年の低い声色と共に食堂の扉が開いた。

「あ、ツルギ。おかえりなさい、です」
「ツルギ、……どこに行っていたんだ」

 思わずジュンヤの声にも緊張が混ざるが、彼は意にも返さず「……鬱陶しい。街で暴れていたオルビス団を鎮圧していた」と返事をした。

「そうか、……オレ達にも言ってくれれば良かったのに」
「そしたら、わたしたちも、てつだえました」
「ああ、水臭いじゃないか。僕らは仲間だろう、ツルギ」
「俺は目的の為にお前達を利用しているに過ぎない。そして必要ない、足手まといだ、鍛練に専念しろ」

 そのまま壁に背を預けると腕を組みながら、こうやって一緒に戦う以上は力になりたい、そう言う三人の厚意にも表情一つ変えずに言い捨てて、

「そ、そんなことないだろ!」
「昨夜俺に大敗を喫したばかりの奴がよく言えたな。下らん戯れ言をほざく暇を鍛練にも回したらどうだ」

 思わず食って掛かるジュンヤを切り捨てる。

「……けど、苦しんでいる人は放ってはおけない」
「ああ、ジュンヤの言う通りだ。言ってくれるじゃないか、僕らだって腕を上げたんだぞ」
「分からないのか、俺一人で十分だ、お前達が居たところで変わらん。目先の物事に気を取られ大局を見誤るな、幹部を相手取るには今のお前達では不足に過ぎる。……俺ですら、幹部には容易く潰されるのだからな」

 極めて理性的な判断であり、……しかし、噛み締めるようなその言葉の裏には全てを擲ち進んできた己ですらも届かないという無力感が込められていて。

「……ツルギの言うとおり、です、ジュンヤさん。わたしたちは、まだ弱いです……から、集中しましょう」
「……そうだな、分かったよ。幹部は……レイは本当に強い、今のままじゃあ、万に一つの勝ち目が無いのも確かだからな」
「今の僕らでは、か。了解した、君の言葉に甘えて集中することにしよう。僕はレンジと決着を付けなければならない、彼を変えてしまった責任の一端は……僕にもあるのだからね」

 真っ先に頭を冷やしたサヤに諌められて、二人も熱くなりすぎたと自省をする。確かにツルギの実力は極めて秀でている、自分達が行くまでも無く彼ならばオルビス団を撃退出来る。七歳も歳下に言われるなんて相手に情けない、と二人で顔を見合わせて苦笑をしてから、だけど、とジュンヤは彼を向き直った。

「……オルビス団は最近活動が激しくなってきたな。やつらは全てを終わらせるつもりだ、もしかしたら……どうせ終わる世界だから、何をしても良いと考えているのかな」
「だろうな。くわえて奴らは最早潜伏する必要が無い、堂々と活動できるようになったのも大きいだろう」
「厄介だね……僕らも少しでも早く、せめて四天王に並び立てるくらいに強くならなければ」

 これまでの被害状況と直近の頻発しているオルビス団員による暴動を比較して、皆疑問を抱いていた。これまでのような隠密性に欠けている、と。

「部下によっては、オルビス団への勧誘を主な目的にしている派閥もあるようだな」

 ツルギの付け加えた言葉に、彼らの疑問は更に深まる。

「オルビス団、やつらの目的はなんなんだ。何の為にこんなことを……」
「さあな。だが世界征服を企むだけならば、エイヘイ地方の中心に拠点を露にして、大々的に宣伝してまで刻限を待つ必要が無い」
「オレもそれが不思議だったんだ。部下を増やす活動と仮定したって、正直戦力は今のままでも十分に思えるし」

 オルビス団の首領……ヴィクトルは、以前の放送で『挑戦を待つ』と言っていた。だがそんなことをすれば嫌が応でも注目を浴びて活動に支障が出るだろう。今までは徹頭徹尾影すらも現さなかった彼らが唐突に表舞台に現れたのだ、必ず目的があるに違いない。

「レイの『もう誰にも止められない』って言葉を踏まえると、隠れる必要がなくなったのは分かる。だけど……ヴィクトルのあの放送での口振りはまるで、挑戦者を迎え撃つこと自体が目的みたいだ」
「そうか、分かったぞ、みんな! やはりポケモンバトルは心が踊るからじゃあないか?」
「ど、どういうこと、ですか?」

 思わずサヤが頭に疑問符を浮かべ、ジュンヤ達が訝しげな顔をする中でソウスケは意気揚々と言葉を続けた。

「首領ヴィクトルは元チャンピオンだ、そして地方の頂点とは王座で挑戦者を待つものじゃないか!」
「馬鹿馬鹿しい、お前は相変わらず闘うことにしか思考が及ばないようだな」
「……くう、チャンピオンだから有り得ると思ったのだが」
「全く以て馬鹿馬鹿しい、が……」

 ジュンヤも、ツルギと同じ所感を抱いていたのだろう。二人が視線を交わすと、複雑な表情のまま沈黙し。

「……え、ええと?」
「……まあいい、目的など考えたところできりがない」
「ああ、レイがオレを指名手配した理由についても、オレの両親を殺したっていう発言も、……分からないけど、どっちにしたってやることは変わらない」

