02 焦がれる一時
とある都市。彼女と出会ったのは、ほんの偶然だった。
今はノドカとソウスケはそれぞれのやるべきことに向けて努力している。勿論オレだってサボっているわけじゃあない、ポケモンセンターに鍛練で疲労した仲間達を預けてケアをしてもらっている最中で、手持ち無沙汰になって散歩をしていると、たまたま彼女と顔を合わせて。
「あ、ジュンヤ、さん。……こ、こんにちは!」
「き、今日はやけに張り切ってるねサヤちゃん。こんにちは」
最初はおずおずと顔色をうかがうように声を出していたのが、少しの沈黙の後には一気に叫ばれて。
やや面食らいながらも微笑み尋ねると、サヤは濡羽色の長髪でやや顔を隠しながら、恥ずかしそうに「ち、ちゃんとしゃべれる、ように……なりたくて」と答えてくれた。
「あはは、そうなんだ。そういえば、ツルギはどうしてるんだ」
「ツルギは……いま、オルビス団をしらべて、ます」
「そっか、それで」
「『邪魔だ、失せろ』って、いわれて……」
……相変わらずサヤちゃんに厳しいんだな、あいつ。だが彼女の顔を見るといつものことらしく、本人にも特に不満はないようなのできっとオレから言うべきことではないのだろう。
「でも、よかった、です。ジュンヤさんに、会えました、から……」
それは予想外の言葉であった。自分に会いたかった、と言われても、彼女に対して約束をしていた覚えはなかったのだが……。
「ち、ちがう、です。その……」
そこまで言うと彼女は口をつぐんでしまい、突然紅白球から現れたサーナイトに冷たい視線を送られてしまう。
……っていうかゴーゴート、お前もか! オレが何をしたって言うんだ……!
「と、とにかく。ちょうどオレも暇だったからさ。良ければ一緒に散歩でもしないか? ゴーゴートの背中、すごい気持ちいいんだぜ」
「い、いいんですか? あ、ありがとう……ございます」
良いよな、ゴーゴート、と角を握って伝えれば、彼も快く頷いてくれた。
サヤちゃんはゴーゴートが首の茂みから伸ばした蔓を腰に巻き付けで抱きかかえられると、軽々と背中へ運ばれていく。
「どう、サヤちゃん」
「わあ、おっきい、です……!」
ゴーゴートの平均的な体高は1.7mだ。サヤちゃんはパッと見の身長は135cm前後に見えるから、きっとすごい良い景色に違いない。
「それに、モフモフしててきもちいい、です……。よしよし、ゴーゴート、よしよし」
……懐かしいな、オレも昔メェークルの背中にまたがった時はいつもより視界が高く見えて。それだけで大人になった気がして無邪気にはしゃいだりもしたっけか……。
それで、母さんが……。
「……ジュンヤ、さん?」
「……あ、ええと、どうしたのサヤちゃん」
……いけない、一人で思い出に浸ってしまっていた。慌てて帽子をかぶり直して取り繕うが、やはりそう簡単には誤魔化せないらしく。
「……ごめん、昔のことを思い出しててさ。オレもサヤちゃんみたいにメェークルに乗ってはしゃいでたなあって。母さんから『はしゃぎすぎ』って笑われたりもしたけどさ」
「そうだったんですか……ふふっ」
素直に考えていたことを話すと、サヤちゃんの口元からくつくつと愉快な笑みがこぼれた。
恥ずかしいような、彼女との距離が縮まって嬉しいような、何とも言えないこそばゆさを覚えてしまうが、それはそれとしてやはり恥ずかしい!
「あっ、サヤちゃんまで笑った!?」
「すみません。でも、今のジュンヤさん、とてもおちついて、かっこよく、みえるので。なんだか……その、かわいいな、 って」
……ついにかわいいとまで言われてしまった!? 男なのに!
ふと相棒の、ゴーゴートの顔を見やると、「かわいいって言われているぞ、ジュンヤ」とでも言いたげなにやけ面で心底腹立つなーこいつ……! サヤちゃんを慈しむように見つめているサーナイトを少しは見習……。
「サーナイト、君もか……!」
「ふふ、サーナイトってば」
彼女も心なしか笑いを堪えるようにぷるぷると震えながらそっぽを向いてしまっている。
「まったく……それより散歩! 行こうサヤちゃん!」
このすごいからかわれているような空気に耐えかねてジュンヤが一人駆け出すも虚しく、後ろからついてきたゴーゴートは相変わらずおちょくるのがやめられないのか主を蔓でつんつんとつついて。
「本当になんだよお前、やめろよ……な……。……その澄まし顔はなんだよ……!」
と怒りながら振り返るとゴーゴートは何事も無かったかのように平然と立ち尽くし、歩き出したらまたつつき。
「……ふふ。ジュンヤさん、……楽しそうです」
幾度と飽きずにそんなバカみたいなやり取りを繰り返す彼らは、サヤが送っていた視線の意味に気付くのは果たしていつになるのであろうか。