03 星のように瞬いて
七月七日。一年に一度織姫と彦星が巡り逢うと言われる日。
夜空には鮮やかに星達が瞬いて、約束の地にあると言われる乳の川のように宙に星々の川が流れている。
「それで、千年に一度七日間だけ目覚めてなんでも願いを叶えてくれるらしいんだ」
「へえ、すごーい、物知りねジュンヤ! もし会えたら私はなにをお願いしよう……チョコ食べ放題かな、パフェも良いかも〜!」
「ノドカ、君、食べることしか頭に無いのかい……?」
「しかたないさソウスケ、ノドカなんだから」
飛沫を撒き散らして噴き続ける噴水に月光を浴びてつやめく生垣。芝生の絨毯は心地よく、ジュンヤのゴーゴートは大層気持ち良さそうにふみふみと踏み締めている。
此処アゲトシティのアゲトジムの広い庭園では、皆が集まって夜空の下で束の間の休息を楽しんでいた。
夜空の星には手は届かない。しかしそれでも願いを夢想する少女だが……その内容には、皆一様に苦笑を浮かべていた。
「そういえばソウスケ……いやごめん、聞くまでもないか」
「勿論最強さ! 自分で叶えるつもりではあるが、こうして形にすることで自分の想いを再確認出来るからね!」
「はは、お前らしいな。そうだ、レンジは何を書いたんだ?」
短冊に書く願い事はどうしたのか……ジュンヤが幼馴染みに聞こうとしたが、愚問だった。そうだ、彼がそれ以外を書くはずが無い。
呆れ半分感心半分に、短冊に願いを書いてベンチに腰掛けていた少年へ声を掛けると、彼はわずかな逡巡の後に「しかたねえな」とにっかり笑った。
「おれの願いも最強……って言いたいとこだけどよ、今はそれ以上に償わなきゃならねえ。だからこう書いたぜ、『1に進めますように』って」
「1に……」
「おう。おれはまだマイナスだ、0にすら届いちゃいねえ。けどこの戦いが終わったら……おれなりに出来ることをして、前に進みたい。だから、ま、願掛けみてえなもんだ」
「……はは、頑張れよレンジ、オレも応援してるから」
……彼は、彼なりに自身の罪を受け止めて前に進もうとしている。彼にとって罪を清算した時にようやく“0”に辿り着くのだろう。そして、その先の未来を見据えている。
「ソウスケさん、あたしも勿論最強のポケモンマスターって書きましたよ!」
「そうか! 残念だが僕が最強になるからそれが叶うことは無いね!」
「こ、こやつー! あたしだって負けませんからね〜!」
「ははは、やれるものならやってみれば良いさ」
ジュンヤとレンジが話している後ろでは、ソウスケとエクレアが大層楽しそうに盛り上がっている。本当に楽しそうで、聞いているだけで思わず笑みが溢れてしまった。
「ノドカさん、なんて、書きましたか」
「えへへ〜、“みんなの明日がちょっとでも良い日になりますように!”だよ〜。サヤちゃんは?」
「わたしは、ツルギやみなさんともっと仲良くなれますように、です」
「ふふ、がんばってねサヤちゃん。私も応援してるから!」
そして、皆で星空の下で互いの夢やこれまでの旅、好きな小説などについて語り合いながら穏やかな時間が過ぎていく。
ポケモン達も皆いつもよりも少し豪華な食事を楽しんだり、それぞれの主についてを語り合ったりして親交を深めていた。
「おいてめえ返しやがれ、それはおれのハンバーグだ!」
「断る、これは善意のシェフが張り切ってつくってくれた皆のものだ! つまり誰のものでも無いだろう!」
「皆のものってことはおれのものでもあるだろうがよ!」
「君は何処の赤い繭だ! 第一またおかわりが来るんだから待てば良いだろう!」
「その言葉そのまま返してやるよ! てめえもうハンバーグ三個目じゃねえか!」