 ぐ、と拳を強く握り締めて、傍らに置いていた帽子を深く被って。

「よし、ソウスケ、オレ達もまた特訓に行こうか。走り込みに付き合ってくれないか」
「ああ、フルバトルでは体力や神経も磨り減らす、鍛えておいて損は無いだろうからね」
「せいぜい、昨夜のように決着の前に倒れる無様は晒さないことだ」
「う、うるさいなツルギ! 今度こそ負けないからな、次は絶対最後まで闘い抜いてお前に勝つさ! 行こうソウスケ!」
「そうだね、ぎゃふんと言わせて見せるさ! 僕らとヒヒダルマとて次こそは引けは取らないぞ!」

 嘲笑うような声色に、敗北の屈辱と対抗心への火を付けられたジュンヤが我先にと食堂を飛び出して、続けてソウスケも挑戦状を叩き付けると部屋に残ったのは二人だけとなった。




「次は、か。……その機会が巡るかも分からないこの状況でよく言えたものだ」
「そういえばツルギ、なにをしにきた、ですか?」

 彼は無駄を好まない、用事があって来たのは分かるのだが……なんだったのだろう。思わず訪ねると、彼は「様子見だ、足手まといが出ていないかのな。尤も杞憂だったようだが」と淡白に答えて退室をしようと扉のノブに手をかけた。

「ま、待ってください」
「何の用だ」
「ツルギ、どうして、ジュンヤさんたちを……手伝った、ですか?」

 彼女の脳裏には、昨夜のジュンヤとの熾烈な闘いが過っていた。あの闘いは「もっと強くなりたい」というジュンヤの申し出で始められたものだ。それだけではない、彼の致命的な欠点を指摘して……きっと、それは大きな糧となったはずだ。

「ツルギは、ジュンヤさんのこと、きらいなのに」
「私情など必要無い、利用できるものは全て利用する……それだけだ。オルビス団は俺だけの力で勝てるような相手では無いからな」
「ふふっ。ジュンヤさんの力……みとめてるんですね」

 思わず顔を綻ばせるサヤとは裏腹に、一層ツルギの眉はしわを深めて。苛立ちを抑えているかのような、静かな声で彼は言葉を紡いでいく。

「……あの闘い、奴らとの総力戦。本来ならば、奴らの実力ではギャラドスを倒すことすら能わなかっただろう」
「それは……」

 負け惜しみなどではない、単純な能力の差と相性で見れば彼の最強の相棒ゴーゴートですら勝ちの目は薄かったのだから。

「……はい、わたしから見ても、そうでした」
「だが、奴らはギャラドスどころかギルガルドまでをも制し、あろうことかフライゴンにすら食い下がってきた」

 ツルギの瞼の裏にも、あの闘いは強く刻まれていた。天運に救われた面も確かにあったろう、だがそれ以上に……。

「客観的に見れば、奴らは闘いの度に確実に強くなっている、そして限界以上の力を引き出し立ち向かってくる」

 無論限界以上など無謀に過ぎる、翌日の昼まで回復に時間が掛かるのも当然の帰結だ。それでも……奴らの実力は認めなければならない、如何に無謀で反動が大きかろうと、俺に食い下がって来たのは事実なのだから。

「しゅかんてきには、どう、ですか?」
「鬱陶しい」
「……そ、そう、ですか」

 簡潔で、しかしそれ故に純粋な感情の込められた一言に、サヤは思わず沈黙してしまった。
 ……四天王では幹部には二人がかりですら及ばない、奴らの実力ではあれが打ち止めに近いだろう。

「もし、幹部に食い下がれる可能性があるとすれば」

 サヤにも聞こえない、小さな声で彼は呟いた。
 俺を除けば……このエイヘイ地方においては、奴らだけだ。
 


****



 ──終末の刻まで、残り11日。

 太陽が山の陰から顔を出し、朝特有の冷たい清涼な空気が心地よい吹き抜けのバトルフィールドで、二人のポケモントレーナーが向かい合っていた。

「いきます、タマムシさん。ぜったい……あなたの相棒、倒します」
「あらあら、貴女のお友達が優れたポケモントレーナーだからと言って、貴女が調子に乗ってはいけませんことよ」

 少女は変わらぬ願いを胸に闘いに挑む。もっと強くなって、この世界の平和を取り戻すのだと。
 老婆は四天王の意地を賭けて闘いに臨む。このエイヘイ地方の玉座を守る者として、容易く勝利を譲るわけにはいかないのだと。
 絶対に勝ってみせる。二人は同じ想いを掲げて、腰に装着されたモンスターボールへと手を伸ばした。

■筆者メッセージ
ジュンヤ「なんだよツルギのやつ、腹立つー!」
ノドカ「ふふ。でも、今はって言ってたから、もしかしたらジュンヤには期待してるのかもだよね」
ジュンヤ「いやー、ツルギだぞ。どうせ内心『所詮限界は見えているがな』とか思ってるさ」
ソウスケ「う、うわあ、似てない」
ノドカ「あ、じゃあ私もモノマネしまーす!『オレは大切なものを守り抜いてみせる!……マモレナカッタ』」
ジュンヤ「それオレの真似だよな!?変なのつけないでくれないか!」
ソウスケ「この流れ、次は僕か。よし、『今日のダーリン、いつもよりイジワルですっ』」
ジュンヤ「!!?い、いや、笑っちゃいけないのにお前が言うと吹くからやめてくれない!?」
ソウスケ「記憶を操作されたエクレアの真似さ」
エクレア「は、恥ずかしいですよもー!あれはなかったことにしてくださーい!」
サヤ「『もっとあつく……もっともっと、つよく!」」
ジュンヤ「き、君はソウスケの真似なんだ!」
サヤ「えへへ……」
せろん ( 2018/11/17(土) 06:26 )