……こういう夜闇を掻き消すような喧騒も良いものだ。心地の良い時間が流れていく。だが……夜の闇というものは人を物思いに耽らせる。
……どうしても考えてしまう。今こうしている間にも、ビクティニは苦しんでいるんだって。
エイヘイ地方の中心に目を向ければ、聳えるのは諸悪の待ち受ける剣の城。
「……もっと強くならないと、あいつを救い出す為に」
夜空に手を伸ばしても星は掴めない。しかし……それでも、届かせなければならない、大切なものを守る為に。赤い帽子の鍔を下げて、彼は強く願った。
「せーの……えいっ!」
が、唐突に背後から帽子を奪われてしまった。振り返ればいたずらっぽく笑う幼馴染みの少女。
「……の、ノドカ。いきなりなにするんだよ」
「だって、帽子があったらジュンヤの顔見えにくくなっちゃうんだもん。ねえ、もっとよく見せて?」
「……ま、まあ良いけど」
微笑みと共に言われてしまい、思わず頷いてしまう。彼女は顔を覗き込んでくるとなにやら感心したように頷いて……。
「え、ええと、ノドカ?」
「……えへへ。ジュンヤ、かっこよくなったよね」
「え? あ、ありがとう……?」
唐突な褒め言葉。よく分からないままに頷くと、少女は言葉を続けていく。
「ふふ、昔と比べるとほんとにおっきくなったなあって思って」
「あ、当たり前じゃないか、成長してるんだから」
「うん、そうなんだけど……変わったなあって」
「気持ちは嬉しいけど、恥ずかしいな……!」
冷たい風が頬を撫で、紅潮する頬か、少しずつ熱を奪っていく。喧騒に取り残されたかのように二人の間を行き交う空気には穏やかな静寂が揺蕩って……しかし、幼馴染みの少女は思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば私ね、“みんなの明日がちょっとでも良い日になりますように!”って書いたの。やっぱり私はみんなに笑ってて欲しくて!」
「はは、ノドカは優しいな、相変わらず」
「ううん、そんなことないよ。もし優しいんだとしたら、ジュンヤがいてくれたからだよ!」
そして彼女は好奇心に瞳を輝かせてまっすぐに見つめてくる。い、いやな予感がする……!
「……ねえ、ジュンヤはなんて書いたの?」
「……は、恥ずかしいんだけどさ。言わなきゃダメ?」
「ムリにとは言わないけど……聞きたいな!」
「……の、ノドカやみんなといつまでも仲良しでいられますように、って。いや、世界平和って書くのはからかわれそうだなと思ってやめたんだけど……そっちにすれば良かったー……!」
「えへへ〜、もちろんいつまでも仲良しだよ!」
どちらにしてもこれは恥ずかしい内容だ、と内心で居心地の悪いこそばゆさにむずむずとして少年を、少女はにこやかな笑顔で受け入れる。
……本当に良い子だなあノドカは。ジュンヤは幼馴染みの少女の変わらぬ優しさに、心からの感想をこぼした。
「……ツルギは、何か書きましたか?」
そして皆で過ごす夜も終わり、部屋に帰る……その前に、少女は自身の相棒である少年の部屋へ寄った。
鬱陶しげに扉を開いた彼に、今日が七夕だと伝えると知っていたようなので質問したのだが……。
「下らん、所詮ただの祭事だろう」
「……ねがいごとは、あるんですか?」
「……ああ」
「……教えては……」
「………」
「くれませんよね……。ありがとう、ございます、おやすみなさい!」
少し決まりが悪そうに沈黙に耐え続けていた少女だが、耐えきれずに部屋を後にして自室へも戻った。
「……俺の願い、か」
そんなもの、かつて全てを失った日から変わらない。母上の最期の願いを叶えるその為に、俺はこれからも戦い続ける。
濡羽の少女の背を見送った彼は部屋の扉を閉じると、眠りに沈んでいるポケモン達はそのままに鍛練を始めた。